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🌊🏝️めんそーれ☆モーラット🏝️🌊

作者：西宮チヒロ

●いざ行かん！？　大海原！
『｜もきゅきゅぴぴ《青い海》――！』
『｜ぴきゅぴぴきゅ《白い雲》――！』

　陽のひかりを映して煌めくエメラルドグリーンの海に、ぷっかりぷっかり浮かぶ真っ白毛玉たち。
　それぞれお気に入りの柄の浮き輪に身を預け、半身をひんやりとした海に浸しながらちゃぷちゃぷと心地よい波音に浸ればもう、笑顔が溢れずにはいられない。
　そうしてゆらゆらぷかぷか、沖縄バカンスを愉しむ野良モーラットたちは、

『……きゅぴ！？』
『！？　ぴっきゅ！！』
『もきゅぴぴぴー！！！！』

　――そのまま、大海原へと流されていく。

●青満ちる世界へ
「……って具合だから、メガリス回収ついでに助けに行っちゃくれねぇか……？」
　手短に概要を語った楊・暁（うたかたの花・f36185）は、淡く眉尻を下げながら本題に入った。
　世界各地に眠る、強大な力を秘めた古代の遺産『メガリス』。今回発見されたのは、『レウコテアのベール』と呼ばれるものだ。
　ギリシャ神話に登場する海の女神レウコテアの持ち物であるそれで身を包むと、どんな荒波にも決して溺れることはなくなるという。
「それが沖縄の海で発見されたんだ。このままだと沖に流されてっちまうから、そうなる前に回収してきて欲しい。……できれば、野良モーラットも一緒に」
　彼らは皆、どこからか手に入れた浮き輪に乗っているから溺れてしまうことはない。
　ならば自力でどうにかできそうでもあるけれど――、
「……輪っかにすっぽり嵌ってるんだ。みんな」
　想像してみて欲しい。
　浮き輪の真ん中にジャストフィットする野良モーラットの姿を。
「真っすぐ嵌ってる奴はまだいい。白鳥みてぇに足をばたばたできるからな。……まぁ、全然効果はねぇけど……。タチが悪いのは、座る姿勢の奴だ」
　つまり、お尻がすっぽりと浮き輪に嵌ってしまっている状況だ。これは、大人でも身動きが取りづらいのは想像に難くない。
　とにもかくにも、そんな彼らが今まさに、為す術もないまま望まぬ大航海へと繰り出さんとしている。
「まぁ、メガリスも野良モーラットの近くに浮いてるはずだし……そうだ。回収が終わったら、日没まで現地で遊んできていいぞ」
　なんたって沖縄だしな、と微笑すると、暁は何冊か用意したパンフレットを広げた。

「色々見どころあるからな。本島に日帰りで戻ってこられる範囲なら好きに行動していいぞ」
　救出した野良モーラットは預かっておくけれど、共に過ごしたいならそれも構わない。愉しいことや美味しいものがあるのなら、彼らも喜んでついてくるだろう。
　海水浴はもちろん、ダイビングやシュノーケリングで魚たちと戯れたり、グラスボートや海中展望船で優雅に海の世界を眺めたり。
　砂浜ではビーチバレーやバーベキューもできるし、沖縄料理が満喫できる海の家もある。遠浅の浜辺なら、泳ぎが苦手な人でも穏やかな波の揺らぎを愉しめるだろう。
　水上バイクやフライボード、パラセーリングなど、普段体験できる機会の少ないであろうマリンアクティビティに触れてみるのも面白そうだ。
「ほかにも、恩納村の『青の洞窟』に、古宇利島の『ハートロック』に……『ハテの浜』ってところは、砂浜だけの無人島で四方が全部海らしいぞ。すげぇ綺麗なん――……ごめん、思わず読んじまってた」
　一度視線を外し、どうにか恥ずかしさを堪えてから再び向き直り、咳ばらいをひとつ。
「と、とにかく……折角行くんだ。楽しんでこいよ」

　涯てなく広がる青のように、夏の沖縄の魅力は無限大なのだから。

第1章 冒険 『野良モーラットをつかまえて！』

POW   :    走り回ってつかまえる SPD   :    罠をしかけてつかまえる WIZ   :    お菓子でおびきよせる イラスト：RAW 👑7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●モーラット・サマー！
　忙しなく響く蝉の声が次第に遠ざかり、代わりに聞こえてきた波の音に心惹かれるまま駆け出せば、道が途切れたその先で、一瞬にして澄み渡った青が視界を染め上げる。
　さくりさくりと、足跡をつけながら白い砂浜を渡っているだけでもふうわりと胸を満たしてゆく潮の香。きらきらと光を鏤めながら揺らぐ水面はどこまでも穏やかで、知らぬ間に口許も緩んでしまう。
　こんな素敵な海と陽気なのだもの。浮き輪に身を預けて漂ったら、きっと気持ち良いはず！　そう思っても無理はないと、梔・ひまり（ガーデニアの雫・f35734）も苦笑めいた笑みを零す。
「浮き輪でぷかぷか楽しいよね、うん。でも、大きさ的に波に負けるだろうし……」
　泳げるものの、然程得意というほどでもないから、あまり遠くでないと良いのだけれど――そう思いながら目を凝らせば、浜からすこし離れた場所にはぷかりぷかりと浮いている幾つかの白。
「あっ、いた……！」
　漣に紛れてはいるけれど、高めの波がくるたびに「もきゅもきゅぴぴぴ」と、焦りの声が響いてくる。
　予想した通りの光景に、ひまりは手早く浮き輪――硝子のように透いたチューブのなかに、ビニール製の紫陽花と雨の雫が入ったお気に入り――に身を収めて、いざ出発！　と言わんばかりに、海へと入った。水を搔きながら野良モーラットたちとの距離をすこしずつ縮めてゆき、ばたばたとどうにか藻掻きながら今にも次の高波に飲まれそうな１匹へと声を張る。
「大丈夫？　待ってて、今助けるから！」
『もきゅ……！』
　波に翻弄され、嵌まった浮き輪がくるりと半回転してようやく見えたその円らな瞳には、いっぱいに溜めた涙。
『ぴきゅ……きゅぴぴ……』
　ひまりの声にほっとしたのだろう、ぽろぽろと泣き始める真っ白な子はもう見ていられなくて、ひまりは波を掻き上げた腕をうんと伸ばした。手が滑りそうな浮き輪を確りと掴んで、ぐいと引き寄せる。
「もう大丈夫だよ――……あれ？　うーん、抜けない……！」
『もきゅぴ……？』
「ああ、そんな目しないで！　絶対助けるから！」
　抱き上げようにも、まさかこんなにも浮き輪とまんまるボディがぴったり嵌まっているなんて。けれど、諦めたりはしない。不安げな眸を潤ませながら見つめてくる子へと意志を籠めた視線で頷くと、ひまりはもふもふの毛と浮き輪の間へと優しく手を入れ、そっとそっと、すこしずつその隙間を広げていき――、
「やった……！」
『きゅぴぴ――！』
　すぽん！　と浮き輪から抜けた子が、その勢いのままひまりへと抱きついた。
「もう大丈夫だよ、怖かったね」
　ぎゅっと腕に包んで、その背をゆっくりと撫でて。囁くように優しく響く声に、野良モーラットもその細い手でひまりの頬に触れた。もきゅもきゅと涙声を洩らしながらもほにゃりと笑うその姿に、ひまりもつられて破顔する。
『もきゅきゅっぴ！』
「え？　この浮き輪も持って帰るの？」
『ぴきゅ！』
「ふふ、お気に入りなんだね」
　改めて見れば、ひまりの水着と同じ青に、真珠のような真白の水玉が躍る可愛らしい浮き輪。「お揃いだね」なんて笑ってから、ひまりが紫陽花の花びらの髪飾りをひとつ外してモーラットの耳許につけてあげると、『きゅぴぴっ』とご機嫌な声が返ってくる。
「海は広くて危険がいっぱいだから、今度一緒に銀誓館のプールで泳ごうね。仲間もいっぱいいるよ」
『もきゅっぴ～～！』

　――だって、今年の夏はまだまだこれからだもの！

大成功 🔵​🔵​🔵​

　新緑を思わせる緑のジャケットとサーフパンツに身を包んだアーネスト・シートン（動物愛好家・f11928）は、片手を顔の傍に掲げ、燦々と夏めく陽射しを遮りながら海を見渡した。
「こんなに広い海ですぐに見つかるかと懸念もありましたが……どうやら杞憂だったようですね」
　青い空に白い雲がよく映えるように、エメラルドグリーンの海のあちこちに浮かぶ白いふわもふは見逃せというほうが難しいほど。
『もきゅっぴ――！』
『ぴきゅっ、きゅうっ……！』
「ここからすぐ助けられそうな子たちは……あの辺でしょうか」
　獣医志望で動物好きであれば、もちろん可愛い野良モーラットを思いっきり愛でたい気持ちは強いけれど、そのためには急ぎ救助が必要なことは明らかだ。
（浮き輪にはまって流されるのは止めないと……最悪、サメに襲われる可能性を考えますとね）
　今のところ、彼らに脅威を与えるような他の動物の気配は感じられないものの、だからといって安心はできない。油断したときこそが最も異変が起きやすい。ここが大自然であれば、尚のことだ。
　浜辺の地形や波の動きを観察し、最も波の影響が少ない出あろう場所から海へと入ると、見る間に野良モーラットたちの浮かぶポイントまで辿り着いたアーネストは、手早く彼らの浮き輪に紐を括り付けた。
『きゅぴ……？』
「とりあえず、外すのは浜辺に戻ってからにしましょう。まずは、あなたたちを海から引き上げるのが先決です」
『もーっきゅ！』
　了解、とでも言ったのだろう。さっきまで不安そうに鳴いていた子等はすっかり元気を取り戻し、しゅぴっと片手を挙げて溌剌とした笑顔を見せた。勢いよく引っ張ってしまうと転覆しかねないから、とアーネストはゆっくりゆっくり紐を引きながら、波に逆らわずに確実に浜へと戻ってゆく。

「――さて、着きましたよ。みなさん、大丈夫でしたか？」
『ぴっきゅ！』
『もきゅっぴ！』
「なら良かったです。では――……その浮き輪、外してみましょうか」
　言って、さらさらと心地良い白浜へと腰を下ろすと、これから何が始まるんだろう？　と、わくわくしながら期待の眼差しを向けてくる１匹を、アーネストは浮き輪ごとひょいと持ち上げて膝に乗せた。片手で浮き輪を押さえながら、反対の手は波でちょっぴり毛のへたれたお尻に添え、すこしずつ押し上げてみる。

　――すぽん！

『きゅぴぴー！！』
「あ、良かった……。意外とすんなり抜けましたね」
　これで外れそうになければ、滑りを良くするために海の家にでも赴いてサラダ油を借りたり、浮き輪の空気を抜くことも考えていたアーネストは、安堵とともにひとつ息を吐いた。
（浮き輪に穴を開けるわけではありませんが、空気が抜けて萎んだ浮き輪を見たら彼らも悲しむかもしれませんし……）
　外せないままよりはよっぽど良いのだけれど、それでもこの愛らしい顔が愁いに染まるのは見たくはない。浮き輪から脱出できて喜びのままあたりを跳ね回っている子を眺めてから、もう１匹も同じように浮き輪から救出すると、アーネストはそれをしまいながら２匹へと微笑んだ。
（もしかしたら、浮き輪のどれかがメガリスだった、なんてことも考えましたが……どう見ても普通の浮き輪ですし）
　ならば、このあとすべきことはひとつだけ！
「浅瀬なら浮き輪なしでも大丈夫だと思いますよ。さぁ、一緒に遊びましょう！」
『『もきゅっぴ――！！』』
　とびきり元気で可愛い声が、青い空に響き渡った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「やれやれ……困ったものですね」
　澄んだ夏の風を浴びながら、空中を渡るリヒト・ヴァイスアードラ（氷楔・f41970）は、そう独り言ちた。
　とはいえ、海に憧れる気持ちは分からなくもない。
　青と言えば空ばかりで、海と言えば真白な、そして泳ぐことは叶わぬ雲海に囲まれたブルーアルカディア出身の召喚獣ならばこそ、その想いは少なからずあるものだ。
「さて、と……」
　眼下の海上には、結構な広範囲にわたって散らばっている丸くて白い人影ならぬモラ影がよく見えた。これを己ひとりで対応するとなると手を焼きそうではあるけれど、共に集った猟兵たちも次々に野良モーラットたちへと向かっているからそう案ずることもないだろう。
「であれば、私はあちらを回収しに行きましょうか」
　リヒトが目をつけたのは、今にも沖へと流されそうになっている２匹だった。どれほど泳ぎが得意な者であっても、この距離を泳いで行くよりは自身が行ったほうが早いはずだ。
『も、きゅっ……！』
『ぴーっ！　ぴっきゅー！！』
　できるなら、じっとしていたほうが溺れる危険も少ないのだけれど、焦っているのか、必死になって手足をばたつかせている野良モーラットたち。その悲痛な声がよりよく聞こえる距離まで降下すると、リヒトは彼らの正面から姿を見せて声をかける。
「よく頑張りましたね。助けに来ましたから、もう大丈夫ですよ」
『きゅぴ！』
『もきゅきゅ……！！』
　まさに勇者の登場に、今にも泣きそうだった２匹の円らな瞳がぱあっと輝いた。そんな彼らへと両手を伸ばし、ひょいと浮き輪ごと抱え上げると、リヒトは再び空へと舞い上がる。
『！　もっきゅ！』
「ほら、上から見る海もなかなかのものでしょう？」
『きゅぴぴぴー！』
「わわ、大人しくしていてください落ちてしまいますから……！」
　命の危機から一転、いきなり始まった空の遊覧旅行に毛玉たちも大はしゃぎ。身を乗り出さん勢いでじたばたする２匹を落とさぬように気をつけながら、リヒトもまた、ゆっくりと風のなかを渡ってゆく。
「……まぁ、私も付き合ってあげましょう」

　――陽に燦めくこの美しい青を、もうすこしだけ眺めていたいですから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　ゆーいっちゃんのサーフパンツとお揃い柄のマントをはためかせながら、高崎・カント（夢見るモーラット・f42195）は人間の目線ほどの高さから、眼をまんまるに見開いて海へと視線を巡らせた。
「モーラットは小さいので、海の上だと見つけにくいのです……も、もきゅうううっ！？　もしかしてあれがお仲間――」
『きゅっぴ――！！』
『もきゅっ、もきゅうううう！！！』
「――に、間違いないのです！」
　かなり沖へと流され始めている幾つかの白から、距離を感じさせぬほどはっきりと聞こえた叫び声に確信を得たカントは、
「大変なのです！　このままだとお腹がぺこぺこになっちゃうのです！　すぐに助けるのですー！」
　そう言って、ぱんぱかぱーん！　という効果音でも鳴りそうな仕草で取り出した手提げ袋を高々と掲げた。
「ゴーヤチャンプルーに、タコライスに、極めつきのラフテー！　これぞ、沖縄のおいしいものなのです！」
　沖縄そばなどの麺類もとても心が惹かれたけれど、今回は“美味しそうな匂い”重視で取り揃えた。
「ちょっと目を離すとすぐに見失っちゃうのです……けど、きっとみんなもお腹が空いているのです！」
　ならば、この香りに惹かれて声をあげてくれるだろうし、仲間も呼んでくれるだろう。完璧なまでの作戦にカントがそのちいさな掌でぐっと拳を作ると同時、ぐ～～っとお腹も良い音を鳴らした。
「……ちょっと食べたいのですけど、仲間を助けるまで我慢なのです……！」
　ほかでもない、同じモーラットである自分が“美味しそう”と思ったこの品々なら、きっと彼らも心惹かれずにはいられないはず！
　確かな手応えを感じながら、カントは元気良く海上へと飛び出した。

「大海原を前にしたら、モーラットなんて本当に米粒みたいなものなのです……みんな、どこに行っちゃったのです……？」
　できる限り低空で、けれど波に攫われないギリギリの高さを飛びながら、首から提げた立ち売り箱――ゆーいっちゃんお手製のカントサイズ――に入った料理の香りを届けんと、ぱたぱたぱたぱた団扇で扇いでいれば、
『もきゅ！？』
『ぴっぴきゅ！！』
『きゅぴ――！！』
　めちゃくちゃ反応を示す仲間の声。
「もっきゅ、あっちのから仲間たちの声がするのです！　今助けに行くのですー！！」
　ちいさな耳をぴこぴこと動かしながら、声のしたほうで再び白いふわもふを発見すると、カントはびゅんっとひとっ飛び。
『もっきゅきゅぴぴ！　きゅーっぴもっきゅ！』
「勿論なのです！　助けたあとに、これもみんなで美味しく食べるのです！」
『ぴきゅ――！　ぴーきゅーきゅー！！』
「わわわ危ないのです！　今、引っ張っていくからすこしの間大人しくしていて欲しいのですー！」
　そうして今すぐ食べたいとばたばたし始める仲間を宥めながら、
（……これはきっと、浜辺に戻ったらすぐに料理の争奪戦が始まるのです……）
　脳裏を過ぎった、それはそれは凄いことになりそうな光景に、笑みを零しながらちいさく息を吐た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「それにしても、モラたち凄いですね。浮き輪まで――」
　柔らかな白浜を歩きながら、話を聞いたときから思っていたことを泉宮・瑠碧（月白・f04280）が口にした。
　“浮き輪”という道具の使い方を、ちゃんと理解しているのだ。これも、シルバーレインという文明世界に生きて学んだ知識なのだろうか。
「でも、あの手足だし……浮き輪があっても、普通に波に逆らえず流されていきそうだよな」
「ああ、手足……」
　緋色のパーカーを靡かせながら傍らを歩く陽向・理玖（夏疾風・f22773）の言葉に、反射的に納得する。浮き輪の真ん中にすっぽりと嵌まった野良モーラットの姿は、すぐに想像できてしまった。人間でさえ、流されてしまうこともあるのだ。あの細くて短い四肢では、文字通りどう足掻いてもその場に留まるのは難しいだろう。
「――となると、そうだな……あの辺の近くでぱしゃぱしゃしてんのは戻る時にでも回収して、先に遠くから見回ってみるか」
「はい。私もそれが良いと思います。このままだと、すぐに遠くに流されそうなので」
　ではお願いしますね、と囁いた瑠碧の周囲に、ぽわりと幾つかの燦めきが現れた。風の精霊たちが淡い水色ワンピースの上に羽織った上着の裾を柔く靡かせ、水の精霊たちが真珠のような水飛沫を南国の風に鏤める。どの程度の深さと距離があるかは分からないけれど、彼らに呼吸や移動を手助けして貰えれば随分と楽になるはずだ。
　先に海へと入っていった理玖が、夜色のサーフパンツを濡らしながら瑠碧へと手を差し出した。すぐに重ねられた華奢な掌を軽く握ると、足許気をつけてな、と瑠碧を守るように海へと導き、ふたり並んで泳ぎ始める。
　時折休みながら海をゆき、それなりに浜辺から離れた場所まで来たところで、理玖が「おっ」と声をあげる。
「瑠碧。あそこに浮き輪が２つ見える。ひとつは……なんかパイナップルっぽくね？」
「あっ、本当ですね。誰かのものが流されてしまったんでしょうか……」
　こくりと頷きながら、きょとんと瞬く青い双眸に映るのは、ぷっかりぷっかり波に揺られている黄色い浮き輪と、スイカ柄の赤い浮き輪。
「かもな。にしても、いかにも沖縄っぽいな。――あ、冠芽の部分が背もたれになってるのか。マジですげぇいい塩梅……って思いっ切りモラ座ってんじゃねぇか！！」
　波の動きに合わせて、くるん、と半回転した浮き輪に白いふわもふを見つけて、思わずツッコまずにはいられない理玖。驚く瑠碧とともに慌てて近寄れば、
『……ぴー……きゅー……』
「……お昼寝、でしょうか……？」
　今まさに大航海へとこぎ出し始めていることも、まったく気づいていないのだろう。すやすやと寝息を立てている呑気な２匹姿に、思わずふたりの眉尻が下がる。
「いや何で座ったんだよ……座りたくなるもんなのか？」
「……お洒落な浮き輪ですし、王様遊びとか？」
「ありそうだな……」
　浮き輪を使っていたころの記憶も失ってしまった自分には、どうにもそのあたりの“子供心”が分からないけれど。顔に張り付いた髪を掻き上げると、理玖は軽く野良モーラットの頬をつつく。
「おーい、起きろ。このままだと戻れなくなるぞ？」
『……きゅ、ぴ……？』
『もっきゅ……？』
「おはようございます。起き上がれますか？」
　スイカ柄の浮き輪に仰向けですっぽり嵌まっていた子の背を支えながら、瑠碧がゆっくりと体勢を直した。ふんわりとお日様香る頭を柔く撫でながら、心地良さそうに眼を細める子へと優しく語りかける。
「このまま流されたら、独りぼっちになりますよ。もっと浜の方で遊びましょう」
『もっきゅ～～』
「それに、流されて行ったら美味いもんも食えなくなるし」
『ぴきゅ！？』
　“美味いもん”というワードにすかさず反応した子等が、途端に顔をあげた。円らな瞳をいっぱいに燦めかせながら、期待の眼差しをふたりへと向ける。
「じゃあ決まりだな。ほら、戻るぞ。腹も減ったろ？」
『もきゅっぴ！』
『きゅぴー！』
　しゃきん！　と元気良く手をあげた毛玉たちに、ふたり見合って笑みを零して。パイナップルの浮き輪を引っ張りながら岸へと泳ぎ始めた理玖へと一声かけ、瑠碧が水の精霊へと“お願い”をすれば、
『ぴ！？　もきゅっぴ――！！』
　スイカ柄の浮き輪の子が途端にばしゃばしゃと自力で泳ぎ始め、愉しそうな声を響かせる。
「あれ？　妖精に何か頼んだの？」
「モラも海で遊びたいでしょうし……あの子のバタ足でも泳げるようにと、ちょっと水の流れを」
「さすが瑠碧。楽だし楽しくていいじゃん」
「理玖の子も、引っ張って貰えて嬉しそうですよ」
　そう言ったそばから、『きゅぴぴ、もきゅ！』と理玖を急かすもう１匹に、
「はいはい、じゃあしっかり捕まってるんだぞ！」
　夏空の下、からりと笑った理玖が勢いよく泳ぎ始めるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　苺のポケットが愛らしい、細やかなフリルたっぷりのワンピース水着に身を包んだリリエッタ・スノウ（ちっちゃい暗殺者・f40953）は、可愛い羽根のついたナノナノ浮き輪を抱えながら、青い水面に幾つも見えるまんまる白すけを確りと見据えた。
「んっ、もふもふしているかわいいのがたくさん。流される前に助けるよ」
　自分も泳げはしないのだけれど、だからといって、あんなにも愛らしい子たちが困っているのだ。なにもしないわけにもいくまい。まずは手近な子たちを、と浅瀬で必死にばたばたと手足を動かしている子をひょいと抱き上げた。
「もう大丈夫だよ」
『きゅっぴ……！』
　ほっとしたのか、ふにゃりと顔を緩ませた野良モーラットがきゅっとリリエッタの指を掴んだ。なんとも言えぬ可愛らしい仕草を見たら、リリエッタも更にやる気が湧いてくるというもの。
「浮き輪がないとぶくぶく沈んじゃうからね。てきぱき回収して――んっ？」
「モーラットレスキュー隊の出番なのです――！」
『『『『『もきゅっぴ――！！』』』』』
　すぐそばの波間を、首の後ろの大きなリボンをはためかせて颯爽と駆け抜けていったのは、ビッグなお魚の浮き輪に乗った仔猫と大量のモーラットたち。思わず足を止めたリリエッタに気づいた仔猫――オヴィリア・リンフォース（銀色の魔女猫・f25140）は、金の双眸をご機嫌に煌めかせながらくるりと方向転換して浅瀬までやってくる。
「オヴィリア、たくさん助けたんだね」
「あ、この子たちはわたしが喚んだのです。普段お世話になっているので、この機会に一緒に楽しく海水浴をさせてあげたいな、と」
『『ぴきゅきゅ！』』
　その想いは十分伝わっている様子で、モーラットたちも溌剌とした笑顔を見せた。久しぶりに自慢の浮き輪が大活躍しているのだと星の耳飾りを揺らしてご機嫌なオヴィリアに、「尾びれの飾りが可愛いね」とリリエッタも頷く。
「リリエッタは、この辺りの子たちを助けているのです？」
「そう。リリ、泳げないから」
「なら、ここ一帯は任せても良いです？　わたしはもっと沖のほうを見てくるのです」
　リリエッタに任せられるなら安心なのです！　と微笑む仔猫に「良いよ」と返せば、「行ってくるのです！」と再び華麗な魚の浮き輪捌きで忽ちその背はちいさくなっていく。

　改めてぐるりと巡らせたリリエッタの視界に、すぐさま別の毛玉が飛び込んできた。まだ浅瀬の位置にはいるものの、あの様子ならすぐにでも流されていってしまいそう。
　オヴィリアが向かったあたりの海は濃いエメラルドグリーンだけれど、遠浅のこの辺りの色合いは、白い砂が透いて見えるほどにほんのりと淡く色づくくらい。そんな水面と似た毛色のその子へと向かおうとして、はたと気づく。
（砂浜までこの子を届けてたら、あっちの子は手遅れになっちゃうかも？）
　むぅ、とちいさく零すと、リリエッタは浮き輪の飾りリボンの端を解き、先に助けた子の浮き輪へと結びつけた。きゅっと確り括ったから、これで外れることはないだろう。
　そうして向かうのは、もう１匹の許。ゆっくりぷかぷか揺蕩いながら進む様は、まるで雲のうえを渡るよう。
『きゅぴぴっ！』
「愉しい？　なら良かったよ」
　そう肩越しに声をかけてから、ばしゃばしゃ慌てふためいているもう１匹を掬いあげた。そのまま抱えて岸に戻ろうとすると、『もっきゅ！』となにやら逆八の字眉。
「もしかして」
『ぴぴっきゅ！』
　視線を落とした先、最初に助けた子が得意気な顔で鳴いたのを見てすべてを察したリリエッタは、抱えていた子をそっと水面に下ろして、その浮き輪もまたリボンで留める。
「これで良いかな？」
『『もっきゅ！』』
　今日一番のご機嫌笑顔で、２匹は声を重ねて両手を挙げた。

　一方、沖へとやってきたオヴィリアは、モーラットたちの眼も総動員して四方を見渡し、
「いたのです！　向こうにモーラットたちを発見なのです！」
　早速、大海原に旅立たんとしていた群れを目視するも、
『…………きゅぴ？』
「……あ、つい可愛らしいなと眺めてしまっていたのです」
『もきゅきゅ……』
　“早く助けてあげなきゃ”とモーラットたちからつっこまれていた。
　けれど、こればかりは仕方がない。ぷっかりぷっかり海に浮かび、浮き輪に嵌まりながらバタバタしている様子はもう、言葉にできないほど愛らしいのだもの。ついつい見入ってしまうのは、きっとオヴィリアだけではないはずだ。
「みんなにも手伝って欲しいのです！　Ａ班とＢ班は流されないように浮き輪を両側から押さえて、Ｃ班とＤ班はモラたちを引っ張り上げるのです！」
『『『『『きゅぴぴっぴ――！！』』』』』
　これぞまさに、人海戦術ならぬモラ海戦術。
　そうっと優しくなのですよ、と添えた言葉に従い、もっきゅもっきゅと洩らしながら救助に勤しむ毛玉たち。
　その究極に可愛い光景につい、たびたび動きを止めてしまいながらも、オヴィリアも皆に交ざって力を尽くし――、
『もっきゅ！』
　しゅぽん！
『きゅぴっ！』
　しゅぽぽん！
『ぴぴっきゅ！』
　しゅぽぽぽぽん！
　次々に浮き輪から解放され、ようやくの自由を満喫するかのように空へと舞い上がるふわもふたちの姿に、オヴィリアとそのモーラットたちもまた笑顔を見せる。万が一のときは浮き輪をパンクさせることも必要だと思っていたけれど、その必要もなくて一安心だ。
　全員救出できたところで、救助隊隊長がこほん、とひとつ咳払い。
「良いです？　海は油断したら危険なのです」
『『『もきゅっぴ！！』』』
　お魚浮き輪の背に乗ったちいさな隊長へ、皆の元気な声が返った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　都心では出逢えぬほどの澄んだ青。空と海の境界線を描くマリンブルーは、次第に淡くなりながら鈴鹿・小春（万彩の剣・f36941）の立つ白浜へと続く。波は穏やな調べを奏で、風はどこまでも穏やかだ。
　そう、今も眼を閉じれば思い出す。
　――学生だったころ、沖縄で起こったあの黒歴史事件を。
「……あのころは若かったよね……」
　七大ヤクザのひとり『ブハラ・バーガソン』を討つべく、閉鎖されたクラブ跡地へと赴くだけなら良かった。けれど、一般人を救うためとはいえ、身体に金粉を塗りまくり、千手観音の如くインド風の踊りを披露する儀式への参加は、それが作戦と言えどもう二度とやりたいものではないことは確かだ。如何におしどり夫婦と言われるほど仲睦まじい妻だって、ソレを知ったらドン引かれても不思議ではない。
（……まぁ、ふるりちゃんなら『お仕事大変だったんですね』って言ってくれそうだけど……）
　それでも、自ら積極的に言うものでもないだろう。下手に『金色の小春くん、見てみたいです！』と言われでもしたら断りきれる自信がない。
「――さてと。今日は全然関係ない依頼だし！　ちゃちゃっと救出しつつ、沖縄の海をたっぷり！　｜正しく《・・・》！　楽しんじゃおー！」
　鍛えられた筋肉が映えるノースリーブシャツは、青地に白の熊と魚柄。腕にはそれとお揃いの二連ブレスレット。白にターコイズブルーと黄の流線が描かれたサーフパンツにラッシュタイツと、出で立ちはすでに万全！
　“沖縄へ来た者”として、本来在るべき“愉しみ方”を満喫すべく、小春は颯爽と海へと飛び込んだ。

　海でぷかぷか浮いている、というのは彼ららしくはあるけれど、それで漂流してしまったら大ごとだ。浜辺から沖へ流されつつある数匹を見つけて狙いを定めた小春は、最短距離を勢いよく泳ぎ一気に距離を詰める。
「モラ、モラ……あ、いた……！」
『ぴー！　きゅっぴ――！』
「お待たせ！　大丈夫大丈夫、ちゃんと連れ帰るからねー」
　近づいてくる小春に気づいて一際大きく叫んだ子へと手を伸ばして、浮き輪ごと引き寄せる。オレンジの輪切り柄の浮き輪は、この子にとても良く似合っているけれど、
「うわー……これだけ見事に嵌まってると、下手にここで外すより、浮き輪ごと連れ帰るのがよさそう……？」
　それでも良い？　と尋ねれば、さっきまでの慌て振りはどこへやら、野良モーラットも笑顔で『もきゅ！』と片手を挙げる。
「じゃあ、引っ張っていくよ。大人しくしててね。――あ、飴食べる？」
『ぴきゅ！？』
「たくさんあるから、好きなだけ食べていいよ」
『もきゅっぴぴ！』
　オレンジが好きなのかな？　と、まずはポーチのキャンディ缶からオレンジキャンディーを選んで摘まめば、眸を煌めかせながらそれを見ていたふわもふも、細くてちいさな両手を正面で合わせて“ちょうだい”のポーズ。
「あはは。はい、どうぞ」
『きゅぴっ……もきゅ、ぴ……♪』
　ころころ、ころころ。頬のなかで音を立ててその甘さに浸る子が波で転覆しないよう注意しながら浜まで引き、柔らかな白浜で丁寧にすぽん！　と浮き輪を外す。
『きゅっぴ――！』
「お安いご用だよ。さて、どんどん救助していくよー！」
　喜びながら、今度は砂浜で浮き輪を転がしながら遊ぶ子へとひとつ微笑むと、
（……それにしても浮き輪どこでゲットしてきたんだろ？）
　暫くは解けそうにない疑問を浮かべながら、再び海へと泳ぎだした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「浮き輪にすっぽり嵌って、海原を漂うモーラットさん……」
　暁の言うとおり、確かに想像に難くないし、寧ろ思い浮かべると一瞬ついつい和んでしまって、八坂・詩織（銀誓館学園中学理科教師・f37720）の口許からひとつ、ちいさな笑みが毀れた。
「いけないいけない、野良モーラットさんにとっては大ピンチですね！」
　ばたばたと泳ごうとしている姿もきっと愛らしいのだろうけれど、本人たちにとってはまさしく命の危機だ。緩みかけた頬に両手を当てて気持ちを入れ替えると、詩織はすぐさま持参したゴムボートに空気を入れた。
「このサイズなら、何匹かまとめて救助できますよね」
　十分に膨れたところで、それに乗って沖へと繰り出す。目標地点は、既に浜辺から確認済み。あとはできる限り迅速に、そこへと至るだけだ。
　天満星を思わせる、水着とお揃いの紫紺の日傘は今は仕舞っておいて。慎重にオールを漕ぎながら暫く進むと、幾つかのちいさなボール――ならぬ、まんまる野良モーラットの姿が見えてきた。
「大丈夫ですかー！　助けに来ましたよー！」
『！　もきゅ……！！』
『ぴ――きゅ――！！』
『きゅぴぴ！　ぴぴっきゅ！』
　救援が来たことに喜んでいるのか、はたまたテンションが上がっているのか。詩織の声に気づいた３匹が、それまで以上に手足をばたばたと動かし始めた。
「あっ、大人しくしていてくださいね。あんまり動くと、転覆しかねませんから……！」
　万が一、勢いづいて波にさらわれ、浮き輪もろとも反転してしまったら大変だ。
　それでも、元シルフィードたる詩織に不安はない。意のままに海風を繰り、野良モーラットたちを自身へと引き寄せながら素早くゴムボートを近づけると、両手で確りと浮き輪を掴んで船上へと引き上げてゆく。
『きゅーっぴ！』
『もきゅきゅー』
『ぴきゅぴぴ！』
「ふふ、どういたしまして。さぁ、苦しかったでしょう？　お気に入りかもしれませんが、一旦浮き輪は外しましょうね」
　お礼を言ってくれているのだろう、詩織に飛びつかん勢いで群がる子等に優しく語りかければ、３匹もちょこんと大人しくその場に座った。
「これは……ふふ、皆さん、ドーナツがお好きなんですね」
『『『ぴぴっきゅ！』』』
　ひとつは、こんがりきつね色に焼けた上から砂糖をまぶした王道のドーナツ型浮き輪。
　あとのふたつは、カラースプレーの鏤められたチョコレートとストロベリーチョコレート柄だ。
　ドーナツを模した浮き輪といっても、こんなにバリエーションがあるのかと感心しながら丁寧に浮き輪を外していくと、自由と安心を得た野良モーラットたちはぎゅっと詩織に抱きついた。
　あんなに濡れていたお尻の毛も、元気な夏の陽射しでもう、ふんわりとした手触りが戻り始めている。それをほんのすこしだけ満喫してから、詩織は再び、ぐっとオールを握りしめた。
「では、全速前進！　岸に向かって出航ですよー！」
　遠足ならぬ冒険は、家ならぬ浜辺につくまでが肝心ですから。
　皆を乗せたこのボートは、絶対流されるわけにいきません！
　そう強い志を抱く船長のもと、３匹のやんちゃな船員を乗せたお日様色のちいさな船が、飛沫を燦めかせながら青い海を渡ってゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　ざざーん。
　ざざーん。
「モーラットたちが海にねェ……まぁ、夏だから冒険したい気持ちも――」
　晴れ渡る空とどこまでも続く海の青を前にすれば、日常を忘れてちょっと羽目を外してみたくなることもあるだろう。眸を閉じ、紺色パーカーと明るいボルドーに染むサーフパンツ姿でこくりと深く頷いたリコ・リスカード（異星の死神・f39357）の耳に、明らかな悲鳴がはっきりと届く。
『きゅっぴ――！！！！』
『もきゅぴぴ――！！！』
「最初からそんな心算もないの！？」
「そ、遭難にしかみえない大航海時代ね……！？」
　身一つで海に飛び出す勢いがあった――わけでは全くなく、完全なノープランだった野良モーラットたちの姿に、ポノ・エトランゼ（ウルのリコ・f00385）も驚きを隠せない。
「完全に事故だ……！　これはつまり、モラ詰まりならぬモラ流し……？」
「なるほど、モラ流し」
　単語だけ聞けばどこか夏の涼を得られそうな感じがしないでもないけれど、勿論このまま大海に解き放たれるのを黙ってみているふたりではない。
「取り零したら大変だから、ちょっと気合入れていきましょ」
「うん、そうだね。気合入れていこう」
　ぐぐっと拳を握るポノに首肯しながら、リコは黒猫のビーチボールを浜辺に残して海へと入った。淡い緑色の浮き輪を装備したポノも、ラズベリーの飾りとラベンダー色の水着の裾を靡かせながら、勢いよく波打ち際へと駆け出して後に続く。

「浅瀬にはもういなかったから、あとは沖のほうかしらね。――そう言えば、リコさん泳げるのね」
「何度か海に投げ込まれたことがあるからね……多少は」
　そう言ったリコの、猫耳サンバイザーの下から覗く視線は遙か彼方を見つめていた。
「……なんかすごい遠い目してる……」
　もしかして、あの竜神様絡みだろうか。下手に余計なことを言うと彼の心を剔りかねないと察したポノは、ええと、と言葉を選びながら笑顔を見せる。
「もしものときは、浮き輪に掴まってね」
「ありがとう。“もしも”がないように頑張る……」
　どこか頭上に『諦観』の文字が見えそうな空気感に、「あはは……」とポノも返すしかない。図らずも自らフラグを立ててしまったような気がしないでもないリコは、ふと過ぎった不安を打ち消すかのように手早く電脳魔術を発動させた。波に飲まれずスムーズに泳げるよう、風の流れを制御する。
　浜辺から見つけたふわもふたちに近づいたのだろう。暫く泳いでいると、海上に浮かぶ幾つかの浮き輪――のうえに、ちょこっとだけ白い毛並みが見えている――が視界に入った。もきゅもきゅと未だ叫んでいる様子にふたり見合って頷き合うと、こそこそと小声で作戦を練り始める。
「モーラットさんたちも不安だろうから、速やかに回収してあげたいけど……」
「遭難してるって気づいたら、余計パニックを起こしちゃうかも？」
「そうね。――あっ、それなら私、壁を這う蔦みたいに“海面を這う蔦”を作ってみる～」
　さあ、と謳うように口ずさんだポノの声に呼応するかのように、忽ち“想像”が“現実”になる。瞬く間に海面を埋め尽くしてゆく蔦の群れは、その適度な太さが功を奏し、波に浚われかけた子は囲うようにして保護し、浮き輪ごと反転しそうになった子は蔦のうえへと避難させる。
『ぴっぴきゅきゅー♪』
『もきゅっきゅぴー♪』
「助かって嬉しそうだね。さすがポノちゃん」
「そういうリコさんも、何か策があるのよね？」
「俺は、楽しさで気を紛らわせてあげたいな。――皆、海でぷかぷかも良いけどォ、空の冒険もしてみない？」
　ポノへと、そして毛玉たちへと眦を緩めると、リコは再び風を喚ぶ。ふうわりと優しくちいさな身体を包むと、まるでトランポリンで弾ませたように、ぽーんと緩やかに弧を描きながら次々と蔦の足場へ送ってゆく。
『きゅっぴ――！』
『もーきゅきゅー！』
「ふふ、風の旅も楽しそうね！」
「うん。楽しんでくれてるみたいで良かった――って、なんか戻ってきたよ！？」
　折角安全な場所にいたのに、わざわざふたりのほうへととてとて歩いて近寄ってくると、浮き輪に嵌まったまま、ぱしゃん、と再び海へと入る数匹たち。
『『『ぴっきゅきゅ！』』』
「……もしかして……」
「……もう１回、ってこと……？」
　声を揃えて、そのちいさな腕で『１』を示すふわもふたちに、ポノもリコも思わず笑いが込み上げて――、
「じゃあ、今度はもうすこし勢いをつけて……！」
『きゅ――ぴぴ――♪』
『もっきゅ――！』
『ぴぴっきゅきゅー！』
　しゅぽぽ――ん！
　しゅぽぽぽ――ん！
　しゅぽぽぽぽ――ん！
　陽を浴びてきらりと雫を燦かせながら、華麗に空を舞う幾つもの白い毛玉。
「なら、サービスで南国の花も咲かせて景観良く♪」
「わ、良いね！」
「怖い思いもしただろうから、楽しんで浜まで戻りましょ」
　大きな蔦の筏を引きながら、夏の陽のように明るく微笑むポノに、
「そうだね。冒険は楽しくなくっちゃ」
　夏空の下、リコもまた口許を淡く綻ばせて頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

第2章 日常 『海だ！！』

POW   :    気合いや力技で海に出ます。 SPD   :    選んだ種目を感じた風や体に伝わる空気感で対応していきます。 WIZ   :    選んだ種目を風や潮の流れなど天候を読み対応していきます。 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●シーサイド・タイム
「海中展望船？」
　ポノ・エトランゼ（ウルのリコ・f00385）が口にした単語に、リコ・リスカード（異星の死神・f39357）が不思議そうに瞬いた。
「うん。それなら、海の中の世界も楽しめるんじゃない？」
「へェ、シュノーケリングとかじゃなくても海中が見れるんだ」
　折角だし、保護したモーラットたちも連れて考え始めたお遊びプラン。「ポノちゃんは何か気になるものある？」と問うた先の娘は、得意気な笑みでこくりと頷く。
「浮き輪で遭難……冒険で青い海青い空は堪能しきっただろうから、次はのんびり過ごすのも良いかな、って」
「船に乗ってならまた遭難、なんてこともないだろうし……みんなは――」
『もきゅぴぴぴ！！』
『ぴっきゅ！　ぴっきゅー！！』
「あはは、気になってるみたいだし、俺も気になるし……――よーし、これ行ってみようかァ！」
「行きましょう！」
『『『きゅっぴ――！！！』』』

　街近くの港に停泊していたのは、船全体をイルカに見立ててペイントされた可愛らしい観光船。絵本に出てくるようなそのビジュアルを見るだけでもう、足も心も浮き足だってしまう。
『『『も――っきゅ――！』』』
「あ、待ってモーラットさんたち……！」
「俺たちも行こう、ポノちゃん」
　まるで弾むボールみたいに次々と船へと乗り込んでゆく毛玉たちの姿に、ぽかんと驚いたのも一瞬。すぐに後を追いかけて船へと乗り込めば、いよいよこれから始まる海中ショーへの期待が俄然高まる。
「船内、こうなってるんだねェ……“半潜水艇”ってことだけど、どこから……」
「リコさん、こっちこっち！」
『『『もっきゅもっきゅ！』』』
「私、ウミガメが見れたらなって思ってるの！」
　乗り込んだ２階フロアから階段を降りた１階フロアの奥、地下の展望室へと続く階段を声弾ませながら降りてゆく野良モーラットとポノの姿に、リコもつられて口端が緩んだ。濡れずに海中を眺められるなら、野良モーラットたちも文字通り“濡れ鼠”にならずに済んで快適だろう。
　幅は細く、奥に長い形状の展望室を見渡していれば、我先にと走り出したふわもふたちが、船体中央あたりの窓へとびしっとへばりついた。できるだけ良い観賞ポジションを確保したいのか、横一列に並べば良いのに、なぜか仲間の頭のうえに乗ったり間に割り込んだり、みっちりみっちり詰まっている。なにもないところでも詰まりたがる――それがモーラットの習性なのだろうか。
　そんな彼らを見守りながら、ポノとリコも隣へと腰を下ろした。すこしして、アナウンスとともに船がビューポイントへと向かって航行し始めると、次第に海中の青が更に透明度を増してくる。
「綺麗……エメラルドグリーンだったのが、どんどんマリンブルーに近くなって……」
『きゅぴぴ……』
「ふふ、モーラットさんたちも夢中ね」
「うん、楽しそう」
「見て見て。あのふわふわ揺れてるイソギンチャク、なんかモーラットさんに似てない？」
　言いながら眸を燦めかせるポノの横顔に、リコもまた笑みを深めた。コーラルピンクのイソギンチャクと戯れる、オレンジと白柄が可愛らしいクマノミ。爽やかなレモン色や、黒と白の縞柄が青に映えるスズメダイ。その奥を流れてゆく魚の群れの陰。
「鮮やかな魚や珊瑚は調べた時に写真や映像で見たけど……実際に見るのではやっぱり違うね、ポノちゃん」
「うん……本当に凄いわね」
　この万彩が、まさに今、手を伸ばせば触れられそうなくらいの場所にある。
　かけがえのない命の息吹と自然の輝きが、確かにこの海に溢れている。
「あ、あれ――ウミガメじゃない？　あの珊瑚礁の近く」
「え？　あ、いた……！　でかしたわ、リコさん」
　青の世界にあってもなお鮮やかな朱色の珊瑚礁のうえを、のんびりと泳いで過ぎってゆくウミガメは、涯てなき海でどこまでも自由だ。
「ありがとう。ウミガメって、“幸せを運ぶ生き物”“海の守り神”って言われてるでしょ？　一度見たかったのよねぇ」
「そうなの？　幸運の生き物なんだね。――ほら、皆も見てご覧」
『ぴっきゅ？』
『きゅぴぴ！！』
『もきゅっぴ……！』
　びったりと窓に張り付いて夢中になっている彼らが、ここを出たいというのももうしばらく先だろうけれど。
「沖縄の海、綺麗ね……みんなが飛び込んじゃう気持ちも分かるかも～」
「うん。モーラットが燥いじゃうのも分かるな。……あ、そうだ。帰りは、デッキでクルージングしてかない？」
「最後まで夏を満喫ってわけね？　賛成！」
　だって、燦めく海はまだまだ愉しそうに手招いているから。
　リコの最高の提案に、ポノも陽だまりのような笑顔を返した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「んっ、無事にモーラットたちを助けることができたし……――あっ、メガリス……」
　救助した２匹は足許で遊ばせたまま、はたと気づいたリリエッタ・スノウ（ちっちゃい暗殺者・f40953）が、サンバイザーについたケモ耳めいた飾りを揺らしながら顔をあげた。視線を移してすぐ見つけたグリモア猟兵の手の裡にメガリスであろう、七色に燦めくベールがあることに気づいて、ほっと安堵の息を吐く。
「良かった。じゃあ、お前たちも気をつけ――」
『もきゅー！』
『きゅっきゅぴ！』
　言いかけた途端、リリエッタの両脚に左右から抱きつく２匹の毛玉。
『ぴっきゅ……』
『もーきゅーぴー……』
「んんっ」
　そうか細く鳴きながら、うるうると懇願するような眼差しを向けられたら、さすがのリリエッタも振り払うことなんてできなくて。２匹を踏まないようにしながらゆっくりとしゃがむと、左右のふわもふたちの頭を柔く撫でる。
「お前達、リリともっと遊びたい？」
『『きゅぴぴっきゅ！』』
「……むぅ、ちょっとだけならリリも遊んでいくよ」
『もきゅ！？』
『きゅっぴ！』
「ちょっとだけ……ちょっとだけだからね」
『『ぴぴっきゅ――！！』』
　ちゃんと分かっているのだろうかかなり疑問を抱かずにはいられない、調子の良い返事を返してくる２匹を、リリエッタは両手で抱き上げた。ご機嫌にきゅぴきゅぴと声を零しながら頬ずりしてくる子等を抱えたまま、すこしばかり思案する。
「でも、遊ぶと言っても何して遊べば……んっ？　マシンナノナノ……？」
　ナノナノ……と可愛い機械音を響かせたのは、水着とお揃いの――ストロベリー色のリボンが靡く、淡いピンクの――バニティバッグに入れてきたマシンナノナノだった。瞬間、胸にある赤いハートから放たれたピンク色の光が指し示した先を見れば、『海中展望船で素晴らしき海の世界へ！　この先のりば有』と書かれた大きな看板が目に留まる。
「海中展望船……船の中なら泳げなくても安心だね」
　看板に用いられた写真には、青い海を硝子越しに愉しむ親子の姿。たちまちはしゃぎ出した２匹を見てリリエッタもちいさく頷くと、乗り場へ向けて、ぱたぱたと白浜を駆け出した。
　そうして、鯨の描かれた半潜水艇へ乗り込むこと１５分。勢いよく走っていた船がスピードを落とすと同時、水泡が消えて穏やかになった海中に現れた鮮やかな景色に、ふわもふたちが真っ先に食いついた。硝子に阻まれているというのに、それすらもお構いなしに、びたっと身体を窓に貼りつけて食い入るように眺めている。
「良かったね。お魚もいっぱい見れてすごいね」
　視界いっぱいに広がるのは、海色に染まるコバルトグリーンの珊瑚礁。まるで翼を広げるように優雅に泳ぐエイに続くのは、そのちいさなオレンジ色の鱗を燦めかせながら群れとなって過ぎていくクマノミだ。ふわりと舞う黄と青のリボンのような姿のハナヒゲウツボも、ひらひらと身体を波立たせて紺碧の世界に眩い彩を描いてゆく。
「んっ……本当に、すごい」
　――娘の透いた青の双眸に、そっと世界の彩が映り込む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　お気に入りのお魚さんフロートとともに最後の一泳ぎをしたオヴィリア・リンフォース（銀色の魔女猫・f25140）は、サーファーよろしくざっぱーんと波に乗りながら浜辺へと戻ってきた。
　フレームのない広い空のキャンバスに描かれるのは、鮮明なバーミリオンから穏やかなネイビーブルーへと移りゆく緩やかなグラデーション。エネルギッシュに照りつけていた夏の陽が眠りにつけば、代わりに空へと舞い散った飛沫のように煌めく星々が天を飾り始める。
「待ちに待った夜なのです。これからが本番なのです」
『ぴ？』
　きりりとした眼差しでそう言ったオヴィリアを、不思議そうな眼差しで見つめる野良モーラットたち。
　夏の夜の海と言えば、そう――キャンプファイヤーだ。
「まずは火を焚くのです。早速始めるのです！」
　オヴィリアの声に呼応するかのように勢いよく駆け出したモーラットたちは、浜辺の隅に積み上げられた薪や小枝をちいさな両手で確りと掴んでてきぱきと運んでくる。
『きゅっぴ……！』
「野良のみんなも、学べばできるようになるのです。何事も経験なのです」
　尊敬の眼差しで彼らを見つめる野良モーラットたちへと告げると、オヴィリアは運ばれてきた材料でにゃんにゃか薪を組み始めた。火加減調整のし易い合掌型に組み上げて早速火を灯せば、ぱちぱちと音と火花を弾ませて忽ち柔らかな光が生まれる。
『もきゅきゅっぴきゅ！？』
「見ただけでキャンプファイヤーの良さを分かるとは、さすが野良モーラットなのです。そうなのです。ここは愉しくもきゅもきゅと躍るのです」
　皆で協力しあって起こした火の回りを、自由気ままに歌って踊る。そうすることで仲が深まり、絆が生まれる。
　それこそがまさに、キャンプファイヤーの醍醐味であり本質だ。
『もっきゅ、もっきゅきゅ♪』
『きゅきゅっぴ、きゅきゅっぴ♪』
　決まった音楽はない。猫もモーラットも、誰もが心に浮かんだメロディを口ずさみながら、軽やかな足取りでもふんもふんと弾みながら。たまに勢いのあまりころころ転がったり、くるくるダンスして止まらなくなったりしながら。そうして思い思いに炎を囲んでリズムに乗れば、それだけで誰しも自然と笑顔になれるのだ。
『ぴっきゅー……』
「そろそろみんなも疲れてきたころなのです。お腹もすいているだろうし、マシュマロを焼くのです」
『『『もっっっ……！！！』』』
　――マシュマロ――その魅惑の単語を聞き逃さなかった野良とオヴィリアのモーラットたちが、一斉に娘へと視線を向けた。
　そんな注目を一身に集めながらオヴィリアが荷物から取り出したのは、真っ白ふわもふマシュマロだけじゃなく、パイナップルをはじめとした数々のトロピカルフルーツ！
「これをこうして、マシュマロと一緒に焦がさない程度に焼いて……はい、できあがりなのです。一緒に食べると美味しいのです」
『きゅ、ぴぴ……？』
　彼らにしては珍しく、『食べて良いの？』と言いたげな視線を向けた毛玉たちへは、金の双眸を愉しげに細めて、
「勿論なのです。モラたち全員に美味しく食べてもらうために持ってきたのです」
　こんなときこそ、異世界でのキャンプ経験――ちょっと普通のキャンプじゃなかったけれど――が活きてくるというもの。
　火から近すぎず、遠すぎず。くるくると串を回しながら良い焼き色をつけてからぱくりと頬張れば、
『『『も――きゅっぴ――！！！』』』
「ん、中までふわとろ、フルーツの甘味と酸味も加わってとても美味しいのです」
　極上の味を共に満喫した皆はもう、仲良しな仲間たち。
「最後はちゃんと後始末をして帰るのです」
　そう言って辺りを見渡したオヴィリアへと、モーラットたちのご機嫌でやる気の声が高らかに響いたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　お疲れ様カント君、なんて。
　大好きな声と笑顔で抱きしめて貰えたら、どんなに疲れていたって忽ち元気になれるというもの。
「もきゅーん！　きゅぴきゅいきゅー！」
「ん？　ビーチで遊ぶ？　良いね、行こう！」
　もうしばらく腕のなかでゆっくりしていても良かったけれど、折角沖縄の海に来ているのだもの。まずは海を満喫しなきゃと、水色に黄色のラインが鮮やかなお揃いの水着姿のふたりは、手を繋いで波打ち際へと奔り出す。
　どちらからともなく始まったのは、ルールなしのスペシャルな追いかけっこ。さらりと柔らかな白砂は裸足で走るだけでも気持ち良く、自然と笑みが毀れたところに、ひんやりとした波が肌に触れて一層頬が緩んでしまう。
「きゅっぴー！」
　逃げちゃうのですー！！　とご機嫌で叫んだ言葉も、ゆーいっちゃんにはちゃんと伝わっているから。「待て待て、カント君ー！」と追いかけながらぽーんと放られたビーチボールに気づくと、カントもまた振り向きざまに、手にした水鉄砲で華麗に撃ち落とす。
　ときにフェイントをかけてみたり、ときにスピード勝負を仕掛けてみたり。
　どちらも譲らぬ攻防を繰り広げること30分――。
「カント君、ちょっと休もう？」
「もきゅきゅぴ！」
　先にへたりかけて浜辺に腰を下ろしたゆーいっちゃんの許へと飛んでゆくと、大きく広げてくれた両腕のなかへともふん、と収まる。
（カントはまだまだ走れるけど、ゆーいっちゃんがバテちゃうのです）
　だからこうして、腕をまわして。
　ぎゅっと抱きついて思いっきり甘えながら、ゆーいっちゃんにもこの自慢のもふもふな毛並みを思う存分満喫してもらうのだ。

　そうしてたっぷりと遊んだら、浜辺の一角にある海の家へ。
「そういえば、沖縄料理で野良モーラットたちを助けたんだよね？　カント君はどれを選んだの？」
「きゅーぴぴっぴ、もきゅぴきゅきゅ……、もきゅぴー！」
　木のテーブルに広げたメニューを見ながら問うたゆーいっちゃんに、カントがメニューをひとつずつ、びしっ！　と指（腕？）で指し示してゆく。
「ゴーヤチャンプルーとタコライスとラフテーだね。――そうだ、食後のデザートは、この“沖縄ぜんざい”にしない？」
「ぴっきゅい！」
「じゃあ決まり！」
　声を揃えて注文した品々が運ばれてきたら、早速ふたりでひとくちぱくり！
　卵と絡まり苦味がまろやかになったゴーヤに、表面ぱりっと、中はふわっと焼き上げられた島豆腐が合わさったら、もうお箸が止まらない。
　タコライスは、トマトとレタス、ミートにチーズといった王道の具材なのに、絡めたサルサソースの酸味とピリリとした辛味が素材の味を引き立て、深みがぐっと増している。
　厚切りなのにお箸でほろりと崩せるほど柔らかいラフテーは、角煮に近しい料理なのに見た目に反してあまり脂っこくはなく、幾らでも食べられそうなほど。
「ふー……美味しかったね」
「きゅ！　もっきゅっぴ！！」
「あ、来たね。沖縄ぜんざい！」
　甘い物は別腹、というのは最早世の理。ぜんざいのうえにかき氷の乗った、そのビッグなビジュアルに感動しながら、カントとゆーいっちゃんは同時に一匙口へと運び、
「ん～～美味しい！」
「もきゅっ！」
　口いっぱいに広がったひんやり優しい甘さに、ゆるゆると頬を緩ませた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「なぁ、瑠碧。もう少し遊んでいかねぇか？」
　一仕事のあと、小休止も済んで立ち上がった陽向・理玖（夏疾風・f22773）が、緋に染むパーカーと濃紺のサーフパンツについた砂を払いながら、泉宮・瑠碧（月白・f04280）へと手を差し伸べた。
「折角綺麗な海に来たんだし、モラ助けただけで終わるのは勿体ないし……お前たちも、もっと遊びたいだろ？」
『きゅきゅっぴ！！』
『もきゅっぴきゅ！』
　尽くす言葉以上に、理玖と野良モーラットたちの表情が物語る心情のほうが雄弁で。「はい」と頷いた瑠碧もまた、柔らかに眦を細める。
「では、何をして遊びましょうか」
「こんなこともあろうかと――じゃーん！　２人で乗れる浮き輪フロートを持ってきてあるんだ」
『もきゅぴきゅぴーっぴ？』
「浮き輪……ふろーと？」
　不思議そうに小首を傾げる瑠碧とふわもふたちが興味津々眺めるなか、理玖は荷物からシングルベッドほどの大きさのビニールボートを取り出した。隣に並べたエアーポンプの先端をボートに差し込み、早速空気を入れてゆく。
「何だか、大きな空気バッグ……海に浮かぶ乗り物、なのですか？」
「ああ。これだけ大きければ、俺たちと野良たちを乗せても大丈夫だろ」
「そうですね、乗ったままならモラたちも安心です。念の為の浮き輪もありますし」
　瑠碧の声に頷きながら、ボートをふにふにと掴んで十分に空気の入ったことを確認すると、理玖は毛玉たちを手招きした。「乗っていいぞ」と添えた途端、もきゅもきゅと喜びながら、ぴょんぴょんと弾みながら乗り込むその姿にふたり、思わずほんわり和んで笑みが洩れる。
『きゅっぴ……？』
「また遭難するんじゃないかって？　そうなる前に、俺が降りて引っ張るから大丈夫だぞ」
「はい。私も精霊たちに、皆さんが沖へ行き過ぎないようにお願いしておきます」
『もっきゅ……！』
「さすが瑠碧。精霊さん助かるぜ。――まぁ、でも浮き輪は装備したままな」
　そうして、すぽん！　と。安心してゆるゆると笑顔を見せた野良モーラットたちへ、１匹ずつ――勿論、それぞれのお気に入りの浮き輪は間違えないように――今度は正しく浮き輪を装備させたら、いざ出航！
「ひとまず、あまり遠くない程度まで行ってみようぜ」
『ぴっきゅきゅ――！』
　途中から乗るのは難しそうだから、と先に乗り込んだ瑠碧へ「俺は後から飛んで乗るわ」と伝えながら、理玖はフロートを押しながら海へと入った。
　夏の陽の熱も、コバルトブルーの水面を潜れば忽ちひんやりと心地良い涼へと変わる。瑠碧の柔らかな髪と透いた白の上着を靡かせる風も、光を映して耀う波もどこまでも穏やかで、それだけで裡から凪いでゆく感じがするのだから不思議なものだ。
　そんな理玖の負担を減らすべく喚んだ精霊たちの手伝いもあって、流れるように沖のそばまできたら、最後の乗客たる理玖もひょいと飛び乗って。
「おー！　すげぇ！　これぷかぷか意外といい感じだな」
「はい、広さも十分ですし……モラたちも喜んでいるようです。あっ、ほら、ここから水の中が見えますよ」
『きゅぴぴっぴ？』
『もっきゅぴ！！』
「これはすげぇな！　もう少し行って、珊瑚とかも見てみてぇ」
　一部、透明なビニールで窓のように区切られた場所から覗き込めば、透いた青の向こうに見えるクマノミやエイの姿に、ますます弾んで止まない裡なる心。
　――けれど、その前に。
「なぁ、ちょっとだけ寝転がってみてもいいか？」
　瑠碧がこくりと頷き返すと、どこか眠たげな眼差しのままごろり横になる。
　ゆるりとした優しい揺れに、絶え間なく跳ねる水の音。
　ふと仰ぎ見た先、瑠碧が作ってくれた水膜の傘からは、水面を映してゆらゆらと揺れる淡い陽が零れ、理玖の頬に影を落とす。
「これは確かに……モラたちが寝てたの、分かるわ」
「お昼寝も良いですが、寝惚けて海に落ちないよう気をつけてくださいね」
　ふわもふを撫でながら、もう片手で理玖の髪へとそっと触れて。
　落ちても助けられるけれど、愉しい気持ちのままでいられるのが一番だから。
　どうかこのまま穏やかに過ごせますようにと願う瑠碧の、優しい声音と撫でてくれる掌に、理玖もまた微睡みながら眸を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　今度は街中で遊ぶのか、浜辺を後にしていく野良モーラットたちを見送ったアーネスト・シートン（動物愛好家・f11928）は、「さて」と立ち止まって思考を巡らせる。
（沖縄に来たものですし、どうしましょうかね……水族館でもいいのですが……）
　確か、沖縄には幾つかの水族館があったはずだ。それぞれ見所も異なるし、この機に見て回るのも良さそうだけれど――、
「そうですね。折角なのでもう暫く海を愉しみましょうか。沖縄と言えば、サンゴ礁の海ってところですし……」
　先程海へは入ったとはいえ、救出に専念していたからまだじっくりと景色を満喫したとは言えまい。ならば、と決めると、アーネストは波打ち際へと踵を返した。その行きすがらに、仲間のトリトン――海の王の名を冠したシャチを呼ぶ。
「いえ、サンゴ礁を見てみたいと思いましてね。このあたりだと……石垣島あたり、ですか……少し遠いでしょうか」
　トリトンへと語りかけながら、ぱたぱたとリスの尾を揺らして情報収集を続けていたアーネストは、一通り調べ終えると再びトリトンへと向き直った。
「まぁ、場所は無難なポイントを探し出しましょう。海中探索、手伝って貰えますか？」
　アーネストがそう問えば、トリトンもご機嫌な声でひとつ鳴いた。
　いくら動物愛好家と言っても、さすがに鮫に襲われるわけにもいくまい。その点も、トリトンがいれば大いに心強い。
　春の草原を思わせる若草色のウェットスーツ越しに着替えて、早速浅瀬へと足を浸した。肌に触れる、浅瀬のひんやりと柔らかな波の感触を愉しみながら海へと潜ると、トリトンとともに自由な海を気儘に巡ってゆく。
　水面を透いて海へと降る光が燦めく海中は、それだけでも思わず見入ってしまいそうなほどに幻想的なのに、その青のなかを流れながら鮮明な彩の軌跡を描いていく色とりどりの魚たちと言ったらもう、言葉に尽くせぬほど美しく壮大だ。
「カクレクマノミに……あれはコンシボリガイですね。あ、あちらにはヒメスズメダイも……！　――ん？　どうしましたかトリトン」
　同じ方向を見ていたトリトンが、なにかに反応して視線を向けた先へとアーネストも倣って見遣れば、
「珊瑚礁の傍にいるあれは……ウミガメですね！　それに、その奥にはジンベイザメも……！」
　教えてくれてありがとうございます、とアーネストがトリトンへと微笑んだとき――視界に過ぎった白に気づき、反射的に視線を移して目を瞠る。
「ここでジュゴンに巡り逢えるなんて……！」
　巡り逢えた幸運に、静かに浸りながら。
　暫くの間、アーネストは海の青へと消えてゆくジュゴンの姿を見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「んー、お腹空いた！」
『もきゅっきゅぴ！』
「――あ、ひまり。あそこに何かあるわ」
　梔・ひまり（ガーデニアの雫・f35734）の腕のなかで元気に賛同した野良モーラットの隣、マリー・アシュレイ（血塗れのマリア・f40314）がそう言って指を指した。
「海の家だね、みんなで行ってみない？」
「海の家？」
『きゅきゅぴっぴぴ？』
　マリーはこてんと首を傾げて、野良モーラットはきょとんと顔をあげて。
　不思議そうな眼差しを向けてくる様子にくすりと微笑み、ひまりが手短に“海の家”のことを教えれば、美味しいもの好きなふたりが黙っているはずもなくて。
「へぇ、食事ができる場所……良いわね、行きましょ！」
『もっきゅきゅー♪』
「あ、待って私も！」
　ぴょんと腕のなかから飛び出したふわもふに続いて飛び出したマリーを、ひまりもぱたぱたと駆けながら追いかけた。

　いらっしゃいませ！　と溌剌とした声に出迎えられた面々は、初めて訪れた店内をぐるりと見渡した。
　一昔前だったら、掘っ立て小屋のような大雑把な作りの店のイメージが強かった海の家も、今は街中にあっても遜色ないくらいのお洒落な内装に仕上がっていた。白い木目の床に、淡いブルーに塗られた木版の壁。テーブルとイスはオフホワイトの木製で、あちらこちらに飾られた貝殻のインテリアが愛らしい。
「凄い可愛い……！　海の家っていうよりカフェみたい」
「普通は違うの？」
「うん。ここと違って、夏しか海の家が出店されない鎌倉の海だと、もう少しこう……トタンの屋根で、木を組んだだけの一時的な家、って感じかな」
「そうなのね。メニューも違うのかしら？」
　問われて、テーブルのうえにあるメニュー表を手に取ったひまりは、そうだね、と零しながら視線を走らせた。
「王道の焼きそばもあるし、かき氷もあるし……けど、見たこともない沖縄料理もあるね」
　マリーさんは知ってる？　と顔を上げると、マリーと――便乗してひまりの膝のうえから顔を覗かせた野良モーラットがメニューを覗き込んだ。
「んー……どれも知らない料理ばっかりね。というか、料理名聞いてもさっぱりピンと来ないわ……」
　メニューに写真が添えられているからまだ良いけれど、その特徴的な単語の数々は文字だけだったらさっぱり想像もつかないものばかり。
　“海ぶどう”は、葡萄と言いながらも全くそれらしくない、寧ろ緑のちいさないくらのような見目だし、“ゴーヤチャンプルー”はゴーヤの何かだと分かるくらいで。
『ぴっきゅ……？』
　そう鳴きながら、むむっと眉間に皺を寄せるふわもふ。この子の場合、まずは文字が読めているのかが甚だ疑問だ。
「そうだ。どれか気になるものあったら分けっこしない？」
「さすがひまり。妙案だわ。あ、何か食べられないもの、ある？」
「私、好き嫌いないから何でも大丈夫！　……苦くなければ」
「私も苦いのはちょっと……じゃあ、このゴーヤチャンプルーっていうのは、苦いかどうか確認してから注文しましょ。あとは――」
　これと、あれと、そっちと、あとそれも！
　気になるものはいっぱいあるけれど、そこはお腹と相談して。じっくりメニューと睨めっこして幾つか選んだら、
「あ、モラの気になるのもある？　一緒に食べようね」
『もーきゅ、ぴーっきゅ、きゅーぴぴ！』
「あああ、そんなに沢山は無理！　お小遣いの範囲で！」
　あわあわと慌てるひまりの姿に、もう一度真剣に悩んだ野良モーラットは
『きゅっぴー……もっきゅきゅ！』
　その愛らしい手で、“特盛！　ラフテー”と書かれた文字をずびし！　と指し示した。

「ふー……美味しかった！　デザートの沖縄ぜんざいも良かったね！」
「ええ。黒糖と紅芋があんなに合うなんて知らなかったわ……」
『ぴきゅっきゅ……』
　恐ろしき沖縄料理、なんて零しながら真剣な眼差しで語るマリーに、こくこくと頷く野良モーラット。
　削った氷もふんわり山のように盛られていて、デザートなのに十分な食べ応えは思い返してみても最高だった。
「お腹もいっぱいになったし、この後どうしようか？」
　まだまだ、お日様は傾き始めたばかり。
　このまま街へ出て遊ぶのにも、海を満喫するのにも十分な時間があるけれど。
「そうね。食べ後は腹ごなし、っていうのが定番だけど……」
「海……は怖くない？　大丈夫？」
『もきゅーっぴ！』
　すっかり元気になったふわもふの一声に、ひまりとマリーもくすりと笑って。
「じゃあ、折角だしもっともっと楽しもう！」
　皆揃って、コバルトブルーの海へと駆け出してゆく。

　初めての沖縄。
　澄み渡る空を映したかのような青い海と、鎌倉ともまた違う変わった街並みは、まだまだ興味が尽きなくて。
「ふふ、今年の夏休み一番の思い出になりそう！」
　ひまりの笑顔が、風に優しく溶けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「詩織！　すげーな、この景色！」
　折角の沖縄ならば、と楊・暁（うたかたの花・f36185）を誘って訪れたのは、沖縄の中央にある恩納村の岬――万座毛。
　象の鼻の形をしたその岬は、昼夜問わず大自然を一望できるスポットとして人気を博している。
「有数の景勝地と聞いてましたけど……これはすごいですね、綺麗……」
　駆け出した暁の後ろから付き添う八坂・詩織（銀誓館学園中学理科教師・f37720）もまた、思わず感嘆の息を零した。
　これだけ空が広ければ、さぞ星も見やすいだろう――天文部の顧問だからこそ、そう思い選んだ場所だったけれど。静かに沈みゆく陽の彩がゆっくりと水平線に溶けてゆき、一面黄金色に染まった水面がほろほろと光を零しながら揺れるその風景は刻を忘れてしまうほどに鮮明で、
「暁さん。よかったら、夕日をバックに一緒に写真撮りませんか？」
「お、良いな！　撮りてぇ！」
　ふたつの笑顔を、ファインダー越しに収めて。
　今日だけの景色を、記憶に刻む。

「あっ、星あった！　なぁ、あれ何の星だ？」
「ふふ。あれはアルクトゥルスですね。うしかい座のα星――一等星です」
「うしかい座……？」
　言って、不思議そうに再び天を仰ぐ暁へと、詩織もまた、姿を見せ始めた星々から目を離さずに言葉を添える。
「ギリシア神話に登場する、牛飼いの大男に見立てて付けられた名前です。アルクトゥルスとは、“熊の番人”という意味ですよ」
「牛飼いなのに熊なのか……？？」
「“熊を追うもの”という意味もありますから、そちらのほうが分かりやすいですね。近くにあるおおぐま座……北斗七星の周辺にある星座の後を追いかけるようにして巡る星なので、その名がつけられたと言われています」
「へぇ……そう言われるとそんな風に見えてきた」
　無数に鏤められたちいさな光を、指先でなぞって繋げて形にする。
　その“星座”や、構成する星ひとつひとつの物語を知りながら星を探すのも、天体観測の魅力のひとつだ。
「あっちのあれは？」
　つ、と指で指し示した先。天頂付近にあるのは、青白く燦めく大きなひかり。
「あれはベガ――こと座の一等星です。夏の大三角の中でも一番明るい星ですから、見つけやすいですよね」
「夏の大三角……！　聞いたことあるぞ。えっと……あれと、あれと、あれを結んだ奴だろ？」
「はい、大正解です」
　ぽん、と両の手を合わせて暁へと言葉で花丸をあげた後も、詩織はゆっくりと穏やかな声音で説明を添えてゆく。
　星ほど雄弁な存在が、他にあるだろうか。
　地球から幾万光年も離れた場所から生まれた、遙かなる煌めき。
　そのひかりに、彩に、ひとつずつ意味があり、物語がある。それに思いを馳せれば一層、この星空に手が届くよう。
「――あ。暁さん、あちらに見えるのがさそり座のアンタレスです」
　沖縄だといつもより高い位置に見えますね、と続く詩織の言葉に、そうなんだ、と零す暁の声はどこか朧気で。すっかり見入っている横顔にくすりと微笑むと、詩織もまた夜空を仰ぐ。
「万座毛は星空スポットとしても有名ですから、今度は１泊してがっつり星空観察したいですね。“てぃんがーら”――天の川も綺麗に見えるでしょうし……」
「なんだか夏合宿みてぇで面白そうだな！」
　海底にも似た紺青を渡る金銀の星の連なり。
　その白波をゆく列車から見える景色を想い描きながら、穏やかな笑み声が夜に響いていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「ビーチスポーツ？」
　浜辺でそう提案された蓮見・双良（夏暁・f35515）に聞き返されて、鈴鹿・小春（万彩の剣・f36941）は溌剌とした笑顔で頷いた。
「はい。折角ですし、ビーチバレーとかビーチフラッグとかどうかなって」
「良いね。最近僕も、確りスポーツらしいスポーツ、してなかったし……良い運動になりそうだね」
　言いながら改めて見渡した浜辺は、柔らかな白浜。――つまり、足を取られやすいということでもある。
「ですよね。砂浜でスポーツっていうのも、夏の醍醐味ですし――」
『きゅぴっぴ！！！』
「……って……もしかしてみんなもやりたいの？」
『もっきゅ！！！』
　気づけば、ふたりの足許に揃って集まっている野良モーラットたち。その眸は、きっと愉しいことに違いないと物語るほどに煌めいていて、小春は思わず笑みを零す。
「よーし！　それじゃー沖縄の夏、みんなでたっぷり楽しもう！」
『『『ぴっきゅきゅぴ――！！』』』
　言いながら拳を掲げた小春に続き、ふわもふたちも勢いよくその可愛らしい腕を空へと掲げた。

「じゃあみんな、まずは準備体操しよう。あんまり意味はないかもだけど……心構え的に！」
『ぴきゅ！』
　既に海に出ていたとはいえ、浮いているだけだった彼らが準備運動をしているとは思えない。――そもそも、その概念があるのかも甚だ疑問だけれど。
「ボール、海の家で借りてきたよ」
「ありがとうございます！」
　双良が小脇に抱えてきたビーチバレー用のボールを受け取ると、早速ふたりで軽くラリーを試し始めた。
「適度に空気も入ってるし、行けそうかな」
「ですねー。……でも……」
「……そうだね……」
　ちらりと視線を落とした先には、必死にボールに飛びかかろうとぱたぱた飛び跳ねている毛玉たちの姿があった。取りやすいようにボールを投げることはできるものの、ボール自体は彼らにとってすこしばかり大きいし、威力も出過ぎてしまいそう。
「やっぱり、双良センパイが念のためにって持ってきてくれた、こっちの方が良さそうですねー」
　ビーチバレーボールを砂浜に置いた小春は、代わりに隣のちいさなビーチボールを手に取った。紙風船を思わせる柄で、ポップな色合いの可愛らしいものだ。軽くて、もし野良モーラットたちに当たったとしても全く痛くはないだろう。
　どう？　とそのひとつを差し出して当人たちに伺えば、『きゅぴぴっ！』と嬉しそうに仲間たちと投げ合い始める。どうやら、彼らも気に入ってくれたようだ。
「――じゃあ、あのボールで決まりかな？」
「そうですねー。……かなりキツイ感じになりそうですけど……」
　ぽーん！　と大きく弧を描きながら、海風に乗って更に遠くへ運ばれてゆくボールを眺めながら、ふたつの苦笑がそっと漏れた。

　小春と双良はそれぞれ別チームとなって、仲間に野良モーラットを連れて、いざ対戦！
　白浜を駆ける人間たちの合間を、ふわふわぱたぱたと浮くように飛び回る野良モーラットたち。
「っ……！　小春くん、結構やるね……！」
「センパイこそ！　やっぱりスポーツ上手ですねー！」
　淡い青のノースリーブシャツに加え、白地のサーフパンツにラッシュタイツは思った以上に動きやすくて、にまりと笑った小春は一際大きくジャンプする。
「いっきますよー双良センパイ！」
『もっきゅっきゅ――！』
　跳躍のタイミングも、１匹のふわもふが打ち上げたボールにぴったり合って。
　阿吽の呼吸のサーブが、双良チームのコートへと勢いよく繰り出された。

　１試合終わった後は、場所を海へと移して２試合目へ。
　今度は流されないよう、準備も注意も万全にした野良モーラットたちが、右へ左へ益々海風に攫われるビーチボールを追いかけ回って大活躍！
　そうして綺麗なコバルトブルーを満喫したら、最後は海の家でゆっくりと。
「っは――！　運動の後のサイダーは最高ですねー」
「うん。塩味が良い具合に爽やかで美味しい。瓶のパッケージもお洒落だし」
『も――きゅ！』
「ん？　この沖縄ぜんざい、食べたいの？」
『ぴっきゅきゅっぴ！』
「あはは……じゃあ、僕らも一緒に食べようか。１匹、２匹、３匹……――すみません、沖縄ぜんざい１０人前、お願いします」
　ひんやりとした口溶けに舌鼓を打ちながら、夏の暑さも忘れて。
　夏彩の皆の笑顔が、また１枚――パシャリとカメラに収まった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「――さ、心音。もう、目を明けて良いぞ」
　見せたいものがある――そう御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）から言われ手を引かれて砂浜を渡った楊・暁（うたかたの花・f36185）は、ゆっくりと瞼を上げた先の風景に瞬いた。
「わ、すげぇ……！　キャンプだ！」
「心音専用のな。お前がゆったり寛げるように整えたんだ」
「えっ？　いつの間に？」
「心音を待ってる間。時間もたっぷりあったしな」
　２ルームテントに加えタープまでひとりで設営するのは結構な労力だったけれど、尻尾をぱたぱたと振りながら眸を燦めかせる暁を見れば、そんな疲労もどこかへと吹き飛んでいく。
「どうだ？　心音。今日は夜まで、ここでのんびり凄そうと思うんだが」
「最っ高だ！　ありがとう、藍夜！」
「どういたしまして。さて――……改めて。一仕事お疲れ様、心音」
「藍夜も、設営お疲れ様だ」
　漸く涼を孕み始めた海風のなか肩を並べて、水平線に溶けて消えつつある夕陽をただ、眺める。
　毎年と変わらずこの夏も、やれ海開きだ夏祭りだと忙しなく日々が過ぎていた。その合間のグリモア猟兵としての仕事だったからこそ、今このひとときは心も身体も穏やかに過ごして欲しい。
「それにしても、夏で海でモーラット――……ってまぁ、俺らにとってモラは風物詩。常識か」
「ふふ、そうだな。藍夜、モラの扱い慣れてるし」
　言って、ふと思い出したのは去年の春のこと。
　藍夜から受けた野良モーラットの捕獲依頼で、藍夜お手製のおびき寄せ用チョコレートをどうしても使いたくなくて。
（……今思い出しても恥ずかしい……チョコ１枚すら、モラに渡したくねぇなんて……）
「どうした？　心音。顔、真っ赤だぞ」
「なっ……なんでもねぇ！」
　咄嗟にわたわたと取り繕う姿に眦を緩めながら、藍夜は耳許へと低く紡ぐ。
「――俺のこと、考えてただろう？」
「ばっ……！！　ち……が、くねぇ……けど……」
　もう熟れた林檎のように頬を染め、視線を逸らしたその眸が、淡く沈みゆく光に得も言われぬ耀きを映す。
　それに気づいてしまったらもう、この壮大な風景よりも、その暮れ空であり夜明け空でもある双眸の美しさに、視線も心も忽ち奪われてしまって。抱き寄せて、頬に触れて。その愛らしい耳に可愛いと囁かずにはいられない。

　ランタンの灯りを傍らに、ふたりだけの夕食が幕を開ける。
　まずはこれだな、と取り出したのは、たっぷりの野菜と焼き立てジューシーな肉をトルティーヤで包んだ特製ラップサンド。
「わ、美味そう……！」
「小腹、減ってるだろう？　少し熱いから、気をつけるんだぞ」
「うん」
　幸せいっぱいにぱくりと頬張れば、シャキッとしたトマトやレタスの歯応えと、じゅわりと肉の旨味が口一杯に広がる。
「ん～～美味ぇ！　これならいくらでも食えそう！」
「まだあるから、あるだけ食べて良いが……他にも色々あるからな？」
　その声に、嬉しそうに揺れていた尻尾と咀嚼の音がぴたりと止まった。ごくんと飲み込んでから「他？」と尋ねる暁に、藍夜が隣にあるバーベキューコンロの蓋をそっと取れば、ふわりと芳しい肉の匂いが漂ってくる。
　タレに漬け込んだ牛肉にスペアリブ、鶏肉は敢えて塩胡椒だけ。ぷりぷり食感のホタテに、バターとサーモンのホイル蒸し。鮮やかな野菜に、数種類の茸まで揃っている。
「こんなに……！？　準備、大変だったんじゃねぇか……？」
　そう申し訳なさそうな声音とへにゃり垂れる耳に気づくと、「全然」と微笑みながら藍夜が優しく暁の髪に触れた。心地良さそうに撫でられながら、暁の口許にも自然と笑みが戻ってくる。
「最初は“海の家で焼きそば”とも考えたが……ほら、夏祭りのあのあれだ、商店街の手伝いという地獄を思い出すだろ……？」
「ああ……あれ、な……」
　壮絶な戦場とも言えた記憶が脳裏を過ぎり、ハハ、と弱々しく笑み声が重なるけれど、また一口と頬張った食事がすぐに淀んだ気持ちを掻き消してくれる。
　ふたり互いに食べさせ合って心もお腹も満たしたら、お待ちかねの食後のデザート。夏場用に溶けにくい葛入りアイスは、フルーツたっぷりでビタミンも豊富だ。
「どうだ？　新作のお味は」
「――ん～～ひんやりして美味ぇ！　これ、病みつきになりそうだ」
　そんな今日一番のご機嫌な笑顔を横目に、自身も一口そっと食む。
　この甘さはきっと、傍らの一等甘やかな花のせい。

　テントの裡に入って、ゆるりと味わうのは食後のモクテル。
　オレンジとマンゴーピューレ、バタフライピーとサイダーを注いだグラスに映るのは、静かに暮れゆく空のいろ。
「藍夜、これ……」
「所謂、“君の瞳に乾杯”――という体験も、悪くないだろう？」
　そう言って微笑んでみせる藍夜に、ふふ、とちいさくはにかみながら、暁も合わせるようにグラスを傾けた。
　こくりと喉を伝う、“きみいろ”を飲み干して。藍夜は大きく柔らかなクッションへと暁をそっと寛がせると、柔く触れた唇で愛を伝える。
　――月が昇るまで、きみと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「――陽桜？」
　近くのアメリカンビレッジで買ったふたり分の食事の入った袋片手に、北谷町の波打ち際を歩いていた羽柴・輪音（夕映比翼・f35372）は、ふと傍らにいたはずの娘を探して振り返った。
　己が青の眸に映る藍の視線にあるのは、言いようのない不安のいろ。
「っ……おかあ――」
　夕陽に片頬を染めながら、そう言いかけた榎木・陽桜（ねがいうた・f44147）が言葉尻を濁した。｜この子《・・・》はもうすっかり大人なのに、どこか幼い｜あの子《・・・》を思わせる、そんな縋るような顔へと輪音は柔く微笑む。
「なあに？　いいじゃない、お母さんで」
「……でも……」
　言ってしまったのだ。つい先日、自分の“娘”であるという異世界の少女へと。――「お母さん、とは呼ばないで」と。
　だのに、自分だけ言うのは狡いだろう。不公平だろう。大人になったのだから、もっと確りと割り切るべきだ。自分を省みて、感情を整理できるはずだ。
　――子供だったあのころとは、違うのだから。
　ぐっと握りしめた拳は、恐らく無自覚なのだろう。輪音はそれに気づくと、踵を返しながら瞼をすこしばかり伏せて海を見た。コバルトブルーに、ゆっくりと黄金のひかりが沈んでゆく。風も、漣も、どこまでも穏やかだ。
「わたしは、“わたし”……あなたの世界のお母さんとも記憶を共有してるから、違和感も何もないわ」
　風に靡く髪を押さえながら、そうでしょう？　と言外に込めて伺えば、陽桜がちいさく頷いた。「……うん」と返る声に、安堵が滲む。

　泳ぎが苦手で、普段ならばあまり水辺には近づかない自分が、こうして娘とふたり、海を眺めている。愉しいと感じている。
　それはどれほど不思議で、奇跡のようなことだろう。
「……あなたは、良くも悪くも真っ直ぐなのよね」
　自ずと、優しい声音になるのは、生まれた世界が違っていても、私は間違いなくこの子の母だから。
「その割に、自分の中のもやもやした感情を消化できなくて、すぐに消化不良起こしちゃって……不器用なところはわたし似かしら？」
「……だって」
　灼滅者だったころから、ずっとずっと走り続けてきた。
　我武者羅に頑張って、大人になっても『ちゃんとした大人に』と自分に言い聞かせ続けてきた。
　けれど結局、なにも変われていなかった。
　どう足掻いても子供のままで、想いはどれも空回りしてしまって。裡に溜まってゆくばかりの感情は、それでも言葉にできないままで。
　どうにか絞り出した言葉でさえ知らずと棘を孕んでしまって、望んでいるわけではないのに相手を傷つけてしまう。――あんな顔を、させたかったわけじゃなかったのに。
　そうして今もまた、この惑う心をどう伝えて良いのか分からずにいる。母はあたしを慈しみながら、こんなにも言葉を尽くしてくれているのに。
（“似てる”、なんて……）
　確かに、猟兵として覚醒してからは不思議なことばかりで、生まれた驚きと期待は今でもこの裡に強くある。
　けれど、それ以上に心の奥底で渦巻いている不安は未だ拭えずにいる。また同じことを繰り返してしまうのかと、足が竦んでしまう自分がいる。
「――大丈夫よ、陽桜」
　知らぬ間に俯いていたその頭上から、あたたかい声が降った。思わず一瞬、息が止まる。手に触れたぬくもりが、指の先から裡をじんわりと満たしてゆく。
「焦ることなんてないわ。陽桜は、陽桜のペースでゆっくりいけばいいの。無理に、一気に大人になんてならなくていいんだから」
　今こうして、ひとつずつ。
　丁寧に想いを解き、拙い言葉へ溶かしていっているように。
「……うん」
　緩りと顔を上げれば、夕陽に燦めく優しい青があった。この海のように広く、この陽のようにあたたかな笑顔へと、陽桜も静かに頷きを返す。
　おずおずと、けれどきゅっと。輪音の手を握り返し、ゆっくりと歩き出す。

　まだ、惑うこともあるだろう。悩むことも、立ち止まることもあるはずだ。
　そんなときは、思い出せばいい。
　――この青と、このぬくもりを。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2024年08月24日