菫宮・理緒
『フィーア』さん、あらためまして優勝おめでとーっ♪
さすが『フィーア』さんだね。よくやったね。がんばったね。
だきだきすりすりむぎゅむぎゅりおりお
え? いきなりどうしたの、って。
それはほら『フィーア』さんに会いたかったし、おめでとうしたかったし。
それに今度祝勝会やるんでしょ?
ならほら、晴れて『世界の噛み姫』になった『フィーア』さんを、
みんなに見せつけないといけないなって思ってー♪
しっかり|ドレスアップし《綺麗になっ》て、会場の視線を独り占めしちゃわないと!
そして姫の信者を増やさないと!
そのためにも、今日はお洒落しにいこうー!
このあいだ行ったブティックで、今日はドレス……とまではいかないけど、
ちょっと大人っぽいお嬢様コーデ、してみようよ。
あと、ナチュラルメイクもね!
さてさて、今回のお洋服はー……。
ブルー系のオフショルダーロングワンピースにグレー系のふんわりしたベストを合わせたいな。
外を歩くときはベストを着て肩を隠すけど、屋内ではちょっと大胆に肩出し!
ソックスは白、靴も白でローファーがいいかな!
『フィーア』さん、こんな感じでどうかな? かな?
あとはメイク!
ま、まぁしなくてもいいんだけど、これからもあるし、
『フィーア』さんに教えつつ、かな?
まずは化粧水と乳液で肌を整えたら、コンシーラーを少しだけ。
で、眉毛の形を整えて、こっちもちょっとだけのシャドーとアイライン。
最後にリップだけど……これもピンクオレンジで整える程度だね。
……うん。『フィーア』さんやっぱり綺麗。すっごくかっこいいよー♪
『フィーア』さんとしてはどうかな? 気に入ってくれると嬉しいんだけど1
そのまま街に出てでーとを楽しんでたら、なんかすれ違う人が振り返ってる気がする……。
歩いていても、お茶していても視線を感じるよ。
これってやっぱり『フィーア』さんを見てるよね。
『フィーア』さんは気がついてないみたいだけど、これは目立つ!
祝勝会の主役は『フィーア』さんで決まりだね。
確信した。これでだいじょぶ!
当日はもいっかいわたしがメイクするから、ねー♪
そして祝勝会当日。
『フィーア』さんはいつも通りだけど、もちろんしっかり目立っていて……。
なんばーわんファン(譲れない)兼、おねーさん(自称)としては、ちょっとドヤ顔になっちゃうね♪
五月雨のみんなからも、ちょっと雰囲気の変わった『フィーア』さんは好評っぽい?
でも噛み噛みなのはもうアイデンティティだよね♪
これも、『フィーア』さんに自身がついたら治るんだろうけど、それはそれでもしろよし!
噛まない『フィーア』さんだって、魅力満点だからね! ……まだ言わないけど(笑
え?らいばるが増える?もちろん想定内!
どれだけ増えても、負けるつもりはないよ! 受けてたーつ!
●お姉さん
「……たくさん応援、してくださいね」
そうはにかみながらも言われた言葉を覚えている。
もちろんだ、と思った。
言われなくたって応援するし、むしろ、そう言われたのならばより一層応援しなきゃ! と思うのが菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)の本音であった。
いつまでも輝いていて欲しい。
燦然と輝いていて欲しい。
満天の星空にあっても、一等近くで輝いていて欲しいと願うのだ。
「『フィーア』さん、あらためまして優勝おめでとうーっ♪」
理緒はWBC……『ワールド・ビルディング・カップ』第二回大会を制した『五月雨模型店』のメンバーの一人、『フィーア』に抱きついた。
彼女の年の頃は十代前半。
けれど、その年頃にあって彼女の背丈は同年代の少年少女からしても高いものだった。
そのためか、いつも彼女は注目されることを恐れておどおどしていた。
『プラモーション・アクト』……通称『プラクト』アスリートになっても変わらないことだった。
そんな彼女のことが理緒は可愛くて仕方なかった。
以前も彼女の洋服を見立てるデートに連れ出したりもした。それに猟兵としてアスリートアースに赴くたびに彼女に抱きついたりしていたのだ。
今回もそうである。
「ひゃ、ひゃあっ!?」
「さすが『フィーア』さんだね。よくやったね。がんばったね」
理緒は戸惑う彼女に構わず抱きついて、すりすりして、むぎゅむぎゅしてりおりおした。りおりおした?
一瞬、なんの話かわからなくなりかけたが、まあ、そういうやつである。
ほのぼのした女子同士の日常の一コマである。
こういうことができるのも理緒と『フィーア』の間柄があればこそだ。
そう、こういうのは信頼関係が必須。
その点においては、理緒と『フィーア』の間にあるのは信頼関係以上のものがあったのだ。
なにせ、理緒は成人済みのお姉さんである。
「むふん♪」
どう考えてもお姉さんがしていい顔ではないが。
「い、い、いきなり、どうしたんですか?」
「え~? だって、ほら優勝おめでとうしかったし」
「それは、決勝戦後にみんなで写真撮った時にしたのでは……」
「物足らないよー! それに『フィーア』さんに会いたかったし」
加えて、この後は祝勝会があるのだ。
当然といえば当然である。未公式競技とは言え、世界大会の優勝チームである。
凱旋したら祝勝会をしないほうがおかしい。
「それに、おめかししないと!」
「え、ええっ!? お、おめかしですか? ふ、ふつうの格好では……」
「だめだめ!」
でも、と『フィーア』は乗り気ではないようだった。
もともとあまり注目されたいとか思わない性格なのだろう。
ひっそりと物陰にいるほうが落ち着くのかもしれない。けれど、理緒はわかっている。
本当にそんなことを思っているのならば『プラクト』なんて競技に参加しない。チーム参加なんて以ての外だろう。
けれど、彼女は『五月雨模型店』のメンバーとして一生懸命だったのだ。
噛み噛みのたどたどしい言葉使いでも、がんばってチームメイトとコミュニケーションを取っていた。
その結果がWBCの優勝なのだ。
「そ、それに、理緒さんが前に買ってくれたのが……」
「あれは冬服でしょ! 今はもう夏前! すでに真夏日もあるんだから!」
くわ! と理緒の目が見開かれる。
成長期真っ只中の『フィーア』のサイズを彼女のサーチアイがくまなく調べ上げる。
むむっ! と理緒の瞳が煌めく。それユーベルコードじゃないよね?
「また育ってる!」
「ええええっ!?」
「なら、余計に必要でしょ! それにほら、晴れて『世界の噛み姫』になった『フィーア』さんをみんなに見せつけないと!」
「な、ななななんです、『世界の噛み姫』ってぇ!?」
そう、御本人は知らないかもしれないが『プラクト』の世界大会というものもそうであるが、通常の野良試合であっても大抵が動画配信されているものである。
本物さながらのプラスチックホビー同士の激突は白熱したものであり、誰もが動画を見れる時代にあっては非常に親和性が高いのだ。
故に世界大会となれば注目度は桁違い。
そこに優勝チームである『五月雨模型店』というブランドが加われば、そのチームメンバーたちの容姿や性格と言ったものはすぐさまにネットに拡散されてしまう。
そこで『フィーア』のたどたどしい喋りは話題になったのだ。
理緒は自分が一番最初のファンだと胸を貼るように、タブレットで動画配信サービスのコメント欄を見やる。
そこには『噛み癖、クセになる』だの、『味わい深いよね、噛み癖。噛み噛みしてくれ』だとか、まあ、諸々好意的なコメントが溢れているのだ。
「な、なななな!?」
「そういうわけだからね! しっかりドレスアップして会場の視線を独り占めしちゃわないと! そして、姫の信者を増やさないと!」
「えええっ、や、いや、いやです!」
「だめだめ。もう祝勝会やるのは決まってるんでしょ?」
ならばこそ理緒は『フィーア』の手を引っ張って、ずんずんとブティックへの道をゆくのだ。
なんとか抵抗しようとしていた『フィーア』であるが、理緒の熱意となんか妙にいつも以上の力を発揮する彼女に折れるようにしてブティックの試着室に押し込まれていた。
鏡の前で彼女は項垂れる。
鏡に映る自分。
背ばっかり高くて、同年代の女の子たちからすれば、のっぽと表現するに相応しい姿である。
以前、確かに理緒に連れられて彼女は己のコンプレックスなんて笑い飛ばせるものだと教えられたかもしれない。
できるだけ小さく体を見せたいために曲げていた背筋は、今はピンと伸びている。
彼女が教えてくれたのだ。
自分が好きなものなんなのか。
『プラクト』を始める前にしていた人形遊び。
その着せ替えも好きだった。
自分もきっとこんなふうにと思っていた。けれど、現実は違ったのだ。打ちのめされたと言ってもいい。
けれど、それは自分の思い込みだって理緒は教えてくれたのだ。
ぴし、と背筋を伸ばす。
鏡の中の自分は、少しだけ誇らしげだった。
「……で、でもでも」
弱気が顔を出す。
理緒はいつだって強引である。こういうブティックなんてめったに来ない。というか、初めてだった。
大人っぽすぎる。
自分にはまだ早いと思った。
けれど、彼女は知らないことだったかもしれないけれど、女の子はいつだって背伸びしたいものだ。
大人に早くなりたいと思ってしまう。
それは自由への憧れにも似たものであったかもしれない。
『フィーア』は他者とは違う背丈を気にしていた。けれど、それは他の女の子たちが求め、そして他からも求めても得られないものであったのだ。
得難いもの。
その価値に彼女はまだ気がついていない。
だからこそ、理緒は気がついてほしいと思って、今回も彼女を連れ回すのだ。
「ふふふ、今日は姫の信者を爆上げするために奮発するよー!『フィーア』さん、大人っぽいお嬢様コーデしようね!」
シャッ! と試着室のカーテンが開けられる。
ビクッとした『フィーア』もかわいいな、と理緒は勝手に思っていた。
「ブルー系のオフショルダーとかどう!」
「え、ヒエッ、肩、肩でてます!」
「ロングワンピースだから、ふんわりしてるよね。太って見えるかなって心配してる?」
「え、あっ、それよりも肩……」
「大丈夫! ベルトをあわせてウェストを絞って上げれば、スカートのふんわり具合は死なないから!」
「あ、あのあの、あのっ、肩……!」
「うーん、似合う」
『フィーア』の言葉を無視して理緒は彼女にハンガーに吊り下がったワンピースを合わせる。
ブルー系の濃い目の色か、それともパステル系の青にしようかと彼女は悩んでいた。
肩?
え、でますけど?
むしろ、大人っぽさを演出するのならば、肩を出した方が良いとさえ思えていた。
とは言え、『フィーア』にはまだ早すぎるというか刺激が強すぎる。
「あのっ、肩ぁ……!」
「大丈夫大丈夫。外を歩く時はベストを来て肩を隠すからね♪」
「でも、ベストって……」
「会場では大胆に出そうね!」
「やっぱり出すんじゃないですかぁ! え、なんで肩を!? 出す意味あります!?」
確かに。
言わんとしていることはわかる。
肩を出したところで、恥ずかしいだけじゃあないのか、と。けれど、理緒は頭を振る。
「違うよ、『フィーア』さん。確かに肩を出していたら、わたしが嬉しいだけかも知れなけいれどね……落ち着いて聞いてね?」
「……?」
理緒のただならぬ気配に『フィーア』はごくり、と喉を鳴らす。
なんだろう、なんなのだろう、この気配。
「肩を出すとね、着痩せ効果があるんだよ!!」
ぐわ! と理緒が『フィーア』を見つめる。
え、と思った。
着痩せ?
そう、『フィーア』は同年代の子らと比べて背丈が高い。それはともすれば、ワンピースを切れば着ぶくれしてしまう理由になってしまう。
ならば!
肩を出せば、そのシルエットはぐっと締まる。
そして、腰のベルトをすることでふんわりスカートのシルエットを崩すことなくウェストという人体の中心を細く見せるのだ。
加えて肩出し!
これによってスカート部分の可愛らしさを持ちながらシャープなシルエットを構築!
「さすればね『フィーア』さんの魅力爆発フィーアバーンってことなんだよ!」
わからん。
何一つ『フィーア』にはわからなかった。
バーン?
「任せておいて!『フィーア』さんのトータルコーディネイトはわたしが受け持つから! あとはメイクもね!」
後はこれとこれ! と理緒はソックスや靴も持ち込んでくる。
あれよあれよという間に『フィーア』は着せ替えされていく。
鏡の中に映る自分は、驚くほどに大人っぽい。
けれど、それは首から下だけだった。
そう、肝心要のお顔立ちが幼いのだ。これではチグハグだ。
「あの、お化粧、したこくない、です」
「だいじょーぶ! まあ、しなくっても『フィーア』さんかわいいから! 世界一だから! って気持ちはわかるんだけど……これからもあるからね! 教えてあげる!」
さあ、こっち、と理緒は『フィーア』をメイクルームに連れ込んで、鏡の前に座らせる。
もうなんていうか理緒の手際が怖い。
どうして此処まで手際よくできるのか。
大人の女の人だからと説明できないくらいに理緒は化粧水やら乳液やらで肌のコンディションを整えていく。
十代のお肌である。
必要不可欠であるとは言わない。けれど、それでも産毛が顔を覆っている。本当はフェイシャルエステにも、と思ったが時間が足りなくなってしまうからこそ、下地をしっかりと作っていくのだ。
「それに今回はナチュラルメイクだからね。コンシーラーを少しだけで、いいよね。それに眉毛の形もちょっと整えようね。無理に上も下もするとね、形崩れて取り返し付かなくなっちゃうし、全部剃り落とすわけにもいかないからね」
あとはーと理緒は『フィーア』の顔を整えていく。
うん、とアイラインまで軽く引いてから、唇を見つめる。おいしそ、じゃない。
リップの色を考える。
ナチュラルという点から行くと赤いのはちょっと目立つ。
なら、と理緒が取り出したのはピンクオレンジ。
肌の色に近しいペールピンクに似た色のリップを塗ってあげて、鏡の中を示す。
「ほらっ! これで完成! ……うん、やっぱりきれい。すっごくかっこいいよー♪」
そこにいたのはずっと大人っぽくなった『フィーア』だった。
高身長もあってか、彼女の佇まいはモデルさながらであった。
「こ、ここ、これが……私」
「ふふ、大変身! じゃないよ。もともとの『フィーア』さんの魅力なんだから! さ、行こうー♪」
理緒は己がプロデュースしたかのように誇らしく彼女と連れ立って街中を歩く。
やはり、視線がすごい。
すれ違う人々が此方を振り返る回数なんて数えるのをやめたほどであった。
ただ歩くだけでも、カフェでお茶をしていても視線を感じる。
当の本人は恐縮しているようであるが、それでも魅力が発露しているのだ。いや、輝いて見える。贔屓目に見ても今の『フィーア』はとびっきりの美少女であった。
一人であったのならば、スカウトマンがほっとかないだろうとさえ思えたのだ。
「うんうん」
「ううぅ……」
なにやら落ち着かない様子。でも大丈夫なのである。
そうした視線にもこれから慣れていく。そういうものなのだ。
それに、と理緒は得意になってしまう。
「ふふん、なんばーわんファン兼おねーさんは、ドヤってしまうね♪」
このまま彼女を連れて『五月雨模型店』に向かえば、変身したような彼女に『アイン』も『ツヴァイ』も目を輝かせるだろう。
自分もこんなふうになりたいと憧れるはずだ。
でも、それでも彼女は。
「そ、そ、そそそれはうれしいん、ですけどぉ……」
噛み癖は変わらない。
そういうところがまた可愛らしいギャップを生み出していて、たまらないのだ。
理緒は、それがきっと彼女の自分自身への自信のなさを示しているのだろうと思う。彼女が自分の魅力に気がついて、胸を張った時こそが、その噛み癖が治る時だろう。
でも、それはもうアイデンティティだから直さないで欲しいとも思ってしまうのは我儘だろうか。
「いいのいいの。女は度胸! 愛嬌! 最強!」
「び、びび微妙に韻を……!」
「ふふ、そういうものなんだよ。噛まない『フィーア』さんも模力満点だからね!」
「い、今、その話の流れでした!?」
「だったよ?」
そうかな?
そんなふうに理緒と『フィーア』は笑い合いながら祝勝会が開かれている『五月雨模型店』へと向かう。
きっと彼女の姿を見たら、理緒にとってのライバルが増えるだろうことは言うまでもない。
けれど、それは理緒にとっては想定内なのだ。
どんなに増えたって、最初のナンバーワンファンであることは変わりない。
そして、いつだって挑戦は受けるつもりだ。
「どれだけ増えても、負けるつもりはないよ!」
「な、なんの話ですか!?」
「『フィーア』さんのなんばーわんを譲らないって話だよ! 受けてたーつ!」
「そんなことしなくっても、ちゃんと私のナンバーワンは、理緒さんです、よ?」
急に噛まなくなるのは反則ではないか。
理緒はそんなふうに思ってしまう。
こんな時に?
いや、こんな時だからこそ、自信たっぷりに噛まずにそんなことを言ってしまうのか。
それを考えれば、理緒はますます『フィーア』の魅力に打ちのめされるのだ。
「『フィーア』さんは、世界一……」
がっくり膝をついて天を仰ぐ彼女の眦には、キラリと輝く星があった――。
成功
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