憂国学徒兵・ノベライズド
●ゴッドゲームオンライン
カタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)は悩んでいた。
そう、彼女が悩む事柄など一つしかない。
「同人誌の原稿が少しも進みません!」
あ、おつかれさまでーす。
そう言いたくなるほどに些細な悩みであった。
回れ右である。
しかし、カタリナはめげなかった。やる気さんがUターンしても、追いすがってやる気さんを引っ捕らえるくらいには切羽詰まっていたのだ。
「真っ白な原稿ページを見るたびに心がヒンヒンしてしまうます……が! しかし、私はやらねばならないのです!」
誰に言って聞かせているのか。
無論、自分モチベーションってやつに、である。
そう、今まさにカタリナは同人誌を作っていた。
何故かと問われたのならば、これには重大な責任が伴う。
大いなる力には大いなるなんちゃらである。
「そう、これはナマモノ同人誌……帝都櫻大戰にて、ふと思ったのです」
『黒教の教祖』。
彼女が帝都櫻大戰において果した役割は大きい。
キマイラフューチャーにて、彼女はシステムフラワーズを完全起動させ、その力を持ってエンシャント・レイスを退けるために尽力してくれたのだ。
だが、彼女はあろうことか、キマイラフューチャーからの帰還を拒否したのだ。
それもそのはずである。
黒教とは欲望を肯定する教義。
であるのならば、あの欲望全てを叶えられる世界からさよならバイバイなんて無理な話である。
実際に彼女に帰還を促すために大変な労力を擁したのだ。
そして、彼女がまたキマイラフューチャーに行きたいと駄々をこねる姿は想像に難くはなかった。今回のような無駄な駄々をこねる可能性ああるのならば、彼女の興味をゴッドゲームオンラインに向けさせ続ける必要があったのだ。
つまり、アーティフィシャル・インテリジェンスが弾き出した答えは、二次創作の王道……そう、『学パロ』である!
●憂国学徒兵
「この街に来るのも何年ぶりかな……」
明和・那樹(閃光のシデン・f41777)は小さく呟く。
幼い頃に住んでいた懐かしい街。
その街並みは記憶の中にあるものと少し変わって見えたように思える。
両親の仕事の都合で他の街に離れていたけれど、心の中にはずっとこの街が遭ったように思えてならなかった。
今日から中学生だ。
その自覚があるのか、と問われたら、正直な所ない。
いつだって自覚っていうものはそんなものなのだと思う。
大人だってそうだろう。
今日から君は大人だと言われて、すぐに大人の自覚なんて芽生えることなんてないと思うのだ。
まだ大人でもなんでもない、青年であるとも言えない微妙な年齢。
この街を離れてから数年。
あの頃と比べると少しは成長したのではないかと思える。
「それでもいきなり寮住まいだなんて」
両親と離れて暮らすことはそんなに苦ではない。
それは今だってあまり変わりのない生活であるからとも言えただろう。
帰りの遅い両親。
一人で取る食事。
味気ないし、世界は色褪せて思える。
だから、そんなに変わらないのだ。ただ、自分の境遇を思い返してみて、『普通』なら、きっとそんなふうに思うんだろうな、と考えただけなのだ。
そう、僕らはいつだって『普通』を演じている――。
●ゴッドゲームオンライン
「ふむ! いいじゃないですか! なんかこう筆がノッてきた感じがしますよ!」
でも、これってナマモノ同人誌なのである。
ナマモノ。所謂、現実の人間をモデルにすることの隠語である。
正直、褒められたことではない。
だがカタリナはアーティフィシャル・インテリジェンスである。AIである。
AIにできるのは既存のことを組み合わせること。
独創性という意味において、彼女の想像性はやはりAIの範疇を越えない。であるのならば、現実を題材にするっきゃないのである。
「ナマモノ回避のためには、やはりシデンさんの年齢を中等部まで引き上げておきましょう。ここから物語を展開するためには、シデンさんから聞きかじった『エイル』さんとの出会いをひとつまみ、っと――」
●憂国学徒兵
「き、君、もしかして――……!」
「ああ、君が『シデン』君でしょ。久しぶり。すぐ解ったよ。あんまり背丈、変わってないね?」
亜麻色の髪の少女が笑う。
黒い瞳が自分を見ている。
星写すような瞳は、きっと変わった僕を認識しないのではないかと思ったけれど、そうではなかった。
杞憂だったのかもしれない。
いや、待て。
今なんて言った?
背丈変わってない?
「嘘だろ! 変わってるだろ!?」
「だって小学生のときも、こんな身長差だったよ?」
「バカッ、それは男女差の成長曲線の話で! しっかり伸びてるよ!」
「アハハ、そんなムキにならなくっても」
懐かしいやり取り。
以前もこんなやり取りをしたかもしれない。その懐かしさに僕はきっと胸の高鳴りをごまかすことしか考えていなかったのかもしれない。
だって、彼女は――。
「よッ! 二人とも幼馴染なんだって?」
「……ウィル。ちょっとは空気を読んで」
「なんだよ、空気って。見えねぇもんを読むってどういうことだ?」
幼馴染である亜麻色の髪の少女『エイル』と共に僕を出迎えたのは、ウィル・グラマン(電脳モンスターテイマー・f30811)とザイーシャ・ヤコヴレフ(Кролик-убийца・f21663)だった。
学生服がこれから僕が転入する学園の中等部のものだ。
ということは。
「そういうこと。オレ達クラスメイトだからさ、仲良くしよーぜ」
「仲良くしちゃダメ」
「なんでだよ!? クラスメイトだぞ?」
「一番仲良くするのはダメよ」
「はぁ!?」
ウィルはザイーシャの言葉に困惑しているようだった。でも、悪くない。二人の間にある空気感と言えばいいのかな。
そういうものがとても大切なものに思えたのだ。
もしかしたら、昔感じていた両親の間にあったものを感じさせるものであったからかもしれない。
「二人はウィルとザイーシャ。私と同じ『学園』なの」
「いや、それは聞いたよ」
「そうだっけ?」
そんなやり取りの後ろでウィルとザイーシャが戯れるようにしているのがシデンには微笑ましかった――。
●ゴッドゲームオンライン
「これですよ、これ! こういうね! 恋愛もの的な要素を入れておいてですね。他のカップリングに当てられて話が転がっていく感じがですね!」
ふんすふんす。
無論、ウィルとザイーシャもまたナマモノである。
ちょいちょい設定を変えてはいるが、変えてはならぬことがある。
何故って。
そりゃ、ザイーシャがむくれるからである。
彼女の過去、出自というものに振れてはならないというのは理解している。だが、過度に設定を変えるとザイーシャと『お話』しなくてはならなくなる。
こう、うまい感じにロシア圏内からスカウトされた留学生としてとどめておくのがベターであろう。
逆にウィルの設定をいじってもアウトであるとカタリナは感じていた。
いや、そうでなくてもウィルからは『オレ様こんなにガキっぽくねーよ!』とか抗議が来そうであるが、むしろ、カタリナから見た二人は紛うことなく恋愛迷路に二人して突入した感じがあるのだ。
「まあ、恋愛鈍感なのは主人公一人で十分ですけどねー。でもまあ、作者の意図しないところで、カップリングが人気になるのもまた王道と言えば王道ですし。それにウィルさんはああ言ってますが、結構世話焼きな所がありますからね」
うんうん、とカタリナは満足気に頷く。
結構もりもりと原稿が進んでいる。
いい具合である。
この調子ならば、『黒教の教祖』がいつまた駄々をこねても行ける気がしてくる――!
●憂国学徒兵
「アイヤー、それじゃあご両親はまだ海外ってことアルか?」
距離感の近い同級生、蒋・飛燕(武蔵境駅前商店街ご当地ヒーロー『緋天娘娘』・f43981)の言葉にシデンは頷く。
そう。
自分の両親は海外に飛んだっきりだ。
今の時代、連絡というものなんて取ろうと思えばいくらでも取れるものである。
けれど、どうしてか僕は遠慮してしまっている。
両親の仕事が忙しいってことはわかっている。いつだって二人は仕事にかまけている。けれど、それは生きるために仕方のないことだってことはわかっているつもりなんだ。
二人の仕事は誇り高いものだ。
その邪魔を自分がしてはならないと思う。
「でも、連絡くらいしてもいいんじゃない? 親が子どもからの連絡きて嬉しくないわけないよ」
『エイル』が笑っている。
彼女はそう言うけれど、そう単純なものではないと思えるのだ。
「でも、悪いだろ。仕事中だったら。それに海外だし、時間もズレてるし」
「まあまあまあ」
その言い回しは『エイル』の癖だった。
強引にことを進める時の彼女の癖。
小さいときもそうだったことを思い出して、思わず頬が緩む。
それを飛燕は見逃しては居なかった。
「ムフフー、なんだか良い雰囲気アルねーご両人? これからデートにでもしけ込むアルかー? ワタシもいるアルよー残念ネー」
下校途中、寮までの間に飛燕がからかってくる。
あのムフフ顔がなんだか癪に障る。
「バッ、そんなわけないだろ! どうしてみんなすぐ幼馴染だって言うと、そっちに結びつけたがるんだよ!」
「ねー。でも、好きだよね」
「す!?」
「そういうの。結びつけたがるの。みんなつながりがやっぱり欲しいんだよ。それはさ、どんな人にだって言えることなんじゃないかな?」
『エイル』の言葉に僕は言葉に詰まる。
つながりが欲しい。
それは人という社会性を持つ獣にとっては、当然のことだったのかもしれない。
群れを作る。
それは生き物にとってある種の外界への防御反応だ。
人間だってそれは変わらない。
グループを作るのだってそういうことだろう。
なにかに属することで安心感を得るのは当然のことだ。それが悪いとは思わない。けれど、僕はどうしたって世界から爪弾きにされているように思えてならない。
『エイル』の言うことだってわかる。
でも、この感情の名前を僕はまだ知らないんだ――。
●ゴッドゲームオンライン
カタリナは息を吸って吐き出す。
むふー、と声が漏れるようであった。
だって、案外いいのではないだろうかと思えたのだ。
青少年のこの時期というのは、とかく精神が不安定なのだ。
肉体は成長するけれど、精神面が追いついてこない。
成熟仕様と急げば急ぐほどに心の未熟が目立ち、体に成熟に突き放されていく。その乖離こそが心をゆるがせ、情動というものを育んでいくのだ。
なら、こうした青少年期の心のゆらぎこそが、こうした学園パロの肝でもあると言えるのかもしれない。
「うんうん、いいじゃないですか。こういう後に繋がる伏線みたいな意味深なヒロインの言葉とかって、効いてくるんですよね。さて、中等部組の登場シーンは書けましたし……次は、高等部いっちゃいましょう!」
そう、学園モノと言えば、当然、初等部、中等部、高等部とわけられるもの。
エスカレーター式の閉鎖された学園生活。
寮を舞台設定に組み込んだのは、この現実とは隔離された非現実感を演出するためにあったのだ。
「好きですよね。生徒会。響きだけで、こう、なんていうかキナ臭さと秘密とが渾然一体になったかのようなシチュエーションが謎を呼んでくれるんですよ。読者のミスリードも誘えますし、むしろ、物語に深みをもたらしてくれるまで在ります」
なら、とカタリナは実際に猟兵として存在する者たちのデータを引っ張り出す。
ふむふむ、と吟味したのは帝都櫻大戰、帝都タワーの頂上からばらまかれた猟兵たちのナマモノ同人誌である。
何故、一介のグリモア猟兵がこんな実在する猟兵たちの深い所まで知り得ることができたのかはわからない。
けれど、幸いか不幸か、それがカタリナの手にわたってしまっているのだ。
彼女が手にしていたのは、秋月・信子(魔弾の射手・f00732)とジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)のナマモノ同人誌であった。。
「信子さんは、学生時代は優秀な優等生だったとか……であるのならば、生徒会役員がいいでしょうね。副会長……は盛りすぎですかねぇ? いえ、設定は盛れるだけ盛ってよいこととされていますので、此処は容赦なく盛りましょう! ふむふむ?」
ナマモノ同人誌情報によると自らの影を|二重身《ドッペルゲンガー》とする能力があるらしい。
双子のようにそっくりなのならば、此処は二重人格者とした方が物語として美味しいかも知れない。
こういう生徒会という学園内でも更に狭いコミュニティにおいては、際物が集まるのは至極当然の帰結に思えたのだ。
そして、ジークリットである。
「結構散々なこと書かれてません? おっぱいのついたイケメンだとか。なんかこう、ぱっと見ただけで女性ファンが多そうですし……ふんすふんす」
カタリナは思った。
こういうクールな年上のお姉さんが生徒会長をしていたら、絶対お姉様とか呼ばれるだろうなぁと。
でもまあ、現実はケルチューブのリスナーから『狼ゴリラ』とかいう不名誉な渾名も付けられているらしい。
であるのならば、むしろ『誰だコイツ』レベルで改変するのが自分の創作技術の腕の見せ所なのではないだろうか?
となれば、やはり生徒会長がピッタリくる――。
●憂国学徒兵
「彼の様子はどうかね、なの」
その声は威厳に満ちていたが、どこか可愛らしい声であった。
言ってしまえば、マスコットキャラクターみたいな。
そんな声の主は『学園』の長とも言うべき存在。
理事長、ナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)であった。
薄暗い理事長室。
そこに二人の生徒が立っていた。
言わずと知れた『学園』の生徒会長と副会長。
即ち、ジークリットと信子である。彼女たちは真剣な面持ちで理事長の言葉に頷く。
「まだ覚醒には至っていないようです。ですが、潜在的な能力は……」
「つまり、実戦でなければわからないということ、なの?」
「いえ、貴重な覚醒に至る能力者であることに代わりはありません。それ以前に生徒を危険な目に合わせぬための生徒会です。そのために私達がいるのですから」
ジークリットはそう告げる。
その言葉には確信に満ちたものがあり、また同時に何か重要な役割を持っているようにも思えただろう。
「当面は、寮での監視を」
「それでは遅すぎる、なの。これも全ては世界のためなの。不甲斐ない大人と笑ってくれていいなの。幼い君たちに負担を強いること、それ自体が悪しき行いだということは、わかってるなの」
「理事長……」
「ですが、これも我々、力を持つ者の責務。未だ彼が覚醒に至らぬというのであれば、それもまた世界の均衡が保たれているという証でもあります。ですから」
理事長ナノは頷く。
ジークリットは信子と共に一礼し、理事長室を退出する。
そう、彼、とはシデンのことだ。
彼がこの学園に転入してきたことは、偶然でもなければ両親の都合でもない。
全てが仕組まれたことであった。
だが、彼自身がそれを知ることはない。
そして、世界の裏側で巻き起こる本当に現実というものもまた、知り得ないことだったのだ――。
●憂国学徒兵
暗闇が迫ってくる。
世界の裏側から、怪物たちが湧き出し、寮内に満ちていた。
現実離れした光景。
まるで『ゲーム』かなにかを見ているような気持ちだった。自分ではない自分が何かを叫んでいる。
ここじゃない。
その声にシデンは頭を振る。
「ここじゃないっていうんなら、これは現実じゃないってことかよ! 夢だっていうのかよ!」
手を引く熱をシデンはしっかりと認識している。
『エイル』の息を切らす声が聞こえる。
走る。
走る。
走る。
己の足が悲鳴を上げている。階段を駆け上がり、逃げ惑うようにして『エイル』とシデンは寮の屋上へと逃げる。
ウィルもザイーシャも僕らを逃がすために残ってしまった。
閉ざされた扉の向こうに見えた彼等の背中を僕は見捨てることしかできなかった。
恐怖が胸からこみ上げる。
だが、その恐怖すらも、『ここじゃない』という誰かの声が封じ込める。
「だから! 何だって言うんだよ!!」
思わず叫ぶ。
『エイル』と共に屋上に駆け上がって、シデンは息を吐きだす。
扉を締め、空を見上げる。
浮かぶのは赤と青の月。
現実じゃない。
月が、あんな色になるなんて見たことがない。
「なんだよ……あれ……!」
赤と青。
入り交じることなく月光は自分たちに注ぐ。
締めた扉から凄まじい音が響く。
体が恐怖に引きつり、思わず後退りする。この時に扉に向かって抑え込めば、この後に訪れる未来を回避できたのかもしれない。
いや、もしかしたら、知らなくてよかった現実を見なくてすんだのかもしれない。
後悔したって遅いから後悔っていうんだろう。
わかっている。
でも、どうしようもなかったのだ。
後悔することは、いつだって突然に降りかかる。それを災厄というのだろし、どんな人間にだって、それに対して正しい対処ができるわけじゃあない。
だから。
『言い訳はそれまでにしておこう』
声が聞こえる。
己ではない己の声。
『どうしたって未来はやってくる。絶えず時は流れて過去になる。なら』
「違う! 違う違う違う違う!!」
叫ぶ。
屋上の扉を叩く音が響き渡る。
凄まじい音。
蹴破るようにして扉が弾き飛び、そこに現れたのは『怪物』だった。
鋼鉄の巨人じみた体躯。
赤と青の色を持つ、なんとも言えない形状をした存在。
その手は血に濡れていた。
見ないようにしていた。
「あれは……嘘。だって……そんな!」
『エイル』が叫ぶ。
その鋼鉄の怪物に刺さっていたのは、ザイーシャの手にしていたナイフだった。そして、ウィルのパーカー……そのロゴのデザインが血に染まった布切れが、鋼鉄の巨人の肩に引っかかっていた。
そして、
三人の顔が重なる。
いや、交錯する。
ウィル、ザイーシャ、飛燕。
三人とも友達だったんだ。
日は浅いけれど、友達だと思っていたんだ。それが、失われた。
『ここじゃない』
君の現実は此処じゃない。
そう告げる言葉に頭を振る。頭が割れるように痛い。
吐き気だってする。
恐怖でおかしくなってしまったのかも知れない。
けれど、これは現実だ。
「ここじゃない」
自分の声が漏れた。
そうだ、これは現実じゃない。なら。
この手にある『エイル』の熱はなんだ? これも現実じゃないというのか?
そんなわけがない。
切れ切れの吐息も。汗ばむ熱も。
全て現実だ。
『ここじゃない』何ていう言葉で片付けられない。
片付けて言い訳がない。
だって。
「ここが、僕の現実だ!」
叫ぶ。
それは世界への慟哭だった。
どうにもならないことが多すぎる現実を前に、己の心が叫んだのだ。
ここじゃないと逃避することは簡単なことだ。けれど、どうしたって僕らには、ここしかないのだ。
なら、精一杯生きるしかない。
「――」
赤と青の鋼鉄の巨人がゆっくりと歩みを進める。
「ダメ、シデン!」
ぐい、と引っ張る『エイル』の手を振り払う。僕にできることはなんだろうか。
多くはないことはわかっている。
いつだってそうだ。
できることは僅かなことだけ。
両親たちが僕を置いていったのも、多くができないからだ。彼等の望むだけのことを自分ができないから、置いていかれたのだ。
それがどんなに悲しいことかなんてわかっている。
見て見ぬふりをして、物わかりが良いふりをして、ただ頷いただけなのだ。
何も選んでいない。
「僕はまだ何も選んじゃないんだ!!」
叫ぶ言葉と共に膨れ上がる力の奔流。この力の源を僕は知っているはずだった。
誰もが求めるものかもしれない。
誰もが持ち得るものかもしれない。
心に湧き上がるのが恐怖だけとは限らない。
脅威を前にして湧き上がるのが恐怖だけであったというのならば、きっとこの感情は勇気と呼ぶのだろう。
「――イグニッション」
●ゴッドゲームオンライン
カタリナはページを書き進めるたびにコマ割りであったり、展開や書き込みを確認する。
自分でも思う以上に筆が進んでいるように思えたのだ。
「これは結構良いのではないでしょうか?」
むしろ、かなり良いと思えた。
少年が青年になりかけている時期だからこそ生まれる独白。
その揺らぎを上手く書けたのではないかと自画自賛したくなる。
「後は、覚醒シーンを書き終えて、と……」
そこまで書き終わってカタリナは何か忘れているような気がしたのだ。
あっ! とキャラ表を見直す。
そこには、ヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)と真・シルバーブリット(ブレイブケルベロス・f41263)のキャラ設定があった。
ヤバい。
思いっきり書きたいシーンを書いてしまって、尺という名のページ数を思いっきり食われてしまったのだ。
まずい!
いや、非常に良い傾向である。
それだけ筆がノッているということもあるのだから。
だからこそ、カタリナは慌てた。
「ヴィルトルートさんはバグプロトコル対抗支援組織が開発した対バグプロトコル用兵器……ええと、シルバーブリットさんもバイク型の兵器、と……ああ、どうしましょう! 明らかに尺が足りてませんよ!?」
プロットって知ってる?
あらすじっていうんだけど。
そう、カタリナはありがちな落とし穴にハマっていた。
自分の広げた風呂敷をたためない症候群である!
広げに広げまくって、完成させるためには畳まねばならぬ風呂敷をたためなくなっているのだ。
こうなってくると残りの尺でどうやってヴィルトルートとシルバーブリットを登場させるかを捻出しなければならないのだ。
「どう考えても登場人物多すぎるますよね!? ああもうどうしたら!」
唸る。
唸って良いアイデアが出るのならば、いくらでも唸るが、そうはならんのが創作の苦しみである。
「バイク型のシルバーブリットさんはジークリットさんと組み合わせて……ヴィルトルートさんは信子さんをオペレーターにして指示を受けたロボ……いえ、なんで学園にロボ娘が普通に通えているんですか!! 設定を現代にしたのが、悔やまれます! 近未来にしておけばよかったぁ!!」
ガン、と頭を机にぶつけてしまう。
いや待てよ?
頭をぶつけて良いアイデアがひょうたんから飛び出したようだった。
「ふむ……ここで? この覚醒したシデンさんが敵を倒しきれないと、すれば……?」
ジークリット、信子、ヴィルトルート、シルバーブリットの活躍が担保できる。
そんでもって、覚醒しても未熟であるということは、この後の続く学園パートの描写も続けられる、ということではないだろうか?
とすれば、ヒロインである『エイル』の覚醒シーンも続けていくことができる! かもしれない!
いやいや、そもそも続き物にするっていう判断事態が間違いなのかもしれない。
そもそもまずは完結。
兎にも角にも完結である。完成させなければ、どんな優れたアイデアも日の目を見ることはないのだ。
誰かの目に止まるということは完成したということ。
苦しい。
本当に苦しい。
カタリナは、創作というものがこんなにもしんどいものであるということを痛感していた。
だが、歯を食いしばってでも完結させなければならないのだ。
この物語は、自分が始めた物語である!
であるのならば!
血が滲むのであろうが、血反吐を吐くのだろうが、腰が痛むのであろうが、目が霞むのであろうが!
全身全霊でもって完結させなければならないのだ!
「これで……! 最後のページ……!」
カタリナはやり遂げた。
それはもう限界を超えて己のアーティフィシャル・インテリジェンスたる所以をぶっちぎるかのような精も根も尽きたかのような完全燃焼。
書き上げた同人誌のタイトルは決まった。
「あ、後は……入稿、のみ、です」
だが、ここで彼女はキャラ表に隠された最後のページを見やる。
気がついてしまった。
「……え? あ、あー!!!」
これはナマモノ同人誌の学園パロ。
であるのなば、当然カタリナも自分をモデルにしたキャラを作っていたのだ。
主人公であるシデンのお隣さん。
頭脳明晰でスポーツ万能、性格も温和という完璧お姉さん。
そんでもって担任の先生!
世間に認知されていなバグプロトコルに対抗するために創設された特別課外活動部の顧問!
物語のファクターとして重要な位置にしれっと自分を盛り込んでいたのに、それを書き忘れていたのだ!
痛恨のミス。
だが、あえて言わせてもらおう。
いくらなんでもカタリナの属性は盛りすぎ――!!
成功
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