バカンス・ブレイカー!
●ドリーミング・アップ
心地よい風が頬を撫でる。
薄紅色の髪が揺れて遊ぶのを柔らかく抑えて、温かな日差しに瞳を細める。
瞳に差し込む光と共に森の緑が映し出され、五感でもってこの余暇を堪能しているのだと自覚できる。
ソフィア・エルネイジェ(聖竜皇女・f40112)はクロムキャバリア、アーレス大陸西部に存在する小国家『エルネイジェ王国』の第一皇女である。
聖竜騎士団団長でもある彼女の日々は忙しない。
いや、忙しないという一言では片付けられないほどに多忙極まる毎日であった。
君臨すれど、それは武功を持って示されるものでなければならない。
強者剛健。
それが『エルネイジェ王国』を統べる者の資質であった。
故に彼女はへこたれない。いや、へこたれる、ということをしない。
彼女の正義感が強く誇り高い精神性に多くの者たちが惹かれるだろう。聖竜騎士団の団員たちが粒ぞろいであっても一癖二癖もある問題児ばかりであっても、騎士団としてまとまっている所からしても頷けるところだろう。
その影響力は国内外を問わない。
かつて『第三帝国シーヴァスリー』の『エース』であり、今は小国家『ビバ・テルメ』の軍人である『クィンタブル』もまたその一人であった。
王者たる威光。
それをソフィアは備えていたのだ。
皮肉なことであるが、そうした彼女の王者の威光こそが、彼女の忙殺される日々を呼び込むものであった。
「ですが……」
ソフィアは夢心地で、とあるグリモア猟兵から贈られた『皇女殿下お忍びセット』の中で息を吐きだす。
「これはよいものをいただきましたね……」
のんびりしている。
日々忙殺される彼女がどうしてこんなにのんびりできているのか。それはこのお忍びセットならぬキャンプセットのお陰である。
隠密性に優れ、遮音性も高いテントの中は誰にも邪魔されることのない空間であった。
皇族の有する避暑地。
海であればプライベートビーチを。山であれば、避暑地を。
皇族としての特権とは言え、ささやかなものである。けれど、ソフィアはこれが何物にも代えがたいものであると思えたのだ。
まさに夢心地である。
もしかしたら、避暑地にて一夏の出会いもあるかもしれない。
自分の両親の馴れ初めを思えば、こうした穏やかなる日々にて出会いが在るかも知れないという期待は淡いものであった。
けれど、夢見てもいいではないか。
だって、夢だから――。
●リアル・デイズ
そう、夢である。
夢なのである。
再三にわたってであるが、夢であった。それも儚い夢。
ソフィアは一泊二日の休暇に淡い夢を見ていたのだ。皇族の所有する避暑地でのキャンプ。
忙殺される日々に僅かに背を向けて、心の洗濯を行うべく向かうはずであったのだ。
疲れを癒やし、もしかしたら、なんていう儚い夢。
いや、多くは望まないのだ。
ただひたすらに日々の喧騒から離れたかっただけなのだ。
第一皇女としての責務を忘れたわけでもないし、放棄したいわけではないのだ。
ただただ疲れてしまったのだ。だから、少しの暇を……それこそ一泊二日と言ったが、出発の時間を考えればほぼ24時間程度のものである。
雀の涙ほどの休暇。
多くは望まない。ただ穏やかであれば、とソフィアは思っていたのだ。
ささやかな願いであれば、叶えてもらえるかもしれない。
そう思ったのだ。
それを眼の前のメサイア・エルネイジェ(暴竜皇女・f34656)は盛大にぶち壊していた。
もしかしたら有ったかもしれない出会いというフラグをメサイアがべきべきのばきばきにへし折っていた。
「あら~? お姉様それは?」
ソフィアの顔が引きつった。いや、ビシ、と音を立てたのかもしれない。
見つかってしまった。
今から休暇だというのに。
一番見つかってはならない者に見つけられてしまったのだ。
そう、末妹メサイアである。
「はっ!?」
こちらが何かを言う前にメサイアの瞳がきらめいていた。
「お、お、お、おテントですわ~!」
キンキンと耳に響く声。
日々の執務にて疲労困憊たる脳が揺れる。これである。こういう騒々しさからソフィアは逃げたかったのだ。だが、許されないというのだろうか?
「メサイア。私は」
「わたくし、おキャンプ大好きですわ~! わたくしも行きますわ~!」
「メサイア」
「キャンプ地は、皇族の避暑地でございますわよね? それならヴリちゃんでひとっ走りですわ~! 楽しみですわ~!!」
騒々しいことこの上ないほどに、はしゃぎまくるメサイア。
ソフィアは頭を振る。
頭痛がしてくる。けれど、ここでメサイアの勢いに飲まれてはならない。
このままでは折角の休暇がぶち壊しにされてしまう。
そう、ソフィアは俗世から離れ、自然の中で静かに過ごして日々の疲れを癒やし、心労を晴らそうという目的が在る。
明日からはまた、そうした日々に身を投じねばならないのだ。
国内外の問題は山積している。
また国境付近で『黒騎士』とコードネームを付与したキャバリアが散見されているのだ。
はっきり言って、この24時間の休暇だって相当に無理をして作り出した時間なのだ。
それを。
「さあ、お姉様! 行きますわよ~!!」
メサイアの強引さにソフィアは渋々了承するしかなかったのだ。
「静かに過ごすなどと、儚い望みでしたね……」
ソフィアは予見した。
メサイアがついてくる以上、彼女が夢見たキャンプは訪れることはないのだと――。
●おキャンプ
「お、おテントがワンタッチで出来上がりましてよ~!?」
メサイアは皇族の避暑地にて、ソフィアが持ち込んだテントセットの多機能さに目をひん剥いていた。
彼女は『エルネイジェ王国』を出奔していた時期、ある博士の元に転がり込むまでは、こうした野宿ばかりをしていたようである。
故に彼女にも野営については一家言あるつもりだったのだ。
たくましい皇女にして、暴走超特急機関車。
あらゆる問題ごとを暴と力とでねじ伏せてきた彼女にとって、このテントのワンタッチで展開する様はカルチャーショックであったし、文明開化の音がパカンと鳴るようなものであったのだ。
しかも、ワンタッチでありながら、この剛性。
加えて内部の遮音性。
さらには隠密性に優れているのだろう、ここまで近づいていれば認識できるが、まず遠目に見ては認識できないカモフラージュ機能。
はっきり言ってお忍びセットの名に違わぬ性能であったのだ。
「これがあったのならば、わたくしの放浪の日々がどんなに楽だったことか……おベアー様と素手で取っ組み合いしなくてよかったかもしれませんわ~! でも、ちょっぴり、熊肉が恋しくなりましてよ!」
「メサイア、あなた……」
ソフィアは思った。
熊と素手で?
いやまあ、猟兵に覚醒していたのならば熊程度、と思わないでもないが、改めてメサイアの暴力の才能の高さを思い知らされるエピソードがシレッと開示されている。
「まずは駆けつけ二杯目ですわ~! キャンプ設営にストゼロは欠かせないのですわ~!」
ぐいっと煽るようにメサイアはストゼロの缶を放り投げる。
すでにキャンプ設営にて一本目を空けたばかりである。なのに、すでに二本目。手癖が悪いってレベルではない。
「大自然の中で飲むお酒はうんめぇのですわ~!」
「メサイア、ゴミはちゃんと始末なさい。己のことを己で為す。それもまたキャンプ……」
「お腹が空きましたわ~! お魚獲ってまいりますわ~!」
「あ、待ちなさい……! なんと騒々しいことか……」
メサイアは、ぴゅーっと川へと飛んでいく。
その様を見てソフィアはまた頭痛がぶり返すようであった。この休暇にメサイアの同行を許可した以上、仕方のないことであるとは頭ではわかっているのだが、体が拒否している。
如何に妹とは言え、時には一人になりたい時もあるのだ。
しかし、である。
逆によかったのかもしれない。
運命というものは、実に複雑怪奇である。
ただ一つのボタンの掛け違いによって、その人の命運が左右されるように。
一つの出会いが呼び込むのが悲運であったかもしれないのだ。
そういう意味ではメサイアはソフィアの運命一つを容易く捻じ曲げたとも言えるだろう。存在しているだけで、運命を捻じ曲げる力とも言えた。
「――流石にエルネイジェの機械神二騎を同時に相手取るのは得策じゃあねぇか」
最大望遠のレンズに映るのは、隠密性に優れたはずのテントだった。
そこに映るのはソフィアとメサイアであった。
無論、どこか荒々しさを感じさせる声の主は二人が『エルネイジェ王国』の第一皇女と第三皇女であり、また『インドラ』と『ヴリトラ』の巫女であることを知っている。
背後にあるのは黒きキャバリア。
騎士の如き外装を持つキャバリアの名は『スカルモルド』。
そう、コードネーム『黒騎士』として呼ばれ、『エルネイジェ王国』の国境付近を騒がしている機体である。
声の主は、息を吐き出し機体を反転させる。
それは陽炎のように立ち消え、その所在を感じさせなくなっていた……。
そして、その儚い気配は立ち消えメサイアの騒々しい声が響く。
「獲りましてよ~! 本日一番の大物! この川の主でしてよ~!!」
「メサイア! いい加減になさい!」
「ヒェッ、でもでも、お姉様。ご覧になってくださいまし~! 獲れたてのお魚ですわ~でっけえですわ~! 塩焼きにして焼きたてをご賞味くださいまし~! きっとお酒にぴったりですわ~!」
「休暇だからと大目に見ておりましたが、我慢なりません。そこになおりなさい!!」
「なんでですの~!?」
そんな騒々しいキャンプはソフィアの心労を拭うことはなかった。
けれど、メサイアの底抜けハイテンションはソフィアに一層、皇女としての自覚を目覚めさせただろう。
心労?
そんなもの拭わずとも、かき捨てればよいのだ――!
成功
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