黒猫と狼の|夏の海の一時《サマーフィッシング》
●今年の夏も、3人で
波静かで穏やかな海の上に、大きなクジラのようなモノが浮かんでいる。
夜久・灯火(キマイラの電脳魔術士・f04331)の飛空艇『スカイ・ホエール』である。
「コレがゲームの世界の海かぁ……」
甲板の上に広げたパラソル。その下に置いたデッキチェアの上で水着姿で寛いでいる灯火には、陽光が燦々と降り注いでいた。他の世界で真夏の海に感じる暑い日差しと、何ら遜色はなく感じられる。
周囲の海は波も穏やかで透明度が高く、その深さに応じて淡い碧から深い蒼まで、様々な色を3人に魅せていた。
「ギルドで話は聞いてきましたが……いい場所ですね」
「うん、キレイな海だヨネ」
まるでアースとつく世界の南国の海のような青海原に、こちらも水着姿の結城・有栖(狼の旅人・f34711)ともう一人の有栖――実体化しているオウガのオオカミさんも、満足そうだ。
例えこれが創られた光景だとしても。
――ここはゴッドゲームオンライン。
猟兵達が1つの世界と認知し転移可能になった『究極のオンラインゲーム』の中である。
「GGOには前から遊びに来たかったんだよね。誘ってくれてありがとう♪」
ゲームの実況配信で収入を得ているプロゲーマーとしての顔も持っている灯火にとって、1世界となったゲームの中というのはやはり気になるのだろう。
「喜んでもらえて何よりです」
いつもより心なし目を輝かせている灯火の様子に、誘って良かったと有栖も笑顔を返す。
――モンスターが湧かなくなった海辺フィールドがある。
この世界のギルドを訪れた有栖が耳にした噂。
十数人から聞こえた話と、ギルドの地図から探り当てたのがこの場所。つい最近までモンスターが湧いていたそうだが、今はモンスターはおろか、他に誰もいない穴場になっている。
だからだろうか。それともゲーム世界の海だからか。
「折角海に来たんだし、BBQの食材確保も兼ねて釣りに行こう♪」
最初の内は海辺で遊んでいたのだが、テンション上がった灯火が『スカイ・ホエール』引っ張り出し、海上航行モードで青い海へと繰り出したと言うわけだ。
「どんな魚が釣れるのかな♪」
今は3人、灯火が電脳魔術で具現化した釣り竿から糸を海に垂らしている。
ついでにパラソルもデッキチェアも、電脳魔術の産物だ。
「ギルドの人の話ダト、色んな魚が釣れるらしいヨ。特に沖の方デ」
「サメはいないらしいので、安心ですね」
「この海には、サメはもういないってサ」
「サメなのに?」
オオカミさんと有栖が聞いたと言うこの海の生態系の話に、灯火が小さく首を傾げていた。
●ゲーム世界の魚達
「あ、かかったかな?」
ググッとしなり出した釣り竿に、灯火は慌てずに電脳ゴーグルから別の電脳魔術を走らせる。
竿に手を振れずにリールを巻き上げ始めると、程なくして海の中から虹色の魚が引っ張り上げられた。体長は50cm程度で下顎が上顎よりも前に出ている体形から、スズキに近い種類だろうか。
「さすがゲーム世界。見たことない魚が釣れるね」
「なんだか、灯火も普段よりテンション高めダネ」
「灯火さん、ゲーム好きですからね」
魚には珍しい色を気にするどころか声を弾ませる灯火に、有栖とオオカミさんが同じ微笑を浮かべて顔を見合わせる。
他にも、既に釣れているのだ。
そんなに深く釣り針入れてないのに釣れた、深海魚の様に透明なカサゴっぽいのとか。
黄金の鱗を持つサーモンっぽいのとか。
「……あ、デモ。沖の方は時々モンスターも釣れるって話も聞いたようナ?」
「そう言えばそうでしたね……」
そんな中、ふとオオカミさんが思い出した話に、有栖も魚を針から外しながら返す。
「へぇ、モンスターも釣れるんだねー……モンスター? この海、安全地帯じゃないの?」
「まぁ……海辺も以前はモンスターが出ていたそうなので」
驚いたように目を丸くする灯火に、有栖が返す。
「まあいいや。スカイ・ホエールにはバリア機能もあるし」
いざとなっても大丈夫だろうと、灯火は再び釣り糸を海へ投げ込んだ。
「その辺もなんだかゲームの世界って感じだね。食材にも出来るモンスターだと良いんだけど」
「その時は、お願いしますね、オオカミさん」
「あいよー。もし、大物が釣れたら風の爪で解体するヨ」
そんな会話の中で、意図せずにか3人が立てたフラグは、秒で回収される事になった。
「お? おおおっ?」
灯火の釣り竿が、急に大きくしなり始める。
慌てて竿を掴んだ灯火が糸の先に視線を向ければ、穏やかな海を割って突き出ている――背鰭。
「サメかな?」
「そんな筈は……」
サメを思わせるそれに、灯火と有栖が訝し気な視線を向けた、直後。
ザバァンッ!
今までにない大きな水音を立てて、海の中から大きな影が飛び出して来た。
その背鰭で、釣り糸を断ち切りながら。
「大きなトビウオ……いえ、マグロでしょうか?」
「うん、マグロっぽいね?」
背鰭で釣り糸を断ち切りながら上昇しそのまま空中に留まった巨大魚に、有栖も灯火も、目が丸くなっている。
「トビマグロ、ってとこかな」
体形が一番近いのは、確かにマグロだ。有栖に一瞬トビウオと見違えさせる長い胸鰭と、とにかく巨大な事を除けば。
「あれ、モンスターかナ?」
「取り敢えずお願いします、オオカミさん」
「あいヨー」
世界を破壊するような|バグプロトコル《オブリビオン》の要素は感じないが、これまで釣れたこの世界の普通の魚とは違うのも明らかだ。有栖にひとつ頷き、オオカミさんが五指を広げて腕を振るう。
風の刃がトビマグロ(仮名)へ真っすぐ飛んで行き――。
――ひょいっ。
「んナッ!?」
「……え?」
「なんと……」
クルッと空中で横回転して風の刃を避けてみせやがったトビマグロの動きに、三者三様に驚きが漏れた。
「……!」
若干、むっとした様子になったオオカミさんが再び風の刃を放つ。今度は両手の指を広げて、右腕、左腕と時間差をつけて。
最初の風の刃を再び避けてみせたトビマグロだったが、オオカミさんがそれを読んで放っていた次の風の刃は、見事に初撃を避けたトビマグロを直撃し、3枚に下ろしていた。
ポンッと3人の間に、トビマグロの切り身――と言うか柵が2つドロップした。赤身と霜降りだ。
「よしっ、食材ゲット」
「さすがです、オオカミさん」
オオカミさんがぐっと拳を握り、有栖が歓声を上げる。
「――多分、まだだよ」
けれど灯火だけは、海から視線を外してはいなかった。
「マグロに近い性質の魚系モンスターだとしたら、群れで来る可能性が」
ザバァッ! ザバァッ! ザバァッ!
ザバァッ! ザバァッ! ザバァッ!
灯火が言い終わる前に、その懸念がトビマグロの群れと言う現実のものとなって3人の前に姿を現した。
「ほら来た! 取り敢えず、バリアーON」
何処か楽しそうに、灯火がスカイ・ホエールの防衛機能を展開。光の膜がスカイ・ホエール全体を包み込む。
「こっちからの攻撃は通るから」
「オオカミさん!」
「今日のBBQは、マグロ祭りだネ!」
光の膜に構わず突っ込んでは弾き飛ばされ体勢を崩したトビマグロを、オオカミさんが風の刃でぶつ切りにし続けるのであった。
――なお、トビマグロの身は脂の乗ってるマグロと遜色なく、刺身でも焼いても美味しかったのである。
成功
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