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帝都櫻大戰⑫EX〜マクドナルド王国とセイヨウ帝国

#クロムキャバリア #ノベル #マクドナルド・クエスト #帝都櫻大戰 #第二戦線

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バルタン・ノーヴェ




●王都混迷
 綿のような雲が晴天をさすらう平凡な昼下がり。
 標高の高い山の頂点に築かれたマクドナルド王国。その王国の首都デカプリオに流れる穏やかな時間は、なんの前触れもなしに突如として破られた。

 古めかしくも美しい街の景観を噴煙の煤が席巻する。黒煙の根本で踊る緋色を見れば、それが火災であることは歴然であった。
 デカプリオの大通りは平時であれば人々で賑わっていたであろう。だがいまそこに溢れ返るのは、行き場を失って逃げ惑う市民の悲鳴。それを必死に制する衛兵の怒号。
「こっちにも来た!」
「あれも妖怪なの!?」
「じゃあセイヨウの連中の仕業なのか!? セイヨウの連中め! ええ加減にせえよう!」
「あんな妖怪知らないウルフ!」
 混迷の渦中に突き落とされたデカプリオの市民を睥睨するのは、二つの黒くつぶらな瞳。感情を宿さないその瞳はどこに向いているのかも定かではない。丸々ふんわりとしたひよこ型の機体を有するキャバリア――フライトチキンは、短い翼でふらふらと飛行し、時折ひよこのような鳴き声を発する。
 一機や二機ばかりではない。何機ものフライトチキンが市民達の頭の上を飛んでいる。目的も正体も分からない鳥モドキの落とす影が右往左往するたびに、市民の塊が悲鳴と共に逃げ惑う。
 轟音が空を裂く。ロケットブースターを点火した鋼の腕がフライトチキンの腹を打ち据え、ゴム毬のように跳ね飛ばした。目標を退けた鋼の腕は大きく円旋回しながら射出された元へと戻る。
「ふざけた見た目だが頑丈だな……!」
 ロケットパンチが自機のスーパーロボットの腕に接続される振動を背骨に受けながら、国王アーノルドは屈辱に顔を歪ませる。

●追憶の歩み
 建国王レオナルドが築き上げたマクドナルド王国は、約50年に渡って主権と独立を堅持し続けてきた。様々な勢力が覇権を競い合うこの世界において、50年間も外敵を退け続けてきたという事実は、国家の堅牢さをどんな武勇伝よりも雄弁に物語る証であろう。
 マクドナルド王国の国軍である王侯貴族の騎士団は、実戦経験と兵員数こそ乏しいものの、各々の技量と駆るスーパーロボットは国是とする専守防衛の使命を果たすに十分な守りを備えていた。
 だが王国が備える最も分厚い守りの盾は国土そのものである。高い山の頂上に位置する首都デカプリオは、周囲の地形自体が天然の要害であった。外部の侵略者にとっては例外なく攻め難く、侵攻する気概から退けてしまう。殲禍炎剣という天井の存在も国土防衛に寄与したであろう。
 しかしそれでもマクドナルド王国に侵攻を試みる外敵は存在した。だがそのような外敵は等しく山の上から投下されるパンジャンドラム型キャバリアによって敗退の苦汁を味わう顛末となった。
 首都内のプラントの存在も防衛体制を一層堅牢なものとした。兵站を維持する機能すら内包した高嶺の要塞。故にバーキング、ロッテリオン、モストといった列強諸国と隣接しながらも、マクドナルド王国は今日に至るまで国家としての統治を堅持し続けてきたのだ。

 けれども国難が無かったわけではない。昨今には地下より進出してきた西洋妖怪の帝国、その名もセイヨウ帝国との武力衝突が勃発した。猟兵の協力を得ながらもこれを退け、セイヨウ帝国の皇帝であるエンペラー・ノーライフとの交戦を経て和睦。国民間のぶつかり合いこそ多少なりあれども、マクドナルド王国とセイヨウ帝国は緩やかな共存の道を歩みつつあった。
 その後もテロリスト集団『|クロムキャバリアの騎士《Knights From Chrome cavalier》』の暗躍を含む少なくない問題も生じている。
 今回の所属不明機による首都襲撃が起こったのはその矢先であった。

●限りなく遠い地より来るもの
「このキャバリア達は一体何が目的で……!?」
 ジョニー王子が駆るスーパーロボットが跳躍し、フライトチキン目掛けて両手剣を振り下ろす。機体の重量と自由落下の運動エネルギーを引き受けた刃が硬質な光沢を放ち、フライトチキンを両断――する前に嘴で弾かれてしまった。
「なっ!?」
 フラフラと飛んでいるだけに思われたフライトチキンが突如見せた鋭敏な動きにジョニー王子が眼を剥く。次の瞬間にモニターの全面にフライトチキンが迫る。体当たりを受けたジョニー機が強烈な衝撃に揺さぶられる――ように思われたが、羽毛で覆われたフライトチキンの体当たりはジョニー機を押し出すに留まった。
「お下がりを!」
 ジョニー機がフライトチキンから飛び退くと、アンジェリーナ王女と彼女に率いられた王侯貴族が操るスーパーロボットの一団が一斉に腕部を射出した。手にしたアサルトライフルは発砲できない。排出する薬莢が避難民の頭上に降り注いでしまうからだ。
 ロケットパンチの連打を受けたフライトチキンが明後日の方向へと跳ね飛ばされる。それを見届けたジョニー王子が足元に神経を尖らせながら自機を慎重に降着させた。
「こちらはまともに身動きが取れないというのに……!」
 首都の上を漂うフライトチキンを睨みながらジョニー王子が言う。市民の避難がままならない現状と首都の中での戦闘という条件下では、武器の使用はおろか戦闘機動すら満足に行えない。こちらは手足に重い枷をはめられている一方、相手側の所属不明機体はつぶらな目を輝かせながら我が物顔で首都の真上を飛んでいる。しかも時間の経過と共に数が増えてきている。
「ドクター・フランケンシュタイン、もう一度確認したいのだが、此度の騒乱に貴殿は一切関与していないのだな?」
 国王アーノルドは通信ウィンドウの枠内に収まる血色の悪い老人に訝しい眼差しを送る。
『じゃから何度聞かれても答えは変わらぬぞい。わしにはデカプリオのプラントに細工をする機会も無ければ動機もないからの。逆に今のわしが内乱を起こして研究拠点を失うことにどんなメリットがあるのか教えてほしいものじゃな』
 もう三度は聞いた返答に国王アーノルドは口の中に呻きを閉じ込める。いまデカプリオの頭上を飛んでいる怪鳥達は外から来たのではない。ドクター・フランケンシュタインが言う通り、首都内のプラントから湧き出てきたのだ。外からの侵略者なら国土の立地という天然の要害を活かして退ける事など難しくなかったであろう。しかし内側から出現した敵に対して地形は城塞の役割を果たしてくれない。
『原因は十中八九プラントに生えた桜の木、そして獣を纏うイザナミと名乗るあの輩じゃろうな』
 首都デカプリオ領内にあるスーパーロボット生成プラント。謎の桜の木が生えたプラントに張り付いているのはこれまた謎の女。自らを愛と死の女神イザナミと名乗った彼女の発言を信じるなら、自身の意思に反してフライトチキンを骸の海なる場所から引きずり出してしまっているらしい。
「このままではイティハーサの目論見どおり、妾が愛しき命達を散らしてしまう――」
 首都中に響き渡ったイザナミの悲しげな声音は、国王アーノルド達の耳に深くこびり付いている。
「やはりアレをどうにかしないと……」
「でもこのままでは近づくことすら……!」
 ジョニー王子はアンジェリーナ王女に返す案が思い浮かばなかった。イザナミの周囲を埋め尽くすフライトチキンは、いまこうしている間にも数を増大させ続けている。決死の覚悟で派手な戦闘行動を行えば民間人に多大な犠牲が生じてしまう。それ以前に数で劣る王国軍が押し返されるのは明確だ。気合いでどうこうできる状況はとっくに過ぎている。
『わしにはアレがこの世界のものとは到底思えん。わしらの認識の埒外の存在やも知れんな。実に興味深い……あの桜の木はプラントが持つ万物製造機能の秘密を暴く手がかりになるやも――』
 到底手に余る代物――ドクター・フランケンシュタインが言外に付け加えた言葉に、国王アーノルドは彼等の存在を思い浮かべた。
「彼らに救援要請を送らねばならぬか……」
 同じく自分達の認識の埒外の存在である猟兵達に。だがいまから呼んで間に合うのか? そもそも救援に駆け付けてくれるという保証もない。しかし現状はもはや我々が対処可能な領分から飛び出てしまっているかも知れない。レーダーが新たな所属不明機の出現を検知してアラートを発したのは、逡巡する思考を断ち切って決断を下そうとした時だった。
「あれは!?」
 アンジェリーナ機につられて他のスーパーロボット達も振り向く。そこには宙に開かれた正方形の窓があった。大きさは人ひとりが潜り抜けられる程度――言うなれば“テントの入口”程度の大きさだ。ここではないどこかの景観を映す窓の中から鋼の円輪を背負った人型の機械が這い出てくる。左目には橙色に揺れる炎を宿していた。
「キャバリア……?」
 地上五階建ての集合住宅の屋上に降りたそれを見た者はジョニー王子と遠くない所感を抱いたであろう。人の形をした機械。新たな所属不明機体の出現に、国王アーノルド達は緊張と警戒で身を強張らせた。

●進撃の西洋妖怪
『マクドナルド王国、そしてセイヨウ帝国の諸君、こちらは特務機関DIVIDE長官、アダム・カドモンだ』
 人型の機械が放った電子的な音声はデカプリオ中に響き渡った。キャバリアのコクピットさえも突き抜ける声に、混迷の中で逃げ惑う市民達すらも足を止める。
『いま、この国は異界からの干渉を受け、試練の時を迎えている。だが真の試練とは侵略者の存在ではない』
 敵……ではないのか? 国王アーノルドは唖然と聞き入りながらアダム・カドモンに向けた警戒の意思を緩めつつあった。
『それは内なる恐れだ。だが諸君はこの試練に打ち勝つ勇気を備えているはず。これまでの歴史が証明しているように、あらゆる逆境を跳ね除け、立ち上がり、勝利を収めてきた物語りがあるのだから』
 アダム・カドモンの言葉は国王アーノルド達に、マクドナルド王国の民達に、どのような思いを呼び起こさせたのだろうか。
『そして試練に立ち向かう諸君は決して一人ではない。家族、友人、隣人……諸君のそばには互いを支え合い、共に試練に立ち向かう仲間が立っている。その仲間との絆は諸君の強さだ。マクドナルド王国とセイヨウ帝国、時にぶつかりあった者同士でも互いを信頼し、手を取り合うことが出来る理性は勇気の証だ』
 避難民の一人、パン屋の|倅《セガーレ》が視線を横に移す。狼男と視線が交差した。
『諸君に問おう。諸君はその強さをもって何を成すか? その勇気をもって何を守るか? 内なる恐怖を前にして逃げ惑うだけか?』
 挑発的とも取れる言い調いに市民のこめかみに熱が灯る。引き換えに身体を突き動かしていた恐怖が急速に遠のきつつあった。
『築き上げてきた営みを侵略者に蹂躙される事を許していいのか? 侵略者が友を傷付けることを看過していいのか? いまこそ恐怖を退ける勇気と理性を示す時ではないのか? その身をもって勇気を掲げよ! 理性を掲げよ! 心の内に正しき怒りがあるならば!』
「いきなり出てきた奴に言われなくても……!」
 パン屋の|倅《セガーレ》が握りこぶしを震わせる。アダム・カドモンから視線を外すと踵を返して歩き出した。そんな彼に狼男も無言で倣う。ひとりまたひとり、眼差しに静かな怒りを湛えた市民達が歩き出す。その怒りの根拠は余所者に発破をかけられた恥辱だったかも知れないし、恐れに駆られて冷静さを失った自分に対する恥辱だったかも知れない。自身の生活と財産を脅かした脅威に対する怒りでもあっただろう。ある者は倒れた者に肩を貸しながら。ある者はへたり込んだ者に手を差し伸べながら。その歩調は市街を逃げ惑っていた時とは対照的に整然としたものだった。
 国王アーノルドはデカプリオ中から混乱の波が引きつつあるのを機体越しにでも肌身で感じていた。モニターの向こうには衛兵の誘導に従って足早ながらも秩序だって移動する市民の集団があった。これならば戦える。
「よし、市民の退避が終わり次第、反撃に打って出るぞ」
『マクドナルドの王よ、遅くなったな』
 国王アーノルドの命令に野太い通信音声が重なった。レーダー上に友軍を示す輝点が新たに灯ったのを見て、王国軍の全機がそちらへと振り向いた。
「その声……エンペラー・ノーライフか!? それに……」
「機体の調整に手間取ってしまったが……プレアデス共々、義によって助太刀に参じた」
 大通りに、ビルの屋上に、7機の量産型キャバリアが並ぶ。国王アーノルドは機体の向こうに見た。かつて衝突し合ったセイヨウ帝国の六人の幹部、そして皇帝の姿を。
「聞け! セイヨウ帝国の民達よ!」
 エンペラー・ノーライフの声が大気を震わせる。ノーライフ機が天に向けて掲げたキャバリアブレードの切っ先に西洋妖怪達の目が集う。
「マクドナルド王国は我がセイヨウ帝国の民に手を差し伸べ、営みの中に迎え入れてくれた。我々が侵略者であったのにも関わらずだ。王国が窮地に立たされている今、我々は受けた恩義に報いるを果たさなければならない! 今度は我々が救う番だ! 戦える者は我とプレアデスに続け! そうでない者は一人でも多くの王国国民を救出するのだ!」
 エンペラー・ノーライフの声に応じた西洋妖怪の叫びが轟く。
「皇帝に続くマジョ!」
「西洋妖怪が役に立つ所をみせいよう!」
「空中戦ならハーピィの出番ハピ!」
「そもそももう死んでるから死ぬことなんて怖くないゾビ!」
 西洋妖怪達がデカプリオ中からエンペラー・ノーライフの下に集結しつつある。その光景を見たアダム・カドモンは口角に微かな笑みを浮かべてノーライフ機のそばに跳んだ。
「貴殿はアダム・カドモンといったな? 異界の妖怪よ、我らと共に戦ってくれるのか?」
 エンペラー・ノーライフが尋ねるとアダム・カドモンは金属の面持ちに困惑の色を映した。
『妖怪ではなくレプリカントなのだが……そのつもりで参じた。悪しき者の意思に蝕まれしイザナミ、かの者を倒せば事態は終息する』
 どこから持ち出したのか定かではないが、新たな量産型キャバリアがアダム・カドモンの背後に降着した。機体が胸部のコクピットハッチを開くとそこへアダム・カドモンが飛び乗る。
「承知した。イザナミまでの血路を切り開くぞ! キング・ヴァンパイア! 目標までの最短ルートを調べよ! 最も敵の層が薄い道を進むのだ!」
「ヴァーンパイパイア! 直ちに。ヴァニッシング・ヴァンパイア!」
 セイヨウ帝国の皇帝から直々に指名を受けたキング・ヴァンパイアのキャバリアが黒いマントを翻す。すると機体は黒い霧へと変わり、風に乗るようにして舞い上がると戦場に拡散していった。
「キング・ゾンビ! 怪鳥どもを引きずり下ろせ! 動きを封じるのだ!」
「ゾービゾビゾビ! お安い御用でございます!」
 キング・ゾンビのキャバリアが前に進み出る。アダム機と並ぶと腰を落とし、両腕を力強く空に向けて突き上げた。
「ゾーン・ゾンビーズ!」
 キング・ゾンビ機を中心にして波動が広がる。髪を揺らして土埃を吹く程度の波動であったが、波動を受けた西洋妖怪達は内から湧き上がる戦意に気を昂らせた。
「妖怪たちよ! 奮起せよ! 人類の感情は我ら妖怪の貴重な糧! それを奪うものは何人たりとも許してはおけぬ! 怪鳥どもに我々の恐ろしさを思い知らせてやるのだ! 進めぇっ!」
 キング・ゾンビの裂帛に西洋妖怪達が雄叫びを上げる。デカプリオの真上を我が物顔で飛び回るフライトチキンにハーピィや魔女の集団が襲い掛かり、地上に引きずり下ろしたところにゾンビやマミー達が大挙して押し寄せる。
『皇帝陛下、イザナミまでの最短距離が判明しました。マップに表示しますのでご確認ください。市民の避難状況も順調です。突入の好機かと』
 エンペラー・ノーライフの元に、キング・ヴァンパイアの通信音声と共に目標地点までの進路情報が届けられた。機体の頭部越しにアダム・カドモンと頷き合わせると、掲げた大剣を進路に向かって突き付けた。
「いざ征かん! キング・ゴーレムよ! 先陣を切って敵をなぎ倒せ!」
「ゴーレムレムレム。お任せくださイ、皇帝陛下」
 キング・ゴーレムが操るキャバリアが左右のマニピュレーターで拳を作って打ち鳴らす。周囲のアスファルトを吸い上げて自機の装甲に外殻として纏わせた。伝承に登場するゴーレムそのものの姿となったキング・ゴーレム機が走り出す。そこへ何機ものフライトチキンが襲来した。
「そのような攻撃、コーティング・ゴーレムで固めたこの機体には通用しなイ」
 キング・ゴーレム機はフライトチキンの体当たりも嘴も跳ね返しながら大通りを突き進む。あらゆる攻撃を意に介さないその姿は敵からすれば、巨大な壁が迫りくる様相であっただろう。
「進め! 進めぇい!」
 キング・ゴーレム機を先頭にノーライフ機とアダム・カドモン機、妖怪達が続く。左右をキング・デュラハンとキング・スケルトンのキャバリアが固める。大きな集団が動き始めたからなのか、首都中に散っていたフライトチキンがノーライフ機達に誘引されつつある気配を見せた。だがその内の一機が突如バランスを崩して墜落する。一機また一機と不可解な現象が続く。
「イービイビイビ! 怪鳥どもよ! 聞くがいい! 我こそは殺戮のキング・インビジブル! 我がイビル・インビテーションによって透明となったこの姿! そんな節穴の瞳では影すら捉えることすら叶わぬだろう! 怯えろ! 竦め! 敵の姿も見えないままに死んでゆけ!」
 溌剌とした口上通りにキング・インビジブルは兵装ごとキャバリアを透明化させてフライトチキンに襲いかかる。音や発熱までは消せないユーベルコードではあったが、どうやらフライトチキンの節穴の瞳とやらにはそういった反応を感知するセンサーの類いは備わっていなかったようだ。
「ボーネボネボネボネ! キング・インビジブルばかりに手柄を取られてはプレアデスの名折れ! 我が必殺兵器、ホネボネ・ホーンの恐ろしさをとくと味わうがいい!」
 唐突にキング・スケルトンのキャバリアがバラバラになった――かと思いきや、胴体を離れた四肢がミサイルのように飛び回り始めた。五等分のキャバリアがフライトチキンの四方八方から飛来し殴る蹴る体当たりする。単機で実現した数の暴力によるオールレンジ攻撃は、竜巻となって迫るフライトチキンを蹴散らし続ける。
「デューララララララ! 空飛ぶ鶏が何羽攻めてこようとも、不死身の騎士であるキング・デュラハンの僕を倒すことなど不可能です」
 キング・デュラハンが駆る首の無いキャバリアは、フライトチキンの激しい攻撃にさらされようとも構わず剣を振るう。舞い散る羽毛と機械の残骸を浴びる姿は、まるで闘争で享楽を得る悪鬼羅刹の如し。しかし戦闘が進むにつれて機体に蓄積する傷が深く重くなってゆく。されどもキング・デュラハン機は止まらない。宙に浮かんで追走する頭部が照射する冷たい光によって、たちまちの内に損傷を回復してしまうからだ。キング・ゴーレムにも劣らない不滅の守りを発揮するキング・デュラハン。フライトチキンはただ斬り伏せられるばかりであった。
 目標地点のイザナミの元を目指して市内を驀進するエンペラー・ノーライフとアダム・カドモン達。大通りの交差路を左折した時、キャバリアの一団が横から合流してきた。
「アーノルド国王か!」
「エンペラー・ノーライフ!」
 一団はマクドナルド国王アーノルド率いる王侯貴族のスーパーロボット軍団であった。ジョニー機やアンジェリーナ機を含めた突撃部隊は一回り以上肥大化し、猛牛の群れのごとく派手な土煙を上げながらデカプリオをひた走る。大地を踏み鳴らす振動は首都からはみ出して空にも届くほどだった。
『そのまま進めばプラントです。しかし敵の数が……!』
『敵の数は乗算的にますます増えておる。急ぎ止めねばデカプリオがフライトチキンで埋め尽くされてしまうぞい』
 各機のモニターに開いた通信ウインドウにキング・ヴァンパイアとドクター・フランケンシュタインが表示された。血色の悪い年老いた科学者が言う通り、レーダーマップで見た進路上は敵を示す赤い輝点で埋め尽くされている。視認すればひしめくフライトチキンが壁とも雲ともつかない大集団を構成している光景を目の当たりにできたであろう。
『イザナミの肉体に纏わりつく『冥府の蛆獣』が戦乱に散ったキャバリア達を骸の海から引きずり出しているのだ。根源たるイザナミを倒せば状況は終息する。彼女は世界の破滅を願う者に意図せず従属させられている被害者ではあるのだが……葬送が唯一の救済となるだろう。躊躇えばこの王国に明日はない』
 チャンスは一度きりの一点突破。アダム・カドモンの言葉にマクドナルド王国とセイヨウ帝国の者達は顎を引いて覚悟を決めた。
「総員奮起せよ! 目標はイザナミただひとつ! 突撃せよォッ!」
「征けぇい! 突き崩せ!」
 国王アーノルドとエンペラー・ノーライフの怒号に王国の騎士達が、プレアデスが、西洋妖怪達が咆哮する。先頭を行くキング・ゴーレム機がフライトチキンの群れに正面衝突した。キング・スケルトン機の四肢が縦横無尽に飛び回ってフライトチキンを殴り倒す。デュアル・デュラハン機が損傷を恐れずに敵集団の只中へと切り込む。キング・ゾンビ機が戦意に猛る西洋妖怪達を引き連れてフライトチキンの群れを左右に押し出す。
「道が開けました!」
 キング・ヴァンパイアが飛ばした声を合図にジョニー機とアンジェリーナ機、王侯貴族のスーパーロボット達が突出した。進路を塞ごうとするフライトチキンを剣で斬り伏せる。
「行ってください!」
「早く!」
 王子と王女の悲鳴のような叫び。国王アーノルド、エンペラー・ノーライフ、アダム・カドモンは正面だけに視野を絞って機体のスラスターを最大噴射させた。そして三人は見た。フライトチキンを無尽蔵に生み出し続ける根源。愛と死の女神の姿を。
『イザナミだ!』
「覚悟!」
「往くぞォッ!」
 アダム・カドモン機が、アーノルド機が、エンペラー・ノーライフ機が、バーニアノズルから盛大に噴射光を迸らせて突撃。推力を炸裂させた三機が機体ごとぶつかる勢いで刃を振り下ろす。
「嗚呼、これが……妾が愛しき命達の輝き……!」
 三機の刃が到達する直前、イザナミが漏らした言葉は喜びに満ちていた。それを聞き届けた者はいたのだろうか。イザナミの身体から溢れ出る光が膨張し、幻朧桜の花びらを散らせながらデカプリオを飲み込んでゆく。
 桜花嵐――イザナミと共に散った桜色が吹雪のように荒れ狂い、光に飲まれた世界を淡く優しげな色彩で染め上げる。轟く風の音が遥か遠くに聞こえた。

●桜花嵐の果て
 マクドナルド王国の首都、デカプリオに桜吹雪が舞う。
 市民の頭上を飛ぶのは幻朧桜の花びらばかりで、フライトチキンの姿はもうどこにも見えない。
 混迷の喧騒は既に過ぎ去った後だった。代わりに街中から上がるのは勝利に沸き立つ声。そこにマクドナルド王国の民とセイヨウ帝国の民を別けるものは存在しない。拳を突き上げる者、抱き合って背中を叩き合う者、そんな彼らを遠巻きに眺めて微笑む者、皆がそれぞれの形で勝鬨を上げる。パン屋の|倅《セガーレ》も安堵に面持ちを緩ませていた。
 イザナミを討ったその場所では、アーノルド機とエンペラー・ノーライフ機、アダム・カドモン機が堂々と佇んでいる。傷だらけの機体の足元ではマクドナルド王国の国王とセイヨウ帝国の皇帝が居並ぶ。周囲にはプレアデスの面々やジョニー王子とアンジェリーナ王女の姿もあった。功労者の顔をするドクター・フランケンシュタインがいつからそこに居たのかは定かではない。
 勝利を祝福する国民達。彼らを遠くから見届けたアダム・カドモンは、ささやかに微笑んで背中を向けた。
『強いのだな、諸君は。その強さと勇気があれば大丈夫だ。これからも』
 アダム・カドモンの呟きは達成感と安堵に満ちていた。歩き始めた彼は一度だけ振り返った。勝鬨を上げるマクドナルド王国とセイヨウ帝国の国民たち。共に戦った戦士達が、デカプリオ中から勇気を讃える喝采を浴びている。その光景を胸に刻み込むかのように、彼はしばし立ち止まった。眩しさに双眸を細めながら。
『さらばだ、マクドナルド王国とセイヨウ帝国の戦士達よ』
 もう振り返ることはなかった。機械の背中がゆっくりと歩き出す。吹き荒れた桜花が過ぎ去ると、彼の姿はどこにも見当たらない。
 アダム・カドモンの気配を乗せた風がそよぐ。国王アーノルドとエンペラー・ノーライフがふと視線を向けた先で、桜の花びらがつむじ風に踊り、空高く舞い上がった。

『さて……どうやって帰ったものか』

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月02日


挿絵イラスト