シェイブド・コーデ
●夏イベ
今年も夏がやってきた!
月日が巡れば当然のようにやってくるのが夏である。
とは言え、統制機構に管理された現実では巡る季節とは真っ先に廃されるものであったことだろう。
変わらないことが良いこと。
それ以上でもなければ以下でもない。
現実は灰色。
故にゲームプレイヤーたちはゲーム世界、ゴッドゲームオンラインに現実以上を求める。
「急げ急げ! 山脈エリアから氷を運び出せ!」
ヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)はゴッドゲームオンラインにてバグプロトコルによる事件の折に己が管理するトイツオック地方にて行われるイベントを思いついていた。
夏といえば、かき氷である。
そして、事件にて体験した温泉。
あれはよかった。とてもよかった。夏だと言うのに温泉はとても心地よかったのだ。
「そんな言われても運びきれないよー!」
ノンプレイヤーキャラクターの妻たちが悲鳴を上げている。
山脈エリアの洞窟に存在していた氷。
これを運び出してイベントアイテムにしているのだが、これがまあ、追いつかない。
恐るべきはゲームプレイヤーたちの攻略速度であろう。
圧倒的な速さでゲームプレイヤーたちはイベントクエストにて出現するエネミーを駆り尽くしていくのだ。
限定ドロップアイテムの氷が追いつかない。
「どうするの? このままじゃ……」
「うーん……」
ヌグエンは唸る。
まさかここまでイベントクエストというのはゲームプレイヤーたちにウケるものだとは思わなかったのだ。
はっきり言って想定外である。
こんなにもあっさりとイベントアイテムの氷が尽きてしまうとは思わなかったのだ。
「いっそ、俺様の能力で水を凍ら……いや、凍りながら燃えるのか。意味ないな、これ」
いくつか代案が思い浮かぶが、どれもこれも対処呂法でしかない。
抜本的に解決しなければ、イベントクエストは失敗してしまう。
それはヌグエンにとっても避けたいところであった。
「下手に温泉イベントを組み込んだのがいけなかったのか?」
「いいえ、温泉は必須でしょ!」
「そうだよ! 温泉は必須!」
「むしろ、温泉がなければイベントクエストを作った意味がない!」
妻たちの剣幕にヌグエンは驚く。
そんなに温泉気に入ったのか、と思う。
ならばこそ、この事態をなんとかしなければならない。
頭を捻る。
考えろ、考えれば、きっと良い案が浮かぶはずなのだ。
事件の折、イベントクエストをポコポコと生み出していた『バズリトレンディ』のことを思い出す。
「いや、あれは参考にならんな」
してはならないタイプの存在だ、あれは。
どう考えてもおかしな方向に舵取りされてしまうのが目に見えていた。
ヌグエンは考えた。必死に考えた。
頭をフル回転させる。
山脈エリアの洞窟にある氷は尽きかけている。
そもそもエネミーにこの氷がドロップするようにしていたのが悪かったのかもしれない。イベントアイテムとなればゲームプレイヤーは躍起になってこれを狩る。
それはもうやりすぎだろうっていうくらい狩るのだ。
更に悪いことにトイツオック地方は初心者用のエリアだ。
だからこそ、あまり強いエネミーは用意できない。
初心者でもイージーにエネミーを倒すことができるのが、ここの特徴なのだ。それを失っては本末転倒であろう。
「どうしろってんだよ……いや、待てよ?」
普通のエネミーしているから、簡単に狩られてドロップアイテムの氷が尽きてしまうのだ。
貯蔵も心もとない。
最終手段は別エリアからトリリオンで氷を調達することだが、はっきりいって此方のエリアが財政難に陥りかねない。
「なら、エネミー自体をカキ氷にしちまえばいいんだよ!」
「どういうこと?」
「頭、『バズリトレンディ』さんになっちゃった?」
一部、妻の風評被害が熱い。
が、言わんとしていることもわかるのが悲しくも『バズリトレンディ』の印象だった。アイツはメチャクチャである。
「違う。ドロップアテムを用意するから、底を尽きかけているんだ。なら、エネミー自体をカキ氷にしちまえば……!」
「あ、そっか。氷アイテムは必要なくなるよね!」
「そういうことだ。となれば、急いで……ああ、ダメだ。氷モンスターデザインが思いつかねぇ!」
「あのさ、現実では夏はさ、こういうスイーツが流行ってるんでしょう? なんかゲームプレイヤーの人たちが話しているのを聞いたんだけど」
妻の一人が画像を展開する。
底に表示されていたのは、赤、青、黄色、緑、紫といった色とりどりの山なりになった氷のスイーツであった。
俗に言うカキ氷である。
「シロップで味が違うのかと思ったんだけど、これ味は一緒だったよ。匂いで感じ方を変化させているなんて面白いよね」
「それだ!」
ヌグエンはすぐさま、妻の示した画像をキャプチャして取り込む。
エネミーデザインはシンプル。
カキ氷にミミックのように手足が生やす。
いちご味、ハワイアンブルー味、レモン味、メロン味、紫芋味。
色のバリエーションだけでも種類が用意できる。
「いいわね。これなら氷を消費しなくってもいいわ」
「だろう? よし、イベントクエスト、アップデート!」
ヌグエンは告知バナーを更新する。
『カキ氷モンスターを退治しろ! 色によって味が違うぞ!』
「え、食べるの?」
「むしろ、食べようとするだろう。魔喰者のジョブのやつだっているんだから」
「体冷えないかな?」
「そのための温泉だろ」
「自然と温泉に入る動線も用意できていいね。これなら、急にトチ狂ったイベントクエストってゲームプレイヤーの人たちに言われなくて済むよ!」
「いよーしっ! 早速食いついてやがる!」
ヌグエンの言葉通り、ゲームプレイヤーたちは更新されたイベントクエストに殺到している。
しかも、それだけではない。
ゲームプレイヤーたちはヌグエンたちが思う以上に予想外の行動にでていた。
「な、なんだ、あいつら……」
「もしかして、色違いのエネミーを混ぜてる?!」
「嘘でしょ!?」
そう、それはヌグエンたちの用意していたイベントクエストではない。
ゲームプレイヤーたちが勝手に主導して行っているイベントだった。
その名も『自分色、味のカキ氷を作ろう!』であった。
「おいおい、どうしてこう連中ってのは俺様の予想の斜め上を行くんだろうな!?」
「早食い競争も始まってるよ!?」
「あはは、頭キーンってなってる!」
ゲームプレイヤーたちは、イベントクエストの枠組みを越えて、自分たちが用意したものを楽しんでいる。
「温泉は水着着用必須って表示してる?」
「それはもちろん! ちゃんと他所様のイベントクエストで学習済み!」
「ふふ、早速温泉に飛び込んでる」
示す先にあったのは、温泉エリアに飛び込むゲームプレイヤーたちだった。
あれだけカキ氷をかきこめば、そうなろうというものだ。
「はぁ……一時はどうなるのかと思ったが、なんとかなるもんだなぁ」
「じゃあ、イベントクエストが終わったらみんなで最後は温泉に入ろうよ!」
「さんせー!」
ヌグエンは妻たちの言葉に頷く。
夏の風が吹いたような気がした。
このゲームの世界では様々なことが自由にできる。
けれど、ヌグエンは思う。
ゲームプレイヤーの自由さに適うものはないだろう。流石に負けたな、とヌグエンは一人笑み、彼らの笑顔を見るのだった――。
成功
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