🍧まだ見ぬサクラの先に
●飛鳥SIDE
高校三年生の夏休み。
それは受験生にとって最も大切なシーズンであるといっても過言ではない。
といっても今日、知花・飛鳥が一ノ瀬・帝の家を訪れたのは受験勉強の為ではなかった。もちろん「やれそうだったらやる」の名目で参考書などを持ち込んでは来ているが、基本的には単に遊びに来ただけだ。子供の頃から二人は用事があってもなくても互いの家をよく行き来していた。その延長で、二人が高校生になっても、親友から恋人になっても、長期休みは自然とどちらかの家で共に過ごす事が多いのだ。
麦茶に半分ほど口をつけ、あとは何をするでもなくごろごろしていた頃、不意に帝が口を開いた。
「そういえば、飛鳥はもう志望大学は決まったのか?」
うげっ、と飛鳥はばつの悪そうな顔をした。
「あー……まだハッキリとは決まってないんやけど、今のところK大がええなぁって思ってん」
「ああ、オープンキャンパス行ってすごく良かったと言っていたところだな」
「そうなんよ。雰囲気もよかったし、先輩も先生もめっちゃええ人で……まあその、受かるかどうか正直微妙なラインやねんけど」
「まだ夏休みだ。どうとでもなる」
せやろか、と思わず呟く飛鳥だった。この頃は教師にも、そして基本的にはおおらかな親にも“そろそろ本腰入れて勉強しないと”なんてせっつかれる日々だ。勿論飛鳥なりにやっているつもりなのだが、結果はあまり芳しくはない。同じような状況でも帝だったら余裕で挽回できるのかもしれないが、飛鳥にとってはここ最近もっぱら憂鬱の種だった。
「ミカはS大って言うとったよな。俺のおつむじゃ絶対無理やわ~」
「俺も別に余裕があるわけじゃないぞ」
そもそも、帝と同じ高校に通えていた時点で不思議なくらいなのだ。彼だったら上の高校だって余裕で目指せただろうに。一年生の頃そう訊いてみたら「家から通いやすいところがよかったんだ」なんて云っていたけれど。
(ああ、そうか)
小中学校は学区で決められた学校。高校も同じ学校。当たり前のように続いていた帝と一緒の登下校は、今年で終わりなのだ。
「大学生になったら、もう一緒に登下校したり学校でダベったりすることも出来ないんやな。今までずーっと一緒やったから寂しいわー……」
帝はそんな飛鳥をじっと見つめていた。そして不意に口を開く。
「……飛鳥。前から考えていたことなんだが」
「?」
「大学生になったら、ルームシェアしないか」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。帝は真剣にじっとこちらを見つめて返事を待っている。
ルームシェア。確かに名案だ。大学が違ったりバイトが忙しくても、家に帰れば必ずミカに逢える。出発時間が近ければ一緒に家を出て、駅まで歩いて行けたりするかもしれない。休みの日には今のようにだらだらしたり遊びに行ったり、晩御飯を一緒に作って食べたりする事もあるだろう。
間違いなく帝となら楽しく過ごせると思った。けれどそれって、それってまるで。
「えっと、うん。ミカさえよければ俺からもお願いしたいくらいや。一緒に住むの……せやけど、な、なんかアレやな。なんちゅーかそういうの、し……新婚生活みたいやんな」
云ってから、照れくさくなって大袈裟におどけてみせた。
「わはは! なんつって! 何やすまんなあ恥ずかしい事云ってもうて」
だが帝はそんな飛鳥をからかうこともせず、小さく微笑んで云うのだった。
「……俺はそのつもりだったが?」
「!!?!?」
特大級の爆弾発言に、今度こそ飛鳥は顔じゅうが沸騰しそうなほど真っ赤になったのだった。
●帝SIDE
夏休み。いつものように飛鳥が家に来ていて、いつものように二人で何をするでもなくごろごろしている。
この頃学校生活と受験勉強であっという間に過ぎていた時間が今日はとてものんびりしていて、なんだか小学生の夏休みに戻ったようだと帝は思った。
すごく贅沢な時間だと感じながらも、帝は少し前から気になっていた事を訊ねてみた。
「そういえば、飛鳥はもう志望大学は決まったのか?」
飛鳥は痛い所をつかれたというような顔をしつつも答えてくれた。
「あー……まだハッキリとは決まってないんやけど、今のところK大がええなぁって思ってん」
「ああ、オープンキャンパス行ってすごく良かったと言っていたところだな」
飛鳥がK大を見に行ったと聞いてから、帝もこっそりWeb検索をしてみたものだった。確かに明るくて雰囲気がよさそうな大学だったし、サークル活動も豊富というから飛鳥には合っていそうだと感じたものだ。
「そうなんよ。雰囲気もよかったし、先輩も先生もめっちゃええ人で……まあその、受かるかどうか正直微妙なラインやねんけど」
「まだ夏休みだ。どうとでもなる」
せやろか、と飛鳥は微妙そうな顔になる。確かに飛鳥はあまり勉強が得意なほうではない。おそらく教師や親などから色々云われているのだろうが、実の所帝はただの励ましではなく本心として口にしていた。
飛鳥は成績こそよくないが、頭の回転は良い方だと思う。他人の些細な機微や変化によく気が付くし、話だって面白い。長年一緒に過ごしてきて、贔屓目なしにそう感じている。勉強が好きではないといっても、今よりもはっきりと目標が定まれば自然とモチベーションに繋がるだろうし、それでも難しければ自分が付きっきりで勉強を見ればいいとさえ帝は思っている。飛鳥と離れたくないという理由だけで高校を選んだ男の愛はどこまでも深いのだ。
「ミカはS大って言うとったよな。俺のおつむじゃ絶対無理やわ~」
「俺も別に余裕があるわけじゃないぞ」
むしろ飛鳥と正式に交際してから志望校のレベルを上げたくらいだ。しっかり勉強して、飛鳥に何があっても養っていけるようないい仕事につかなければと密かに決心していたのだった。
眉間に皺をよせて愚痴る飛鳥が、不意にしょんぼりとした。
「大学生になったら、もう一緒に登下校したり学校でダベったりすることも出来ないんやな。今までずーっと一緒やったから寂しいわー……」
そんな横顔を見つめながら、帝は数秒逡巡した。そろそろ云っておくべきだろうという想いと、ただでさえ悩んでいる飛鳥に云っていいものかという想いがぶつかりあっていた。悩んだ末、結局帝は口を開いた。
「……飛鳥。前から考えていたことなんだが」
「?」
「大学生になったら、ルームシェアしないか」
「……へ?」
素っ頓狂な声をあげた飛鳥の顔がどんどん赤くなっていく。帝は急かさず返事を待った。待っている間、これまで何度も空想していた未来をまた思い描いた。今みたいになんでもない時間を二人で過ごして。広くないキッチンで肩を並べて料理を作って。そんなささやかで、大切な日々――。
「えっと、うん。ミカさえよければ俺からもお願いしたいくらいや。一緒に住むの……せやけど、な、なんかアレやな。なんちゅーかそういうの、し……新婚生活みたいやんな」
自分で云ってからより恥ずかしくなったらしい。飛鳥が大袈裟におどける。
「わはは! なんつって! 何やすまんなあ恥ずかしい事云ってもうて」
そんな様子が可愛くて、ますます可愛いところが見たくなって、帝は微笑みながら云った。
「……俺はそのつもりだったが?」
「!!?!?」
もはや言葉にすらならない飛鳥の驚愕に、帝はついにはは、と小さく声をあげて笑った。
成功
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