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サイキックハーツのとある場所で。
「提灯の並びが美しい場所でござるなぁ……」
周囲の提灯を見つつ、フェル・オオヤマはそう目を眇めていた。
「そうだね、フェルさん。ぼんぼりとはまた違う夏の風情が素敵だと俺も思うよ」
そうフェルの隣を歩きながら同意したのは北条・優希斗。
浴衣姿で3本の刀を下げる彼の姿をフェルが興味深げに見て。
「実に夏らしい涼しそうな格好でござるな、優希斗殿」
そう感想を述べるとありがとう、と優希斗が微笑を浮かべ。
「こう言う時は浴衣を着るんだよ、俺。……と、そろそろだな」
そう告げて時間を確認し、人気の少ない花火を眺めるのに最適な場所へとフェルを案内する彼がシートを敷くのを。
「拙者も手伝うでござるよ、優希斗殿」
フェルも手伝いシートに腰を落ち着た所で。
優希斗が幽世大吟醸:零壱と共に2つのお猪口を取り出して。
「一献、受けて貰えるかい?」
とフェルに差し出す。
彼女がお猪口を受け取ると、優希斗が酒を注ぐので。
返杯したのに優希斗がありがとう、と微笑した時。
――花火大会が始まった。
空に咲く色取り取りの美しい花火を見つめながら。
「オブリビオン撃破お疲れ様、フェルさん。乾杯しよう。任務の成功以上に、フェルさんが無事に帰ってきた事にね」
と微かに寂しげな微みを浮かべる優希斗にフェルが静かに首肯し盃を掲げ。
軽く酒に口を付けた後、ふう、と彼女は思わず息を漏らした。
「……実は私、ずっと共感していたんだ」
極上の甘みと旨味の深い酒が入ったからであろうか。
口調が自然と真剣になったフェルに。
「何に?」
2杯目を自らの杯に注ぎつつ優希斗が問う。
その彼の様子が何か――誰かへの弔いの様に見えるのに、微かに胸を締め付けられつつフェルが。
「あなたが、『誰1人欠ける事無く勝利して、生きて帰ってきてくれ』と送り出してくれたその事に」
そう言の葉を返すと。
優希斗が目を見張りつつフェルの空になっている盃に気付いて徳利を上げた。
フェルが頷き2杯目を受けつつ、興味深げに優希斗の刀へと視線を注ぎ。
「あなたが使っている3振の妖刀と短刀って、何処で手に入れたの?」
そう問うた銀の瞳は、特に『蒼月』と『月下美人』に向けられていて。
それに気が付いた優希斗は微苦笑を零し、自らの杯に3杯目を注ぎ。
「元々は俺がグリモア猟兵に覚醒するよりも前に異世界で手に入れた物だよ」
――けれども。
「俺が此を手に入れたのは、偶然と言う名の必然だった。……3本の刀はこの世界で亡くなった|あの人達《・・・・》の想いの刻まれた過去と未来を紡ぐ|今《・》の証だからね」
その優希斗の懐旧と悔悟を伴う呟きに。
フェルが思わず銀の瞳で優希斗の心の奥底を覗く様に彼の漆黒の双眸を見つめている。
彼女の脳裏に過ぎるは、夢で見た魔法使いの少女の姿。
それは彼女の|我竜《ラーニング・アーツ》の源泉の1つの少女。
「それはもしかして当時、還れなかったと言う……?」
そうフェルが急に口の中が乾くのを感じながら問うと優希斗が静かに首肯して。
「|俺《・》が送り出して、二度と還らなかった皆のだね」
告げる今の彼には、その記憶が鮮明に思い出せる。
それは|彼女達《・・・》をそんな戦地に送り出し、更に灼滅者達に灼滅と言う選択を強いらせてしまう予知をした自分の罪だ。
――例え、それを皆が赦してくれるとしても。
それでも彼には|世界《・・》を守り、彼女達の想いに報い続ける償いの義務がある。
そう内心で思いつつ優希斗が何気なく。
「フェルさんは自分の世界から|もう1つの世界《ケルベロスディバイド》に来た訳だけれど。フェルさんが|この世界《サイキックハーツ》で頻繁に活動しているのは如何してか、聞いても良いかい?」
とフェルに尋ねると。
彼女は酒を一口含み、それはね、と言葉を紡いだ。
「……ある魔法使いの灼滅者の少女の事を、知れると思ったからなんだ」
そう何処か懐かしげに瞳を細めるフェルに。
優希斗がそう言う事かと悟り、蒼月の柄を握る。
その彼の様子を見遣りつつ彼女は、深く強い想いと共に話し続けた。
「そんな風に数年前にその少女の様な灼滅者達が戦い抜いて勝ち取った|現在《今》を護り、悲劇を繰り返させない様にしたいから……」
そのフェルの呟きに。
優希斗がそうだね、と優しい眼差しと共に目を向ける。
――|名古屋《・・・》で打ち上げられているその花火に。
「彼女はね。……その選択を後悔していないと思うよ。彼女は自分でその道を選んだ。何よりも彼女の想いは今に受け継がれているからね」
そう何処か確信を持った優希斗の言葉に。
「……ありがとう、優希斗さん」
如何して彼が|名古屋《・・・》を選び。
彼女が何に殉じたのかを感じながら。
この居心地の良いと感じた――フェルにとっての“自宅”かも知れないこの世界を想い、自宅警備員の女は静かに首肯した。
成功
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