イェーガーヴィネット・Side『静漓』
●君が思い描く
グリモアベースの一角。
そこには山積みにされたプラモデルの箱があった。
その前に陣取っているのはグリモア猟兵のナイアルテ。
彼女は自分の元に訪れる猟兵を出迎えていた。
「こんにちは」
薄翅・静漓(水月の巫女・f40688)は、そんな彼女の元にふらりと訪れていた。
巷で噂を聞きつけたのかも知れない。
理由はなんであれ、彼女がやってきたということは何かを作りたいという意欲が高まっていることを示している。
「こんにちは、静漓さん。あ、いえ、わかっておりますとも!」
なんだかテンションが高いな、と静漓はナイアルテを見て思った。
いつものオブリビオンに関する事件を説明する時の彼女の雰囲気ではない。
柔らかい、というよりふにゃふにゃしている。
「そう?」
「ええ、言わずとも当てて見せましょう! ずばり! 静漓さんはプラモデルを作りたいと思っている! と!!」
「正解。久しぶりに何か作りたい気分になったものだから」
「おまかせください!」
「お任せしていいの? そのまま『五月雨模型店』に行こうと思っていて。それで……」
「まあまあまあ」
結論を急がないで欲しいとナイアルテは静漓の言葉を遮った。
「秋の夜長……月の美しい季節です。つまり、今日! 静漓さんにオススメするのはっ!」
ずずい、とナイアルテは静漓に一つのプラモデルのパッケージを手渡す。
腕に一抱えするようなパッケージの大きさだった。
静漓は首を傾げる。
彼女が『プラクト』で使用するプラスチックホビーの箱からすれば大分大きいと思えたのだ。
いや、事実大きい。
いつもの三倍くらいはあろうかという大きさである。
戸惑っているとナイアルテは聞かれてもいないのにつらつらと説明を始めるのだ。
「こちら、『|マジック・グレード《MG》』と呼ばれるモデルです。所謂スケールの一回り大きいシリーズになりますね」
「『MG』……そういうものもあるのね」
「はい、こちら、その中でも異色のシリーズ。俗に『モンスター・グレード』とも言われる所以となったキット――『青のダイモン』です!」
パッケージを見れば、そこには月光に照らされた青いクリーチャーとも言うべき翼と巨腕を持つ悪魔の姿が描かれていた――。
●君が作る
静漓はナイアルテから手渡された一抱えもある大きなパッケージを手にして『五月雨模型店』へとやってきていた。
ただ、大きな箱を抱えているものだから入店にまごついていると、後ろから声をかけられる。
「あれ? 静漓ねーちゃん!」
この声は、と振り返ると『アイン』と呼ばれる少女が小学校からの帰り道だったのだろう、ランドセルを背負って立っている。
どうやら放課後すぐさま『五月雨模型店』に立ち寄ったのだろう。
季節は秋。
アスリートアースでは、今まさに運動会シーズン。
言うまでもなく超人アスリートたちの季節でもあるのだ。
年齢で言えば『アイン』もまだ小学生。
この時間になったのは、きっと運動会の練習があったからなのだろう。
「『アイン』。元気ね」
「ああ! 静漓ねーちゃんも! それ、どうしたんだ?」
『アイン』が示すのは静漓が手にしている箱である。
興味津々であるのは、もう顔を見れば分かる。それくらいには付き合いの長い仲なのだ。
「何か作りたいと思って……此処で作りたいと言ったら、これを」
もらったのだと『青のダイモン』のパッケージを見せる。
月光に照らされた怪物。
「うわー!! それって『MG』シリーズの第一弾!? えっ、これすっごいレアなやつだぜ!!」
「そうなの?」
「そう!『MG』シリーズって今でこそ人気あるけど、最初の頃はあんまり人気なかったんだよ。でも徐々にシリーズ展開していくにつれて人気になって今やスタンダードになったんだもん。それの第一弾『青のダイモン』……! パッケージなんか、雑誌でしか見たことなぜ、私!」
だって、彼女がまだよちよち歩きしている頃に発売されたものであるからだ。
その事実に静漓は少し想像する。。
『アイン』がよちよち歩き。
もっと小さかった、ということだろうか。
ふ、と笑みがこぼれる。
「その頃の『アイン』は、これくらいで可愛かったのでしょうね」
これくらい、と示すのは己が抱えているパッケージであった。
「流石にもうちょっと大きかったと思うけど! ……じゃあなくって! なあ、それ今から作るんだろ! だったらさ……」
「ええ、アドバイスもほしいと思っていたから」
見ていていいか、と彼女の言葉に静漓は頷く。
二人が『五月雨模型店』に入店すれば店長である『皐月』が迎える。
「こんにちは」
「いらっしゃい。持ち込みかな」
「ここで購入したものではないのだけれど」
「構わない。細々した道具をよく買ってもらっているからね」
「でも」
流石に気後れする。何か買おうと思っていたので、そうした気遣いは不要と言われれば、素直に受け取っていいものかと静漓は躊躇う。
けれど、店長である『皐月』は首をふる。
「まあまあまあ」
その言い回し流行っているのだろうか?
「君たちには助けられていると思っているんだ。これでもね。だから気にしないでくれ。それに……ほら」
「静漓ねーちゃん、はやくはやく!」
「『アイン』が待ちきれないみたいだ」
静漓は急かす『アイン』をみて、『皐月』に一つ頭を下げて謝意を示して制作スペースに引っ張られていく。
ここは彼の厚意に甘えるのが彼のためでもあるようだった。
人の心は不思議なものだ。
「開けるわね」
制作スペースで箱を開けると説明書とパーツの配されたランナーが飛び込んでくる。
独特な可動域とパーツ構成。
クリーチャー、所謂モンスター造形の細かい彫り込みが特徴的であった。
生物的な筋肉を意識したフレーム。
刻まれたモールドが深いように思える。
「わー、確かにこれは人を選ぶな」
「そうね。でも、私は嫌いではないわ」
『青のダイモン』。
ランナーを手にしてパーツを確認していく。
説明書に書かれていた設定集のようなものがあるようだった。今のモデルにはあまり見かけないものであった。
「へー、昔のやつってこんなに設定も説明書に書き込んであるのかー」
「面白いわね。これは、何というシリーズにでていたものなの?」
「えーっとね、『憂国学徒兵』シリーズの『SM』だね。そうそう。だから怪物みたいな形してるんだよなー」
初耳だった。
これが、アスリートアースで放映されているアニメシリーズの一つだったのか、と静漓は意外な思いであった。
だが、組み味は悪くない。
むしろ、手に馴染む気がした。パーツの一つ一つが理解できる。
骨格と可動域。
その上に被せるパーツは装甲でなく有機的。
「面白いわね」
「だよなー。いつものロボットとは違う曲線で構成されたパーツとかさ、ちょっとワクワクするし、なつかしーもん」
「そうなの?」
「うん、だって」
『アイン』は笑む。
「初めて静漓ねーちゃんと遊んだ時の『孤月』の時もワクワクしていたんだぜ。だって、『青のダイモン』って、これの小さいスケールのやつの改造したプラスチックホビーだろ?」
『アイン』は己との初めての試合を覚えているようだった。
そして、それが楽しかったのだと。
表情を見ればわかる。
そして、彼女はきっと完成したら言うだろう。
『出来上がったら、試合やろーぜ!」
いつものように、初めての時と変わらずに――。
成功
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