2
夏空のおとしもの

#ブルーアルカディア #ノベル #猟兵達の夏休み2024 #おまかせ風見草

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#ブルーアルカディア
🔒
#ノベル
🔒
#猟兵達の夏休み2024
#おまかせ風見草


0



イリス・ペタル




 空に一番よく似ていて、空から一番遠いもの。

「……それが、海かもしれないね」

 静かな音でイリス・ペタルが零した言葉を、身に宿す名もなき薔薇たちが咲き綻んで受け止めた。
 はしゃいで楽しげな薔薇たちのお喋りに耳を傾けながら、イリスは住み慣れた浮島のなかを、ゆっくりと歩んでいく。
 木漏れ日の下を抜けて浮島の縁に程近いところに立つと、吹きぬけていく風が纏う白いサマードレスを空の青にひらりと舞わせた。海を泳ぐ人魚の尾びれのように、裾が青に靡く。
 イリスの目の前には、眩しいほどの空の青が広がっていた。
 薔薇たちが風と共に騒ぐのに、イリスも小さく微笑む。
「そうね、この世界の外で見た海の青とは違う。……あなたたち、海に行きたいの?」
 問うてみると、咲いていた薔薇たちが花弁を輝かせる。思わずイリスは笑い零した。猟兵となって外を出歩くようになってから、薔薇たちは外の世界に興味津々だ。イリスにとっても、この浮島の外は新しいものばかりに見える。
 この夏に新調したこの水着も、猟兵にならなければ得ようと考えることもなかったかもしれない。人魚姫をモチーフにしたサマードレス。――この島にはありもしない、空とは違う青色のせかいのおはなし。

 もしもこの世界で人魚姫の物語が生まれていたら、どんな話になったのだろう。空を泳ぐ魚の――ううん。
「天使が翼をなくして人間になる……そんなお話かもしれないね」
 わたしには、関わりのないものだけど。
 淡々とした言葉が空に攫われていくのを見送って、よく知る青に身を預けるように、イリスは空へふわりと飛んだ。そうして一番高い場所まで飛んで、ふと羽ばたきをやめる。
 途端にイリスの体は、まっさかさまに空のなかを落ちていく。慌てた薔薇たちの声に、イリスは「だいじょうぶ」と囁いた。

「海に行きたいのよね。――行きましょうか」

 その言葉で、グリモアが輝きだす。
 次の瞬間にイリスは違う空の青のなかにいた。浮島とはまた違う暑さと、陽射しと、潮の匂いを乗せた風に翼を広げようとして、やめる。また慌てる花たちの声に、イリスはもう一度「大丈夫」と返した。見下ろす先には、きらめく海の青色がある。落ちてしまっても、きっと心地いいばかりだろう。
 海面まで、あと。

「大丈夫、わたしは人魚姫みたいに泡になったりしないから」

 大きな水音と飛沫が、真夏の海にはじける。
 ひらり、白い翼と尾鰭が青に泳いだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年07月23日


挿絵イラスト