境界の内側を覗けば、覗き込まれるもまた然り
●噂の屋敷
いわくつきの、という言葉を関する物件は数多くある。
その過半数は殆どが偽物であったり、まがい物であったり、噂が独り歩きしただけの他愛のないものであったりするものである。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
だがしかし、過半数は、ということは紛れもない本物もまた存在しているのだという逆説でもある。
そんな逆説的に存在している真を見たいと思うのは、怖いもの見たさであるとも言われる。
「そんなこと気にしないさ。幽霊なんて嘘さ。怖くなんてないさ」
さ、で締めくくり過ぎている。
いやまあ、緊張しているのは、今日始めて伺うお宅だからであって、別にまさか先輩たちの間で噂されるお化け屋敷に荷物の集荷に向かわねばならないのが自分のような若輩者がまさか、という思いではない。
断じてない。
そうでも思わねばやってられないのは、最早言うまでもない。
ごめんなさいビビってます。
お願いですから代わってください! と先輩に泣きつけばよかったのだろうか?
でもまあ、普段からそんな心霊現象であるとかオカルトの類なんて信じてません、みたいな顔をしているのだ。
此処でそんなことを言おうものなら明日から自分の居場所は会社にはない。
せっかく就職できた配送業。
ここで不意にしたくはない。
「ヨッシ!」
言葉面だけは勢いが良い。
だがしかし、どうにも目の前の屋敷の呼び鈴を押す気力が湧いてこない。
そう、今まさに自分が直面しているのは、十年前まで確実に『何か出る』と言われ居住者が次々と代わっていくいわくつきの物件なのだ。
加えて、隣の敷地は謎の宗教団体の建物が存在していて、これまた物騒な雰囲気を放っていた。
肝試しの候補にすら上がらないほど……その、ガチなのだ。
そんな場所にどうして自分が集荷に向かわねばならないのか。
悪夢ではないか?
悪夢は悪夢でも曲がりなりにも夢なのだから醒めて欲しい。
「ところがどっこい、これが現実なんだよな……ん?」
怯えきっていた配送業の若者は、呼び鈴を押す前に張り紙がしてあることに気がつく。
「なんだこれ……?」
呼んでみると、どうやら屋敷の居住者が留守のようだった。
だが、宅配ボックスの上に集荷の対象である荷物が置いてある。
「置き配ならぬ、置き集荷ってことね」
はいはい。
なるほどね。若者は呼び鈴を押さなかったことに心底安堵していた。
だが、送り状を見て目を見開く。
「品名……ぬいぐるみ!? なんで!?」
えっ、どういうこと?
わけがわからない。
ここってぬいぐるみ作家の家って、こと?!
わけがわからないが、送り主のことを詮索するのはよくない。
「……って、わきゃー!?」
そうこうしていると自分の腰元にゾワリと妙な感触が走る。
あまりにことに変な声がでてしまったが、腰が一瞬抜けてしまった。尻もちをついた若者の後ろからサッと現れたのは一匹の猫だった。
「えっ、あっ……なんだ猫か……」
一瞬、尻尾が二又に見えたが気のせいだろう。
「にゃーん」
「お、なんだ? 腹が空いているのか? えっと何か持ってたっけ……ないか」
「にゃーん」
「ごめんて。今日はあいにく何も持ってないんだ」
そう言うと、猫は理解したのか置き配ボックスに飛び乗って、その上の呼び鈴を器用に押す。
すると玄関の戸がガラガラっと自動的に空いたのだ。
猫が屋敷に入ると、またガラガラと閉まる。
「ははぁ、なんとも近代的なことで……おっと、集荷しないとな」
置かれていた荷物を手にとって若者は次なる集荷場所へと向かう。
トラックを運転して暫く、彼は思った。
「……自動の扉?」
にしては、どう考えてもあの戸は重たい音を立てていた。
自動ドアだったら、こう、スッ、と開くよね? なんていうか、一定の速度ではなかった。
まるで人がガタガタと建付けの悪い戸を横に引いたような……。
「いや、自動ドアだった。うん、自動ドアだった」
若者は考えるのをやめた。
だって怖いもん――!
●夏夢
「あ~……やっぱり人前に出るの緊張しますねぇ!」
彼、彼女、性別不明な幽霊『夏夢』は呼び鈴を押した猫又『玉福』を抱えてもだもだしていた。
今日、屋敷の主である馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)と『陰海月』から荷物の集荷が来るからと言付かっていたのだが、なんとか役目を果たせたように思える。
「でも、まだ気がついてもらえませんでした」
そりゃあ、幽霊であるから。
人前に姿を現すには、まだ性別不明な『夏夢』では難しいだろう。
集荷に来た若者は霊感というものがないのだろう。
ずっと横にいて見ていたのだが、気がつく素振りもなかった。
『玉福』が来て漸く反応してくれたくらいだ。
「でも、ちゃんと送れましたもんね」
「にゃ~」
そうか? と『玉福』は思ったが、まあ結果的に集荷はしてもらえたので、そうと言ってもいいのかもとまた一つ鳴くのだった――。
成功
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