AKINASUは嫁に食わすな?
「どうして既婚者である俺の手元に来るかね」
アパートの一室、ファリシア・グレイスフェーンは網かごに盛られた『それ』を前に一人嘆息していた。『それ』は瑞々しく黒光りする秋茄子――否、呪いの秘宝メガリスが一つ。名は『AKINASU』、一緒に付いていた古文書にもそう書かれているから間違いない。
「『嫁が食べると変身し、その戦闘力を遥かに増』……何で肝心の続きが虫食いなんだよ? これいらん補足とか入ってないよな、『性的な意味で』とか『意味深』とかさあ」
見た目は旬のナスにしか見えないそれを、ファリシアは手の上で転がす。それにしても旨そうだ。確かに先人も嫁に食わせたくなく無くなる程に。つまりだ。
「蝶子は今いない。見つかる前にさっさと処分すればいいだけだ」
それで万事大丈夫だ、問題ない。AKINASUを網かご毎持って向かう先はキッチン。一人前にはやや多めだが、いけなくはないだろう……
「仮に暴走したとしてだ」
ファリシアは手慣れた手つきで主役のAKINASUを包丁で捌く。隣のコンロでは豆腐がグツグツと煮えている。
「嫁さんから逃げる訳にはいかなんでね」
AKINASUをフライパンに入れて揚げ焼きにする。この時点で既に旨そうだ。
「受け止めるのが夫ってものさ、そうだろ?」
手早く麻婆を作り、そこにAKINASUと豆腐を入れて混ぜ、温めた後に片栗粉でとろみを付ければ……
「麻婆茄子豆腐、一丁上がり」
「そもそもこの前の怪奇現象が蝶子の兄貴達のドッキリだったからな。あんなホラー展開が重なる筈もあるまい」
一人頷くファリシア。茄子の黒・豆腐の白・麻婆の茶・唐辛子の赤・刻みネギの緑が鮮やかな麻婆茄子豆腐に手を合わせる。
「だから処分しても不自然じゃな……」
「たっだいまー!! 思ったよりあっさり捕獲出来ちゃったから早く帰っちゃっ……」
最初の一口を入れようとしたファリシアと、食わせてはならぬ妻・蝶子の目が合った。
「げ」
「げて何よ」
「傷んでた茄子があったから処分しようと思って」
「蝶子ね、傷んでてもカミサマと一緒のが食べたいの!」
満面の笑みを浮かべる蝶子にファリシアは苦笑する。そもそもだ、覚悟完了してたのなら最初から別に一緒に食べれば良かったのだ。
麻婆茄子豆腐の容器は一つから二つに増え、食卓を囲むのも二人になった秋の昼下がり。
「それじゃ改めて」
「いっただきまーす!!」
今日も夫婦の食卓に笑顔は絶えない。
成功
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