一人の、いや、一柱の神が産まれた。
龍神と人の間に産まれた半神。
目に涙を浮かべながら、自らの子を抱える母。
恐る恐る体に触れる、幼い姉たち。
神も、人も、同様に──命の誕生を祝う。
産まれた子には、アレクサンドロ・ロッソという名がつけられた。
内に秘める紅き魔力から、紅の意を背負う。
ちなみに、姉の名は、上からイースレイ・ヴェルデとトリシュライン・ブルという。
弟と同様に、緑、そして青を冠した半神だ。
そして母の名は──ルシアス・ビアンカ。
純白の魔力を持つ、半神などではない正真正銘の“神”。
そして、人間を心から愛する存在のひとつだった。
それからというもの、アレクサンドロは母や姉たちに囲まれながらすくすくと育っていった。
問題が無いではないが、それも日々の些細なもの。
姉たちと甘味を取り合ったり、力の制御に失敗してものを壊してしまったり。
母に小さなペンダントを貰った時は、小さな手で強く握り締め、しばらく手放すことすらしなかった。
怒り、泣き、笑い──それは楽しい日々。
夢のよう、と表現するのは正しいのだろう。
何せ、それはもう戻ってくることのない、過去のものなのだから──
ある夜。
いつものように、楽しく過ごしたはずの一日。
突然だった。ルシアスは立ち上がり、いつものような優しさの浮かぶ表情ではなく──真剣な表情で。
その後すぐに、いつもの表情に戻って、優しく告げる。
「イース、トリシュ、そして、アンディ。貴方達なら、大丈夫だからね。……さようなら。」
意味が理解できなかった
唐突すぎる別れの言葉
だが、その答え合わせはすぐに押し寄せた
遠く、微かに聞こえる数千、数万の「敵の軍勢」
アレクサンドロは、軍勢の方向へと走るルシアスを追い縋るが、伸ばした手は虚空を掴む
「行かないで!」
「駄目よ、母様はもう……」
「私達が、生き延びないと。」
なんで、なんで……!
母様が……!
なんでねぇね達は、俺を止めるんだ……このままじゃあ……!!!
姉達の制止によりルシアスの姿が見えなくなり、アレクサンドロは膝から崩れ落ちる
それでも、現実は待ってくれない
「逃げるわよ。ここは危ない。」
「ねぇね! どうしてっ!」
アレクサンドロには、姉達の言葉がひどく冷たいものと思えた
納得できず暴れるものの、姉二人に押さえつけられてはそれも無意味に、吸い込まれるように“門”の中へ
バタン
低く響く音が、頭の中で反響して消えてくれない。
思い浮かぶのは、ルシアスの表情
見た事が無い程真剣な顔
その後に見た優しい笑顔は、本心からのものだったのか?
安心させるために、作られたものじゃなかったか?
幸せな記憶に、ヒビが入る
「違う……ちがうちがうちがう!!」
「帰ってくる。母様は、絶対に──帰ってくる。」
「俺を、俺達を置いてどこかへ行くなんて──絶対に、有り得ないっ!!」
天は荒れ狂い、慟哭は響く。
濁り混ざった感情の奔流は、幼い彼に制御できるものではなく。
感情の吐露は、日を跨いでも続き──そして半神は眠りについた。
ルシアスと別れ、しばらく経ち──アレクサンドロは成長した。
体格は姉達を追い越し、黒い龍鱗も艶やかになった。
顔立ちは精悍に整い──しかしその心はまだ不安定だった。
ここは、レクシア王国。
龍神を崇め、信仰と慈悲によって大きくなった王国。
当然アレクサンドロ達は、そこではかなりの地位を持ち、何も不足することのない生活を送っている。だが──
「母様はいくら待とうが戻ってくる気配もない……!」
「お前らのせいだ…! 母様が戻ってこないのは、定命共のせいだ…!!」
未だ精神が未熟なアレクサンドロは、ルシアスが戻ってこないという現実を受け入れることができなかった
だから、責任を民に押し付け、暴虐に走る
民を虐げ、些細な理由で人を殺める半神は、次第に荒神として恐れられていった。
ある日、珍しく二人の姉が声をかけてくる。
「アレクサンドロ、ちょっといいかしら?」
「なんだ、上姉さん……その赤子は?」
「この子の名前はエルピス、貴方にこの子を育ててほしいの。」
アレクサンドロの視線はイースレイが抱える赤子へと向く
今は眠っているようだが、人間の無垢な赤子だ
「は? なぜ俺がそんな…」
「アレクサンドロ、私からもお願いするわ。」
「下姉さんまで……わかった。」
渋々赤子を受け取る
エルピスはただの人間。力加減を間違えるだけで、握り潰してしまいそうだ
「…必要なもの…は集めさせればいい。後は寝床……俺の寝室……癪だが、一人にさせておくわけにもいかないか。」
不満げに呟くアレクサンドロだったが、姉達から頼まれたことを無碍にするわけにもいかず、ひとつ大きなため息を吐く。
「うぇーん、うぇーん」
「……泣くな。何だ? 飯か…? 違うのか。」
時には、泣く理由を考えたり。
「うぇーん、うぇーん」
「今度こそ、飯か? よし、いつもコレなら楽なんだがな……」
時には、やや不器用な手つきで離乳食を食べさせたり。
「姉さん達に頼まれたからやっているが…子育ては二度と御免だな。」
アレクサンドロは、人生初の子育てというものに悪戦苦闘していた。
そんな生活が続くとある夜。
少し前から、エルピスの夜泣きが酷かった。
理由は様々だったが、どれも大したことのない理由だった。
だが──だからこそ、だろうか。
「うぇーん、うぇーん!」
まともに眠ることもできない日々。
アレクサンドロの何かが、プツンと音を立てて──切れる。
「何でこの俺が、泣き喚くしか能がないクソガキの面倒なんか見なきゃなんねぇんだ!?」
「五月蝿い喚くな黙れ!! 俺はお前の親でも兄でもねぇんだぞ!!」
遂にアレクサンドロは大鎌の切先を、エルピスの喉元に突きつける。
だが。
「ぁ、あうぅ♪」
「な…」
エルピスは、その行為が分からなかった。
だから、突きつけられたその刃をおもちゃと勘違いし、小さな手で触ろうと。
そして思わず、アレクサンドロは大鎌を下げる。
「エルピスが怪我をする」から。
アレクサンドロの脳内に、困惑が満ちる。
怒りの感情すら追いやって。
「毒気を抜かれた」とでも言うのだろうか。
その日から、エルピスに対する目つきが変わる。
今まではどこか冷たさを纏っていた瞳が、子を見守る優しさの火が灯るようになった。
そしてその影響はエルピスへだけに止まらない。
心に蠢く行き場のない怒りや憎しみは次第に解消され、愛情や笑顔などの表情を見せるようになった。
それからしばらく経ったある日。
整った街並みの中、街を眺め、ゆるりと歩き──周りの住民からは恐れられ、遠ざかられずとも静まる街中。
だが、そんな不自然を見てもなぜだか心が荒れることはなかった。
──すると。
ドン、小さな子供がぶつかる。
「うわあっ!」
ぶつかったからか、アレクサンドロに驚いたからか、そのまま転び、膝からは血が滲む。
だが、驚きや哀れみは湧いてきても、怒りはあまり湧いてこなかった。
そして、その子の母と思われる女が必死に謝り始める。
「く、紅様!! 申し訳ございませんっ! うちの子がとんだ粗相を…!」
「退け。」
以前ならば意にも介さず、ぶつかってきた子供とそれを庇う母ごと“断罪”していただろう。
「は、はい?」
「俺は退けと言ったんだ。そこを退け。」
「こ、この子に悪気はなかったのです! どうか命だけは…!」
横に退いた母を無視して、尻餅をつく姿勢で倒れる少年の傷を、アレクサンドロも地面に屈み治療する。
神としての力を用いたもので、皆は息を呑むばかり。
「子を想うならば、二度と目を離すな。分かったか?」
「は、はい! 必ず!!」
「分かったならもう良い、下がれ。」
その姿から、以前と変わらぬ威圧感は溢れるものの──どことなく荒々しさは薄まり、瞳には慈愛の光すら宿っているように見えた。
母は歩み去る彼の姿が見えなくなるまで頭を下げ──神の慈悲に心から感謝する。
その姿を陰ながら見ていた二人の姉は頬を緩める。
自らの行いは正解だった、と。
エルピスを預けたことによってアレクサンドロの精神は、確かに安定、成長していたのである。
しばらくの月日が経ったのち、エルピスは美しく成長した。
アレクサンドロとは似もしないが、白と黄の中間のような淡い色をした麗髪、薄白の肌、そして宝石のような水色の瞳を持った美少女へと。
当然、民達からの人気は非常に高く、神の子として以上に“エルピス”としてその名は広まっていった。
だが──その幸福は長続きしない。
エルピス宛てに届いた数多くの手紙に目を通しつつ、アレクサンドロは自らの執務室で仕事をしていると。
「紅様! 巨人達が侵攻を始めました!」
「何……? 巨人族が? 有り得ないだろう!」
巨人族──それは“かつて存在した種族”だ。
凄まじい技術力と団結力を持ち、しかしてたった一つの『鍵』を作り出したことが原因でアレクサンドロ達が滅ぼした種族の名前だった。
「奴等は確かにこの手で滅ぼしたはずだ。」
「はい、その通りです。ですが彼等は現在山脈に布陣しております。そして彼等の王を名乗る者が「エルピスを妻とする。通らぬならば戦争だ。」…と。」
「下らん要求だな。嘗て誰に滅ぼされたかも忘れたのだろう。──今度こそ皆殺しだ。」
いつもなら、軍には軍で相手をするのだが──エルピスを狙うだと?
俺の手で、唯一人残す事なく、その種族の名を歴史から消し去ってやろう──!
彼は自らの手で巨人族を滅ぼすため、単独で出陣する。
家を出る時、エルピスから声をかけられる。それは少し弱々しく、不安そうな表情で。
「おとうさん…?」
「あぁ、なんでもない。ちょっと出かけるだけさ。」
アレクサンドロはエルピスの頭に軽く手を置いて、その眼を見て言葉を返す。
安心したのか、エルピスも嬉しそうに。
「いってらっしゃい、気をつけてね。」
アレクサンドロを応援するかのように大きく振られた手に見送られて、アレクサンドロは戦地へと向かった。
「…ここだな。巨人の軍勢は──居た。」
軽く見渡しながら魔力を探知すれば、山脈の反対側に軍を展開しているようで。
大鎌を握る力が強くなる。もはや怒りを隠そうともせずに、空を切り飛翔する速度が上がる。
それでも多少時間がかかるが──そう遠くはない。
その軍勢を目視するほどまでに近づけば──報告は間違いではなかったことを受け入れざるを得ない。
普通の人間と比べ物にならぬほどの巨躯、そして彼らが持つ武器は精巧かつ強靭。
だが、アレクサンドロの敵ではない。
手に魔力を纏わせ軽く薙ぎ払えば、轟音と共に敵軍は壊滅し──否、そうではなかった。
幻惑魔法で巨人の軍に見せかけた土塊が音を立てて崩れ落ちた時、アレクサンドロは自らの失策を悟る。
「チッ、狙いは──レクシアか!」
アレクサンドロは急いでその場を飛び立ち、エルピスが待っているレクシア王国へと戻る。
行きは短く感じたこの距離も、今ではもどかしいほどに遠く。
できる限り早く国に戻ると笑顔のエルピスが待っていた。
敵の気配はない。目に映るのは国を出た時と何も変わらぬ平和な風景。
「お父さん! お帰りなさい!」
「エルピス! 無事か!? 侵入者は!?」
「誰も来てないし、怪我もないよ?」
エルピスの表情は柔らかく、いつものそれと変わらない。
それでも、微かな異和を感じるが──それよりも大きな安堵があった。
「それなら、良かった──」
「そんな事よりお父さん、こっち来て? 見せたいものがあるんだ!」
エルピスがアレクサンドロの手を引き、楽しげにスキップしながら向かった先は神殿。
一歩踏み込んだ時目に映り込むんだのは──血に塗れた姉達の姿。
「なっ!?」
全身に深い傷を負い、力無く倒れ込んでいる。
まだ息があるようだが、そんなことより──と考えた瞬間、自らの左胸に鋭い痛み。
「ぐ──」
エルピスがくるりと振り向き、隠していたナイフで刺し貫いたのだ。
突き飛ばすために伸ばした右腕すらも切り落とされ、反射的に距離を取る。
「エルピス──いや違う、誰だ貴様は!」
幻惑魔法が、剥がれ落ちていく。
「──誰、か。くくく」
美しいエルピスの顔の奥から、現れたのは──
「く、ははははは。私こそウートガルディ! お前に滅ぼされた巨人族の憎しみそのものだ!!」
巨人族は滅びてなどいなかった。
確かに、純粋な巨人族はもう存在しない。しかし、半巨人であるウートガルディはアレクサンドロによる“粛清”の際、人間達に紛れていた。
彼の手には血に塗れ、歪にも見える巨大な鍵──“開門鍵”が握られて。
「無様だな、アレクサンドロ。」
「貴様……!!」
「覚えているか? それとも取るに足らぬとして忘れたか? お前はあの時、確かに私の全てを奪ったのだ。」
たとえ、復讐の対象が神だとしても。
「──今度は、私が奪う番だ。」
ウートガルディは拘束していたエルピスを抱え、開門鍵にて開いた世界の扉に消えていった。
アレクサンドロの心には激情と呼ぶにも生ぬるい怒りの奔流が溢れていた。
だが、それはウートガルディに向けられたものより、自らの情けなさ、非力によるもの。
しかし、もう母を失った頃のアレクサンドロとは違う。
今度は、自らの非力に向き合える。
そして、抑えることができる。
そして考えるのは──倒れた姉達のこと。
「大丈夫か、今治す!」
姉達とて全くもって弱くない。
同じ母の下に生まれた同格の存在なのだ。
不意さえ打たれなければ──
「ありがとう、アンディ。でも、私たちはいいからエルピスを追って。」
「この国のことは心配しなくても大丈夫よ。思う存分あの反逆者を粛清して来なさいな。」
目が覚めた姉達の言葉が、押さえ込んでいたアレクサンドロの背中を押す。
「姉さん達……あぁ、行ってくる。
必ずや、エルピスを取り戻してくるとも…!」
外界への門を開き、勢いよく飛び込んだ
「何処だ、エルピス! ……まだそう遠くないはずだ。」
魔力の残滓を辿れば、エルピスは直ぐに見つかった
「エルピスッ!」
エルピスは居た。
だが、目の前に降り立ち、手を伸ばし触れようとして──その姿は掻き消える。
ウートガルディの操る幻惑魔法。
それは相手に希望を見せ、そして奪い去る。
アレクサンドロの心はその程度で折れることなど無いが、その怒りは燃え盛る。
そんなことを幾度繰り返すと、ついに見つけた術者の反応。
「貴様を殺せば幻影は消える。俺から逃げおおせると思うなよ、ウートガルディッ!!」
上空から急降下し、ウートガルディへと大鎌の一撃を浴びせかける。
「か、は──」
だが、その口から零れ落ちた声は、違った。
なぜ、と思う間もなく幻惑が剥がれ、真の姿を表した瞬間──アレクサンドロの脳内に後悔と絶望が浮かぶ。
「な……エル、ピス……ちが、違うッ! あ、あああああッ!!!」
理解してしまったから。
自らの手で、エルピスを。
「は、ハハハハハッ!!! ハッハハハ、アレクサンドロ、くっ、滑稽なものだなぁ!」
背後から、脳に響き渡る声がする。
「怒りに、憎しみに囚われ、己の子すらわからないのか? お前の愛はその程度か? ハハハハハ!!!」
気付けば、ウートガルディが耳元で。
「復讐は成った! 何の罪もない自らの子すら殺した大罪人め!」
何処かで、プツンと線が切れたように。
大鎌を突き立て、振り下ろし、薙ぎ払い、叩きつけた。
「ぐ、アレクサ、ンドロよ! 大罪に、んよ! ハハ、ハハハ……! ぐはっ、そんなに私が憎いか? そうだろう、なあ!」
──黙れ。
「私を殺し、国に帰るがいいさ! 誰しも、が、お前を、英雄神と呼ぶだ、ろう!」
──黙れ!
「本当は、自分の子すら、守れぬ貧弱な神なのになあ! ぎ、今頃エルピ、スには恨まれてる、だろう! それとも失望されてるか! ははは、はははは!!」
──黙れ黙れ黙れッ!!
叩きつける大鎌と共に、世界を揺らすほどの膨大な魔力。
ウートガルディは抵抗しない。
アレクサンドロの感情は、昏く濁っていくばかりで。
ウートガルディが息絶え、原型を無くしたのを確認し、血を吐いて倒れているエルピスに駆け寄る。
もしかしたら、と一縷の希望に縋って。
だが、現実は非常なものだ。
アレクサンドロの力は本物で、そして大鎌は玩具などではないのだから。
何度確認しても、その事実は変わらない。
見落としがないかを探し続けても、絶望は増すばかり。
母を喪った時以来の、否、それよりも深い絶望。
精神こそ壊れぬものの、しかして正気でいられるわけはない。
アレクサンドロはただ、神に縋った。
だが、その祈りは届かない。
全てを包むような絶対なる神は、その姿の、その威光の一片すらも見せることはなく。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
腐った身体が腐臭を発し出した頃、悟る。
もはや、エルピスを救うことは不可能なのか。
口に出せない怒りは、そして絶望はアレクサンドロの精神に重なり続け、それでもこの事実を受け止める。
それしか、できなかった。
もはやエルピスが生き返らぬというのなら──葬送を執り行うべきだろう
俺にできる、最後の務め
まだ、生き返る可能性はないのか
エルピスは、それを望んでいるのか。
エルピスのいない生活は──
アレクサンドロにはどうしても、火をつけることができなかった。
でも。
《このままでは、エルピスは天に昇れず1人で彷徨うのでは》
それは、それだけは、許せない。
神として、そして親として。
なら──
自分もエルピスと共に逝こう。
それは無意味だと、ただの逃避だと、心の何処かでは理解できたのに
それでも、最後に──エルピスと会えるなら
首筋に迫る大鎌は急激に近づく。
これが正しい行いでないことなどわかっていながら。
そして大地に、一柱の神が斃れた。
「エルピス…何処だ、居るだろう?」
『なんで、来ちゃったの?』
「もう大丈夫だ、エルピス。怖かっただろう? 痛かっただろう? エルピスが何処へ行ったとしても、お父さんはずっと一緒だ。」
『そんなの……嫌だよ……!』
エルピスは居た。アレクサンドロの想像通りに、天に昇ることもできずに、漂っていた。
だが、アレクサンドロへの反応は“拒絶”だった。
『わたし、お父さんに死んでほしくなかったよ、まだ生きてほしかったよ! 何で、なんで……わたしのために死ぬなんてことをしたの……!! それで、それで……わたし、が、喜ぶ、と思って、るの……?』
涙で言葉を詰まらせて、それでも辿々しく綴る意思。
『神様、私は地獄に行きます。どれだけ長くても構いません。だからお父さんを生き返らせてください。』
エルピスの言葉は、虚空に響く。
現世に住まう存在には聞こえぬ声。
それでも。
アレクサンドロがどれだけ願っても届かなかった声が。
エルピスの声ならば。 純真無垢にただ父を想うその声ならば───
しばしの間をおいて、アレクサンドロの身体が光り輝く。
ふらり、とエルピスの身体が揺らいだかと思えば、満面の笑みをアレクサンドロに向けて。
「やった、私の声、神様に届いたよ! お父さん、生き返らせてくれるって!」
無邪気に喜ぶエルピスの姿。
一切の打算も後悔も恐れもなく、ただ自らの思いの丈をぶつけたエルピスが勝ち取った、一つの回答。
アレクサンドロは、生き返られるのだ。
──アレクサンドロだけは。
エルピスに笑みを向けつつ、心では絶望と後悔が巡る。
自らの浅慮な行動のせいで彼女に負担をかけ、ましてや地獄へ送ってしまうことになるなどと──
だが、神は慈悲深いもの。
心の底から願った善性の願いを。
自らの欲ではなく他者の為に願った思考の結晶を、見捨てることなどしない。
刹那、エルピスもまた光に包まれる。
それはアレクサンドロを包み込んだものとは少し違うが、より神々しく輝いて──
この光の意味を、アレクサンドロはよく知っている。
エルピスが、神の御許へ行くことを許されたという意味。
「有難うございます──」
これは、神に捧げる感謝としては相応しくないのだろう。
でも、今は。半神としてではなく、エルピスの父としてエルピスに倣い、自らの想いをそのまま伝えることを選んだ。
そして、別れは近づいてゆく。
行く先は違う。
しかし互いの行く先に幸あるように、そして今までの感謝を伝えるために。
───これが、互いに交わせる最後の言葉。
『行ってらっしゃい、お父さん!』
「行ってきます。」
名も知らぬ外界の丘に、目覚めたアレクサンドロはエルピスに火を付ける。
「今度は、迷わないからな──エルピス。」
エルピスの死は、アレクサンドロの記憶に焼き付いて離れないだろう。
その死を乗り越え、心の奥にそっとしまい込んで──朝日が昇る。
神の御光ともまた違う、様々な色が混じった光。
世界はかくも、美しく愛おしいものだったのか───
成功
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