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カラスとハヤブサ

#ブルーアルカディア #ノベル

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ファルコ・アロー




 どこまでも果てしなく広がる雲海に、無数の浮遊大陸が浮かぶ世界。冒険の空に旅立った勇士は数知れず、邪悪なオブリビオンも数知れず。
 ファルコ・アローがそんなブルーアルカディアへとやってきたのは、ふたつの理由がある。ひとつは自分の力試し、もうひとつはちょっとした夏のお出かけ。クロムキャバリアでは見たことのないリゾートめいた自然溢れる島々に、少女の心は惹かれていく。不思議な生き物や浮島の数々を巡って、ちょっぴり楽しく過ごそうと思ったのだった。
「ふふん、悪くねー場所ですね」
 空気は澄んでいておいしいし、なにより空がとても青い。塵まみれの灰空ばかりが記憶に残る故郷と違って、わくわくとした心地にさせてくれる。軽くひとまわり飛んでみようか、と思い立った時、遠くから確かに咆哮が聞こえた。
 その異常を鋼のイヤーデバイスが察知したと同時、少女は迷わず飛び立つ。目指すのは勿論、咆哮のした方角。
「……居た!」
 立派と表現するには荒々しい、巨大な翼をもった魔獣が中型サイズの飛空艇に食らいつこうとしている。襲われている飛空艇が非武装であるのを確かめて、すぐさまファルコは助けに出る。自身のエンジン出力を上げて突っ込もうとした時、真横をぐっと横切る黒い影が在った。
「なっ」
 思わずその場で急ブレーキをかければ、影は漆黒色の|一人乗り小型飛空艇《セイルフローター》。艶のないゴーグルを身につけた乗り手は、少女へと大きくがなり立てた。
「そこの嬢ちゃん、危ねぇからどいてろ!」
「は!? 退くのはそっちでございますがー!?」
 ファルコの反論に耳を貸す様子もなく、セイルフローターはぐるんと魔獣の眼前で回転飛行。飛空艇からこちらへと意識を誘導しているのだと気づいたファルコは、すかさず機械腕を魔獣へと撃ち込む。すさまじい推進力で飛び込んでいく腕はロケットパンチそのもので、魔獣の片翼をへし折った。
 翼をもがれた魔獣を見て驚くパイロットが乗るセイルフローターの背後、真っ黒なガレオン船から砲撃の嵐が吹き上がる。危うくその砲撃に巻き込まれそうになったファルコが、空中を蹴るように飛びのいた。
「あぶねーじゃねーですか!」
「これくらい避けらんねぇならおうちに帰るんだな!」
「むきゃー!」
 パイロットが片腕の携行砲台を構えた。ファルコも再び自らの胴体へと舞い戻った片腕をもう一度撃ち込んだ時、同時に魔獣へと攻撃を仕掛ける。叩き込まれた連撃に、魔獣は悲鳴にも似た叫びをあげて岩肌へと墜落したのだった。

「本当にありがとうございます、あなた方は命の恩人です……!」
 無事に飛空艇を救い出したファルコは、謎のパイロットと共に飛空艇に乗っていた商人達に感謝されている。ここまで熱烈にお礼を言われるとも思っていなかったせいか、ぶんぶんと腕を振り回されてしまう。
「い、いえ、これくらいどうってこと」
 ちいさい身体が商人によって振り回されている隣、ガレオン船から現れた青年が魔獣をざっくざっくと解体している。パイロットがゴーグルを外すと、そこには四十代前半に見える短髪の男が居た。
「嬢ちゃん、もしかして猟兵か」
「だ、だったらなんなのです」
「まぁそりゃそうか……ガレオノイドにしちゃあちいせぇし、エンジェルの翼ってんでもなさそうだしな……」
「さっきからとんでもなく失礼でございますよ! ボクはこう見えても立派な猟兵で」
「わかったわかった、とにかくさっきは助かったぜ」
 俺達だけじゃあ全員を助けられるかわからなかった、と笑う男と共に、商人達もありがとう、と何度も頭を下げる。ファルコだって、人助けをして感謝されるのはまんざらでもない。ふと、魔獣解体士の青年が男へと呼びかける。
「クロゥ、この魔獣の天使核、相当デカイ。この人達の島で高く買ってくれるらしいし、礼も兼ねご馳走したいってサ」
「ちょうどいい食料の調達も必要だったからな――ってことで嬢ちゃん、お前さんも来ねぇか。たらふく飯が食えるぜ?」
 大柄な男がちいさな少女を見下ろす。それだけで威圧感がありそうなものだけれど、不思議とそう感じなかったのは、ファルコというレプリカントだったからかもしれない。
「嬢ちゃんではなくファルコ・アローという立派な名前があるのです!」
「そりゃあ良い名前だな、さっきの戦いっぷりによく映えてやがる。俺はクロゥだ」
 全身鴉色の男はそう名乗って、少女へと粗雑な笑顔を見せた。

 ガレオン船に乗っていれば、クロゥという男がこの船のリーダーであることがわかった。少数精鋭の人員を引き連れた空賊らしく、部下達がてきぱきと船の操縦やなにかしらの作業を行う横で、おおきなあくびと伸びをしている。
「船長なら船長らしい仕事をしたらどうなのです」
「俺はそんなもんになった覚えはねぇよ、こいつらが勝手に集まってきただけだ」
 ほーん、と少女はジト目で男を見つめる。とはいえ、彼の実力はさっきの戦いでよくわかった。猟兵と比べてしまえばどうしようもないけれど、この世界で生きる勇士としては相当ハイレベルな強者だろう。
 不真面目な大人は、不真面目な大人に惹かれてしまうものなのかもしれない。実際、クロゥが浮島へと向かう道中行っていたことと言えば、商人達との商いでもなく、航路の確認でもない。
 ただのんびりと甲板で横になって、風を切る感触を堪能しているだけのように思えた。

 しばらくして降りたった浮島で、ファルコはクロゥ一味と共に言葉通りの歓迎を受けている。なんだか名前を聞いてもよくわからない生き物の肉をこんがりと焼きあげたステーキはジューシーで、見たこともない果実をつかったジュースは爽やかな甘みがする。
 まぁ、おいしい料理であることは間違いない。機械の肉体は腹を壊すわけでもないし、ちいさな身体でもぐもぐとそれらを平らげていると、クロゥはじいっとこちらを見つめている。
「あげませんよ」
「物欲しがってるわけじゃねえよ。なんなら俺のもやる。ほれ、ちいせぇんだからもっと食え」
 スパイスの効いた揚げ物と野菜を和えた料理をファルコの皿に乗せたかと思うと、こんもりとした山のようなライスを押しつけてくる。
「いくらボクでもこんなに一気に食べられるわけねーです!」
「なら食えるくらい大きくなんなきゃなぁ。こんな細っこい身体で猟兵なんかやってんだろ? えらいじゃねぇか」
 よーしよーし。さながら大型犬をわしわし撫でるように、男は少女をひょいっと膝上に乗せて頬ずりする。剃り損ねたのか生え始めているのか、ちくちくとした髭が痛い。
「んぎゃー! その煙草くせージョリジョリの顎をくっつけてくるのはやめやがるのです!」
「なんだ照れてんのか、かわいいな」
 わはは、と笑って済ませる男をぽこぽこと殴って、なんとか身体の檻からするりと抜け出す。酒盛りを始めた大人達から離れると、クロゥの仲間であるクリスタルサモナーの女性が手招きした。
「あんた、クロゥに気に入られちゃったね。あいつってば、こどもにはいっつもあんな感じなのよね。嫌われちゃうってわかんないのかしら」
「ボクをお子様扱いするのはやめていただきてーのですが」
 ジト目をこちらへと向けてくる少女に微笑んで、女性はごめんね、と言葉を続ける。
「ま、悪い奴じゃないのよ。あたしらはあいつのああいうとこが気に入ってね……あ、一応言っておくけど恋とかそういうんじゃないから。口にしただけでぞっとするわ」
「そういうおねーさんも相当失礼では?」
 ま、勝手についてきてんの。ファルコのつっこみにもそう受け流す女性から、視線をクロゥへと移す。浮島の住民達と談笑している男を眺めつつ、ふーん、と口をとがらせる。
「よくわかんねーのですが、大切な人が居るってのは悪いことじゃねーのです」
 すぐに周囲を自分の懐に包んでしまうようなものなのだろう。それはファルコには馴染みのないものだったけれど、あたたかいもののように思えた。

 ご馳走を振る舞われデザートのアイスクリームを食べていた時、少女の目には住民達が楽しそうにどこかへと向かっていくのが見えた。
「なにかイベントでもあるのですか?」
「ああ、空中レースだよ。乗り物はなんでもオーケー、この島をはじめに一周した奴が優勝でね。毎年やってるお祭りさ」
 商人の言葉に、ぴこんとファルコのイヤーデバイスが動く。
「それはボクも参加できるものなのですか?」
「え? あ、ああ、年齢制限は特にないが……」
 大丈夫かい、と気遣う様子の商人を背に、少女は外へと飛び出していく。島の広場にはグライダーやペガサス、ガンシップやワイバーンなど、ブルーアルカディアでは当たり前の空飛ぶ乗り物とその乗り手達が集まっていた。
 我先にと選手に名乗りを上げる人々の隙間、ちょこんと細い腕が空へと伸びている。挙手したファルコへと一斉に視線が向いて、ライバル達は口々に声をかけた。
「お嬢さんも参加するのかい?」
「それはさすがに無理だろ、危険すぎるって」
 どこか揶揄うような物言いが癪にさわって、ぷく、と幼いレプリカントは頬を膨らませる。いつだってそうだ。生まれた世界では役立たず扱いで、大切に育ててくれた人以外の周囲の目は冷ややかなものだった。
 とっくに慣れっこではあるものの、ファルコだって腹が立たないわけではない。むしろまだ十の年頃は、こんな扱いが許せないのが当たり前。反論しようと口を開きかけた時、大男の影が自分の背後に射す。
「おいおい、こいつも名乗りを上げたなら立派なレーサーの一人だぜ? 実力は俺がしっかりこの目で見た」
 クロゥがそう告げれば、彼がどれほどの勇士かを知る人々は口を噤む。けれど、クロゥが言うならそうなのだろうか、という疑問を浮かべたままのライバルばかりだった。
 自分の技量をきちんと見てくれていたことに、少女は目を丸くする。次に、はっとしたように首を軽く横に振って、勝気な表情で声をあげた。
「そんなに信じられないなら、自分達の目できっちり確かめるがいーのです!」

 スタートした途端、少女の身体は全力の推進力で空を突っ切る。水辺の飛沫を跳ねさせて、風を切るようにライバル達の群れを追い抜いて、島をあっという間に一周する。広場に設置されたゴールテープを切ったファルコは、断トツの一位だった。
 見事な優勝による大歓声を浴びるより早く、少女の身体はひょいっと鴉色に抱きあげられる。ぴょーんと高すぎるたかいたかいをするクロゥは、ひどく愉快に笑っていた。
「流石だファルコ、お前さんはとんでもねぇハヤブサだよ!」
「ぎゃーなにしやがるのです!」
 ぴょんこぴょんこと身体を跳ねあげられて、少女は抗議する。
「いやぁ最高だ! お前さんこのまま俺達と一緒に来ねぇか? とびっきりの冒険をしようじゃねぇか!」
「その前に降ろしやがれー!」
 勝手についてきた部下達をそのままにしている男が、自分から誰かを船へと誘うのはこれがはじめてであることを、ファルコは知らない。
 華々しく祝福されるこの夏のひと時が、彼女にとって楽しい思い出になるのかはさておき。
 まぁでも、一等賞がうれしいのは本当のことだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年07月31日


挿絵イラスト