再び綴る、学び舎のおもいで
「オリヴィア・ローゼンタールさん……確かに、本校に在籍記録がありますね」
「はい」
東京都武蔵野市に設立された、小中高大一貫の巨大学園。
そしてダークネスの世界支配から人類を解放した英雄・灼滅者の互助組織でもある「武蔵坂学園」の職員室に、とある女性が制服姿で訪れていた。
彼女――オリヴィアはダークセイヴァーで吸血鬼を狩る、記憶喪失の猟兵"だった"。
このサイキックハーツ世界を訪れたことで、武蔵坂学園の灼滅者としての記憶を思い出したのは、つい最近のことだ。
ふたつの世界の「オリヴィア・ローゼンタール」が同一人物だとすれば、年齢の差異などの矛盾が生じる。
だが詳しい理屈よりも、オリヴィア本人が魂でそう理解していた。
サイキックハーツとダークセイヴァー、ふたつの人生の記憶のどちらも真実であり、どちらも自分なのだと。
「今回は夏期講習への参加を希望されるとのことでしたが……編入先は小学校でよろしいのですか?」
「ええ。一から学び直す必要がありますので」
記憶を思い出したと言ったが、しかし戻らなかったものもある。「学力」である。
ダークセイヴァーの識字率や教育水準はお世辞にも高いとは言えず、今のオリヴィアは算数の公式ひとつさえ思い出せない。
猟兵であればどの世界でも意思疎通に支障はないが、再びこちらの世界で活動していくなら、色々と問題はある。コンビニで買い物さえ覚束ないようでは、ちょっと。
ということで、夏休みの夏期講習を利用して、武蔵坂学園で久しぶりのお勉強をすることになったわけだ。
「おねえさんも、いっしょにべんきょーするの?」「きょーしつ、まちがえてない?」
「オリヴィアです。よろしくお願いします」
セーラー服を纏って、同じ教室の「クラスメイト」達に一礼するオリヴィア。
同年代と比べても身長高めの彼女が、小学生の中に混じっているのは、とても目立つ。
だがまあ、昔から武蔵坂学園は自由な校風だ。年齢差くらいはすぐに受け入れられる。
「ではまずは国語の授業から……オリヴィアさん? 大丈夫ですか?」
「す、すみません」
ところが、いざ授業が始まってみれば、鉛筆の持ち方さえ覚束ない。
ひらがな・カタカナの読み書きや、足し算・引き算レベルからやり直すつもりで――と思いきや、前提からの躓きである。
教師も彼女の事情を汲んでゆっくりしたペースで進めてくれるが、それでも付いていくのがやっとの有様だった。
「……と、ここまででなにか質問はありますか?」
「はい、先生」
わからないことがあれば素直に手を挙げて質問する。この期に及んで恥ずかしいだとかいう気持ちはない。
失った学力を今さら取り戻すのは大変だが、しかしオリヴィアの表情は辛さよりも充実感に満ちていた。
(この風景、懐かしいですね)
窓の外から見えるのは、かつて通った懐かしの三鷹北キャンパス。
灼滅者時代と同じキャンパスの教室で、再び生徒として過ごせるのはとても楽しい。
授業内容は綺麗さっぱりでも、ここで積み重ねた大切な思い出は、もう忘れることはないだろうから。
「……オリヴィアさん? よそ見してないで、この問題に答えてください」
「あっ、すみませんっ」
そうしている隙に教師に当てられ、慌てて席を立つオリヴィア。
小学生達に「がんばれー」と温かい声援で見守られつつ、黒板に書かれた問題にチョーク片手に頭を悩ませる。
ああ、なんという強敵だろうか。けれども吸血鬼やオブリビオンとの戦いよりも、ずっと楽しい。
彼女が座っていた机の上には、一生懸命に練習したのだろう、見た目にそぐわない汚い字で、ひらがなをたくさん書いたノートが広げられていた――。
成功
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