●時期
季節は巡る。
時は止まる事を知らないし、季節は移ろうことをやめない。
春が過ぎて、梅雨の頃になる。
じめついた湿気の覆い日々は夏の先触れであったことだろう。
人間であれば、この湿気というものは大変に不快に思うところであったが、しかし、海の生物である巨大なクラゲ『陰海月』はむしろ絶好調であった。
しっとりぷるぷる。
ハリツヤ良し。
そんな触腕で今日も器用にあみぐるみを作っている。
「ぷきゅぷきゅぷきゅきゅきゅのきゅのきゅ」
ごきげんである。
それは鼻歌なのか?
そもそもクラゲとは鳴くものなのか?
いや、それは些細なことである。
今、もっとも関心を集めているのは『陰海月』の体型である。
体型というより大きさであるといった法が良いだろうか。
「最近はあまり、そう思うことはなくなってはいたが」
「あまり代わり映えしませんねー」
「此方にやってきた頃は、すぐに大きくなったりしすぎていたように思えますが」
「うむ。なんだかここ数年は、特にだな」
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)、その四柱たちは『陰海月』の姿を見やり体の中でうなずき合う。
四柱の悪霊を束ねているからこその会議である。
「どこか病気をしている、というわけではなのですよね?」
「まさか! それならば不調を訴えている頃合いであろう!?」
「いえ、ですが我慢しているということもー」
「確かに心配ですね」
食事の量は?
間食は?
これまでの生活のことを振り返る。
思い当たる節はなかった。むしろ、健康には殊更気をつけているつもりであった。
三度の食事は、主菜、副菜、汁物、野菜の漬物、栄養のバランスを考えてしっかりと用意しているという自負があった。
以前は甘やかすままに食べさせていたが故に、むっちりとしてしまったが運動をしたりと環境から改善していったのだ。
何一つ不備はないはずである。
なのに、どうして?
「……一つ、思い当たるのですが」
「なんじゃ! もったいぶるな!」
「まあ、落ち着いてくださいよ」
「もしかして……」
「ええ、『陰海月』の体型の変化が落ち着いた時期があったではないですか。そう、大祓百鬼夜行のあとです」
その言葉に三柱は、ああ~っ、と思い至る。
そう、あの大いなる戦いにて1680万色に輝く竹林を見た。
小さなかぐや姫たちがゲーミングカラーに輝く様を見て、『陰海月』もまた体内から光を発するようになったのだ。
「つまり」
「あのユーベルコードによって眩しく光るためにカロリーを相当消費している、と?」
「そんなことがありえるのか? いやまあ、光るというのならば熱量を持って行うのであろうし、無理ではないと思うのじゃが」
えぇ~……と自分たちの心配が取越苦労であることに気がついて四柱たちは、がっくり肩を落とす。
肩透かしとでも言うのだろうか。
いや、この場合は肩透かしでよかった、と思うべきか。
別に体調が悪いわけではないのだ。
喜ぶべきことだ。
でも、でも、でも。
「なんだかなー、というやつですよねー」
「そうじゃな。年の頃はまだまだ幼いであろうからな。これからも成長する幅があろうというものであろう」
「……でも、今でも年齢相応の食欲はありますよね」
自分たちの用意する食事を思い出す。
どちらかというと質素。倹約。そういう言葉が浮かび上がってくる。
「た、足りるのか? わしのころはもっと、こう!」
「育ち盛りですからねー。我らの用意する食事は、なんというかー」
「年寄りじみている、と?」
「そう言われると面目次第もないですが」
うーん、と四柱はまた悩み始める。
本当に食事は足りているのか?
もしかして、ひもじい思いをさせているのではないか。
思考は飛び飛びになってしまう。というか、飛躍し過ぎであった。考えすぎであったし、なんならそんな心配など必要ないのだ。
先ほど年相応の、と言葉が出た。
そう、『陰海月』が年相応の食欲と未だ幼い精神性を持っているのならば、当然あるのである。
秘密にしていること。
買い食いである。
『陰海月』は買い物をしにいくついでに己の小遣いの範囲で商店街に立ち寄ったりして、買い食いを実行しているのだ。
四柱が思う以上に彼は成長しているのだ。
そんなことはつゆ知らず、彼らは心配に心配を重ねているのだ。
。
だがまあ、これもよい兆しだろう。
そうやって人も成長していくのだ。如何に巨大なクラゲと言えど、そこは変わらないのかもしれない。
頼もしいではないか。
四柱だけが、動揺し続けているがやはり詮無きことである。
「ぷきゅ?」
『陰海月』は編み物の手を止めて一息つく。
親の心子知らず、ということか――。
成功
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