空に一番よく似ていて、空から一番遠いもの。
「……それが、海かもしれないね」
静かな音でイリス・ペタルが零した言葉を、身に宿す名もなき薔薇たちが咲き綻んで受け止めた。
はしゃいで楽しげな薔薇たちのお喋りに耳を傾けながら、イリスは住み慣れた浮島のなかを、ゆっくりと歩んでいく。
木漏れ日の下を抜けて浮島の縁に程近いところに立つと、吹きぬけていく風が纏う白いサマードレスを空の青にひらりと舞わせた。海を泳ぐ人魚の尾びれのように、裾が青に靡く。
イリスの目の前には、眩しいほどの空の青が広がっていた。
薔薇たちが風と共に騒ぐのに、イリスも小さく微笑む。
「そうね、この世界の外で見た海の青とは違う。……あなたたち、海に行きたいの?」
問うてみると、咲いていた薔薇たちが花弁を輝かせる。思わずイリスは笑い零した。猟兵となって外を出歩くようになってから、薔薇たちは外の世界に興味津々だ。イリスにとっても、この浮島の外は新しいものばかりに見える。
この夏に新調したこの水着も、猟兵にならなければ得ようと考えることもなかったかもしれない。人魚姫をモチーフにしたサマードレス。――この島にはありもしない、空とは違う青色のせかいのおはなし。
もしもこの世界で人魚姫の物語が生まれていたら、どんな話になったのだろう。空を泳ぐ魚の――ううん。
「天使が翼をなくして人間になる……そんなお話かもしれないね」
わたしには、関わりのないものだけど。
淡々とした言葉が空に攫われていくのを見送って、よく知る青に身を預けるように、イリスは空へふわりと飛んだ。そうして一番高い場所まで飛んで、ふと羽ばたきをやめる。
途端にイリスの体は、まっさかさまに空のなかを落ちていく。慌てた薔薇たちの声に、イリスは「だいじょうぶ」と囁いた。
「海に行きたいのよね。――行きましょうか」
その言葉で、グリモアが輝きだす。
次の瞬間にイリスは違う空の青のなかにいた。浮島とはまた違う暑さと、陽射しと、潮の匂いを乗せた風に翼を広げようとして、やめる。また慌てる花たちの声に、イリスはもう一度「大丈夫」と返した。見下ろす先には、きらめく海の青色がある。落ちてしまっても、きっと心地いいばかりだろう。
海面まで、あと。
「大丈夫、わたしは人魚姫みたいに泡になったりしないから」
大きな水音と飛沫が、真夏の海にはじける。
ひらり、白い翼と尾鰭が青に泳いだ。
成功
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