知床半島――北海道の東に突き出た細長い半島は世界自然遺産に登録された事で近年注目を浴びている。
「シリエトク……突き出た所、と昔この辺りに住んでらした人間は呼んでおりマシタね」
「昔って百年以上は昔だよねぇ」
「YES、人々の営みは大分様変わりしてマスがね」
ヴィクトル・サリヴァン（星見の術士・f06661）は同行者である青年の言葉を聞きながら羅臼の港町をゆっくりと見回した。山の様に陸揚げされた獲物は魚では無く昆布。北海道の沿岸では昆布の収穫が盛んだが、特にこの羅臼は日高や利尻と並んで有名な産地である。
「さて、観光船の出航時間も近いデスし行きマショウか」
そうヴィクトルの巨体を小突いてルキヴァ・レイヴンビーク（宵鳴の瑪瑙・f29939）は告げる。
「正直、ワタシも夏の知床半島は初めてなのデスから」
「え、そうなの？ ワタリガラスってこの辺りに来るんでしょ？」
「渡って来るのは冬デスから、ね」
季節によって様々な動物達が入れ替わり立ち替わり姿を見せる――それもまたこの知床の魅力の一つ。
海に出ると、マッコウクジラが大きく潮を噴く姿が遠くに見える。
「うわぁぁ、あんなに離れてるのに大迫力」
思わず興奮して甲板デッキで前のめりになるヴィクトル。同時に船も大きく傾く勢い。
「兄ちゃん運が良いなぁ。日によって見えない時もあるっぺよ」
「そうなんだ、やった、嬉しい」
「もう少し早い時期だとアンタと同じ顔の連中がいたけどなぁ」
そう告げるのは小さな観光船の船長であった。彼が語るに、４～７月頭にかけてこの辺りでシャチが姿を見せるらしい。しかしシーズンも終わり、今の時期に見えるのは主にクジラとイルカらしいのだ。
「こうして見ると知床のサマーはワタシの知るウィンターの景色とは全然違いマスね……」
ルキヴァは感嘆の息を漏らした。彼が知る知床は主に冬。厳しい寒さで辺り一面真っ白な世界なのだと話すと船長もそうだな、と頷いた。
「内地だと雪も降らんべ？ 夏と冬でクッキリ景色が変わんのも北海道の魅力かも知れねぇなぁ」
陸地には木々の青々とした色、そして海は恐ろしい程に深く青い。そんな夏色の景色を眺めていたヴィクトルは何やらウズウズしている様子を隠せず。
「とても綺麗な海だよね。俺、ちょっと泳いで来ようかな」
「――Ｗｈｙ？？」
今なんと言った。彼の方を振り返る間もなくルキヴァはポイッと投げ寄越された衣服をキャッチする羽目となり、ほぼ同時にドッポーンとシャチキマイラの巨体が海に落ちた音がした。
「人が落ちたぞっ！？」
「浮き輪、いや、救命胴着！！」
「あー、大丈夫デス……。あの人も猟兵――この世界で言うケルベロス、なので」
慌てふためく船員達にルキヴァは丁寧に説明をする。おかしい、ワタシがマトモな役回りだ。
そんな鴉の思いとは裏腹に、ヴィクトルは夏の北海道の海を優雅にイルカ達と共に泳いでいた。
「んー、ちょっと冷たいけど全然平気。むしろ気持ち良いなぁ」
つーかいつの間に海パン装備してるんだとツッコみたい状況。そこに反対側より此方に来た親子連れ。
「パパ、ママ、見て！ シャチがイルカと一緒に泳いでる！！」
子供がヴィクトル、そして共に泳ぐイルカやクジラを見て指を差しはしゃぎだした。
「まぁ本当……！」
事も有ろうに本当のシャチと誤認されている。その様子にさっきまで話していた船長も思わず笑いを堪え震えているのが解った。
「――この際デスし、もっと季節外れにしてやりマショウか」
船長にヴィクトルの衣服を押しつけると、ルキヴァも甲板から飛び降り――本来の姿であるワタリガラスに身を変じ、泳ぐシャチの頭の側で並行飛空を開始。
「あれ、ルキヴァも来たの？」
「ヴィクトル、子供達が泳ぐユーを本当のシャチと思ってマス」
「成る程、なるべく頭だけ出して泳ぐね」
ターンでもしようものなら、太ましい四肢のボディと海パンが見えてしまうだろうから。
「後で風邪ひいても知りマセンよ？」
「大丈夫大丈夫。それよりどのタイミングで船に戻るかだよね」
「あのピュアボーイに見られない様に……いや、ユーを甲板に引き上げるとか無理では？」
重さが偏った挙げ句に転覆しかねない気がする。
「ＯＫ、ユーはこのまま陸まで泳ぎナサーイ」
「えー」
そう言いながらもヴィクトルは共にイルカ達と並泳しながら港に戻る船に付いて行き。ルキヴァも時々頭の上に乗って休みながら結局最後まで彼に付き合ったのだった。
『本日、羅臼沖でとても珍しい光景が見られました』
「Ｗｈｙ！？」
「あ、あれって俺達だよねぇ？」
夕食に地元のカニやウニをたっぷり載せた海鮮丼を頂いていたらテレビに流れたニュース。
シャチとイルカとワタリガラスと言う季節の違う知床の生き物が揃い踏み！と動画と共にローカルニュースに取り上げてしまい。
唯一真相を知る船員達が横で腹筋崩壊起こしていたのは言うまでも無かったのだった。
成功
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