オールダーシスターとサマーバケーション
●夏休み
夏休みの予定。
それを思うと毎年のことながら少しだけ憂鬱な気持ちになってしまう。
明和・那樹(閃光のシデン・f41777)は小学生である。
「でもな……宿題に工作があるのだから、これをやらないといけないんだけれど」
そうだ、と思いつく。
工作と言えば模型である。
そして、模型といえば彼は他世界アスリートアースの『五月雨模型店』を思い出す。
あそこならば、宿題の工作に向いたキットがあるかもしれない。
「善は急げ、だ!」
早速ゴッドゲームオンラインにダイブする。
猟兵としての力を持っていても、他世界に向かうには一度ゴッドゲームオンラインにログインする必要があるのだ。
ゴッドゲームオンラインを介在すれば何処の世界にだって行ける。
それは灰色の現実たる統制機構に支配された世界からの脱却だった――。
●ばったり
「そんな……」
那樹はとある商店街の一角で途方に暮れていた。
彼の眼の前にあるのはアスリートアースの『五月雨模型店』。
その扉の前にはなんともそっけない『定休日』の看板がかけられていた。そう、お盆休みである!
「そんな~!! なんで、どうして? せっかく、せっかく夏イベントのデバックと確認作業、その他諸々の処理を終わらせてやってきたというのに、こんな日に限って数奇な運命のネガティヴな方がぶち当たってしまうのでしょう!!」
「んん?!」
那樹は嫌な予感がした。
奇しくも同じタイミングで『五月雨模型店』にやってきた者がいるのだ。
それはよく見知った背中であったし、また他世界で遭遇するとは思いもしなかった者の背中であった。
そう、その背中はあらゆるプレイヤーの『お隣のお姉さん』枠をかっさらおうと目論んでいるドラゴンプロトコル、カタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)であった。
彼女はこの世の終わり位の感じで地に突っ伏すように項垂れていた。
人の往来のある商店街で、そんなことをする知り合いはいないと那樹はその場を後にしようとする。だが、そんな彼の手を掴むものがあった。
言うまでもない、カタリナの手である。
「あれあれ~? これはこれは『閃光のシデン』さんじゃあないですか~! 奇遇ですね! どうして此処に?」
「うわ」
「うわって言いました今!?」
そういう反応するから嫌なんだと言わんばかりに那樹は顔をしかめる。
それがどうにもカタリナは気に食わないのだ。性癖破壊の通じぬ相手である彼をなんとかからかおうとしている。
いや、もっというと、ゴッドゲームオンライン上にてノンプレイヤーキャラクターである『エイル』とボーイ・ミーツ・ガールをしている彼を冷やかして弄び、ウザ絡みをするのが趣味になってきているのだ。ろくでもない趣味である。
「そんなんだからだよ!」
「せっっかく美少女プラモデルのキットを買いに着たのにお休みなんて聞いてないですよ! どうして……」
「知らないってば! 所謂お盆休みってやつだろ!」
カタリナの腕を振りほどこうとする那樹。
けれど、ぐねんぐねんとお姉さんの威厳もなく絡みつくカタリナ。
そんな二人に近づく巨大な影があった。
いや、巨大っていうか影が伸びているだけである。
「おんや? 珍しい。どしたんだべさ、あんたら」
二人が振り返るとそこにいたのは、『ヤッシマー魔魅』こと八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)であった。
彼女も『五月雨模型店』にやってきて定休日であることにうなだれる運命なのだろうか?
いや、違う。
彼女が手に下げているのは工作セットではなく、手提げ水着入れであった。
「はは~ん、あれだべ? あてが外れたって感じだべ?」
得意げな彼女に二人は頷く。
「此処何日かお休みだけんどもさ、この間世界大会で此処のチームが優勝したってんで忙しくしているみたいだ。それで取材なんかもあるからってお休みにしてるって行ってたべ」
「……なるほど」
「ええ~……!」
「ハハハッ、すっかり意気消沈して。あ、そうだべ! 暇してんなら近所の市民プールで水中運動会が開かれてるんだけども、どうだべ?」
「水中運動会?」
「んだ。いろんな水中競技が集まって、皆でわいわいやるんだべ」
「でも、水着がないですけれど……」
「俺もそうだ」
それもそのはずだ。
二人は今日、工作とキット購入にやってきたのだ。突然誘われても水中運動会に着ていく水着がないのである。
しかし!
案ずることなかれ。
此処にいるのは面倒見の良い田舎おねーちゃんである。
「んだば、おらに任せとけ!」
どん、と胸を叩く百重。
「えっ、今からでも購入できる水着が!?」
「何お決まりのことやってる」
ごす、とカタリナの後頭部に入る那樹のツッコミ。
もうすっかり『お隣のお姉さん』は無理そうである――。
●合流地点。
「あーね、はいはい。わかりましたん。そんならウチは直接……え、迎えに来てくれるんですか? えー悪い……はい、はい、そんならお言葉に甘えてー」
天山・睦実(ナニワのドン勝バトロワシューター・f38207)は、耳に当てていたスマホを離して画面に表示されていた百重のアイコンを見る。
彼女は普段は大阪に済んでいるナニワのバトロワシューターである。
電話先の相手は彼女が激推している物怪プロレスリングの暴れ狸『ヤッシマー魔魅』こと百重であった。
彼女の元に上京がてら向かう途中、電話がかかってきて今回の水中運動会に百重以外に一緒していいかという確認の電話が来たのだ。
彼女は無論、構わなかった。
そもそも彼女は関西人。
トラブルもハプニングもどんとこいの楽しめる気質をもっているのだ。
彼女は新幹線を降りると、駅前ビルにて百重を待つ。
すると向こう側から百重が見知らぬ男の子と女性を伴ってやってくるではないか。
「すまんだべー待ったべ?」
「いえ、そんなん大丈夫ですやん。こちらは?」
「カタリナと申します」
余所行きな言葉遣いなカタリナに那樹は思わず驚く。コイツ、こんな喋りができたのか、と。
心外な、という顔をしたカタリナ。
「あ、えっと」
機を逸してしまう。けれど、睦実は朗らかに笑っている。
「少年、ゆっくりでええよ! うちは睦実。睦実ねーちゃんって呼んでくれてええで? なんならウチの子になるか~?」
「えっ?!」
「冗談冗談。お名前なんてーの?」
「な、那樹、です」
「そかそか、那樹君な! よろしゅうね!」
速攻で距離を詰める睦実。
なんというムーヴ。これがお姉ちゃん力の差であろうか! カタリナは歯噛みする思いであった。
「ほんで? この子らの水着を?」
「そうだべ! ちょっと送れるかもだべ。けど、間に合うはずだべ!」
「すいませんね。お手数おかけしたみたいで……」
「平気平気ですやん。せっかくなら水着の方が楽しめますよって」
そんな三人のお姉ちゃんたちの勢いに那樹はまるで自分が洗濯機の洗濯物の気分であった。もみくちゃにされながら、あれよあれよという間に水着を着て市民プールに立っていた。
なんで?
「……それで、これがスポーツチャンバラ?」
「そうだべ! 紅白チームにわかれて戦うチャンバラ合戦だべ!」
動きやすいラッシュガードを着込んだ百重が言う。
なんか凄い本気である。
そして、その隣で睦実が笑っている。
「百重さん、ガチガチのガチですやん!」
そんな彼女の水着は虎柄ビキニのウェスタン仕様。こちらもバトロワシューターとしてはガチなのかもしれない。
そんな二人に挟まれて那樹はなんとも居心地が悪い。
はたから見れば、美少女二人の両手に花状態なのだ。最近のライトノベルの主人公なのかかな、と他の参加者たちは思わないでもなかった。
そんな那樹を遠巻きに観察しているのはカタリナである。
彼女も水着に着替えているが、競技には参加していない。
「ふむ……なるほど」
何か得心がいったような顔をしているが、今の彼女はただ単純に『ダンジョンイベント企画の視察』という名の魔改造美少女プラモデル改造のネタの収集に勤しんでいた。
つまり、女性の水着の情報収集である!
そんなカタリナはワンピース水着を着込んでいる。ふんわりとしたシルエットが、まるで彼女を良家のお嬢様のように仕立てているのだ。
はっきり言ってアレは詐欺だな、と那樹は思った。
「ほれ、那樹。ぼっとしてたら負けちまうべ」
彼らが間に合った水中競技はスポンジの浮島にて行われるスポーツチャンバラ。
肩に『命』と書かれたボールを取り付け、スポンジの刀で切り落とせば勝利。最終的に生き残ったチームの人数で勝敗を決するものだった。
「大丈夫やて。言うてもお遊びだから」
「んだべ。こういうのは楽しんだもの……」
勝ち、と百重が言おうとした瞬間、相対する白チームから亜麻色の閃光が飛び込んで百重のボールを二振りのスポンジ刀で切り落とす。
「んだべ!?」
「あ、ちょっ、百重さん!? わぶっ!?」
体制を崩した百重を助けようとして彼女の体重に負けてプールに落ちてしまう睦実。
那樹は見た。
その亜麻色の閃光。
それは『五月雨模型店』の店長『皐月』だった。
「……ん、どこかで見たと思ったら」
「店長か!? なんで!」
「いや、お休みだからな。たまには体を動かそうと思って」
「だからって、こんな偶然! あるのか!?」
「ふふ、あるだろうさ。じゃあ、やろうか」
那樹は突如として始まった勝負に戸惑いながらも、店長が只者ではないことを知る。
如何に油断していたとは言え、百重を瞬殺したのだ。
その手腕は恐るべきもの。
ヒリヒリとした感覚は、きっとゴッドゲームオンラインでも味わったものだろう。
「大人げないことを! でも、負けるつもりで勝負なんてするもんか!」
そうして互いに譲らず。
二人のスポンジ刀の剣戟はスポーツ大会の華となって大いに盛り上げに貢献するのだった――。
成功
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