怪異原典:公園のお兄さん
●変転するもの
人は物語を通して何者にも成れる。
冒険譚を読めば数多の危機を越える果敢な冒険者に、英雄譚を読めば悪しきを挫き弱きを助くる英雄に。
人は読みたい物語を通して望むものに成ることができる。
それは人に夢や希望や勇気、その他実に様々なものを与えるだろう。
人は、物語と共にある。
ならば物語は?
物語も人を通して何物にも成ることができる。
否、この場合は、人を通して如何様にも変化されてしまうこともある、がより正しくあろうか。
より悲劇的に、喜劇的に、惨劇的に――人が望むままに物語は目まぐるしく変化していく。
それは人が物語を愛するが故。
だからこそ、望もうと望まざろうとも、物語はその変化を受け入れるしかない。
そうして変化した物語もまた人に様々なものを与えていく。
物語もまた、人と共にあるのだ。
語り継ぐ人が在るからこその、物語。
語り継ぐ物語が在るからこその、|人《物語り》。
●ねえ、聞いて。
すごい怖い思いしたの。
これはね、私が両親と喧嘩して夜の公園で時間を潰してたときが始まり。
夜の公園なんて危ないのはわかってるけど、喧嘩した手前、すぐには戻れなくてさ。
時間帯も時間帯だから友達ん家に行くのも迷惑だろうって、朝まで時間潰そうと思って。
暇だからブランコ漕いでたの。一回転するんじゃないかってくらい漕いで、飛び降て。
運動神経には自信あるからね! 百点! って着地決めてドヤってたら、拍手聞えてきて驚いた。
知らないうちにすんごいイケメンのお兄さんがいてね、すごいね、って声かけてきたの。
今思えばこっから変だったのかも。だって普通、警戒心持つじゃん? 全然、そんなことなかった。
お兄さん、一人だから気になって声かけてくれたみたいでさ。
すんごい親身に話聞いてくれて、気付いたら色々愚痴ってた。
お兄さんも考え事したいときにこの公園に来るんだって。今度は私がお兄さんの大学生活の話聞いて。
愚痴りあった仲だ、アンタも一人よりは危なくないだろ? って連絡先交換した。
そっから度々夜の公園で会ってはお互い愚痴ったり他愛もない話してたらさ……。
まあ、ね! そりゃあそういう仲にもなる訳で! 此処までは前置き!
でね、ある夏、彼のおばあちゃん家に遊びに行くことになったの。
車で片道、結構な時間がかかるド田舎。山村ってやつ!
朝早く出発して、到着する頃には夜になってた。
灯りも少ないし出歩くには疲れたし、 今日はもうご飯食べたら寝ようって話になった。
簡単にお家の中案内してもらってさ。たまには布団で寝るのもいいね!
ご飯はね、すんごい美味しかったよ! 山菜って新鮮なものはあんなに美味しいんだね!
で、私、明日のお祭りがすごいよ、って彼に教えてもらってたからさ、わくわくしちゃって。
お決まりだよね、もう全然寝つけなくて。とりあえずお水一杯貰おうって台所に向かったの。
そうしたら、廊下に人影があって。その人影は若い女の人みたいだった。
覚束ない足取りで廊下の奥に行くから、ついていったらさ。突き当りに知らないドアがあって。
開けたら、地下に続く階段があったの。女の人は下に降りたみたいでね、私も降りて行って。
そしたら座敷牢がたくさんある場所についたの。
スマホのライトだけだとよく見えなかったけど、どの牢屋もすごく汚れてて。
――多分ね、血だと思う。
人の姿はないのに、どの牢屋からもうめき声とか聞こえるし。空気は息苦しいくらい重くて。
もうとにかく怖くて仕方なくてさ。そんな中、更に奥だけ明るくて、人の気配があったの。
本当に怖かったから、誰かいるなら助けてほしい、傍にいてほしいって思ったんだよね。
私、行っちゃったんだよ。奥に。
――そこに女の人はいた。
目は焦点があってなくて。口はぽかんって空いたままで。
涎垂らしながら、ああーとかうあーとかうめき声あげてて。
髪もぼさぼさで。骨に皮膚が張り付いてるだけってくらい、痩せこけてて。
だけど、お腹だけ。お腹だけが、着物からはみ出るくらい、異常に腫れてた。
お腹には、開いた穴を無理矢理、縫ったような傷があった。
その傷が、中から開きそうな気配がしたの。
ぎちぎち、みちみちって聞こえるくらい音がして。
血が、血が、たくさん、傷から、噴き出してて。
なんか、指、みたいなのが、お腹の中から出てきてた。
私、わかったの。
指の持ち主が、傷を、中から、あけようとしてるって、わかっちゃったの。
悲鳴あげそうになったけど、バレたらやばいって口塞いだ。そしたら後ろから声がしたの。
――ニ、ゲテ。アナタモ、コロ、サレル。
振り向いたらさ、たくさんの女の人が牢屋の中から私を見てた。血走った眼で。
そのとき、お腹腫れてる女の人から、ギャァアアアって声がした。
怖くて見れなかったんだけど……水風船が割れるような音、したんだよね。
それで、女の人以外の声がした。何か言ってたけどわからなかった。
多分、動物の鳴き声の方が近かったように思う。
ソレの声よりも、他の女の人たちの声がとにかくすごくて、よく聞こえなかったんだよね。
――ニゲテェエエエ!!!って叫んだの。大絶叫って感じでさ。
私、逃げた。急かされるように、逃げた。きっともうあんな全力は出せない。
迷路みたいに道は入り組んでるし、後ろからナニカが迫ってくるし。
でも、女の人たちが行く先々に現れて、右だ左だって指差してくれて。
ナニカが叫ぶ度に、女の人たちが聞くなぁあああ!って声あげたり、叫んだりしてくれて。
私が通り過ぎた道からは、壁が崩れたり、棚が倒れたり、ドアが閉まるような物音がしてたから。
――うん、助けてくれてたんだよね。
後からわかってありがたかったんだけど! そのときはすごい怖かったんだから!
しめ縄がかかった扉が勝手に開いて、その先に飛び込んだら小屋の中だった。
扉は勝手に閉まって。中から扉を叩く音がずっと続いてた。
もう本当、長い時間、気が狂いそうなくらいずっとずっと続いてた。
頭抱えて、耳塞いで、耐えてたんだけど、誰かがずっと、頭、撫でていてくれた気がする。大丈夫よって。
気付いたら朝になってて、音は止んでた。
小屋を出たら、大通りの傍だった。
ヒッチハイクして拾って貰って、交番でお金借りて帰ってこれたんだけどさ。
――変な話を聞いたんだよね。
私が行った筈の村は、もう誰もいない廃村なんだって。
もうずっと、ずっと昔に誰もいなくなってたの。
ねえ、私が行った村は、なんだったの?
あと、ちょっと後日談があって。
彼から連絡がきたの、もう少しだったのに、って。
知らない人から連絡がきたの、動画。
女の人のお腹を裂いて、気味悪い怪物を入れて、綴じる。そういう祭の、動画。
あのままだったら、私も、そうなっていたのかな?
とにかく、ねえ、もし公園で声かけてくる黒髪長髪のイケメンにあったら気を付けて。
次は、あなたのところに彼が来るかもしれない。
●部屋の中
――それは掲示板に書かれていたひとつの噂。
新しいようで、在り来たりなようで、詳細は聞いたことがなくても何処か既視感があって。
言わばきっと誰でも一度くらいは何となく似たような話を耳にしたことがある、そんな話。
「随分と、変ったもんだな」
スマートフォンの灯りだけを頼りにそれを眺めていたのは依月は、しみじみと呟いた。
読み返すのも果たしてこれで何度目か。
繰り返し繰り返し語り継がれるこれは、依月の産まれ出ずる元となったネット・ロアだ。
しかし、物語と依月とで、今やその在り方は随分と変わっていた。
物語の中の男は、人に紛れ、人を誘い、人を害する為に、人に近付いていく。
対して今の依月と言えば、人に紛れ、人を愛し、人を害する存在から守る為に、人と共に在る。
これは確かな変化だ。紛れもなく反転だ。基本は人と共に在れど、その在り方はまるで真逆だ。
(ああ、これはまるで人間の成長のようだな)
産まれは確かに物語でありながら、今や己の意志を持つ|物語《依月》。
変化を受け入れるだけの物語ではなく、自らが望むように変化することができる|物語《依月》。
意志を持ち、変化を成長とするならば、それはまるで人だ。
愛する人間を真似ているのか、それとも人間に近付いているのか。
いずれにしても依月は、その変化を快く受け入れていてた。
人を守りたい。その気持ちは、依月の中から自ずと産まれてくる確かなものだから。
チッ、チッ、チッ――どれくらい没頭していたのか、緩やかに時を刻む音が聞こえてくる。
そうしてふと時計を見て、依月は明日の一限のことを思い出した。
(やばっ!)
平日の深夜にスマホなど眠りの妨げでしかない。そして一限は朝早い。
依月は慌ててスマホの灯りを落とし、眠りについた。
だから、その間際でスレッドに新しい書き込みが足されたのを依月は気付けなかった。
|”縺雁燕縺ッ菫コ縺?縲菫コ縺ッ縺雁燕縺?縲縺雁燕縺?縺代′螟峨o繧後k縺ィ諤昴≧縺ェ繧医?”
《お前は俺だ。俺はお前だ。お前だけが変われると思うなよ。》
新たなる物語の形、ネット・ロア。
口伝よりは確固で、書物よりは流転が易いそれは、語られる度に些細ながら緩やかに変化していく。
例えば最初は社会人だったが、今は大学生として語られていること。
例えば口調は丁寧な敬語だったものが、今は何となく|依月と似ている《・・・・・・・》ということ。
依月すら些細すぎて気付かない変化。
そしてその変化はときに|元型《アーキタイプ》に影響を及ぼすことも、ある。
人がより好むように。人により愛されるように。
――|怪異《物語》もまた、人と共に在るのだから。
成功
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