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宙は木苺の香

#サムライエンパイア #ノベル

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オニバス・ビロウ




 この宙域には、一風変わった――と、少なくともこの宙域では思われている――生物がいる。
 他の世界を識る者であれば、それは狐という生き物の幼体と酷似してると思うだろう。そんな四つ足の獣は、その愛らしさと共に不思議な力を有していた。
 己の身体を使わずに物を動かしたりといった、所謂超能力等と言われる類の力である。その中には他者の意思を読み取る力も有する個体も居た為、愛玩かつ護衛として求める好事家は多かった。
 そうなれば、必要以上に捕らえられ、その個体数を減らしていくのは当然のことだった。いつしかその獣達は、絶滅を危惧された希少種として、宙域のみならず世界的な保護対象の一種として数えられるようになっていた。
 一部の知性種に翻弄された生物達の保護を目的とした組織が動き出したとはいうものの、能力故に捕獲されることも稀であり、個体数はまだまだ安定というにはほど遠い。
 ●とある宇宙船にて
「■■、ここが今日から君の部屋だよ」

 小さな箱のような部屋に丁寧に下された獣は、こゃんと啼いて首を傾げた。
 この艦は一部の世界における私設の動物園のような、そんな役割を持った船の一つ。
 白いふかふかの毛並みの中に桜色の毛が風変わりな模様を描くこの獣は、その見た目と備えた力故に好事家に求められ乱獲された種である。少し前に捕獲されたこの獣もその為の罠にかかり衰弱していた所を保護されたのだった。
 今日この艦へと迎え入れられたこの獣は、■■と名付けられ、もうしばらくはこの環境に慣らしながら経過観察を受けることになる。再び野生に戻してしまうと心無い者達により危険に晒される可能性が高い為、この獣はこの艦で暮らすことになる。
 ■■と勝手に名付けられた事は獣にとってはそう大した問題では無かったし、四六時中狭い箱のような部屋に閉じ込められる訳でもなかった。そして、何よりも、食事。餓える事が無いというのは、とても大きかった。だから、こういう暮らしも悪く無いのかもしれない。
 少なくともこの時点では、獣はそう思っていたのだった。

 ――しかし、そんな多少の慣れと空気読みは必要なものの穏やかな日々はあっさりと、そして、唐突に終わりを告げるのだった。

「■■ちゃーーーーん!!」

 獣の耳にはやや甲高いくらいの声をあげて駆け寄ってくる|人間《ヒト》。
 獣――■■は、この|人間《ヒト》が控えめに言って好きではなかった。この艦に来るまでに他にもたくさんの人間と出会って別れてきたが、これほどにこちらの都合を考えない存在は、自分に物理的な危害を加えようとした者達くらいだった。
 最初はこの|人間《ヒト》もそうした類だと思っていたのだが、敵意は無いのだ。敵意は。

「ダメですよ。それでは警戒される一方です」

 煩わしい|人間《ヒト》の傍らに立つ|人間《ヒト》が半ば呆れ声で言う。そちらは■■がこの艦に来た時から世話係のような立ち位置の者で、■■にとって程よい距離感で接してくれる|人間《ヒト》の一人である。この距離感を甲高い声の|人間《ヒト》も理解してくれれば良いのだが、■■が拒絶しようと威嚇しようと、この|人間《ヒト》は全て“愛情表現”であると曲解しているのだ。そして、自分の行いもまた同様に“愛情表現”であると、嘯くのである。
 今も諭してくれた|人間《ヒト》に向かって何やら文句を言っている。そんな様子を横目に、■■は欠伸をひとつ零した。気に入らなければ逃げたらいいのだと、■■は楽観的に思っていた。暫く経って、それが間違いだったと思い知らされることになる。
 逃げ出してもほぼ即座といっていい位に察知される。で、あれば、気付かれないうちに隠れたら良いのではと、物陰等思いつく限りの場所に身を隠してみた。それでも、大差ない時間で察知される。そんな事が重なれば、辛抱の限界だって訪れるのだ。■■だって、意思と自我のある生き物なのだから。

 何度目かの逃走劇。■■にとっては運が悪い事に、この時最初に発見したのは、件の距離感が近すぎる|人間《ヒト》だった。

「■■ちゃーーん、ソコに居るよねーー?」

 その様子に、物陰に隠れながらも思わず威嚇の態勢をとる■■。

「ふっふっふ。隠れてても判っちゃうんだよぉ」

 これは■■には当然知る由の無い事なのだが、この艦に乗せられるにあたり尻尾の付け根辺りにチップが埋め込まれているのだ。そのチップの信号を辿る事で、艦の乗員には■■の――正確には、この艦に乗せられている動物達すべての居所や状態が追跡出来てしまうのだ。

 ――もうダメだ。この人間とは絶対に相容れない!

 ■■は、自分に向けて伸ばされる手とその主の表情に、己の心の許容に限界がきてしまった。一分一秒たりとも|この人間の居る場所《ここ》に居たくない。その想いが、■■が持つ力を発動させる。

「えっ?!」

 伸ばされた手が届く寸前、■■の身体はそこからかき消えたのだった。

「え、ちょ……え、艦内に居ない……?!」

 慌てて乗員に支給されている端末を使って、■■の位置を探ろうとするが、その居場所は杳として知れなかった。
 その身に埋め込まれた筈のチップの信号が完全に途絶えるという、異常事態。それは仕方のない事だった。何しろ、■■がその力で転移した先は、本来普通の生命では超える事が出来ない壁を超えた向こう――異なる世界だったのだから。

 ■■が周囲を見回すと、周囲の景色が一変していた。
 無機質な壁と床に囲まれていた筈が、久し振りに感じる土の感触と、嗅ぎなれない草の香りがする。周囲を見渡して、雨露はしのげそうである事と、あの|距離感のおかしい人間《“天敵”》の気配は感じられない事に安堵した途端、急に襲ってきた疲労感に■■は身を任せた。
 ●とある離島にて
(――そういえば、家はどうなっているだろうか)

 オニバス・ビロウ(花冠・f19687)は、故郷である|江戸戦国の世界《サムライエンパイア》に戻っていた。平素は妻が攫われたと思われる|アリス達が彷徨う迷宮世界《アリスラビリンス》を探索しているオニバスだが、村落を荒らす巨大生物の討伐を依頼を受けた為である。依頼そのものは、手練れであるオニバスにかかれば造作も無い事であった。
 故郷の世界へと戻って来たのであれば、妻との想い出が残る我が家の空気を入れ替えていこうと思い立ったのも自然な流れであった。生者が寝起きしない家は早く容易く荒れてしまうものなのだから。

 がらりと戸を開けてみれば、何時もと変わらぬ空気が静かに満ちている。家は荒らされている気配は無く、己以外の人の気配も無い。
 ならば窓を開けて風を通そうと歩を進めようとしたオニバスの足が、止まった。

(なんだ、この毛玉は)

 確かに人は居ない。その代わりに、白いふかふかの毛玉が其処にあった。ゴミを置いていった記憶も無ければ、この様な毛玉を所持していた記憶も無い。

(いや、これは……仔狐か?)

 近寄ってようよう見てみれば、その毛玉は生き物で、オニバスの知識に在る中で一番近いのは狐の幼体だった。たた、毛の色あいは、彼の知る狐とはかけ離れている。獣が入り込んで荒らさぬよう、対策は施していった筈だが、何処かに漏れがあったのだろうか。
 毛色の特殊具合と触らずとも判る毛の柔らかさから推測するに、野生の生き物である可能性は低かろう。そう思いながら手を伸ばして触れてみれば、推測通りに柔らかな毛は暖かく、緩やかな呼吸をしていることが感触として伝わる。

(生きている――!)

 と、なればこのまま見殺す訳にもいかないだろう。
 試しに常備している食料と水を嵩の低い器にいれて前に置いてみれば、仔狐は警戒するように首をもたげてオニバスを見上げる。

「食べられるか?」

 言葉が伝わるかは判らないが、見上げる視線を受け止めてオニバスはゆっくりと言う。言葉が通じたのか、その視線の意図から察したのか、仔狐はちびちびと食料を齧り始めた。

(飲み食いが出来るなら問題なさそうだな)

 明日にでも人里で問うてみれば、仔狐の“家”もすぐに見つかるだろう。そう思いながら、オニバスは仔狐と一晩を過ごすことにしたのだった。
 しかしそれは、甘い目算であったことを、翌日になってオニバスは思い知る事になるのである。

 翌日、仔狐について心当たりのある者がいないかと、里で情報収集をしてみた。しかし、仔狐を飼っているものの宛ては全くと言っていい程無かった。どうやら、この里で飼われていたわけではないようだ。

(あの毛触り等からすると、間違いなく何処かで飼われていたと思っていたのだが……)

 手詰まりかと、思いながら自宅の戸を開けたオニバスは、その場で足を止めた。
 仔狐が、浮いていた。

「こやん!」

 仔狐はオニバスの帰還に気が付くと、機嫌の良さそうな、おかえりと言わんばかりの啼き声をあげる。よく見れば小さめの家具も仔狐の周囲で一緒に浮いている。
 元気になったのは何よりだ。本当に、何よりなのだが。

(元気になったはいいのだが何で浮くのだろうか?)
「――こや?」

 真顔にならざるを得ない。悪戯にしても想像をはるかに超えている。そうして難しい顔をするオニバスを見つめて首を傾げる仔狐。
 その愛嬌ある様を見ながらオニバスは考える。どうやらこの周辺で飼われていたわけではない。であれば、野生の生き物なのだろう。恐らくこのまま放っていても、回復すれば出ていくだろう。しかし、獣避けをし、戸締りをしていたこの家の中へ何がしかの手段で入ってきたということは、また勝手に入ってくるということだ。

(だからと言って留守番役に置いていたら、それはそれで悪戯されまくるんじゃないのか??)

 攫われた妻を見つけ出したら、また一緒に暮らす家だ。あまり好き勝手にされるのは、問題しかない。何より、戻って来た妻が何と言うか。

「――おい、お前」
「こゃん?」

 やはりこの仔狐、此方の言う事を理解しているようだ。

「俺と共にあらゆる土地を巡る気はあるか?」
「……こゃん!」

 少しの間を置いた後、元気よく啼き声が一つ。一瞬片方の前脚をあげたような気もするが、気のせいだったのか、はたまた。

「ならば名前を付けねばな……」

 仔狐――そう、宇宙の彼方の世界で■■と名付けられていたこの生き物――は、その毛並みが描く模様から、花桃という新しい名を得て、オニバス・ビロウの旅路に同行する事と成ったのである。
 ●|幽世幻想《カクリヨファンタズム》のとある場所にて
 そんな一人と一匹の出会いからいくらかの時間が過ぎて。 1つ変わった事はと言えば、|アリス達が彷徨う迷宮世界《アリスラビリンス》以外の世界へと足を向けることが増えた事だろうか。
 今も、何かと特異な花桃の見た目と“悪戯”の傾向から、同族が居そうだとオニバスが目星をつけた世界の一つ、|幽世幻想《カクリヨファンタズム》に来ている。

「こやぁ」
「なんだ、腹が空いたのか」

 花桃が一声啼いた声音から空腹を察したオニバスは、握り飯を取り出して差し出そうとする。近頃はオニバスも慣れてきたのか、この不可思議な仔狐の啼き方や声音からその意図を察することが容易になってきた。

「……こゃ」

 が、花桃は鼻先に差し出された握り飯から顔をそらした。どうやらお気に召さないらしい。オニバスは苦笑交じりの溜息を1つつくと、懐から別の包みを取り出した。

「此方の方が良いか」
「こやぁん!」

 オニバスが取り出したものを見た花桃の啼き声がワントーン上がった。その手にあったのは木苺の実。握り飯ともども常備食として持ち歩いてる品だった。回復した花桃は、オニバスの持ち物からそれを見つけ出して以来、折につけてねだるほどに気に入ったようだ。

 もくもくと木苺にありつく花桃を眺めながら、自分は花桃が拒否した握り飯を口にする。
 |幽世幻想《カクリヨファンタズム》へと赴いてみたものの、花桃の故郷は此処ではないようだ。しばらく前に渡る術が出来た|平安結界に綴じられし世界《アヤカシエンパイア》という世界なら、もしかすると何か手がかりがあるかもしれない。

(――次の行先は、決まったな)

 そんな思いを巡らすオニバスの傍らで、花桃はひそりと思う。
 この懐かしい星空の香を纏う|人間《ヒト》は一緒に居るには居心地がいい。こちらがちょっと強めに訴えれば、折れてくれるし、与えてくれる食事は今まで食べて来た中で最高といっていい。それに、今は“保護される生物の■■”ではなく、“|星空の香の人間《オニバス》の同道者の花桃”なのだ。それで充分なのである。この|人間《ヒト》は、自分がもともと居た世界を見つけ出して送り届ける心算でいるようだが、|花桃《こちら》としては再びあの|人間《“天敵”》の居る世界に戻る気などないのだから。

「さて、行こうか」
「こやっ!」

 小休止をを終えた|一人と一匹《ふたり》の旅は、続く。少なくとも、男の探し人が見つかる、その日まで。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月15日


挿絵イラスト