『クチナワ姫』~アヤカシエンパイア・紀州道成寺
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「どうして。どうしてお逃げになるのです。きっと戻ってきてくださると約束してくださってではないですか。
なのにどうして待てども貴方は戻ってきてはくださらないのです。
わたし、ちゃんと待っていました。
約束したとおりに、お帰りをお待ち申し上げておりました。
あの夜のお言葉を胸に」
(若々しい姫君の体から溢れ出すのは薄紅色の炎)
「言ってくださったではないですか!
この『クチナワ姫』のもとに戻ってくると!
わたしはちゃんと待っていました。婚礼となれば身支度をしなければならぬし、宴も用意しなければならない。だから、此処で待っていてくれ、と!
なのにどうしてです!
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
「……その怒り、拙僧にも非があろう。そなたのことを迷惑に思ってしまったことを偽ることなく告げていれば、こうならなかったのかもしれぬ。
だが、そなたは妖。
どれだけ見目麗しかろうと、その心に抱くのが真心であろうと、拙僧と交わることはないのだ。
故に拙僧は日を稼ぐための偽りを申し上げた。
即ち、婚礼の身支度。宴の用意。
全てはそなたを滅ぼすための準備よ」
(見目端正なる僧、阿闍梨は神威を行使するのではなく、数多の検非違使たちと共に『クチナワ姫』を取り囲む)
「確かに拙僧の力であれば、そなたを祓えよう。だが」
「ああ、なんて、なんて心清らかなる御方。
己の持ち得たる神威であれば、わたしを祓えると知りながら、他を気遣う態度!
その心の在り方こそがわたしを惹きつけてやまないのです。
なんとしても手に入れたい。
四六時中、この人形の中に閉じ込めて一緒にいて欲しいのです。
ですが、だからこそ、その一点。
墨のように、どうしても目につく、わたし以外の誰かのために嘘をついたという一点がわたしにはどうしても許せないのです」
(轟々と炎が巻き起こり、阿闍梨と検非違使たちを呑み込んでいく)
「あぁ……これで貴方の清く美しい魂もわたしのモノ。
でも、わたし『嫉妬』してしまいます。
こんなわたしのために、ではなく。己が吐いてしまった嘘偽りを拭うため、でもなく。
ただ、平穏に生きる庶民のためにわたしに立ち向かったことが。
どうしても『嫉妬』してしまいます。
……許せない。
こんなにも貴方に思われた名もなき庶民たちが許せない――!!!」
成功
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