パソコンを立ち上げ、ウェブ上のミーティングルームへ定刻通り入室すれば、ウィンドウに参加者の顔が次々と映し出される。そこは現実の会議室ではない。にもかかわらず、自然と身が引き締まるような程良い緊張感が漂っていた。
「皆さん、本日も多忙の中有難うございます。七草です。それでは予定通り『六番目の猟兵』、そして『異世界と骸の海』についての調査報告を開始させていただきます」
サイキックハーツ大戦の直前に覚醒した『最後の世代の灼滅者』。七草・聖理たちはそう呼ばれている。
大戦を終え、サイキックハーツの摂理を超克した果てに、この世界の人類は新たな局面へと移ろう事になった。他世界の猟兵達には大雑把に説明されているものの、二〇二四年現在のこの社会は、未だ多くの課題を抱えているのが現状だ。長きに渡り対立してきた灼滅者と、残存するダークネス、新人類であるエスパーの共生はけして簡単ではない。
それでも理想の世界を実現するために、多くの灼滅者達が日々動いている。
法曹界、自衛隊員、国連職員、歴史や科学の研究者、精神医療従事者、武蔵坂学園教員、裏社会の監視人、インフルエンサー、融和を志すダークネス……そういった道を選んだ者達の意志決定は多大な影響力を持つ。聖理の企画したウェブ会議の場には、この世界の首脳陣と表現しても遜色ない面々が揃い踏みしていた。
『六番目の猟兵ですか。我々が世界を救うと仰る、悪い夢を観ているようですよ』
『イイんじゃない? あたしたちのお仲間もいっぱいいるっぽいし、キモチよければ何でもやるよぉ』
元は序列持ちの六六六人衆だったという青年が、殺意を押し殺した瞳で画面ごしに聖理をねめつける。隣に映っている淫魔の女はさほど問題意識がないのか、眠そうに欠伸をしていた。
聖理たちエクソシストの宿敵であったノーライフキングの姿はそこにはない。近代文明を支える資源を創造し、長きに渡り人類を管理していた彼らは、サイキックハーツをめぐる戦いの中で絶滅したのだった。
しかし、あの屍王たちが産み出した苦しみの構造は根強くこの世に残っている。
例えば個人間のいさかい、貧困、悪しき信仰や欲望、差別思想。直接相対する機会こそなかったが、それらを目にした聖理は、灼滅者としてまだ宿敵と戦わねばならないと決心したのだった。
かつての宿敵がもたらした支配に代わるものを。
人類――エスパーも灼滅者も共存ダークネスも、皆が揃って笑いあえる社会を生み出す為に。
聖理は最後のエクソシストとして、その誇りある目標を胸に、情報整理などを率先して行っている。
「はい。『六番目の猟兵』の中には、別世界の殺人鬼や淫魔などもいるようです。中には武蔵坂学園の関係者や血縁者が異世界で発見されたという例も」
聖理の報告を受け、会議に列席した者らがざわつく。
復活ダークネス――その正体は、過去からやってきた再現体、オブリビオンと呼ばれる存在であったこと。
サイキックハーツと名づけられたこの世界を含めた三十六世界。そしてそれらを覆い、オブリビオンを産み出しているとされる骸の海のことを、聖理は先達たちに敬意を払いながら報告する。
「三十六世界、そして骸の海……ダークネス、そして光の存在以上に強大な敵はまだまだいたようです。だからこそ、私達は彼ら――六番目の猟兵と共にオブリビオンと戦わなければなりません」
『本当に俺達の味方なのか? 六番目の猟兵が現れた途端、復活ダークネス事件が急増した点は問題視してもいいと思うが。それに、彼らはあれを自らの真の姿と呼んでいるそうだな』
疑問の声が挙がるのも無理はないだろう。ダークネスを思わせる異形や、正真正銘の神格を名乗る者。既存の常識では理解の及ばない種族と、異次元的な超能力者を擁する『六番目の猟兵』に対し、懐疑的な目を向ける者達もいる。
そもそも、この世界を取り巻くとされる環境そのものが荒唐無稽に過ぎる話だ。だが、聖理個人としては、彼らの言い分は信頼に足るものと考えていた。
「灼滅者……武蔵坂のサイキック使いが、ユーベルコードと呼ばれる力に覚醒し始めています。私もその一人として戦い続ける覚悟です」
聖理が自らのユーベルコードを使う映像を共有すると、驚きの声があがる。彼女の力の威力や効果は、既存のサイキックとは大きくかけ離れたもののようだった。
実は自分も、と申告する者が続く。猟兵として覚醒するか否かには個人差があるようだが、一定の理解は得られたようだ。聖理は報告を進める。
「それに、アーカイブ……マンチェスター・ハンマー等、六六六人衆の中でも悪質な面子がUDCアースと呼ばれる世界を拠点として、各三十六世界で何かを『蒐集』している事も六番目の猟兵のメンバーから伺いました」
『何ですって。この画像も……カットスローターズじゃない』
灼滅者達の間に緊張が走る。現在は『ウガルルム・ザ・グランギニョール』と呼ばれている女――それはかつて六六六人衆の序列二位として君臨し、手を焼かせたマンチェスター・ハンマーに間違いなかった。
何の因果か、手にしているハンマーに序列一位パラベラム・バレットの人格が宿っているとの情報もある。元六六六人衆の青年は一段と険しい顔をしてみせた。
『どういう事です。これでは我々が苦労して得た人々からの理解が水の泡ですよ。ただでさえ肩身が狭いってのに』
「心中お察しします。現状では情報不足でわからないと言わざるを得ません。ここは、世界を渡れる六番目の猟兵に列席した灼滅者等を中心として、各方面の情報を纏めるべきかと」
聖理は自らのグリモアを輝かせてみせる。
その役目の一端は、どうか最後の世代の灼滅者である自分に任せてほしいと。
通信を終えた彼女は改めて文章作成ソフトを立ち上げると、現段階で判明している情報を書類に纏めはじめた。創造は苦痛のためにあってはならない。己の底にも秘められていた闇を打ち砕く光に、自分がなる。
新世代のエクソシストとして、皆が一緒に笑い合える世界の為の創造を。
七草・聖理という灼滅者の信念がこめられた文書は、誰も傷つけぬ武器として輝く。
成功
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