もう何度目なのかなんて、互いに数えても覚えてもいないが。
再び巡って来た、夏の季節。
馴れ初めは、なんてもし訊かれれば、大した話などではないのだけれど。
ヒッツェシュライア・テスタメント(死を恐れぬ魔術師・f16146)は思い返す。
それこそ、大昔――興味本位で悪魔を召喚したら『ヒュドラ』だった。
(「契約したらベタベタベタベタ、と研究中も仕事中もひっついて五月蝿い。結婚しなきゃ契約破棄、とゴネられて」)
そんなわけで、仕方がなく結婚してしまった。
けれど、契約するにしても、結婚するにしても、UDCアースの世界では面倒な書類が必要で。
だから『ヒュドラ』に……彼女に、カナリア・テスタメント(全ての生命の母・f44299)という名が付けられたのだ。
そしてこの夏、ヒッツェシュライアと共に。
(「水着コンテスト? てのは無理だったけど」)
一目惚れして|結婚《契約》してから数百年――カナリアは、新婚旅行ぶりに夫婦で旅行する事になったのである。
その理由は、ヒッツェシュライアが|息子《ロイド》に言われたから……世界を見せて、と。
(「そうか、猟兵になったのか……今更?」)
そう、猟兵に覚醒したカナリアに。
そんなカナリアはこれまで、胸が締め付けられる想いをしていた。
だって彼女は、全ての生きる命の母でありたいと思っているのだから。
(「暗殺組織の子たちもロイドもヒッツェもみーんな心配だし」)
けれどそう思っても、今までは何も出来なかった。
でも猟兵に覚醒すれば……母、頑張るわね、なんて。
カナリアが気合十分になるのも、当然のことである。
……というわけで、今回の新婚旅行ぶりの夫婦の旅行となったわけなのであるのだが。
ヒッツェシュライアはちょっぴり苦笑してしまう。
「可愛い息子に浴衣を着せてもらって来ちゃった」
そう袖をひらりと靡かせながら、うきうきとしているカナリアは、まだしも。
(「……ここまでしなくてもよいのだが」)
彼女だけでなく自分にも用意された浴衣を、着せられて来たことに。
いや、馴れ初めはまぁ置いておくにしても、今のふたりの間柄は夫婦……なのだけれど。
ヒッツェシュライアははしゃぐカナリアを見つめ、ふと気が付く。
そういえば、彼女が少女姿で居るのは、自分にとっては普通のこととはいえ……。
(「傍から見たらよろしくない」)
だって、羅刹のガタイが良い男に対し、カナリアは人外要素が尻尾だけの少女。
……腕に抱きつかれてしまっては、なぁ。
傍から見ればどう自分達は映るのかと、あまりそういうことに鈍い彼には珍しく、そんなことを考えてしまうヒッツェシュライア。
けれどそうは思うも、自分から引き離すという考えは彼の中にはなくて。
(「顔に出ない体質だから良いものの、カナリアは俺の事よりも魚だろうな」)
……まぁ、大丈夫だろう、なんて仕方なくそのまま並んで歩く。
そして今回の旅行先――彼女に見せる世界。
ヒッツェシュライアがまず選んだ彼の地は、UDCアースに近しい世界。
それは、満開桜でいつだって彩られている――サクラミラージュ。
「知らない世界のニオイね」
カナリアはそう空を見上げて、はらりひらりと舞う薄紅に瞳を細める。
「サクラが年中咲いている世界とは聞いていたけど、こうもずっと降っているのも何か不思議ね」
「あぁ、そういう世界だからな」
そしてそう返したヒッツェシュライアの予想した通りに。
「お魚はあるのよねっ? ねっ!」
わくわくそわりとするカナリアの興味の行く先はやはり、魚へと向いている。
それこそ、きっかけは新婚旅行の時。
訪れた地中海で食べた魚が余程美味しかったらしく、日々カナリアの料理は魚フルコースであるのだけれど。
食えれば何でも良い、というヒッツェシュライアにとっては何ら問題はなく、主な被害者は息子である。
だから、この世界の魚にわくわくしている彼女にも、彼は普通にこう返す。
「食文化は近しいからあるだろうな。鮎の塩焼きとか」
……親子で近過ぎるのもよく見る、なんてぎゅうとやはり引っ付いているカナリアを見つつ思いながら。
そんな彼の心知らず、カナリアは改めてくるりと常桜の世界を見回してから。
「まぁ、なんとなーく頭の隅にあった昔のUDCアースと雰囲気は似てる気はするのよね」
その風景をちょっと掘り起こしてみつつも続ける。
「何か、新選組やら幕府やら……目まぐるしい変化をしていた頃みたいね」
「あぁ、その頃に近しい世界なのだと聞いてはいる」
そしてカナリアとそう会話を交わしながら、ヒッツェシュライアは思う。
……そろそろ離して欲しいが、と。
でも同時に、こうも思うのである――離さなくても良い気もする、なんて。
それから、そんな彼にやはりべったりとくっついたまま、首を再び傾けるカナリア。
訪れた知らない世界。猟兵になりたてだから分からない。
だけど、皆を守ることができる猟兵になったからには、思うから……知らなきゃならない、って。
そしてひとつ、カナリアはこくりと大きく頷く。
(「つまり、世界の数だけ旅行出来るのよね」)
……うん、神とやらは信じてないけど何かに礼は言わなきゃね! って。
それから、そんな自分から離れない彼女を見遣っていたヒッツェシュライアはふと刹那閃く。
(「まて、魚をやれば程よい距離になるのではないか?」)
とはいえ、魚も勿論、とてもすごく大好きなのだけれど。
カナリアはいっそう、ぎゅうと彼にまとわりついて口にする。
「諦めてないからね!」
……息子にきょーだいを益々欲しくなっちゃったね、って。
いや、これまでも何度もそう言ってみては、断られ続けて○○○年!
それでもカナリアは言葉通り諦めない――母は、私は、頑張るわね、って。
そしてヒッツェシュライアは早速、思いついた作戦を実行してみる。
「終わったら考えてやる」
アノ話も約束される前にと、鮎の塩焼きを渡して。
そうすれば、ぱあっと満開桜に負けないほどの笑顔を咲かせて――はむり。
「お魚美味しい!」
尻尾をふりふりさせて喜ぶその顔を見ながら、ヒッツェシュライアは思うのだった。
結婚の次は、子供が欲しい! と言われて早○○○年。
それをお断りしていたわけなのだが。
(「まぁ、なんだかんだで俺はカナリアが好きなのかもしれない」)
……近年ソレに気付いた、なんて。
ロイドやロンと接するうちにやっとのこと、鈍いどころじゃない! というレベルなのだけれど。
でも、ヒッツェシュライアはこうも思うのだ。
(「全ての世界を見回ったら……いや、これはその時に言おう」)
――籠の鳥に籠は狭すぎるからな、と。
そう、ヒュドラは毒で人を弱らせて食べていた話もあるから。
誰でもないヒッツェシュライアが、彼女に『カナリア』と名付けたのだ。
毒に敏感であり、何も知らない籠の鳥みたいだから――と。
そして渡した鮎の塩焼きを嬉々と食べている様子は、予想通りであったのだけれど。
相変わらずぴたっとくっついて離れないまま彼女が魚を食べるだなんて、目論見が外れたヒッツェシュライアであった。
仕方ないからそのまま寄り添うようなかたちで、夏に満開に咲く幻朧桜の景色を、夫婦で並んで歩きながら。
成功
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