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夢幻鏡の|客人《まろうど》

#UDCアース #ノベル

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夜刀神・鏡介



天星・零



天星・暁音
基本的な流れは零のプレイングを参照

開始
もっと強くならないとだし、修行に模擬戦は丁度いいよね。
俺が1番得意なのは癒しとか強化とかなんだけども……
基本的に援護を優先しつつ。しっかり攻撃面も鍛えなきゃね。

少年遭遇から村に到着するまで
零がいいなら気にしないよ。
まあ、僅かな警戒くらいキチンとしておくけれど。
ただキチンとしっかり癒させてもらうけどね。

鬼ごっこ
……ふふ。良い度胸してるよね。
うん。そういうつもりなら、少し本気……だすよ?
普通は誰かや何かに、この痛みを押し付けたりはしないけど……譲れないものはあるものね

クレインを展開し、お人形さん出ておいでで人形を使役し、セイクリッド・ガーディアンで守護聖獣を呼び。アルマ・エトワールで、遥か遠き星の守護者を呼び。カース・シュメルツ・レゾナンスでそこらの木や岩に共苦(アイテム)による痛みを押し付けて棘(押し付けられて木や岩は砕けたり壊れたりします)痛みが消えることで、体を完全に自由に動かせるようにして、アステル・ルーフェンで分身を生み出し、糸縛葬陣で森に糸の結界張り巡らせ、アンリミテッド・ステラで、更に自身を強化して、ディメンジョナル・アブソリュートによる空間支配による転移等を駆使します。

ノリに合わせて適度に描写していただければです。相手が零の仲間であるから怒ってはいても、完全に本気。という訳ではないので、程々に追い詰めるような感じで。



戦闘
さてと……ここから、向こうも本気。最大限に鏡介さんを援護しつつ、相手を気を引きつけるとしようかな。
勿論、攻撃そのものに手を抜くつもりもないけれどね。
……それはそれとして、あの触手からは全力で逃げないとだけど……うう、ヌルヌルヌメヌメ……

戦闘中の動きかた

回復と補助を優先させつつも魔力、気、神力などあらゆる力を用いて戦闘します。
武器については星の船については使わない方針でいます。
一番得意なのが回復補助、次点で魔法や遠距離攻撃。接近戦闘は一番苦手とはしていますが、所謂1流から数歩でた程度能力はあり、格闘は勿論、あらゆる武器を使用します。
それ以外の武器については装備してるものを使用
キーブレスの空間庫については、ほぼあらゆる物が保管されています。

戦闘中の意識可であれば、どれほどの疲労でも終わるまで倒れたりはしないし、苦手な物についても耐えます。

ただ限界超えると、全力で暴れるかもしれません。

UC

星の船を使うもの、グラス・アンピール、滅びの歌は基本NG
それ以外は、どれをどう使用しても構いません。

ギャグ描写として使うなら有りです。




 寂寞たる空気は霊園の在り方としては正しいのだろうが、信仰の拠点にしては物悲しさを覚える。ひっそりと佇む教会の戸口に仲間の姿を認め、夜刀神・鏡介は軽く手を上げた。
「鏡兄」
 鏡介の顔を見るなり、天星・零は顔を綻ばせた。ごめんね、来てもらっちゃって。申し訳なさそうに言うものだから、鏡介は気にするなと笑い飛ばす。
「修行に付き合ってもらうんだ、むしろこちらが礼を言うべきだろう。暁音は?」
「夕夜と待ってるよ。こっち」
 鏡介が零に案内された先は、地下深くへと伸びる階段だった。物怖じする事なくリズミカルに石段を下りていく天星・暁音に倣い後に続けば、数十段ほどで拓けた場所に出た。
「……神殿?」
 人工的な洞窟のような、奇妙に厳かな空間。ここが目的地だろうか。振り返れば、零は困ったように眉尻を下げた。
「ここからの道のりがちょっと長いんだ」
 奥に通されると、更に下へと向かう階段があった。零の宣言通り、階下を見通す事が出来ない程に長い。七百あるという石段を下り始め、すぐに感覚に違和が生じる。――均整の取れた直階段を下りているというのに、螺旋階段をぐるぐると回っているような。眩暈というよりは、就寝中に夢の中に引き摺り込まれる瞬間の。現実の世界では不可能な程にハードなトレーニングが予定されているというのか。
「……今回も相当大変な事になりそうだ」
 思わず零れた鏡介の独り言に、もう慣れっこだよ、と暁音が大人びた笑みを浮かべる。
「もっと強くならないとだし、修行に模擬戦は丁度いいよね。……詳細は俺も聞かされてないんだけど」
 ちらと視線を向ければ零は曖昧な笑みを浮かべるだけだったが、その向こうで夕夜が「頑張れよ」と笑い声を上げた。それが全てを物語っていた。

 辿り着いた最下層で門をくぐれば、辺りの空気が一変した。視界に広がるのは見渡す限りの森で、深緑の匂いが爽やかに漂っている。生憎とこの日の空は鈍色だったが、雲の向こうには太陽が存在するのだろう――自分達は地底へと降りていたはずだが、地上と何ら変わりない程度には明るい。行き交う生物はげっ歯類に似た特徴を持っていたが、その所作は人に近い知性を感じさせた。
「――彼らは?」
「この森に住むズーグ族。……なんだけど、様子がおかしいな」
 何かを取り囲むように集う彼らを注視していると、視界の低い暁音が彼らの合間に異物を見つけた。
「ねえ、零。あそこに誰か」
 『ヒト』が。暁音が指した先に、一人の少年が倒れている。ズーグ族の間に流れる剣呑な空気は、彼が異邦人である事を示していた。
「どうかしたのかな?」
 ズーグ族は零の問い掛けに振り返るなり、びくりと体を強張らせる。――正確には、零の背後に居た鏡介を見て、だが。
「……あの、そちらは」
「鏡に……彼は僕が招いた人だから心配ないよ。それより、その男の子は?」
「気付いたらここに倒れてたんでさあ、あたしらにゃ何とも」
 警戒を解いたズーグ族が場所を空けた為、鏡介は少年の傍に屈み、全身を観察する。腕や脚の擦過傷や切創の多くは、森の枝葉に因るものだろうと思われた。
「……俺の見立てでは、怪我も多いが衰弱が酷いように思えるな」
「行き倒れ、って感じだな。零、どうする?」
 夕夜に判断を委ねられた零は少年を一瞥し、ズーグ族を帰らせた。「あとは任せて」と告げた途端にこれ幸いとばかりに散っていった彼らは、見慣れぬ人間に怯えているような、関わり合いになる事を厭うような、そんな様子であった。
「零、ここには俺達が来た道以外にも来る手段があるのか?」
「……あるにはある、かな」
 濁すような答えではあったが、零にとってもイレギュラーな出来事だと伺わせた。端的に言ってしまえば『怪しい』の一言に尽きる。――しかも少年の身体には、ここ数日でついたものではない古傷が複数あった。鏡介は訝しむが、零が問題ないと言うのならばそうなのだろう、と己を納得させる。暁音もまた思う所があったようだが、星杖を手に少年へと近寄った。
「零がいいなら気にしないよ。ただ、キチンと癒させてもらうけどね」
 短い祈りを口にすれば、聖なる光が少年を包んだ。傷を塞ぎ、疲弊を癒し、少年の意識を回復させる。目を覚ました少年は自分の置かれた状況に困惑しており、漸く聞き出せたのは『メノス』という名前だけだった。
「まずは修行の前に食事……かな。街に行こっか。森の中は危険だしね」
「おっと、今聞き捨てならない事を言ったな?」
 元より安全だとはこれっぽっちも思っていなかったが、危険な場所であると明言されてしまった。呆れるように笑んだ鏡介に、暁音もつられて笑う。
「まあ、用心するに越したことはないよね。この森も……」
 ――その少年の事も。メノスを伴い、一行は森の先にあるという『ウルタール』へと向かった。


「……食事に関しては、人間と変わらないんだな」
 給仕が目の前に置いた皿を見つめ、鏡介がぽつりと零した。パンを一つ手に取り、千切る。口に入るサイズにしたというよりも、触感を確かめるような動作だった。
「ああ、やっぱり鏡兄にはわかっちゃうみたいだね。彼女が生者じゃないって」
 愛想を振りまきながらくるくるとよく働く女性は血色も良く愛らしい容貌をしていたが、鏡介の心眼には異なる姿が映っていた。カウンター越しに見える調理場で鮮やかな包丁捌きを見せるコックは異形の何かで、レジで会計をしているのは二足歩行の猫――恐らく猟兵の知るケットシーとは似て非なる存在、だ。正直な所、運ばれてきた料理を見るまでは「一体何を食べさせられるのだろうか」と気が気でなかった鏡介は、胸を撫で下ろした。
「ここはなんとも……こう言っちゃなんだが、どうも居心地がよくないというか」
 料理に舌鼓を打つ客達も、食材の配達に来た商人も同じくだ。街に入ってから食堂の席に着くまで、所謂『普通の人間』を一度も見ていない。神刀に選ばれたとはいえ、彼の身はまだ人の域にある。時折感じる好奇心を孕んだ視線に、むず痒そうな顔をした。
「単に慣れてないだけ、っていうのもあるんだろうけどな」
 もう一人の人間であるメノスを見やれば、彼は食器を抱え込むようにして粥を腹に収めているところだった。いつこの世界に来たのかはっきりしないが、森を三日は彷徨っていたという。その間ろくに水すら口にしていなかったのだ、空腹で当然だ。
(「……この痩せ方を見るに、以前からも満足に食べていたようには思えないが」)
 消化の良さそうなメニューを選んで正解だったようだ。少年の素性は未だわからないが、害意は無いように思われた。
「食べカスついてんぞ」
「んー、ここ?」
「こっち」
「んぷっ、待っ、……もー、夕夜ってばちょっと乱暴だよ」
 頬をがしがしと強く拭われ、暁音が抗議の声を上げる。そんな何て事のないやり取りに、メノスが食事の手を止め、顔を上げた。
「……兄弟がいたのかな?」
 二人を見つめる少年の眼差しに羨望の色を見つけ、零が静かに問う。メノスは首を横に振った。
「でも……弟みたいに可愛がってた、猫、いた……」
「そっか」
 猫が『いた』と過去形な点に引っ掛かったが、零がそれ以上踏み込む事はなかった。

「ここは聚楽の街、『ウルタール』。猫の街とも呼ばれてるよ」
 食事を終えた一行は、零の案内で街中を歩いていた。すれ違う者が全て人を模した神話生物や猫獣人である事、やたらと猫が多い事を除けばごく普通の街並みだ。
「本当に猫が多いな」
「わ、あの猫綺麗だね」
 暁音の声に立ち止まった猫の、アンバーの瞳がキラキラと輝いている。――アンバーカラーの比喩ではなく、本当に研磨された宝石のような目をしていた。よくよく見れば、一般的な毛並みの猫に紛れ、身体が硝子のように透き通った猫や、子供の落書きのような猫さえ居る。まるでグラフィックにバグが起きたかのような猫が塀の上で欠伸をし、呆気にとられた鏡介の足下を、一匹の猫が通過した。しなやかな黒猫はメノスの足首に身体をこすりつけ、ウルルと甘えた声を上げる。
「メノス君はここの猫に気に入られたようだね。猫は好きかい? 飼ってたんだよね?」
「うん……好き」
 意識を取り戻してからもずっと気を張っていた少年が、初めて口元を緩ませた。猫が好きだという気持ちに嘘偽りは無いようだ。猫を見つめる眼差しが寂しげなのは、愛猫を思い出しているのかもしれない。
「それは良かった。じゃあこの街の掟も問題なさそうだね」
「掟?」
「うん。これは暁音と鏡兄にも遵守してもらいたいんだけど――」

「――『何人たりとも猫を殺してはならない』」

 零の言葉を引き継ぐように割り込んだ声に、暁音と鏡介は弾かれるように振り返る。一体いつからそこに居たというのか、人好きのする笑みを浮かべた身なりの良い男が零の傍らに佇んでいた。
「ウルタールへようこそ、皆々様。ワタシは市長を務めております、クラウンと申します」
「やあ市長。ここはとても素敵な街だね」
「お褒めに預かり恐悦至極! ウェヒヒ」
 クラウンと名乗る男と零の何処か空々しいやり取りに、二人の警戒心は霧散した。特徴のある笑い方はウェビル――零の契約するオブリビオンの一体のものだ。彼であれば、猟兵に気取られず近付く事など造作も無いだろう。茶番に付き合う事にした鏡介は、恭しくウェビルへ挨拶をする。
「よろしくお願いします、クラウン市長。ところで、――猫を、というのが掟……?」
「然様。この街唯一の法である故、留意されたし」
「猫を殺そうとするひとなんているの?」
 近付いてきた猫の脇の下を持ち、抱き上げようとしながら暁音が首を傾げた。小動物虐待のニュースを聞いた事はあるが、猫と共存どころか『猫の街』であるここにそのような輩が居るのだろうか。暁音は何処までも伸びていく異様に長い猫を抱き上げるのを諦め、そっと地面に降ろした。
「普通はいにゃい。でも、今日街の外れで猫殺しがあったにゃ。殺傷性のある罠を仕掛けるにゃんて酷いにゃ」
 暁音の疑問に、ウェビルの背後から顔を覗かせた黒猫のアッシュが答えた。
「最近、度々猫の失踪が発生してるにゃ。一匹も生きて帰ってきていにゃい」
 憤った様子で話すアッシュに、夕夜も顔を険しくする。
「まだ犯人がわからないのか?」
「それに関してはボクも面目ないと思うんだけどネェ……」
 語尾を窄めるウェビルに夕夜は肩を竦め、メノスを瞥見する。
「物騒な中を連れ歩くのはまずいと思うぜ」
 そもそも今日の目的は二人の修行だ。体力に難のある一般人を連れていてはままならないだろうと言えば、零は「あてがある」と先頭に立って歩き出した。


 栄養を摂らせたら、次に必要なのは休息だろう。こういう時は専門家に判断を仰ぐべきなのは承知しているが、生憎とこの街に人間を診てくれる医療機関は無い。目抜き通りに面した宿屋に立ち寄り、受け付けを済ませる。
「それじゃあ、メノス君の事よろしくね」
「おまかせください!」
 アタルと名乗る宿屋の少年は、やや強引にメノスを客室へと連れていく。この宿は随分と融通が利くらしく、メノスには奥まった一室が宛がわれた。賑やかな街中ではあるが、静養出来そうだ。
「これで安心して修行が始められるね」
「それなんだけど、俺たちまだ何やるのか教えてもらってないよ? 模擬戦って鏡介さんと? それとも夕夜?」
 期待に満ちた目で見上げてくる暁音に、零は一瞬言葉を詰まらせた。
(「これは修行だから。暁音の為だから……!」)
 彼らにとって厳しい戦いになるだろうが、そこは心を鬼にしてでも遂行する必要がある。暁音を甘やかしたい衝動をぐっと堪え、零はにこりと微笑んだ。
「暁音と鏡兄には、クラウン市長とアッシュの二人を相手にしてもらうよ」
「二対二の模擬戦ってこと?」
「そう。ルールは単純、二人を倒せばOK。基本的に何しても良い」
 ルール無用と言っているようなものだ。これには鏡介も少々戸惑った。
「……流石に場所は移動するよな? こんな街中でユーベルコードなど使おうものなら――」
「街へのお気遣いに市長として感謝しましょう! ではでは、我らがご案内するしよう。――着いてこられれば、の話になるけどね?」
 ふと気付けば、ウェビルもアッシュも人混みの遥か向こうに居た。まさかこの人外で賑わう街のど真ん中で追いかけっこを始めるつもりなのか。鏡介と暁音を煽るように、ウェビルはにんまりと笑みを零す。
「……こちらは追い付けたらお返ししよう。ウェヒッ」
 彼の手元できらきらと輝いたのは、月の意匠と水晶が特徴的な首飾り。零から贈られた『星屑の光明』だった。
「あっ、それ俺の! なんでクラウン市長が」
 首から提げていたはずの御守が、どうしてウェビルの手に。踵を返し雑踏に消えていく彼とアッシュを、暁音は慌てて追いかける。こうして開始の合図すらなく始まってしまった鬼ごっこに、鏡介も一歩遅れて参戦するしかなかった。
「……一筋縄ではいかなさそうだ」

 玉石敷きの大通りを、ウェビルたちは音も無く駆け抜ける。
『やあ坊や、迷子かい?』
「問題ないよ!」
『お兄さん、うちの店は可愛い子が揃って――』
「そういうのは間に合ってる!」
 にゃあ。みゃあ。うるるにゃー。
『質の良い縞瑪瑙はいかがかな?』
 ごろごろ。んにゃあ、んなー。
『フラニスから届いた新鮮な果物だよ! 是非見てってよ!』
「ねえ、さっきから何で道の真ん中で猫の大群が日向ぼっこしてるの?!」
「この客引きの多さは何なんだ……ッ」
 どれだけ人が多かろうとウェビルとアッシュの足が止められる事は無いというのに、どういうわけか暁音と鏡介には様々な障害が待っていた。ただそこに居るだけの猫を怪我させるわけにはいかないと遠回りし、このような時でも客引きをぞんざいに扱う事なく対応し、――どうにも誠実な性格が災いしているが、こればかりはどうしようもない。
 対するは猫らしく塀や屋根の上ですら容易に駆けるアッシュに、数秒でも目を離せば全く異なる姿に変装しているウェビル。このままでは引き離される一方だ。
「~っ、鏡介さん! 俺、上から行くね!」
「何があるかわからないからな、気を付けて行け!」
 星屑のような煌きを纏いながら、暁音が石畳を蹴った。飛翔してしまえば視界を阻害するものは何も無い――暁音はすぐにウェビルの姿を捉えた。彼は広い庭のある建物の前に立ち止まり、住民と思しき獣人女性と話している。
「チャンス、だねっ」
 急降下し、ウェビルの数歩手前に着地する。さあ捕まえた――と伸ばした手は彼に届かず、暁音は宙を掻いた。自分の意思に反し、ふわりと浮く感覚。振り返れば、満面の笑みを浮かべた女性型の猫に抱き上げられていた。
「まあまあまあ、なんて可愛らしい! こちらがクラウン市長の親戚のお子さんですの?」
「そうなんですよ~。ではよろしくお願いしますねぇ~」
「ええ、お預かりしますわ」
「あっ、待ってよ!」
 そそくさと去っていくウェビルを追いかけたいが、自身を抱く女性の力が存外強い。二足歩行の猫ではあるが、ヤマネコだとかそういった種類に近そうだ。どうやって抜け出そうかと考えあぐねていると、ケットシーのような小さな猫人達の前で降ろされた。
「まさか……」
「はーい、みんなちゅうもーく! みんなの新しいお友達、アカネくんでーす」
 そのまさかだった。今日一日仲良くしましょうね、という女性――この教室を受け持つ先生なのだろう――の言葉に、子猫たちは元気にお返事をする。どうやらウェビルの口八丁により、この施設に身柄を預けられてしまったらしい。実年齢よりも造りが幼い身体を怒りでぷるぷると震わせ、暁音は腹の底から叫び声を上げた。
「……俺は……園児じゃなーい!」

 鏡介は暁音の気配が一箇所に留まっている事に気付いたが、足を止めるわけにはいかなかった。何らかの罠に嵌められた可能性もあるが、暁音がそう易々と危険に晒される事は無いと信じている。今は視線の遥か先に居るアッシュを見失わない事が最優先だ。
 それにしても猫が多い道だ。あえてそういう道を選んでいる可能性が高い――、角を曲がり細い路地に入り込んだ瞬間、きゃ、と小さい声が上がった。急に駆け込んできた鏡介に驚いたのだろう、女性ものの服を着た猫獣人が、ふらりとよろめいた。倒れる前に咄嗟に身体を支え、そっと立たせる。
「失礼。お嬢さん、お怪我は」
「い、いえ……。そんな、お嬢さんだなんて」
 もじもじとする女性型の猫とのやり取りもそこそこにアッシュの追跡を再開すれば、彼は逃げながらも何処かもの言いたげな視線を鏡介に寄越した。
「何だ?」
「浮ついた話を聞かにゃい御仁だと思ったら、老女を口説くとはおみそれしたにゃ」
「はっ……?!」
 人外種族の年齢なぞ外見から推測出来ない事がほとんどだ。巻き込んだ申し訳なさから少しばかり気障な振る舞いになったかもしれないが、アッシュの中で盛大に誤解が生じている気がしてならない。
「決して俺はそういう意図があったわけでは――」
「つまり……鏡介は天然猫たらしという事かにゃ?! アッシュも騙されにゃいよう気を付けるにゃ」
「どうしてそうなった」
 話がややこしくなる前に追いつかねば。鏡介は走りながら天を仰いだ。

「おー……、やってるな」
「やってるね」
 小高い丘の上から小手を翳してウルタールを見下ろせば、いつもとは違う空気がそこかしこに流れていた。この街の住人は縛られぬ気ままな日々を穏やかに過ごしているが、刺激を厭うわけではない。物珍しさからウェビルとアッシュに協力的な者も多く、暁音と鏡介は住民に振り回されている状況だ。
「で、ウェビル達には何て?」
「好きなようにしていい、って伝えてあるよ」
 夕夜は口にこそ出さないが、眼下の光景に同情的な眼差しを向けた。街を隅から隅まで走り尽くす勢いの運動量もそうだが、精神的にも疲弊しそうだ。
「あ、街の外に出そうだね」
「行き先は……森か」
 もう少し近くで観戦しようかと言う零は何処か楽しげで、夕夜は心の中で二人にエールを送った。


 どうにか抜け出してきた暁音と共に森へと辿り着いた鏡介は、強烈な違和感を覚えた。素早く辺りに視線を巡らせ、確信する。
「景色が変わったな」
「森に入ったばっかりなのに、もう街が見えないね」
 何者かに空間を捻じ曲げられたのか、森自体が隔絶された領域なのか。ウルタールに向かっていた際は感じなかったものだ。先程と異なる点があるとするならば――、
「……零の案内があったから、か?」
「魔法的なセキュリティに近いかも。特定の道順で歩かないと解除されないとか、そういう感じの」
「御明察!」
 目と鼻の先の、だが心理的な距離は遥かに遠い木の上で、ウェビルが嗤う。この短時間でこの森の本質に気付くとは流石だと慇懃な振る舞いで称えながら、揶揄する色を乗せた言葉は何処までも軽い。
「決着が着くまで出られないんだな~、これが! 野営の準備はしてきたかい?」
 ――それとも戦闘不能で街に運んであげる事になるかもしれないね。挑発するように御守を手の中で弄ぶウェビルに、いよいよ暁音の堪忍袋の緒が限界を迎えた。ぶちりと幻聴が聞こえたような気がして、鏡介はちらりと隣を見る。にっこりと、張り付いたような笑み。
「……ふふ。良い度胸してるよね。うん。そういうつもりなら、少し本気……だすよ?」
「に゙ゃっ」
 いち早く反応したのは、アッシュ。本能的に察したか、草むらから飛び出した彼はウェビルの首根っこを掴み、跳躍した。直前までウェビルの立っていた枝が折れ、地面に落ちる。
(「……これは間違いなく怒ってるな」)
 鏡介が見上げた樹上には、光り輝く巨鳥が居た。暁音の守護聖獣だ。――ここまで散々街の住民まで駆り出してきたのだ、猟兵側に多少の手数が増えたところでお互い様だろう。とはいえ、暁音の怒りはそれでは収まらない。
「逃がさないよ。|特殊兵装《クレイン》展開……!」
 傍目には何が起きたのかわからないが、暁音は夥しい数のナノマシンを追手として放っていた。地を這おうが空を舞おうが、一度狙いを定めたナノマシン群は何処までもターゲットを追い続ける。絶えず更新される追跡情報が脳に掛ける負荷は小さくなかったが、それ以上に大切な御守を奪われた事の方が耐え難い。
「皆も力を貸して!」
 召喚された数多のぬいぐるみ達が、翼を持つ守護霊が、標的を包囲していく。ここには彼らに協力する住民は居ない。暁音は圧倒的な数の優位に立つ。
「アッシュが攪乱するにゃ」
 木の幹を駆け上がり、もんどりを打って暁音の背後に回る。魔力を宿した爪が、少年の無防備な背中目掛けて降り下ろされた。
「――暁音に気を取られたな?」
 ぱん、と軽い音を立て、魔弾を放とうとするアッシュの爪が弾かれた。『大刀【冷光霽月】』の背で爪を跳ね上げた鏡介は、そのまま返す刀でアッシュに斬りつける。
「ウェビルを追いかけにゃくて良いのかにゃ?」
「暁音に任せてある。すぐ追い付くだろう」
 アッシュの戦闘スタイルは魔法型だ。やりようによっては間合いの外から一方的に魔弾を撃ち込まれてしまう為、鏡介は常に一定の距離を保っている。
「ウェビルがウェビルのままにゃら、そうだろうにゃ」
「? それはどういう……」
 鏡介の正確な足捌きから逃れるのは難しいと判断したアッシュは、刃をいなしながらにたりと笑う。
「思ったより早かったにゃあ。不甲斐にゃい」
 アッシュを包む艶やかな黒の被毛がみるみる抜け落ちていき、剥き出しになった肌は生気を失ったかのように干からびていく。目鼻が跡形もなく失われ、まるで動くミイラのようであった。
 ここからはこの姿でお相手しましょう、と。吹き荒ぶ風の音に似た声が、鏡介の耳朶を打った。

 一方、ウェビルを追跡していた暁音は、樫の木の根元で立ち止まった。どうやらウェビルの変装は、ナノマシンのセンサーすら欺くものらしい。いくつかのナノマシンがトランプによって縫い留められている辺り、展開していたユーベルコードに気付かれたのだろう。
「……普通は誰かや何かに、この痛みを押し付けたりはしないけど」
 暁音がそっと触れた岩塊が、内から砕けるように崩壊した。建造物が共振により倒壊するように、暁音が引き受けてきた万物の苦痛に共鳴した結果だった。一時的であれ痛みが和らぎ、動きやすくなったと暁音は晴れ晴れとした笑顔を|樫の木《・・・》に向けた。
「――譲れないものはあるものね」
 暁音が幹に触れる寸前、木はウェビルへと変じた。正体を見破られて即座に逃走を図った彼を、周囲に張り巡らされていた銀糸が阻む。そうこうしているうちに書の星霊に取り囲まれ、ウェビルは降参だと両手を上げた。
「お見事! これはお返ししましょう」
 ウェビルが御守を放り投げた。突然の事に驚きはしたものの、暁音は空中でキャッチする。
「わっ、雑に扱わないでよ!」
「――お前の奮闘に応えよう」
 普段の飄々とした態度は鳴りを潜め、峻厳とした空気が圧し掛かる。ぞふりと大きくなった影は、背が伸びたというより質量が増したと言うべきか。くすんだ黄色い衣の下で、何かが蠢いた。

 明らかに森に満ちる空気が変わり、夕夜は零を横目で見る。
「……あれも『好きなように』のうちに含まれるのか?」
 頸木の無い彼らとの手合わせは果たして『模擬』で済むのかと問われるが、森を見つめる零の眼差しは凪いでいる。想定内という事だろう。
「暁音と鏡兄は弱くないよ。|ウェビル《ハストゥール》も|アッシュ《クァーチル》もかなり強いけど……余裕はないと思う」
 希望的観測ではなく、ある種の確信がある口振りだ。
「俺だって二人の力量を疑ったりはしてないっての。それでも相手が相手だから、な」
 ただの妖異とするには格の違う、神性のオブリビオン。安全が保障されたスポーツとはわけが違う。――既に戦端が開かれた今となっては、開き直って観戦するしかないのだけれど。夕夜はかぶりを振り、視線を森へと戻した。


「それが本来の姿か」
 アッシュ、もといクァーチルと対峙した鏡介はしばし相手の出方を窺ってはいたものの、一向に打ち込んでくる様子が見られなかった。――ならばこちらから攻めるまで。手にしていた大刀を構え直し、摺り足で踏み込む。
 空気を斬る音。閃く刃。籠められた祈りが身じろぎもしないクァーチルに触れる寸前、――退いた。
「……ッ?!」
 鏡介は悟る。これは『斬れない』ものだ。炎という表現が生易しい、触れたものを灰燼と化す熱を鏡介の眼は幻視した。実際、破魔と浄化の力に長けた彼だから受け流せたものの、一介の剣士が闇雲に斬り込めば侵食され、刀を失う羽目になっただろう。
 一旦立て直しを図るべく、鏡介は武器を『利剣【清祓】』へと持ち替えた。打開策を導き出すまでのごく僅かな時間であれ、警戒を怠らずに防御の構えを取る。
 ――鏡介の冷静な一連の行動はクァーチルのお眼鏡に敵ったらしい。洞のような口から叫声が発され、地に落ちた影から屍人の群れが立ち上がった。

「さてと……向こうも本気、みたいだね」
 樫の木に並ぶ程の巨躯。正確な大きさは捉えようとすればするほど、遠近感が狂わされるようだった。まるで見越入道のようだと笑い、暁音は展開していたクレインの視覚情報にリンクする。ハストゥールの全容を把握し、戦場を掌握すべく思念を拡げ――悪寒。
「……!」
 ハストゥールの足下から、一本の触手が伸びた。放物線を描いてこちらへと伸びるそれを暁音は横に跳んで躱し、追撃を避けるべくクレインの障壁を起動する。
「今の……わざとだよね」
 今のは意図的に避けられる速度だったと、暁音は断じた。軽いジャブのつもりか、それとも。
「もー……、ちょっと性格悪いんじゃない?」
 生理的嫌悪を催す触手を見せつけたのだろうと察し、苦々しく笑った。

「流石だね、二人とも初手でこちらの意図を見抜いたみたい」
 模擬戦開始早々に攻めあぐねる二人を見つめ、零が満足そうに笑う。
「……一応聞いとくわ。今回の人選はお前が?」
 答えを知りつつもあえて尋ねる夕夜に、零は一切悪びれる様子もなく頷いた。
「うん。暁音はああいうヌメヌメした視覚的要素に忌避感を覚えるし、刀剣が主体の鏡兄は物理攻撃が通らない対象が苦手だと思って」
「本当に性格悪いのはウェビルじゃなく零の方だったな」
「酷いなあ」
 軽口を叩きはするが、合理的だと夕夜は思う。いつだって理不尽な暴力は、こちらの得手不得手など考慮してくれないのだから。夕夜がそれ以上言及する事は無かった。

「肆の型――」
 自身に伸ばされた屍人の腕を触れられる前に斬り落とし、返す刀で首を断ち、踏み込んで後続の屍人を貫いた。群れの最後尾に控えるクァーチルが動く気配はない。
(「何か制約があるのか?」)
 言いようのない不気味さを感じながら、鏡介は刀を振るう。屍人は個々の戦闘能力は低いが、如何せん数が多い。包囲されぬよう細心の注意を払う必要がある。
 回り込むように群がる屍人を斬り捨てた鏡介は、咫尺の間に異常な気配を感じた。咄嗟に振り返り、瞠目する。
「いつの間に……!」
 目の前に、クァーチルのひび割れた顔があった。いつここまで詰められたというのか。鏡介は跳躍し、クァーチルから距離を取る。追ってくる様子は無い。屍人達だけが、鏡介に牙を剥く。
(「動かない? 動けない?」)
 ならばどのように接近されたというのか。思索にふける間も敵は待ってはくれない。飛び掛かって来た屍人を上体を反らす事で躱し、勢いのままにとんぼ返りで立て直す。着地した鏡介に、落ちる影。
「また……」
 気付けば間近に寄られている。クァーチルが移動する条件は――、鏡介は答えに行き着いた。
「まるで『だるまさんがころんだ』みたいだな」
 視線。つまり視界内に収めている間は、クァーチルの移動を制御出来る。――こう表現すると容易そうではあるが、一対多の現状ではかなり高度な立ち回りが求められるだろう。だが、鏡介は勝機を見出したとばかりに不敵に笑んだ。
(「俺にとってはいつもの事。いつだって、自分より圧倒的に強い相手と戦うしかなかったのだから」)
 今この時を凌げば、流れを手繰り寄せる事が出来ると鏡介は確信していた。何故ならば、今回は二対二なのだ。何も自分一人でクァーチルをどうこうする必要が無い。
「……まあ、この立ち回りは是非を問われる事もあろうが」
 クァーチルを視界の隅に収めたまま、屍人を斬り伏せる。ある意味では鏡介も視点を動かせないという制限を受けた事になるが、気配感知の技能が大いに役立った。土を踏む音。空を切る音。屍特有の臭気。鏡介は己の五感をフルに活用し、自身に向けられる殺意に刀を抜く。
「それにしても、あっちは随分楽しそうにしているな。こちらは楽しむどころか、全く余裕なんてないんだが……」
 遠くに暁音の戦う音を聞いて、鏡介は独り言つ。呆れたように零した声が予想外に熱を持っていて、微かに口の端を上げた。
「……思いの外、俺も楽しんでいるらしい」

 ぐねぐねと形を変える触腕は軟体動物のそれとよく似ていたが、ガラスを隔てて眺める水族館とはわけが違う。謎の粘液でてらてらと光り、擦れ合う度ににちゃにちゃと濡れた音を鳴らす。その何もかもが、暁音には不快だった。
「うう、ヌルヌルヌメヌメ……」
 強いて似たモノを挙げるとするならば、ナメクジの類。それが自身の肌を這い回るなど、想像したくもない。黄色い衣の下にいくつの触手を隠し持っているのか、自分に向けられる触手の数が二本、三本と増えるにつれ、ぞわりと肌が粟立った。
「あの触手からは全力で逃げないとだけど……」
 己の力を十全に発揮するのであれば、鏡介を最大限に援護するのがベストだろう。とはいえ、この場を離れる事をハストゥールが許すはずもない。何よりも――、
「……逃げ回るだけってのは癪だし、攻撃の手を抜くつもりもないからね」
 星の導。光を纏い、暁音は思念の干渉をより強める。魔法の森に顕現した異物とも言うべき神格の侵食を撥ね退け、戦場の隅々まで神気を行き渡らせていく。
「支配領域拡張完了!」
 自身と鏡介、二体のオブリビオン、森の外縁でこちらを窺っているのが零と夕夜だろう。暁音の脳はナノマシンの情報処理と並行して鏡介までの最適なルートを叩き出す。暁音の表情に余裕が見て取れたのだろう、ハストゥールが警告する。
「我等を簡単に倒せると思わないことだ」
 無数の魔の手が一斉に伸び、四方八方から暁音を襲う。万事休す――しかし、彼は足を掴もうとした触手を縄跳びのように避け、腕を掴もうとした触手を星杖で弾く。
「俺、近接戦闘は苦手だけど。できないわけじゃないよ!」
 アンリミテッド・ステラに底上げされたフィジカルが、人外に近しい動きを可能にしていた。鳥かごのように囲もうとした触手の群れに空いた僅かな隙間を、針孔に糸を通すように抜ける。
「避けているだけでは、いつまで経っても仲間の元には行けぬぞ」
 現に触手を避けながら、距離は広がるばかりではないか。鞭に似た細い触手が、暁音の動きを上回る速度で振り下ろされる。触手が高速で撓い、茂る枝葉をへし折っていく。

「――誰が鏡介さんのとこに行くって言った?」
「弐の型【朧月:周】――……」

 ひゅん。空気を切り裂く音がして、――斬り飛ばされた触手が、地面に落ちた。何の前触れもなく姿を現した鏡介に、ハストゥールも反応が遅れる。
「さっすが鏡介さん!」
「完璧なタイミングだ、暁音」
 理を滅し時空間に干渉する自分がハストゥールに警戒され、合流を妨害されてしまう。ならばどうするか。答えは『鏡介の方を呼び寄せればいい』。鏡介と対峙していたクァーチルも、彼が瞬間移動『させられる』のは想定外だっただろう。
「我を出し抜くか」
 ハストゥールがくつりと嗤ったような気がした。

「あははっ、今のハストゥール、意表を突かれた……って感じだね」
 珍しいものを見た、と零が声を上げて笑う。真の姿を現したハストゥールの容貌から感情を読み取る事は叶わないが、発された言葉の抑揚に愉楽が乗っていた。確かに珍しい、と夕夜も同意する。
「でもいいのか? あえて苦手な相手を充てたんだろ?」
「いいも何も、僕が出したルールは『二人を倒せばOK』だからね。『一対一で』とは言ってない」
 それもそうだ、と納得した夕夜は視線を模擬戦へと戻した。――やはり『模擬』とは名ばかりで、両者ともに手心のないユーベルコードを繰り出している。
「それにしても、ハストゥールが出し抜かれて嬉しそうじゃん」
「えー、そうかなぁ。……でも暁音にあげた御守りを盗ったのは許せないし、ちょっとざまあみろって思ったかもね?」
 ――「好きなようにしていい」と言ったのはお前だぜ。夕夜はうっかり滑らせそうになった口を噤んだ。


「機先を制したつもりかもしれんが、時空を操るのは猟兵の専売特許ではない。其方もそう思うだろう? |辺獄の主《クァーチル》」
 ハストゥールの問い掛けに、つい数秒前までこの場は無かったはずの叫声が是を謳う。黄衣が翻り、虚空から無数の槍が放たれた。
「澪式・伍の型――ッ」
「星の加護よ……!」
 鏡介が飛来する槍を斬り払うが、暁音の星光の障壁を隔ててなお苛烈な熱風が二人の肌を撫ぜた。地面に落ちた穂先はぼろぼろと崩れ、枯れ葉をちりちりと灼いていく――そこで二人はその円柱が灰燼を圧し固めたものだと知った。立て続けに放たれる槍の合間、陽炎のように揺れる景色の向こうにクァーチルの姿が見える。
「参ったな、アッシュに視線を向けるのをウェビルが邪魔してくる」
 鏡介が暁音と連携するように、槍を放つクァーチルの前にハストゥールがちらちらと入り込む。回り込むように駆ければ鏡介とクァーチルの間に割って入り、跳躍し俯瞰すれば突如発生した竜巻がトランプのカードを巻き上げ視界を遮った。先にハストゥールを相手にするにしても、クァーチルを視界から外さぬように立ち回るのは困難だ。
「鏡介さん、大丈夫だよ。俺が見てる。俺が……援護する!」
 攻防刃・星障壁。暁音が放った星型の結界は数百に及び、鏡介の死角を補うように展開する。
「……任せた!」
 迫る灰燼の槍を斬り払えば、間隙を埋めるように触手が伸びる。触手を両断した傍から纏わりつこうとする屍人を、障壁が阻んだ。一瞬でも刀を振るう腕を止めれば、一瞬でも魔法が散逸すれば、たちまち叩き伏せられるであろう攻撃の驟雨。どれもこれもが容赦なく人体の急所を狙い、模擬などと侮れば命を落とすと思わされた。
 颶風が吹き荒れて、ナノマシンの防護が剥がれた。鏡介は瞬時に防御の構えを取り、触手の強打を受け止める。刀の動きを止めたと見るや否や放たれた槍を、暁音が星の加護で相殺した。一進一退の攻防は猟兵を疲弊させ、対するオブリビオンに疲労の色は無く、神霊の不条理を突き付ける。
「やっぱりどっちかの動きを封じるべきかな……だったら」
 暁音の手首で、金鎖がしゃらと鳴った。次元の狭間が口を開き、保管されていた物品が零れ落ちる。それは手鏡であったり、姿見であったり。大小さまざまな鏡だ。
「全ての物の奥底に眠る魂たちよ。俺の声に……応えて!」
 草むらに、岩肌に、樹上に。暁音の呼び掛けに呼応した鏡が森の至る所に仕掛けられ、戦場の像を映す。まるでカーブミラーだ。絶妙に調整された角度によって、クァーチルの姿を捉えている。
「暁音の能力の高さは知っていたつもりだったが……すごいな」
 一体いくつの魔法を並列制御するつもりなのか。鏡介は舌を巻く。
「だったら俺も臆するわけにはいかないな」
 鉄刀を鞘に収め、大刀の柄に手を掛ける。暁音は難なく魔法の多重発動を行使して見せるが、身体への負荷は如何ばかりか。数多の鏡でクァーチルの姿を視界の隅に収めたまま、鏡介はじりじりと敵との距離を詰めていく。
「考えたようだが、神器でない鏡がいくらあれど児戯に過ぎぬ」
 黄衣の足下から這い出た触手が放射状に伸びた。鏡が割れる音が戦場に幾度も響く。何の儀式手順も踏まずに作られた人工物を破壊する事など、赤子の手を捻るより容易い――ハストゥールの嗤笑に、暁音は口角を上げた。
「そうだろうね。でも、これで鏡介さんの刃が届くよ」
 何の変哲もない鏡の破壊に手数を割かせる。要は死角を補う一手と見せかけた囮である。今ハストゥールは、敵の前で不用心にかいなを広げている状態だ。触手を引き戻すよりも先に、鏡介が懐に飛び込んでいた。
「この剣、まだ未完なれど……」
 自分達と敵との継戦能力を鑑みて、持久戦は避けたい所だ。故に、この連撃に賭ける。
「剛式・|暫定《・・》奥義」
 肺が空気を取り込むと同時、全身に氣が巡っていく。滾る血とは裏腹に、研ぎ澄まされた感覚に頭が冷えていく。鏡介は己の背丈を優に超える大刀を抜き放つ。
 無名。闇を断つ光が奔る。決して取り回しが良いとは言えない大太刀を目にも止まらぬ速さで操り、硬度も弾性もある触手に割創を刻みつけていく。人体の限界を超えて振るわれた大太刀に腕の骨が悲鳴を上げたが、鏡介は最後まで振り抜いた。とうとうひと際太い触手が切断され、大蛇のように地表でのたうつ。
「してやられた、とはこういう事か」
 変わらず尊大な語り口で、だが声色が随分と人間的だった。聞き覚えのあるそれに暁音と鏡介は眉を顰める。黄衣のフードの下に、よく知った顔が覗いた。
「一度ならず二度までも……すごいよ暁音、鏡兄。でもちょっと痛いな」
「「零……?!」」
 地面に転がった触手はいつの間にか人間の腕の形をしていて、二人の背を怖気が走る。何が起きている。困惑する二人に向け、零は遊びに誘うようにジャグリングボールを投げた。地面に落ちたそれは、――バウンドする事なく爆ぜた。
 激しい音と風が森の木々を揺らす。視界を遮る砂塵の向こうから、尋常ならざる熱を感じた。混乱の最中でも反射的に防御に転じたのは日頃の研鑽の賜物だろう。クァーチルが放つ槍は巨大化し、灰の中に熱を滾らせ、|投げ槍《ジャベリン》でなく|対戦車ミサイル《ジャベリン》のように二人を襲う。
「……森の中でこんな爆発物を多用して、ズーグ族は大丈夫なのか?!」
「俺が支配してる空間を見る限り、爆発圏内にいないから大丈夫……だと思いたい……っ」
 何にせよこれで一つはっきりしたと、鏡介と暁音は零を睨みつける。
「零がズーグ族を危険に晒すような戦い方を許容するものか。そうだろう? 『ウェビル』」
「幻術で零のフリするなんてさ、ほんっと悪趣味」
 磨き上げた技で|零《たいせつなひと》を傷付けるなど、なんという悪夢だろうか。幻術の零が、凡そ零らしくない笑みを浮かべた。
「容易く騙されはしない、か。では小手先の戦法など取らず、正攻法だ」
 安心しろ、ズーグ族の住処は安全だ。そんな事を宣う間も蠢く触手は絶えず質量を増し、黄衣が巨大に膨れ上がる。ハストゥールは見る間に鬱蒼とした森の木々を追い越し、約六十メートルの高さから猟兵達を見下ろしている。
「……暁音、跳べ!」
 びゅうと音を立てて触手の一本が振り下ろされる。ミサイルが着弾したかのような轟音が響き、触手が叩きつけられた箇所を中心に大地が割れた。
「鏡介さん、掴まって!」
 鏡介が着地しようとした地点を見下ろせば、時空を渡ったクァーチルが待ち構えていた。クァーチルに触れてしまう前に飛翔する暁音の手を取り、事なきを得る。空に逃れながら、鏡介は腹を括った。
「これは……覚悟を決めるか」

 着地。納刀。未だ反動による筋繊維の硬直から完全には脱していなかったが、鏡介は『神刀【無仭】』の柄に手を掛けた。
「暁音、俺はアッシュを『斬る』。頼めるか」
「じゃあ俺はウェビルだね」
「大丈夫か?」
「平気だよ。|触手《あれ》に触りたくないだけ」
 敵を見やれば、巨大な触手が同時に複数本振り上げられた。あれを叩きつけられたら、どれだけの木々が折れ、何処まで地表が吹き飛ぶ事だろうか。ここを更地にするつもりなのかと、暁音は溜息混じりに杖を構える。仮にも近隣の市長を名乗るクラウンがこれを引き起こしているのだ、多少派手に暴れた所で問題あるまい。
「開け星域を覆う御手よ」
 鈍色の雲が割れ、星空が顔を出す。神気に惹かれた星辰が本来の軌道を変え、裁きの矢として魔法の森の上空に飛来する。全ては暁音の意のままに。
「降り注げ大いなる災厄、来たれ星の裁き……!」
 暁音が指し示すハストゥールへと、流星群が降り注ぐ。払い除けようとする触手をへし折り、尖った隕石が標本を縫い留めるピンのように突き刺さる。邪神を抱擁する星の牢獄に、小さな影が落ちた。
「……捉えた」
 戦場に、暁音のそれとは異なる性質の神気が混じる。絶えず襲い来る隕石を足場に、鏡介が宙を駆ける。真っ直ぐに見つめる先は、灰燼の上に立つ『斬れない』もの。
「我が太刀にその一撃を映す――」
 真っ向から飛び込んでいく鏡介の直刃にクァーチルの姿が映る。因果を超越し得る刀が、全てを灰燼に帰す能力に触れ――喰らった。

「澪式・絶技【無礙】」

 自身の力を宿した神刀に斬られ、クァーチルのひび割れた身体がさらさらと崩れていく。足下に積もっていく灰から響いた叫声が、鏡介への称揚を謳う。
「雌雄を決したか」
 ハストゥールが黄色いフードを目深に被ったまま空を見上げれば、ひと際大きな火球が目の前に迫っていた。まだ抗う事も不可能ではなかったが、これ以上は蛇足だろう。『星具シュテルシア』の纏う神気が金色に耀うのを見ながら、静かに触手を下ろす。

「メテオ・カタストロフィ!」

 暁音の渾身の一撃を、ハストゥールは受け入れた。巨大な火球に押し潰されながら、笑う。
「……ウェヒヒッ」


 森の外縁で戦いを見届けて、夕夜は零を振り返る。
「この結果も、お前の期待通りか?」
 そうだなあ、と考える素振りをして見せるが、零は喜色満面といった様子だ。
「――想像以上、かな!」
 さあ、二人を迎えに行こうか。手に汗握る試合を堪能した零は、この上なく上機嫌だった。――この時までは。


「……どういう事だ」
 森を出た鏡介はウルタールではない別の街に案内されたのかと思ったが、すぐに記憶の街並みと一致していると気付いた。それほどに街の雰囲気が一変していた。あれほど賑わっていた大通りには誰一人おらず、塀の上にも屋根の上にも猫達の姿は無い。玉石敷きの道の左右には商品が並んだままの露店があり、店じまいしたというわけでもなさそうだ。
(「これは……そういう演出か?」)
 まだ修行が続いているという事だろうか。――否、と鏡介は頭の中で即座に否定した。『そうあって欲しい』だけだ。何故ならばこれは、
「――血の臭い……!」
 異常事態だ。夕夜も表情を険しくし、周囲を睨め回す。
「これは……良くないモノが街の中に入り込んだみたいだぜ」
 恐らくは、オブリビオンが。果たして何処からどのようにして虚鏡ノ門を越えたというのか――、夕夜は一つの予想に辿り着く。つい先程、幻夢の境界を越えた者が居たのだから。
「メノスが来た事と、何か関係が……?」
「……ねえ! 猫たちが……っ」
 考え込む暇もなく、暁音が泣きそうな声を上げた。地べたに膝を着く彼の前には、――猫の死骸。
「俺……どんな傷でも治してみせるよ。でも、でも……っ」
 生命の埒外にある存在を除き、既に命を終えたものが治癒する事は無い。暁音の前に横たわる猫は夥しい血だまりに沈んでいて、ぴくりとも動かなかった。目を凝らせば、そんな死骸が所々に転がっている。
「……零」
 鏡介は先程から一言も発していない零を振り返り、息を飲んだ。すっかり表情の抜け落ちた顔で、静かな怒りを湛えた瞳が赤く燃えている。戦慄いた唇が、歪に弧を描いた。
「……なるほど? ――やってくれたなぁ……!」

 ここは零の|零鏡世界《ドリームランズ》。虚鏡ノ夢での蛮行を、到底許せるはずもない。
 事件の全貌が見えぬまま、聚楽の街で新たな戦いが始まろうとしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月24日


挿絵イラスト