|Win-win-Win《にゃん、にゃー、にゃん》
●秋、それは
お魚くわえた猫ちゃん追いかけて。
なんて、そんな歌詞を思いだ出してしまったのは、ゴッドゲームオンライン上にてNPCとして活動している亜麻色の髪の少女であった。
ゲームプレイヤーの楽しいゲームライフを充実したものにするため、日夜トリリオンを工面し、プレイヤーたちが持ち込んだ現実世界や空想世界のエッセンスを解読しては、新たなイベント開催に勤しんでいる。
彼女またその一人だ。
「待って、待って! それはイベントアイテムなんだってば!」
亜麻色の髪の少女NPCが猫を追いかける。
いや、猫たちである。
一匹は黒猫。
一匹はキジトラ。
毛並みの違う二匹は、けれど仲良しであることを示すように、また猫である所以とも言える靭やかで俊敏な動きでもって少女NPCをぐんぐんと引き離していく。
ここ、ゴッドゲームオンラインのエリアの一つ、『学園』は、確かに学校じみた施設が乱立している。
そのため、猫にとってはちょっとしたアスレチックであった。
「にゃー」
「にゃんにゃんにゃー」
一度後方を猫たちは振り返る。
亜麻色の髪の少女NPCは、ぜえぜえ言っている。
NPCのくせにだらしのない人間である。
あれでは猫の奴隷、下僕も務まらない。というか、体力なさすぎである。
「待ってぇ~……ひぃ、はぁ……」
「にゃー」
「にゃんにゃー」
行くにゃ。あいつは自分たちの下僕にゃふさわしくないにゃ。
二匹は互いに頷きあって、プールフェンスを飛び越える。だが、亜麻色の髪の少女NPCはしつこかった。
後ろでドボンとプールに落ちる音がしたが、猫にゃあ関係にゃいのである。
どんくさいにゃあ。
そんくらいのもんである。
そのプールから這い上がる音を背に二匹はフェンスから飛び降りて、戦利品である秋のイベントアイテム……即ち秋刀魚を加えたまま走り抜けようとした瞬間、体が持ち上げられてしまう。
「にゃー!」
「にゃあー!?」
二匹……ナルニア・ネーネリア(GoGo★キャッツ・f41802)は思わず加えていた秋刀魚を口から取り落としてしまいそうになるが、前足でキャッチ。あぶねぇところである。
一体全体いきなり猫様を抱えるとは一体どんな奴であろうか。
あぶにゃいにゃあ! と抗議の声をあげると、己達二匹をキャッチした張本人、ティルライト・ナハトギフト(ブルーゲイル/ゲッカビジン・f41944)は白い髪を揺らし、緑の瞳をキラキラさせながら二匹の猫……ナルニアとネーネリアの背中に躊躇なく黒い肌の頬を擦り付けた。
その動きはあまりにもシーレス過ぎた。
淀みがなさすぎた。
一切の遠慮もなかった。
だって、猫だから。猫をキャッチできた幸運があるのならば、その幸運を堪能しなければならない。猫大好きな人間としては、当然の権利の行使であった。
「……もふもふ」
ナルニアとネーネリアは毛を逆立たせた。
なんにゃ、この人間!
離すにゃー! とじたじたしているとティルライトは、自分の背後から水濡れ鼠になってしまった亜麻色の髪の少女を認める。
「まってぇ……」
見覚えのあるNPCだった。
ずぶ濡れになっているからよくわからなかったが、彼女は確かこの『学園』と呼ばれるエリアのNPCであり、クラン『憂国学徒兵』にも所属しているゲームプレイヤーに擬態している管理者でもあった。
そんな彼女がどうしてずぶ濡れになりながら猫たちを追いかけているのか。
「もふもふ」
だが、ティルライトにとって大事だったのは猫をもふもふすること。
すーぅ、はぁーぁ。
その度にナルニアとネーネリアが、やめろにゃー! 的な鳴き声を出しながら、じったんばったんしているが、ティルライトは離さない。
「はぁ、ひい……助かりました。そのアイテム返してください……はぁ」
「なにか事情があるようだけれど」
いつもと変わらぬ表情でティルライトは二匹を抱えたまま亜麻色の髪の少女NPCに向き直る。
え、もしかして、さっきまでのもふもしていたのはなかったことにしようとしていらっしゃる!?
亜麻色の髪の少女NPCはちょっとびっくりした。
ここから入れる保険なんてないんだけれど、ここから誤魔化せる、もしくはなかったことにできると思っているのか、この人は、と思った。
だが、ティルライトは一つ頷く。
「なにか事情があるようだけれど」
「NPCみたいなことしないでください! そのイベントアイテム……秋刀魚を返してくださいよ!」
「ふむ。ちょっとまってて」
ティルライトは暴れる二匹をおろして、手のひらを上にして敵意がないことを示す。
にゃー。
人間のくせによくも、と二匹は思っていたが、どうやらティルライトはこちらの意図を組むだけの意志があるように思えた。
距離を取ったままティルライトは静かに語りかける。
「にゃあにゃあにゃあ」
いきなりどうした、と言わんばかりの声をティルライトは出す。
ニャンニャン語。
それは猫との対話に必要な必須スキル。
いや、そんなスキルあるのだろうか。
あるのかもしんない。少なくとも亜麻色の髪の少女には覚えがなかった。
けれど、ティルライトのにゃんにゃん語に二匹は呼応するように一つ鳴く。
「にゃん」
コクリ、とティルライトは頷く。
そして、少女NPCに振り返って告げるのだ。
「その秋刀魚、全部言い値で欲しい」
「話聞いてました!? それイベントアイテムなんですよ!」
「うん。だから、イベントアイテムをトリリオンで買う」
「いや、だから……」
「トリリオンで買う」
ぐい、とティルライトはNPCに迫る。
言いようのない気迫であった。
それはこのエリア全土の秋刀魚を買い占めるかの如き気迫であった。
そう、ティルライトはナルニアとネーネリアの二匹と交渉していたのだ。
にゃんにゃん交渉スキル。
これによってティルライトは、大量の秋刀魚を代償に二匹を思う存分モフらせてもらう権利を獲得しようとしていたのだ。
その手始めにイベントアイテム秋刀魚をNPCから直で手に入れようとしていたのだ。
なんていう剛腕!
「いえ、あの」
「にゃーん、にゃん」
はよしろにゃ。
そう言わんばかりにキジトラ、ネーネリアが鳴く。
猫なのに、なんというプレッシャー。
ティルライトは表情は変わらないが、焦れたように指をトントンしている。
その圧力に亜麻色の髪の少女NPCは負けた。
当然のように負けた。
彼女が男性NPCであったのならば、きっとこの交渉に勝利することもできたかもしれないが、彼女は悲しいかな。敗北を必定とされたNPCなのである。
「……わかりました。では、一匹あたりこのトリリオンで……」
「わかった。はい」
どざ、と振り込まれてくるトリリオン。
ちょっと無理じゃないかなっていう金額を提示したのに、即断即決である。
この人ちょっと怖いな、とNPCの彼女は思ったが口に出さなかった。
ティルライトは、そんな彼女の様子とは裏腹に、ずらりと並んだ秋刀魚を二匹に示して見せる。
「さあ、どうぞ」
お猫様と言わんばかりのティルライトに二匹は、一声、大儀であったにゃ、と言わんばかりに秋刀魚に夢中になってかぶりつく。
はぐはぐ。
秋の香りがするような油の乗った秋刀魚の味わいはたまらんにゃ。
その二匹をティルライトは思う存分モフって、モフってモフリ倒して変わらぬ表情のまま、幸せを噛みしめるのだった――。
成功
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