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夏雲は遠からじ

#アスリートアース #ノベル #猟兵達の夏休み2024

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天白・イサヤ




●浮足立つ
 人は浮かれた時、どうにも地に足がつかないような気分になるのだという。
 そういう意味では『浮足立つ』という言葉は誤用に尽きるように思えた。
 べつに不安や恐怖を覚えるわけではない。
 が、時にその言葉は落ち着きがないことを示すこともある。

 どちらにしたって天白・イサヤ(紫炎雪・f43103)には、いまいちしっくり来ないものであった。
 夏だからといって浮かれることなんてない。
 確かにアヤカシエンパイアを離れて、他の世界……此処はアスリートアースと呼ばれる世界であるそうなのだが、こういう別世界を見て、それこそ両方の意味で浮足立つことなどないのだ。
 己は式神である。
 主のために働くもの。
『平安結界』を維持するために誕生した存在なのだ。
 主がそうであるように、自らもそうする。
 当然だ。

「……これは、なんというものだ?」
 イサヤは水着コンテストの会場にある出店を一つ覗き込む。
「これかい? まだ泳ぐことのできない小さな子のための浮き輪だね」
 出店の店主らしき屈強な肉体を持つ者が告げる言葉にイサヤは、ふむ、と一つ頷く。
 つまりは補助具、か。
 己が主は泳げない。
 ある意味当然だ。彼女はそうしたものと無縁であったのだから。
 とは言え、興味がないわけではないらしい。
 川遊びというのは常に危険がつきまとう。
 なら、この浮き輪なるものがあれば、主も安心して川遊びに興じることができるかもしれない。
「一つ……いや、二ついただこう。赤と青のものを」
 店主から浮き輪を二つ購入して五腕ある一対の腕で抱え込む。
 こういう時、多腕であるということは便利だ。

 主への土産は出来た。
 いや、待てよ、と思う。
 主は己の経験したことを喜ばしく思って聞いてくださる。
 猟兵としての力に目覚めた己は確かに『平安結界』の維持に心血を注ぐべきであるが、こうした他世界を訪れることがあれば、もっと主に手土産を、と思うのは自然な流れであった。
 となれば、話は簡潔であった。
 他の者たちが手にしているものに興味示す。
 本来のイサヤならば、殆ど起こり得ないことだった。が、今のイサヤは大義がある。そして、夏である。
 不思議なもので、夏の魔力は式神であるイサヤにさえ開放的な、それでいて欲求めいたものを生み出してしまったのかもしれない。

「そちらはなんというものだろうか」
「抹茶ラテだけど? プロテイン入りの」
「抹茶、らて。ぷろていん」
 聞き慣れない言葉だ。
 だが、興味がある。
「これは抹茶とバニラの豆乳アイスクリームね。こっちもプロテイン入り」
 イサヤは、アスリートアースの食べ物には尽く、この『プロテイン』なるものが入っていることに驚愕する。
 味付けなのだろうか?
 だがまあいい。
 情報は手に入れた。
 なら、あとは入手して持ち帰るのみ。

「かたじけない」
「いいや。せっかくの水着コンテストだからな。楽しんでよ」
 イサヤは伝え聞いたアイスクリームなるものを求めて出店へと出向く。
 足取りが軽い。
 浮き輪を持っているせいか?
 いや、違う。
 単純にイサヤが浮かれてしまっているのだ。
 あれもこれも、と主への土産を見繕うことに夢中になってしまっているのだ。
「持ち帰りたいのだが、日持ちはするだろうか」
 そう、イサヤは確かに浮かれている。
 けれど、その根底にあるのは、やはり主のことなのだ。
 そうして彼は多くの土産と土産話を主の元へと持ち帰る。

 だが、最も主が喜んだのは、イサヤがアスリートアースで来た水着姿であった。
 それはきっと彼が心の底から望んだものであったろうし、そうしたことが主の喜びに繋がったのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年07月21日


挿絵イラスト