ブラックアウト鬼河原探偵社
●繰り返すのが年月の積み重ねだというのなら
記憶というものは摩耗するものである。そうなって然りであろうし、そうでなければ人の記憶というものはいつまでも経験にならぬ。
いわば記憶とは人の研磨剤であるとも言えるだろう。
そうやって人は成長していく。
だが、悲しいかな。
消耗するということは忘却するということでもある。
愚かだというのならば認めざるを得ないところである。愚かであることを知らぬ賢者ほど足元を掬いやすいものはない。
己が愚かであるという自覚なしにして、人は過ちを正すことも許容することも、過ちを過ちのままにしないということもできないのだから。
前置きが長くなったな、と鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)はヤニの臭いと色が染み付いた年代物のパソコンのキーボードを叩く。
鬼河原探偵事務所、所長。
とは言え、それは肩書の一つでしかないし、いわばカバーでもあった。
其実、彼女はUDCアースに隣接する世界……カクリヨファンタズムより派遣された地獄の獄卒である。
「ふぅ……どれ一服するかい」
去年から続いていたオブリビオンや探偵としての仕事、そうした事務処理、報告書の作成であったりファイリングにようやく一段落つきそうなのだ。
いやはや長かった。
昨年は突然故障したクーラーのおかげでエラい目にあった。
しかし、今年はどうだろうか?
まったくもって快適。
文明の利器って素晴らしい。はっきり言って人間やるじゃんとさえ、桔華は思っていた。
UDCアースは連日の酷暑。
猛暑を通り越して酷暑という単語があることを知ったのは、此処数年のことであった。
『閻羅』と呼ばれる銘柄のタバコを加え、桔華はライターを手に取る。
長い長い仕事がもうすぐ終わると思えば、気が緩む。
後はテキストデータを保存すればいい。たったそれだけなのだ。ワンクリック。
だが、桔華は後でもいいとタバコに火をつけるべくライターのフリント・ホイールに指をかける。
ボッ! と軽快な音を立てた瞬間、パソコンの画面が真っ黒に染まる。
「ん?」
状況が読めない。
「おいおいおいおい、どうした? 急にだんまり決め込んで? ん?」
息を吸い込む事も忘れたせいで、タバコに火が点くことはなかった。
しかし、眼の前のパソコン画面は沈黙を守ったままだった。
「所長!」
「姐さん」
伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)と黄・威龍(遊侠江湖・f32683)とが所長室に飛び込んでくる。
その時点で彼女は漸く事態を飲み込む。
確かに連日の酷暑は凄まじい。けれど、文明の利器クーラーがあればなんのその。
だがしかし。
そう、クーラーとは文明の象徴、電気で動いているのだ。桔華が今まで作業していたパソコンもしかりである。
つまり、これは。
「……停電したっての、かい?」
桔華は呆然と呟くしかなかった――。
「どう見てもそれ以外ではありえぬでしょうや」
秋水の言葉に桔華は天を仰ぐ。
なんてことだろうか。もしかして、この探偵社のオフィスのブレーカーが落ちたのだろうか。
「ええい、どいつもこいつも冷房があるとなればここに集まるからだろう! 電力の使いすぎなんだよ!」
ああもう! とブラックアウトしてしまったパソコンに苛立ちをぶつけようとして振り上げた拳を桔華は既のところで留めた。
いかんいかん。
昭和の家電じゃああるまいし、叩いて直るものではないのだ。
「いや、姐さん。これはどうも違うようだぜ」
威龍は探偵社のオフィスのブラインダーの向こう側を示す。
外からはどよめきが聞こえてきていた。
人々の混乱したような声。
桔華は慌ててブラインダーを指で下げる。見やれば、眼下の人通りは向こう側の通りの建物から出てきた人々でごった返している。
「こいつは……ただ事じゃあないね」
「まさかカタストロフの危機であると? もしや、私が珍しくやる気を出して仕事をさっさと終わらせてしまったからであるとか?」
「シャレになっていない」
「ハハッ、これは手厳しい!」
「言ってる場合か! どう考えてもただ事じゃあない。加えて、この酷暑だ。電気が使えないとなると……」
文明の利器は素晴らしいものだ。
冷房しかり。パソコンしかり。
だが、生活の重きを偏重させれば、当然それがなくなったときの反動は凄まじいものだ。つまり、すっ転ぶのだ。いや、すっ転ぶだけならばいい。
転んで頭を打って御陀仏。
なんてこともありえるのだ。大げさではない。
天をみやれ。
あの燦々と、煌々と、憎たらしくもきらめく太陽を。
生命萌える夏。
いや、まじりっけ無しに燃えそうな暑さ。酷暑。去年よりもパワーアップしている。
「考えたくもない! 原因究明と人事救命が最優先だ! 遊んでる連中を引っ張り出してきな――!」
●時は遡ってちょっと前
定休日、というのは素晴らしいものである。
休み。
それは心の洗濯。
しかし、いくら休みの日であっても、こうも暑いと何もする気が起きない。
けれど涼を体は求めるのだ。
「こんな時は彼処ネ」
蒋・飛燕(武蔵境駅前商店街ご当地ヒーロー『緋天娘娘』・f43981)は、普段は武蔵坂学園に通い、夏休み期間中は実家の中華屋を手伝っているが、今日は前述した通り定休日である。
家の中でぐうたらしていては、家族に何処かに出かけろと追い出されてしまう。
小言を言われれば、この酷暑がさらに酷いものに思えてしまうので自主的に外出したのだ。
けれど、夏の日差しは凄まじい。
ショッピングモールは人混みで帰って疲れてしまう。
なら、涼が取れ、さらに気の置けない者たちが集う場所……となれば、飛燕が思いついたのは鬼河原探偵社であった。
その階段の前でばったりと出会ったのは同年代の猟兵、ウィル・グラマン(電脳モンスターテイマー・f30811)とザイーシャ・ヤコヴレフ(Кролик-убийца・f21663)であった。
「お」
「あ」
二人と顔を合わせた飛燕は、珍しいとは思わなかった。
彼と彼女が連れ立っているのは何度も見てきた。恐らく、そういう仲なのだろうということは飛燕もわかっていた。たぶん。あってる。はず。
「飛燕、あなたも涼を求めて?」
「アイヤー、バッティングしたアルかー」
「なんでだよ。むしろ、丁度いいじゃねーか!」
ザイーシャに申し訳ないと思った飛燕。けれど、ウィルはむしろ此処で飛燕に出会えたことを幸運に思っているフシがあった。なんでアルよ。
そんな飛燕の疑問を感じ取ったのかウィルは、ふふんと胸を張って手にしていた袋を掲げる。
控えおろう。
まるでそういうようであった。なんで、こんなにこいつこの状況で胸を張れるアル?
「じゃじゃーん! TVゲーム版『人生鉄道』だ!」
はぁ、とザイーシャは息を吐き出す。
あきれている。
きっと二人はデートであったのではないか? けれど、ウィルがこの酷暑に耐えかねて、いや違うな。単純にあれは手に入れたTVゲームをやりたいだけの顔である。
「……アイヤー」
「やろうぜ! これ最大四人まで遊べるんだぜ? でもさ、ザイーシャと二人だけだとつまんないだろ? だから、此処に来れば相手が見つかると思ったんだよ!」
「そうアル、か」
顔がひきつる。これ、ワタシ、選択肢をミスったらバッドエンドのやつじゃないアル? そうアル! ジャージャーン!
「いいのよ。それよりもこの日差し、参ってしまいそう。早く入りましょう」
にこやかなザイーシャが促す。
あ、やばい。逃げるタイミングを逸してしまた。飛燕はすごすごと鬼河原探偵社に二人と共に入るしかなかったのだ。
とは言え、オフィスは冷房が効いていた。
素晴らしい。
「アネゴー! ちょっと応接室借りるぜー!」
「返せよ!」
「わかってるってば!」
そんなやり取りを所長の桔華としてから三人は応接室に入ってTVゲームの準備を始める。
するとそこに珍しく暇を持て余していた秋水がやってきたのだ。
「珍しいものをもっておられるな?」
「お、興味ある? 最大四人のボードゲームの金字塔『人生鉄道』だぜ!」
「ふむ、聞いたことがあるような、ないような?」
ここで説明させていただくが、『人生鉄道』とは最大四人で遊ぶボードゲームである。
プレイヤーは列車という名のコマを持って人生の荒波を進んでいく。
しかし、人は一人で生きては行けぬ社会性の獣。
時に連結して窮地を脱しなければならない。人の良心の煌きを教えるような素晴らしいシステムである。
だが、無論!
連結できるということは、切り離すこともできるのである。
人生もおんなじである。
見切りって必要なのだ。つまり、裏切り。友情を結んだかと思えば、己の利益のために他者を斬り捨てることもできるのだ。
裏切りのタイミングを見極め、己の利益を追求するのか! はたまた友情と共に共倒れするのか!
そんな波乱万丈を卓上で味わえるのが『人生鉄道』なのである!
そんなこんなで秋水を加えたウィル、ザイーシャ、飛燕がゲームを開始すれば、わらわらと集まってくる観戦者たち。
普段はこういうものに興味がなさそうな威龍を始めとして、涼を求めてやってきたザッカリー・ヴォート(宇宙海賊・f41752)を補足したミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)も観戦に加わっていたのだ。
「あーっ! 宇宙騎士として、その裏切り行為は看過できません!」
「外野は黙っとこうぜ、宇宙騎士さんよ。野暮ってもんだよ、そりゃ」
「何を言うのです! ウィル殿が狙い撃ちされているではありませんか!」
「ふっ、武侠ならばこの程度の困難は乗り越えて叱るべきであるし、眼の前に現れて当然のことだ」
威龍はなんだか遠くを見つめるような目をしている。
もしかして、あったの? そういうこと?
飛燕はなんていうか、これはウィルとザイーシャのゲームだと思っていた。
ウィルはあの手この手でなんとか順位を回復させようとしていた。
とは言え、飛燕は堅実にコマを進めるし、秋水は空気を察したのかウィルに悟られぬ程度に妨害している。
そして、このゲームを真に支配しているのはザイーシャであった。
「ふふ、大変ね、ウィル」
「こなくそ! ああっ、なんでそのマスに妨害装置があるんだよ!? えっ、会社が破産!?」
「あらあら大変……あ、私は会社が急成長。株式上場。資金倍増?」
あくまで偶然と言わんばかりにザイーシャは着実にトップを独走していた。
しかし、コマの進み具合はザイーシャとウィルが争っている状況である。明暗はっきりとした二人は、鉄道のレールの上においては並び立っている。
「くそぉ……このままじゃゴールしても最下位確定じゃねーか!」
悔しがるウィル。
そんな彼を見るザイーシャの瞳が妖しくきらめいたのを秋水も飛燕も見た。他の面々もそうだった。
ミルドレッドだけが、あーだこーだ騒ぎ立てていたが、ザッカリーが男女の機微くらいわかろうぜと口を塞いでいた。
そう、ここからがザイーシャの本領であった。
緻密に組み立てられた計画。
例えゲームとは言え、この『人生鉄道』においては結婚システムが搭載されている。
連結した車両同士であれば、婚姻関係が成り立ち、互いの資産と負債を分かち合うことができるのだ。
今ならば二位である秋水にザイーシャは大差を付けている。
ウィルと結婚して資産を半分にされて負債を払いきっても一位は確定できる。ウィルは最下位から這い上がることができる。
そのために此処まで徹底的にウィルを最下位に追い込んできたのだ。
最後の最後。
もう縋るのは自分しかない、という状況までウィルを追い込んで己の手を取らせようとしていたのだ。ゲームの中の話だけど? いや、何も違わない。
ゲームだろうと現実だろうと!
結婚!
その既成事実がザイーシャは欲しかった。
例え、政略結婚じみた行為であっても、欲しいものは手に入れる。それができるのに選ばない手などないのだ。
故に彼女は最後の一押しを。
「ぐむむむっ!」
「ねえ、あなた?」
あなたさえよかったら、とザイーシャが最後の一手に手をかけようとした瞬間、TV画面がバツン! と音を立ててブラックアウトする。
そう、それはザイーシャの緻密にして精緻たる計画が瓦解した音であり、ウィルが最下位を独走していたゲームがノーコンテストになったというウルトラCを決めた瞬間でもあった。
「……停電でありますか?」
「ああ、どうやらそうみてーだな?」
その言葉に秋水と威龍が応接室を飛び出す。どうやら現状を確認するためだろう。
「……」
ザイーシャは己の血液が一気に沸騰する思いであった。
どういうタイミングなのだろうか、これは。
逆にウィルは、拳を突き上げた。
「……ッシャー!! いやー、残念だな。停電かー。停電なら仕方ないなー! っ、ぃってぇ!?」
ぐり、とザイーシャがウィルの頬をつねる。
こころなしかいつもより痛い。
「ていうか、あっついアル!? こんなすぐに冷房効かなくなるアルか!?
「確かにそうね……」
ボソ、とロシア語でよくない言葉をつぶやいたザイーシャの放つ雰囲気に飛燕はちょっと背筋が寒くなった。
「しかし、大変でありますね」
そんな中ミルドレッドだけが平気そうな顔をしていた。
それもそのはずである。彼女は宇宙服を着込んでいる。過酷な宇宙という環境で活動する騎士である彼女の宇宙服は、その内部に限っては快適な空調が保たれているのである。
それが例え、殺人的な酷暑の中であろうと、だ。
「おいおい、流石にそれはないんじゃあないのか、騎士さんよ」
「んなっ、どういうことでありますかな?」
深い、深い、ため息をザッカリーは吐き出した。
確かに、と彼は思う。
己は宇宙海賊。アウトローである。秩序を重んじる騎士としては捨て置けぬ存在だろう。
しかしだ。
宇宙海賊とは言え、義理人情というものがある。
如何に無頼であろうと捨て置けぬ仁の心がある。即ち、酷暑という窮地にあって電気が扱えぬ状況に恐らく陥っている現地民たちを捨て置いて、己だけ涼しい思いをして暑さに苦しむ者たちを見ているだけとは。
「自分だけ涼しいからって余裕面で、大変でありますなぁ、じゃねーんだよ。そんな虫の良いことはお天道さまが許しても、俺が許さねぇ!」
おら! とザッカリーはミルドレッドの宇宙服の外部の非常解除装置を作動させる。
スペースオペラワールド出身でもなければわからない非常解除装置。
それによってミルドレッドは瞬く間に宇宙服から放り出される。
「あっついですね!? なんです、この暑さ!? 人の活動していい環境じゃあないですよ!?」
「そりゃそうだろ。まったく宇宙騎士ともあろうものが情けねー」
「あ、あなたは平気なんですか!?」
「たりめーよ。こちとら銀河同盟憲章に護られる保証のない辺境の未踏中域を旅してるんだぜ? これくらいの環境、笑って乗り越えられねーで何が宇宙海賊だっつーんだよ」
ぐぬ、とミルドレッドは歯噛みする。
しかし、いがみ合っている場合ではないのだ――。
●そんでもって
鬼河原探偵事務所に集っていた猟兵たちは桔華の号令と共に状況を確認し、各々がこの状況を打破すべく動き出していた。
「変電所でのトラブルか……ここいらの全世帯で停電たぁな」
「なあ、復旧にはどれくらいかかるんだ?」
「ラジオが言うには、一日両日中には、と」
秋水の言葉に面々は愕然とする。
この酷暑で一日二日冷房なしで過ごせと? 冗談ではない。
そんなことができるのは、暑さを感じない死人くらいなもんである。
「無茶だな。どう考えても熱中症で倒れる者たちが急増する」
威龍の言葉ももっともであった。
「あわわわ、どするアル、どうするアル?」
「慌てるな。こういう時はできることをやるしかねえだろ」
桔華の言葉に飛燕は、ハッとする。そうだ。できることを。
なら、自分ができることは。
「ワタシ、空からこの暑さで倒れている人がいないか見回ってくるアルネ!」
「ああ、一先ず……」
何をすべきか。
復旧を待つこともできるが、それでは遅きに失する。
そこでウィルが手を上げる。
「ならさ、電脳魔術で広範囲の現実にハッキングをカマして、気温を改竄するってのはどうだ?」
ウィルの電脳魔術であれば、確かにそれは可能かもしれない。
だが、問題が一つある。
「ただ、停電遅滞を書き換えるとなると……」
「サーバーマシンが必要ってことだよな。なら俺の小型宇宙船を使うといい。サーバー代わりにはなるだろ。だが……まだ足りねぇよな?」
ザッカリーの言葉に汗だくのミルドレッドが目を見開く。
「何を勝手に言ってるんです! 未開の星にそんなことをすれば、問題になりますよ!」
「何硬いこと言ってんだよ。人名が掛かってる状況で、そんなこと言ってる場合じゃあ ねーだろ。それとも何か? 宇宙騎士様は生命より法が重いとでも言うのか? なんて見下げた騎士道精神だろうなぁ?」
「何たる言い草!」
「だってそうだろ? 大体、宇宙騎士規約第二条はどうしたよ?」
「んぐっ!?」
「なあ、緊急事態なんだよ。人命が掛かっているんだよ。ならよ、言い訳ってもんは立つんじゃあねーの?」
な、とザッカリーは笑う。
確かに、とミルドレッドは渋る顔をわずかに緩ませた。
規約の拡大解釈を行えば、たしかにできないことはない。
「……わかりました。我が『スカラップ号』を提供いたしましょう!」
「よしきた! サーバーの問題はクリアだ。後は……」
「電力ね」
ザイーシャの言葉に面々は己の頭上を見上げた。
「なんだかやかましい音が聞こえるのだけれど」
「上の階って……」
「防音しているはずなのに、ここまで響いてくる音、演奏は……!」
バタバタと桔華が上の階へと駆け上がっていく。
勢いよくドアを開ければ、凄まじいギターとボーカルシャウトが外に飛び出す。
「――ッ!!!!」
「うるさっ!」
「ていうか、この状況でよく密室の中に……!」
「メアリー! メアリー・フェアチャイルド(サンダーボルト・f25520)!! ちょっと演奏止め……止め、止めろってば!」
桔華は耳を抑えながら、アンプのコードを引っこ抜く。
そこまでして漸くごきげんにギターをかき鳴らし、喉をガラガラにしながら歌い続けていたメアリーが止まる。
「なに?」
彼女はデッドマンである。
この電力の供給が失われた状況に遭って、彼女だけが一人だけごきげんにアンプを使って演奏をしていたのには理由がある。
そう、彼女はデッドマン。
その胸にヴォルテックスエンジンを搭載した正真正銘の蘇生人なのである。彼女の演奏という衝動によって電力が供給され続けていたのだ。
恐るべきことである。
ウィルは、なるほど、と理解する。
「コイツがいれば、電力の問題は」
「解決できる!」
「なに? なにが?」
メアリーは首を傾げている。
だが、あまり気に留めていないようだった。
「よし、なら今から野外ライブの準備だ」
「秋水は飛燕に連絡を。俺はケーブルやその他の資材をかき集めてくる」
威龍が動く。
こういう時にフットワークが軽いというのは、場を突き動かす原動力になる。
「相わかり申した」
「けっきょく、あたし、なにすればいいの?」
「ノリノリで快音を響かせ、演奏してくれりゃいい。要するに」
桔華が笑う。
メアリーの肩を叩く手が汗ばんでいた。そりゃそうである。停電でクソ暑いのだ。
藁にも縋る思いだ。
今、この危機的状況にあって、メアリーだけが希望なのだ。
彼女の胸に秘されたヴォルテックスエンジン。
それは衝動を電力に変換する機構。
だがしかし、ウィルの電脳魔術を使用するために必要な電力に達するには、メアリーの衝動が高まらねばならない。
即ち、これから行われるのは鬼河原探偵事務所の屋上にて行われる臨時野外ライブである。
「お前はお前が思うままに歌って演奏すりゃいいんだよ。それでみんな大助かり、丸儲けってやつだ」
桔華の言葉にメアリーは、ぼんやりしていた表情を引き絞り獰猛に笑う。
「なら、あたまのネジしめなおす、ね」
「その意気だ。坊主!」
「わーってるよ!」
雑居ビルの屋上に威龍たちがテキパキとステージを組み上げていく。
こういう時に猟兵のユーベルコードは便利だ。
飛燕が空を飛び、野外ライブパフォーマンスをするという告知をしていき、熱中症で倒れた者たちをウィルの電脳魔術の範囲に誘導していく。
「な、わかったろ、騎士さんよ。これが未開人たちの根性ってやつだぜ! どんなにクソ暑くっても、創意工夫で乗り越えようとするガッツがあんのさ!」
ザッカリーの言葉にミルドレッドは頷く。
「わかっておりますとも。だから今回私は規約をですね、好意的超解釈を行ってですね」
「あー台無し」
「なんですと!?」
そんなやり取りをよそにウィルをサポートしていたザイーシャはまだ『人生鉄道』のことを引きずっていた。
その様子にウィルは声を掛ける。
「まーだ、一位になれなかったことを悔しがってんのかよ。停電なんだからしかたねーだろ」
「違うわよ」
「めちゃくちゃ不機嫌じゃん! いいじゃねーかよ、暫定でも一位だったんだし」
そうじゃない、とザイーシャは頬をふくらませる。
けれど、息を吐き出す。
「……тупой」
ぼそりと、その背中に投げかける。
今回は失敗した。けど、次はこうはいかない。
もっともっともっと。
さらに緻密な計画を立てる。ウィルはなんだか寒気がしたな、と首元を擦る。
そういうところ、とザイーシャは小さく笑み、準備が整ったわよ、とメアリーに告げる。
「じゃあ、頼むぜ。ごきげんなナンバーをよろしくな」
桔華に見送られ、メアリーは頷く。
頭のネジはきっちり締めている。
なら、あとは!
「派手にいっちょ決めるよ!」
響くは、鋼音の咆哮(ヘビメタノホウコウ)。
そのフィードバック・ノイズは衝撃波となって夏の日差しに熱せられた空気を展開した電脳魔術の外へと押し出しながら、代わりに涼を引き込む。
されど、身に灯る熱量はフルパワー。
メアリーのシャウトに鬼河原探偵社の屋上における野外ライブは、今夏一番の盛り上がりで、暑さをぶっ飛ばすのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴