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拝啓、漣より

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2024

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#猟兵達の夏休み2024


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月水・輝命



浮木瀬・薫




●物の怪ならざるもの
「はわ……ペンギンとやら、そんなに幼子のような歩きで、大丈夫なのでしょうか……」
 よちよちと列をなして歩く『ペンギン』なるけだもの。
 鳥である筈なのに飛べもしない。かといって陸を歩けば見るからに頼りなく、こんなかわいらしいだけの生き物が野で生きていけるものかと、浮木瀬・薫(f42964)は厚い硝子越しの光景に声を震わせながらはらはらと心配そうにことの次第を見守っていた。
「ペンギンの歩き方、ほんっとうに可愛らしいですわね♪ あれでも泳ぐと、とっても速いのです」
「なんと?! 成る程、本来彼の者たちは水の……!」
 あんまりその様子が真剣そのものだったから、傍らで同じようにペンギンの行列を見詰める月水・輝命(f26153)が揶揄うでもなく薫の未知へ解を説く。
 ところはアヤカシエンパイアではなく、遥か遠き文明を築きしUDCアースなる日の下の国。
 平安結界の内しか知らぬ薫にとって『個の星々に営みありて、交わらぬ世界線ありき』なる事象は俄かに信じ難いものであったが、それよりも驚いたのはこの『動物園』と呼ばれる魑魅魍魎ならぬ未知のけだものを集め飼育し、鑑賞するための謎の施設の存在であった。
 友人の輝命曰く『おおきな動物も安全に見ることが出来ますのよ』とは言われて来たが、成る程この硝子の檻は随分頑丈でけだものたちの力を以てしても破ることは叶うまい。
 宮廷で小鳥を飼うことがいっとき貴族の間で流行したことがある。猫を愛でることが流行したこともある。が、薫は何故か悉くそれらの小動物から怯えられてしまい触れるどころか近付くことさえ叶わなかった。
 『何故か……嫌われてしまうので御座います……』と。悲しげに口元を覆う青年の嘆きに『わかりますわ……!』と頷いた、薫に同じくしてどうしてか動物の類に好かれぬ輝命に導かれるまま訪れたのがこの『陽毬ヶ丘生物園』である。そこは哺乳類だけには留まらず、海の生物や鳥類、爬虫類など500種類にものぼるあらゆる生き物を飼育・展示する広大な自然動物園だった。
「輝命殿、あちらは?」
「あっ、あれはシロクマですわ。氷の世界で暮らす白いクマですのよ」
 隣の水槽へと足を運べば、おおよそ薫の知る熊とは似ても似つかぬ雪のように白い毛並みを持つ大きな熊が飼育員が運んできたかき氷のおやまに全身を預けて涼んでいる様子が伺えた。
 熊といえば獰猛且つ凶暴で、農民達にとって妖と同じくらいに危険な生き物の代名詞のように思っていたが、茹だるような夏の暑さからだろうか。だらんと寛ぐその姿はまるで人間のようで、何処かおかしくて薫がちいさく吹き出す様子に輝命も楽しげに目を細めた。
「熊にも白いものがいたとは……驚きです」
「シロクマも、見ているだけで癒されますわね」
 動きは野生などすっかり忘れてしまったかのように緩やかで、涼を取りながらうたた寝に勤しむその姿は何とも悠々自適で羨ましささえ感じられるほど。
「人里に熊など降りてきた日には一大事になるものですが……こうして居ると愛らしいですね」
「うふふ! こうして硝子越しに隔たれているのは、きっと互いを守る為なんだと思いますわ」
 大自然の中で生きるものにとってそこは少々窮屈そうにも見えるけれど、手厚い保護を受けて外敵や飢えに怯える必要のない住処は存外悪くないのかもしれない。
 成る程、よく出来ているものだと。しみじみと頷く薫を連れ立って、輝命は水槽をくり抜いた海底トンネルの中へと歩み出す。実際に潜ることは出来ずとも海底から生き物たちを見上げることの出来るその空間は、まさしくこの動物園の一押しの場所と言えるだろう。
「これは……!」
 それは切り抜かれたちいさな海。みなそこから仰ぐあおいろの世界に薫は大きな感嘆を溢して上を見上げた。
 降り注ぐきんいろのひかりがあおい水を幾重にもきらめかせ、すべての色彩が水中に取り込まれているかのようで。ひととはかくも矮小なものなのかと錯覚を起こしてしまうほど。これが人口のものであるなんて、と瞳を輝かせる薫に輝命は我が事のように頬を喜色に染めながら微笑んだ。
「見てください、薫さん。あそこ。アザラシですよ」
「なんと。あ、アザラシ殿は獣人戦線で見覚えが!」
 親子であろうふたつの影が、寄り添いながら悠々と水面を泳いでいく。ちいさなしろい赤ん坊は幾分動きが拙くて、その様子に心臓をぎゅっと掴まれたような心地がして思わずふたり揃って胸を押さえてしまう。
「優雅に泳がれますねえ……やはりつぶらな瞳がとても良い……」
「えぇ! わたくしも、アザラシのつぶらな瞳には心を奪われますわね……」
 怖がられないようにすこし離れた所から。けれど、それでも十二分に愛らしさは伝わってくるから。薫も輝命も、暫し時間を忘れて水中を自在に遊泳する親子のすがたを夢中で追い掛けた。

●ふわふわのあし
「珍しき動物達が沢山見れました……どの子も素晴らしく、今日の日記は、かなり長いことになりそうです」
「日記、ですの?」
 ぐるりとたくさんの動物の姿を堪能すること暫し。ふたりは園内に常設された喫茶店に腰を落ち着けながらこれまでの感想を交わし合っていた。
「はわっ、その、貴族のたしなみとして日記をつけているので……」
 恥じらうことなど何一つ。そうなのですね、と彼女が微笑んでくれるのを有り難く思いながら、薫はうんと冷やされた緑茶を口にする。このすとろぉなる細い管は実に面妖ではあったけれど、中々どうして飲み易い。異世界の文明は驚くことばかりだと目を細めれば、そんな薫の初々しい反応に輝命は口元を綻ばせた。
「そうです、薫さん。わたくし達、動物のお友達はなかなか出来ませんけれど……ほら!」
 ぱちりと輝命が両のてのひらを重ね合わせたなら、はて。いつの間にそこに居たのであろうか、輝命が腰掛ける椅子の隙間からひょこりと顔を出したましろの仔虎の姿に薫は目をまるく見開いて息を呑む。咄嗟に声を出さなかったのはちいさな仔虎を驚かせたくなかったが故のもの。
「最初にお会いした時にお話しした、聖獣の彗ですのよ」
「そ、そちらが……」
 ふわふわの毛並みはどこまでもしろく、体に見合わぬおおきな四肢は成長の余地を感じさせる。ぬいぐるみのような愛らしいいで立ちに釘付けになっていたのも束の間、
『よっろしくね! 薫!』
「はわ?! 彗殿は話すことが出来るので?!」
 薫にとって予想だにしない返事が本人から返ってきたものだから、思わず身を乗り出して伺えば。聞き間違いではないのだと、彗と呼ばれた仔虎はもう一度口を開いてその声を響かせた。
『僕、普通の動物じゃなくて、聖獣だからね! しゃべれるのさ!』
「猫には嫌われるわたくしでも、傍にいてくれる仔虎、ですの」
 『撫で心地が最高ですのよ♪』なんて。仔虎を抱き上げて見せる輝命の所作ひとつをつい目が追ってしまう。
 怖がられたりはしないだろうか。本当に?
「もふもふ……はわ……な、撫でさせていただいてもよろしいでしょうか……っ!」
 どうぞとばかりに差し出されたちいさな頭に恐る恐る手を伸ばしたなら、避けられも跳ね付けられもせずにてのひらが柔い毛並みに沈む。
 ふわふわで、さらりとしていて、それでいてあたたかい。
「ちゃんと紹介する機会が出来て良かった。もっと早く会わせて差し上げたらよかったですわね」
「はわ……ふわ……はわゎ……!」
『えっへへー気持ちいいなぁ♪ 薫って撫でるの上手〜』
 蕩けた頭ではとてもまともに引き出しから適切な言葉を選びとる事なんて出来やしない。はじめての感触に声にならない声を上げながら、夢中になって彗を撫でる薫の様子に輝命も嬉しげに笑みを深める。
「ふふっ、薫さんはどの動物がお好きでしたか? わたくしはアザラシが可愛らしくて……勿論、彗も可愛いのですわ?」
『ふっふーん。でしょー! ね、薫はどう思うー?』
 テーブルを越えてましろの仔虎は薫の膝の上。
 はじめはおっかなびっくりであった薫の手付きも次第に素直に動物を慈しむ優しいものへと変わっていって。
 ごろごろと喉を鳴らしながらごろんとお腹を見せて『もっと撫でて』と強請る仔虎に夢中になって、折角輝命が問い掛けてくれているのに最早呂律さえ回らなくって。
 どれが一番だなんて、そんなの。そんな。
「ぜ……っ、……全部、愛らしかった、です……!」
 いちばんなんて決められない。
 ペンギンの行列だって、シロクマのおひるねだって。アザラシの親子も全部全部。はじめて出会った『かわいい』が渋滞していて、こんな特別なご褒美まで貰ってしまって。胸がいっぱいだ。
 なんとか、ようやく。薫が必死に絞り出したその言葉に輝命と仔虎は顔を見合わせ、友のさいわいを喜び声を上げて笑い合った。

 もう少しだけこのしあわせを噛み締めたなら、今度は陸の動物を見て回ろう。
 楽しい思い出は今日ばかりではないのだと。『また』の約束をふたり、結びながら。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年08月23日


挿絵イラスト