【File●5】ルナ・フィネル、女、20歳
「で、どうなの? 花粉症は?」
「治った様な気がしたけど完全に気のせいだったわね。まさか秋にもスギ花粉が飛んでるなんて思わないじゃない?」
「そう言えばこの数日そうらしいー……って言うか神様花粉症なるんだねぇ」
「知らないけどなんか気分よ気分。病は気からとか言うでしょ」
ほぼ初対面なんだけど全くそんな気がしないこの子はルナ・フィネル(三叉路の紅い月・f44133)。先般俺の|あまりにも理不尽な《ネタでしかない》依頼を受けてくれた猟兵の一人で、互いに顔は知っている。俺がいつも通りお喋り相手を物色してたら遠目にも目立つ黄色みの強い派手な金髪が目に止まって声かけて、付き合って貰っている次第。フラッと入ったコーヒーショップでいかにも秋らしい南瓜とスパイスのラテを片手にまず話すのがハロウィンよりもスギ花粉な辺り、被害者の会みたいな趣がある。俺のせいか。
「だいたい私、この夏猟兵になったばっかりの新米猟兵なのよ。もうちょっとお手柔らかな感じの依頼とかなかったのかしら?」
「危険度って意味ではあれ相当初心者向けの可能性あるけどねぇ」
「はぁ!?あれが!?」
「うん、あれが」
「腑に落ちないわね……空前絶後の脅威だったわ、北米大陸の環境的に」
いかにも納得行かなさそうにルナちゃんがぼやく。言いたいこと結構ハッキリ言うタイプだよなぁ。嫌いじゃない。鮮やかな金髪碧眼に負けない派手めの容姿もいかにも気が強そうな感じ、って言うか、多分実際だいぶ気が強いよね。件の依頼の報告書読むに、なんかものすごい剣幕で邪神サマに噛み付いた場面があったとか無かったとか。
でも容姿って言えば、あの後猟兵のデータベース的なやつで見たこの子の写真はもっと可憐な感じだった気がするんだけど何でだろう。まぁ猟兵なんて皆色んな顔も形もあるものだけど、なんかもう女帝とお姫様くらいに雰囲気違う気がする。俺の好み? 当然後者。本人を前にして口が裂けても言えないし言わないけど。
「それにしても、なんでルナちゃん依頼なんか受けてるの? 見た感じ余裕ありそうだし、女神様なら信者とかから幾らでも貢物とかあるんじゃないの?」
これはめちゃくちゃ率直な疑問。なんか金糸の帯とか、色んなジュエリーとか、身に着けてるあれこれいちいち全部、流石女神!って感じのクオリティしてる気がする。ルナちゃんは食い気味に頷いた。
「よくぞ聞いてくれたわね!元居た世界でも人間に紛れて暮らしてはいたけれど、少なくともこんなにあくせく働かずに優雅に暮らしていられたのよ。ただちょっと色々あってこの世界に来てしまったと言うか——」
言葉を選ぶ様にやや間があって、ルナちゃんは至極真面目な顔で告げる。
「平たく言うと、そう、神隠しに遭ったのよ」
「はい? 神様が?」
「そう、神様が」
思わず噴き出しそうになって、噎せた。
「いやいや、真面目な話なのよ。出かけようとしてたのよ。玄関開けたら足元にいきなり穴よ? 信じられる!?」
「いや急展開すぎ。異世界転生モノにしたってまず一回死んでからでしょ」
「私死んでないからね!?で、落っこちて来たらこの世界で、帰るに帰れないし、元の力は殆ど失ってたし——」
「成る程、確かに神隠しっぽい……気の毒だからこれあげる」
はぁ、と肩を落とした彼女に、俺はとりあえず自分が食べようと思って買って来ておいたドーナツを勧めた。期間限定のココアのやつだ。
「あ、ありがとー……ん。美味しい」
あっさり切り替えたかの様にドーナツ頬張って幸せそうに目を細めてる様子なんか見てると、普通に年相応の女の子に見えなくもない。そう考えると、割と朗らかに話してるけど結構酷な状況だよなぁ。
「でもさ、元の世界のご家族とかきっと心配してるよね。何か手伝えることがあったら良いんだけど——」
「あ、家族は別に心配ないの。父様のことは知らないし、母様は私が小さい頃に亡くなってるから」
「え」
「兄様も2年前に死んじゃったし——あ、兄様の写真見る? 私の兄様、結構男前よ」
余計に気まずい話題を出してしまったことを悔いる間もなく彼女のペースだ。元居た世界のものなのか、圏外的な表示になってるスマホらしきもので見せられた画像に息を呑んだ。
黒髪に青い瞳、イケメンってよりも凛々しいだとか男前だとかの言葉の方が似合うかな。誠実そうな感じの顔した美青年なんだけど。
「え、この人——」
「格好良すぎてビックリした?」
いやいやいや、俺こいつ会ったことあるんだけどなぁ。何なら例のスギの依頼でこの子ともニアミスしてる筈。どういうこと?
「うん。どっかの世界の俳優に似ててビビった。なんてお名前?」
適当に誤魔化しながら訊いてみる。確かあいつの名前は——
「ジョーニアス・ブランシェ」
参った、名前も同じらしい。これって何が起きてるんだろうね。神隠しの件然り、他の世界とこっちの世界で壮大な時空の縺れでも生じていたりとかするのかな。
君のお兄ちゃん多分生きてるよ、って話してあげたいような、それをすると不味いような。
「ふーん……あれ。ブランシェ? ルナちゃんと苗字違うんだ」
「私も本当はルナ・ブランシェなの。こっち来た時に何もわからなくて咄嗟に苗字だけ偽名にしちゃった」
それにしてもさ、割と踏んだり蹴ったりな天涯孤独な身の上も随分とあっけらかんと話すよね。繕ってるとか強がってるとか言う感じもしないし、そう考えるとやっぱり何だかんだでこの子、神様なんだよなぁ。
「そう言えばルナちゃんって幾つなの?」
「精神年齢的には宇宙の終焉を2回と宇宙創造を3回経験してるくらいね」
実に悪戯っぽい笑顔、何とも真偽を測りかねてしまうお返事だ。
「あ、そ。じゃあさ、実年齢は?」
「|レディにその質問はナシね《好奇心は猫をも殺すぞ》」
ルナちゃんの声に重なった別の声は多分、俺の脳裏に直接語り掛けて来た。同時、強い静電気らしき刺激を覚えてカップを落としそうになる。ルナちゃんは涼しい顔でカップを傾けてる。
成る程、本当に下手に踏み込むと火傷しかねない——ので、帰ったら兄上の方を調べてみようかなぁとか、あ、これも危険? どうだろね。
成功
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