『この二人占めの星空に願いを』
●出発
「おっけ。積み込み完了!」
山崎・圭一(学ランおじさん・f35364)がレンタカーへと荷物を積み込みを終えて、トランクを軽く叩く。
季節は夏。
少し動いただけでも汗が僅かに肌の上に浮かび上がるような暑さが連日続いている。
猛暑を通り越して酷暑。
そんなふうに連日テレビのニュースは連呼しているのに、もうフール・アルアリア(No.0・f35766)は辟易していた。
もうちょっと明るい話題と言うか、楽しい話題はないのだろうか。
でもでもでもね!
「よし、じゃー乗れ! フール。運転は俺がするからさ」
そう、今日は見ての通り圭ちゃんとお出かけ!
ちょっと頬が緩んでいるかも知れないけれど、気のせいじゃないから!
ちょっと意外だったのは……あっ、意外って言うと圭ちゃんがちょっと拗ねちゃうかもしれないから言わないけれど、びっくりしちゃったので言っちゃう。
「圭ちゃん免許持ってたの!?」
「ん? ああ、普段はバイクとか『ベアトリス』に足になってもらうことはあるけどさ。今日は荷物も多いし」
たまには車もいいじゃん? と笑う横顔がかわいい。
確かに空のお散歩も楽しいけれど、たまには陸路を使うのもいいかもしれない。
だって、運転中箱の横顔を独り占めにできちゃうんだもの。
助手席って特別な位置だよね。
いつも素敵だけれど、さらに格好良く見えちゃって道中のことはあんまり覚えてないんだけど!
●で、どこに行くかっていうと
圭一はとにかく自然豊かな山へと向かいたかった。
だってそうだろう。
自分は『放浪写真家』である。
何処へだって行く。でも、それは仕事として、だ。
たまには単純に仕事抜きに遊びに出かけるのもいいだろう。
そんな時、フールが何処かへ出かけたいと言えば、こんな旅程になるのも当然だった。
「いよっし、早速やるか!」
「うん! ふっふっふ……お兄ちゃんと特訓した虫取り技能を披露する時が来たね!」
訪れたキャンプ地は自然豊かだった。
夏の日差しに山の緑が萌えるようだ。
まずは写真を一枚、と思ってカメラを構えるも、ファインダーにあったのはフールの姿だった。
振り返った瞬間、シャッターを押す。
「あっ、すぐお仕事しようとするー」
「これは仕事じゃないからセーフ。っていうか、蟲使いの俺に虫取りで勝てると思うなよ~?」
「えっ、それはズルいよ圭ちゃん!」
慌てて自分を止めようとするフール。
己が身から現れた白燐蟲たちに手分けしてもらって、虫を探すのだ。
数は力ってやつだよ、フール。
ずるいずるい、と言いながらもフールも自分に勝てるとは思っていないだろう。
なにせ、前提条件というか、地力というものがそもそも違うのだ。
まあ、そういう事情を鑑みて……なんて大人の対応をするかと思ったのが運の尽きである!
「にっしっしっ、俺には虫の声が聞こえるんだぜ?」
忘れてもらっちゃ困る。
それいけーと走り出せば、フールも追いかけてくる。
「カブトムシは捕まえたいから、場所、教えて! せめてそれだけでも!」
「ダメダメ、こういうのは自分の持てるスキル使うから楽しいんだぜ?」
大人げない、と言われるかも知れないがこれも性分って奴だ。
●渓流
圭ちゃんってば、本当に大人げない!
でも、そういうところも可愛くって好き。
背中を追いかけるばっかりで、虫を捕まるどころではなかったけれど、それでも楽しいって思えるのは全部ズルい。
「ん? 何?」
一匹の白燐蟲が圭ちゃんの肩に掴まって何事かを報告している。
なんだろ?
「渓流?」
「え、渓流があるの!?」
下調べしてなかったから、意外だった。いや、そうでもないのかも。
これだけ自然が広がっているんだもの。言われてみれば、水の匂いがするようなしないような、やっぱりわかんない。
「こっちみたいだな」
「え~本当に~?」
「ああ……っと、そこ浮き石あるぞ」
危ないぞって手を取ってくれる優しさ。やっぱりズルい。
少し歩けば、その先にあったのは、確かに渓流だった。でも、一つ違うのは、それが絶景だってこと!
すっごい色が綺麗!
なんて言ったらいいのかな。
生い茂る木々の葉から太陽の光が透けて緑色に渓流を彩っているみたい!
え、本当に凄い。
「すごいね、圭ちゃん!」
「ああ! それに俺、泳げるようになったんだよ! 泳いじゃおうぜ!」
テンションあがってる圭ちゃん。
でも、泳ぐ用の水着持ってきていないんだよねぇ。
「水着ねーのかィ!!」
「でもほら、見てよ。渾身のネタシャツ! 波海苔Tシャツ!」
プリントされたTシャツを僕は示して見せる。
そう、海苔が海でサーフィンしているTシャツだ。
波乗りの乗りと海苔をね、と説明しようとして止められる。わかってるから、と。
えー! これ渾身の持ちネタなのに!
●渓流って言えば、やっぱりこれだよな!
圭一は、己の手にした『命捕網』で渓流に泳ぐ川魚を捕まえてご満悦だった。
大漁大漁。
いや本当に大漁である。
こりゃ、絶対旨いやつである。清流のせせらぎ、その川底の苔を食べて生きている川魚は焼けば香りも強くて淡白な味わいも逆に塩と旨味を相乗効果で引き立ててくれるだろう。
きっとフールも気に入ってくれるはず。
「網と鋏は使いようってね」
ありがとうな、と手伝ってくれた白燐蟲たちを撫でる。
「圭ちゃん、バッチリ準備終わりました!」
びし、と敬礼するフールに思わず笑ってしまう。
同じように頭を撫でてやると嬉しそうな顔をするから、つられて笑ってしまう。
「せっかくだから塩焼きにしようぜ。塩って用意してあったり……?」
「もちろん! ばっちり! でも大丈夫?」
火とかさ、と心配しているのだろうが問題などあるわけもなし。
そう、俺は『放浪写真家』だ。伊達に放浪していないのである。
「まあ、こういうのは任せろって」
手慣れたものだ。
簡単、とは一言には言えないけれど慣れると、できることと出来ないことが明白になる。
そうした間をうまくすり抜けていくのがコツって言えばコツだよな。
「僕、こういう経験ないからさ。ちょっとしたことでも嬉しいし楽しいんだ」
それは自分もだ。
●見上げれば、星空
キャンプ、というのならばきっとこんなふうに、という決まりはないのだろう。
川魚の塩焼きをお腹いっぱいに食べて見上げれば、もう日はとっぷりと落ちている。
時が過ぎるのはあっという間だ。
楽しい時間であればなおさら。
見上げる先にあるのは満点の星空。
「圭ちゃん星撮らないの?」
「せっかく二人占めしてるのに?」
ファインダー越しに写った星空は、きっと多くの人々に共有したくなる光景であったことだろう。
でも、しなくてもいい。
フールは思いを秘める。
圭一は見上げる空に何を思うのかはわからない。
でも、フールにとって天上、地上何処を見ても彼以上の一番星はない。なんて、そんなこと言ったら眼の前の星空を否定するみたいでやめた。
「宇宙の旅をしてた頃を思い出すわ……」
「どんな旅だったの?」
共に寝転がって見上げた星空の光は、多分同じ光。
けれど、次の瞬間には違う光に変わるだろう。
特別ってそういうことだ。
代わる代わる。目まぐるしく。眼の前を駆け抜けていく虹彩。
一瞬のことかもしれない。
二人のどちらかではない、二人共思ったのだ。
他の誰かにとっては特別なものではないかもしれない。
けれど――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴