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止り木にただいまを

#ケルベロスディバイド #ノベル

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薬袋・あすか
『お嬢様デス(ワ)ゲームですわ! 』の後日談

借りてた振袖を返しに実家に里帰り

実家は日本の某所にある純日本風のでっかいお屋敷

ケルベロス兼猟兵として世界中を飛び回っており帰るのは年に一回あるかないか
「つーか、僕の立場的にはお嬢様っつーより奥方様なんだよなぁ」

「毎度思うんだが、僕が帰ってくる度に正門の真ん前で使用人一同ずらーって並ぶのやめないか? ご近所中の注目集めてんだわ。今日のだって振袖返したらすぐ行くつもりだったし」

古参の家政婦に婿との関係と彼との子供の話を聞かれ
「あー……そのうち、な」
若干照れながらも仲は悪くないことを暗に告げそれが遠くない未来だと示唆するように

両親は仕事で留守
師匠でもある祖父の仏壇に手を合わせ少し寛いだら屋敷を後に

親子関係
両親は非能力者でPCが成人するまでの繋ぎということもあり少し複雑
距離を置いた方が上手くいくタイプ
「顔合わせたところでそれはそれで気まずいしな」



 ケルベロスブレイド・日本某所には純日本風の大きな屋敷がある。
 屋敷の前には誰かを待つように屋敷で働く人々が並び立っていた。
 その屋敷の前に一台の黒い車が止まり、丁寧な所作で初老の男性が後部座席のドアを開く。
 車から降りたのは薬袋・あすか。ぐっと伸びをするその姿は屋敷の前であっても自然体だった。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様!」」」
 そんな彼女の伸びが終わるのを見計らったように一同が頭を下げた。言葉は綺麗に揃って周囲に響き渡る。
 皆にひらりと手を振りつつも、あすかは小さく溜息を一つ。
「ただいま。……毎度思うんだが、僕が帰ってくる度に正門の真ん前で使用人一同ずらーって並ぶのやめないか? ご近所中の注目集めてんだわ」
 あすかの言う通り、近所の住人が窓から見ていたり、散歩を装ってあすかの帰還を見届けている。毎度のこととはいえ、あすかには少しだけ気恥ずかしい。
「そんな訳には参りませんぞお嬢様」
「ぇえ……今日だって振袖返したらすぐ行く心算だったし」
「だとしてもお出迎えは重要です!」
「そうですよ、年に一度あるかないかのお嬢様のお帰りですよ!?」
「わかったわかった、ありがとうよ」
 口々に意見する使用人たちに肩を竦める。顔を上げさせ使用人の一人一人に視線を合わせ、迎えてくれた心遣いに礼を告げながら屋敷へ入っていった。

「おかえりなさいませお嬢様。お疲れでしょう」
「ただいま、大丈夫さ。これで疲れてたらケルベロス兼猟兵は務まらない」
 あすかが幼い頃から薬袋家に仕えていた家政婦が玄関で優しく迎えてくれた。
 家政婦が荷物を預かり中身を確認する。中には綺麗に手入れされた振袖が入っていた。
「あらお嬢様、そのままお返しくださればこちらで対応しましたのに」
「僕も良い大人だ、何でも人任せにはしないさ。借りてたんだし、きちんと綺麗にして返すのがマナーだろう」
 ――お嬢様なら尚更な。
 この振袖を借りた理由――お嬢様迷宮への潜入、そこで対峙したお嬢様としての振る舞いを模索していた悪役令嬢を思い出し、心の中で呟いた。
 口調や見た目だけではない、こうした心遣いも大事だぞ、と、この場にはいない相手に思ってしまうのは、真のお嬢様になろうと足掻いていた彼女の記憶がまだ濃いものだからか。
「お嬢様はしっかりなさってますわねえ」
 嬉しそうに家政婦は柔らかく笑んだ。
「すぐ行く心算とは伺っていますが、少し休まれては?」
 お茶でも飲んでから、と誘われればあすかも素直に頷く。
「一緒に休憩しよう。どら焼きも持ってきたんだ。話し相手になってくれるかい?」
「まぁ!」
 使用人達への感謝を込めて菓子を買ってきたと伝えれば、家政婦の表情が一層明るくなる。同僚へ菓子を運ぶよう伝えた家政婦は厨へ向かっていった。


「お嬢様……戦いはお辛くありませんか?」
 茶を飲みほっと一息つきながら家政婦はあすかに少しだけ不安そうな目を向けた。なかなか家に戻らない彼女を心配しているのだろう。
「大丈夫さ。力を持つ者の定めだし、一人じゃないしな」
 あすかがにこりと笑えば、家政婦も微笑み返した。
「ふふ、頼もしいですね」
「つーか……僕の立場的にはお嬢様っつーより奥方様なんだよなぁ」
 忘れてるかもしれないが僕も既婚者だぞ、とあすかが零せば家政婦はころころと笑った。
「忘れてなんていませんとも! 旦那様とは仲良くしてらっしゃいます?」
「まあ、仲は悪くないかな」
「じゃあ――お子様は、いつ頃?」
 古参故か、ぐいぐいと踏み込んだ話をする家政婦にあすかは少しだけ笑ってしまう。目を輝かせて問う彼女は心からあすかの幸せな未来を願っているのだ。
 彼の話をするのも、仲を答えるのも、幸福を願われることも――どれもが何だか少し照れくさくて、視線を逸らす。
「あー……そのうち、な」
 きっとそう遠くない未来だ、と。その答えはまだ心の裡に秘めて。

「そろそろ仕事に戻らないといけないかしら。お嬢様、ありがとうございます」
 二人でどら焼きを食べ、お茶を飲み終わって少ししてから、家政婦は仕事へ戻っていった。小さく手を振り見送ったあすかは仏間へ向かう。
 仏壇の傍にはあすかの師匠でもある祖父の写真。写真に小さく「ただいま」と告げてから、仏壇の前で手を合わせた。
 鍛えてくれた祖父がいたからこそ、戦いに身を投じる今も生きている。大切な人と生きる世界を守る力になれている。軽く頭を下げたあすかは、目を開けて呟いた。
「……また頑張ってくるよ」


 少しの間、あすかは庭園に咲く紫陽花を眺めていたが、気がつけば陽は傾き始めていた。
(思ったより長居してしまったな)
 帰り支度を始めたあすかを見かけた若い男性使用人が心配そうに声を掛けた。
「お嬢様、本当に旦那様と奥様にご挨拶しなくても?」
 両親が仕事を切り上げて家に戻ってこられるかを確認してくれたのだろう。あと二時間程で帰ってこられるそうです、と続けたが、あすかは首を横に振った。
「いいんだ。顔合わせたところでそれはそれで気まずいしな」
 あすかは薬袋一族の優秀な力を継いだ者。だが両親は戦う力を持ち得なかった。
 能力者家系において非能力者は苦境に立たされやすく――彼女の両親もまたあすかが成人するまでの“繋ぎ”として見られていた。
 その所為かどことなくあすかとは気まずい空気になりやすい。程々の距離があった方がお互い快適に過ごせるのだと――会うことが家族を想う形とは限らないのだと、あすかは良く理解していた。
「距離感、大事だろ」
 な。そう笑えば、使用人は「そうですね」と頷き、帰り支度を手伝ってくれた。

 帰ろうと外に出れば、来た時と同じように使用人一同が並び立っていた。
「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様!」」」
「だから……並ぶのやめないか? もう夕飯時だしご近所迷惑だろう?」
 苦笑いしながら車に乗り込んだあすかは窓を下げ、手を振る。
 今度はいつ帰ってくるか分からない。来年だろうか、再来年だろうか。
 今は夫との家庭もあるあすかだが、ここも大切な人々のいる場所だ。
 また彼らと会えるように守りたい――温かな思いは、彼女の背を優しく押してくれた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年06月27日


挿絵イラスト