アンノウン・チャイルド・エンカウント
●その邂逅は運命か必然か
出会いというものは唐突なものである。
往く道の曲がり角を曲がったら唐突に正面衝突するようなものであると言えば、そうである。予期できぬものであり、それ故に人は運命を占おうとする。
その行い自体が無駄であるとは言わない。
未来に思いを馳せることこそ、知性体に許された脳の余白を駆動させるものであるからだ。
予測不可能な未来。何一つ約束されたものはない。
故に生とは面白いのだ。
そう言えたのならば、ある種の悟りに到達するものであったことだろう。
齢、十を数え、また来る夏に一つ歳を重ねる少女、ファルコ・アロー(ベィビィバード・f42991)にはまだ遠き領域であった。
「こ、これは……ッ」
彼女が今いるのはアスリートアースである。
生まれ育った故郷とも言うべき世界、クロムキャバリアとはあまりにもかけ離れた世界だ。
スポーツという名の争いあれど、しかし生命のやり取りはない。
国あれど、世界の覇権を相争うこともない。
明日生きるために他者から奪わなければならぬという本能にも似た衝動も無縁である。
そんな世界にあって彼女は全てのものが新鮮に写ったのだ。
とりわけ、ファルコが今眼の前にしている工業製品らしきもののモックアップ……即ち、模型は彼女の心に言いようのない感情を湧き上がらせるものであった。
此処はアスリートアースの中にある商店街。
その片隅に居を構える模型店のショーケースをファルコは食い入るように見つめていた。
「さ、三角形の形をしているのに、このどこかキャバリアにも通じるような戦術兵器のニュアンスは一体……!」
気になる。
眼の前にあるショーケースには、恐らくロールアウトカラーであろう鈍色のモックアップが飾られている。
他に人型のキャバリアめいたものもあったが、しかしファルコの視線は一つに注がれていた。
あまりにも熱心にショーケースを覗き込んでいたせいか、模型店の扉が開く。
「……興味があるのなら、店内のショーケースも見てみないかい」
ファルコが顔を見上げると、そこにいたのは亜麻色の髪をした年齢不詳の男性の姿があった。黒い瞳がファルコを見つめていた。
まるで星映すような瞳だった。
「あ、いえ、その、えーと、これが何なのか気になったですよ。これって一体……」
「模型を知らないのか?」
「や、これがモックアップというのはわかってるんですけども。この三角形の、平べったいものがなんなのかってのがわからねーんです」
そう、ファルコが示すのはただ一つ。
薄平べったい三角形をしたグレーカラーの模型。
ファルコは、それがなんという名称なのかわからなかったのだ。
なにせ、『それ』は彼女の故郷である世界には存在しないものであったからだ。
「……それは」
亜麻色の髪の男はファルコの言葉に得心がいったようだった。
「戦闘機、と言う。また飛行機とも言えるし、航空機とも言える。空を飛ぶことに特化した戦術兵器だ」
その言葉にファルコは電撃に打たれたような衝撃を受ける。
つまり、それは。
航空戦力である、ということなのかと彼女は目を見開く。
「これが、空を飛ぶ、です?」
声が震える。
そうか、とも思う。
この世界では空に蓋がされていない。
自分の故郷の空を塞ぐようにして天に座す暴走衛生『殲禍炎剣』が存在していないのだ。
いつかの日に彼女が所属していた部隊……小国家『レンブラント・ラダー』がもともとは多くの飛行機というものが離発着する大規模施設であったという話を思い出した。
つまり、これが、己の小国家に数多く存在していたかもしれないというのだ。
不思議だった。
「そうだ。空に蓋されていなければ、この戦闘機こそが戦いの一翼担い、時に戦略を動かし、戦況を一変させる。過去、事実……戦闘機開発は戦いの主導権を握るために盛んに行われていた。万能ではないが、しかし、空という戦場を一つ支配していたとも言える」
その男の言葉にファルコは胸が高鳴るのを感じただろう。
彼女自身、レプリカントだ。
だが、航空戦力としての力を得て生まれてしまった。
あの世界では何の役にも立てない。
なのに、この世界では……いや、己が世界でなければ、航空戦力は一つの戦場を支配することができるほどの力だったのだ。
故に彼女は震える。
「で、ですが、こんなに小さくって役に立つですか? こんな、こんなに小さくって」
彼女の言葉に亜麻色の髪の男は笑う。
嘲笑したのではなくって、ファルコの言葉があまりにも世間知らずだったから、微笑ましくて笑ってしまったのだ。
「それは、寸借が……ああ、スケールが違うんだ。実物大じゃあない」
「え、あっ! そ、そんなのわかってるってんですよ! いや、そうじゃなくって!」
「いや、いい。僕、いや、俺も説明不足だった」
亜麻色の髪の男は扉を空けてファルコを手招きする。
「中にまだ種類がある。それ一つだけじゃあない。戦闘機というものは」
「これ以外にも!?」
「ああ、興味、あるだろう?」
ファルコは頷く。
今日初めて出会ったばかりの男である。
怪しいとは思うが、しかし、不思議とそんな気持ちにならなかった。
どうやら此処は店が集まる場所であるらしいから、此処もそういう施設なのだろう。ファルコは頷いて足を踏み出す。
特有の香りが鼻をつく。
刺激臭。
いや、これは溶剤臭だとファルコは気がつく。
己がクロムキャバリアで所属していた部隊の主力キャバリア『サンピラー』の装甲に隊員たちが己を模したノーズアートを描いていた時と同じ匂いだと気がついたのだ。
となれば、ここはそういう施設なのだろうか?
その疑念はすぐに払拭される。
そこは多くの棚が乱立し、出口付近にあったショーケースに似たものがいくつか並べられている空間だった。
「こ、ここは……」
「入るのは初めてか。ここは模型店というものだよ」
「模型、店? モックアップを売ってるってことです? いや、それにしたってあの箱は一体……」
ファルコは首を傾げる。
モックアップというのはファルコにとって木材を削って色を付けたものが主流だった。
だからこそ、そうしたものが売っているのかと思えば、そうではないようだった。
箱ばかりが並んでいる。
それも箱事態にも色とりどりに印刷されている。
「見てみるか。この箱の中身はこういうものだ」
亜麻色の髪の男が示すのは一つの箱。
その表面にはファルコが興味を引かれた戦闘機が描かれていた。
空を雄々しく飛ぶ様子。
鈍色に輝く装甲。
曲線と直線で構成された無駄なき計算の果てを思わせるような姿であった。
そして、その箱が明けられると中に入っていたのは、バラバラのパーツらしきものが配された枠組み……後で知ったことであるが、これはランナーと呼ばれるものであるらしい。
ここからパーツを切り出して組み上げていく。
この世界ではモックアップという言い方は主流ではないようだった。
「プラモデル、という」
「ぷら、もでる。これは、自分で組み上げるですか? でも、あのショーケースにあったみたいに色がついてねーですよ?」
「自分で色を塗るんだ。組み上げるのと同じようにな」
なんでそんな面倒なことを、とファルコは思った。
だが、実際に作る段階に至れば、組み上げる以上に面倒なことが山積しているという事実に打ちのめされるのだが、それはまた別の話である。
「それで、組み上げてどうするです? 飾るだけです?」
組み上げておしまいなら、それまでだ。
何が楽しいのかわからない。
「そこが終点、ゴールという者も当然いる。だが、この世界には『プラクト』……『プラモーション・アクト』というスポーツ競技がある。ホビー・スポーツというやつだな」
「『プラクト』……?」
「説明するより見たほうが早い。今ちょうど、世界大会……WBCの生中継をやっている」
示す先に在ったのは巨大モニター。
そこでは今まさに世界大会の決勝戦が行われていた。
フィールドの中を所狭しと駆け巡る人型戦術兵器や、回転するホビー、怪獣のようなものもあれば、人間そのものも入り乱れているのだ。
「な、なんです!? えっ、怪獣!? 巨大なキャバリア!? ええっ、人!?」
ファルコはモニターに映し出されている『プラクト』の試合の様子に目を見開く。
何が起こっているのかわからない。
え、現実?
これがスポーツ競技?
混乱する頭のままモニターを見続ける。
「自分で作ったプラスチックホビーをフィールドに投入して、自分で動かして競うんだ」
モニターの中では9つのホビーが合体して超巨大な人型ホビーへと変貌を遂げている。
「ピィッ!? え、えっ!? なんですあれ!?」
「相手チームの切り札だろうな。あれは手強い」
「そんな冷静な顔して言う事じゃねーですよ!?」
「実際に起こっていることだが、スケールが違うからな。フィールドの中での出来事だから……現実よりスケールダウンしているんだ。文字通りな。だが、そこにある情熱はスケールダウンなんかしない。君にもわかるだろう。あれが真の戦いだと」
そして、と彼は言う。
生命のやり取りは介在しない。
なのに、それでも見ていると心が踊るし、滾るだろう、と。
ファルコは頷く。
偽物の戦場と言えばそうだ。
けれど、ファルコは胸が高鳴るのを覚えた。
「ボクでも、できるですかね?」
「もちろん。できないことなんてない。君が今いる此処は空に蓋なんてされていない。フィールドという限られた中であるけれど」
それでも空を飛ぶことは憚られることはないのだと男は言う。
「『プラクト』、興味が出てきたかい?」
「それはー……その、まあまあですね!」
「そうか。なら、これなんかどうだろうか」
「ナチュラルに勧めてくるですね!? っていうか、なんですこれ!?」
ファルコの前に差し出された箱に彼女はびっくりする。
そこにあったのは、美少女とも言うべきイラストが配された箱であった。これもプラモデルとかいうものなのかとファルコは警戒する。
「『プラクト』は文字通り、君が思い描き、君が作って、君が戦うものだ。『モーションタイプ』と『マニューバタイプ』の二通りの操作方法があるが、最初は自分の体の動きをトレースする『モーションタイプ』が直感的でいいだろう」
「ピエッ!? なんかやることになってるじゃねーですか!?」
「やってみると楽しい」
「グイグイ来るです!」
ファルコは根負けするようにして、というか、押し切られる形で箱を受け取る。
「でも、ボク、こういうのって……」
「初めてでも問題ない。工具は貸し出す。スペースも完備している」
示す先にある作業スペース。
至れり尽くせりとはこのことであろう。というか、自然と作ることになっている。まだ、うんともハイともイエスとも言っていないのに状況に流されるようにファルコは作業スペースに追い立てられる。
この男、まさか商売上手なのか?
「ていうか、此処がお店だというのなら、てめーは何者です!」
「僕……いや、俺はこの『五月雨模型店』の店長をしているものだ。名は『皐月』という」
「名乗ったところで!」
「まあ、まあまあまあ」
「なあなあにすんなです!」
とかなんとかやり取りがあったが、ファルコは押し切られるようにしてまた作業スペースで美少女モデルのプラモデルを組み上げることになる。
作り上げられていく仮定はファルコにとっては新鮮で楽しいものであった。
なんだか、作り上げる美少女プラモデルの姿形が自分に似ているように思えた。
トランジスタグラマーとも言うべき体系。
どこか可愛らしさとあどけなさが残るようなフェイスパーツ。
違うの瞳の色位だろうか?
髪の色も違ったが店長の指導でエアブラシで塗装も施されていく。
「これが……」
「ああ、君だけの、世界に一つしかないプラモデルだ」
そこに在ったのは偶然か、嘗て部隊のキャバリアのノーズアートに描かれたようなファルコに似通ったプラモデル。
掌に収まる小ささ。
けれど、これを自分が組み上げたのだという確かな充足が彼女の心にあった。
そして、モニターを見る。
WBC、世界大会。
いつか、と思う。
店長が言ったように、いつの日にか自分思い描き、作って、戦うこともあるのかもしれない。
そんなふうにファルコは思いを馳せるのだった――。
成功
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