蕩けるほどの甘夢を食む
暗い、昏い夜の街。星すら見えないほどの雲が月を覆っているせいか、世界が随分と恐ろしいものに見える。
朽ちた教会に、灯がぼんやりと燈っていた。いくつもの蝋燭の焔はゆらゆらと、心細い彩で女の横顔を照らしている。
レディ・オーラムはデウスエクスだ。宇宙から飛来した侵略者は、このケルベロスディバイドで安らかに眠る人々の夢を喰らい尽くそうとしていた。
不安と恐怖が生み出す悪夢よりも、甘くやわらかな夢のほうがずうっと甘美な味がする。特に彼女が好んだのは、互いに惹かれて愛しあう恋仲の見る夢だった。ひとが誰かを想っている味は、じんわりとしたあたたかさを抱いていて、不思議と彼女の腹を満たす。
――その感情を、自分へと注ぐように仕向けるほうが効率的だと気づいたのはいつだったか。
漆黒の花嫁装束に身を包んだ彼女が紡ぐ睦言は、誰も彼もの脳内を蕩けさせる。熱をおびた視線をそっと抱きあげて、夢のなかへと忍び込む。
うつくしい色彩の夢は砂糖菓子のように甘くて、恋をする人間がレディに懸想するほどにおいしくなっていく。ごちそうを平らげてしまったあとの抜け殻なんて、なんの興味もないけれど。
レディ・オーラムは誰も愛さない。けれどある時、ふと思ったのだ。恋が叶って愛を結んで、あらたないのちを授かった人々の幸せそうな顔を見て。
「私もこどもを産んだなら、その子を愛せるのかしら」
己が無償の愛を注いだならば、その子はどんなに甘くおいしい夢を私に与えてくれるのか。
だから彼女は、この世界で眠りと夢の神を名乗る男を平らげた。それは大しておいしくもなかったけれど、喰らった彼女が宿したおさないたまごは、あまい砂糖菓子のような見目をしていた。
うれしそうに笑みをこぼす幼い娘を見て、母は思った。
――ああ、なにも感じない。
レディ・オーラムはやっぱり誰も愛さない。結局彼女にとって、すべてのいのちはごちそうを生み出す道具に過ぎない。
「ねぇ、あなたの夢はちっともおいしくないのね」
なんて、なんてつまらない。なんの味もしない食事のために、彼女はたまごを割ったわけじゃない。
そうしてデウスエクスは、ちいさな天使を手放した。ぽつんとひとり、母から突き放された娘は、愛に飢えて、それから。
漆黒の花嫁は、今宵も街を泳ぎゆく。誰かのとびきり甘い夢を腹におさめるために。
どうか、恋するすべてのあなた。眠る前には気をつけて。
あなたが想い慕う金の薔薇が、本当に自分を愛しているかを疑って。
成功
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