ⅩⅦ≠VIXIの命題
●アスリートアース・とある商店街
「『皐月』店長様におかれましては、ごきげんうるわしゅう! メイドのご入用はありませんでしょうか!?」
その声に面を上げたのは、亜麻色の髪を持つ男性であった。
名前は『皐月』。
この『五月雨模型店』の店長をしている。
物静かな様子であったし、この模型店を舞台とした『プラモーション・アクト』、通称『プラクト』にてダークリーガーたちとの戦いを見守る大人の一人でもあった。
ここでご入用ではございません、とステラ・タタリクス(紫苑・f33899)に伝えることは簡単なことであったかもしれない。
というか、時は夏休みである。
日差しさんざめく季節。
アスファルトからは湯気が立つような暑さであった。
店内は冷房が効いている。
有り体に言って天国である。
「……唐突すぎる」
「店番ご苦労さまでございます! なにかお手伝いができないかと!」
ぐいぐい来る。
ステラは内心でサイバーザナドゥのアングラな場所で隠居生活をしている『メリサ』に詫びた。
これは浮気じゃない。
ちょっと『皐月』にお願いごとがあるからこうしてやってきているのだ。
浮気じゃないのである。心変わりでもないのである。
事実、そうである。
なんかこう、浮気じゃないということを証明すれば、既成事実としてなんかこういい具合に関係性を示すことができるのではないかというメイド術が炸裂しただけである。
べつに付き合ってるわけじゃないのである。
だが、この顔である。
どうしてそんな自信たっぷりな顔ができるんだろうか。
徹頭徹尾、自信たっぷりであった。
「品出し棚出し、『アイン』様たちの模擬戦の相手から接客までなんでもござれでございます」
恭しくカーテシーをキメるところはメイドであるが、ちょっとそれはメイドの業務を外れているような気がしないでもない。
しかも、さらりと店内を見回す。
誰も居ない。
ヨシ。
「特にないですけど……」
そう、『皐月』店長は、少し困った顔をした。
確かに『五月雨模型店』の名は世界的に知られることになった。
なぜなら、『プラクト』の世界大会で店名を冠したチームが優勝を果たしたからだ。
その宣伝効果というものは凄まじいものであったはずだ。
なのに、どうして誰も居ないのか?
「あの子達……『アイン』たちなら、今は取材に引っ張りだこだよ。それに『プラクト』を低学年の子たちに教えに行っている。随分と……成長したな、と思うよ」
「それは、それは……確かに子どもの成長は少し目を離しただけであっという間でございますからね。そうですか、『アイン』様たちはお戻りになられないのですね」
にこり。
『皐月』は不穏なものを感じてしまった。
このメイドの迫力というか圧は前から凄まじいものがあった。
べつに逃げ回っていた自覚はないが、結果的に彼女とはすれ違うばかりであった。
『あの紫メイドさん、やべーよ』
『アイン』の言葉を思い出す。
確かにヤバいと思ったが、べつに底まででもないのではないかと思ったのだ。
意気込みというか、やる気というのが時に空回りしているだけにも思えたからだ。故に、『皐月』は柔らかく笑う。
『アイン』の言うことも大げさがすぎるな、と。
「お手伝いいただくこともないし、今は暇だから……それにあなたたちには随分とあの子達が助けてもらったみたいだ。そんな理由をつけなくっても、言ってくれれ――」
「ありがとうございます! ご寛大なお心! なんとお優しい! このステラ、心に、五臓六腑に染みる思い出ございます!」
食い気味でステラがつんのめるようにして迫る。
こういうところだよ。
ガシッ、と『皐月』の手を握りしめるステラ。
目が怖い。
今日はストッパーがいない。
いつもならば、ここで勇者的な者が止めてくれるのだが、今日はいないのである。
つまり、今のステラはブレーキのぶっ壊れた暴走超特急であった。
目的意識がなければ、このまま行くとまで行くつもりだったかもしれない。そこから先は断崖絶壁だぞ。
「え、あ、うん。そんな大げさなこと……」
「いえ! そんなことはございません! どうか、どうか、私めの語るところを聞いてくださいませんか!」
「悩みがある、とか?」
「悩み……と言えば、悩みなのでしょう。ご存知の通り、私、『エイル』様を追いかけております」
追いかける?
『皐月』は首を傾げる。
ああ、と割と得心が言った顔を『皐月』はする。
「うん、大変だよね」
「すなのです! かの方の痕跡を辿ることしかできず……」
「公式からの情報が一番大切な情報ソースだからね」
同意を示す『皐月』。
彼はステラの言わんとしているところを解釈しているようだった。
「そうなのです。それにしても、そろそろ情報が多すぎてわけがわからなくなってきました」
「シリーズも随分とあるからね。マニアの人でも全部把握しきれていないんじゃないかな」
うん? とステラは僅かな違和感を覚えた。
この世界、アスリートアースには、『憂国学徒兵』シリーズと呼ばれるアニメ作品が長く続いている。
そのアニメシリーズの展開がステラにとっては、どうやら他世界での出来事を記したものである用に思えてならなかったのだ。
元祖『憂国学徒兵』はクロムキャバリア世界の過去の出来事を展開していた。
その物語性は、過去のクロムキャバリアにて起こっていた物事なのかもしれないと彼女は当たりをつけていた。
それだけではない。
「加えて『セラフィム』のことも」
「ああ、主役メカだからね。バリエーションが多くて……最初は一騎だけだったのに、いつのまにか九騎に増えるからね。シリーズを重ねるごとにいろんなデザインが生まれて商品展開すごいよね」
『セラフィム』――『憂国学徒兵』シリーズに登場する人型戦術兵器の名である。
『アイン』たちがアスリートアースにて『プラクト』の競技に使っていたプラスチックホビーの名前でもある。
奇妙な一致である。
ステラは思う。
この、しあわせなゆめをみるような世界、アスリートアースならば『皐月』の協力を得られるのではないかと。
だが、この口ぶり。
己の言葉と微妙に噛み合わぬ会話。
自分はこれまで見てきた、体験した事実を元に会話をしている。
けれど、眼の前の『皐月』は違う。
アニメシリーズ『憂国学徒兵』の話をしているのだ。
ブラフだろうか。それとも、とステラはカマをかけようとしてやめた。
亜麻色の髪が揺れ、黒い瞳が自分を見ている。
試されているわけではない。
ならば、と彼女は口を開く。
「『戦いに際しては心に平和を』」
その言葉はクロムキャバリアでの戦いで耳にした言葉だ。
『セラフィム・エイル』――赤い『セラフィム』――ロボットヘッド『エイル』と合体した頭部のないキャバリア『アスラ』から放たれた言葉。
だからこそステラは、この言葉が『フュンフ・エイル』の遺した言葉であると思ったのだ。
だが、違う。
最初に、と言うのならば別世界。
常闇の世界ダークセイヴァー似て、別の人間が、存在が発した言葉である。
「ああ、シリーズDSだね。うん、あれはとてもダークな……意欲的な作品と言えば良いのかな。どこまでも残酷な世界観で賛否両論あるんだよね。あの主人公……スターシステムで言うところの」
「『パッセンジャー』様、いえ『サクラ』様」
「そう。彼のキャラクター性を考えると、あれだけ強靭な精神性がないと物語が成立しない、ということだったのかもしれないね」
違和感。
『パッセンジャー』とは、ブルーアルカディアの超人皇帝の名である。
屍人帝国『オーデュボン』を率いていた……いや、あれは率いていた、というよりも、その身に纏う超機械の絶大な力にオブリビオンたちが引き寄せられるように軍勢を形成していただけに過ぎない。
あの超人皇帝にオブリビオンを率いていた、という自覚すらなかっただろう。
ただ己の意に沿うように、恐怖でもってオブリビオンたちが縛られていただけに過ぎないのだ。
故に、と思う。
同じ名前を持つ者がダークセイヴァーに居た、というのが僅かに引っかかる。
「『フュンフ・エイル』の血統については、どう思われますか?」
「ストーリー上、彼の血統は二つに別れるよね。一つは『八咫神国』の『帝』に連なるもの。『憂国学徒兵』の勢力を取り込もうとした小国家の戦略と言えば、そうなのかもしれないけれど……あれも悲恋と言えば、悲恋なのかもしれないね」
「悲恋」
ステラは僅かに眉根が上がる思いだった。
『フュンフ・エイル』の血統はクロムキャバリアにおいて二つ。
事実、すでに滅びてしまった小国家『八咫神国』においては百年前から脈々と『悪魔』とも『救世主』とも言われた彼の血筋が連なっている。
それ故に周辺小国家に比べて平穏たる歴史が積み重ねられていた。
が、同時にそれは周囲に要らぬ圧力を与えていたというのも頷けるところである。
そして、もう一つの血統。
「シリーズCCは、百年経ったあとの話だけれど。そこで明かされた主人公の出自には驚かされたよ。まさかファーストシリーズの……」
「『ハイランダー・ナイン』のヌル・ラーズグリーズ様の御子息」
「そう。ミスリードもあったけれど、驚きの展開だったね」
「であれば、シリーズBAの」
ステラは違和感を感じながら『皐月』の言葉に乗っかるようにしてアニメ『憂国学徒兵』シリーズのストーリーラインから彼の所感を聞き出そうとする。
彼からすれば、ただのアニメの与太話だ。
けれど、ステラには、それが重要なことに思えてならなかったのだ。
彼女が最初にであった亜麻色の髪の少年『エイル』。
そして、彼を護るようにして旅をしていた青い鎧の巨人『ヴィー』。
「あの少年は『エイル』は、『フュンフ・エイル』なのでしょうか」
「名言はされていないけれど、同一人物なんだろうね。前日譚と言えば良いのかな。初めて『憂国学徒兵』のプレストーリーが展開した感じかな。放映当時はネタ切れなのか、とか色々言われていたみたいだけれど、ストーリーが進むにつれてシリーズDSとの関連性も見受けられて、僕は好きだったな」
前日譚。
彼の言葉を信じるのならば、クロムキャバリアに突如として現れた『フュンフ・エイル』は亜麻色の髪の少年『エイル』が成長した姿ということになる。
ステラは概念的には繋がっているが、どうにも同一人物とは思えなかったのだ。
彼女の知る少年は、純朴そのものだった。
汚れをしらない少年。
けれど、もしも、シリーズBAがシリーズCCの前日譚ならば、彼は戦乱の世界に擦れていった、とも考えられる。
「あの、店長は『セラフィム』をどうお考えになられますか?」
核心は此処だった。
ステラが問いかけたかったことは、ここに集約される。
『セラフィム』――戦術兵器である。
「ファーストシリーズでも、明らかに他のキャバリアとは異なる数世代先を行っている技術力で建造された、と言われていたね。デッドコピーの『熾煌』でさえ、あの性能だったんだもの。その謎もシリーズSSWで明かされたし、続編のSOWでも語られていたけれど……」
「そもそもが数代先どころか、別世界の技術で生み出された兵器である、と」
発祥は星の海。
即ち、スペースシップワールド。そして、そのスペースシップワールドをも内包する世界、スペースオペラワールド。
『セラフィム』は成長する兵器というのがステラの見解であった。
そして、成長する要因は『プロメテウス』――『エイル』である、と。
だが、星の海の物語は、それとは異なる見解を示していた。
「まだシリーズで語られていないところがあるのかもしれないよね。結局、シリーズを通して主人公の乗騎となるのは遡っても第五世代『セラフィム』、『熾盛』が最も古い。第一世代から第四世代の情報はまだないんだよね」
「進化していると思われますか?」
「どうかな。あれは、きっと進化という世代の重ね方じゃないんだと思う。うーん……なんて言えばいいのかな」
『皐月』は少し困ったような顔をした。
彼の中でも結論はでていないし、公式から名言されているわけでもないからなのか。
「ここからは僕の私見だけれど」
「どうぞ、なんなりと」
「じゃあ、失礼して。『セラフィム』の世代は……きっと人生の歩みなのかもしれないね。スフィンクスのリドルのようにね」
朝は四つ足。
昼は二本足。
夜は三本足。
答えは人間であるというリドル。
ステラはその言葉を聞き、彼女が遭遇した『セラフィム』を思い返す。
第五世代は『ヴィー』。自我あるが、未成熟。
第六世代はクロムキャバリアにて消滅した巨神『セラフィム・シックス』。自身の意志を持つかのように搭乗者を選ぼうとした機体。
そして第九世代は星の海、即ちスペースシップワールド、スペースオペラワールドにて『バイ・スタンダー』と呼ばれるウォーマシンめいた種族として、完全なる悪性と善性という二勢力に分かれて争い続けている機体。
そして、彼女が遭遇したわけではないが、ある情報リソースから得た第十七世代『セラフィム・ヴィクシィ』は過去、原罪、未来において最強の『セラフィム』。
未だ搭乗者を必要としながら技術の円熟、その絶頂にありし第十八世代を凌ぐ『セラフィム』。
第三十五世代は意志持たず、十分なサイキックエナジーを得ることもできずに、不滅なる存在デウスエクスに打倒されるばかりの存在。
そして、最後にあるのは『バイスタンダー』である。
サイバーザナドゥにて確認された巨大企業郡『ティタニウム・マキア』の最奥にひされていた鋼鉄の青い巨神。
それば『バイスタンダー』であった。
多くのサイコブレイカーたちの持つサイキックエナジーを吸い上げることで維持される生ける屍の王、それが『バイスタンダー』であった。
これもオブリビオン化し猟兵に打倒されている。
これは最終世代だと『メリサ』は言っていた。
「『セラフィム』と言えど、老いる。盛者必衰のようにね。天頂に上り詰めたのなら、あとは緩やかに降りゆくのみ、という人生観みたいなのを表現しているんじゃあないかと僕は思うんだ」
だから、と『皐月』は言う。
シリーズCCにて最終話で敵として現れた『セラフィム・エイル』はきっと幼年期の終わりを表現していたのではないか、と。
「その意味では、転換期は第九世代、ですか?」
「うーん、縮退炉を有しているからね。出力が違うっていうのもあるんだろうけれど……」
「その意味では第三十五世代があまりにも弱すぎる気がします。そして、最終世代の生ける屍、『バイスタンダー』は」
「縮退炉がないから、他者のサイキックエナジーに頼るしかないんだろうね。あのおびただしい数のケーブルは、延命措置を施されている老衰を待つしかない老年期を表しているのかもしれないね」
「ですが、意志のようなものを感じさせていました」
「きっと吸い上げたサイキックエナジーに残っていた誰かの意志が混ざって、そんなふうに反射を見せていただけ、なのかもしれないよ。名言はされていないけれど」
となると、とステラは頭を抱える。
やはり情報が多すぎる。
まとめているつもりでも雑多なものに変わっていく。
「すみません『皐月』店長様、お付き合いさせてしまいまして」
「ううん。構わないよ。僕も楽しいし」
「そう言えば、『セラフィム』の色は何を意味しているのでしょう?」
彼女の見てきた『セラフィム』は殆どが『赤』と『青』に分かたれていた。時には斑のように『赤』と『青』の両色も居た。
混ざり合うような装甲の色を持つ機体も。
だからこそ、思うのだ。
「うーん、シリーズDSで血で出来た『セラフィム』もいたけど……あれは残穢だったわけだし」
ステラは思い出す。
あの戦いに自分は濃厚な『エイル』の香りを感じていた。
むせ返るような、とさえ思えたのだ。
血の一滴でも誰かの助けになるように、と誰かが願ったのならば、その願いは果たされたとも言えるだろう。
そして、『キングブレイン』との戦いもステラは思い出す。
『日直式キングブレイン四天王』として現れた『ハイランダーナイン』たち。
彼らをして『エイル』は、『フュンフ・エイル』は『何処にでもいるし、何処にでも居ない。此処にはいないけれど、確実に居るとわかっている』と告げられた。
「『生きた』という言葉は、面白いよね。『生きた』ということは『生きてはいない』ということ」
「『皐月』店長様?『セラフィム』の意志はどこから生まれるのでしょうか?」
ステラは思う。
技術的なことを思うのならば、縮退炉の有無が意志の発生を分かつのだろうか。
エネルギーが必要なのか。
だが、人は生まれながらにして意志を宿している。
エネルギーという生きる生命を消費して得られるもの、というだけでは説明のつかぬ意志を誰もが持っている。
「『セラフィム』は兵器としての『力』しかもたず、されど善性か悪性かだけでは、その力を使いこなせない。乗り手……善性と悪性に揺らぐ良心があって初めて『セラフィム』は『セラフィム』たり得るのではないでしょうか」
「悪性と善性とに揺れるのが良心だっていうのなら……それ自体に力はないよ。重要なのは、それを感じ取る事のできる心があるということだから」
「ですが」
『その言葉を君は誰から聞いた? 何故気が付かないフリをしている?』
その言葉が頭に浮かぶ。
そして、銀の雨降る世界、シルバーレインにてオブリビオン『ジャック・マキシマム』から言われた言葉も浮かぶ。
『過去になったものしか引っ張り出せないのだから、過去になっていないものは引っ張り出せない』
ならばおかしい。
時間の流れが、時系列というものがステラの中で噛み合わない。
このアスリートアース世界にて見たアニメシリーズの内容とも齟齬が生まれていく。
過去、現在、未来において最強であるのが『セラフィム・ヴィクシィ』であるというのならば、この『セラフィム』だけが何処にも表出していない。
最終世代すら現れ、オブリビオンと化しているのに。
『それ』だけが何処にも現れていない。
「……私の『エイル』様は、|骸の海に落ちていない《過去になっていない》」
結論は其処に行き着く。
ならば、数多の世界に存在している『エイル』の香りを宿す者たちは一体何なのか。
『エイル』という存在は果たして最初から、そうなのか。
答えは否である。
エンドブレイカー! 世界では赤き宝石、万能たる願望を叶える宝石『エリクシル』によって仙人『熾天大聖』は『願い』を叶えられた。
それによって発生したのが『エイル』という『平和』という願いを叶えるための存在ならば、『分かたれた存在』なのだろう。
サイバーザナドゥの『メリサ』も、そのうちの一人なのだろうことは想像に難くない。
彼は言っていた。
『分かたれた存在を感知したりは出来ない』と。
それは『願い』によって分かたれた存在を感知できたりしない、ということだったのかもしれない。
そもそも彼の出自が『サイバーザナドゥ』を『平和』が訪れた残穢ではないのかもしれない。
『俺は、『此処』にいた僕らとは違う。もう違う。決定的に違ってしまっている。だから、もうわからない。俺と彼らはもう『違う』からな』
『此処』とは、彼のいた場所を示す場所でもなければ分岐点でもない。
『此処』と呼ばれる古代プラントを有する集落がクロムキャバリアにはあった。まさかとは思うが、ステラは『メリサ』の言う『此処』とは、その集落を示すものであるのかもしれないと思い至る。
『此処』と呼ばれる古代プラントを有する場所には無数の亜麻色の髪を持つクローンたちが存在した。
古代プラントを巡る事件で彼らのうちの一人が異なる行動を取っていた。
その彼が『メリサ』なのか。
彼らと『違って』しまった、爪弾きにされてしまったから、『此処』にはいられなくなったのか。
そうして神隠しによってたどり着き、青年へと成長したのが『メリサ』なのならば。
つながりは生まれるが、時系列が合わない。
時の流れは本当に一定の速度を持っているのか。
「……『皐月』店長様。あなた様は」
「うん?」
「いえ、やめておきましょう。あなた様は、あなた様なのですから」
それは失礼な言葉のようにステラは思えたのだ。
この世界にも『エイル』は訪れていたのだと思ったのだ。
恐らく訪れているだろう。
けれど、残穢のように結果だけが残っているのかもしれない。他の世界でもそうなのかもしれない。
シルバーレインでは中年の年齢に差し掛かる先生と呼ばれるものがいた。
戦うことのできない年齢だ。
数々の世界で、異なる年代の『エイル』が残像のように残されている。
それが何の意味を齎すのかステラにはまだわからない。
なら、『五月雨模型店』の『皐月』もそうなのかも知れないと思ったのだ。
けれど、彼の名前の読みは『さつき』と読む。
『サツキ』――『サツキ・ラーズグリーズ』は、『フュンフ・エイル』の血統の一つ、直系とも言うべき少年の名前と同じである。
違和感。
そう、彼は『エイル』の残穢ではない。
『フュンフ・エイル』がそうであったように、『サツキ・ラーズグリーズ』も多くの世界を旅路として進む存在である。
彼が『フュンフ・エイル』の直系であるというのならば、その『願い』が受け継がれていてもおかしくはない。
「いえ、ここは『しあわせなゆめをみる』世界だったということを思い出しただけでございます。長話、閑話でなかったことを祈るばかりです」
「そんなことないよ。また話せるのなら、話したいな」
そう言って笑む表情は柔らかく、優しげだった。
ステラは、その表情に幼き頃の『エイル』少年の面影を見たかも知れない。
「……そう言っていただけると嬉しいです。それでは、またお手伝いできることがございましたら、この有能なるメイドに|ご用命《オーダー》くださいますように」
一礼してステラは『五月雨模型店』を辞する。
冷房の効いた店内から外にでれば、むわりと熱気と湿気がステラを襲う。
嫌な暑さだ。
じわる、と胸の奥から湧き上がるものがあった。
一つの言葉を思い出したからだ。
時間遡行特訓能力を持つフォーミュラ『時宮・朱鷺子』の言葉。
『しかし、君。『彼』を主人と定めるのは本当なのかい? あの現代の『プロメテウス』――『怪物』を主人とするのか?』
関係ない。
自らが定めた主人を疑うことなどない。
現代の『プロメテウス』――『怪物』。
例え、如何なる言葉で己が道を妨げるのだとしても、ステラは止まらない。止まらないと決めたのだ。
故に、彼女は空を見上げる。
青い空が続いている。
どこまでも遠く続く空。
その青さに涙が湧き出すようだった。あの大空の世界を思い出したからかもしれない。
あの世界でであった少年は今も旅路を往くのだろう。
『悪魔』と呼ばれたのは、間違いではない。
きっとそれは、『熾天大聖』という多くを救う『救世主』としての在り処の根本であったはずだろうから。
そして、『悪魔』とは『勝利の悪魔』であることの残穢であろう。
『悪魔』は概念を司る。
『勝利の悪魔』は名が示す通り、絶対『勝利』を齎す存在。
「裏返せば、それは勝利以外をもたらせないという意味を持つのですね」
故に、悔恨が『エリクシル』に付け入られたのだろう。
勝利の果てにもたらしたかったのは、きっと『平和』であろうから。
「それは切なる願い」
『エリクシル』は歪めて叶える存在。
彼が願った『平和』は『争い』なくば得られない者へと変じてしまった。
片時の平和すら許さぬ『争い』を生み出すものへと変質した彼の潔斎航路の軌跡は世界に刻まれているのだろう。
その罪が許されるのかはわからない。
消えることのない罪なのかもしれない。
「……追いかけましょう。どこまでも」
その道の果てが滅びにつながるのだとしても、『今』ではないと理解しているから。
「だから、言わないで下さいませ」
『生きた』なんて――。
成功
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