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【神英戦争】大地を潤す翠雨

#ケルベロスディバイド #"1/24~26『第一次上田城合戦』受付中 #完成までややお待ちください

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#ケルベロスディバイド
#"1/24~26『第一次上田城合戦』受付中
#完成までややお待ちください


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 車窓ごしに浮かぶ景色が、色を変え、形を変えて、遠ざかっていく。
 潮風香る港町は遥か後方へと霞み、赤く燃える山野が周囲に広がっている。
 心地よい振動が背ごしに全身へと伝わってくる。初秋特有の煌びやかな日差しが、車窓より差し込み、古ぼけた床タイルを白砂の鮮烈さで潤色していた。
 N港駅を出発した臨時列車は、県境を越え、隣県のU市へと向かい朽ちた路線を進んでいた。
 姫川・沙耶が窓外を窺えば、黄葉まじりの山野のもと、段々状になった水田と果樹園とが身を寄せ合う様にひしめき合っているのが分かった。金色の稲穂は山風にそよがれ優雅に身をくねらせ、赤々とした実をつけた木々はその巨体を鷹揚とそびやかしている。ぬけるような紺碧の空が、眺望絶佳の田園風景を俯瞰していた。
 ふと姫川は車内を走り回る、無邪気な少年少女の足音を聞いた気がした。塗装も剥げ墜ちたタイル床や、虫食い状態になったぼろぼろのクッション、鼻腔に絶えず立ち込めるすえた匂い、そして窓外の景色とが姫川を過去へと誘ったのだ。
 しかし、姫川は車窓に浮かぶ田舎景色から直ちに目を反らすと、沸き起こる郷愁の念に蓋をし、対座する老人へと視線を戻した。
 姫川・沙耶はDIVIDE直轄英国軍所属のケルベロスである。そんな姫川が英国を遠く離れて故郷であるU市へと舞い戻ったのは、なにも過去への逃避行のためではない。目の前の老人の臨時の秘書官として、医師として特使の一人としてこの地を訪れたのだ。
 事の起こりは、アダム・カドモン長官の突然の失踪に端を発する。姫川が長官失踪に関する子細を知る由は無かったが、カドモン長官は煙かなにかの様に突如姿を消した。そして、長官の消失と共に英国にはにわかに不穏な空気が立ち込め始めた。
 人類は不俱戴天の敵とも言うべきデウスエクスとの戦いにより人類は高度な決戦都市を築き、万全な防衛体制を整えた。長官の不在にありながらも、個々の決戦都市は十分に機能していたし、各国家群における混乱は軽微なものに留まった。
 とはいえ、長官不在というDIVIDEにおける最高権力の空白状態が長く続けば、対デウスエクスの戦略面において重大な不備を来たすだろう事は、誰の目にも明らかだった。現状において英国政府が懸念したのは、まさにこの点である。
 今、デウスエクスの大攻勢があらば、総司令官を失った人類側は有機的な反抗をできぬままに劣勢に立たされるだろう。故に英国政府およびDIVIDE所属英国軍は、現状打開の一手として、かつてカドモン長官が提唱したチャリティイベントを利用し、友好国間との間で有事における戦略協定を結ぶべく動きだしたのである。
 折しも、日米を筆頭とした友好国は、英国と同様の懸念から、イベントの費用の折半を英国へと申し出た。緊縮財政を敷く英国にとってはこの提案は濡れ手に粟であり、直ちにイベントの開催が取り決められたのである。
 そして、英政府からは、DIVIDE所属英軍第四軍司令官、ジーン・グランテ大将が、日英開催のイベントの総指揮を執るべくU市へと派遣され、姫川もまた彼の主治医兼臨時の秘書官として伺候することと相成ったのである。
 姫川は、老人を正面に見据える。矍鑠とした艶の良い面長のもと精緻に嵌め込まれた彫り深な濃紺の瞳が、穏やかに揺蕩いながら、姫川を見返していた。
 グランテ老は、やや曲がった背を座席に深く預け、わずかに顎を引くと、木目の様に刻まれた目じりをますます深くする。白髭を蓄えた口元が柔和に綻んでいる。グランテ老が陽気に口元を開いた。
「姫川先生は…U市出身だったはずだね。どうだね、久しぶりの故郷は?」
 しわがれた初老の声音が、豊かな抑揚と共に響いた。老人に姫川は、首肯で返す。
「ここは、なにも変わっていませんけれど良いところです。――少し昔を思い出していました」
 返答と共に好々爺から窓外へと再び視線を遣れば、秋化粧を始めた山々が、田園を抱きかかえるような格好で屹立しているのが見えた。以前となんら変わぬ面持ちで故郷が迫ってくる。少年少女の歓呼の声が姫川の鼓膜を小鳥の囀りで揺らした気がした。
「突然の要請にも関わらず、よくぞついてきてくれたの。高齢故、主治医は同伴しなければならんとせっつかれての。ラファエルに無理を言って、先生に同行を願い出たのだ」
 脳裏に響いた郷愁の声は、しかし、老人の穏やかな声によってまるで波がひくように記憶の中へと沈んでいく。
 姫川は頭を左右に振った。
「いえ、閣下。同行させていただいたことむしろ光栄に思います。ただ、閣下…。先生はやめていただけないでしょうか?気恥ずかしくございます」
 姫川は車窓から目を離し、再び老人を正面に見据える。グランテ老のひび割れた唇のもと、白い歯が光っていた。
「ならば、姫川君も、閣下呼びは無しといこうではないか。今の儂は、半ば特使であり、半ばは旅行好きな老人にすぎないのだからの」
 言いながら老人が、手元の酒瓶に手を伸ばすのが見えた。老人がコルクを指先で弾けば、年季の入った酒瓶より、濃いキャラメルの芳香が周囲へと充溢してゆく。
「了解しました。ただし、グランテ様。私の事もまた、故郷を懐かしむ旅人としてお扱いください。だって主治医だったら、私、グランテ様の飲酒を止めなければいけませんもの」
 諧謔を交えながら老人へと返答すれば、グランテ老がわざとらしく肩を竦めるのが分かった。顔を合わせてひとしきり笑いあうと、姫川は老人と酒杯を交わし、窓外へと視線を投げた。
 特別列車は、絶えず黒い息を吐きながら、車輪を軋ませ、原生林を抜け、山野を踏破し、U盆地へと向かう。
 まもなく姫川の視界に、U市街が飛び込んできた。

 青空に象嵌されたスクリーンのもと、半機人の青年の姿が映し出されている。
 しなやかな姿態の大部分を無機質な機械群で構成された青年は、端正な面差しを微動だにすることは無かったが、意志力を湛えたさび色の瞳が、なによりも雄弁に寡黙な青年の肉声を代弁しているかのようだった。
 彼こそがアダム・カドモン長官だ。エリザベスは、長官の威風堂々とした映像をスクリーンに映し出しながら、一揖する。
「皆、集まってくれてありがとう」
 エリザベスは手にした指揮棒を振るう。
 瞬間、魔法の杖の一振りは、翡翠の泡沫でもってスクリーン上を淡く照らし出し、カドモン長官にかわって、鋼鉄の防壁群で覆われた決戦都市U市の全貌をスクリーン上に投影する。
「以前よりカドモン長官は、肝いりの企画を用意していたのだけれど、この度、彼の意向を汲んで、英政府と日本政府との間でU市での大規模なチャリティイベントが開催されることが決まったんだ」
 言いながら、エリザベスが再び指揮棒を振るう。
「イベント最大の目玉は、演劇という事なのだけれど、演者の欠場が予知されたの。せっかくのイベントがこれでは台無しよね。そこでね、みんなの力を貸してもらいたいの」
 エリザベスは、事の概要を説明すると、杖を振るう。瞬間、空間にひずみが走り、大口を開けた虚空のもとU市街の輪郭が明瞭と飛び込んでくる。
「もしも力を貸してくれる方は、ゲートを通ってね?演者として、それからみんなの得意な出し物で興行を盛り上げて貰えたら嬉しいな。みんなで楽しいチャリティイベントを作り上げましょう?」
 一つにつながった彼我の元、光があふれる。


辻・遥華
 オープニングをご覧頂きましてありがとうございます。辻・遥華と申します。
 久しぶりの依頼は再びケルベロスディバイド世界、英国から日本へと舞台を変えて、お話を展開していきます。
 アダム・カドモン長官不在の今、チャリティイベントを通して両国の経済活性化および国際交流のため、U市にて大規模な興行が行われることが決まりました。
 メインの催し物は演劇となります。演劇および、出し物などでチャリティイベントを盛り上げてください。
 ※今回は神英戦争の第二部二話となります。神英戦争を通して、第一部の登場人物/状況は前話までのものを引き継いでおりますが、これまでの参加にかかわらず一話完結での内容となっています。ご興味湧きましたら是非、ご参加を検討いただければと。以下、各章の詳細についての説明です。また、MSページも併せて参照下さい。

●第一章
 第二章で演劇が行われますが、その前段階になります。演劇参加希望者は、役柄を記載していただければ二章ではその役柄をもとに演劇を展開していきます。演劇の演目は、断章等参考になさってください。
 演劇参加希望の無い方は、市内観光を楽しんだり、市内でご自由に寛いでいただければと思います。詳細は断章確認ください。
●第二章
 演劇のこけら落としとなります。演者の方は、プレイング冒頭部に役柄を。また演劇中に演じたいワンシーンなどを描いていただければそれに準拠した演劇内容を展開してゆきたく思います。
 演劇以外で、チャリティイベントを盛り上げてくださる方は、ご自由な内容を描いてくださればと。もしも、演劇の中に組み込んでもいいよという方がいらしたその旨もご記載くださいませ。詳細は第二章断章を参照ください。
●第三章
 後夜祭となります。詳細は、第三章断章を参照下さい...!

●演目について
 一作目:『アントニウスとクレオパトラ』
 登場人物:アントニウス、クレオパトラ
 二作目は『背教者ユリアヌス』
 登場人物:ユリアヌス、ディアナ(架空の人物)
 三作目は『第一次上田城合戦』
 登場人物:真田昌幸、真田信幸、真田幸村となります。
 性格付け、性別などは、参加されたPC様の風貌や性格、プレイング内容を参考に決定しますので、一般のイメージ像とかけ離れてしまう場合もあります。

※参加者は4~8名を想定しています。下回る場合は、積極的にサポートの方にお手伝いいただく予定です。
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第1章 日常 『前夜祭全世界生放送』

POW   :    他の参加者と一緒に夜通し浮かれ騒ぐ

SPD   :    ステージに上がり、当日への期待を盛り上げる出し物をする

WIZ   :    イベントの見どころを簡潔にまとめ、紹介する

イラスト:del

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章
 冷気がU盆地へと張り付いている。
 郷愁を湛えた樺色の夕空は、幽玄と煌めきながら、声を押し殺し、式典会場となるU城址公園を子細に嘱目しているようだった。
 一朶の雲が、身に蓄えた黄金の羽毛を心地よげにたなびかせながら、暮空を離れ、地平線の彼方へとひた進み、宵空へと溶け込んでいった。
 姫川・沙耶がケルベロスコートの襟で頤までを隠しつつ、ふと空を仰げば、夕空には、夜の訪れを告げる漆黒の帳が、一条、二条とまるで糸の様に絡みつき、銀砂を振りまいたような星々が東空に淡く輝くのが望まれた。
 姫川は、吹く風に乱れた長髪を撫でつけながら、チャリテイーイベント会場となるU城址公園を一望する。
 平素は、人寂しいU城址公園はこの日、異例の活況ぶりを呈していた。
 城址の至る所で市が立ち、山車が散見された。
 U市市民はもちろんのこと、市街からの来訪者も多いようで、のっぺりとした面差しの現地人はもちろんの事、鼻立ちのくっきりとした英国人、頑強な体躯を誇るドラゴニアンの青年、純白の拡翼を無邪気にはためかせながら祭りの会場を闊歩するオラトリオの少女など、浴衣に身を包んだ多種多様な人種が一同に式典会場には集っていた。
 彼らは、あるものは溌剌とした様子で出店を巡り、あるものは路上で酒杯を交わしていた。はしゃぎ合いながら、城址公園内を駆け回る子供たちがあり、路上で行われるパフォーマンスを食い入るように眺める男女の姿もあった。至る所で、喜色の笑い声が上がり、歓声が響いていた。
 城址公園は、異例の活況ぶりを呈していたのである。
 しかし、城址公園内の賑わいを他所に姫川の胸裏には、暗澹とした不安の影と、そして得も言われぬ憂愁の思いが常に横切った。
 前夜祭の開催に当たり、先刻、U城址公園の本丸跡で、U市市長やグランデ大将の共同宣言のもとチャリティーイベントの開催が発表されたが、グランデ大将にせよ、市長にせよ、二人の挨拶は、軽妙さと諧謔に富んだものであり、姫川はもちろん、市民たちもチャリティーイベント開催に喝さいで答えた。
 開会式は、つつがなく執り行われ、グランデ大将ら日英政府要人らは、人々の歓呼の中、祭り会場を辞去して、会食パーティーへと向かった。
 その折、本来ならば秘書官である姫川もまたグランデ大将と共に会場を後にするはずだったが、この時予想外の事態が起こったのである。
 姫川は、祭り会場を見渡しながら、力なく肩を落とした。
 期待していたディナーが遠のいたことに不満を抱くと同時に、自らに与えられた重責が重く両肩にのしかかってくるようだった。
 姫川は吐息をつく。朱色を滲ませた、蕾の様な唇から、重苦しい吐息がまるで糸筋の様になって天へと昇っていった。
 姫川は、イベントの工程表を指先で繰りながら、ちょうど七ページ目を開き、紙面中央に描かれている演目を恨みがましく睨み据えるのだった。
 チャリティーイベントの最大の目玉は、祭り当日に行われる演劇である。
 翌、祭りの本番では、早朝に真田神社において巫女舞と共に祝詞を上げられ、ついで正午より、英国側よりローマ二部作、日本側より安土桃山時代をテーマにした演目がが執り行われる予定となっていた。
 二の丸には翌朝に、ホログラム再生装置が運び込まれる予定であった。ホログラムは、実物同然の臨場感に富んだ立体映像を舞台を作成する事を可能としており、公演において頻繁に使用されていた。
 この日も、有名監督指揮のもと、豪華舞台俳優が、立体ホログラム映像の舞台で立ち回る姿を想像して、誰もが期待で胸を膨らませていただろう。
 英国側のローマ二部作は、今を時めく、ホロティウス監督が総指揮をとり、日本側は喜劇作家でも名高い高山監督が製作指揮に当たった。
 リアルを追求するこの両監督は、実際に戦闘経験もあるDIVIDE所属のケルベロスから主演を選び、一月という短期間ながらも、密度の濃い演技指導によって彼らの演技力を一流演者顔前のそれまで引き上げたのだ。
 演目が好評を博することは疑いようはなかった。
 だが、まさにイベント前日というこの時に、主演を演じるケルベロス達は同時に依頼の参加を取り下げたのである。あるものは任務のため、またある者は、永遠の愛を求めるだとか、宇宙飛行士を目指すだとか、自分本位のあまりにも身勝手な理由で演目の辞退を突然、表明したのである。
 結果、ローマ二部作においては、美丈夫のアントニヌスも、美貌の悪女クレオパトラも、理知的な哲人皇帝はローマ劇から姿を消したし、日本の演目では、真田親子抜きであわや上田城合戦が執り行われかねない事態となったのである。
 両監督は、満面を朱色にしながら、DIVIDEスタッフに詰め寄ると、自分たちの眼鏡に叶う逸材を直ちに用意するようにと要求した。
 もちろん、ケルベロスは数自体が決して多いわけでは無かったし、更にその中で演技をこなせるだろう人物もすぐに見つけられるはずははなかった。とはいえ、演目成功に漕ぎつけるためには否が応でも、一徹な両監督の希望に沿う、クレオパトラなり、ユリアヌス、真田幸村なりを見つけ出す必要があったのだ。
 吐息を吐き出すと、姫川はしぶしぶとだが愁眉を開いた。
 不満ばかりを連ねるのは自分の性質に合わない。
 グランデ大将のもとを離れ、スタッフたちに交じって東奔西走で演者探しに専念することとなったばかりか、姫川は暫定的ながらも、演目『背教者ユリアヌス』における架空の人物ディアナを演じる事と相成った。
 演劇なんて、中学校の時に演じた少女A以来だ。まさかの大役を演じ切る自信なんて、もちろん姫川には無い。
 だが、同時に脳裏を横切った少女時代の自らの残影は、快活と微笑んでいた。遠い過去の自分は、この逆境さえも楽しんでいるのだ。
 重く嘆息をつきながら、姫川は空を見上げる。宵闇が迫る空のもと、艶やかなる星々が、どこか意地悪気に姫川を見下ろしていた。
●本題
 U城址公園へと至れば、そこには無数の人だかりができていることに気づく。
 出店の前では黒山の人だかりが出来上がり、小さな広場では大道芸人やマジシャンなどの一団のもと、無数の観客が押し寄せていた。
 人いきれがいたるところから立ち上がり、それらはねっとりと絡み合いながら白い靄となり、漆黒の夜空へと漂ってゆく。
 人々は熱に浮かされた様に喜び声をあげ、はしゃぎまわっている。
 しかし、そんな賑わう人々を他所に、DIVIDE所属員たちは浮かない顔で右往左往しているようだった。
 話を伺えば、どうやら、演目の主演者たちがこぞって不参加となったこととのことであるようで、彼らは代理の者を探して悪戦苦闘しているという事らしい。
 工程表によれば、翌日のチャリティーイベントは、神への祝詞と奉納、巫女舞からはじまり、正午の演劇へ移り、そして夕暮れ時、式典の終わりに際して剣舞や合唱などの自由演目で結びとなるとある。
 演技力に自信があれば演目の主演を買って出ても良いだろうし、自身が無ければほかの自由演目や神事においてなにか手助けも良いだろう。
 また、今回の式典は経済復興を名目に掲げている。それならば、市民に交じり、ただ祭りを楽しむのも一興だろうか。
 いずれにしても、休暇をどのように過ごそうともそれは各人の自由だ。
 遠く響く祭囃子に耳を澄ませながら、猟兵達は目的地へと向かい一歩を踏み出すのだった。
―――
 以下、今回の依頼について簡単な補足を失礼します...!
 自由に祭り会場で動いていただければと思いますが、MSよりの推奨は以下の三つとなっています。
(i)二章以降も参加予定の方
①演目への参加表明
:プレイング冒頭に『演劇への参加:演目名(三作のいずれか)』と表記してください。プレイングでは、実際の舞台ではどんな場面を演じたいのか、自分が担当するキャラクターの希望する人物像などを書いてくだされば、二章では指定頂いたシーンやキャラクター性を反映してリプレイ描写してゆきたいと思います。また文字数にあまりがある場合は、実際の訓練の内容やほかの演者の方とのやり取りなどを書くと良いかもしれません。
※『アントニヌス』と『クレオパトラ』、『ユリアヌス』と『ディアナ』は、作中では恋仲にあるため、演劇中、恋人関係という体で描写されます。ペア参加されない場合は、演劇中とは言え、恋人関係として描写される可能性もあるため、抵抗がある方はご注意ください。英国側のローマ二部作は、ペア参加推奨です。
※異性愛、同性愛、男女逆転いずれでも問題ありませんので、クレオパトラ→男性、アントニヌス→女性などでも問題ありません。
※登場人物の演者が決まった場合は、エリザベスの日記にて逐次お知らせしますので、そちらも併せてご覧下さい。

②自由演目
:プレイング冒頭に『自由演目に参加:内容』を表記してください。翌日行う自由演目についてはご自由に描写いただければと思います。
(ii)一章のみ参加予定の方
:出店を回ったり、お酒を楽しんだり、祭り会場を満喫していただければと思います。


以下、同行するNPCケルベロスについて記載します。

Cr、Df、Jm、Cs、Sn
→指定なし。

Md:姫川・沙耶
→DIVIDE直轄英第三軍所属の隊員であり、医師。ケルベロスとして覚醒しており、今回、演目『背教者ユリアヌス』では暫定的に、ディアナ役を演じることが決まった。(ディアナ役希望の方がいらした場合、沙耶は変更となります)
ハル・エーヴィヒカイト

連携○
演劇への参加:第一次上田城合戦

やむを得ない事情を持つ者もいるかもしれないが一度引き受けた仕事をこうも放っていくのは自由過ぎるな。監督の怒りもやむなし
しかたない、ケルベロスの穴はケルベロスで埋めよう

「とはいえ私は素人だ。演技の拙さをアクションで補える役どころのほうがありがたいが」
合戦を舞台にした真田幸村ならその辺りはなんとかなるだろうか
やると決まったからには監督の意に添うよう形でキャラクターが仕上がるように稽古に専念するとしよう
時間がない、UCで体を癒して休憩を短縮、少しでも稽古時間を確保する
演技のレベルを上げられるようにしなくては



●一人でふたつ
 乾いた山間の風が、吹きおろしに肌をかすめていく。風の行方を目で追えば、西山に半ば身を重ねるような格好で、赤銅色の夕日が輝いていた。
 斜陽は全身から無数の銀色の棘を伸ばしては、それらで地上を洗い出し、山野や田畑を朱色に染色していた。
 ふと空を見上げれば、暮色の空がそこに広がって見えた。
 薄暮へと向かう空は、未だ夕映えの残照を湛え、浅葱色の中に幾条もの赤光の筋目を滲ませていた。滲み出た夕映えの光は、U城址内の水堀にも斜光を注ぎ、なみなみと張られた水面を金色の輝きで満たしていた。
 黄金を湛えた水面が柔らかな反射光でもって、城址内を仄かに照らし出していた。
 微光は金粉の輝きで城址内に漂い溢れていく。
 淡い光の中で、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は、まるで舞を舞うかの様に手にした大槍を一閃した。
 模造槍とは言え、手にした大槍は実物同様の重さを誇り、ずっしりとした質感と重量でもって両の腕にのしかかってくる。
 大槍が、軽快に空を切る。槍を横なぎし、ついで、右の足を前方へと踏み抜く。
 右足を軸にして軽やかに宙を舞い、勢いそのまま槍を上段へと振り上げる。
 瞬転、槍先が鋭い軌道を描きながら天を突いた。刃をつぶした穂先が夕映えの輝きに赤く燃え、赤漆で塗られた槍柄が、ますますに紅色を深めていく。
 紅く燃える穂先でもって、ハルは虚空に円を描く。
 ハルが掌を返すたびに、槍先もまた優雅そのもの輪を描く。二周、三週と旋回させたところでぴたりと手を止めて、ついで流れるような挙止でもってハルは大槍を振り下ろした。
 軽やかな風切り音と共に赤みを帯びた槍先が、ハルの前方を睨み据えた。突き出された穂先の先で、一人の男が片膝に膝をつき、地面の上に腰を下ろしていた。
 鬼才カサイ・ユウゲンの姿がそこにあった。
 U城址公園は来訪者たちの喧騒に沸き立っていたが、ここ、本丸附近だけは例外的に静けさが木霊している。
 開会式の閉幕と共に、来客者たちは前夜祭の祭り会場である二の丸跡へと押し寄せ、かわって本丸はDIVIDE職員んいよって厳重に封鎖されたからだ。
 現在、演目関係者以外の本丸への立ち入りは禁じられており、実際、この場に居合わせているのはハルとカサイ監督を含めて数名に絞られていた。
 二の丸は、人々の歓声で満たされていた。
 祭り会場と化した二の丸跡には、数多の人々が押し寄せ、黒山の人だかりを作っていた。
 陸上競技場は、出店であったり山車がひしめきあい、そこを中心にして来客者たちの黒山の人だかりができあがっていた。
 対してハルはと言えば、前夜祭に惑溺する人々をよそに、全身を汗でしとどに濡らし、息も絶え絶えに鬼才タカヤマ・ユウゲンの指導に臨んでいたのだった。
 来客者たちの喜び声を遠間に聞きながら、ハルは、地面の上にどっしりと腰を下ろしたまま、表情筋一つさえ動かさずに佇む五十がらみの男を注意深く伺った。
 いかにも一徹そうな男は、浅黒い面長に一切の感情の色を浮かべること無く、さながら審問官の瞳でハルの一挙手一投足を窺っていた。
 ハルは自らを刺し貫く鋭い視線を振り這うように槍を横なぎした。横なぎにつぎ、脇を締めて槍を引く。槍を引き、間髪入れずに穂先を天井へと向けるや、勢いそのまま、柄の石突でもって石床を打ち付けた。
 地鳴りにもにた石打音が周囲に流れた。瞬間、タカヤマが機嫌よげに口角を吊り上げるのが見えた。
 どうやら、殺陣に関しては及第点は確保できたようだ。安堵の吐息と共にハルは、ほっと胸をなでおろす。ついで、槍を肩に担ぐや、タカヤマへと尋ねる。
「殺陣の方はどうだったかな?」
 ハルは尋ねた。やにわに、タカヤマの鈍重とした喜び声が返ってくる。
「完璧だ。むしろ、前の演者より素晴らしい。怪我の功名とはこの事だろうかな」
 タカヤマが機嫌よさげに鼻を鳴らした。ハルも瞠目がちに肩をそびやかした。
 ハルは、演目『上田城合戦』において、突如雲隠れした主演に代わり、真田幸村の役柄を演じる事と相成ったのだ。
 演目『上田城合戦』はチャリティイベントの鳥として上演されるはずだった。
 しかしこともあろうか、チャリティの目玉を飾る演劇のこけらおとし前日、演目の主役級を演じる俳優が続々と事態を申し入れたのである。
 チャリティイベントはアダム・カドモン長官の肝いりで日英両政府の決定のもとに執り行われることとなった。
一重に金策のため、一重に国家間の親善のために開催されたチャリティイベントは否が応でも成功裡に終わらせなければならない。
 主演不在の『上田城合戦』において、ハルはチャリティーイベント成功のため、あえて主演役を買って出たのである。
 タカヤマ監督にとっては、ケルベロスであるハルよりの申し出は僥倖そのものであったようで、彼は目を血走らせながら、ハルの手を引き引き、本丸へと連れ立ったのである。
 ハルを見出すや、タカヤマ監督のその後の対応は迅速だった。
 真田幸村役の演者の背格好がハルに近かったのもあるが、タカヤマは衣装係に具足の寸法を直ちに調整させると、六文銭の文様が施された陣羽織に赤漆塗りの具足、十文字槍といった各種装飾をハル用に拵えたのである。
 そうしてハルは手渡された衣装に身を包むや、すぐさまに真田幸村へと扮して、幔幕で覆われた本丸の中、殺半刻におよぶ長時間、一心不乱に訓練に打ち込んだのであった。
 訓練は厳しかったが、なるほど、ハルは自然と役に溶け込めた気がした。
 舞台役者顔負けの大立ち回りを一朝一夕で身に着けられると過信するほどに、ハルは自らにうぬぼれてはいなかったし、果たして幸村の役どころがどんなものであるかはいまいち判然としなかったが、少なくとも名奉行で知られる幸村の兄や、表裏卑怯として諸大名を震え上がらせた彼の父を演じるよりかは、幸村という役柄は、はるかに自分に適しているように感じられたのだ
 演技の拙さを自らの身のこなしで補えるだろうことも考慮すれば、ハルにとってはおあつらえ向きの役柄と言えた。
 タカヤマの眉間の皺が薄らいでいくのが分かった。しかめっ面が柔和に綻び、髭だらけの口元から白い歯が零れだした。
「…殺陣の方は完璧だ。さすがはケルベロスという奴だろうかな。次は台本を詰め込んでいくぞ。殺陣と台本を交互にやり切る。まぁ、きっと君ならやれる、やれる」
 タカヤマは顎元に豊富に蓄えた美髯髭を心地よげに指先で引っ掻きながら、石床から立ち上がった。
 そうして二歩、三歩と軽快に歩を刻みながらハルの前に立つと、これまでの苦労を労う様に肩に手を当てた。
 ハルは首肯で答える。
「わかった。体力には自信があるのでね。何度でも繰り返そう。台詞の方は、お手柔らかに頼むよ」
 苦笑まじりにハルが答えれば、タカヤマの微笑はますますに深まってゆく。皺の刻まれた中年男の面立ちが、少年を彷彿とさせる闊達さで輝いていた。
「まぁ、台詞なんてもんは、演劇のうちの二割だ。既にハル、君は既に全行程の八割を達成している。まぁちょっと見てみてくれよ」
 タカヤマは白髪の交じり始めた蓬髪をぽりぽりと指先で掻きながら、腰元にひっかけていた台本をハルへと手渡した。
 ハルが台本を受け取り、一ページ目を開いた時、ふと飛び込んできた一項目の内容にハルはたまらず絶句した。
 台本のセリフというセリフが黒線で塗りつぶされている。紙面の端から端へと視線を走らせども、一面は黒く塗りたくられており、辛うじて残された台詞はたった二つ分というありさまだ。無声劇でもない限り、これでは演劇が成立しないのは子供でも分かる。
 唖然と目を丸くハルを横目に、タカヤマ監督がしみじみと言い放った。
「驚いたかい…。台詞はほとんど空白だ。なんたって今から俺が書き下ろすんだからさ。前任者の幸村とハルの幸村とではまるで別人だ。前のセリフそのままじゃあ、俺の虚構は駄作にすら届かんからね。俺は、君を幸村にしたて、観客に現代の上田城合戦を見せつけなきゃならないんだからさ」
「現代の上田城合戦? 今回の演目は史実にそったものではなかったのかい」
 咄嗟にハルは聞き返した。
 演目は安土桃山時代を扱ったものだと聞いていたからだ。現代劇というのは初耳だ。
 しかしハルの返答に、タカヤマは力強く首を左右にした。
「いや、確かに舞台になるのは天正十三年の日本に違いない。天正十三年に上田城で起きた合戦を、当時風の衣装や舞台演出で現代に再現するのが俺の仕事だ。だが演劇の本質や解釈はいわゆる歴史劇とは異なる。…俺がみなに披露したいと思い、みなが俺に望むのは歴史をなぞった演劇ではいけないんだ。今と過去とを反映した現代劇じゃなければならない」
 タカヤマは熱っぽく言い放つと、ハルへと手招きし、早足に高櫓を駆けのぼる。
 タカヤマに先導されるようにハルもまた高櫓の頂上へと昇れば、ふと眼下に、夕映えの空に暮れるU市街の全貌が飛び込んできた。軽やかに舞い降りた夕映えの光が、宵闇の衣に身を包んだビル群や学校、防壁群の並びを緋色の縁取りで飾っていた。
 タカヤマが呟いた。
「ハル…俺は世情には疎いから国家間の折衝だとかDIVIDEの大義だとかそういうものは分からない。だが、なんだか最近、不穏な空気がますますに濃く漂っているように感じるんだ。デウスエクスの襲撃は明らかに数を減らしているって報道が一斉に報じても、俺にはこれがまるで嵐の前の静けさの様に感じられて仕方がないんだ」
 タカヤマはそこまで言うと、一瞬、言葉を切った。
 髭まみれのタカヤマの横顔は、夕映えの輝きを湛え赤らんで見えた。浅黒い面長に刻まれた皺は、その陰影をますます濃くし、中年男を悲哀と枯淡の装いでをほの赤く化粧していた。
 ハルはあえて口を挟まずにタカヤマの言葉を待った。ぽつりと再びタカヤマが口を開く。
「きっと、俺だけじゃあない。祭りに浮かれる連中も、皆が皆、デウスエクスの襲来を内心で恐れている。彼らも俺も希望を求めているんだ。苦境にありながらも巨悪に負けない英雄を求めているんだ。だから…ハル。ひと時の演劇とは言え、君には英雄としての幸村であって貰いたいんだ。ハル・エーヴィヒトという鋳型をそのままに英雄として俺の舞台で幸村として立ち回ってもらいたいんだ」
 振り向いたタカヤマの瞳がハルを捉えていた。まるで少年の様に澄んだ瞳が、ハルの目の前で揺らめている。
 ハルは黙ったままに首を縦に振る。同時にハルは、タカヤマという男が自らの演目において、なぜ、幸村という男に史実上の真名では無く、後世において人口に膾炙した名を与えたのか理解できた気がした。
「なぁ、ハル…。いや、俺の演劇の中の真田幸村よ。お前が目で見てきたもの、守りたいと思ったもの、葛藤し、憎しみ、慈しんだもの。君が見聞きして心動かされたすべてのものを君の肉声で教えてくれ。俺と共に真田幸村を作り上げてくれ」
 意志力の強い瞳が、夕映えを湛えながら優艶と輝いていた。
 タカヤマの鋭い眼光に貫かれた時、突如、ハルの胸中では追憶の影が眩い泡となってあふれ出した。
 姉や師の存在がまず想起され、ついで廃墟となった故郷の姿が浮かび上がった。共に戦った友人らがはっきりと網膜にその姿を焼き付けた。
「あぁ、タカヤマ…任せてくれた。俺は――」
 訥々とハルは言葉を紡ぎ出す。現在に立ち、過去を回顧し、そして未来へと思いを馳せる。
 燃える夕日が、暮色の空で輝いていた。今際に瀕した蠟燭の炎が、より一層、眩く燃え盛るように、夕日もまた身に湛えた朱色をますます濃くしながら暮色の空を彩った。
 今、ここに過去と未来は一つにつながった。そして、ハルという男を介して二つの世界がここに結ばれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ギュスターヴ・ベルトラン(サポート)
|C’est du soutien, je comprends.《サポートだね、わかったよ》

一人称:ぼく
二人称:相手の名前+さん呼び、敵相手の時のみ呼び捨て
口調:おっとりしてる喋り方

■行動
非戦闘時は穏やかでのんびりしてる
信心深いので何かしらの行動の前に【祈り】を捧げる事は忘れない
人の主義主張は聞き、それを受けて行動する。行動原理を理解しないままの行動はしない
楽しむ事は楽しみ、悲しむ時は悲しむ素直な性質
「公序良俗に反することはしないよ」と言うし実際にそうするタイプ

お菓子や甘味を好む珈琲党(ブラック派)
普段は質素倹約を心がけているので、明るく華やかなモノを見るとテンションが上がる
猫も好きだよ!



●背教者
 背教者ユリアヌス、聖職者にとって決して手放しでは喜べないその名を耳に挟んだ時、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)の脳裏によぎったのは、パリのサンジェルマン大通りから望まれた古ぼけた大理石造りの遺構であった。
 つい先刻、ギュスターヴはグリモア猟兵の招聘により、依頼先へと赴いたのである。
 グリモア猟兵ナイツ嬢の要請に、「je compreds」の一言で応じるや、ゲートを潜り、逗留中のフランスを後にする。そうして、到着したのがDIVIDE世界、日本U市というわけだ。
 今、ギュスターヴの目前には人々の活況に沸くU市街地が広がっている。
 グリモア猟兵であるナイツ嬢の言うところによれば、アダム・カドモン長官不在に伴うデウスエクス襲来に備え、日英両政府は関係強化の足掛かりとして、チャリティイベントを共同で主催したという。
 このチャリティーイベントを盛り上げ、成功裡に終わらせることがつまりはギュスターヴにとっての今回の役割というわけだ。
 そしてチャリティーイベント成功のための具体的な方法を考えた時、ギュスターヴの目に留まったのが、今回のチャリティーイベントの大目玉である演劇の存在であった。
 イベント関係者と思しき妙齢の女性よりチャリティイベントの詳細について書かれた冊子を受け取り、そうしてぱらぱらとページを捲っていった時、ギュスターヴの目を惹いたのは演目の一つである『背教者ユリアヌス』なるタイトルであった。
 聖職者である自分にはなにやら因縁すら感じられる演目のタイトルに対して、沈思するためにギュスターヴは活況に沸くU城址公園を辞去して、市内の喫茶店へと足を伸ばしたのである。
 喫茶店は、市の中心地よりやや離れた郊外にてぽつねんと佇んでいた。こじんまりとした木造の旧家屋であり、店内には木特有の安閑とした香りと共に日本ならではの静謐とした趣の様なものが横たわっているように感じられた。
 入店するや否やギュスターヴは、手厚い歓待でもてなされて、席へと通される。日本の接客とは相変わらず、懇切丁寧であるな、などと感慨にふけりながら、そのまま席に腰掛けて、メニュー表とにらみ合いしていれば、すぐさまに従業員が注文を窺いにギュスターヴのもとへと訪れる。
 サングラスのへりを指先でつまみ上げ、上目遣いに店員へと目を遣った。
 蜂蜜色の瞳をわずかに綻ばせてみせれば、縮れ毛の若い男性店員が顔を朱色に染め上げるのが分かった。
 男性店員は、整った面長を強張らせつつ、ギュスターヴの前でぎこちなげに長身を直立させると、こじゃれたカフェ制服の胸ポケットから伝票と万年筆を取り出して、お辞儀気味にギュスターヴに尋ねる。
 角ばった口元がわなわなと震えだせば、アジア訛りの片言英語が青年の口を突いた。
「レットミーシー,Ah...What would you ike to order?」
 たまらず、ギュスターヴの薔薇の唇が綻んだ。
 ギュスターヴは、青年店員へと軽く目合図すると、微笑のままに店員へと答える。
「日本語で大丈夫ですよ、店員さん。それにぼくは、フランス出身なんです」
 ギュスターヴの答えに青年店員が背筋をぴんと伸ばすのが分かった。青年は慌てふためいたように口元をもごもごと動かすと、ギュスターヴへとぺこりと一揖して謝辞する。
「も…申し訳ありませんでした。それでお客様…えっと、注文はいかがいたしましょうか?」
 うわづった青年の声に、ギュスターヴはますますに笑みを濃くする。サングラスごしに青年へと目配しながら、メニュー表の上で白漆喰の指先を躍らせる。
「ゆきむらパンケーキと…」
 ぴたりとメニュー表の一点で指を止めて意中の一品を注文する。
 ゆきむらパンケーキと表記されたメニュー表の一隅には、実際のパンケーキの写真が挿入されている。ふっくらと膨らんだパンケーキ生地の中央で、ホイップクリームで描かれた武将姿の柴犬が、どこおか愛らしげに槍を振り上げている。
 描かれているキャラクターはなかなかに愛らしい。悪くないと思って注文したのだ。
 ついで、ギュスターヴはそのまま指先を、メニュー表の下段へと這わせてゆく。そうして、おすすめコーヒーとの綴りの上でぴたりと静止させた。
「それからコーヒーもお願いするね。ブラックでお願いしたいな?」
 注文を終え、ぱたりとメニューをたたんで、青年へと差し出せば、青年の指先がメニュー表を掴んだ。幼さを感じさせる青年の細面が溌剌と輝いて見えた。
 青年店員が白い歯を光らせながら、ギュスターヴへと会釈した。
「承りました。えっと…、ゆきむらパンケーキは、キャラメルソースと地元特産の特性蜂蜜…どちらにしましょうか?」
「じゃあ、特製蜂蜜で―—」
 ギュスターヴが即答すれば、青年はメニュー表を脇に抱えて、そのまま厨房へと遠ざかっていった。
 青年のうぶな背中を見送りながら、ギュスターヴは再び木の椅子に深く身を沈めると、窓外の景色へと目をやった。
 艶っぽい夜の抱擁が、市街を包み込んでいた。
 市街を飾る無数の街灯は、真珠のネックレスの様に市街を縁取り、綿花の様な柔らかな光芒でもって薄闇に沈む市街の外観を浮かび上がらせていた。
 優艶とした光の中、無数の人々が通りを行き交っているのが伺われた。祭りの熱気にあてられてか、往来する人々は、顔を赤らめ、意気揚々と息を荒げて見えた。
 この平穏な日常を目の当たりにした時、自然、ギュスターヴは両の掌を重ねていた。無意識の内に、祝福の言葉が口をついていた。
 DIVIDE世界は、現在も尚、デウスエクスよりの絶え間ない侵略に晒されているという。そして、戦いの中にありながらも人々は力強く日々を生きるのだ。
 まさに、今回のチャリティイベントは、戦時下における人々のために主催された、束の間の癒しとも言えるだろう。な聖職者として絶望と隣り合わせに生きる人々のために役立ちたいとの思いが、自然と沸き立ってくるようだった。
 ギュスターヴは懐の冊子を取り出すと、机の上で広げてみせる。やはり、目を惹いたのは『背教者ユリアヌス』のタイトルである。
 グリモア猟兵ナイツ嬢の説明するところによれば、チャリティーイベントにおける最大の懸案とは、主要な演者たちの突然の欠場であり、それに伴い公演中止が危ぶまれていることにあるという。
 事実、『背教者ユリアヌス』も例に漏れる事無く、こけら落としを翌日に控えても尚、主人公であるユリアヌスの役者すら未だに決定されていないという。
 この異常事態を解決する事こそが、ギュスターヴにとっての課題であるといえるだろう。
 現在、チャリティーイベント実行委員は、猟兵やケルベロスに白羽の矢を立てたらしい。
 皇帝ユリアヌスを自分が演じるかどうかは別として、なにかしらの手伝いはしたいとの思いはある。そして、仮にユリアヌスを演じるとするのならば、自分なりの皇帝像を作り上げいとの思いがあった。
 ユリアヌスという皇帝についてギュスターヴは思索を深めてゆく。
 一人、ユリアヌス帝の名を口ずさんでみれば、やはり、脳裏に浮かび上がったのは、パリのサンジェルマン大通りから望まれた風化したガロ・ロマンの浴場跡だった。
 クリュニー美術館の裏側でひっそりと佇むあの浴場跡には、かつてのローマ皇帝ユリアヌスがしばしば足を運んだと聞く。
 皇帝ユリアヌス。ギュスターヴが知りえていたのは、あくまで世界史の教科書レベルの知識であったが、もともとはただたの哲学好きな学徒に過ぎなかった青年は、数奇な運命に翻弄され、皇帝として即位したと教科書にはあった。
 幼いころに母を失い、兄や父を政変で暗殺されたユリアヌス青年の心の支えは哲学の世界だったのだろう。
 果たして、哲学者としての夢を断念したユリアヌス青年は、ガリア、つまりはかつてのフランスの地で何を見て、学んできたのだろうか。ユリアヌス皇帝は、ガリアにおいて副帝として政務に勤しんできたが、彼はそこで何をなしたのだろうか。彼は何に葛藤し、何を願ったのだろうか。
 ギュスターヴは、フランスで育ち、そして日本の武蔵坂学園で青春時代を送った。対して、ユリアヌスは小アジアで生まれ、青年期をガリア、フランスで育ったのだ。
 武蔵坂学園への入学に当たり、ギュスターヴは、母とひと悶着どころでは無い、大喧嘩の末、母の反対を押し切る形で、強引に武蔵坂学園へと入学を果たした。
 思えば、戦いと隣合わせの青春は瞬く間に過ぎていったが、在りし日の輝きは未だに色褪せること無く、ギュスターヴの中で息づいている。
 そして戦いを終えた今、ギュスターヴはフランスへと舞い戻り、そうして日々を過ごしている。
 フランスの一日一日は穏やかに過ぎていく。
 黎明の光を浴びて、幻想的に浮かび上がるサンジェルマン大通りを散策し、学生たちの賑わいに満ち満ちたカルチェラタンへと足を踏み入れる。昼は母と共に食卓を囲み、夕暮れ時は読書に没頭して、夜は漆黒の暗闇に抱かれながら穏やかに眠りにつく。
 ギュスターヴはフランスの日々にくつろぎを覚えていた。武蔵坂時代はもちろんだが、フランスにおける日々の事もギュスターヴは耽溺していたのである。
 このまま日常におぼれたいと何度思ったことだろうか。
 灼滅者や猟兵としての活動とは縁を切り、フランスにおける安穏とした日常に溶け込む自分の姿を想像することも度々あった。
 だが、ギュスターヴが安寧を願うたびに、自らの心奥にて、武蔵坂学園での日々によって醸成されたギュスターヴ・ベルトランが、常に疑問を投げかけてくるのだ。
 目をつぶった先に安寧が訪れるのだろうかと。傷なき平和など存在するのだろうかと。
 平穏への逃避行の末に訪れるだろう悔恨を、心の声は容赦なく、自分に突き付けて来る。
 そして決まってギュスターヴは答えるのだ。
 ――戦いという日常の中へと身を置こうと。
 かつて哲学者へとなりたかった青年ユリアヌスは、おそらく、ガリアでの日々を通して皇帝としての格調を身に着けていったのだろう。
 自分もまた同じだ。灼滅者として積み上げてきたものが戦士としての自分を塑造したのだ。
 敬虔な聖書者である自らと、背教者と仇名される皇帝、まるで異なる両者は、しかし、おそらくは迷いの中で生き、そして戦う事を選んだのだろう。
 なるほど――、十分すぎるほどに、自分たちは共通項を有している。
「お客様…お待たせしました。コーヒーとゆきむらパンケーキです…!」
 しばし物思いにふけっていたギュスターヴへと声が掛けられた。声に誘われるままに顔を上げれば、先ほどの青年店員の姿がある。
 手にしたトレイの上、ふんわりとしたパンケーキが瀟洒な銀皿を飾っていた。
 鼻腔に柔らかな蜂蜜の香りが漂い、ついでほの苦いコーヒーの香りが突き抜けていった。
「ありがとうございます。あっ…じゃあ、机の端にでも置いておいてくださいね。もう少し、冊子を眺めていたいからね」
 ギュスターヴは目合図と共に店員へとそう告げた。青年店員は、朗らかに微笑で返すと、パンケーキとコーヒーを机端に置き、丁重に頭を下げて辞していった。
 ギュスターヴは、青年店員を見送ると、再び冊子中央に付記された背教者ユリアヌスのタイトルを凝視した。右手でコーヒーカップを摘み、左手でパンケーキ皿を手元へと引き寄せる。
 花柄のティーカップに口づけし、コーヒーを口の中で転がせば、口腔内いっぱいに上品な苦みが広がってゆくのがわかった。
 一息つき心地よいコーヒーの余韻を楽しむ。
 ついで背教者と呼ばれた皇帝へと思いを馳せながら、ギュスターヴはパンケーキへと手を伸ばす。ナイフでパンケーキを一カットして頬張れば、蜂蜜のねっとりとした甘さが、舌先に絡みついてくる。ふっくらとしたパンケーキ生地を歯の上で咀嚼するたびに、絹の様な柔らかな歯ごたえが歯茎ごしに口中に広がっていく。
 コーヒーとパンケーキを堪能しながら、ギュスターヴは窓外の景色を仰望する。
 澄んだ夜空のもとには、白い宝石の様な星々が無数に散りばめられ、白光でもって地上を照らし出している。
 煌びやかなる星明りを浴びて、U城址跡が暗闇の中で薄らと浮かび上がって見えた。かつて名城と讃えられたU城址跡は、城壁を失ってもなお、数百年前と変わらぬ偉容でもってギュスターヴを見下ろしていたのだ。
 ふとクリュニー美術館裏の古ぼけた浴場跡が、白く色めき立っていく気がした。廃墟と化した浴場跡はたちどころに復元されてゆき、ローマ文明ならではの大理石造りの浴場と姿を変え、ギュスターヴの脳裏にて厳かにその姿をそびやかすのだった。
 背教者皇帝の生きた痕跡は今も尚、パリに残り、そして自らにも受け継がれているのだろう。
 そう思えば、しばらくの間、背教者皇帝と手を携えるのは悪くはない気がした。もちろん、皇帝を演じずとも歌の一つで場を盛り上げるのも良いだろう。
 母親には遠く及ばないながらも、『L'amour est bleu』の歌唱で場を盛り上げるのもいいかもしれない。少しばかり音程が外れていても、そこはご愛敬というものだろう。
 一人、悪戯がちに微笑んでみせる。
 かの皇帝は、哲学者としての道を断念し、迷いの中で皇帝としての道を邁進していったのだろう。そして自分もまた、背反する二つの思いを抱きながらも、今、灼滅者として猟兵として戦い続けている。
 ――なんだ往生際が悪い同士、存外、ぼくらは似ているじゃないか。
 脳裏に浮かび上がった皇帝の姿は、なぜか自分と一致して見えた。ここに古代と現代は邂逅し、遠きガリアの地と日ノ本とは一つに繋がったのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

幸・鳳琴
「ブレイド」から「ディバイド」に現れたばかり
市内で寛ぎながら「これから」について想いを馳せます

出店を回れば6年間の「ケルベロス超会議」を思い出す
私の店が入賞したのは誉れですね
この世界は、36世界の中でも似ています

「組織」ではなくDIVIDE、その長官が
最後に相対したデウスエクスの名前と同じとは

私が拳を振るう切欠は、復讐でした
けれど愛する人を得、彼女の導きと共に歩んだ日々は
当初とは違う願いを私の中に宿していたのです

「共に生きる未来を頂戴よ」
己が放ったあの言霊は
この世界でも未来を拓けるものでしょうか

侵略者を許さぬが我が拳です
此方でも力無き人の剣となりましょう
愛するあの人に、胸を張って再会する為にも



●猟犬の刃
 凍り付いたように青く澄んだ宵空が、天に張り付いてる。
 夜空は、さながら鏡面とも水面とも見紛うかの如き清冽とした面差しでもって、地上を穏やかに俯瞰していた。
 凛然と下ろされた夜の帳のもと、宝石の様な星々が無数に散りばめられている。月が中天にて銀青色を帯びながら、優艶と輝いていた。
 綿花を思わせる星々は白光りしながら、柔和な微光を驟雨と降り注ぎ、幻燈の星明りでもって嶮山にて囲まれたU市街を白く照らし出している。
 幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・f44998)が降り立ったディバイド世界は、星空が幾分も近く感じられる山深い夜の地方都市であったのだ。
 四囲が山野に囲まれているとは言え、そこには多分に近代化されたビル群が立ち並び、絶えず宵闇を照らし出す人工灯がひしめき合っていた。
 幸が宵空を睥睨すれば、ディバイド世界特有とでもいうべく防壁群が空を睨むようにして屹立している。
 文明化されたこの都市を文明の鄙と定義するには、やや違和感があるものの、それでも尚、ここには都会とは一風変わった、情緒が横たわっていた。
 遠方を見遣れば、煌めく宵空を背負う様にして山々が連なっている。山々は、U市街地へと向かうに従い緩やかに傾斜してゆき、荒々しい斜面を果樹園や田園へと変えていく。
 宵闇の中で、山肌の緑が青く輝いて見えた。赤い実をつけた果樹園が、ビルの彼方の耕地にて赤い絨毯を広げていた。
 山地が尽き、原生林や果樹園が遠のけば、古い木造建築の家屋がちょうどU城址の外縁にてひしめき合っている。いわば旧市街地とも言うべき区画だろう。武家屋敷と思しく旧家屋すらも散見された。
 市の中枢に位置するU城址跡にむかうに近寄るに従い、古めかしい家々は数を減らしてゆき、かわって雑居ビル群や真新しいモール群が数を増やしていく。
 つまり幸が降り立ったU市は、いわば大自然と近代化の調和のもとになり立った近代都市と言えるだろう。
 いわば文明と自然とかが見事な調和のもとで混淆しているのだ。
 鼻腔に濃い緑の香りが掠めていた。寒気を孕んだ吹きおろしの山風が、幸に頬に絡みついてくる。
 風に乱れた、黒絹の横髪を指先で繰りながら、幸は、星明りのもと眩耀の輝きで浮かび上がるU城址跡を穏やかな心持で一瞥する。
 闇の中に沈んだU城址は、城内に設置された石灯篭の揺らめきと、空より零れ落ちた星々の光条とにより、その輪郭をますますに際立たせていた。
 石灯篭が齎した橙色の炬火により、城址内が淡く照らし出されている。
 通りに沿って市が立ち、小さな空き地では山車がひしめきあってみえた。城址内を縦断する歩道を、影絵となった無数の人々が軽やかに往来していった。老若男女問わずに誰も彼もが、喜色満面、表情を綻ばせていた。
 夜も深まりつつあるというのに、人々の熱狂が止むことはないようで、入場客は絶えず市内から城内へと流れ込み、ますますに人だかりが増えてゆく。
 祭囃子が、遠く幸の耳朶を揺らしていた。固い敷石を踏み鳴らす、陽気な靴音が、幸の鼓膜を心地よく叩いている。
 山車や出店の先には黒山の人だかりが出来上がり、至る所から喜色まじりの歓声が零れていた。
 そう、城内を埋め尽くしているのは、人々の熱狂であり、歓喜であったのだ。
 人種や性別、年齢など関係なく、この場に集った誰も彼もが、祭りに没入し、心を震わせたのだ。そして、人々の熱気は伝播し、そして巨大なうねりとなって会場全体を覆いつくした。
 未だ夜風は止むことなく、怜悧な指先でもって幸を、市街を苛んでいる。にも関わらず、祭りの参列者たちは誰も彼もが寒気などどこ吹く風で、祭りが齎した熱気に浮かされ、足取り軽く店店を巡っている。幸自身もまた、当初感じた冷気など、既に気にすら留めていなかった。
 この場に想い人が共にいればと、心奥で、弱いもう一人の自分が顔を覗かせていた。
 気づけば、白磁の指先が力なく虚空を掴んでいた。
 夜空を虚しくなぞるばかりの指先を目の当たりにした時、たまらず、幸は苦笑を零した。
 かつて復讐者として数多のデウスエクスを屠ってきた指先は、今や憐憫と郷愁を湛えながら、想い人を求めている。
 だがそれも仕方ないというものだろう。
 目の前の祭りの光景は、ブレイド世界の超会議のそれと相似しており、否応なしに幸を甘美たる追憶へと誘ったのだ。
 愛すべき人と過ごした穏やかな日々の憧憬であり、決して色褪せる事無く輝き続けた日々が、脳裏を駆け巡っていく。
 指先は、未だに収斂を続けていた。
 震える指先を尻目にして、幸はブレイド世界における日々へと思いを馳せずにはいられなかった。
 あれは、幸が地球を後にして外宇宙へと向かってから、おおよそ、地球時間にして三年が経過した頃だったろうか。
 外宇宙探査船ケルベロスブレイド号の航海は順風であり、幸は、まさに大航海時代の開拓者の如き心持で日々を送っていた。
 そんなある日、幸は突如、不可思議な現象に巻き込まれたのである。
 いわば神隠しとでも言おうか。
 あの日、外宇宙探査船ケルベロスブレイド号の艦内にあった幸を襲ったのは透明な光の渦だった。
 どこからともなく現れた光の渦は、幸のことを絡めとり、そして、虚空へと引きずり込んでいったのだ。
 もちろん、幸は激しく抗った。
 しかし、抵抗も虚しく、奔騰する光の濁流にのみ込まれるや、幸は視界を失い、そのまま渦の中心にずるずるとひきずりこまれていったのだ。
 砂のように崩落していく足場のもと、幸は、白い光の濁流に洗われながら、虚空の彼方へと吸い込まれていった。
 果たして、白い光に揺られ、幾ばくか遊泳した後、幸はこのディバイド世界へと足を踏み入れていたのである。
 震える指先を一本、また一本と折り畳み、そうして固く掌を握りしめても尚、愛すべき人に対する想いはますますに募っていくようだった。
 彼女の不在に孤独を感じないではない。片時も彼女を忘れた日は無かった。
 幸が、重たい眼瞼を下ろせば、網膜には、愛すべき人の姿が、明瞭とした輪郭でもって直ちに投映されてゆく。
 海よりも透き通ったアクアマリンの瞳が幸を見返している。春風のように風雅な青の長髪がさらさらとなびていた。
 幼さの残る小顔のもと、桜の花びらを彷彿とさせる唇が純粋無垢の色を帯びながら陽気に綻んでいる。
 束の間、恋人の存在を強く思い浮かべた後に、幸がやおら瞼を開けば、脳裏にてありありと浮かんで見えた眩いばかりの少女の面差しは闇へと溶け込み、霧散していった。
 かわって幸の目の前には、活況に沸く城址公園の景観が飛び込んでくる。
 幸は、拳をわずかに開き、そして視線を落とした。
 かつて、デウスエクス殲滅のためだけに振るわれた幸の拳は、今や人を愛する事を知った。
 一人の少女との出会いを通じて、幸の拳は未来を紡ぐための掌へと変じたのである。
 そっと胸元に掌を当てれば、心の臓が熱く震えだすのが分かった。この胸の高まりの正体がなんであるのか、幸にははっきりと分かった。
 そう。
 アクアマリンの瞳をした無垢たる少女が幸に、この情感を齎したのだ。
 彼女の存在があったからこそ、幸はここまで進んでくることが出来た。今、ここで呼吸している自分の体も心も自分だけのものでは無い。
 愛すべき大切な伴侶と共に苦難や喜びを分かち合うことで、今の幸の大部分は形成されたのである。
 彼女が、復讐に塗れた幸の掌に光を与えてくれたのだ。掌の微熱は、心の臓を介して、脳裏へと伝播されゆく。
 エルフ特有の尖った耳を真っ赤にさせる彼女の姿が自然と脳裏に浮かび上がった。意志力の強いアクアマリンの瞳が煌々と輝いている。
 傍らに愛すべき人は存在せずとも、心の中では絶えず彼女の残影が顔を覗かせていた。
 ふと指先の震えが止まったのが分かった。
 口角が緩やかに斜を描き出す。口元から零れだした吐息が、薄桃色を帯びながら、宵空へと向かい濛々と立ち上がっていく。
 愛するべき人へと思いを馳せた時、自然と心は軽やかとなり、鉛の様に重苦しかった両の足が軽快と石畳を踏み鳴らしていた。
 仄かな微笑を湛えたままに幸は、靴音を奏でながら祭り会場へと繰り出した。
 人波に揺られながら、出店を回り、路上パフォーマンスを堪能する。
 行き交う人々と雑談に耽り、時には、遠望される大自然に酔いしれた。
 そうして一通り、場内の散策を終えると、幸はチョコレートケーキが有名なスイーツショップへと足を運びダークチョコレートをふんだんに使ったオペラケーキをアッサムの紅茶とともに購入し、花公園のベンチに腰を下ろした。
 ベンチに腰掛け、城址内の賑わいを横目にしつつ、オペラケーキや紅茶を嗜めば、かつての超会議における惣坊の日々が、鮮烈な映像となって幸の脳裏に去来する。
 2020年の超会議において、喫茶カフェ-Feather-は満員御礼の大盛況を呈していた。
 最も大盛況の裏には従業員立ちの絶え間ない努力が存在しており、思えば幸自身、ひっきりなしに押し寄せて来る来客者の接客に、目を回すほどに苦労したことを覚えている。
 しかし苦労も多かったが、やりがいも大きかった。
 そして、幸を始めとした従業員たちの努力が結実し、結果、喫茶カフェ-Feather-は入賞するに至ったのである。
 まさに誉れといえたし、超会議のフィナーレを飾るのにはこの上ない終幕であったといえるだろう。
 そんな日々へと思いを馳せながら口にしたからだろうか。
 舌の上で、まるで淡雪のように溶けてゆくオペラケーキの食感は、苦みと甘美とが混然一体となったいわば甘味の境地とも言うべきものであり、たまらず幸は舌鼓を鳴らすのだった。
 オペラケーキを咀嚼し、アッサムの紅茶で一息つく。
 感嘆まじりの吐息を吐き出せば、白い息はまるで靄の様になって空へとたなびいていった。
 幸はベンチの背もたれに深々と身を預け、そのまま空を仰いだ。
 あふれ出した星々が、白真珠の首飾りとなってコバルトブルーの空を装飾していた。
 海碧と純白とが織りなす空模様のもと、幸はやはり、愛するべき人の姿をそこに見た気がした。
 ――そうだ。
 超会議での大盛況の後、幸は彼女と共に最後のケルベロスウォー、ダモクレスとの戦いへと赴いたのである。
 ケルベロス達が切り開いた戦場を幸達は駆け上がり、そうしてアダム・カドモンが待つマキナクロス中枢へと至ったのである。
 艶やかなる青の長髪と、優雅に翻ったマントが幸の道しるべであった。
 そして、精霊魔術が一条の光芒となってアダム・カドモンを貫いた時、ブレイド世界における、ケルベロスとデウスエクスの戦いに終止符が打たれたのである。
 ――マキナクロス最高司令官・人級星戦型ダモクレス「アダム・カドモン」である。同胞諸君に、ケルベロスとの停戦を命じる。だが、私は130秒後に死亡する。その後は諸君は自由だ。何を為すべきか、自ら考え、そして己の魂に従え――
 かつての敵アダム・カドモンの声明を一言一句たりとてたがえる事は幸にはありえ無い事だった。
 それもそうだ。アダム・カドモンの諦観じみた返答とは、幸に対して送られたものであったのだから。
――勝者が全てを得るなら、もうひとつ。ダモクレスと生きる未来を頂戴よ
 あの時、幸は死にゆくアダム・カドモンを目の前にそう叫んだのだ。
 そして幸の問答に対する、アダム・カドモンの反応はどこか機械じみた、しかしそれでいて、幸の願いに沿ったたものであったのだ。
 あの時の幸の願いと、それに応じたアダム・カドモンの声明があったからこそ、大部分のダモクレスは矛を置き、人類への協力を選んだのである。
 なんの因果かは分からないが、ブレイド世界で人類に立ちはだかった最後の敵は、ディバイド世界において人々を守護すべく戦い続けていると聞く。
 ディバイドとブレイドは別の世界だ。
 両世界における、アダム・カドモンという存在に繋がりなんて存在はしないだろう。
 そう理解していても、幸はささやかな仮説を抱かずにはいられなかった。
――共に生きる未来を頂戴よ!
 それは、あの時、自分が言い放った言葉が世界を超えて、ディバイド世界に届いたのではないのだろうかという希望であり、仮説だ。
 思えば、ブレイド世界において、幸はアダム・カドモンに対して、妙な親近感を描いていた。
 だからこそ幸は戦いながらも、彼との対話を選んだのだろう。
 デウスエクスの行動原理や基本的な性格とは、種というよりは個の保全にあり、集団という概念は希薄である。
 故に、デウスエクスの間に友愛であったり、対等という概念は生まれづらいと聞く。
 しかし、アダム・カドモンが最後、部下へと言い放った言葉には、元来デウスエクスが抱くはずが無い、他者との共生であったり、自由意志とも言うべきものが込められていた。
 アダム・カドモン、ダモクレスの首魁は、ダモクレスとして果てるしかなかったのだろう。
 だが、同時に彼は内実では人が有する自由意志や慈愛という感情に内心では憧れを抱いていたのかもしれない。いまわの際(きわ)、アダム・カドモンの口元を突いた言葉は、彼の偽らざる本心であり、人類に対する羨望の叫びであったのかもしれない。
 ブレイド世界ではアダム・カドモンは死に絶えた。だが、このディバイド世界では彼は人類を守べき戦い続けている。
 己が放った言霊の力がどれほどのものであるのか、幸には想像出来はしなかった。この世界でも未来を切り拓くことが出来るのかという事を問われた時、確証を持つことは出来なかった。
 それでも、幸は声が枯れるまで、何度でも自らの心を吐き出そう。
 世界を問わずに、侵略者を許さずに戦う。力なき人々のため拳を振るい、人々の剣となることを誓って見せよう。
 そして、いくらでも共に生きる未来を謳ってみせよう。
 幸の視界を掠めるようにして、銀色の閃光がコバルトブルーの夜空を横切った。
「流れ星だ…!」
 と会場のどこからともなく声が上がったかと思えば、人々が一斉に夜空を仰ぎ見る。
 流星は、銀色の尾を長く曳きながら宵空に紛れ、姿をくらませてゆく。銀砂の如く、優艶と輝く残光だけが流星の名残となって夜空に充溢していた。
「そして、あなたにすぐに会いにゆきますからね…?」
 気づけば、幸は手を合わせていた。
 星に願いを馳せるなんていう、子供じみたまじないで願いがすべて成就するなんて信じていない。
 だけれど、愛すべき人や自らの戦うべき未来に想いを馳せた時、ばったりと流星に出くわすという状況は、まさに僥倖と言えるだろう。
 星と星とが引力にひかれあう様に、自らも愛すべき人と巡り会う事を、星々に誓うのだ。願うのではなく、落ちてゆく星へと誓約を立てるのだ。
 力なき無辜の人々を守るべく、一振りの剣となることをここに誓う。世界を超えて尚、ケルベロスの刃として力を振るう事を誓うのだ。
 愛するあの人に、胸を張って再会する為にも、幸は純粋無垢の宵空に宣言する。
 銀砂が宵空に溶け込み、再び艶やかなるコバルトブルーが一面に広がる時、幸は、冷気まじりの夜の抱擁にすら、遠く離れた想い人の気配を見出すことが出来る気がした。
 同じ空のもとで今も彼女は戦い続けているのだろう。幸が、夜空に口づけすれば、宵空もまたやわらかな感触で幸の唇に蓋をする。
 幸はそこに、自らの想い人の存在を確かに感じることが出来たのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レラ・フロート
演劇への参加:背教者ユリアヌス

お芝居は苦手だけど…
今回のチャリティイベントは成功させないとだよ
長官の為にもね

役柄:ユリアヌスの側近
流石に主演は難しいですが…
騎士でも、従者でも行います!

勇気全開…気持ちだけでは演技は覚えられないですよね
コミュ力を生かし、素直に
教えを受けながら覚えていきますね

それにしてもユリアヌス
幽閉され、神の代理人である皇帝への
絶対服従を教えこまれるも……

教えに懐疑的になったかの人、他人には思えないかな
デウスエクスは皆十二剣神に対して絶対服従だもの
懐疑的になったのは、地球を愛した一部の人だけ

教えを捨てる時、ユリアヌスは苦しかったのかな
愛する人の存在は、支えになったのかな
私は……



●こころが生まれた日
 漆黒の夜空が、おだやかな面差しで地上を見下ろしている。
 宝石の様な星々を宵闇の衣に無数に纏いながら、透明に澄んだ星空は、静粛に、そして優艶とU市街を夜の抱擁で抱きかかえている。
 熱気まじりの夜風が頬を撫でている。
 吹きおろしの山風は、木々を渡り、U城址跡を祝福の息吹で満たしていくのだ。
 そうして、秋風が吹き抜けてゆけば、城址内には微熱と共に甘美な寂寥感が余韻として残るのだ。
 そんな晩秋の夜を舞台にして、レラ・フロート(守護者見習い・f40937)は力いっぱいに言葉を吐き出す。
「ユリアヌス様――。報告します。ガリアにて反コンスタンティウス討伐の声が日増しに高まっています。これ以上は、最早、誰にも止める事はできないでしょう」
 肺の中の空気を絞るようにして吐き出せば、自らの声音が、静まり返った夜空へと響き渡っていく。
 U城址本丸跡には、人影はほとんどなかった。
 本丸跡は、警備員の厳重な警戒の元もと万幕で周囲から隔離されていた。
 照明も乏しく、人寂しい本丸跡は外界の喧騒をよそに清閑と佇んでいた。
 今、本丸跡は、レラをはじめとした演目『背教者ユリアヌス』の出演者を除き、人払いがなされていた。
 結果、ここにはレラを含めて数人の演者、そして『背教者ユリアヌス』の総指揮を執るホロティウス監督が残るのみとなったのだ。
 とはいえ、本丸跡に設えた舞台はなかなかに本格的なものであった。
 演劇用の小道具と舞台セットによってイオニア式の豪奢な石柱が織りなす柱廊が築かれ、赤の絨毯が一面に敷き詰められていた。大理石造りの玉座が置かれ、枯淡とした調度品や壁掛けが玉座の後方を飾っていた。
 U城址本丸跡は、古代ローマの宮廷風に設えられていたのである。
 玉座の前には上質な白のトーガを身にまとい、黄金鷲の錫杖を片手に携えた副帝ユリアヌスが立ち、その左右には、ぼろのトゥニカを身にまとった近習役の男女が伺候していた。
 平素は小さな石碑と枯れ桜がぽつねんと立ち並ぶだけの本丸跡は、舞台セットによって四世紀のローマへと変貌したのである。
 今、ここでレラ・フロートは、本番さながらの心持で翌日にまで迫った演目の最終予行を開始したのである。
 レラは右手の銀槍で軽く絨毯を叩いた。
 台本通りの挙止である。
 すかさず、副帝ユリアヌスが左手を振り上げ、白蓮の指先を一振りする。
 瞬間、ユリアヌスの指先は、さながら魔法の杖の一振りの如く、近習たちを操るのだ。
 そそくさと近習たちが舞台の外へと退散していくのが伺われた。エキストラとは言え、流石は一流の俳優陣だ。誰もが動きは洗練されており、無駄がない。
 レラは小顔を正面に向けたまま、左目だけをわずかに動かしてホロティウス監督を覗き見た。
 ホロティウス監督の面長のもと、糸のように鋭い眼がぎらぎらと輝いて見えた。監督はただ無言で、レラとユリアヌスを交互に見やっていた。
 どうやらここまでのところ、監督には不満点は無いようだ。
 ぴったり二秒間の沈黙を貫いて、美貌の青年演じる副帝ユリアヌスがが薔薇色の唇を震わせた。
「僕に、皇帝陛下、ひいては神に弓ひけというのかい?」
 美貌の青年が顔をしかめるのが見えた。端正な口元は皮肉げにゆがめられており、くぐもった声がまるで呪怨のように響き渡った。
 青年は純粋無垢な瞳を苦悶げに細めながら、俯きがちに視線を落とした。そうして、彼は言葉を切るとレラに背を向け、宵闇の一点をただ静かに注視するのだった。
 青年ユリアヌスは、まさに台本通りの完璧な演技を披露した。そしてレラもまた、及第点を超える演技でホロティウスの要求通りに黙々と芝居をこなすのである。
 レラが演じるは、ユリアヌスの側近であり、書記官である。
 史実におけるアンミアヌス・マルケリヌスをモチーフにした人物であるらしく、演目の中では副帝ユリアヌスの決起を促す重要な人物に当たる。
 芝居や演劇なんて自分には無縁だったし、人前で大立ち回りをすることに苦手意識を覚えていたのも事実だ。
 主演は難しい、とレラは即断する。
 だが、同時にチャリティイベントは、現在不在のディバイド長官アダム・カドモンのためにも成功させたいとの想いがレラにはあった。
 故にレラは勇気を振り絞り、ホロティウス監督のもとを訪れ、演目への出演を買ってでたのである。その際、監督より言い渡された役柄がアンミアヌスなる人物だったのだ。
 ひとたびやる気を出しただけで台詞を全て覚えきったり、監督に求められる演技を即興で全て再現するといった離れ業を披露できるほどに自分が器用でない事をレラは十二分に理解していた。
 だから勇気を出して一歩を踏み出して、役者たちの輪に溶け込んだ。ホロティウス監督を始めとするスタッフたちの指導の下で、台詞を覚えて、動きを身に沁み込ませていったのである。
 夕映えが、郷愁の色を湛えながら西空を赤く燃やす頃、ホロティウス監督による演技指導は始まった。
 レラはひらすらに台本の台詞を覚え、芝居の際の一挙手一投足を体に叩きこんでいった。
 太陽が、西山に沈み、ついで艶っぽい夜空がぺったりと空へと張りついた。月が中天に座し、無数の星々が宵空を埋め尽くした。
 空模様が移り変わる間、レラは、ひたすらに反復練習を繰り返しては、演技を通してホロティウス監督が求めるアンミアヌスという人物像に自らを寄せていったのである。
 そんなレラの熱意や努力の甲斐があってか、レラは劇団の面々とは直ちに打ち解けた。
 彼らは懇切丁寧にレラの演技指導に当たり、結果、レラは自分なりに納得のいく演技でアンミアヌスという人物を表現する事を可能としたのである。
 水をうったような静けさが周囲に広がっていた。ユリアヌスの背を見つめたまま、レラは、胸裏で時間を数える。
 一秒、二秒、三秒と数え終えたところで、レラは、やや大仰に首を左右させると、美貌の青年ユリアヌスの背中へと言葉をぶつける。
「今、ローマは滅亡の危機に瀕しているのです。あなたを置いて他の誰がこの窮状を救うというのでしょうか?」
 わずかに語気を落として、溜息まじりにレラは呟いた。
 ちくりと胸の奥に鋭い棘の痛みが走るのを感じた。芝居の台詞にしか過ぎないのに、言葉は鋭くレラの心を抉り出した。それもそのはずだ。レラが口にした言葉はそっくりそのまま現代のケルベロスやイェーガーにもあてはまるからだ。
 いずれもが新たなる神との戦いに迫られたという点において、四世紀におけるローマ帝国と、現代とが妙に酷似しているのだ。
 張りぼての舞台が妙な現実感を伴いながらレラへと迫ってくる。目の前の美貌の青年は、副帝ユリアヌスその人へと変貌し、即興で作られた舞台がそのまま古代ローマへと昇華していくようだった。
 副帝ユリアヌスが、悄然と肩を落とすのが見えた。
「分かっているよ、役目を果たさなきゃいけないのは。だけれど、物心つく前に母を失い、幼少の頃に父を殺された。兄は謀反の罪で殺されたんだ。そうして僕は無理やり副帝位に据えられた。いつでも取り換えの利く置物。それが僕だ。そんな僕が神に弓を引くだなんて…正直、すぐには飲み込むことは出来はしないよ」
 意気消沈したままにユリアヌスが呟いた。ユリアヌスはレラに背をむけたままに、僅かに身を震わせた。
 しかし、レラは直ちに返答する。
「怖いの…ユリアヌス? あなたは、あのような愚帝を恐れるというのですか?」
 自然と台詞を口ずさんでいた。
 淀みなく紡がれた言葉に応じるように、ユリアヌスが踵を返す。
 レラは、やや芝居がかったように槍を胸元に引くと、片膝をついたまま姿勢を正す。
 上目遣いに視線を上げれば、玉座の前に立つユリアヌスが、まるで藁にでも縋るかのように、弱弱しげな視線をレラへと投げかけてきた。
 迷える視線を受け止めながら、レラは次なる言葉を紡ぐ。
「私もあなたも…神の軛を逃れてここまで来ました。私も…戦いは好きではありません。ですけれど――悪しき神とは戦わなければならない。それが私たちのさだめなのです」
 吐き出した台詞は、レラの喉元から零れだし、そうして周囲へと反響したかと思えば煙のように消えてゆく。
 我ながら、口調もたどたどしければ、語気や声音の抑揚も定まらない。
 にも関わらず、台詞の一言、一言が妙に肌になじむのだ。
 台詞を吐き出せば、ついで緊張交じりの熱っぽい吐息が、噤んだ唇から零れだしていく。
 吐息は、糸くずのようにレラの目前に立ち込め、絡みつきあっては膨れ上がり、靄のように視界を覆う。白い靄の中でユリアヌスの輪郭がぼやけていく。
 おぼろげに垣間見えたユリアヌスは肩元をわずかに震わせていた。表情は分からない。
 ぼやけた視界の元、ユリアヌスが羽織った赤の外套を翻すのが見えた。
 右手の錫杖が、振り上げられ、ついで絨毯を叩いた。
 目の前の靄が徐々に晴れてゆく。
 そうして、ふたたび飛び込んできた副帝ユリアヌスの両の眼は、決意の色を帯びながら、煌々と輝いていた。
 ユリアヌスは端正な面差しを引き締めながら、無言のまま、レラを見据えていた。
 レラは、右手に携えた銀槍を床に置くと、片膝のままユリアヌスへと一揖する。
 流れるような挙止でもって姿勢を正すと、レラはわずかに顎を引き、俯きがちに赤絨毯の一点をじっと見つめた。ここまでは台本通りだ。
 心の中でレラは、一秒、二秒と時を刻む。
 副帝ユリアヌスの前で膝づき、ついで数秒間の沈黙の後、レラは予定調和の如く、次なる台詞を呟くはずだった。そして、まさにその台詞こそがレラの演技の集大成といえるだろう。
 それもそのはずで、次の台詞こそが、ホロティウス監督が、レラへと用意した課題そのものだったのだ。
 書記官がユリアヌスへと現皇帝コンスタンティウスへの謀反を決起させる、まさに舞台の大一番に際して、書記官が口にする言葉をレラ自らが考案するというものが監督からの課題だ。
 更に、ホロティウス監督の一つ条件を付け加えた。台詞は、レラがこれまで培ってきた人生をそっくりとそのまま言葉にしたものでなければならないと。
 レラなりに決起の言葉は用意した。
 舞台の最終リハーサルが始まるまでは、自分が考えた言葉はなかなかに万人受けするものだろうと自負していた。
 それなのにレラはついぞ、口を開くことが出来なかった。
 確かに練習前に用意した台詞は、妙に感傷的で舞台を過剰に盛り上げるには適したものだった。だが、反面で四世紀のガリアにおいては、それは華美な装飾がなされただけの軽佻浮薄な、みみざわりのよい言葉に過ぎなかった。
 ここは、四世紀のガリアなのだ。
 そして、レラとユリアヌスは神に抗うためにこれから決起する。
 レラが口にするのは命を懸けた誓いの言葉であり、それがありきたりな言葉ではユリアヌスもレラも神との戦いを決心することなどできはしないのだ。
 レラは言葉を飲み込んだまま、沈黙を続けた。
 足元の赤絨毯は、鮮紅色を湛えながら、レラをがっしりと支えていた。
 今も、レラは眩い守られているのだ。そう思った時、ふと、レラは自らのこころが色めき立っていくのを覚えた。
 レラがこころを手にした時、傍らに常にあったのは、優しく、猛々しいあの赤色だった。
 そして、あの鮮烈な朱色は、今も尚レラの足元に広がっている。
 うららかなる小春日を彷彿とさせる、温もりに満ち満ちたあの日の事をレラは決して忘れない。
 無機質で冷たい、デウスエクスとしての生と決別したあの日、レラは姉の助けによって、いのちを得て、こころを知ったのだ。
 敷き詰められた深紅の絨毯を眺めながら、レラは唇をかみしめた。
 結い上げた後ろ髪が微風にそよがれて、さやさやと揺らめいた。金の長髪には筋目のような朱が混じっている。
 この朱色こそレラと姉との誓いの赤だ。レラが慕い、目指した姉の残影は常にレラと共にあり、ふとした時に顔を覗かせるのだ。
 今も姉は自分を守り続けてくれている。
 三秒、四秒と時が経過した。
 だが、レラは口を噤んだまま、思索を続けた。必死に言葉を模索する。
 姉の存在へと思いを馳せれば、内なる声はますますに声量を増してゆく。
 五秒、六秒と時が経過していく。
 レラは、時間の流れに身を委ねたままに自らの内奥へと没入していく。
 レラは、ダモクレス小隊「フロートシリーズ」の末娘として生を受けた。そして、姉の献身によってダモクレスからレプリカントへと再誕したのである。
 こころがうまれた日、レラの傍らには姉の存在があったのだ。
 レラが上目遣いに視線を上げれば、ぴたりとユリアヌスと目があった。
 ユリアヌスにもまたガルスと呼ばれる兄がいたという。兄の死を通じて、皮肉にもユリアヌスは副帝という地位に就くこととなったのだ。
 思えば「フロートシリーズ」の中で、こころを得て、地球に辿りついたのは姉妹の中で最も非力な自分だけだった。
 どういうわけか、末娘である自分と末弟であるユリアヌスがここに介している。容貌のまったく異なるユリアヌスがまるで鏡に映し出されたもう一人の自分のように感じられた。
 かつてユリアヌスも自分も、絶対者の操り糸に絡めとれ、神の走狗として絶対服従を強いられてきたのだ。
 ユリアヌスは兄の命と引き換えに、そして自分は姉の助けを経て、絶対的な神へと疑問を持ち、彼らと決別し、ひととしての道を歩むことを決めたのだ。
 姉という存在がレラにこころを教えてくれた。姉が示した光の道しるべの先に、レラは宝石の様にきらきらと輝く、こころというものを見つけ出したのである。
 レラは人のこころが好きだ。人のこころは、温かくて、くすぐったい。それは、デモクレスの、無機質な電気パルスが生み出す、血の通わない命令信号とが一線を画するものだった。
 もしも姉の存在が無ければ、レラを十二剣神に従属したまま、デウスエクスとして人類の前に立ちはだかったかもしれない。
 こころがあるからこそ、レラはそんな悪夢のような仮定を想像し、戦慄する事さえ出来たのだ。
 沈黙のままにレラはしばらくの間、ユリアヌスを注視した。副帝ユリアヌスの端正な面差しは、射しこむ星明りを浴びて白く輝いて見えた。
 温厚な瞳がレラの眼を覗き込んでいる。
 ユリアヌスの瞳の中には、レラの姿があり、そこに映し出されたレラの瞳の中には、自らにとって最愛の姉がはっきりと浮かび上がっていた。
 なんとは無しに、ユリアヌスもまた、レラの瞳を通して彼の中に生き続ける兄ガルスの残影を確認している様な気がした。
 互いに無言で視線を交わす。
――教えを捨てる時、ユリアヌスは苦しかったのかな
――愛する人の存在は、支えになったのかな
 次から次にレラの中で、ユリアヌスに対する思いがあふれてくる。
 人のこころを持つが故にこの暖かな気持ちは生まれてくるのだろう。
――そして、私は…。
 自分に問いかける。姉のやわらかい両手が両の肩を優しく撫でた気がした。
 聖教の教えを捨てたユリアヌス。
 ユリアヌスにとって兄ガルスの存在とはどの様なものであったのだろうか。聖教の教えを捨てる時、ユリアヌスは煩悶したのだろうか。それとも、嬉々として教えを捨てたのだろうか。
 副帝として赴任したガリアの地を彼は愛したのだろうか。そこの民にいかなる想いを寄せたのだろうか。
 副帝ユリアヌスのこころのありかたをレラは知らなければならなかった。彼を決起へと焚きつけるのならば、ユリアヌスはレラにとって自らを託すに足る人物でなければならなかったし、同時に自らもユリアヌスにとって信頼されるに足る人物でなければならなかった。
 演劇だからといって、お為ごかしの台詞で場を占めくくることは許されはしない。
「ユリアヌス様――」
 沈黙を打ち破るようにレラは力強く言い放った。
 口元をつく台詞の一言、一言は、最早、単なる舞台の台詞ではない。レラの奥底からから絞り出された本心そのものであった。
 ユリアヌスが静かに首を縦に振るのが見えた。形の良い眼が、柔和に細められた。
 監督からの制止は無い。
 ためらわず、レラは次なる言葉を吐き出した。
「ユリアヌス様。教えてください…。あなたが兄を失った時の気持ちを。そして、教えに背き背教者としての道を進まれんとしたその想いを。あなたが愛した人はあなたの支えとなったのでしょうか…? そして、あなたはこの地を愛されているのでしょうか。迷いも、希望も知りたいのです。そして、あなたが大義のために、そして人々のために戦うのなら…私も不惜身命を賭して、共に戦わせてください」
 すべてを言い切った時、夜風が一筋、撫でるようにレラを掠めていった。冷気たちこめる晩秋の夜には不釣り合いな、おだやかな秋風だった。
 なぜだろう。吹き去っていた秋風に、リラは姉の存在を見た気がした。
 ふと頬を熱いものが伝っていった。零れだした涙の雫は、頬を伝い、そのまま大地へと滴り落ちると、水晶のように砕けちっていった。
 優し気なユリアヌスの笑顔だけが、宵闇の中で燦燦と輝いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『特務機関のチャリティーイベント』

POW   :    周りの人々を巻き込み、全力で楽しむ

SPD   :    事前に計画を立て、スムーズに会場を見て回る

WIZ   :    派手な宣伝を行い、人々の注目を集める

イラスト:del

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 吹きすさぶ冷風が、白絹で織られた薄手のトゥニカごしに肌を刺している。射しこむ陽射しは、薔薇の棘だ。銀白色の鋭い陽射しでもってじりじりと身を灼いている。
 大空は濃紺色を湛えながら、いかにも鷹揚といった様子でU盆地を包み込んでいた。
 ふと視線を遠くにやれば、水平線の先、連なる山脈のもと山肌の木々が、秋の名残を惜しむように残った紅葉を大空へとそびやかしては揺らめかせていた。
 楽屋裏に引っ込んだままに、姫川・遥華は緊張交じりに吐息をついた。
 視線を上げてみれば、吹き抜け天井のもと、南天する日輪がはっきりと伺われた。
 開演まで最早、一時間をわずかに残すのみだ。手を握れば、粘ったい汗が掌をしとどに濡らしているのが分かった。
 ふぅと再びため息をつけども、やはり緊張感が和らぐことは無かった。
「さぁ、本日の開演に際しまして、市長およびDIVIDE直轄英国第三軍グランデ大将よりご挨拶をお願いします」
 司会者の軽妙な声音が耳朶を揺らしたのは間もなくのことだったから。降ろされた天幕からわずかに顔を覗かせて、ステージを盗み見る。
 石砂利が敷き詰められたステージ中央で、いかにも胡散臭げなガイゼル髭を蓄えた司会者が、鼻息まじりに声を荒げては、いかにも大仰な身振り手振りでなにやらを叫んでいるのが伺われた。
 自分なんかよりよほど役者然としているななどと、苦笑まじりに内心で呟き、姫川はステージ周辺を茫然と眺めるのだった。
 この日、かつての二の丸、現在では運動用グラウンドを利用して敷設された公園は、演目のためのステージとして利用されている。
 ステージには、ちょっとした舞台の小道具に加えて、大型ホログラム装置が備え付けらえている。現在の科学とは便利なもので、ホログラムによって実物そのものの立体映像が再現され、舞台の小道具などはホログラムの過不足分を補う程度の役割が期待されるにすぎないという。
 これから、開演される演目を前に、ステージを取り囲む様にして、巨大な人だかりができている。人々は、肩をぶつけ合いながら、へし合い押し合い、熱望まじりの眼差しをステージへと向けていた。
 その人数たるは圧巻たるもので、群集は、まさに二の丸に取りつき、そのまま外周へ外周へと向かってあふれ出しては、外堀に至るまでの空間をぎゅうぎゅうに埋め尽くしているのだ。
 その数は、戦国時代、このU城を城攻めした総兵力をはるかに凌ぐものがあるだろう。
 あまりにも多くの人がいるために、人々の熱気まじりの吐息は白い湯気となって白の至る所から立ち乗っていた。ひといきりが妙な熱気となって燻ぶっているのが分かる。
 彼らの吐息はまるで城攻め前の狼煙だ、などと不謹慎ながらも思うにつけて、姫川はまるで自分が真田家の一員に、またアウグストスを迎えうったクレオパトラにでも、はたまたユリアヌスの想い人にでもなったような錯覚を覚えずにはいられなかった。
 自然と緊張の潮がひいていく。手汗を拭い、姫川は再び楽屋裏へと引っ込める。
 楽屋内をぐるりと見渡せば、そうそうたる顔ぶれがこの場に一堂に会していることに気づく。
 生真面目に台本と格闘する者がり、安穏といった様子で寛ぐものがいた。あくびまじりに鼻歌を口ずさむものがいる傍らで、顔面を蒼白とさせるものの姿がある。
 演者たちはそれぞれが千差万別、開演に備えて時を過ごしている様だった。
 姫川は、ちぃさく息を飲みこんだ。
 楽屋外からは、観客たちの熱狂ぶりを表すかのように雄たけびとも悲鳴ともつかない歓声が轟いていた。
 姫川のか細い右手首には不釣り合いにすぎる、武骨な黒の腕時計が正午を示している。
 間もなく、第一幕『クレオパトラとアントニウス』が開幕となる。
 ますますに高まっていく歓声の中で、姫川はここにきて、むしろ得も言われぬ昂揚感を覚えつつあった。
 少女時代の自分は、未だに自分の中で力強く息をして、自らを見つめ返している。
 穏やかな秋風が姫川の頬を撫でた。

 チャリティイベント二日目は、駆け足で到来する。
 夜が明けると共に、人々でごった返すU城址跡へと足を進めれば、すでに時刻はチャリティイベントの目玉である演劇の開幕時間に迫りつつあった。
 ある者は、足早に楽屋裏にむかっていったし、舞台と無縁のものはあえてほかの催しや屋台目指して漕ぎ出していく。
 人波をかき分けながら、道を進めば、あなたたちは直ぐに目的地へと到着するだろう。
 今日、これから行われる演目はそのいずれもが過去を描いたものである。
 しかしながら、過去とは常に現在によって規定され、形作られていくものである。
 紀元前のアクティウムの海戦に続くプトレマイオス朝の滅亡等は、現在の人々が共通に抱く変革という側面から語られるだろうし、古ローマ帝国において新たなる神と対峙したユリアヌス帝の戦いは、現代、デウスエクスと戦う現代人の視座によって舞台化されるのだ。徳川の軍勢に立ち向かう真田一家は、史実が示す真田一族ではない。現代人が、有史以来はじめて経験した未曾有の脅威たるデウスエクス襲来を前にして心に抱いた英雄としての姿でなくてはならなかった。
 だからこそ舞台の主役を演じるのは、猟兵や番犬でなければならないのだ。
 さぁ、過去の、現在の、そして未来の物語を紡いでゆこう。
 過去を想い、今を生き、そして未来を創り出すために。
―――――――――――――――――
 参加者の方へ
 第二章は、演目本番となります。
 特殊ルールとなってしまいますが、第一章で演者希望された方に優先的に配役は振っていく予定です。一章で参加されて続投される方は、ご希望の役を記載してください。
 とはいえ、第一章参加者の方で全員がご参加されるわけでは無いと思いますし、演者不足というのが正直なところです。もしも、ご参加したいという方がいらしたら、飛び込み参加大歓迎です...!
 その際は下記参照にして頂ければとー!
 また演者様が決まり次第、エリザベス・ナイツの日記でお伝えしていきますので、そちらも併せて参照くださいませ。

●第二章の遊び方について
(i)演者としての参加:
 演じてみたいキャラクターの名前、どんなシーンを演じてみたいか、演じるキャラクターの性格、あとは演技力などをプレイングに記載してください。
 舞台は、紀元前1世紀および4世紀のローマ、16世紀の日本です。一応、役者様にはローマならばトーガ姿、日本ならば直垂や甲冑などといった衣裳に着替えて貰います。
 反面で厳密に当時の風俗や生活習慣、情勢を再現するつもりはありません。
 ケルベロスディバイド――異端の神々の侵略に瀕した世界で、皆さまが感じた想いを舞台という形で表現していきたいと思います。
 また、同時代人ならば有名どころならば、下記以外の登場人物以外でも登場可能ですので、希望あられる方はそちらを選択ください。例えば、『クレオパトラとアントニウス』なら、オクタヴィアヌスやアグリッパ、オクタヴィア、小ポンペイウス、ウェンティデイゥスなどなど選択可能です!
(ii)演者以外の参加:
 屋台周りなどをご自由に動いてください。お花見とかも良いかもですー!

●演目のスケジュールについて

以下のように
◆1/24~26(作中における演目時間:1300-1500)『第一次上田城合戦』
→真田幸村役:○(一章参加者様で考えています)
→真田信幸役:未定(いらっしゃらない場合は、サポート様にお願いすると思います)
→真田昌幸役:未定(いらっしゃらない場合、NPCが担当します)


◆1/26~28(作中における演目時間:1530-1730) 『背教者ユリアヌス』
→ユリアヌス役:△(一章参加者様で、該当者様を第一優先で考えています。お気が向きましたらぜひー)
→ディアナ役:△(現在、NPCが担当予定です)
→侍従役:○(一章参加者様で、該当者様を第一優先で考えています。よろしければご参加いただければ幸いにございます)

◆1/28~30((作中における演目時間:1800-2000))『クレオパトラとアントニウス』
→現在、演者いらっしゃいません。もしも、ご希望の方いらしたら奮ってご参加下さいませ。
・アントニヌス:未定
・クレオパトラ:未定
ギュスターヴ・ベルトラン
役柄:ユリアヌス
演じたい場面:恋人に己の過去を語る

ぼくと彼の人の共通する事って『疑念を抱えて生きるより、疑念と向き合って決別することを選んだ』のだと…ぼくは思ってる

彼は哲学を愛する人間だから、当時の権威に付随する教えに疑念を覚えてもおかしくない
ぼくだって信仰の前に権威がどうこうとか教徒にあらねば人間にあらずなこと言われたらそれは違うと思うさ

ぼくが決別したのは…父かな
いつか愛する我が子と言ってくれると信じてた
暴力を振るわれても信じてたのは…我ながら盲目的ではあった
結局は母の事しか愛してなかったから、終ぞ言うことはなかったね

…あの暴力が他者に向いてしまったから、止めるより他なかったんだよね


レラ・フロート
ユリアヌスに対する思い、役に対する想いを演技へと
アドリブも許されるなら入れていくね

【教えてください…
あなたが兄を失った時の気持ちを。】

私は限りあるから輝く命の尊さを知りました。
地球の為戦うと決めました。

【愛した人はあなたの支えとなったのでしょうか…?】
私のジェミ姉様は、心を教えてくれたあの人は
今尚気高きダモクレスの騎士です

妹として逢いたい
けれど地球の守護者として逢いたくない

【あなたが人々の為に戦うのなら】
でも私は、諦めない。
【全てが終わった後、歩んだ道に誇りを持てる――
そんな戦いをするのなら。】

必ず手を取り合う未来を掴めるって!
【私も命を、魂をかけ、共に戦います!】

己の想いを籠め、演じ切ります



●父と子と
 晴天の空に暗澹とした黒雲が垂れ始めたのはいつ頃だったろうか。
 『上田城合戦』の間中、空は、青々と煌めいていたはずだが、演目『背教者ユリアヌス』が開演されてよりにわかに空には暗雲が立ち込めて行き、気づけば空は灰色に閉ざされていった。
 重苦しい雲が大空を隠し、太陽を遮っている。
 低く垂れた黒雲のもと、銀色の円盤となった太陽が、銀色の棘を伸ばしながら、陰鬱とした斜光を地上へと落としている。
 ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)扮する副帝ユリアヌスが見上げた空は、衰亡の際に立たされた古代ローマを彷彿とさせるように黒く歪んで見えた。
「ユリアヌス様。皇帝とはこのローマを統べる『父』とも言うべき存在なのでしょう…? あなたは彼を撃つ…というの」
 曇天のもと、しっとりとした女の声がギュスターヴの耳朶を揺らしていた。
 あえて、ギュスターヴは沈黙を貫いたままに視線だけを女へと向ける。
 くっきりとした奥二重の黒真珠の瞳が、ギュスターヴを覗き込んでいた。女の幼げな細面の中で、ルビーを思わせる赤い唇が気恥ずかしげに収斂している。
 女は、ほっそりとした顎元を突き出すようにして、ギュスターヴを静かに見つめていた。
 薄手のトーガごしに、凹凸のある肢体がくっきりと浮かび上がっている。
 彼女こそが、ユリアヌスの恋人ディアナである。
 現地ガリアで生まれた妙齢の女の姿がそこにあった。
 彼女は、史実では存在しない架空の登場人物である。ユリアヌスより年齢は二つや三つほど上という事である。事実、姫川女史が演じたこともあってか、童顔ながらもディアナには一種独特な淑女特有の艶やかさが常に付きまとった。
 旅の芸者であるというディアナは、ひょんなことでユリアヌスと知己を得た。
 彼女はユリアヌスを歌や躍りで喜ばせ、時には孤独なユリアヌスに寄り添い、唯一の相談相手をも務めた。
 本来架空の存在であるはずの彼女は、ある意味で演目『背教者ユリアヌス』の一番の目玉ともいえるだろう。
 ギュスターヴは、ここまでユリアヌスという役柄を、台本にある通りに忠実に演じてみせた。兄の死に慟哭し、 皇帝に任じられて唯々諾々とガリアへと赴いた。
 そんなギュスターヴの影には常に彼女ディアナの存在があったのだ。
 ディアナの言葉は、海嘯のように底ごもった響きを伴いつつ、ギュスターヴの中で反響していた。
 彼女の言葉には言霊が宿っているようだった。ここまでギュスターヴは、彼女の言葉に誘われるように、ユリアヌスという孤独な副帝という役柄に入り込んでいったからだ。
 そして、今、ギュスターヴは、ディアナが吐き出した父という言葉によって、たまらず口を閉ざしたのである。
 演劇の最中、沈黙が許されるのは、せいぜいが数秒間という短い時間程度だろう。
 しかし、数秒間をはるかに超える時間を、ギュスターヴは無言のままに、浪費し続けている。
 台本には、ユリアヌスは一切顔色を変える事無く、無表情なままに空を見据えるべしとの指示がなされていた。
 だが、無表情などは不可能だ。自分でも口角がわずかに痙攣し、薔薇の唇が苦悶げに歪んでいることが分かった。
 胸中で広がっていく動揺の翳りが、ますますに陰影を濃くしてゆく。
 ギュスターヴはあえて、自らの感情に蓋をした。そうして、台本通りに空を仰げども、そこには薄暗い曇天が広がるだけだった。
 ふと頬に何か冷たい感触が走った気がした。
 ――雨だと自分に言い聞かせながら、ギュスターヴは視線をディアナへと戻した。
 右手に携えた鷲の錫杖をひじ掛けへと添えて、半ば崩れ落ちるようにして玉座へと深く腰を沈めた。
 ギュスターヴは呼吸を整える。
 ここは、古代のローマだと自分に言い聞かせれば、幾分も気分が和らいでいくようだった。
 目の前には、古代ローマを彷彿とさせる壮麗な大理石造りの庭園が広がっている。
 イオニア式を思わせる、渦の様な装飾がなされた乳白色の石柱が、左右に長い列を連ねながらギュスターヴの視界の先まで伸びている。
 足元には、白砂の如く輝く大理石の石床が敷き詰められ、派手な装飾のなされた赤絨毯が床上を飾っていた。
 ギュスターヴは視界の果てへと視線を遣る。
 列柱回廊が、奥間へと向かいに従い開けて行き、そして突然、途切れるのだった。
 尽き果てた列柱回廊の先、風景は一変する。そこには古代ローマには不釣り合いな、小石や砂利で出来た無機質な広場が広がり、現代服を身にまとった無数の観客たちが詰め寄せていた。
 観客たちは息を飲みながら、食い入るような熱視線をステージへと投げかけている。
 彼らは肩と肩をぶつけあっては身を寄せ合い、巨大な人だかりを作り、こちら側を注視していた。
 かたやトーガに身を包んだ自らと、ラフな現代服のままの観客たちとは、ホログラムが作り出した幻想によって境界されていた。
 人々の熱気参りの息遣いがねっとりと肌に絡みついてくる。誰もがギュスターヴの次なる台詞を、心待ちにしているのが手に取るように分かった。
 羨望の眼差しと、彼らの呼吸だけが両者を分かつ境界をすり抜けてギュスターヴを急き立てている。
 ギュスターヴは観客たちに答えるように、唇を震わせた。
 脳裏にこびりついた、とある男の陰に蓋をして、ディアナを一瞥する。
「父殺しかい…?」
 ギュスターヴは躊躇いがちに呟いた。
 口元をついた台詞は、台本通りのものであったが、しかし一度放たれた言の葉には、ユリアヌスのものでは無い、自らの肉声が張り付いていた。
 恋人のディアナは、ギュスターヴを真正面から見つめていた。
 永遠とも思われる視線の邂逅の末に、ディアナがギュスターヴに続く。
「そうです。あなたを父殺しをこれより遂行しなければならないのです…」
 ディアナの声音は潮騒のように大気を揺らし、ギュスターヴの両肩へと圧し掛かると、不快な感触を伴いながら皮膚を浸透し、全身へとしみ込んでいく。
 鼻腔の奥にくぐもったような余韻を残す、艶っぽいディアナの声がこの時ばかりは妙に陰惨と聞こえて仕方がなかった。
 ギュスターヴは僅かに口ごもった。
 ギュスターヴのもとへと去来したのは、在りし日の光景だった。古ぼけた教会の元、爛れた様な陽射しがステントグラスより差し込んでいた。
 全身に無数の銃創を作り、無残に果てた神父の姿があり、肉が削げ落ち、骨をさらけ出したあの男の姿があった。
 ここは、U城址跡であり、ユリアヌスが生きたガリアなのだ。
 そして紛れもない。ここは、ギュスターヴにとってのあの日の延長上に存在している。
 木々を渡る風がざらついた感触で肌を掠めた。薄暗がりを背負った石柱の列が咎めるような面持ちでギュスターヴを左右から睨み据えていた。
 強風に煽られて、櫓が不気味気に軋みを上げるのが遠間に聞こえた。
 何故、自分が背教者と呼ばれた哲人皇帝に心惹かれたのかギュスターヴは、ようやくはっきりと理解できた気がした。
 敬虔な聖職者である自分と、背教者とも呼ばれたユリアヌスとは、皮肉な話、聖教に対する信仰の有無は別として、芯の部分で酷似していたからだ。
 そして二人の類似点とは、父殺しという単語と、そこに至る経緯にすべては集約されているようにギュスターヴには感じられた。
 哲学を愛するユリアヌス帝は、常に真理を求めた。そして、ローマの父たる皇帝コンスタンティウスが真理を違えて、ローマに災厄を齎さんとしたその時についに立ち上がったのだ。
 歴史はユリアヌス帝の高潔さと、そして彼の激しい気性を同時に記録している。
 欺瞞や疑念といったものに対面した時に厳然とした決別を彼は示してきた。時に聖教が解く教理に、時に皇帝という権威にすら彼は妥協する事は出来なかったのだ。
 そして、その思いはギュスターヴも同じくするところだった。
 信仰以前に教会が権威ばかりを偏重し、教徒であることのみを救済のための唯一の条件と定めるとするならば、ギュスターヴもまた、教会へと反発を抱くだろう。
 背教者と呼ばれた皇帝は鏡に映された自分自身なのだ。悠久の時を超えて、ガリアの地を吹き抜けていった風が|ギュスターヴ《ユリアヌス》の肺を満たしていくようだった。
 ユリアヌスもまた、ローマの父たる皇帝コンスタンティウスに一縷の希望を抱いていたのだろうか。冷遇され続けてきた自らを迎え入れるだろうと、彼もまた信じ続けてきたのだろうか。そして、ついに望みは絶たれた末、凶行に走った皇帝へと弓引いたのだろうか。
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》は僅かに口元を歪めた。
 薔薇の唇が、苦悶まじりに微笑を湛えれば、次なる台詞が流れるように口をついた。
「――いつか愛する我が子と、そう言ってくれると信じていたんだ」
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》は、微笑まじりに呟いた。
 そう前置きをしてから、伏し目がちにディアナへと視線を送る。ディアナが丸みのある双眸をやおら細めた。
 ディアナの形の良い顎がゆっくりと傾いた。ルージュの唇が開かれれば、焦燥まじりのディアナの声が再び紡がれる。
「その願いは…叶いましたの、ユリアヌス様?」
 ディアナの言葉に、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は口を噤んだままに首を左右する。
 ギュスターヴの脳裏には、あの古びた教会の光景が明瞭とした輪郭を伴いながら浮かびあっていた。
 ――皮膚は爛れ、骨は露出した異形と化した父の姿がそこにあった。ガラス細工の様な瞳に狂喜の色を湛えながら、父は嗤う様に、歌う様にギュスターヴへと呪詛を吐いたのだった。
 表皮を突きやぶり、両の肩元より生え出た水晶の翼が、歪に、しかしどこか神々しくせり立っていた。
 あの時の父の姿をギュスターヴは悪夢に幾度も観た。
 そして夢の中にありながらも、父が愛したのは、母だけであり、その愛がギュスターヴにむかう事はついぞ無かった。
 そして、父と決別したあの日より、ギュスターヴは逃避を続けている。
 晩秋の乾いた風が再び、吹き付けて来る。
 十月終わりに吹く風のわりには妙に冷え冷えとした風だった。
 ディアナの中に母の面影を見出したわけでは無い。
 だけれど、彼女は常にギュスターヴを幻想へと誘う水先案内人でありつづけた。
 そして、ディアナはユリアヌスにとっては、紛れもなく半生を共にした恋人でもあったのだ。
 ここは、あの日の延長上にあり、同時に過去のガリアでもあったのだ。
 過去のガリアと現在のU市とが奇妙な親近感を伴いがら、自らの中で混淆していくようだった。
 ディアナを真正面に見据えたままに、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は相槌をうつ。
「幽閉同然だった幼少期、僕は一族から隔離されて、一人孤独に生きてきたよ。少年期に兄を殺され、その後、青年期には皇帝陛下の側近による監視下のもとで副帝位に叙任された。それでも…副帝の務めを果たしさえすれば、いつかはときっと信じていたんだ…」
 乾いた笑いが口元から零れていた。
 ひじ掛けに乗せた両の腕から一気に力が抜けていくようだった。脳裏にて浮かび上がった父の姿がますますと巨大な影となって迫ってくる。
 氷の様な瞳が無感情に見開かれ、自分を払いのけたあの骨ばった掌が首筋へと向かい伸びて来る。
 存在自体を否定され、暴力を一身に受けてきた。それでも自分も父を信じ続けてきた。疑念を抱きつつも、あえて父の愛を信じて、彼の行動には目をつぶってきた。
――だが。
 あの日、ギュスターヴは父と決別せざるを得なかった。父の暴走を、その命を絶つことで留めたのだ。
 そしてあの日よりギュスターヴの時間は静止したままだった。
 ディアナが|ギュスターヴ《ユリアヌス》のもとへと鷹揚と歩を進めて来る。彼女は、|ギュスターヴ《ユリアヌス》の傍らにうずくまるようにして横座りして、地面の上に腰を下ろした。
 白蓮を彷彿とさせる壊れ物のような指先が、玉座のひじ掛けへと伸び、|ギュスターヴ《ユリアヌス》の掌に触れた。
「あなたもまた神の子なのでしょう…。なぜ、彼はあなたを愛しはしなかったの?」
 そう言ったディアナの瞳は、力強い光を帯びながら優艶と輝いて見えた。
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》は弱弱しく項垂れる。
「――結局、皇帝陛下はただ神のみを愛されたんだ。彼は、僕やローマを愛する事は無かった。そして、今、彼の刃は今や無辜の民へと向けられている」
 在りし日の父の姿が網膜に映し出されていた。
 両の眼は、ディアナを捉えているのに、不思議と網膜に浮かび上がるのは忌まわしい怪異となり果てた父の姿だった。
 結局は母の事しか愛してなかった父は、終ぞギュスターヴに愛を囁くことは無かった。母に対する偏愛ばかりが肥大化し、そうして歪に膨張した愛は、異形へと姿を変え、ついぞ他者へと向かう凶器と化したのだ。
「帰っても良いのよ。逃げても良いのよ、ユリアヌス?」
 ディアナの黒真珠の瞳が、上目遣いに|ギュスターヴ《ユリアヌス》を見つめていた。
「いいや、ダメだよ、ディアナ。これ以上逃げてはならないんだ…」
 両の手足に力を籠める。
 そっと玉座から立ち上がった時、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は眩暈にも似た感覚を両脚に覚えた。
 気を抜けば、倒れ込むことは必定だ。だが、ギュスターヴは抗わなければならない。未来へと踏み出さなければならない。
 動揺する足で必死に大地に踏みとどまりながら、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は錫杖を手にする。
「僕はさ…逃げるわけにはいかないんだ。僕は今から彼のもとへと向かわなければならないんだ。彼と対峙しなければならない。決別した上で、もう一度真正面から見据えなければならないんだ。ねぇ、ディアナ…見届けてくれるかい?そして歌ってくれないかい? 僕の出陣は、常に君のあの歌に祝福されていなければならないのだから」 
 苦笑がちにそう言って、ギュスターヴはディアナの手を取り手元に引いた。肉付きの良いディアナの体が、妙に軽やかに感じられた。
 立ち上がったディアナが、嬉しそうに顎を引いた。
 紅色の唇が綻び、白い歯が零れだす。
 彼女は柔和に笑いながらも、脚本通りに、しかし、どこかくすぐったそうに薄紅の唇を震わせた。
 鼻腔の奥にくぐもったような余韻を残す、ディアナの柔らかな歌声が響き渡ってゆく。 
「L'amour――――。est――、bleu――」
 銀色の鈴が鳴り響くように、『L'amou、est bleu』の歌詞と共に、銀糸の様な吐息が暗く淀んだ大気の中に流れていく。
 ディアナの吐息を追って空を見上げれば、巨大な黒雲はところどころでちぎれており、雲居からは僅かながらも太陽が顔を覗かせていた。
 黒雲の切れ間から|ギュスターヴ《ユリアヌス》の視界に飛び込んできた空は、夕映えの赤に燃え、寂寞と佇んでいた。
 空模様から、冬の訪れが近いことが窺われた。
 十月は終わりを迎えて、十一月が間もなく到来するだろう。
 ディアナの手を軽くひけば、彼女は巧みな足さばきで舞踏しながら、ますますに声を張り上げる。
 凛然とした歌声が会場へと響く中、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は台本通りに紅の外套を羽織り、銀の剣を腰に吊るした。。
 ディアナの歌声はますますに声量を増してゆき、ついぞ歌の醍醐味とも言うべきサビ部分へと差し掛かった。
「L'amou、est」の発声がどこか艶っぽく夕空へと舞い上がっていく。
 黒雲が空の彼方へと押しのけれていくのが分かった。
 雲がちぎれ、雲間はますますに広がり、茜空が頭上にひらけていく。
 斜に降り注ぐ赤銅色の陽射しに、たまらず|ギュスターヴ《ユリアヌス》は目を瞬かせた。しばし瞳を閉じて光をやり過ごし、そうしてゆったりと瞳を瞠目させれば、再び夕空がギュスターヴの視界に飛び込んでくる。
 水色とは程遠い、燃えるような紅色がそこに広がっているはずなのに、ギュスターヴには暮れなずむ空が青々と輝いて見えた。
 黒雲の名残が、糸くずとなって夕空を流れていく。黒糸は、しばし力なく夕空を揺曳していたが、すぐに夕空に吸い込まれるうにして霧散していった。
 再び、ギュスターヴの頬を、なにか熱い感触が伝っていくのが分かった。
――雨だ。
 と再び、自分に言い聞かせつつ、|ギュスターヴ《ユリアヌス》はディアナの手を引いた。この手を離してはいけないと思ったからだ。
 ディアナの息遣いが間近に感じられた。
 目と鼻の先に、ディアナの小顔が迫っていた。妙齢の女性とは思えない、あどけない表情が童顔にぴったりと張り付いている。ディアナが、悪戯っぽく片目を瞬かせ、|ギュスターヴ《ユリアヌス》へと目合図を送った。ルージュの唇が、愉快気に踊っている。
 やわらかな調が途切れ、歌声に変わってディアナの陽気な声が響いた。
「ねぇ、ユリアヌス様。一緒に歌いましょう」
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》はわざとらしく肩をすくめてみせる。
 台本には書かれていない台詞に驚いたというよりも、むしろディアナが自分に歌を歌う様に促したことを意外に思ったのだ。
 当初、演目『背教者ユリアヌス』では、ギュスターヴは、ディアナ役の姫川と合唱する事が予定されていた。
 しかし練習中何度か歌って見せたギュスターヴに対して、ホロティウス監督が却下を下したため、結果、合唱パートは丸ごと台本から削除されたのだ。
「僕でいいのかな、ディアナ」
 母は父の前でも「L'amou、est」を謳ったのだろうか。そして、父はどんな気持ちで母の歌声を受け止めたのだろうか。
 ギュスターヴの胸裏を横切ったのは、在りし日の母の姿であり、そして意外にも父の姿であった。悪夢の中の父とは異なる、遠い過去に羨望の眼差しで眺めた父の姿がそこにあった。
 目の前でディアナが力強く首を縦に振るのが見えた。
「あなたがいいの…。」
 ディアナがそっと指を絡めてくる。
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》もまた、彼女の柔らかな掌を力強く握り返す。
 一度、咳払いして、ディアナへと目配せする。ディアナが、面映ゆげにギュスターヴへと微笑みかけて、歌詞を口ずさむ。
「ラァムゥール、ブルォ――」
 ディアナの柔らかな声音が響いた。
 |ギュスターヴ《ユリアヌス》も続く。
「Laムゥーる、Bleu――」
 流暢な、しかし、調子はずれな歌声で|ギュスターヴ《ユリアヌス》もディアナと合唱する。
 視線でやり取りしあいながら、二人は、歌いあう。
 即興で歌を合わせた訳で、もちろん、音程は定まらない。もともど、ギュスターヴは歌下手にかけては一格言あるほどだ。
 だけれど、二人の二重奏は妙に心地よくギュスターヴには感じられた。
 晴れ渡った空のもと、『L'amou、est bleu』に見守れながら、|ギュスターヴ《ユリアヌス》は、過去と対峙すべく戦場へと向かう。
 ガリアの空は水色に輝いて見えた。
●姉妹
 低く垂れた黒雲が霧散していく。
 曇天は晴れ渡り、雲一つないさび色の夕空が頭上に広がっていく。
 射しこむ夕映えの光が、ホログラムによって投映されたガロロマン風の古風な居城を乳白色と朱色のまだら模様に潤色していた。
 白大理石で敷石された街道や、豪奢な大理石壁の家屋、ありとあらゆるものが夕映えの中へと沈んでいく。
 ステージの上に存在するものは、そのいずれもがホログラムによって作り出された立体映像に作られのに過ぎないのに、そのいずれも実物と比べて遜色なく、レラ・フロート(守護者見習い・f40937)の目の前に広がっていた。
 この地にガリアがそのまま再現されたのだ。 
 そう内心で呟きながら、レラは一瞬だけ視線をステージの彼方へと投げかけた。
 劇ステージと、十間程度の距離を隔てた先には、石砂利の広場とコンクリート舗装の駐車場が広がっており、そこには押し寄せた観客たちによる雑踏が出来上がっていた。
 ステージと観客を隔てるのに敷居などは存在しない。観客とレラ達演者を、物理的に隔てるものなど何一つとて存在しなかった。
 だが、レラには、ホログラム映像の切れ間には、不可視の境界とも言うべき、透明な障壁が一層立ちはだかっているように感じられて仕方がなかった。
 そして、この透明な障壁に阻まれて彼我ははっきりと分かたれたのだ。
 ホロティウス監督による脚本、演出班の努力によって世界には線がひかれたのだ。
 そして内なる世界は、副帝ユリアヌスを演じるギュスターヴ・ベルトラン、その恋人ディアナ役を演じる姫川・遥華、舞台を支える演者たちによって、幻想の古代ガリアへと姿を変えたのである。
 そして、今、レラもまた、アンミアヌス・マルケルスその人となってこの世界の中へと足を踏み入れたのだ。
 レラは、現実から舞台の中へと視線を戻した。
 握りしめた銀色の槍をそっと下ろして、左手で甲冑を整える。
 アンミアヌス・マルケルスとして佇まいを正した。
 そうして、再び、|レラ《アンミアヌス》は、厳そかに屹立する、ユリアヌスの居城を真正面に見据えるのだった。
 本番に向け、レラはホロティウス監督による厳しい指導下で、何度も台詞の読み合わせを行った。
 身振りてぶりを交えながら、ホロティウス監督が要求する演技をレラは何度も繰りかえしてきた。
 その甲斐あって、レラは申し分ないレべルまで自らの演技力を引き上げることが出来たと自負している。
 レラはゆっくりと呼吸を整えた。
 無言のまま、体内時計で精時を刻む。頭の中の秒針が二目盛ほどを移動した。
 二秒を数え終えたところで、予定調和の如くホログラム映像が移り変わっていく。固く閉ざされた城門が軋みを上げながら開かれてゆく。
 更に一秒ほど、時が経過したところで、今度は立体映像は陽炎のように霞みだす。ついで立体映像は、ぐずりと崩れ、そうして粉々に砕け、無数の白い光の泡となって飛び散った。
 会場全体が光の奔流に飲み込まれ、洗いだされてゆく。
 一度あふれ出した数多の光の粒は、ますますに勢いを増してゆき、巨大な波となり周囲へと伝播してゆくのだっった。
 光の波が、暮色の大気をなぞるたびに、大気は粉雪の様な純白の輝きで色めき立っていく。
 視界は銀一色に覆われていた。
 今や、人影は愚か、外界のすべての景色が白い光に覆われて、淡く霞んで見えた。
 光はますますに光量を増してゆき、そうしてついぞ極限に至るや、今度は急速に消褪していく。
 光がぱちぱちと音を上げながら砕けていく。
 大気より、純白の輝きは消え失せて、空は紅色に塗り替えられていく。無数の観客たちが再び姿を現前させた。
 残光が銀色の砂となってぱらぱらと舞い落ちてゆく。
 淡い光の反映の中で、次いで、レラのもとへと飛び込んできたのは、ホログラム映像によって造形されたイオニア式の列柱回廊であった。
 左右から挟み込むようにして、数多の石柱がレラの視界の果てへと連なっている。
 左右に居並ぶ列柱は、まっすぐと伸びてゆき、最奥部で左右に分かれると、今度は円を描きだして、左右から一つに繋がった。
 砕け散った無数の光の粒は今や白光する大理石へと姿を変え、足場を埋め尽くしている。
 白く輝く足場の上には、ふっくらとした赤絨毯が敷かれ、奥間へと続く道しるべを示した。
 赤絨毯の途切れた先、やや開けた空間には玉座が置かれ、玉座の右手には長身の青年の姿がある。
 副帝ユリアヌスその人だ。
 ユリアヌスは、純白のトーガを身にまとい、鷲の彫刻が設えてある錫杖を右手に握りしめていた。
 鮮やかな紅色の外套を纏い、優雅に微笑を浮かべている。
 肩元で綺麗に切りそろえた焦茶色の髪は、ゆるやかにウェーブし、風にそよがれ、優雅にたなびいていた。
 ユリアヌスが、|レラ《アンミアヌス》へとおだやかな微笑を投げかけて来る。
 練習中、なんども自らに向けられた笑みだ。
 そのはずだった。
 しかし、なぜだろうか。この土壇場でユリアヌスが見せた笑顔は、練習中のそれとは印象を異としており、どこか飄逸としたものであり、そこには何かを決意じみたものが秘されているように感じられた。
 以前の笑みとの間に明かな懸隔がある。
 ユリアヌスの金色の瞳が寂寥の色を湛えて、揺れ動いた。
 黄金の瞳に常に付きまとう悲哀の翳りの奥で、穏やかな意思の光が零れだしていた。
 彼は台本によって規定された副帝ユリアヌスでは無い。かといって、ギュスターブ・ベルトランその人でも無かった。
 彼は、副帝ユリアヌスであり、ギュスターヴ・ベルトランその人であった。
 皇帝ユスティニアヌスと決別する事を選び、その上で正面から対峙する事を選んだ副帝ユリアヌスその人であったのだ。
 レラは一人、固唾を飲んだ。
 指先に力を込めて、槍の柄をきつく握りしめる。
 目前のユリアヌスに対する思い、そして、アンミアヌスという役柄に対する想いを演技へと昇華するのだ。
 そして、この舞台を通して、レラ・フロートという一人の人間のココロをユリアヌスに、そして観客たちへと伝えるのだ。
 自らに言い聞かせながら、レラは眦を吊り上げた。
「今、ローマは滅亡の危機に瀕しているのです。あなたを置いて他の誰がこの窮状を救うというのでしょうか?」
 雄々しく足を踏み鳴らしながら、レラはユリアヌスの前へと躍り出た。
 台詞通りに、捲し立てるようにそう言うと、右膝を折り、ユリアヌスの傍らに膝まづく。
 しばし、ユリアヌスは黙ったままだった。
 副帝ユリアヌスが、悄然と肩を落とすのが見えた。蜂蜜色の瞳を動揺させながら、ユリアヌスは嘆息まじりに言質を吐く。
「分かっているよ、役目を果たさなきゃいけないのは。だけれど、物心つく前に母を失い、幼少の頃に父を殺された。兄は謀反の罪で殺されたんだ。そうして僕は無理やり副帝位に据えられた。いつでも取り換えの利く置物。それが僕だ。そして、僕はこんな冷遇を受けながらも…皇帝をどこかで信じていたんだ」
 ユリアヌスは、自分の弱さを告白するように呟いた。
 途中までは台本通りの予定調和な台詞が抑揚の無い声音で紡がれた。だが、最後の最後で、副帝ユリアヌスは愁眉を開き、達観したように自らの肉声を解き放ったのである。
 まったくの予想外とは思わなかった。
 この不調和こそが、ホロティウス監督が役者たちに要求したものだったからだ。彼が重視したのは現代の演劇への反映であり、演者たちの生の声だった。
 ホロティウス監督による演目『背教者ユリアヌス』は、舞台こそ四世紀のガリアであり、主人公と言えば背教者皇帝ユリアヌスであったが、厳密な意味では歴史劇では無い。
 当時の風習を可能な限り再現しつつも、演目は思想面では現代劇に即した作りとなっていた。
 演劇は過去を通して、現代を語っていた。
 ギュスターブ演じるユリアヌスも、レラが扮するアンミアヌスも、歴史上の単なる記号ではあってはならないのだ。血の通った、ココロを持った一人の人間として、過去を舞台にして人々の心に訴えかけなければならなかった。
 レラは項垂れたままに、赤絨毯の一点を注視した。
 決まってレラの背を押すのは、燃えるような紅玉の揺らめきだった。
 不可視の指先がそっと頬を撫でた気がした。
 次なる言葉が、自然と思い浮かばれた。視線を上げてユリアヌスを仰望する。矢継ぎ早にレラはユリアヌスへと詰問する。
「今は違うとおっしゃるの、ユリアヌス?」
 レラの言葉にユリアヌスは曖昧に首を左右させる。面長な美貌に、一瞬、迷いの様なものが黒い影となって横切った気がした。
「いや…。皇帝は僕を疎んじている。それは事実だ。しかし僕が戦う理由はそこにはない。皇帝ユスティニアヌスは、今やローマ全土に災厄を振り撒こうとしている。戦うという選択肢以外を僕は選ぶことは出来ないさ…。皇帝とは決別する。だけれど同時に僕は彼と向き合いたい。逃げるのではない。決別した上で、もう一度、彼と向き合い、戦うんだ。そのために僕は剣を取る」
 苦笑がちに、ユリアヌスが言った。 
 しかし、淀みなく紡がれたユリアヌスの言葉には迷いの色は感じられなかった。金色の瞳は、穏やかな意思の光を湛えながら、レラを真正面から見下ろしていた。
 彼が自らの葛藤に折り合いをつけようとしていることが、レラにはなんとはなしに理解できた。
 対して自分はどうだろうか。
 ジェミ姉様…との言葉が喉元へとこみあげてくる。
 口元をきつく結び、口元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。
 震える指先を固く握り、指先を槍の柄へめり込ませる。
 激しく揺れ動くココロの動揺を必死に抑えつつ、レラはユリアヌスへと相対する。
「戦われる…とおっしゃるのですね。ユリアヌス…。…僭越ながらユリアヌス様。一つお答えくださいませ」
 レラとユリアヌスとの視線が一時、交錯する。落ち着き払った金色の瞳は雄弁にユリアヌスの意志を物語っているようだった。
 ユリアヌスがやおら、瞼閉じた。彼は、穏やかに笑ったまま、まるで神父がするように、前屈気味に背を折ると、胸の上に掌を重ね、首肯でもってレラに答えてみせた。
「ユリアヌス、あなたには兄がいらっしゃったとお聞きしました。…私にも大切な家族がいます――」
 自らの声がうわづったように震えている。辛うじて飲み込んでみせた姉に対する思いが堰を切ってあふれ出さんばかりだった。
 姉の笑みをレラは決して忘れることは無かった。
 姉の中には、慈愛と勇壮さとがなんら矛盾することなく同居していた。
 ジェミ・フロート。最愛の姉の存在が傍らにあったからこそ、自分はココロを得ることが出来たのだ。
 ぎゅっと胸が鷲掴みにされるようだった。
 姉を想うたびに、決まって胸裏には、薔薇の棘で刺し貫かれたような、そんな甘美な痛みがで広がっていくのだ。
 ココロは欠陥だらけだ。
 だれかを想うたびに、ココロは激しく動揺して、時に制御できないほどに神経を揺さぶってくる。
 今だってココロがあるからこそ、レラは激しく胸を締め付けられているのだ。
 だけれども、この制御不能なココロというものをレラはなによりも尊く感じている。
 あの日、姉のおかげでレラの中でココロが芽生えた。ココロはいわば姉よりの贈りものであった。そして、この掛け替えのないココロを通してイノチに触れた時、レラは輝く命の尊さを知ったのだ。
 ヒトの命とは有限であまりにも儚いものだった。それは蛍の光とも、線香花火とも形容できるだろう。
 しかし、レラは弱弱しくも、しかし何よりも眩く輝く命にこそ生の本質を見出したのだ。
 左手を甲冑ごしに胸にあてれば、心の臓が力強く鼓動するのが分かった。
 自分の中でも命は脈動している。
 この命にかけて、レラは地球のために戦う事を選んだのだ。
「ユリアヌス。教えてください――。あなたの兄の事を。あなたにとって兄とはいかなる人だったのでしょうか。そして彼を失った時のあなたのココロを私は知りたいのです」
 まるで縋りつくかのような声だった。
 姉を喪失するなど、想像さえしたくない。
 だが、現状を考慮すれば、最悪の事態は常に想定しなければならなかった。
 斜陽が、爛れた赤銅色の陽射しを大理石造りの足場へと落としている。陽射しは、大地を赤く染め上げ、そしてユリアヌスの端正な面差しをも仄かな朱色に化粧していた。
 レラの視線は端正なユリアヌスの面差しへと注がれていたが、内なる視線は常に在りし日の姉を求めて彷徨い続けていた。朱色に燃える世界の中で、やはりレラが感じ取ったのは最愛の姉の姿だった。
 水を打ったような静寂が列柱回廊に沈滞していた。
 ユリアヌスが瞳を開くのが見えた。
「厳しい人だったよ――。強くて、苛烈で…。だけれども兄ガルスは僕を信じてくれた。不器用な人だからね。分かりやすい形で愛を示すようなことはしなかったけれど、だけれど彼が僕を信じてくれていたことだけは確かだったよ。兄を失った時に最初に感じたのは、虚無感だった。そしてその後、感じたのは彼の意志を引き継ごうとするそんな昂ったココロだったよ」
 艶っぽい低音がレラの鼓膜へと響いていた。
 斜陽に当てられて、石畳や石柱が燃え立っている。姉を彷彿とさせる朱色が、暮れなずむ世界を包み込んでいた。
「愛した人は、あなたの支えとなったのでしょうか…」
 レラは半ば放心したままに、唇を震わせた。ユリアヌスの優しげな面差しがゆっくりと前方へと傾いた。
 やわらかな微笑と共にユリアヌスが首を縦に振る。
「もちろんさ。僕は、兄がいたからこそ副帝の地位につき、皇帝と対峙する事を選ぶことが出来たんだ。アンミアヌス…。君にもいるのだろう。大切な人が」
 ユリアヌスの言葉にレラは無言のまま、一頷きすることで返答とした。
 ユリアヌスは答えに満足したようで、それ以上言及する事無く口を横一文字に結ぶのだった。
 たまらず、レラが声音を零した。
「最愛の人は…皇帝コンスタンティウスに伺候する身にございます」
 言葉短く、ユリアヌスへと告げる。台本には記載されてはいない、レラの肉声だ。そんなレラの独白を、ユリアヌスは磊落とした様子で傾聴していた。
 そうしてレラの言葉に相槌をうちながら、僅かな間を置いて後、再び口を開く。
「君は、皇帝軍と戦えるのかい?そこには姉がいるのだろう。これは僕も言われた言葉だけれどね、逃げてもいい。戦わなくたっていいんだ…。」
 たまらずレラは言葉を詰まらせた。
 ジェミ姉様――。自分に心を教えてくれたあの人は今尚、気高きダモクレスの騎士として人類とは敵対する立場にある。
 姉の性分とは、よく言えば実直であり、悪く言えば生真面目とも取れるだろう。
 姉は、いかなる不遇を被ろうとも、如何に司令官が酷逆たろうとも、謀反という手に訴える事は無いだろう。
 ならば姉と矛を交えるという最悪の展開は覚悟しなければならないだろう。
 奥歯を強く噛み締めて、空を見上げた。
 水平線の先、西空には、夜を告げる漆黒の帳が、煌びやかなる茜色の空に滲みだしていた。
 夜の漆黒は、宇宙の闇の反映だ。
 この無限とも思しき暗闇が、地球とデウスエクス本星を遮っているのだ。
 無限に広がる黒い海原の果てに、ジェミやレラが過ごしたデウスエクスの本星は存在する。
 姉と妹として再び、逢いたい。だけれど地球の守護者としては、逢いたくない。
 しかしレラには、きっと自分と姉とはどこかで巡り会うだろうという、そんな確信があった。
 吐息と共にレラは呟く。未だ覚悟は定まらない。それでも、レラはあらんかぎり、声を振り絞りユリアヌスへと誓うのだった。
「…戦います。ユリアヌス。あなたが人々のために戦うというのなら…。すべてが終わった後で、歩んだ道に誇りを持てる――そんな戦いをあなたがなさるというのなら、私はあなたの刃となりましょう」
 あえて声に出すことで自らに言い聞かせる。ひとたび言葉を吐き出せば、槍を携えた右手にかつての温もりが蘇ってくるようだった。
 ジェミ姉の右手は、ヒトのそれと同じ、小春日の様な温もりに満ち満ちていた。
 あの日、姉の掌を通して、レラはココロ知った。
 今度は自分の番だ。この小さな掌で、姉を手繰り寄せてみせる。今は槍を振るうためのこの手で、未来を掴むのだ。
 レラは瞠目がちにユリアヌスへと会釈した。ユリアヌスが声を弾ませて、レラへと答える。
「あぁ、もちろんさ、アンミアヌス。君に誓ってみせるよ。戦いによって変化を求めるなんて変な話かもしれないけれど、戦いを通じて、僕は変わって見せる…」
 ユリアヌスはそう言うと、左方へと目を移した。ユリアヌスの視線の先、ちょうど、列柱に身を預けるようにして、薄絹のトーガを身にまとった女の姿がある。深いスリットからは、白くなまめかしい素足が顔を覗かせていた。一見すれば淫靡にも見え、しかし女からは一種、気品の様なものが漂っていた。
 ヒトは常に二面性を抱えている。
 ユリアヌスも、ディアナと呼ばれる女性も、そしてレラ自身もそうだ。
 もしかしたら、ジェミ姉様にも当てはまるのかもしれない。
 レラから見たジェミとは超越者としてのヴェールを纏った、気高き存在そのものだった。
 もちろん、姉は高潔な人だ。だけれど、レラの知らぬ側面を姉も有しているのかもしれない。
「ユリアヌス…。分かりました。ならば、私も――この命を、魂を掛けて、あなたと共に戦います。ただ、愛する者と愛する世界のために…。皇帝のもとへと向かいましょう」
 台本通りの独白を呟いて、レラは立ち上がる。
 そうして颯爽と身を翻して、来たし方を臨めば、落日がレラをじっと見下ろしてくる。
 自然、左手が赤い夕陽を求めて虚空を彷徨った。
 伸ばした左手が夕日を掴むことはついぞ無かったが、しかし、夕日が齎した微熱は、レラの指先に絡まり、そうして、全身へと伝わって、ココロが生まれたあの日と同じ体温でもってレラのことを高揚させるのだった。
 日が暮れてゆく。
 間もなく、晩秋の穏やかな夜空が大空に姿を現すだろう。無数の星々に抱かれた、優しい夜空に違いない。
 平生は目を反らしてきた夜空が、今日ばかりは待ち遠しくて仕方が無かった。
 遠く潮騒のように観客たちの歓声が響き渡っている。
 ホログラム映像が切り替わり、次いで、舞台に幕が降ろされてゆく。
 皇帝とは、ユリアヌス役を演じるギュスターヴにとっては、また因縁じみた人物の象徴であったろうし、レラにとっては姉の比喩でもあった。
 未来における邂逅を覚悟して、それぞれの思いを胸に秘しながら、レラは一歩を踏み出した。
 ここに舞台『背教者ユリアヌス』は大盛況で幕を閉じる。
 夕空で、一番星がにわかに輝きだした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハル・エーヴィヒカイト

連携○
演劇への参加:第一次上田城合戦:真田幸村

監督はまるで鍛冶師のようだった。俺はさながら鍛たれた刀。
演技自体拙くはあろうが、それでも彼が望んだ真田幸村を演じ切ることに何の不安もありはしない。
剣を槍に持ち替えて(槍と言う得物には少々苦い思い出があるがそれも既に昇華した話だ。実戦で振るうこともある)
監督が示し俺が思う真田幸村を全身全霊で演じ切って見せよう。

[心眼]で舞台を見渡し俯瞰する
[気配感知]で自身がどう見られているか
[集団戦術]で舞台上の皆の動きも常に意識し
[念動力]を駆使したアクションも取り入れ
ここぞというタイミングを[見切り]観客の心を掴む
「真田幸村ここにあり」と言うことをこの場にいる皆に示そう



●神に挑むヒト
 時は十四時をわずかに回った昼下がりの午後、ぎらつく陽射しがU城址へと照り付けている。
 陽に当てられて、山々を彩る黄葉まじりの木々が燃え立つように赤く染まる。市街地外縁の防壁群が、胸壁に黒い艶を滲ませながら輝き、濃い影を地上へと落とした。
 日陰の中、U城址は白い城壁を幻想的にそびやかしている。
 ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)が所在する場は、昼日中のU城址である。
 場所は二の丸で、元来、吹きさらしの広場であったはずだ。
 本来ならば、射しこむ陽光によってこの場所は光に満ち満ちていいるはずだった。
 しかし、ハルの目前は薄暗がりに閉ざされていた。
 薄闇を照らし出す光と言えば、太陽光のそれとは異なる囲炉裏の中で燃える篝火だけだった。
 ハルの四方からは、落剥しかけた漆喰壁が迫っていた。壁面には、燭台が飾られ、燈火が煌々と赤く揺らめいていた。
 透かすようにして、漆喰壁を睨み据えれば、漆喰壁の彼方で、玉砂利を敷き詰めただけの広大な駐車場が広がっていることに気づく。
 駐車場を埋め尽くすように無数の観客たちが雑踏し、人いきれが濛々と舞い上がっていた。
 中天に鎮座する太陽が銀色の陽射しで肌を灼いている。
 既に秋は深まり、ついぞ終焉を迎え、冬の訪れを彷彿とする冷気が乾いた大気の中に感じられた。
 上方を見据えれば、天井壁は透過され、雲一つない、抜けるような紺碧の空が黒天井の彼方にぼんやりと見て取れた。
 秋空というよりは冬空というのが相応しく、空は寒々と蒼く澄み渡っていた。冬空が齎す寂寥感の予兆が青空にわずかに滲みだしている。
 果たして、ハルは今、立体映像が作られた隠れ家に身を置いたのだ。
 黒い光沢を上げる漆喰壁も、立てかけられた松明も、部屋の真ん中に置かれ、ぱちぱちと金粉を撒き散らす囲炉裏も、ハルの周囲を取り囲むものはすべてがホログラムによって構成された虚像にすぎないのだ。
 今、ハルを取り囲む古家屋とは所詮は、目の錯覚が生み出した現実に紛れ込んだ、虚像に過ぎなかった。
 だが、ホログラムによりハルはいわば二つの世界の境界にその身を置いたのだ。
 一つは監督により鍛えられた演者としてのハル・エーヴィヒカイトである。これは、いわば現実の延長線上にあるハルである。
 俯瞰的に舞台を見渡して、観客の気配を感知する。常に自分を客観的に評価しながら、観客たちが求める役割を演じる演者としてのハル・エーヴィヒカイトである。
 そしてそんな演者としての仮面とは別に、ハルは、真田幸村としてのもう一つの素顔もまた虚像の世界によって塑造されたのである。
 かつてのブレイド世界を戦い抜き、そして日々を生きてきた。自問自答を続けながら、守りたい世界を想い、そうして生きてきた自分を投影した真田幸村としての仮面である。
 この演者と、自らの分身とも言うべき真田幸村像、この二つの存在には今やハルの中で何ら矛盾すること無く同居しているのだ。
 そして、二つの存在を意識することでハルは、|ハル《幸村》となりえたのだ。
 射しこむ陽射しは、むしろ囲炉裏が齎す微熱を彷彿とさせた。自然と、ハルの視線は幸村のそれと変貌する。
 視線を上空から前方へと移せば、囲炉裏を挟んで対座する、父、真田昌幸と目があった。
 父、昌幸は不敵な微笑を深い皺を蓄えた口元に浮かべると囲炉裏の傍らに置かれた、碁盤へと手を伸ばした。
「さて、続きといくかの」
 言いながら、昌幸が盤上へと黒石を盤上へと伸ばすのが見えた。
 上田城合戦とは、天正十三年の夏に徳川、真田両陣営で行われた合戦であり、現代にいたるまで多くの脚色を咥えながらも喧伝されてきた。
 寡勢が大軍を打ち破るという状況には胸躍るものを感じるというのは、古今東西問わず、全ての人類にとって共通事項なのだろうか。
 判官びいきと言われればそれまでだが、講談を始め、小説や漫画、更には映像作品といった各種媒体で描かれたこの戦いにハルは特別な感情を抱いていた。 
 ブレイド世界において人類は常に劣勢を強いられてきた。ハル自身、絶望の淵で踏みとどまり、それでも尚、刃を振るいついぞ、デウスエクスに打ち勝った人類の一員としての自分に誇りを持っていた。
 劣勢という点に関して言及するならば、DIVIDE世界においても同様の事が言えるだろう。
「わかりました、父上」
 阿吽の故郷で台本通りに老人へと返事する。
 英国第四軍総司令官であるグランデ老演じる真田・昌幸がハルに応じて、盤上を碁石で叩くのが見えた。
 皺にまみれた、彫り深な面長からは妙な威厳の様なものが感じられた。
 綺麗に切りそろえられた白髪を蓬髪に崩し、薄らとした唇を、皮肉げにゆがめている。軍服を脱ぎ捨て、かわって浅葱色の直垂に身を包み、幅広な両肩に熊の毛皮を羽織っている。
 よく手入れされた白髪や顎元に蓄えた豊富な白髭は墨黒色に染められており、初老の男から老いの翳りを取りさっていた。
 もはや、男の事を老人と呼ぶことは出来まい。
 チャリティイベントの開会を宣言したグランデ老は、英国紳士の仮面を脱ぎ捨てて、戦国乱世を謀略と武勇でもって駆け抜けた戦国武将、真田昌幸へと生まれ変わったのである。
 昌幸が口元を愉快気にゆがめるたびに、顎元の黒ひげが、胡乱げに揺れ動く。
 この老人もまた、これまで必死にデウスエクスの猛攻を支えてきのだ。
 なるほど、真田昌幸役には適役の人材と言えるだろう。
 かさかさの唇を皮肉げに半開きながら、グランデ老扮する昌幸が|ハル《幸村》へと呟いた。
「徳川は今や、八千の兵で我が城を取り囲んでおる。…して、幸村よ。わ主が徳川の将であるのならば、この難攻不落の上田城をいかにして攻めあがる」
 ふむと、一頷きすると|ハル《幸村》もまた自らの碁石へと手を伸ばした。白の碁石を掌の中で転がしながら、盤上の一点を鋭く睨み据えた。台詞を脳裏で確認し、ついで、躊躇いがちに吐息をつく。
 狙うは一点だ。守りに徹する父へと鋭手で応える。黒の碁石に隣接するように白の碁石を盤上に並べた。
 隣り合う白と黒の二色の碁石を一瞥し、次いで|ハル《幸村》は父、昌幸へと視線を戻す。
 努めて爽やかに声音を弾ませつつ、|ハル《幸村》が返答した。
「まずは一手、南より攻め入りましょう」
 くぐもった笑い声が響いた。
 昌幸だ。
 昌行は、哄笑ながらに眉根を寄せると、試すような視線を|ハル《幸村》へと投げかけた。
「しかし、白の南部には千曲川が流れておろう。渡河の際に巨大な障害となるのは必定よ」
 流暢な日本語でそう言い放つと、昌幸は、取り出した碁盤の上に次なる一手を指した。乾いた叩打音ともに、盤上の中央に、黒の碁石が躍り出た。
 再び、昌幸が黒の碁石で攻め立てたのだ。黒の碁石が連なり、白の碁石を取り囲まんと蓋をしている。
 すかさず、ハルが反撃に転じる。
「そう、千曲川は障害と誰もが考えます。しかし、父上――、故にです。堅牢な陣地が故に油断が生じるのです。相手の虚をついての一手にございます」
 いいながら、北部より圧迫する黒の碁石に備えるようにして、ハルはさらなる一手を打つ。
 父、昌幸が一瞬、手を止めた。
 昌幸は、皺だらけの掌の中で黒の碁石を擦り合わせると、盤上へとゆっくりと視線を落とした。
 しばしの静寂がステージ上に木霊する。
 静けさの中、昌幸が再び盤上を黒の碁石で鳴らす。
「よう言った、幸村よ。しかし、隙とみた虚こそ、わが策謀やもしれぬぞ」
 昌幸が続いて次なる一打をうつ。直線上に並んだ碁石から突出するようにして、黒の碁石が盤上に躍り出た。
 主戦場から離れた碁石は、周囲の碁石から孤立している。
 多少の牽制にはなるだろうが、容易に取り除くことが出来る。
 |ハル《幸村》は突出した黒の碁石を排除すべく一手を打った。
 碁の勝負はそもそも台本には無かったが、グランテ老の提案でこうやって演劇に挿しこまれたのである。
 ハル自身、決して手練れというわけでは無かったが、しかし心得程度はある。
 初心者を卒業した程度のハルから見ても、グランテ老演じる父昌幸の一手は、やや性急なものであるように見えた。
 完全に悪手だ。
 奇をてらいすぎたがために、あまりにも不用意に突出したといわざるを得ないだろう。
「しかし、策士、策に溺れるという言葉もありますぞ、父上」
 ハルは突出した碁石を遮断すべく返す刃で敵の退路を塞ぐ。
 父グランテが皮肉げに歪んだ口端を釣り上げた。
「はは、さりとて、策をめぐらさなければ数で勝る敵には勝てまいて。大海が我らを飲みこもうとするのならば、我らは智でもって荒波を御さねばならぬ。それが…真田の兵法よ。溺れる覚悟なければ、ただ波に砕かれて藻屑と化すのみよ」
「父上らしいですな」
 グランデ老の明朗とした磊落とした物言いは、ハルにとっては心地よく、かねてより父という存在が希薄であったハルには、例え、その関係が演目という仮初の世界におけるものであっても、頼もしくもあり、心震えるものであった。
 必然、声音は張りを増して、台詞を読み上げる声に熱が入る。
 問答を続け、碁石を指しかわしていく。
 黒と白を持った指先が幾度も交錯して、盤上を碁石が囲んでいく。
 そのまま歓談交じりに孤立した黒の碁石を巡って、攻防を繰り広げてゆく。
 ちょうど、十手目を互いに打ち終えたところで、|ハル《幸村》ははっと手を止めた。
 見れば、攻め込んでいたはずの自らが完全に守勢に回っているのだ。
 まるで奇術師が指先のカードをまったく別のものへと変化させて見せるように、父、昌幸は一見、無謀にも見える一手で|ハル《幸村》をつり出して、打ち取って見せたのだ。
 ここに態勢は決した。
 今や、盤上にならぶ白の碁石は、黒の碁石にぐるりと取り囲まれて、圧排されるばかりだ。
 盤上から視線を上げれば、勝ち誇ったように微笑む昌幸の面長が視界に飛び込んでくる。枯れ木の様な指先が、顎髭をもぞもぞとかきむしっていた。
「幸村よ。この孤立した碁石こそお主よ。虚を突き一気呵成に攻めあがらんとする徳川をお主がつり出すのだ」
 父、昌幸の声が一室の中で響き渡った。
「おぬしの兄、信幸は既に砥石城へと向かった。機を見計らい、出陣を促す」
 父は一息の間に言い切ると席を立った。そうして、壁に立て掛けられていた赤漆塗の十文字槍を手に掴むと|ハル《幸村》へと放りなげた。
 |ハル《幸村》もまた咄嗟に立ち上がり、槍の柄へと右手を伸ばした。刃をつぶした模造槍とは言え、重量は確かなものだ。掴んだ右手がズシリと沈む。
 |ハル《幸村》は口元を綻ばせながら、父、昌幸へと目合図する。
 すかさず昌幸が瞠目で返した。
「なぁ、幸村よ。面白い戦を創り出そうではないか。わ主も、我が血を濃く受け継いでいる。敵は大軍を従えて、余裕満面で攻め込んでくる。そんな敵の横頬に張り手を食らわせて、よしんば脳震盪で地面に沈めてやるのはなかなかに痛快であるぞ」
 昌幸の物言いは愉快気だった。昌幸の言葉に|ハル《幸村》も、たまらず破顔する。
 言葉を交わすたびに、目の前の男に対する親近感はますますに募っていくようだった。
 ハルが首肯すれば、父、昌幸は|ハル《幸村》に先んじて、二歩、三歩と歩を進めた。
「われらが防戦ばかりと思っている敵に一泡吹かせてやろうでは無いか。神の軍勢、不死の軍勢と思っている敵に深く刃を突き付けてやろうぞ」
 軽やかな抑揚と共に父、昌幸の声音が周囲へと反響していった。台本通りの台詞が妙にハルの心中へと馴染んでくる。
 先を往く父の後ろ姿を追いながら、ハルもまた槍を肩に担いで、出陣へと臨む。
 微妙な高揚感が胸中でのたうち回っていた。
 この舞台を現実と錯覚するほどに、全てが現実感を増していく。
 小さな一室には戦争前の緊迫感が色めき立っていくようだった。今やグランデ老は昌幸と化し、ハル自身、平素被っている冷静沈着の仮面を脱ぎ捨て、|ハル《幸村》へと変貌を遂げたのだ。
「まさしく、父上の言う通りでしょうな。では…往くとしましょうか」
 父に続いて囲炉裏部屋を辞去し、外へ出る。
 瞬間、ハルやグランデ老の出立に続き、周囲の景色が陽炎のように歪みだす。
 ここに場面は戦場のそれへと変転していくのだった。
 上田城を巡る徳川と真田の戦いの火ぶたが今まさに切って落とされようとしている。

 千曲川の水面は、射しこむ真昼の陽射しを浴びて、黄金の揺らめきを湛えている。時折、舞い落ちる紅葉が水面に穏やかな波紋を刻んでいた。
 後背の山々が紅葉の色に染めあがる中で、山の中腹より滔々と流れ落ちる千曲川が平野に広がる水田を並々と満たしていく。
 晩秋の上田盆地において、しかしステージ上には真夏の上田城が投影され、攻城のために詰め寄せる無数の兵たちがひしめき合っている。
 兵の優勢は徳川方にある。
 しかし攻め寄せた兵たちの顔色は、にわかに青ざめ、まるで石像のように立ち竦んでいた。
 それもそうだろう。
 無数の兵の前に立ちはだかったのは、鉄壁の城塞であるのだから。
 ゆるやかに流れる千曲川を前方に抱きかかえるようにして、上田城は往時の威容そのままに、雄々しく堅牢なる胸壁をそびやかしている。
 城周囲に巡らされた水堀の先、石垣を幾重にも張り巡らされた上田城が威風堂々と攻め寄せた兵士たちを見下ろしていた。
 全てはホログラムで再現された上田城に過ぎないと理解しつつも、ハル自身、自らの後方に控える難攻不落の名城は、実物そのものの威圧感を放っているように感じられた。
 いや、まさに実物と言っていいだろう。
 この場に居合わせたすべてのものが、今、一つの物語を創り出している。その物語の中で今、全ての虚構は現実として昇華したのだ。
 そして、数百年の時を経て、上田城合戦は現代で、再び語られようとしている。
 |ハル《幸村》を城門をくぐり、城外へと出陣すると、居並ぶ徳川兵らを目掛けて槍を振り上げた。
 槍という獲物にはやや苦い思いでがあるのは確かだった。とが、今は妙にこの日は槍が手に馴染んだ。
 この地にはもしやすれば、戦国期の英雄が、いやこの地に住むもの達によって語り継がれてきた英傑の魂が未だに根付いているのかもしれない。
 声にもならぬ声が、ハルの背中を押しているのだ。
 この大地で未だに色褪せる事無く脈動する、戦国時代の英傑、真田幸村の魂がいまやハルをもって真田幸村とせしめたのである。
 太陽は南中を終えて、今や西空へと移りつつあった。
 |ハル《幸村》が槍を振り上げれば、鋭い槍先が陽射しを浴びてじわりと金色を湛える。
 ――監督が示し俺が思う真田幸村を全身全霊で演じ切って見せよう。
 これは過去の物語では無い。
 デウスエクス、いわば神を僭称する畏敬の神々を前にして、それでも尚、不退転の覚悟で戦う事を選んだ現代を生きるケルベロス、そして猟兵、市民の物語だ。
 そして、これは異世界のブレイド世界、そしてディバイト世界を通じて戦いを続けた、ハル・エーヴィヒカイトというケルベロスが紡いできた物語なのである。
 ふと微笑がハルの端正な口元から零れた。
 凛然とした微笑だ。だが、どこか熱気のようなものが絡みついていた。
 振り上げた十文字槍で虚空に円を描けば、穂先よりは赤い火花がぱちぱちと舞い上がる。念動力によるささやかな演出であったが、ステージ外の観客には好評だったようで、潮騒のような歓声が至る所から轟いた。
「われこそは、真田幸村。三河の軍勢には、もののふはいないとお見受けする。不死を気取ろうとも三途の川を渡るのは怖かろう。命惜しくば、とく去るが良い」
 声を張り上げて、|ハル《幸村》は居並ぶ兵らをたきつける。
 隊伍を組む無数の兵士らが気色ばんだように目を怒らせた。
 彼らの演技は、演劇の一幕とは思えないほどに、鬼気迫った迫真のものだった。
 もはや彼らは単なる役者たりえなかった。彼らの表情も立ち振る舞いも、そのすべてが、戦国時代を生き抜いたもののふそのものだった。
 静寂が破られたのは、数多の兵らの怒声によってであった。
 ずらりと円陣を敷いた兵の一団が、半狂乱になったかのようにハル目掛けて襲い掛かってくる。
 兵士らは、三々五々で隊伍を組み、黒い波が海辺が打ち付けるように、一隊、また一隊とハルへと迫りくる。
 振り上げられた無数の大槍は隙間なく空間を埋め尽くし、上下左右からハルへと襲い掛かる。
 銀色の閃光が目前で無数に瞬いた。
 とはいえ、数多の実戦を潜り抜けたハルにとっては、彼らの槍撃などは素人のそれに等しい。槍の穂先は緩慢とした軌道を描くばかりであったし、槍撃はスローモーション映像そのもので、容易に対応できるものだった。
 半身を翻して、振り下ろされた第一の槍撃を紙一重でいなしてみせる。
 勢いそのまま、軽やかに大地を蹴り上げ左方へと飛びのき、次なる斬撃を回避する。
 横なぎを跳躍して避けてみせ、次なる刺突を切り払う。
 そうして、全ての攻撃を完全にいなしたところで、隙だらけの敵部隊へと反撃へと移る。
 するりと低空すれすれを疾駆して、周囲の敵すべてを槍の間合いに捉えた。
 右足を軸にして、上体をしならせる。
 体を捻り、力を溜め込み、その後一挙に放出すれば、十文字槍の穂先は鋭い円形軌道を描きながら周囲の兵士らを切り裂いていく。
 槍撃が烈風を生み出し、地面の砂塵を濛々と巻き上げる。
 もちろん、ハルは演者たちを傷つける意図はない。あえて、胴先三寸を掠めるようにして、槍を振るったのだ。
 しかし、兵士らは一流役者の面目躍如というところだろうか。
 兵士らは、実際には槍撃を受けていないにも関わらず、大仰と後方へと吹き飛ぶと、地面に倒れ伏せ、わずかな痙攣の後、完全に動きを止めた。
 ハル自身、もはや手加減を忘れ、実際に兵らを切り払ったのではないかと思うほどに、兵士らの演技は迫真感に満ちていた。
 |ハル《幸村》は再び声を弾ませる。
「ここには、神祖はおらぬとお見受けする。二流三流の兵でこの真田幸村を打ち取とうとは片腹痛い」
 嘲笑まじりに敵兵らを睥睨して、ハルはくるりと身を翻す。
 そうして、台本通りにステージを走り去ってゆけば、敵兵は鼻息を荒げながら、ハルを追撃するべくホログラムの城中へと堰を切ったようになだれ込んでくるのだった。
 結果、ここに徳川軍の進退は完全に決まったのである。
 史実の上田城合戦の再現通りだ。
 敵兵は、|ハル《幸村》を追いホログラムの城内へと誘い出されると、そのまま三の丸、二の丸を踏破し、本丸まで迫った。
 しかし、敵軍が本丸へと押し込んだのも束の間、ついで、赤い閃光が四方八方から迸り、甲高い無数の銃声が轟いだ。
 走り去る|ハル《幸村》の後方で一人、また一人と徳川の兵が倒れ伏していくのだった。
 満面顔の徳川兵らが顔面を蒼白にするのが見えた。地団太を踏む者、金切り声をあげるもの、恐怖で顔を引きつらせるもの、ありとあらゆるものの姿がある。
 銃声は鳴り止むことは無く、ホログラムで作り出された銃弾が徳川兵らを撃ち抜いていく。兵士らの屍が積み上げられてゆき、詰め寄せた徳川の陣形が、先細りに伸び、ついぞ、ぴたりと途切れた。
 ここに攻めてと守り手の形勢は完全に入れ替わる。
 戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈する。
 意気揚々と攻め寄せた徳川方は、壊走へと移り、まるで蜘蛛の子を散らすようにてんでばらばら八方へと逃げ惑い、そして一体、また一体とこと切れていく。
 |ハル《幸村》が、そして父昌幸、真田の兵士らは続々と攻勢に転じていく。
 気づけば、戦場には徳川勢の兵士らの姿はなく、鬨の声を上げる真田の兵士らの姿があるだけだった。
 そして、上田城合戦終了と共に、観客席からけたたましいまでの喝さいが生じた。
 舞台は大成功と言えるだろう。
 ハルは、舞台成功の余韻を感じながらふと空を見上げる。
 未だ空は青く澄み渡って見えたが、東山にかかるようにして黒雲が一条、空にたなびいていることに気づいた。
 ハルは後世を生きる者として、上田城合戦後を勝利に収めた真田家のその後の苦難を多少なりとだが知りえていた。
 真田家は戦術レベルでは徳川家を打ち破ったものの、その後、太閤秀吉を介して結ばれた真田、徳川間の講和条約においてはさんざんな煮え湯を飲まされた。
 結果、真田家は戦場では勝利したものの、徳川家の風下に立つこととなる。
 その後も、真田家は小大名として乱世という荒波に翻弄され、小田原合戦、関ケ原、更には大坂の陣を経てゆく。
 もとより、真田家と徳川家の間には圧倒的な国力差が存在していた。
 局地的な戦術的勝利を得ようとも、決して真田家が大局的に徳川家を打ち破ることはありえはしなかったのだ。
 現代において、人類とデウスエクスの戦いとは人類側にとって一方的な防戦を強いられているといっていいだろう。
 不死の存在デウスエクスは、幾度、打ち破ろうとも再び現世へと蘇る地球侵攻の兵となる。
 不死なる存在との戦いとは、いわば真田家の上田城合戦そのものだ。
 だが、|ハル《幸村》はそれでも尚、戦い続けるのだ。デウスエクスという異形の神々にくさびを打ち続けるのだ。
 再び、暗雲がこの地を覆いつくそうとも手にした剣で市民たちを守り続けてみせる。
 それこそが、ハルの出した答えであり、真田幸村への誓いなのである。
 強力な敵の横面に張り手を入れ続ける、それこそが|ハル《幸村》にとっての戦いなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

大宝寺・朱毘
連携歓迎。
公序良俗に反する行動、利敵行為、過剰に性的な描写はNG。

アイドルでありロッカー。
ロック(漢気があるとほぼ同義)な様を好み、「ロックだ」と感じれば味方はもちろん敵でも賞賛することがある。
民間人への被害を嫌い、救助活動などには全力を尽くす。

使用武器は黒いボディに炎の模様が入ったギター『スコーチャー』
演奏によって音の爆弾や衝撃波を生み出してぶつけるという戦法を好む。
必要なら演奏を続けつつ蹴りなども行う。

冒険では、魔力任せに障害を吹き飛ばすといった行動が得意。ただし地頭が悪いわけでもないので、搦め手が必要ならその都度考える。

台詞例
「いいね、ロックじゃん」
「こっちゃ世界の命運背負ってんだよ!」



 墨汁を垂らしたような濃密な暗闇が世界を包み込んでいる。
 森閑と佇む暗闇は、しかし不気味さや恐怖の対象では無かった。
 暗がりの中、肌を通して感じられる息遣いには、間違いない親愛の感情が宿っている。
 ステージに登壇してより、大宝寺・朱毘(スウィートロッカー・f02172)を迎えたのは、安穏とした漆黒だったのだ。
 人工灯一つ点されていない、薄闇のステージ上で朱毘は呼吸を整える。
 ケースからロックギター『スコーチャー』を取り出して、抱きかかえるようにして構える。
 暗闇の中、周囲は水を打った様に静まり返っていた。
 それでも尚、朱毘が自らの耳朶へと触れる、熱気交じりの息遣いを決して見逃すことは無かった。
 暗順応した瞳を細めてみれば、暗闇の中、うすぼんやりとした人影が数多伺われた。
 輪郭も定まらない影絵の様な無数の人々が、ちょうど朱毘を中心としたステージを取り囲むようにして、へし合い押し合いしているのが見えた。
 熱望の色を湛えた数え切れぬほどの瞳がそこにはある。そして、全ての瞳は、熱望の光を帯びながら、今か今かとライブの開催を待ちわびているかのようだった。 
 朱毘は吐息を飲み込んだ。
 人々の熱気に当てられてか、弦に触れた指先が僅かに収斂した気がした。緊張感が、胃を激しく攪拌している。
 深呼吸を繰り返すうちに、濛々と立ち込めた吐息が、靄のように広がり暁暗の夜空へとたなびいていく。
 吐息は白煙のように揺らめきながら天へと伸びて、そうして徐々に消褪してゆき、ついぞ闇夜の中へと吸い込まれた。
 指先の震えが止まり、こみ上げてくる胃の不快感が和らいだ気がした。
 自らを奮い立たせるように、ヒールで床板を踏み鳴らせば、靴音が甲高い獣の唸りとなって夜空へと響いていく。
 獣の咆哮を合図に朱毘は、相棒『スコーチャー』の弦へと指を掛ける。
 緊張という名の鎖は未だに朱毘を蝕んでいたが、今やそれ以上の高揚感が朱毘の背を押している。
 朱毘は、魂を歌にのせて戦うロックンローラーだ。
 愛用のギター『スコーチャー』を片手に、時に戦場の真っただ中で、時に万を超す衆目を前に歌を歌う。
 これまで無数の修羅場は潜りぬけてきたつもりだが、それでもやはり大舞台ともなれば、多少は体はこわばり、心は委縮するというものだ。
 それもそのはずで、この日、朱毘が訪れたのはケルベロスディバイド世界日本、N県U市であり、ある意味で一つの都市を命運を左右するような大型ライブを朱毘は行うことになったのだから。
 アダム・カドモン長官は一重に経済対策のために、また副次的には市民の慰安目的のために、全世界レベルにおけるチャリティイベントの開催を提唱した。
 今回のU市におけるチャリティイベントは、カドモン長官の肝いりのもと英国におけるDIVIDEと日本におけるDIVIDEの共同のもとに開催されたという。
 そして、朱毘はといえば、このチャリティイベント成功を企図してロックシンガーとしてU市へと招聘されたのである。
 チャリティイベントの目玉は、『上田城合戦』『背教者ユリアヌス』、そして『クレオパトラとアントニヌス』という三大演目であったが、どうやらすべての演目は成功裏に終了したようだ。
 そしてこれら演目に続く、大型ライブを朱毘は任じられたのである。
 暗闇の中、観客たちは、燦燦と瞳を輝かせながら熱狂に身を委ねているようだった。
 演目を満喫した観客たちの興奮は、今や最高潮に達していることだろう。
 よもや、最後の歌唱ライブを失敗することなど許されるはずも無かったし、朱毘自身、各種演目に負けないほどの熱量でもって観客たちを熱狂の渦へと惹きこみたいとの思いがあった。
 ロックとは、魂へと訴えることだ。歌でもって聞き手の内奥にくすぶる想いを解き放ち、彼らの混じりけない魂を震わせることにあるのだ。
 朱毘は指先をギターの上へと這わせた。
 肩越しに後方を見遣り、スタッフたちへとステージ開始の合図を送る。
 目合図とともに、突如、ステージ上方を彩るネオンライトに光が灯る。瞬間、赤、青、黄の眩いばかりの彩光が暗闇の中を縦横無尽にかけてゆく。
 矢のように射しこむ光にたまらず、瞼が落ちる。
 瞳孔は、明順応叶わずにボケた映像を網膜へと投影しつづけていた。
 朱毘の胸中に第一に去来したのは、錐で刺し貫かれるような緊張感だった。
 大規模な催しものの前には、得てして、この感覚がまるで津波の様な勢いで全身へと押し寄せてくるのだ。
 末梢に張り巡らされた神経群が一斉に委縮し、全身の汗腺が一斉に開口する。心臓は激しく鼓動し、疾駆する馬蹄の如き軽快音を絶えず上げていた。
 静寂は間もなく破られた。
 ぼやけた視界のもと、ステージ上から、一つ、また一つと声が歓喜の声が上がる。
 観客たちの喜色交じりの歓声は、交じり合っては音量をましてゆき、気づけば地響きにも似た、大喝采となってステージを揺さぶり出す。
 熱気を帯びた空気がじりじりと震えていた。
 歓声に半ば圧倒されるような格好で、朱毘は立ちすくんでいた。
 明順応を済ませた瞳孔がようやく、周囲の景観を明瞭と映し出していく。
 たまらず、朱毘は息を飲んだ。
 数え切れない息づかいが示すように、ステージの縁から城址公園の外縁に至るまで、無数の観客たちがへし合い押し合いする姿が視界を埋め尽くしていたからだ。 
 衆目の視線が朱毘へと一斉に注がれる。
 熱狂交じりの視線を一身に受け取った時、しかし、朱毘の中で巻き起こった感情は、緊張感に勝るほどの歓喜にも似た高揚感であった。
 ここに緊張感と高揚感という一見、相反して見える二つの感情は、朱毘の中で混淆し、得も言われぬ快感へと昇華する。
 ――ロックだ
 朱毘は内心で一人叫びだしていた。
 眩いばかりの光が、暗闇の中を交錯している。ネオン光が重なりあう中で、観客たちは、満面を喜色に染めながら、手を打ち鳴らし、雄たけびを上げていた。
 ここには人の魂に刻まれた原初の喜びがあふれていた。
『スコーチャー』の上で静止していた指先が弦を小さく弾く。
 弦がしなり、ついで伸長すれば、弦楽器特有の柔らかな音色が夜空へとたおやかに流れていく。
 弦の一鳴らしで、歓声が潮を退くようにして鳴りを潜めていく。
 再び、訪れた静寂のもと、しかし、観客たちは無言のままに目を血走らせ、そして興奮からかがたがたと肩を震わせていた。
 熱狂は、ますますに水嵩を増していき、今にもあふれ出さんばかりに高まっていくのが分かった。
 ぴりぴりとした感触を肌に感じながら、朱毘はステージ中央へと躍り出ると再び弦を鳴らす。
 ライブ直前の心地よい緊張感が全身に燻ぶっていた。
 朱毘はステージ中央に立つと、マイクに口を近づけ、高らかに宣言する。
「メロディアス・レメディ! まずはこれからいくぜ」
 癒し系なんて自分の本分では無いと内心で自嘲しながらも、反面、デウスエクスの脅威にさらされた世界にはこれ以上、おあつらえ向きな楽曲も無いだろう。
 楽曲名を宣言すると同時に、間髪入れず、流れるような挙止でもって指先を弦の上で踊らせる。
 指先が滑るようにして『スコーチャー』の上をなぞる度に、柔らかくも力強い調が夜空へと反響していく。
 音と音は時に重なりあいながら増幅し、時に互いに打ち消し合っては音色を落とす。高低と大小の二重奏のもと、メロディアス・メレディノは柔らかな伴奏と共に開始したのだ。
 伴奏と共に客席からは一斉に歓声が上がった。
 観客たちの感情を辛うじて堰き止めていた理性という名の堤防は、ここに一挙に崩れ落ちたのである。
 怒涛の歓声の中、しかし朱毘が奏でるギターの音色はしっとりと夜空へと響いていく。
 ギターが穏やかな旋律と共に冒頭部の演奏を終える。
 観客の歓喜の雄たけびと、朱毘が奏でる凛然とした音色とが一つに交じり合い、一緒独特な旋律をそこに生み出していた。
 観客たちは最早、息をすることも忘れたように朱毘に魅入っていた。
 そして朱毘自身、この状況にますますに感情を昂らせていた。
 心地よい騒音の中で、朱毘は自らの中で極限まで昂った想いの丈を、歌へと昇華させて吐き出すのだった。
「~~っ」
 朱毘は自らの想いを吐き出した。
 メロディアス・メレディの冒頭部はゆったりとした朱毘の声音から始まった。
 ギターが奏でる柔らかな音色に、凛然とした朱毘の歌声が混淆し、銀色の鈴を鳴らすような、優艶とした調べをそこに生み出した。
 時に激しく声を張り上げ、時に声帯を絞り、声音を落とす。
 音に強弱をつけ、リズムに抑揚をつける。
 歌声は、海岸線へと打ち付けては引いていく波のように潮騒を彷彿とさせる柔らかな音色となって響いていく。
 観客たちは、恍惚とした表情で朱毘の歌声に耳を澄ませていた。
 ただ朱毘は歌い続けた。
 全身が汗でしどとに濡れているのが分かった。周囲に蔓延る冷気を、全身から迸る熱気が相殺していた。
 掌で額をぬぐえば、汗の雫が照明に照らされて水晶の輝きで流れていった。
 曲の醍醐味とでも言うべきサビ部分を歌い切り、そうして、最後は歌声を止めてギターの演奏に専念する。
 朱毘の声が止み、ついで柔らかなギターの音色が闇の中で響いた。
 歌がサビに入ってより、歓声は鳴りを潜めていた。どこか酩酊したような観客たちの瞳は、彼らが朱毘の歌に完全に聞き入っている事を雄弁に物語っていた。
 ギターの音色は寂寥の調でもって闇夜を彩りつつも、やおら、音量を落としてゆく。
 朱毘が白蓮を思わせる繊細な指先でもって弦をなぞれば、曲の終わりを告げる慈愛の旋律が一条、世皿になびいていく。
 安堵の吐息をつき、そうして朱毘は顔を上げた。
 瞬転、それまで時を忘れたとばかりに朱毘の歌声に聞き入っていた観客たちが、まるで長い夢から覚めたように、朱毘へと視線を一斉に投げかけてくる。
 彼らは、未だ夢心地とといった有様で、最早、声も発せぬという様子であった。
 反響していた弦の音色が闇夜へ溶け込み、完全に消えた。
 立ちすくんでいた観客のもとより、ひとつ、ふたつと拍手が起こる。
 拍手の音が、観客たちを夢想から現実へと引き戻したのだろう。心もとなかった喝采は、一挙に勢いを増してゆき、空気を激しく振動させてるのだった。
 拍手の音がステージを中心に巻き起こり、夜の城址公園へと溢れていく。
 朱毘は、こみ上げてくる熱いものをぐっとこらえながら指先を中天へと向ける。
「さぁ、まだライブは始まったばかりだぜ! 次いってみようか!」
 息を切らしながらも朱毘は矢継ぎ早に宣言した。
 心地よい疲労感が両の肩に圧し掛かっている。
 心臓は相も変わらず、馬蹄を響かせながら激しく鼓動を続けていた。
 肺は燃えるように発熱し、ギターに触れた指先がじわりと熱を帯びながら震えだす。
 この緊張感と高揚感を朱毘は、心ゆくまで堪能する。
 やや大げさかもしれないが、朱毘はこの世界を背負って、ステージに立っている。
 デウスエクスの襲来がそのまま死を意味する世界において、安閑と見える人々の首筋には理不尽な死神の鎌がつねに突き付けられている。
 一見、放埓に見える熱狂であったり、場違いにも感じられる平穏には絶えず死の恐怖が顔を覗かせているのだ。
 このステージに押し掛けた観客たちはそんな生と死の狭間で日常を送っている。
 死と隣り合わせの日常の中で、観客たちはこの瞬間、自らを開放し、魂の命ずるままにライブに身を預けることが出来たのだ。
 彼らをロックといわずして何をロックというのだろうか。
 政治家や政府高官、更にはDIVIDEの思惑がどこにあるのか、そんな事を朱毘が完璧に知る由は無い。
 もちろん、チャリティ成功は、一地方都市には図りしれない経済的恩恵をもたらすだろうし、日英両国における親善という点においても決して無視できないものとなるだろう。
 しかし卓越した経済理論や遠望深慮な外交戦略なんて少なくとも、朱毘やこの場に集い、ライブに熱狂する人々には無縁なものだ。
 結局は人と人は魂で繋がる。
 もちろん、政治家には政治家なりの戦いがある。戦士には戦士の戦いがある。
 そして、歌い手には歌い手の戦いがある。
 歌い手にとっての戦いとは、一重に人々の魂を揺さぶり、そして奮い立たせることにあるのだ。
 今、朱毘の目前には、夜空の星々よりも尚、燦爛と輝く人々の姿がある。
 ただ、自分はライブに聞き入っている無数の人々を、歌を通じて心から寛がせ、喜ばせ、そして熱狂の渦へと惹きこめばいいのだ。
 そう思えば、自然と体は軽やかになり、ギターの音色は幾分も闊達としたものへと変じていく。
 ステージを囲んで、無数のサイリウムが緑色の光を湛えながら左右へと揺らめいた。波に様に揺れ動くサイリウムに応じて、人々の歓声が益々に高まっていく。
 彼らの声量に応じるように、朱毘もまた声を絞り出し、精一杯に歌う。
 甘く、しっとりとした歌声が一度、朱毘の口元をつけば、魂の叫びは、瞬く間にU城址公園を満たしてゆき、瞬く間に山野へと広がっていく。
 人々だけではない。草花や動物たちさえも、朱毘の歌声に心を昂らせ、魂を喜ばせているようだった。
 夜通しで宴は続く。
 七色に輝く歌声は終始夜空を虹色に潤色し、黒い山肌を桃色に染め、濃紺の空に眩いばかりの光の綾で彩った。
 朱毘がすべての楽曲を歌い終えたのは、東山より朝日が顔を覗かせて、山際を薔薇色に染める明け方の頃だった。
 最後の一曲を歌え終えた時、朱毘は空を見上げる。
 やわらかな曙光が世界を純白に照らし出していた。
 微風が朱毘の柔らかな黒髪を乱し、頬を柔和な指先で撫でていく。割れんばかりの歓声が、止むことなくステージへと吹き荒れていた。
「いいじゃん、ロックじゃん」
 朱毘は口端をわずかに持ち上げながら屈託なく笑う。
 握りしめた拳を振り上げれば、陽光が掌にまだら模様を描いだ。
 拳に太陽の気配を感じながら、朱毘は観客たちによる喝さいに見送れつつ、ステージを後にする。
 ここにチャリティイベントは大盛況のもと幕を閉じるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『後夜祭に行こう』

POW   :    地元の特産品を使った料理をいただく

SPD   :    SNSでイベントの感想を探す

WIZ   :    他の参加者と楽しく歓談する

イラスト:del

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 チャリティイベントは大盛況にて幕を閉じた。
 そうして訪れた三日目の夜、U城址公園には、石灯篭の光に照らし出されるようにして無数の山車がひしめきあい、そこを中心にして数多の観光客たちが雑踏していた。
 英第四軍司令官であるグランデは、閉会式に先立ち、観光客たちを尻目に一人、郊外にて夜空を見上げていた。
 夜空には無数の星々が散りばめられており、宝石の様に輝いていた。
 煌びやかなる星空を前にして、しかしグランデ老にこみあげてきたのは、得も言われぬ恐怖心であったのだ。
 1998年――。中世の大預言者の予言に一年ほど前倒しする格好で、地球へと襲来した侵略者達の存在を、老人は星空に見出さずにはいられなかった。
 かつて人類は宇宙文明と呼ぶにはあまりにも未熟に過ぎた。
 1998年時代において、人類は未だ太陽系を抜け出すことは出来ず、それどころか月への進出すらもままならなかった。
 しかしその後、数十年に続く動乱を経て、地球文明は幼年期の殻を脱ぎ捨てて、今や青年期へと向かいつつある。
 かつて夢の技術と呼ばれた多くの発明が現在ではデウスエクスよりの亡命者たちにより人類にもたらされ、もはや人類の目は地球という幼年文明の外へと向けられつつある。
 そして技術革新の末、今や人類は、デウスエクスを僭称する全知全能の神々に対抗する術を身に着けたのである。
 ふと老人の脳裏にとある小説の冒頭部の一節が浮かび上がる。
 それは、この国、日ノ本における小説の一節だ。
 封建主義の終わりと共に、西洋列強と向き合った明治という時代をかの小説の著者は、開花期という言葉で定義した。
 その際のまことに小さな国…という言葉を老人は脳裏にて反芻していたのだ。
 果たして、地球文明は現在、揺籃期を終え、青年期へと差し掛かった迎えたばかりであるといえるだろう。
 浮かんでは消えるように儚い人類という種は果たして、宇宙文明へと躍り出ることが出来るのだろうか。それとも、ここにて潰えるのだろうか。
 地球文明の未来を老人が知りえるすべはなかった。
 しかし、老人はこの日、希望を知った。
 そして、宇宙文明の辺境にあり、未だ重力の軛を脱せぬ小さな惑星は…今、開花期を迎えようとしている事を老人は痛感せずにはいられなかった。
 U市街が遠く霞んで見えた。
 無数の灯のもとで、闇夜に街並みを浮かび上がらせるU市街は、希望で溢れている。
―――
 第三章につきましては、以下の遊び方を参考になさってください。
1.友人と一緒に出店などを回る。
2.演劇などに参加された方は、共演された方(NPC含む)と会話する
3.一人、郊外に立ち夜空を見上げる
4.その他
基本的には1-4を。心情など交えてプレイングとしていただければ幸いです。
ハル・エーヴィヒカイト
アドリブ○

無事に終わることができてなによりだ。
素人だった私が演じても何とか成功に導くことが出来たのは
私に合わせた演出を整えてくれた監督。
そして、同じく本職ではなかっただろうに卓越した演技力と役への理解度の高さで私を引っ張り上げてくれたグランデ老に寄るところが大きいだろう。
二人には改めて挨拶をさせてもらおう。

特にグランデ老は、本来の役割、軍の司令官としての彼にも話を聞いておきたい。
我々が演じた合戦はケルベロスの戦いにも重なる部分がある。
グランデ老は今の状況をどう考えているだろうか。
猟兵と言う大きな協力者を得て好転はしつつも、不死の存在たるデウスエクス相手にはUCですら決め手に欠ける。
しかし悪い話ばかりでもない。カドモン長官の帰還を信じて新兵器を開発しているという話もある。或いはこの時点でもう帰ってきていただろうか?
近いうちに状況が動きそうなこの世界について、星空の下でしっかりと意見交換をしておこう。




 夜空は凍り付いたように青く澄み、銀砂と化した無数の星々を散りばめては、艶やかに微笑を浮かべている。
 真珠の様な星々は、首飾りのように連なり、幻燈の輝きを放ちながら、地上を仄かに照らし出している。
 無数の星明りを浴びて、四囲を取り囲む山々は、暗闇の中で山肌を浮き上がらせ、野原の木々が黄葉を蜂蜜色に輝かせた。
 射しこむ星明りを全身に浴びながら、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は芝生の上に腰を下ろす。
 人々は、U城址内や市内に人々が一斉に集ったために郊外は森閑と静まり返っていた。
 しかし、ハルの目的の人物は今、ここにいる。
 そうして、顎先を側方へと向ける。
 視線の先に初老の男性の姿がある。英国軍の軍服を身にもとった老人が、ハル同様に草の大地の上に腰を下ろしていた。
「幸村――。いや、今はハル君…だったかな。昨日の演目ではお世話になったね」
 しわがれた声がハルの鼓膜を揺らした。
 老人の紺碧の瞳が、月光を彷彿とさせる穏やかな光を湛えながら揺れ動いていた。
 ハルは、会釈と共に声の主である、DIVIDE直轄英四軍司令官であるグランテ老へと切り返す。
「えぇ、父上…。ではなく、今はグランデ大将であられましたね。不肖の息子、見事に徳川への先陣を果たして参りました。つきましては戦勝報告としてはせ参じた次第です」
 あえて冗談めかして老人へと答えれば、人の好さそうなグランデ老が、濃い皺で覆われた満面を、嬉々とした様子で綻ばせるのが見えた。 
 深まる笑貌へとハルもまた微笑で返す。
 老人がハルへと答える。
「ははは、さしもの徳川兵らも皆が皆、わ主から一目散に逃げ纏っていたわ。あっぱれ…さすがは我が息子よ。と見事であった」
 枯れ木の様な指先で鼻頭を掻きながら、グランデ老は一気に言い切った。満足げに微笑んだままにグランデ老は言葉を続ける。
「さて…、愛すべき我が息子よ。とはいえ、勝利の美酒を我らは味わっていなかったかな」
 悪戯っぽい微笑とともに、グランデ老は鷹揚といった挙措でもって、枯れ木の指先を懐へと潜りこませる。
 老人の指先が内ポケットの中をもぞもぞとまさぐり、ついで、なにかを掴んで再び、目の前に現れる。
 しわがれた三指が、琥珀色の液体で満たされたガラスの酒瓶を掴んでいる。
 グランデ老の顎髭がいかにも愉快そうに上方へと斜を描く。
 口角を吊り上げなら、グランデ老は、さながら往年の舞台役者よろしく、ショットグラスを二つ、まるで手品のように取り出すと一つをハルへと差し出した。
「ハル君は、スコッチはいける口かな?」
 気分よさげにグランデ老が言った。
「ブリティシュスタイルというには私はやや粗野かもしれませんが。ええ、同棲中の良い師がいますのでね。頂きます――」
 軽く肩を竦めてみせ、ハルは目礼しショットグラスを一つ受け取った。
 それを合図にグランデ老は、木のコルクを指先で弾く。コルクが放物線を描きながら宙を舞う。
 瞬間、濃い草の香りに交じってキャラメルを彷彿とさせる風雅な香りが周囲へと充満していった。
 老人がハルへと向きを変え、胡坐をかく。枯れ木の指先がガラス瓶を軽く揺らす。
 酒瓶の中、琥珀色の液体が揺蕩った。
 グランデ老が酒瓶を傾けるや、金色色の液体は、注ぎ口から蜜のように零れだしハルのグラスを並々に満たしていく。
 グラスから、甘い香りが漂ってくる。
 グランデ老人はハルのグラスに続き、次いで自らのグラスをスコッチで満たすとわずかに顎をひき、酒杯を掲げる。グランデ老に続き、ハルもまた乾杯の挙措を取る。
 ガラスが擦れあい、乾いた擦過音が夜空へと凛然と響いてゆく。
「ハル・エーヴィヒカイト君、乾杯だ」
「えぇ、大将。乾杯です」
 しばし視線を交錯させ、次いで二人で一斉に酒を呷る。
 口腔内で、舐めるようにしてウィスキーを転がせば、蒸留酒特有の豊饒な苦みと甘みとが舌の上にねっとりと絡みついてくる。
 苦みと甘みの絶妙な混淆を堪能し、その後、一気に喉元へ流しこめば、胸元が熱を持つ。
 心地よい微酔が全身へと広がっていくのが分かった。
 憂愁まじりの吐息をつき、ハルは空のグラスを脇に置くとグランデ老を正面から見据えた。
 老人の瞳は、安閑そのもの綻んでいた。
 ふと父は老人の眼差しに記憶も曖昧な父の姿を見た気がした。
 気づいた時、どちらからともなく、口を開いていた。
 寡黙な自分とは思えないほどに、言葉が次から次にと口をつく。
 年の差はそれこそ祖父と孫ほど離れていたが、グランデ老との会話は好奇に満ちており、両者で交わされる話題が尽きることが無かった。
 ショットグラスを何度も空にして、そうして、互いに多くの事を語り合った。
 演劇はもちろんの事、話題は日本史や英国史に飛んだかと思えば、酒や葉巻といったグランデ老の趣向に関するものへと逸れて、ついにはハルの恋愛事情にも及んだ。
 そうして程よく酔いを感じたところで、ハルは昨日の演劇へと話題を転じるのだった。
「それにしても、大将の演技は洗練されたものでしたね。卓越した演技力と役への理解度の高さがあってのことでしょう。あなたに引っ張り上げられるような形で私も、役柄に没入することができましたよ」
 再び薦められたウィスキーを口に含み、ハルはグランデ老を絶賛する。
 自画自賛と言われればそれまでだが、素人同然であった自分が真田・幸村という配役を見事に演じ上げることが出来たのは、一重に脇を固めたグランデ老の名演があったからこそとの感が強い。
 グランデ老の節くれだった指先が、どこか面映ゆげに白い顎髭をぽりぽりと掻く。
 老人は、ウィスキーを飲む手を止め、微笑がちにハルへと答える。
「監督の名采配あってこそだよ、ハル君。それにだ、演劇の中とは言え、君の様に出来の良い息子を持つことが出来たのだ。父として、ついぞ叶わなかった夢を舞台の中で果たそうと思えば、演技にも熱が入るのも当然というものだよ」
 老人が伏し目がちに視線を落とすのが見えた。
 濃紺の瞳に黒い影がにわかに横切った時、ハルは否応なしに老人がかつて経験したであろう喪失感を知った。
 一瞬、躊躇われたもののハルは老人へと尋ねる。
「…ご子息がおられたのですね」
 僅かな静寂が、両者を隔てるほんの僅かな空間に漂った。
 老人は、数秒間の間、身じろぎする事も無くショットグラスの液面を眺めていた。哀愁を湛えた青い瞳が、濃い琥珀色の液体でゆらゆらと揺れ動いていた。
 悲哀と喜色とが入り混じった視線を琥珀色の液面に漂わせながら、老人は静かに頷いた。
「うむ。生きていれば君の父親くらいになるだろうかな。とはいえ、倅が戦死したのは、二十そこその頃だ。ちょうど、今の君と同じ年くらいの頃だった。他国への救援の際にな…、同盟国の兵士を守り、死んでいったのだ」
 老人のひび割れた唇から、白い吐息が靄のように吐き出された。
 老人はショットグラスを揺らしながら、再び面差しをあげてハルへと視線を戻す。
 ハルは眦を落とし、目礼で返す。
「そうとは知らず、ご無礼を」
「いや、良いのだ――」
 グランデ老が掌を左右させる。そうして、再びショットグラスに口をつけると老人は一息にウィスキーを飲み干した。
 グランデ老が言葉を続ける。
「似ていると思っての――」
 グランデ老が訥々と言葉を紡ぐ。
 ハルは小首を傾げながら、老人へと聞き返す。
「似ている…と? 私とご子息とがですか」
 半信半疑でハルは言辞を吐く。老人が穏やかな笑みで首を左右させる。
「いや、君と倅の件ではなくてな。先ほどの演劇と我らの戦いとがだよ」
 老人の言葉にハルは、頷いた。
 なるほど。その点においては、ハルとグランデ老の意見は完全に一致していた。
 演目として催された上田城合戦を、ハルは単なる過去における戦いの単なる再現とは見なしていない。あの戦いはまさに現代を描いたものであった。
 舞台こそ安土桃山時代でありながらも、演目における真田、徳川の状況は現代の人類、デウスエクスの両陣営の情勢にぴったりと符合していたし、ハル自身、中世の武将である真田幸村を演じながらもその実、芯の部分で観客たちに伝えんとしたのはハル・エーヴィヒカイトとしての肉声そのものだった。
 それはグランデ老も同じなのだろう。
 演目中で真田昌幸が抱いていた葛藤とは、まさにグランテ老が長年に渡ってデウスエクスに対して抱き続けた苦渋であったのだろう。
 グランデ老は、既に1998年の黎明期よりデウスエクスと戦い続けてきたはずだ。おそらく、多くの辛酸をなめ、塗炭の苦しみを経て、その上でグランデ老は生き続けてきたのだ。
 現在、地球人類は決戦都市という盾と、猟兵という矛を得た。
 猟兵という協力者を得たことで、人類側の状況は好転しつつあるものの、こと、不死の存在たるデウスエクス相手にしなけなければならない以上、UCを有した猟兵ですら決め手に欠ける状況が続いていることは変わりない。
 グランデ老は無言のままに、空を見上げていた。
 眉間に刻まれた縦皺を濃くしながら、老人が眉根を寄せる。
「うむ…。君も気付いているだろう。あの演目はまさに現代の再現だ」
 老人のくぐもった声が、俊巡がちに夜空へと響いた。
「えぇ。大将の仰る通りでしょう。…しかし、現代とは必ずしも一致しない点も少なありません。我々は…着実にすすめているのだから」
 ハルはグランデ老へと返答する。
 グランデ老が力強く相槌をうつのが横目に窺われた。
「大将は現状をどのように考えられているのでしょうか。正直、私は兵ではありますが将ではありません。故に大局的な視座から情勢を分析される大将のご慧眼を賜りたいのです」
 酒杯を掌で転がしながら、ハルはグランデ老へと促した。
 老人は、英国ならではの謙譲の美徳でまずは自らを謙遜しつつも、ふむと一息つき、ハルへと視線を戻した。
 鼻腔にくぐもった余韻を残す、老人の慎ましい声音がハルへと返ってくる。
「現状は…最悪は脱していると儂は見る。しかし、カドモン長官の不在は危機を世界へと齎したといえるだろう。良くも悪くも長官はDIVIDEの象徴であり、精神的支柱なのだ。その彼が欠けた状況が続けば、戦術的に見れば指揮系統の乱れを、より広範な視座から言えば、人類全体の士気にすら悪影響を及ぼしかねないことが今回の一件で露呈した。このチャリティイベントの本来の目的は、もちろん、経済政策の一環でもあるがね。しかし同時に多国間の同盟の深化を目指したものであり、カドモン長官不在時という不測の事態に備えるためにあるのだ」
 老人は滔々と言葉を重ねる。
 ハルは、頷きながら老人の次なる言葉を待つ。
 グランデ老は、再び、ウィスキーを空のショットグラスに並々注ぐ。なれた手つきで、自らへ、そしてハルへとそれぞれのグラスを琥珀色の液体で満たすと、老人はウィスキーを一気に呷った。
 顎元の白ひげをウィスキーでぐっしょりと濡らしながら、老人は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ディバイドは強力な組織である。そして、人類は侵略当初と比べて遥かに強靭となった。とはいえ…それでもまだ足りないのだ。故に国家間の紐帯の強化と――そして多国間の防衛体制は早期に整えなければならないというのが我ら英国の方針だよ」
「少なくとも…ここ、U市ではうまくいきました。東西の極である二点が結びつくことで…より迅速な対応も可能となるでしょう」
 ハルもまた、ウィスキーで唇を濡らした。直ちにグランデ老へと微笑で答える。
 グランデ老人が、気分よさげ首を縦にするのが見えた。しわがれた指先が、心地よさげに顎元を撫でている。
 とはいえグランデ老の表情には未だ、不安の翳りの様なものが色濃く影を落としている。
「…うむ。政策は君らのおかげで成功裡に終わったといえるだろう。しかし、決戦は近い。英国政府およびDIVIDE直轄英国軍は早ければ半年、遅くても数年来のうちにデウスエクスとの大規模な戦役が勃発するだろうと見ている。最悪…アダム・カドモン長官が不在でも戦える体制を築かなければならない――。最も、君らを見ていたら…儂は安心して後を任せられ…そんな気がしたよ」
 濃紺の瞳が穏やかな色を湛えながら輝いてみえた。
 舞台化粧を落とした老人の面立ちは、年相応に皺がれており、演劇時に見せた飄逸とした雰囲気は深く刻まれた皺という皺の中に埋没したかのようだった。
 今や謀略家真田・昌幸としての面影を老人の中に見出すことはハルは勿論、何人にも出来はしないだろう。
 しかし反面で、今のグランデ老の矍鑠とした面長には、演目という仮初の世界で父と慕った男の面影がますますに色濃く漂ってみえた。
 老人の中に、ハルは年の離れた父の姿を見た気がした。
 ハルは無言のままにグランデ老へと頷いた。
 ――父上と喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込みながら、かわってハルは、未だ胸裏にて燻ぶる言葉を吐き出した。
「父上、しかし我らには決戦都市があります。難攻不落の都市を前にすれば不死の軍勢と言えども、容易に攻め込むことは出来ぬでしょう」
 台詞に多少の装飾を混ぜながら、ハルは言い切った。
 グランデ老がどこか不思議そうに、濃紺の瞳を見開いた。
 困惑の色が揺蕩うのも束の間、グランデ老の瞳が生き生きと色めきだす。
 グランデ老が右手を振り上げ、不可視の碁石で一手を指す。
「では、敵勢が無数の兵で我が城を取り囲んでおると仮定するかの。…して、ハルよ、わ主が敵の将であるのならば、この難攻不落の決戦都市いかにして攻略してみせる?」
 グランデ老が絶妙な切り返しでハルへと答えた。
 ハルもまた、グランデ老同様に碁石を打つような挙止でもって返事する。
「まずは一手、南より攻め入りましょう」
 口角を吊り上げてグランデ老へと目合図する。
 両者の視線が交錯し、しばしの間絡みつく。グランデ老の瞳が、やにわに劇中の昌幸そのもの精彩を取り戻していくのが分かった。
 すかさずグランデ老が答える。
「しかし、ハルよ。城の南部には千曲川が流れておろう。渡河の際に巨大な障害となるのは必定よ」
「しかし、故にです。堅牢な陣地が故に油断が生じるのです。相手の虚をついての一手にございます」
 淀みなく互いに台詞を繰り返す。
 脚本上の指示そのままにグランデ老が、数秒の間、言葉を切り、沈黙を保った。
 束の間の静寂の間、グランデ老は、掌で顎髭をさすっていた。
 三度ほど掌を往復させたところで、グランデ老はハルへと陽気に言い放つ。
「よう言った。しかし、隙とみた虚こそ、わが策謀やもしれぬぞ」
 グランデ老が愉快気に口端を吊り上げてみせた。
 老人は目を矯めつ眇めつしながら、不可視の盤上とハルとの間で視線を交互させる。 
 狡猾な笑みをハルへ差し向けて、しばしの間、しわがれた指先で顎髭をこねくった。
 ハルは、嬉々として台詞を呟いた。
「しかし、策士、策に溺れるという言葉もありますぞ?」
 ふと、グランデ老の目端に涙の雫が浮かん見えた。
 老人が唇をわずかに震わせながら、嗚咽まじりにハルへと答える。
「はは、さりとて、策をめぐらさなければ数で勝る敵には勝てまいて。それにだ――儂には自慢の息子がある。なぁに、不死を気取る敵など、ものの数では無かろう?」
 ハルは小さく微笑した。
 決してグランデ老は自らと風貌体裁が似通っていたわけでは無い。
 しかし、この瞬間、ハルにとって目の前の男は紛れもない父そのものだった。
 ディバイド世界には、今後、未曾有の危機が到来するだろう。
 デウスエクスと人類、彼我の戦力には懸隔があったし、敵の不死性を考慮すれば、人類が劣勢を強いられるのは火を見るよりも明らかだ。
 状況は予断を許さないものであったし、楽観して座視することなどできるはずも無かった。
 だが、一部ではカドモン長官を信じて新兵器が開発されているという噂もハルの耳には届いていた。また他方で、ハルは異世界にて数度、カドモン長官と共闘して彼の帰還を手助けしており、なんとはなしに彼の帰還が近いだろうことを予感していた。
 未だに道半ばであるものの、人類は歩を止めることがなく進み続けている。
 祖父の世代が必死に紡いできた文明は、父の代に洗練され、そして自らの時代において、蕾を開こうとしている。
 歴史は連綿と紡がれ、そして、未来には灯明がわずかながらも顔を覗かせている。
 父の想いを受け継ぎ、子は戦う。
 未だ朝焼けは遠い。
 しかし、水平線の彼方に視線を移した時、ハルは夜明けの訪れをそこに見た気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ギュスターヴ・ベルトラン
みんな、お疲れ様ー!
折角だから劇を共演したみんなで感想戦というものをやってみたい

それで実際に演じてみた感想だけど…絶対緊張して台詞飛ばすと思ってたんだ
でも舞台に立ったら、そう考えてたことが飛んで…観客の反応も意識の外だった
演じるって、こういう感覚なのかな?
こういう経験を積むとは思わなかったけど、すごくやり切った気分で、今はただ清々しいよ

あとはね…みんなの写真撮りたいなーって
ぼくはSNSに上げないけど…もし盛れてない写真になったらごめんね!

写真を見せる相手は…まずはフランスの母に、それから日本の友人たちに
ちょっとチャリティで演劇してきましたって言ったら、驚くかな?
反応が楽しみだな




 天井から吊るされたシャンデリアが、純白のテーブルクロスに淡い光の綾を描き出している。
 シャンデリアの燈火が揺らめくたびに、光はテーブルクロスの上を優雅に揺れ動き、弾け、真珠の粉を思わせる光の水沫を室内へと散りばめるのだった。
 西洋造りの大広間は、壮麗とした光に満たされ、一種独特な厳粛さを際立たせてた。
 日本家屋とは一線を画する石張りの足場が一面に広がり、壁という壁は白大理石で設えられている。
 左右の壁には唐草模様の壁飾りが複数あしらわれ、正面壁の上部には印象的な風景画ともに、扁額が飾られていた。
 古めかしい調度品が部屋の中に乱雑に配置され、なんの用途で置かれたのか分からない中世騎士風の石像がそれぞれ、奥間へと続く扉周辺と入口扉の左右に並んでいる。
 室内は見ようによっては、絢爛にも見え、しかし同時にどこか統一感なく感じられ、雑多な印象を受けた。
 いずれにせよ、数多の装飾品が部屋にひしめき合う事で、広々とした空間は本来の半分程度にまでその容積を圧迫され、物理的な収容面積を大きく削がれていた。
 さながらこの場所は、中世の古城と形容できるかもしれない。
 果たして、このレストランが打ち上げ会場として選ばれたのは、スタッフたちの間でまことしやかに囁かれる流言によれば、『背教者ユリアヌス』の大盛況を受け、未だ熱狂冷めやらぬホロティウス監督が成功を祝して、強権力発動の末に強引に一般店を改装して、この様に誂えたということであったし、やや監督に好意的な意見を参考にすれば仏国出身の自分に気遣って、精査につぐ精査の末、偶然にもフランス風のレストランを見つけたためだとも言われている。
 理由は判然としないものの、古城の大広間風に設えられたこのフレンチレストランを、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)が思いのほか、好感の眼差しで眺めていたのは紛れもない事実であった。
 現在、ギュスターヴは横幅に長い食卓の一角に腰を下ろしていた。
 そしてひじ掛け付の椅子に背を大きく預けては、椅子をぎしぎしと軋ませて遊んでいる。
 この日、ギュスターヴは袖の長いトゥニカを身に纏い、緋色のマントを羽織り、演目そのままに皇帝ユリアヌスに扮して晩餐に列席した。
 一重にこの格好は、ホロティウス監督の指示によるものであり、事実、ギュスターヴを含め参加者の多くは、昨日同様の衣装で晩餐に参加していた。
 左手では、面長のホロティウス監督が奴隷風のつぎはぎだらけの麻の服で、ひじ掛け付の丸椅子に深く身を沈めていたし、正面席では舞台化粧を落として幾分も瑞々しく若返った姫川・沙耶が、薄手のシルクのトゥニカを身にまとい猫背気味に丸椅子に腰かけている。
 ギュスターヴがぐるりと周囲を窺えば、演目中とはうってかわって、今や単なる好青年へと変貌した、仇敵コンスタンティウスが皇帝専用のトーガ姿で、安閑そのもの視線を宙に彷徨わせていたし、甲冑姿のままの兵士マルゴは、なぜか緊張した面差しを崩さぬままに入口を固める騎士の石像とにらみ合いを続けていた。
 とはいえ、どの演者にも昨日見せた様な緊迫感は見られなかった。
 なんとはなしに仮装会場という単語がギュスターヴの脳裏をかすめた。
 ギュスターヴは、周囲を眺めながら、上体を前後させ、ますますに激しく椅子を軋ませていたが、やおら隣席より声がかかる。
「さて皇帝陛下――、ディナーの前にお飲み物を用意しましょう。…ボルドー産の最高級がメルローで一種、それから…白ならブルゴーニュなど、特上品を幾つも取り揃えております」
 若々しい声につられて、首を左方へと捻って見せれば、面長のホロティウスと目があった。
 監督ホロティウスは、丸みのある瞳を瞠目させながら、おどけるようにギュスターヴへとそう言った。
 痩身をぼろの麻服に包んだホロティウスは まるで皇帝に給仕する侍従のように、ギュスターヴへと深々と頭を下げ、骨っぽい指先で摘まんだワインのメニュー表をひらひらと振りながらギュスターヴへと尋ねてくる。
 さながら、奴隷を彷彿とするその姿にあえてギュスターヴは、自らもまた皇帝ユリアヌスとして、相対する事を決める。
 舞台衣装で参列することになったあてこすりも込めて、振り払うような仕草で、メニュー表を固辞してみせる。
「あぁ。ホロティウス…。貴殿はなんと言う事を申すのか。僕は…聖教に帰依しているのだ。なのにお前は、むやみに我らが主上の血に口をつけろという。背教者としての道を僕にほのめかすつもりなのか?」
 大仰な手振り素振りを交えながら言ってみせるも、ギュスターヴの視線はメニュー表をびっしりと埋め尽くす、フランス語で綴られたワインの名前に釘付けだ。
 そんなギュスターヴの心情を見透かしてか、声高にホロティウスが切り返す。
「皇帝陛下。今こそ、立つべき時なのです。ここに集った十数名の臣下は…陛下の号令一下、直ちに同じ背教の道を進む所存です」
 面長のホロティウスが、芝居がかったような挙措を取る。
 宝石の様な瞳を眇めるのが見えた。
 ギュスターヴの口元から笑いが零れる。ホロティウスをこのまま監督にしておくには勿体ない。挙措の一つ一つは確かに演技がかっていたが、舞台役者顔負けの演技力を彼が備えているのは一目瞭然だ。
「神に弓を引くというのなら…最上級の反乱としよう。では、背教者の名において、九十八年もののルビーの如き赤を。…ホロティウス、貴殿に用意する事を命じよう」
 ぱっちりと片目を瞬かせつつ、ギュスターヴもまた哀れな奴隷に答えてみせる。
 瞬間、ホロティウスのガサガサの唇が柔和に綻び、白い歯が零れだす。
「ははっ、陛下――。お任せあれ。不肖、ホロティウスめが背教者の走狗としての役割を見事に果たしてみせましょうぞ」
 ギュスターヴとホロティウスは互いに目配せしあいながら笑いあうと、阿吽の呼吸で仕立てあげた即興劇を一幕置いた。そんな二人のやりとりに室内は喝采と微笑で包まれた。
 間もなく、奴隷ホロティウスは、黒の背広姿のギャルソンを手招きすると、彼に注文を告げ、そうして九十八年もののボルドーの赤を用意させた。
 背広姿のギャルソンが、十数名のグラスに順々に葡萄酒を注いでいく。
 ギャルソンの青年はホロティウスへ、姫川女史へ、そしてトーガ姿のギュスターヴのもとを順番に訪れ、それぞれのグラスを紫色の液体でなみなみ満たしていく。
 ふと隣席へと目を遣れば、ホロティウス監督がどんぐりの様な瞳を幾度も瞬かせている。ギュスターヴに乾杯をの挨拶を促しているのだろう。
 ギュスターヴは、ホロティウス監督へと会釈で応えると、咳払いし、一同を見渡した。
 衆目の視線が一同にギュスターヴへと集う。
 手にしたワインを軽く掲げて、ギュスターヴは早速、口火を切った。 
「昨日は、みんなお疲れさまー! 演劇は大成功だったね。共演してくれたみんなのために今日は、ホロティウス監督がこのレストランを貸し切ってくれたみたいだよ。絶品の料理と最高級の赤ワインをさっそくみんなで楽しもう? ということで。背教者に…乾杯」
 冗談めかして乾杯の音頭を取る。
 瞬間、周囲から愉快などよめきが起こった。
 微笑が生まれ、喜色の声が一つ、二つと上がった。一同は、「背教者に乾杯」の大合唱を唱えるや、グラスを高らかと掲げた。
 グラスとグラスがぶつかりあい、柔らかな旋律が室内に反響した。
 ギュスターヴはさっそくグラスに口をつけた。
 葡萄酒を一口、すすれば、清冽さと豊饒さとが同居した、フランス産葡萄に特徴的な風雅な甘味が口いっぱいに広がっていく。
 気付けば、一息のうちに葡萄酒を半分ほど飲み干していた。
 目減りしたグラスを卓上へと戻し、ついでなんとはなしに正面扉へと視線を遣れば、正面の木造扉が地鳴り様な軋み音を上げて左右に開かれた。
 左右に立つ鋼鉄の騎士に見守られるような格好で、背広姿のギャルソンが配膳車を従え、ドアの前で直立している。
 ギャルソンは、しとやかに一揖すると大広間へと足を踏み入れて、それぞれの卓上に料理皿を配膳してゆく。
 オレンジソースをあしらったカモ肉のロースト、ジャガイモと長ネギの柔らかな香りが漂うヴィシソワーズ、地元の野菜や果実類をふんだんに盛り付けたサラダ、そして特製シフォンケーキが卓上を彩った。
 ギュスターヴはさっそく料理皿に手を付ける。
 最初に目を引いたのはカモ肉のローストだ。
 思わず唾を飲み込んだ。
 手元の引き出しから銀製のカトラリーを取り出し手に握る。
 器用にナイフとフォークを操り、カモ肉を一口大にカットして口に運ぶ。
 一噛みすれば、カモ肉は絹の様なやわらさで綻んだ。オレンジソースとカモ肉特有の淡白な味わいが、上品な余韻を舌の上に濃く残しながら溶けてゆく。
 カモ肉を咀嚼し、赤ワインを再び楽しんだ。ヴィシソワーズを合間合間で口に運び、時折、サラダにも手を伸ばす。
 いずれも洗練された味付けで、ギュスターヴのみならずこの場に介した全ての人間が、供された前菜に舌つづみを鳴らしているようだった。
 しばらくの間、食事に没頭する。そうして小腹が満たされたところで、ギュスターヴは本命とも言うべき演劇について話題を転じるのだった。
「…それで実際に演じてみた感想だけど…最初は、絶対緊張して台詞飛ばすと思ってたんだ」
 ギュスターヴは、ディアナ役を演じた姫川・沙耶を正面に見据えながら、やや早口気味に語り出す。
 姫川は、卓上に肘をつき、両手を組んでは、白樺の様な指の上に形の良い顎を載せていた。
 彼女は、やや前のめりになって熱心にギュスターヴの話に聞き入っているようだった。
 姫川だけではない。ホロティウス監督を始め、小道具係、演者、更には正面扉の傍らに立つギャルソンまで、室内の全ての視線がギュスターヴのもとに集まっていた。
 ギュスターヴは、柄の間、瞼を閉じる。
 瞬間、古代ローマ風の舞台が脳裏にてありありと浮かび上がる。
 再び瞼を開くと、ギュスターヴは全員をぐるりと見渡した。
 演目における登場人物たちと実際の演者たちの懸隔をしみじみと噛み締めながら、再び続ける。
「でも舞台に立ったら、考えてたことがすべて飛んでしまって…。それなのに台詞だけはしっかりと出て来るんだ。観客の反応も意識の外だったのに、なのに体はしっかりと台本通りの動きを再現してくれる…不思議だよね。本当に」
 自らに伺候したアンミアヌスや、恋人のディアナ、仇敵であるコンスタンティウス帝の顔ははっきりと思い出す事ができる。そればかりか、雑兵や町民に至るまで演劇というかりそめの世界で触れ合った人々の面差しや些細な挙措までを、ギュスターヴは寸分たがわずに思い起こす事ができるのに、無数の観客達や外界の光景は、そのすべてが記憶や意識からごっそりっと抜け落ちていた。
 ギュスターヴは唸りを上げながら一同に尋ねる。
「演劇は初めてなのだけれど……演じるって、こういう感覚なのかな?」
 疑問まじりにギュスターヴ呟いた。
 すかさず、食卓の右端から声が飛んでくる。
「気持ち…よくわかりますよ」
 聞きなれたその声に、ギュスターヴは無意識の内に眉をひそめた。
 声の主に目を遣れば、糸の様な灰青色の瞳を見開いて、細面の男が何度も相槌をうつ姿が伺われた。
 昨日、演技中、陰険そうな無表情を貫いてきた男だ。彼は、ギュスターヴの宿敵とも言うべきコンスタンティウス帝を演じたミハエルだ。
 果たして、昨晩のあの忌まわしさや不遜さは、いかにも人の好さげなミハエルからは露とも感じられなかった。
 ミハエルは肌艶も良く、目の周りには黒ずみも無かった。
 表情豊かだったし、ギュスターヴを見つめる瞳も純朴そのものだった。
 コンスタンティウス帝の病的に青白い肌とも、冷血動物を彷彿とさせる冷淡な眼差しも、常に皮肉げに真横に結ばれた唇も、そのいずれもがミハエルからはそぎ落とされていたのだ。
 ミハエルに続き、席のあちこちから共感の声が上がった。
 誰もが、自分ではない何者かになったという不思議な感覚に打ち震えているようだった。
 正面の姫川女史がぽつりと呟いた。
「私も同じです。昨日は私は、私という体を離れて、ディアナというガリア人の女性になってガリアを走り回っていた。あそこにはユリアヌスがいて、アンミアヌスがいて、皇帝コンスタンティウスがいて、宮殿があり、ガリアの野原が確かに広がっていた。私たちのいた世界だけが薄膜かなにかで仕切られた様に外界から遮断されていたようだったように感じます」
 ギュスターヴが視線を戻せば、黒真珠の瞳と目があった。
 化粧は落ちているものの、舞台の最中、終始、ユリアヌスを支えたディアナと同一の双眸が目の前で揺れ動いていた。
 しかし、なぜだろうか。
 あれほど愛おしく感じられた宝石の様な瞳が絶えず放っていた蠱惑的な光は、今では完全に消褪していた。
 ギュスターヴは首肯する。
「不思議な感覚だよね。姫川さんの言う通り、あそこには別世界が広がっていた。思えば、僕の肉体を通してユリアヌスが息をしていたような気がする。正直、こういう経験を積むとは思わなかったけど、すごくやり切った気分で、今はただただ清々しいばかりだよ」
 ギュスターヴは微笑と共に言い放つ。
 そうして、銀皿を飾るシフォンケーキへと口をつけた。
 綿の様なスポンジ生地をかみしめれば、シフォンケーキは粉雪の食感で崩れてゆく。
 ふんだんにあしらわれたベリー類が、さわやかな果実味を口腔内へと齎した。
 これら果実味はシフォンケーキ由来のバターや粉砂糖の芳醇な甘みとが巧みに溶け合い、甘味と酸味の二重奏を口腔内で奏でだす。
 ギュスターヴはシフォンケーキをあっという間に食べ終えると、ワインで一息つき、昨日の演目に再度、想いを馳せるのだった。
 葡萄酒が優雅な微酔へとギュスターヴを誘っていく。
 この心地よい酩酊の中で、ギュスターヴは昨日の熱狂をしかと胸に刻むのだった。
 続々と料理が供されて、空のボトルが増えていく。
 宴はたけなわを迎え、終幕に向かい徐々に賑わいを落としていった。
 全ての料理が出そろい、ついで紅茶とデザートの甘味が卓上に供された。
 そろそろ頃合いだろうか。
 ギュスターヴは、くつろぎ始めた面々を順繰りに見やりながら、さっそく切り出した。
「…みんなの写真撮りたいなーって思うんだけどどうだろう? ほんとは料理も一緒に映した方が良かったのかもしれないけれど…」
 ギュスターヴが半ば程、言い終えたところで、面長のホロティウスが、嬉しそうに膝を打った。
「名案だ…! カメラマン…すぐに用意だ、用意!」
 ホロティウスは頬を酒気に赤く染めながら、舌足らずにそういった。
 ギュスターヴは苦笑する。
「――僕は写真はSNSには上げないけれど、この衣装だから映える写真も撮れると思うんだ。SNSで写真をあげればチャリティイベントに興味をもつ人はもっともっと増えると思うから、上げたい人はどんどんあげちゃってね」
 言いながら、スマートフォンを取り出すとギュスターヴは不意打ちと言わんばかりに、ホロティウス監督を写真に収める。
「…もし盛れてない写真になったらごめんね!」
 冗談めかして言って見せれば、ホロティウス監督は、さながら奴隷の表情で、ガサガサの下唇をわざとらしく突き出してくる。
「あら、皇帝陛下…?」
 シャッター音と共にフラッシュがたかれた。
 眩しさに目を細めながら、光の出どころを追えば、黒真珠の瞳と目があった。
 目の前では、ディアナあらためて姫川女史が、カメラを片手に悪戯っぽく微笑んでいる。白磁の頬に朱色を湛え、薔薇の唇を葡萄酒で真っ赤に染めながら姫川女史は手にしたスマートフォンを優雅に降った。
 姫川女史が声を弾ませる。
「皇帝陛下…奴隷のホロティウスでは無くて、私の事こそ撮影されて?」
 理知の瞳が、妖艶と輝いている。
 そんな姫川女史の中にギュスターヴはディアナの面影をはっきりと見出した。
 すかさずシャッターを切り、『ディアナ』を写真に収めた。
 その後ギュスターヴは、仇敵コンスタンティウスを、左官のマルケルスを、気の良い乳母役のカーラを続々と写真に収めて、最後に全員で集合写真を撮った。
 ギュスターヴ、いやユリアヌスは、小さく微笑する。
 失われたガリアが再び、この場に蘇ったからだ。
 そして、この光景を友人や母にと思わずにいられなかった。
 両の眼でここに再誕したガリアを見つめ、脳裏にてフランスの母や、日本の友人たちの姿を思い浮かべる。
 彼等に写真を見せつつ、ちょっとチャリティで演劇してきましたなんて言ったら、彼らは驚くだろうか? その上、歌も一曲披露して来たなんて口にしたら母親はどんな顔をするだろうか。
 母や友人の反応を想像すると、故郷への思いが益々募っていくようだった。
 夜は深まり、饗宴は終わりを迎える。
 店内に悲哀を帯びたピアノの旋律が流れ、コックを始めとしたレストランのスタッフがギュスターヴらに席を順々に訪れて来る。
 荷物を手に手に、一同はレストランから引き上げる。
 レストランから一歩足を踏み出した瞬間、古代ガリアの風景は溶暗し、未だ活況に沸く深夜のU市街がギュスターヴを出迎えた。
 市街全域に張り巡らされた街灯は、青い静脈のように市街全域を隈なく網羅し、未だ人ごみに溢れる街中を煌々と照らし出している。
 ギュスターヴは団員たちと別れると、一人、中心街に背を向けて郊外へと歩き出した。
 木々を渡る山風が、轟轟と音を立てながら市街を拭き去っていく。
 風は初雪を孕みながら、U市街を抜け、そのまま眼下に広がる盆地へと流れていった。
「初雪だ…」
 と通りの誰かが口走れば、人々は一様に空を見上げる。
 つられて夜空を見上げたギュスターヴのもとに満天の星空が飛び込んでくる。
 煌びやかなる星明かりの中、空は暗紫色を湛えながら彼方まで広がっていた。
 地平線の遥か先、パリは今、朝の陽射しの中で輝いている頃だろうか。
 ギュスターヴは異国地にて故郷パリを思う。
 冬が間もなく訪れようとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キノ・コバルトリュフ
マーツータケ、キノコセラピーはいかがかな?
かぐわしいキノコは香りマツタケ、味シメジ!!
美味しそうなキノコ香りはみんなを元気にさせちゃうよ!
ナメコ!?なんだか、目が血走ってるね。
キノは食べても……おいしいけど食べちゃダメだからー。




 墨汁を垂らしたような暗闇の中、市街は無数の白色灯を身にまといながら、眩耀の煌めきに色気だっている。
 魔術障壁によって市街全域を鎧われた市街は、城壁という城壁を下ろされた今、恥じいとは無縁に、その艶やかなる肢体を宵闇の中でそびやかしていた。
 連なるガラス張りの摩天楼が夜空を突き刺し、瀟洒な高層マンションの連なりが真珠の輝きでもって暗がりを照らし出している。
 眼下に広がる近代都市は代表する、調和と均整の象徴であった。
 見ていると自然と心が圧倒されるものがある。
 だが、都市の中心部とはあくまで街の一つの顔に過ぎない。
 少なくともキノ・コバルトリュフ(キノコつむりの星霊術士・f39074)にとっては、威圧的に映る街並みは、後方に広がる城址公園によって包括された外行きの顔に過ぎないと感じられたのだ。
 キノは振り返り、U城址公園を仰望する。
 無数の星明りが城の胸壁や櫓を淡く照らし出している。四辻に沿って立ち並ぶ石灯篭が赤い焔を揺らめかせては、砂砂利を敷き詰めた簡素な足場に光の道しるべを投げかけている。
 充溢する光の奔流に洗われて、黒漆塗りの瓦屋根が優艶と輝いている。ふるびた石垣は、まるで大地に根を張った大樹だ。角もすり減った丸石が幾重にも積み重なっては、巨大な城壁を支えている。
 そこには、現代ケルベロスディバイドを代表するような防衛機構は何一つとして組み込まれていない。
 石造りの城郭が堅牢ながらも、どこか親しげにそこに佇んでいた。
 U城址は宵闇の衣を身にまとい、柔らかな光の微笑を湛えていた。
 そして、今、市街に暮す住民をはるかに超える来場者がU城址跡へと集まっている。
 アダム・カドモンのたっての願いで催されたチャリティ・イベントは、大盛況のもとで幕を下ろした。
 祭りの熱狂も冷めやらぬ中、現在は後夜祭という名目で城址は一般客へと開かれている。
 時にソーシャルメディアが、時にテレビ報道がチャリティ・イベントの成功ぶりを全世界へと喧伝し、触発された人々が我先にと勇んでは、U城址跡へと押し寄せたのだ。
 果たして、第一夜、第二夜にもまして、後夜祭は活況に沸いている。
 来場客はどうやら主催者たちの思惑をはるかに超えるものであったらしく、現在では二の丸周辺に巡らされた出店は押し寄せた人々でごった返し、そのまま長蛇の列をなしては、城外の運動公園や駐車場へと溢れかえっている。
 それでも人々に不満は無いようで、店先の白色提灯に照らし出される来客者たちは喜色満面、面ざしを柔和に輝かせていた。
 至る所で熱狂まじりの喚声が零れ、たからかな笑い声が轟いていた。
 U城址公園内の光景を目の当たりにすれば、誰もが後夜祭の大成功を確信するだろう。
 チャリティイベント本番の祭りの余韻は未だに会場全体にくすぶり続けており、今なお、熱に浮かされた来客者たちが、夢ごこちに祭りに熱狂していた。
 祭りを楽しむ心に老いも若いも、男も女も関係ない。いや、種族すらも歓喜の感情の前には、なんら障壁にはなりはしないのだ。
 人ごみの中を駆け抜けていくオラトリオの少年の姿が目に入ったかと思えば、老境に差し掛かった年配のシャドウエルフの老夫婦が微笑がちに通りを横切っていく。
 分厚い龍鱗に身を包んだドラゴニアンの青年が、陽気に口笛を交えながら、身の丈半分程度のドワーフの女性と踊りに興じている。
 キノは、今、チャリティ会場の片隅で飲食店をしきっている。
 飲食店とは言っても、キノに割り与えられた出店のスペースはスズメの涙程度のものであったし、飲食店といっても布張りの天幕で覆われた小さな露店に過ぎない。
 最も、店の外観などキノには然したる問題となりえないだろう。
 キノにはキノコ料理がある。
 この料理があればこそ、キノは、後夜祭を更なる成功へと導くことを半ば確信していたのである。
 紫色の双眸を煌びやかに輝かせながら、キノは通りの一隅に居を構える出店で一人、腕組みして火をおこす。
 敷地面積で言えば数人が収容できる程度のこじんまりとした布張りの小店は、隣り合う出店とは布一枚で区切られただけである。
 出店は外装は勿論のこと、内装に至っても簡素な造りとなっている。
 店内には、キノが腰掛ける用の丸椅子と、中央部に横たわるやや大型の七輪、左右の側壁にそって並ぶ料理棚と調理用の机といった必要最低限の機材が置かれているだけだった。
 最も、最低限の調理器具さえあれば、キノには十分だった。
 戸口に垂れた暖簾ごしに店先を透かして見れば、ひしめき合う来客者が、通りの彼方に至るまで長蛇の列を作っているのが窺われた。
 よしと小さく自分を鼓舞して、キノはさっそく一人目の観客を迎え入れる。
 暖簾をくぐって新たに十代前半くらいの、蓬髪の少年が姿を現した。
 キノはぱっちりと目を瞬かせて少年へと目合図する。
 既に七輪に火を入れてから十分な時間がたった。
 頃合いは上々といえるだろう。
 七輪の中、炭火がほの赤く燻ぶっていた。網の上に乗せたまつたけが、熾火に焙られて、いかにも心地よさげに身を躍らせている。
 炊飯釜が、甲高い悲鳴をあげつつ、白い蒸気を吐き出していた。
 白い蒸気が周囲へと漂っていけば、店内には、松茸特有の気品と野性味に溢れた香しい匂いが直ちに充溢していった。
 鼻歌じりに声を弾ませ、キノは口元を綻ばせる。
「マーツータケ♪、キノコセラピーは…いかがかな♪」
 手にした内輪で七輪を仰げば、熾火はますますに勢いを増してゆき、赤い焔の舌を伸ばしては、舐めるようにして松茸を焙るのだった。
 ふんわりとした松茸の香りに、少年が生唾を飲み込むのが見えた。
 キノは少年へと微笑を投げかけると、空いた左手を炊飯釜へと伸ばし、プラスチック茶碗に松茸の炊き込み飯を山盛りよそる。そうして流れるような挙措でもって、今度は団扇を置き、箸で網の上の松茸を裏返した。
 じゅっと、網の上で松茸が音を上げたのを合図に、キノは山もりの炊き込みご飯の上に松茸を二つ、三つと飾り付け、目の前の少年へと手渡すのだった。
「キノキノ…!かぐわしいキノコは香りマツタケ、味シメジ!! さっ、松茸と山菜の炊き込みご飯の完成だよ。君もキノコは大好きかな?」
 キノの言葉に、少年は放心した様に幾度も首を何度も縦に振ると、茶碗を受け取った。
「キノ…!美味しそうなキノコ香りはみんなを元気にさせちゃうよ! 君も幸せたっぷりと味わってね…?」
 キノは言う。自然、微笑がますますに陰影を深めていくのが分かった。
 少年が元気よさげに、首肯で応えた。
 少年は、キノへと大きく頭を下げると、よれよれのポケットから五百円玉を一つ取り出して、キノへと手渡した。
「まいどありがとうだよー」
 お金を受け取り、キノは声を躍らせる。少年は踊るような足取りで踵を返すと、炊き込みご飯を大事そうに両手に携えてはそのまま屋台を後にしていった。
 少年が暖簾を潜り闇の中へと消えてゆけば、間髪入れずに次の客が暖簾をくぐり、店内へと姿を現した。
 すらりととした長身の男性と、薄手の衣一枚を纏っただけの大人びた女の子が、七輪を挟んで、戸口の前に立っている。
 二人ともに鮮やかな銀髪を風になびかせては、男は乳白色の端正な面差しを綻ばせ、少女は少女はその美貌を無表情なままに澄ましていた。
 キノは料理の手を一旦止めると、身を屈めて少女と青年に交互に視線を遣る。ふふんと鼻を鳴らしながら注文を確かめる。
「美味しそうなキノコの香りはみんなを元気にさせちゃうでしょ! 香りも味も絶品のキノの松茸だよ。さぁ、注文はどうするかい?」
 キノが尋ねれば、少女が小さな顎元を持ち上げて青年を見上げた。青年は一頷きすると、メニューを指さした。
 青年の薄らとした唇が躍るように上下する。
「それじゃあ、松茸ご飯を二つ頼むよ…。それにしても土瓶蒸しも、松茸ご飯も全部、五百円っていうのは随分と良心的すぎないかい?」
 青年の口端が愉快気に斜を描いている。
 キノは、自信満々に答える。
「キノのお店は、お客様の笑顔を一番大切にしているからね。安くて美味しいがモットーなんだよ。…注文は松茸ご飯だね…!うん…今用意するから少し待っていてね」
 直ちに調理に取り掛かる。
 七輪で松茸をあぶり。炊飯釜より、プラスチック容器に炊き込み飯をよそる。なれた手つきで調理をこなしていけば、あっという間に注文品の松茸ご飯が二人分、完成する。
 二人へ料理を供する。
 少女が、顔色一つ変えずにどこか大仰とした挙止でキノへと一揖し、銀髪の青年が、細菌学者の大家が描かれた紙幣を一枚、キノへと手渡し、にこやかに礼を言う。
 二人は、松茸ご飯を手に手に、キノの店を後にしていった。
 それでも尚、客足が途絶えることは無かった。
 続々と来客者は現れ、注文が殺到していく。材料のキノコは目減りしていき、炊飯の炊き込み飯が瞬く間に空となる。
 再び、飯を炊いて、松茸を焙る。
 手際よく、接客と調理を行いつつ、キノは続々と現れては消えていく飲食客をたったの一人でさばいていくのだった。
 結局、客足が途切れることは無く、用意した山菜とご飯を全て使い切ったところで、キノのキノコ料理店は御礼完売で店締めと相成ったのだった。
 残った来客者たちは、いかにも口惜し気に、力なさげに肩を落としては闇の中へと溶けてゆく。
 弱弱し気な背中を、苦笑いで見守りながらキノは暖簾を下ろして、再びU城址を見渡すのだった。
 夜も更けて、後夜祭はたけなわを過ぎて、様相を変えていく。
 辻を綿花の輝きで染め出した照明が一つ、また一つと落とされ、しめやかな暗闇がU城址跡を包み込んだ。
 石灯篭に浮かぶ燈火だけが、宵闇を幻燈の輝きで照らし出してる。
 祭りの会場は、昼の風雅な仮面を脱ぎ捨て、享楽と優艶の素顔をさらけ出したのかのようだった。酒杯を交わすものがあり、体と体を寄せ合わす男女の姿が会場の至る所で散見された。
 それもそのはず、祭りの会場はキノのベルベットパフュームで満たされたからだ。
 キノが使役するベルベットパヒュームは、対象者に対して強烈な感情を喚起させる。
 松茸にも似た、ベルベットパフュームのかぐわしい香りは、『興奮』や他者に対する『好意』の感情を奔騰させる。
 折しも現在、会場に集まった多くのもの達は、先日、上演された演目により感情を昂らせてた。そこにキノのベルベットパヒュームが相乗する事で、人々は一気に感情を爆発させたのだろう。
 キノは、片づけの手を止めて、手元の携帯端末へと手を伸ばす。
 液晶画面をスワイプして、近頃、飛ぶ鳥を落とす勢いで若者の人気を集めるソーシャルメディア『Kerberos Ground』にアクセスする。
 カリフォルニア産の新規ソーシャルメディア『Kerberos Ground』の前に国境の壁など存在しはしなかった。
 SNSのTOP画面は、米国内の他のニュースを差し置いて、U城址公園におけるチャリティ・イベント成功の書込みで溢れている。
「ネットの中も現実も…なんだか、みんな目を血走てるみたい? チャリティ・イベントの成功にみんな、興奮しているのかな」
 小さく微笑して、キノは『Kerberos Ground』に既に撮り収めた写真を幾つかアップしていく。
 興奮に沸く城址内を、ついで、来客者たちの喜び顔を、自分の屋台や松茸料理といった写真を次々に投稿していったのである。
 最後に、自分の写真をと共にキノはソーシャルメディアに一言を載せる。
『お祭りは大成功。舞台は最高だったし、後夜祭も大盛り上がり。松茸料理は特に絶品だよ。でも注意...!キノも食べても美味しい…けど!けどね、食べちゃダメなんだからね』
 なんて面白おかしく全世界へと言葉を発すれば、たちどころに、賛同を現すケルベロスマークが続々と世界中からキノの投稿へと寄せられる。
 キノは携帯端末から視線を持ち上げると、周囲を見渡した。
 薄闇の中で、U城址公園は、その輪郭を朧げにしながらも、力強く屹立していた。
 城を超えた先では、U盆地を横切るようにして千曲川がゆるやかな弧を描きながら、平野へと流れ込み、毛細血管のように支脈を分岐させては、田畑を流水でなみなみ満たしている。
 夜空を彩る星々が、鏡面のように輝く水面に星影を落としている。
 眼下に広がる市街を埋め尽くすように、ビル群が並び立ち、家屋が軒を連ねている。軒先に灯った人工灯は、数珠のように市街を縁取りながら、安閑とした夜の暗闇を純白の光で染め出していた。 
 キノは携帯端末をそのまま掲げて、カメラに市街を捉えた。
 シャッターを切れば、U市街の全貌が写真に納められた。
 直ちに、ソーシャルメディアに写真を拡散させれば、投稿欄へと称賛の声が集中する。世界中からの投稿だ。
 近く、デウスエクスとの大規模な戦いが生じるかもしれない。
 だけれど人類は、今や強固に結び束られている。
 携帯端末は、絶えず光の吐息を吐き出しては、世界に広がる無数の希望の声をキノへと届けている。
 地平線の先が白みがかって見えた。朝の訪れを告げる曙光が世界を照らし出している。
 …間もなく夜が明けるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

久遠寺・遥翔
アドリブ歓迎

▼心情
舞台裏がごたごたしてたみたいだけど蓋を開けてみりゃいい舞台だったな。昔見た歴史ドラマを思い出したぜ。
あんな脚本が作られるってことはきっとこの世界の地球も俺達の地球と同じような歴史を辿ってきた似て非なる世界なんだろう。デウスエクスの侵略が始まるまでは。
しかし強大な侵略者がいるからこそ、地球の人々は一丸となって立ち向かうことが出来ている。国同士静かに牽制しあってる俺達の地球や小国同士で小競り合いを続けているクロムキャバリアとどっちのほうがマシなのかね?
なんて柄にもなく考えちまったが、俺がやることは変わらない。俺は俺の正義に基づいて助けたいと思った人々を守るために戦うだけだ。

▼行動
近いうちにまた大きな戦いが来るだろう。その時に備えて今は腹ごしらえだ。
ラクスにもしっかりと出店での食べ歩きの作法を教えながら、この世界の空気を感じてもらうぜ。

▼ラクス
巨神レヴィアラクスが人とコミュニケーションを取るための少女型端末。表情の変化が薄いが意外と内面は感情豊か。物静かなですます口調で話す




 小高い丘の上より眼下を臨めば、宵闇の中、光の衣装を纏ったU市街が視界に飛び込んでくる。
 天より射しこむ無数の星明かりがビル群に絹の様な光の天蓋を被せ、地上を往来するぎらついたテールランプの明かりや市街随所に隈なく設置された優美な紫色の街灯が、煌びやかな彩光の法衣でもって街筋や市街を潤色していた。
 幻燈の光で輝く市街で、無数の黒点となった人々が往来を続けている。
 天上よりの人工灯と、地上よりあふれ出す自然光とは、複雑に絡み合いながら、白色と紫色の織りなす彩光を放ちつつ、道行く人々を朗らかに照らし出していた。
 久遠寺・遥翔(焔の機神イグニシオン/『黒鋼』の騎士・f01190)は、郊外の緑に腰を深々と沈めながら、宵闇の中、うすぼんやりと浮かびあがるU市街をぼんやりと一望していた。
 U市街の一角に佇むU城址公園は勿論のこと、U市街自体が、後夜祭の熱に浮かされて色めき立っている。
 後夜祭に先立って開催された演劇については、当初、演者の欠席を始め、事情が重なり随分とごたついていたと聞く。
 しかし、実際に蓋を開いてみれば舞台は大成功を納めたし、上演に続いて執り行われた後夜祭もまた、好評を博しているようだ。
 市街とかなりの距離を隔てているはずなのに、遥翔には人々の歓声がはっきりと聞こえていた。影絵となった来客者たちが、気分よさげにそぞろ街を闊歩しているのが見える。
 人々の賑わいを目の当たりにした時、遥翔の胸の奥を苛んだのは、さながら薔薇の棘が齎す甘美な疼痛であり、狂おしいまでの憧憬の念であった。
 一地方都市にしか過ぎないU市が、なによりも眩く見え、そしてケルベロスディバイド世界の縮図とも言うべきこの都市に、遥翔は、人々の力強さを見出すに至ったのだ。
 遥翔は視線を市街地から徐々に遠景へと映していく。
 街の明かりは、市街の外縁に向かうに従い徐々に薄れてゆく。かわって濃い闇が存在感を強めていく。
 薄闇に浮かび上がる市街は、外縁部では、藍色の闇夜に浸食され、その輪郭を曖昧にしていた。
 艶っぽい暗闇の中で、外縁部をぐるりと縁取るようにして、宵闇に紛れ鋼鉄の隔壁が敷かれている。
 現在は隔壁は降ろされていたが、有事の際には、それぞれの隔壁が互いに組み合わさりながら繭の様にU市街を覆い、さながらSF映画の城塞都市の様になって市街を防護するのだという。
 U城址の光景を見るにつけ、遥翔は自らが暮らすUDCアースに想いを馳せずにはいられなかった。
 演目からの類推になるが、遥翔にとっての基軸世界であるUDCアースと、ディバイド世界は同じような歴史を経てきたことが窺われた。
 二つの世界における差異とは、UDC世界における危機が、太古より蘇った、いわば在来種とも呼ぶべき邪神によって齎されて内的な災厄によるものである点であるのに対して、ディバイド世界におけるそれは外来種たるデウスエクスにより齎されたという点にあるだろう。
 前者が、暗闇の中から這い寄るようにして、まるで病魔の様に人類社会を浸食していくのに対して、後者は大規模侵略というより直接的な手法によって人類社会を滅亡へと追い詰めているという点もまた両者の相違点と言えるだろう。
 遥翔は、右膝を抱えるようにして両腕を回す。
 そうして静かにU市街を注視した。
 闇夜の中で、U市街はひと際、鮮やかに輝いて見えた。
 その偉容はまさに、暗闇に立ち向かう理知の輝きを彷彿とさせるものでり、地球文明という揺籃を脱し、生まれたての翼を必死にはためかせ、弱弱しいながらも宇宙文明へと飛び立とうとする、人類の強さの象徴であるようにすら遥翔には感じられたのだ。
 UDC世界はおおむね、平和を謳歌していると言えるだろう。
 邪神という人類を恐怖に陥れる外敵の存在は公けには秘されていたし、仮に邪神になんらかの動きがあればUDC組織と猟兵との協力により、危険の芽は早期に摘み取られることがほとんどだった。地球上には多数の国家が併存しているし、いわゆる大戦は過去のものへと風化しつつある。
 だが、表面的には平穏であろうとも、その実、UDC世界には常に邪神による破滅という現実が付きまとった。
 国家群は未だに地球文明の軛から解き放たれる事叶わずに、十九世紀以来の怨恨をひきずり、表面的には友好関係を築きつつも、人知れず資源の争奪に暗躍していた。
 遥翔は、溜息を零す。
 空腹を感じるが故に、思考が悲観的なものへと転じるのだろうか。
 暗澹とした想いにそっと蓋をするように、遥翔は、出店で購入した松茸と山菜の炊き込みご飯を傍らに置く。そうして傍らに立つ、相棒ラクスへと向きを変えると、彼女へと手招きした。
 古代彫刻を彷彿とさせる細面が、ゆっくりと遥翔へと向きを変えた。
 透き通った鼻梁を中心にして、小顔の左右に象嵌された紅玉の瞳が、理知の輝きを湛えながら、遥翔をやおら見返した。
 白大理石の面差しが、星明りの下で優艶と輝いている。桃色の唇から、一条、銀糸の様な吐息がたなびいた。
 ラクスは、無表情なままに一頷きすると、遥翔の隣に歩み出て、草の上に腰を下ろした。
 呟くように、抑揚の無いか細い声音が、優美な曲線を描く喉元より零れ出る。
『マスター。なにやら悲しそうなお顔をされていましたが、どうなされたのでしょうか』
 平坦な美声は、感情の起伏とは無縁に、穏やかな弦楽器の音色で周囲へと響いてゆく。
 まるで、こちらの心を見透かしているかのような少女の一言に遥翔は苦笑する。
 妹分と思っていたのに、時にラクスは姉とも母ともつかぬ声音で遥翔に囁くのだ。そして、遥翔にはこの声が心地よく仕方がなかった。
 遥翔はラクスをじっと見遣る。
 佇まいは物静かで、挙措の一つ一つからは感情らしい感情は伺えない。
 しかし、ラクスの無機質な仮面の下、年頃相応の、豊かな情緒が、純心の光を放ちながら熾火の様に輝いているのは一目瞭然だ。
 物言わぬ紅玉の瞳は、雄弁に彼女の真意を物語っていたし、さりげない言葉の中に遥翔は少女なりの気遣いがはっきりと込められていた。
「心配させてちまったな、ラクス…。いや、この世界を見ていると俺らの世界とこちらの世界、どっちがマシのなかって思ってね? まぁ、食べながら聞いてくれよ」
 遥翔は、ラクスにそう言うと再び視線を眼下へと向けた。用意した木箸を一つラクスへと手渡し、もう一つを自分の手元に用意した。
 容器の包装を外せば、山菜と松茸とが飾る炊き込みご飯が、遥翔の前に現出する。
 遥翔はこんもりと盛られた松茸と山菜の炊き込みご飯へと箸を伸ばすと、さっそく箸で一つまみして、口に頬る。
 飯はやや冷めておりこわばっていたものの、嚙み心地は悪くない。松茸の風雅な香りは決して失われていなかったし、一噛みした瞬間に、口腔内に広がる松茸元来の野性味あふれる苦味や気品あふれる後味は健在である。
 ラクスもまた、蕾の様な唇へ、一口大ほどの山菜ごはんを箸で運ぶと小さな口で頬張った。
 二度、三度、咀嚼し、ついでラクスが嚥下する。
 氷の様な美貌のもとで、紅玉の瞳が眩く輝きだすのが分かった。
『美味しいですね…マスター。こんなに美味しいご飯を振る舞ってくれる世界…。私も大好きです』
 舌鼓を鳴らしながらラクスが答えた。
 言葉の端々に遥翔を気遣うような配慮が滲みだしている。
「だよな。俺もだよ…。こんな事を言ったら不謹慎かもしれないけどさ。この世界が俺には羨ましいのかもしれないな」
 口の中では、高貴な苦味と共存するように奥行のある柔らかなまろみが絶えず、舌をくすぐっている。苦味とまろみが混然一体となって遥翔の舌を楽しませている。
 ラクスの言う通りに、この世界であるからこそこの味は再現が叶ったのだろう。
 遥翔の隣、ラクスが、小さく相槌をうつのがみえた。
 それを合図に遥翔は更に言葉を重ねる。
「なんかさ。憧れちまうんだよな。もちろん、この世界を襲ったデウスエクスって大災害を看過するつもりは無いけどさ、人類が一丸となっているってのは、他の世界ではあんまり見れない光景だからさ」
 溜息と共に心情を吐露すれば、吐き出された吐息が、白い靄となって墨黒の夜空へと流れてゆき、星々の間で霧散していった。
 宵空に浮かぶ星々は、配列は愚か、形状すらもUDCやクロムキャバリアのそれと似通っている。にも関わらず、他世界でみた星空と、この世界の星空との間には言葉には出来ない懸隔の様なものが横たわっているように感じられた。
 遥翔は訥々と言葉を続けていく。
「UDCは邪神の召喚の影響で良くも悪くも、滅びと背中合わせだ。その癖に無数の国々が互いににらみ合いを続けながら、水面下では地球という一つの惑星の中で資源の奪い合いに熱中している。20世紀からの宿痾をひきずって、前にも後ろにも進めてなくなっているんだ…。善良な人間や頭のいい人は星の数ほどいるのにさ、なんていうか…やるせないよな」
 愚痴っぽいと感じながらも、呟かずにはいられなかった。
 すぐさまにラクスが遥翔に応じる。
『…えぇ。マスターの言わんとすることはよくわかりますよ。…ただそれでもクロムキャバリアよりは幾分もマシと言えるでしょう。マスターもご存じの通り、私の生まれたあの世界では、自己保身と権力欲に塗れた支配者たちが、猫の額の様な土地を奪い合って戦いに明け暮れています。外部よりの脅威は無くも、分断された世界は、侵略者という内患に蝕まれ余喘をあげていますから…』
 ラクスの声音はどこかくぐもって聞こえた。
 ラクスへと視線を遣り、物言わぬ紅玉の瞳を覗き込む。
 紅玉と紅が交錯する。
 ラクスの紅玉の瞳には、自らの姿がはっきりと映し出されていた。
 まるでラクスは遥翔にとっての鏡だ。紅玉の瞳に、銀の髪、白く抜けるような肌と、遥翔とラクスの風貌は、似通っている。
 さながらラクスの姿は妹のようにも映ったし、やもすれば自分の半身とすら錯覚させるほどだった。
 遥翔は自らの半身に向かい合って続ける。
「少なくとも、政治なんて小難しい事はこの世界では考えなくていいし、おんなじ人間に憎しみを抱くことだって少ないだろう?…純粋に羨ましい、そう思ったんだ」
 遥翔は口端を曖昧に歪めてみせた、乾いた笑みを投げかける。
 ラクスが無表情のままに、どこかからかう様に肩を竦めてみせるのが見えた。
 薄桃色の唇が、にわかに上方へと斜を描き、悪戯好きな微笑が口元に浮かぶ。銀糸をひくような柔らかな声音が、蕾の唇よりまろびでた。
『マスターは政治なんて複雑なものを考えられていたのですか?…初耳…です』
 遥翔は苦笑する。
 愛らしい妹に張り合う様に、おどけたように口を尖らせてみせる。
「おいおい心外じゃないか、ラクス? 俺だって、こう見えて色々と考えているんだぜ?」
 ハルの答えにラクスが小首を傾げた。愉快そのもの揺れる双眸が、柔和な眼差しでもって遥翔を突き刺してくる。
 すぐさまラクスが切り返した。
『えぇ…では、そういうことにしておきますよ、マスター』
 射しこむ月光が白磁の肌を朱色に染めている。ほころんだ唇から白い歯が零れていた。
 淡い微笑みの影が、西洋人形を彷彿とさせるラクスの面差しにはっきりと張り付いていた。
 遥翔だからこそ理解できる微笑がそこにある。
 遥翔もまた笑みをますますに濃くしてラクスに答える。
「その通りだ、ラクス。なんせ、これでも卒論のテーマは古代ギリシャとペリクレスを扱ったんだぜ? どうだい今から特別講義といこうか?そうだな、受講料は…焼きたての松茸一つで手を打つぜ」
 わざとらしく胸を張り、豪語する。
 教授よりの評価がBマイナーだったのは勿論、口には出さない。
 すかさずラクスが微笑がちに首を左右する。
『そちらはご遠慮させていただきます、マスター…』
 嘲るようにラクスが二三度、愛らしい瞳を瞬かせた。遥翔もまた、苦笑交じりに吐息を零す。
「はは、こちらはあんまり好みじゃなかったみたいだな? それじゃあ、レディー? なにをご所望で?」
 言いながら、遥翔は立ち上がった。
 胸の上に右手を置き、やや前屈みに腰を折ると、大仰な挙止でもってラクスに一揖する。
 ラクスへと手を伸ばす。
 ガラス細工の様なラクスの指先が、遥翔の指先にそっと触れた。
『いつものマスターの正義。あちらを変わらずに示して頂ければ私は満足です。それが…』
 指先に荷重がかかった。
 ぐいと、遥翔が手を引けば、華奢なラクスの姿態が躍るように夜空を舞った。
 立ち上がるや、ラクスは半歩ほど後ずさる。
 そうして彼女は、赤のヒールで優雅そのもの草の大地を踏み鳴らすと、指先でスカートの裾を摘み、小さく持ち上げる。
 嬉しそうに鼻腔をひくつかせながら、ラクスはどこか冗談めかしたような挙措でもって遥翔へと一揖するのだった。
 朱色の瞳が、銀白色の月明かりを帯びながら、煌々と輝いていた。
『それが…私の生まれてきた意味なのですから。あなたの正義と共に…私は常にあるのです』
 ラクスの声音は鼓膜を撫で、内耳をくすぐり、そうして確かな質量感を伴いながら遥翔の内奥へとしみ込んでいく。
「あぁ、柄にもない事を考えちまったが…俺がやることは変わらないさ、ラクス…。俺は」
 言いながら遥翔は夜空を見上げた。
 無数の星々がU城址を穏やかに見下ろしていた。
 世界により人のありようや、倫理観は千差万別存在するのだろう。
 それでも尚、遥翔がやることは変わらない。
「俺は俺の正義に基づいて助けたいと思った人々を守るために戦う。ただそれだけだ。…でも、なかなか一人じゃ大変でね。なんでさ、ラクス…これからも力を貸してくれよ」
 手を伸ばせば、指先は星々すらも掠めるだろう。
 そんな風に思わせるほどに星々が身近に感じられた。
 木々を渡る風が、U城址郊外へと吹き付けて来る。
 ラクスの答えは、風にかき消されてはっきりとは聞き取れなかったが、しかし、遥翔には声など聞こえずともラクスの答えは疑いないほどに確かなものとして遥翔には感じられた。
 言葉は愚か、視線のやり取りすらも二人の間には不要なのだから。
 風が止んだ時、遠く、U城址の上空で眩いばかりの閃光が瞬いた。
 城の本丸跡より幾条もの光の矢が、夜空を鋭く切り裂きながら中天へと向かい殺到していったのだ。
 光条は、U城址上空へと勢いよく駆け上がるとぴたりと動きを止めた。
 静止すると共に、大きく身じろぎしながら膨張してゆき、ついぞ限界を超えるや破裂する。
 空に白い光の花傘が無数に開いた。
 夜空には満開の光の花が咲き誇り、U城址を束の間、真昼の明るさで彩るのだった。
 遥翔とラクスは、黙りこくったままに光の街を眺めながら帰路へとつく。
 デウスエクスによる大規模侵略は近いかもしれない。それでも、この世界は、逆境を跳ねのける力を備えている。遥翔の背中で輝きつづける自由意志と叡智の光こそが、ケルベロスディバイド世界の力強さの証左なのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2025年04月09日


挿絵イラスト