Kick Back!!!
●夏休み
武蔵坂学園のおにーさんおねーさんたちは、なんだか夏休みが始まってホッとしているようだった。
なんで? と尋ねるとどうやらテストというものをやっつけたらしい。
倒せるんだ、テスト。
此原・コノネ(精神殺人遊び・f43838)は、年長者の灼滅者たちが一様にげっそりしているのを見て、これは大変な強敵との戦いだったのだと思う。
ならもっと楽しいものであると思ったのだけれど、やっぱり違うらしい。
コノネがまだ子供だからわからないだけなのかもしれないと言うと、おねーさんおにーさんたちは深く頷いた。
歳を重ねるとわかるようになるよ、と言われた。
すぐにわかりたいけれど、そういうものなのだと納得した。
「じゃあ、お散歩いってきまーす」
「待て待て待て待て!」
「だめだめ、今日はやめておこう?」
おにーさんおねーさんがそう言って止めるものだから、コノネは一つ頷いてやめた。
気温計が示すは、37℃。
流石にやばすぎる、とおにーさんおねーさんたちが言う。
そうかな?
「じゃあ、図書館は?」
なら、いいんじゃないかな、と彼らは頷く。
冷房効いているから、きっと涼しいだろう。
外を出歩いて熱中症になるよりはマシだと思ったのだ。というか、人類全てがエスパーに変わっているのだから、熱中症位はどうにでもなりそうな気がする。
だが、やはり昔からの慣例というものがある。
死ぬことはないにしても、死ぬほどしんどいのならば、やはり熱中症などにはならない方が良いのだ。
「いってきまーす」
「気をつけてね。お水、飲むんだよ」
「塩分タブレットもね。飴もあげるから。多めにね。もし、しんどそうな人がいたらあげるんだよ」
そんなふうにしてコノネは送り出される。
コノネにとって武蔵坂学園のおにーさんおねーさんは、わりと大切な人たちだ。
復活ダークネス、オブリビオンと『遊ぶ』と褒めてくれるし、オレンジジュースだってくれる。
こうやって心配をしてくれるけれど、やっぱり学校がお休みの夏休みは暇なのだ。
どこかに出かけたいけれど、ああやって無為に心配をかけるのはなんか違うなって思ったのだ。
「おひさまだってへっちゃらなのにね」
コノネは自分の掌を貫くような陽の光を見つめて、歩みだす。
水筒ヨシ。
塩分タブレットもヨシ。
飴ちゃんもヨシ。
それじゃあ、出発進行――!
●図書館
涼しい場所、と言ったら図書館である。
というのは学生だけの特権であったかもしれない。いや、別に学生だけに解放されている施設ではないのだけれど、なんというか、図書館に一番近しい身分とはなにか、と問われたのならば、やはり学生が最も近しいのだと思う。
「ボクちゃんは学生じゃないけどねー」
レーヴクム・エニュプニオン(悪夢喰い人・f44161)は図書館のひんやりした空気に息を吐き出す。
外はとんでもない暑さだった。
ダークネスだとか灼滅者だとか全く関係ない。暑いもんは暑いのである。
「さて、と。確か今日だったよね」
レーヴクムは図書館の掲示板を見上げる。
そこに記されていたのは、この建物の二階にある映画上映室の日程だった。
そう、この図書館は二階に映画の上映室があるのだ。
上映室、と言っても最新の映画が見れるわけではない。良く言えばクラシカルで古典的な名作。悪く言えば、もう今さら見るまでもない古い作品だ。
レーヴクムは、この映画を目当てに図書館にやってきていたのだ。
「うんうん、日程通り。時間まではー……」
時計を見やれば、上映開始までもう少し時間がある。
時間を潰すには、図書館は事欠かないだろう。
とは言え、レーヴクムはそこまで図書館の書物に興味があるわけではなかった。
物語にせよ、智識にせよ、彼が常日頃パトロールしているソウルボードの方が真に近い。だから、今更文字に記された書物が彼にとって刺激的なものであるのか、と問われるときっとそうではないだろう。
「……のんびりしてよっかな。まだ体あっついし」
ぱたぱたと外の暑さに湯だった体を冷ますように仰ぐ。
すると、そこに見た顔があったのだ。
一瞬、見間違いかな、と思ったのだけれど、どうやら本物らしい。
「コノネちゃん!」
「あ、レーヴクムおにーさん!」
目止めがバチッと合う。
火花が散ったように思えたのは、それが互いに運命的なものに思えたからだ。
ただ、ばったりと出くわしてしまった偶然なだけなのだが、こうも連続して出会すと偶然ではないものを感じてしまう。
「おにーさんは何をしてるの? お勉強? おにーさんおねーさんたちは夏休みは、図書館でお勉強するものなんでしょ? じゅけんせんそーって言ってたよ」
「ぶっそうだなー。ううん、僕はお勉強というよりはね、映画を見に来たんだよ」
「えいが?」
「そ、知らない? 映画。面白いよ。人が自分以外の役割を演じてストーリーを作り上げていくのさ。滑稽だね」
レーヴクムの言葉にコノネは首を傾げる。
よくわからない。
けれど、彼が面白いよ、といった言葉の方が余程興味を惹く言葉だったのだ。
コノネの体が小刻みに上下している。
足踏みしている、とレーヴクムは見やる。
なんで?
でも、彼女の様子を見ていると少しは興味が惹かれているのだろうな、と思えた。
「……よかったら、一緒に上映会行かない?」
「いいの?」
「うん。なんだか誘ってみたいなって思ったんだ。おっと時間だ。ちょうどよかったね」
レーヴクムは時計を示してから、二階の上映室を指差す。
もうすぐ上映会が始まるのだ。
館内アナウンスが響き渡り、彼の言う通り上映が始まることを告げる。
あまり他の来館者たちは動かなかった。
そこまで興味がないのかも知れないし、何なら映画というものはお金を払ってみるべきエンターテイメントであると思っているのかも知れない。
二階に動き出したのはレーヴクムとコノネだけだった。
上映室は割と凝っていた。
街中の映画館のように全てが上質なものとは言えなかったけれど、座席はそれなりに座り心地がよかった。
「おにーさん、これ」
「ん? なにこれ?」
コノネが隣に座って、飴玉を差し出している。
くれるのかな?
「あめちゃん。おにーさんおねーさんたちがくれたの。多くもらったから」
「ありがとう」
コノネは早速包みを開けて飴玉を口に放り込んでいた。包み紙を広がして畳んでいく。折り紙というわけではないらしい。
ただ、綺麗にたたむだけだった。
そんな様子を見て、レーヴクムはなんと無しに心が弾むのを感じた。
……どこかで……?
わからない。
何がどうなのかもわからない。
けれど、コノネも同じ様子だった。
暗転する上映室。
スクリーンに光が投射される。
それだけでコノネの足が揺れている。楽しいからそうしているのだろう。
でも、コノネ自身も理由はわからなかった。
どうしてこんなに自分の足が動くのか。
楽しいと思うことは、オブリビオンと戦う時以外では、そんなにない。
でも、どこかで……
わからない。
互いに頭に疑問符が浮かぶ。
それを如何にして解消するのか、その術すらわからないまま、映画は進む。
そして、上映が終わると二人は別れる。
別に次の約束なんてないけれど。
「またね!」
「うん、またね」
口約束は約束じゃないのかもしれない。
けれど、それでもそう言わないと、と互いに思ったのだ――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴