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フロムサマー・ウィズ・オール・マイハート

#グリードオーシャン #ノベル #猟兵達の夏休み2024

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#猟兵達の夏休み2024


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東雲・黎



ティア・メル




●視線
 自分の視線が誰かに影響を及ぼすものならば、彼に送る視線の全てに魔法が掛かっていればいいと思う。そうであったのならばよかったのにと、思う。

 自分の変化は全てあなたのせい。

 ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)の蒼い瞳は櫻の開花を得たように移りゆく。
 あなた、とは東雲・黎(昧爽の青に染まる・f40127)のことだ。
 夜明けの瞳は誰を見ているのだろう。
 あなたの視線が自分に与えた輪郭が今もこうして心を高鳴らせている。
 どうしようもないと思うのは、きっと恋を知ったから。
 この気持ちに偽りはない。
 この気持ちに上下はない。
 だって、そういうものだと知ったのだ。
 ふわふわの水着を彼は可愛いと思ってくれるだろうか。
 そればかりが気になって仕方がない。
 高鳴る胸の痛みさえも今は愛おしい。
 痛みなんて、と思っていたけれど、この痛みが何よりも甘いものだと知っている。

「待たせたな」
「れーくん!」
 振り返る。
 きっと今日の日のこの出来事を自分はきっと何度でも思い出すだろう。
 夜、一人になってもまぶたを閉じれば、其処に彼がいるように思えた。それくらいに目に焼き付いた――。

●まばゆい夜明け
 正直に言えば。
 黎は上手く言葉が出せないでいた。
 クリスマスの出来事以来、彼女のことを意識しない日はなかった。
 意識、というのは言うまでもないことであるけれど、彼女のことを好ましく――いや、取り繕ったり、誤魔化したり言い換えたりするのはやめよう。
 愛を知らぬと言った言葉は、取り消せないかもしれない。
 けれど、知らないということは知る事ができるということだ。
 今まで己が愛を知らぬ出来損ないの淫魔であったのならば、きっと|彼女《ティア》のために、自分はいるのだと彼女の視線で射抜かれてしまったのだ。

 自分はここからがスタートラインだ。
 スタートダッシュにも失敗して、周回遅れかもしれない。
 その自覚はある。だから、巻き返すしかないのだ。
「……」
 れーくん! といつものように呼んでくれた彼女が動かない。
 視線が微動だにしないかと思えば、きょろきょろと動いている。
 なんていうか、忙しないな、と思った。
 けれど、それは自分もだ。お互い様だ。だって、自分だって彼女の姿を……水着姿を認めて、ドギマギしている。
 胸の高鳴りはまるで太鼓を叩かれているようだった。うるさい。
 自分の鼓動なのに、何一つ言うことを聞いてくれない。
 去年ならば、「似合っている」くらいは言えたはずだ。なのに、喉に何か支えたようだった。
「……んに……なにか、いってほしーんだよ……」
 胸が締め付けられる。
 そんな顔をしないで欲しい。
 わかっている。
 こういう時どんな言葉を投げかけるのが成果なのかを。去年は言えた。言えたんだ。なら、今年だって言えるはずだ。
 なのに、こみ上げてくるのは以前よりも強烈な感情だった。
 叫べたのならばどんなに良かっただろう。

 ビーチで叫ぶわけにはいかない。
 理性が言葉を支えているのだ。
「……そのかわいい、と思う」
「……」
 今度はティアが言葉に詰まる番だった。
 いや、というか、彼女の視線もまた目まぐるしく動いている。
 そう、自分も水着だ。
 今年の、とショップで見繕ってきたのだ。いや、白状する。
「ショップの店員がオススメしてくれたんだ。いや言うな。若干攻めた感じなのは俺だって理解しているんだ」
「……ううん、そんなことないんだよ。去年より、ぐんと格好良くなったよ、れーくん!」
 笑む表情さえ櫻の花弁が散るようにさえ思えた。
 これが恋は盲目と言われる所以であろうか。
 自分が大げさに見ているだけではないだろうか? いや、そんなわけない。事実、ティアは可愛らしい。可愛らしいし、きれいであるし、また美しい花そのものだ。
 潤んだ櫻色も、頬の朱色も……朱色?

「ティア、あんた……大丈夫か? 頬が真っ赤だ。まさか、熱中症なんじゃあないだろうな……!」
 今年の夏の日差しは一層ひどいものだった。
 酷暑、という言葉がしっくり来る。
 慌てて、彼女の手を取る。余計に彼女の顔が赤くなるようだった。
「んにっ!??!」
「冷たいものを買ってくる! あとこれ! これを影にしておくんだぞ!」
 羽織っていたジャケットをティアに掛ける。
 日よけになればいいと思ったが、嘘だ。彼女の姿をビーチに来ている他の男の視線にさらしたくないだけだ。
 なんて独りよがり。
 その上、彼女の異変に今の今まで気が付かず……その水着姿に見惚れていたなんて言語道断。
「ああもう、クソ1 どうしてこんなに上手く行かないんだ!」
 ティアから離れて飲み物を買いに走る。
 少しでも早く彼女の元に戻るために――。

●輪郭を守る
 ティアは思う。
 先程の黎の様子を見て思う。
 本当はなんてことなかった。ただ、彼の水着姿……いつもの彼とは違う肌の露出した姿にドキドキしっぱなしだったのだ。
 なんてことはない。
 互いに互いを意識しすぎているのだ。
 彼が去年よりもグンと格好良くなったのは事実だ。自分の目から見ても、そうだと言い切れる。
 去年は他の女性たちに囲まれる彼を見て、ついつい周囲を威嚇するようなことをしてしまった。ちょっと恥ずかしい。今更だけど。
 
 でもでも。
 そう、今の自分の肩に掛かっているのは、彼の上着だ。
 まるで彼のモノだと示しているようでもあった。
「ふふっ、れーくんてば。あんなに心配してくれなくってもよかったんだよー」
 口では心にもないことを言っているという自覚がある。
 もっと心配して欲しい。
 もっとかまって欲しい。
 別に彼を困らせたいわけではないけれど、困った顔を見てみたいとも思う。怒った顔は……見たくはないけれど、でも誰かのために怒れる彼も素敵だと思ってしまう。
 ネガティヴなことでさえ、彼のことならば胸の高鳴りが喜びに変えてくれる。

「……――」
「……――ねえ、お姉さん」
「一人だよね? そんなところでしゃがんでないでさ、あっちの涼しい岩陰とかいかね?」
 誰に言っているのだろう?
 声が聞こえたので、顔を上げる。
 そこには見知らぬ男の三人組がいた。自分がれーくんを待っているとわからないのだろうか?
 でもなんで声をかけているのか。
 わからない。
 彼らの視線は、どうにも好色なものであったが、それをうまく躱すことはできなかった。

「――あ」
 そんなふうにしていると自分に声をかけている三人組の背後からものすごい剣幕の黎がずんずんと砂浜を踏み荒らすようにして近づいてくる。
 れーくん、と手を振ろうとするより早く、黎は三人組をかき分け自分の手を取ってくれた。引き寄せるようにして彼の腕が思った以上にたくましいこと、掌がゴツゴツしていたこと、線が細いのにしっかり鍛えられた体躯の硬さを肌で感じて熱が上がる思いを自覚してしまった。
 胸が痛む。
 強烈なまでに自分の胸が高鳴っている。え、あ、これってもしかして肩を抱かれている? え、本当に? これ現実?

「悪いけど、俺の連れなんで、勘弁してくれな」
 言葉は柔らかい。
 けれど、黎の内から湧き上がるのは強烈な嫉妬心だった。
 見上げる彼の顔は真剣そのものだった。威嚇しているようにも見えた。なんだか可愛いと思ってしまうのは、あまりにも自分が無自覚だからだろうか。
 三人組は彼の剣幕にすごすごと引き下がっていく。
 捨て台詞一つ言えないのは、それほどまでに彼が真剣だったから。

 だから、思ってしまったし、言ってしまった。
「ねえ、れーくん。それって、期待しちゃっていいのかな?」
 何を、と口を開けている黎。
 覗き込んだ彼の瞳は夜色。
 あなたの視線が形作るのがぼくの輪郭。
 乱暴でもいいなんて思ったこともあるけれど、それでも、今の彼の横顔もやっぱり好きだな、と思う。
 真っ赤になっている自分の顔、また心配されないといいけれど。

「……」
 黎はそんなティアの言葉に口を開けたり閉じたりしている。
 ややあって、彼は、ぷいっと顔を背ける。
「さあな」
 笑みがこぼれる。
 ドキドキした心の奥底で笑む。
 そんなあり方さえ好ましいと思ってしまう。
 耳元に顔を寄せる。抱かれた肩の熱に急かされてしまったのかもしれない。もしくは悪戯っ子な一面が前にでてしまったのかも知れない。

 寄せた唇が裂音をわずかに響かせる。
「でもね、れーくん。ぼく、見ちゃった。れーくんもほっぺた赤い、よ?」
「……暑さのせい」
「知ってるよ。だから、買ってきてくれた飲み物、一緒に飲も?」
 指差すは、一つのドリンク。
 汗をかいた容器のように彼のコロコロ変わる顔色が嬉しかった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年08月11日


挿絵イラスト