イェーガーヴィネット・Side『ファルコ』
●君が作って
プラモデルというものがある。
いわゆるモックアップというものだ。本来のそれは、設計に基づいて作り上げられるものであり、多くの事柄を検証するものであった。
けれど、此処――アスリートアースでは一つ違った意味でも用いられるものであった。
モックアップ、プラモデルを作り上げ、自分で動かし贋物の戦場で戦い、競うのだ。
生命のやり取りはない。
負けたからと言って生命を奪われることもなければ、小国家の要たるプラントを奪われることもない。
ファルコ・アロー(ベィビィバード・f42991)には、それが衝撃的であったし、それ自体にどんな意味があるのかもわからなかったかもしれない。
けれど『プラモーション・アクト』――通称『プラクト』は、戦いのスケールを矮小化しながらも、そこに籠められた情熱というものがスケール以上のものであることをファルコに伝えていた。
未だ『プラクト』に参加したことはない。
あの亜麻色の髪の店主……名前を『皐月』といった勧め上手な彼に誘われて自分を模した美少女プラモデルを一つ作り上げた。
眼の前にある。
それは自分を小さくしたようなものであった。
トランジスタグラマーな体型。
幼さを残したフェイスパーツ。
腕部のナックルアローと背に負った『パルスプラズマ・スラスター』の再現度は自分でもちょっと自慢できそうだと思った。
季節は秋。
残暑は未だ厳しいが、随分と涼しくなってきたものである。
「暇、と言えば暇なんですけど……」
うーん、と彼女は煮えきらない態度であった。
少し体を伸ばすようにしてのけぞる。
座っていた椅子が少しだけ軋んだ。もだもだしている、と自分でもファルコは思ったかも知れない。
暇と言えば暇。
けれど、何かをしようにも何をすればいいのかわからない。
何かしたいという意欲があっても、それが何に向けられるべきものであるのかが解っていない状態なのだ。
言わば、意欲の迷子状態。
そんな時に彼女が作った美少女プラモデルが目に入ったのだ。
「そう言えば、なんかグリモアベースでグリモア猟兵がなんか言ってやがったですね」
思い出す。
グリモアベースは猟兵しか踏み込むことのできない場所だ。
普段はオブリビオンによる事件の予知をしたグリモア猟兵が事件解決のために赴いてくれる猟兵たちを募る場所でもある。
そこで馴染と言っていいグリモア猟兵がモックアップの、プラモデルの箱を山積みにしていたのをチラと見たのだ。
なんて言っていたか。
「秋の夜長に、プラモデルを、でしたか」
ちょっとだけ意欲が動くのを感じて、ファルコは椅子から立ち上がる。
もうやってモダモダしているのは自分らしくない。
即断即決!
思い立ったら即行動!
これが自分のいいところだ。
ファルコはすぐさまグリモアベースに向かう。そこにはグリモア猟兵ナイアルテの姿があった。
ファルコの姿を認めて手を降っている。
まだ自分が彼女に用事があることは言っていないし、確定したことでもない。
けれど、自分の予知した事件を解決するために赴いてくれたファルコのことを彼女はしっかりと覚えているのだろう。
「ファルコさーん、こちらです。こちらですよー」
いつもの雰囲気ではない。
どこか間の抜けた声を出すナイアルテにファルコは、ちょっとだけ表情を崩す。
けれどまあ、彼女に用事があったのだから間違ってはいないだろう。
「ファルコさんもプラモデルを作りたいんですよね。作りますよね。作りましょう」
「いや、要件聞いてから言ってくださいですよ」
「いえ、私にはわかっておりますとも。この積みの山を見て作りたいなーって思いましたよね。思ったと言ってください。助けてください!」
そう、ナイアルテがこのようにプラモデルの箱を山積みにしているのは、自室のクローゼットの中に積み上げられた山のようなプラモデルが存在するためである。
つまり、このグリモア猟兵。
自分の積みを猟兵たちに崩してもらおうと思っているのである!
「事件みてーな言い方して……なんで自分でコツコツ作らねーんです。いや、そもそも積むなら買わなければ……」
「昨今の事情が購買意欲を加速させるのです。今買っておかないと、次にまた逢えるかわからないのです。もしかしたら、次に来るときには他の方に購入されているかもしれません! こういうのは一期一会! 買わない後悔より、買って後悔したいのです!」
「質が悪い言い訳ばかり覚えやがって……です」
「そんなこと言わずに! ファルコさぁん!!」
ぐいぐいくるナイアルテ。
彼女が手にしてファルコに押し付けているのは、一つのプラモデルの箱であった。
パッケージが鈍色である。
ファルコの胸に押し付けられた箱を押し返そうとしてファルコは、そのパッケージアートをまじまじと見つめる。
それはあの日、アスリートアースのとある商店街にある『五月雨模型店』のショーケースに飾られていた飛行機……戦闘機と呼ばれるモックアップに似ているように思えたのだ。
「これって……」
「はい! ジャイアントアート製、1/48スケールの『ヴァイスヴォルフ』です!」
「いや、わかんねーですってば」
ファルコはしかし、その箱をナイアルテに突き返すことはなかった。
あの日見たものと同じか?
いや、なんか細部が違うように思えたのだ。
「なんか、ボクの知ってるやつとビミョーにちげーんですけど」
「お目が高い! これは初期生産型と呼ばれるタイプなんですよ。何故違うのかと言いますと、翼の形とですね……」
「あーもー、そういう蘊蓄いいですから!」
「ここからが良いところですのに」
「大体、そういうのはわかる人に語るべきものでしょーに。ボクはわかんねーですよ。とりわけ、こういう空を飛ぶやつは。わかってるでしょうに」
そう、ファルコの出身世界は暴走衛生によって空に蓋をされた世界である。
空を高速飛翔するものは、尽くが撃ち落とされる運命にある。
それはファルコ自身にも当てはまる事柄であった。
故に、他世界を知ることのできる猟兵として覚醒しても、ファルコはこのようなものを知ろうとはしなかったのかも知れない。
己自身が航空戦力としての力を持つのは、生まれ持った素養だ。
だが、それが活かされない。
まったくもって無駄な能力である。
猟兵としては無意味ではないかもしれないが、己が生まれ育った故郷では違う。
「まあまあまあ」
そんなファルコに構わずナイアルテは箱を押し返す。
押し問答みたいになりそうだった。
仕方ない、とファルコは渋々とであるが受け取る。
なんかあの店主と似たような所あるな、このグリモア猟兵とファルコは思った。
だがまあ、元は彼女を尋ねる予定であったのだし、と思い直す。
「……わかりましたよ。受け取っておきますから。でも、作るとは限らねーですからね!」
「はい。でも、作ったら写真! 写真を何卒!」
「なんでですか!?」
「完成した模型の写真からしか取れない栄養素があるんです! 後生ですから! お願いします!」
「またわけわかんねーことを。ボクはこういうの得意でもなければ、完全な初心者なんですからね。そもそも完成させられるかもわかんねーんですから」
期待はしないでくださいね、とファルコは息を吐き出して箱を小脇に抱えてグリモアベースをあとにする。
その背中にナイアルテは頭を下げていたが、その表情は笑みに染まっていた。
そう、彼女は今回のことで猟兵たちに空前の模型ブームを巻き起こすことを画策していたのだ。
そのための積み!
この積みはこのときのためにあったのだ!
全て計画通り!
ナイアルテはそう笑み、ファルコがきっちりと模型趣味に目覚めてくれることを期待したのだった。
だがまあ、彼女の甘いところは、初心者であるファルコをしっかりと趣味に引きずり込むだけの手練手管がないってことである。
プラモデルを渡すだけでは作ってくれない。
必要とあらば、制作道具やスペース、アドバイスの出来る者を配置すること。
そうしたおもてなしがなければ、ハマるものもハマらないのである。
だが、心配することはない。
ファルコはファルコで、そういう場所を一つ知っているのだ――。
●君が思い描き、君が作って、君が戦う
ファルコはナイアルテから押し付けられるようにして受け取った鈍色のパッケージを小脇に抱えるようにしてアスリートアースを訪れていた。
とある商店街。
眼の前にはあの日のショーケース。
覗き込めば、己が小脇に抱えているパッケージアートとやっぱり微妙に異なる戦闘機『ヴァイスヴォルフ』が鎮座していた。
「やっぱり翼の形がビミョーにちげーですね。それにこの箱、なんかコイツよりデッケーんじゃねーんですか?」
抱えた箱と比べてみても、ショーケースの中の『ヴァイスヴォルフ』は小さいような気がする。
プラモデルというのは、ランナーというものにパーツが配されている。
だから、組み上がると驚くほどに箱の容積が余ってしまうものなのだ。
けれど、どう見ても、と己の持つ箱とショーケースの完成品は辻褄が合わないように思えてならないのだ。
そんなふうにして店先のショーケースの前でもだもだしていると扉が開く。
「……そんなに覗き込まなくても、店内に入ってくればいいのに。残暑とは言え、まだ外は暑いだろう」
そう声を掛けるのは、この『五月雨模型店』の店主、亜麻色の髪をした『皐月』であった。
彼は以前もファルコがショーケースの中を覗き込んでいた時に話しかけてきた者だった。
そして、勧め上手でもある。
あれよあれよというまに美少女プラモデルを購入してしまい、完成まで付き合ってくれたのだ。付き合い上手であるとも言えるし、人の間合いにすっと入ってくる器用さもあるように思えたのだ。
「このぐらいの暑さでへばっってなんてられねーですよ!」
「それだけ元気があれば……ん? それは……」
「あ」
ファルコは抱えていた箱を背に隠そうとして遅かったことに気がつく。
こういう店で持ち込みはあまり歓迎されないだろうと思ったからだ。けれど、『皐月』はあまり気にしていないようだった。
むしろ、目を輝かせていた。
「もしやそれは、1/48スケールの『ヴァイスヴォルフ』じゃあないか?」
「え、なんて?」
「いや、君が抱えているそれだよ。わかるだろう?」
「あ、ああ。これは、その、押し付けられたんですよ。作って写真送れって」
「珍しいものを持っている友人がいたんだな。中で見せてくれ。せっかくであるし、作っていくのもいいだろう。制作スペースも今は空いているし」
「や、まだ何も」
「まあまあまあ」
「なんかそれ流行ってます!?」
強引というか、なし崩しにファルコは『皐月』に手を引かれて店内に足を踏み入れ、制作スペースへと導かれてしまう。
強引っていうか、なんていうか。
「あの、これって」
「ああ、初期生産型の『ヴァイスヴォルフ』だな。現存する実機がないから初期生産型はキットになること事態が稀なんだよ。それに1/48スケールは大きいから、細部にこだわらないと大味になって味気ない組み上がりになってしまうんだ。その点、これは細部まで再現されているから貴重なんだよ」
そうなのか?
あのグリモア猟兵、なんかとんでもないものを押し付けてないか?
「この間もそうだったが、戦闘機に興味があるんだろう?」
「ないとは言ってねーですけど……」
「作ろう」
「いや、その」
「作ろう」
グイグイ来る。
なんだこの人、と前も思ったことを思う。
だが、いい機会なのかもしれないと思うのだ。
自分はこういうものに対しては初心者。見るからに、このキットは己の手、技量というものにそぐわない。
一人でどうこうするより、手慣れた者のアドバイスをもらうのは正しいように思えた。
「それじゃあ、一応。でも、その、ちげーですからね!」
何が?
『皐月』は首を傾げている。
伝わってない。
だが、着々と眼の前に工具が並べられていく。
箱を開けると包装されたランナーが並ぶ。
あれ? と今度はファルコが首を傾げる番だった。
「あの、やっぱりショーケースの中のやつとちげーですよね、これ?」
「初期生産型だからね」
「だから、そうじゃなくて、大きさが!」
そうなのだ。
ショーケースを見ていて思った違和感。箱を開けて漸く納得する。
やっぱり大きさが違うのだ。一回りも二回りもサイズが違うのだ。
「もしかして初期生産型だから大きさが?」
「……アハッ、アハハハ! あ、ごめんごめん。違うよ。そうじゃあなくって、これは寸借が違うんだ。あれは1/72スケールだからね。実機は同じ大きさなんだ」
「わ、笑うこたねーでしょう!」
「いや、本当にごめん。けど、これも『プラクト』に対応しようと思ったら最適解かもしれないね。君にこれを渡してくれた子は、そういうところまで織り込み済みだったのかもしれない」
「いや、それはねーです」
絶対、一番かさばるでかい箱から押し付けたに違いないとファルコは思った。
そう思いながらファルコは包装をバリバリと破いてランナーを取り出していく。
ニッパーの使い方や切り出したパーツの湯口を処理するやり方は、以前教わった。
なら今回も、と思ったのだが、どうにも勝手が違う。
説明書を見ても、パーツ同士がきっちり合わないのだ。
「……ん、んん? きっちり、ハマらねーんですけど?」
「ああ、歪んでるんだな。プラパーツだから収縮したりと昔のキットではよくありがちなことだったんだよ。これは、うん、致命的ではないから、パテで修正することが出来るよ」
そう言って『皐月』はプラスチック用のエポキシ樹脂のパテを持ち出してくる。
まーた新しいのが出た、とファルコはげんなりする。
やることが多い。
けれど、悪くはないかもしれない。
そもそも、ファルコは眼の前の戦闘機というものに興味津々だ。
どんな苦労だって好奇心の前には無力だ。
作りたいという欲求、知りたいという欲求。
この二つがファルコの中にある限り、面倒や苦労というものは彼女の敵ではないのだ。
「それで、ここは……?」
「ああ、操縦席は折角だから『マニューバタイプ』に対応するように、ここに……」
ファルコはなんだかんだと『皐月』と共に戦闘機『ヴァイスヴォルフ』をつく見上げていくのだった――。
●プラモーション・アクト
「えー!!」
それは耳をつんざくような声であった。
眼の前には『アイン』と呼ばれる少女。彼女はファルコが作り上げた大型の戦闘機『ヴァイスヴォルフ』を見て目を輝かせていた。
レア物のキット。
加えて、完成品である。
多く見る機会がない逸品を完成させたファルコに彼女は尊敬の念を抱くような眼差しを向けていた。
「すっげぇ……! え、これで初心者とか嘘だろ?」
「や、こいつ……いえ、店長に手伝ってもらいやがりましたですし」
「でも、すげえよ! この完成度! くぅ~……しかも『マニューバタイプ』! 作り込みが半端ない! なあなあなあ!」
『アイン』の言わんとしていることをファルコは理解していた。
『皐月』を見やれば、頷いている。
ファルコもそう思っていたのだ。
折角完成したのだから、動かしてみたい。乗り込んでみたい。実際に乗り込むわけではないが、『プラクト』フィールドの中でなら、贋物の空であっても飛ぶ事ができる。
「まあ? ボクが飛んだ方が、はえーでしょうけどね!」
ファルコは胸を張るが、いそいそと操縦パーティションへと足を向けているのを見て『皐月』は笑む。
「操縦はわかる?」
「ボクを誰だと思ってんです!」
ウズウズする彼女に『アイン』も釣られるようだった。
「早速やろーぜ!」
「ふふん、世界大会優勝チームの『エース』だからって手加減はむよーですからね!」
「あったりまえじゃん!」
真剣勝負だから楽しいのだ。
慣れていなくたって関係ない。いつだって真剣に、一生懸命になるからこそ、胸が高鳴るのだ。
ユーベルコード発生装置を組み込んだファルコの『ヴァイスヴォルフ』がフィールドの空を飛翔する。
それはたなびくようにして粒子を放ちながら大空という舞台を舞う。
本来ならば、風を感じることなどできない。
システム上、それは操縦パーティションまで波及しないものであったからだ。
けれど、ファルコは風を感じていた。
頬を撫でる風。
それは大空を己自身で飛ぶのと同じような光景であったことだろう。
「……風を掴め」
『皐月』の言葉にファルコは頷く。
操縦桿を握りしめる。
機体が旋回し、彼女が作り上げた鋼鉄の翼が空を風を斬り裂くようにして自在にフィールドを飛び回る。
『アイン』の操る人型のプラスチックホビーが追いつこうとしても追いつけないだろう。
ファルコの『ヴァイスヴォルフ』は、今大空の支配者になっているのだ。
「さあ、やろうぜ!」
「ええ、わかってますよ。こういう時に言う言葉があるんですよね?」
「そう!『レッツ』――」
「――『アクト』!」
二人の声が重なり、響き渡る。
風が、二人の頬を撫でた。
それは偽りでもなければ、システムが生み出したものではない。
想像力という翼が、ファルコに風を感じさせ、誰かと共有することで膨れ上がっていったのだ――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴