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誰がために言の葉は芽吹く

#アスリートアース #ノベル #猟兵達の秋祭り2024 #五月雨模型店 #ACE戦記外典 #適否異路

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ステラ・タタリクス




●五月雨模型店
『ツヴァイ』と呼ばれる少女は、溜息をついていた。
 手元には組みかけのプラスチックホビー。
 かちゃ、かちゃ、と音は立てているものの、一向に組み上がらない。
 組んだかと思えば、またバラしている。
 調整をしているようにも見えたが、『プラモーション・アクト』――『プラクト』のチームメンバーである『アイン』には見分けがつかないようだった。
 何やってんだコイツ、位の感覚であった。
「なあ」
「はい。なんですか」
 呼びかければ、いつもと変わらない様子だ。
 いつも通りだと思えた。
 それは『アイン』が『ツヴァイ』の陥っている状況、病とも言うべき感情を知らぬからである。
 だからこそ、彼女には『ツヴァイ』の異変というものにイマイチ対応できていないように思える。

 仕方のないことでもある。
 彼女たちは『プラクト』アスリート、未公式競技とは言え、世界大会を制したチームであるとしても、それ以外のことは同年代の子供たちと変わらないのだ。
 そんな二人の少女の様子を見守る『五月雨模型店』の店長『皐月』は何かを言うことはなかった。
 彼にとって彼女たちは常連であるし、その成長を見守ってきた者でもある。
 口を挟むのは簡単だ。
 けれど、子どもの成長というのは大人が思う以上に早い。
 瞬きする度に表情を変えるようでもあった。
「いや、なんでもねーけどさ。なんか元気ねーなーって思って」
「体調は良いですけれど」
「そうじゃなくて、なんつーか」
「要領を得ないですね。あなたらしくない」
「や、らしくねーのは……」
 お前のほうだろ、と『アイン』は言いたげだったが、それ以上言っても堂々巡りになってしまうのではないかという予感があった。

 カラカラと呼び鈴が鳴る。
『五月雨模型店』の扉が開く音だった。
 制作スペースから『アイン』が顔をのぞかせると、そこにいたのはステラ・タタリクス(紫苑・f33899)だった。
「ごめんください」
「いらっしゃい。今日は如何にもよそ行きの格好だ」
「ええ、本日は『皐月』店長様ではなく『ツヴァイ』お嬢様を訪ねて参りました」
 お嬢様? と『アイン』は首を傾げた。
 当人である『ツヴァイ』はまたボーッとしていた。
 こういう時の挨拶には口うるさいのに、この間からずっとこんな感じなのだ。

「『ツヴァイ』に」
「はい。お元気でしょうか、と思いまして」
 ステラは制作スペースにいる『ツヴァイ』を見やり笑む。
「こんにちは。お嬢様、というのは止めて頂けませんか。なんだかそんな身分でもないのに、こそばゆい気持ちがします」
『ツヴァイ』の言葉にステラは、それもそうかもしれないと思った。
 この世界に戻ってきたのならば、区別しなくても良いだろうと思ったのだ。
 けれど、なんとなく。
 そう、なんとなくこの呼び方が良いと思ってしまっているのだ。

「こちらに戻られて特に問題はございませんか?」
「……それは、此処ではなんですから」
「あ、おい、なんだよ。どっか行くのかよ」
「ええ、少し席を外します」
 そう言って『ツヴァイ』はステラと共に店内から外に出る。
 ショーケースの前のベンチに二人して腰掛け、顔を見合わせる。彼女が世界大会であるWBCの決勝戦後の帰り道から連絡が取れなかったことはチームメンバーも知っている。
 だが、その連絡が取れなかった間のことを彼女は告げていなかった。
 適当に誤魔化していた。
 そして、ステラは彼女がその間に何をしていたのかを知っている。
 正確に言うなら、何処にいたのかを、だ。

「上手くごまかせておられるようですね?」
「スマートフォンを紛失してしまった、ということにしました。心配をかけたことは申し訳なく思っていますが」
 大人びたような、というのは以前の彼女から垣間見えるところであったが、あの世界に神隠しで移動してからは、さらにそうした仕草や態度に出ているように思えたのだ。
「そうでしたか。何かお手伝いできることがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
 ステラは笑む。
 事情を承知している大人がいるということは、それだけで心強いであろう。
 そして。

「特に『あの世界の』『ゼクス』様のこととか」
「!!」
『ツヴァイ』の顔が見たことのない表情に変わっている。
 顔色もなんだか平静ではいられないような色合いをしていた。
「驚きました。空での戦いの際、『レーギャルン』で特攻した時のことですよ? あの世界の『キャバリア』は知っていても、戦ったことはないでしょう?」
「そ、それは」
 彼女にとって、あの世界はあまりにも縁遠いものであった。
 戦乱があふれる世界。
 超人アスリートが鎬を削る世界とは違う。争いには勝敗がつけども、そこにある生命は牛なれてしまう世界。
 この世界とはあまりにもかけ離れている。
 遠い世界だとも言えるだろう。

 彼女の行動は一歩間違えれば。いや、一歩間違えなくても生命を落とす危険性はいくらでもあったのだ。
「貴女様は、『あんな』戦いなど知らなくてもよかったのです」
「『あんな』――なんて、そんな言い方はしないでください。だって、あの人達は、今も生きているんでしょう? それを『あんな』なんて、言い方」
「お気に触ったのならば、謝罪いたします。ですが、お聞きしたいのです。貴女様には縁遠い戦い。それでも何故、貴女様は赴いたのですか?」
 ステラにとっては、それが最も知りたいことであった。
『ツヴァイ』にとって、あの戦いは生命を掛けるものではなかったはずだ。

「何故、そんなことを?」
「恋する乙女の直感?」
「曖昧な」
「直感とは得てしてそういうものでございますから。心残りにならないように、とおっしゃられていたにしては」
 先程までの彼女は、その心残りに囚われているように見えたのだ。
 これも直感なのかと問われたら、そうだと応えるしかない。
「わかっています。未練ですよ、これは。でも、ああいうしかないじゃないですか。私とあの『ゼクス』とでは文字通り生きている世界が違うんですよ。そんなの」
 世界が分かたれている。
 どんなに己の胸に湧き上がる感情のままに行動することが正しいのだとしても、世界が違うのだ。

 今までとこれまでも違いすぎる。

 そんな中で『ツヴァイ』は己の感情が何をもたらすのかを恐れているように思えたのだ。
「それが今もなお『彼』に『心』を残している証明……お節介が過ぎますね」
 そう言ってステラは言葉を切る。
 軽く『ツヴァイ』のうつむく頭を撫でる。
 店内からは『アイン』が心配そうに此方を伺っている。
 これ以上は本当にお節介だ。けれど、そのお節介が誰かの心を慰めるかもしれない。
「『お手紙』を書く、というのはどうでございましょう。『私なら』それができます」
 見上げる瞳にある感情の色をステラはどのような色だと思っただろうか。
 己と同じだと思っただろうか。
 それともまた別の何かだと思っただろうか?
 いずれにしてもステラは微笑む。

 幼き者に道を示すことも、暗き道行きを照らすこともできるのが先往くものの使命でもある。
「またいつか。それも素敵な言葉ですけども、手段があるのなら利用するのも手だとは思いませんか?」
 ステラは手を差し伸べる。
 些細なことでもいいのだ。
 伝えたいことは、言葉にしなくても、文字にしなくても伝わることもある。
 ボーイ・ミーツ・ガールは、夏の先にも続いていく。
 人生とはそんなものだ――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月20日


挿絵イラスト