『あら、貴方も冒険者かしら? ――ねぇ、よかったら、私のお願い聞いてくれる?』
に遊びに来た冒険者たちに気づくと、砂浜に立つ青い髪の女性が、笑顔を浮かべて話しかけてきた。
ここオケアノス・ビーチの特産品は虹色に煌めく美しい貝殻――通称『虹色貝殻』。染料の原料やお土産の品として使われるというのだが、海に近い村の人々は忙しく、思うように貝殻を集めることができない。
そこで、この貝殻集めを冒険者たちにお願いし、集めた貝殻の数に応じてお礼として夏を彩るアイテムと交換しよう! というのが、この夏限定のイベントクエスト『虹色貝殻と夏の思い出』の概要だ。
貝殻の大きさによってレア度が異なり、大きな貝殻はレア度が高く、ポイントも高く設定されているとのこと。
交換可能なアイテムは、浮き輪、サングラス、フロート、パラソルといった海遊びの必須アイテムの他、虹色貝殻の染料を使ったアロハシャツが一番人気らしい。
――さぁ、キミも虹色貝殻を集めて、ここでしか手に入らないアイテムをゲットしよう!
目を凝らしても終わりが見えないくらいどこまでも続く碧い海と蒼い空。燦々と降り注ぐ太陽の光を受け、青い水面は硝子のようにキラキラと輝き、寄せては返す波と共に白い小さな飛沫が上がった。透き通るように青い空には、もくもくと白い入道雲がそびえ立ち、お気に入りの水着を纏って海で遊ぶ冒険者たちを見守っている。
「わぁ、ここが夏のイベントマップ?」
アサガオの柄のラッシュガードに身を包み、お気に入りの青空を描いたビーチボールを抱えたリュイ・ロティエ(翡翠の守護者・f42367)は、冒険者で大盛況の砂浜を前に目を丸くした。
この海は、夏イベントの間だけ開放される期間限定エリアということもあり、大勢の冒険者が集まっている。
水着姿で各々海を満喫している冒険者のように、リュイもまた、冒険者の一人として周囲の人々から見られているのかもしれない――なんて考えると、ちょっと不思議な気分。
だが、ビーチボールにも負けないくらい青い空と海を見ていると、だんだんリュイの心もウキウキと弾み出す。
「みんな楽しそうだね!」
ね、と傍らに漂う|竜神さま《ウィリディス》に話し掛け、リュイは早速砂浜を歩いてみることにした。サラサラとした温かい砂がビーチサンダルの隙間から入り込む。初めての感触に、思わずリュイの顔も綻んだ。
ふと、リュイは足元にいくつもの貝殻が落ちているのに気が付いた。何だろう、と首を傾げながら拾いあげてみるとそれは、キラリと虹色に輝く貝殻だった。慌てて辺りの浜辺をキョロキョロと見回すと、あちらこちらでキラキラ輝く何かが落ちている。
これは、もしや――。
手にした貝殻を見つめるリュイに、突然、背後から誰かが話しかけてきた。
『こんにちは、貴方も虹色貝殻を集めて、素敵な景品と交換してみない?』
吃驚して慌てて振り返ったリュイの前に立っていたのは、青い髪の女性だった。思わず目を瞬かせるリュイだったが、女性に話しかける他の冒険者たちのやりとりを聞き、すぐに合点がいく。
「そっか、これ、夏限定のイベントクエストだ!」
リュイが気が付いた通り、青い髪の女性はイベントクエストの案内人。冒険者たちを真似て、リュイも話し掛けてみると、イベントについて説明をしてくれる。一通りの話を聞いたところで、突然、リュイの目の前に『このクエストを受注しますか?』のメッセージが浮かび上がった。もちろん、リュイの答えは決まっている。
「楽しそうだしボクらもやってみよー!」
迷うことなく、リュイは『はい』を選んだ。すると、メッセージボックスが消えると同時に、イベント参加中の証である虹色のリボンがリュイの手首に巻かれる。
『大きい貝殻は、ポイントが高いです。 頑張って、たくさん集めてきてくださいね!』
見送る案内人に手を振って、早速、リュイは砂浜の探索を始めた。
波打ち際をゆっくりと歩くと、寄せては返す波の隙間から、キラキラと光る貝殻が幾つも見える。小さめの貝殻はポイントが低く設定されていることもあり、玄人冒険者たちはあまり手に取っていない様だ。
「貝殻あった! あ、こっちにもある!」
リュイは目についた貝殻をどんどん拾っていく。ポイントとか関係なく、イベントに参加しているということが新鮮で、とても楽しい。あっという間に両手いっぱいに集まった貝殻を|青いバケツ《インベントリ》に入れ、リュイは波を追いかけながら、砂浜を歩く。足に触れる波がなんだかくすぐったくて、リュイは思わずふふっと笑みを零した。
貝殻を見つけては拾い、どんどん集めることに夢中になっていたリュイだったが、ふとバケツの中を覗くと、同じような大きさの貝殻ばかり集まっている。
(「レアな貝殻は海中にあるみたい?」)
リュイは足を止め、ちらりと海へ視線を向けた。確かに、海の中で貝殻を探している様子の冒険者たちの姿も見えるので、リュイの推察は間違っていないだろう。だが、リュイは泳ぐ行為はおろか、海の中に入ったことなどない。初めての海で、果たして泳ぐことは出来るのだろうか……。
「ねぇ、竜神さま。ボク、泳げるかな?」
思わず不安に駆られ、リュイは傍らの竜神さまに問いかけた。竜神様は、いつもと変わらぬ様子でリュイを見つめると、ゆったりと大きく頷いてみせる。それを見て、リュイはぱぁっと顔を輝かせた。
『リュイなら、大丈夫じゃ』
「うん、わかった!」
リュイは、竜神さまに向かって大きく頷くと、躊躇うことなくザブンと海の中へと飛び込んだ。
ゲームの中の架空の海だから、冷たいという感覚はないはずなのだが、なんとなくひんやりとした感触があるのは、リュイの水に対する知識ゆえだろうか。
(「う、わぁ……!」)
眼の前に浮かぶ小さな飛沫が消えると同時に、ゆらゆらと揺れる水の世界が視界に飛び込んできた。リュイの目の前を青や黄色の小さな魚たちが尾びれを器用に動かして素早く横切って行く。海の中を珍しそうに見回すリュイの視線の先、砂の下でキラリと何かが光った。
(「あった!」)
一際輝く虹色の貝殻を見つけ、リュイは手や足をバタバタと動かしながら、貝殻を掴もうと必死に手を伸ばす。そして、指先に触れた貝殻を手繰り寄せ、離さないようにギュッと掴んだ。
水面に顔を出し、リュイは手にした貝殻をまじまじと見る。虹色に煌めく貝殻は今まで拾ったどの貝殻よりも大きかった。
「よーし、この調子で頑張るぞ!」
再び、リュイは海に潜り、白い砂の中に隠れた貝殻を探し始める。コツを掴んでしまえば、瞬く間にバケツを埋め尽くす程に虹色貝殻が集まった。リュイは、満足そうに面持ちで貝殻を見つめ、竜神さまと言葉を交わす。
(「なんだかポイントに変えちゃうのも勿体ないなぁ」)
『ならば、森に持ち帰っても良いじゃろう?』
竜神さまの助言に、リュイは嬉しそうにパッと顔を綻ばせた。確かに、貝殻は沢山集まったし、その中で気に入ったモノを持って帰ってみるのもいいかもしれない。ならば、もう少し貝殻を探さなくちゃ、と再びリュイは海へと潜ってゆく。
故郷の森に海の貝殻を飾るのはちょっぴり不思議な気分ではあるが――森の皆も、珍しいおみやげに喜んでくれるに違いない。
皆が喜ぶ顔を思い浮かべ、リュイの顔も虹色貝殻に負けないくらい、キラキラ輝いていた。
成功
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