トーラーは指し示す、エースの道程
●娯楽
人の営みに娯楽とは尽きない。
知性を有するが故に生存本能に付随していない事柄に対しても人は反応を示す。
生きるために必要不可欠なもの以外が不要であるというおんあらば、人は文明を発展させることはなかっただろう。
いつだってそうだが、人の営みは文化へと昇華する。
そういう意味であったのならば、戦乱満ちる世界、クロムキャバリアにおいても同様だった。
人はどうしたって争いからは逃れられない。
現実である。
だからこそ、そこから目を逸らせぬのならば、争いを見る瞳を変えればいい。
故に闘技場である。
古来より人は、そうした営みを持つ。
人と人。
人と獣。
獣と獣。
幾ばくかの違いがあれど、いずれの文明においても、争いを娯楽へと昇華した文化の花咲く時期が存在する。
小国家『ビバ・テルメ』は、もとより小国家『フォン・リィウ共和国』の跡地に一人の猟兵と『神機の申し子』たちによって興った小国家である。
「これがキャバリア闘技場……?」
薄翅・静漓(水月の巫女・f40688)は、温泉小国家と変貌を遂げた『ビバ・テルメ』を訪れていた。
以前、訪れた時は温泉という観光資源だけの小国家だった。
四人の『神機の申し子』たちが他の小国家との衝突における戦いを一手に引き受けていたが、ある事件を契機に住まう人々もまた立ち上がるようになっていた。
オブリビオンマシンの蠢動によって、これを利用されることもあったが、彼らは選んだのだ。
ただ守られるだけではなく、共に戦うことを。
とは言え、キャバリアでの戦闘に不慣れな者たちばかりでは却って足手まといになるだろう。
そこで『キャバリア闘技場』である。
前身である『フォン・リィウ共和国』は恵まれた立地故にさしたる外敵なく、ただ娯楽としてキャバリア闘技場の運営で人と物資を回していた。
原点回帰と言えば言葉面が良すぎるだろう。
『ビバ・テルメ』に生きる人々は『キャバリア闘技場』を復活させ、キャバリア操縦訓練の習熟に努めているのだ。
「それで実践訓練をするために手っ取り早く、と」
「そうなりますね。でもまあ、ご覧の通り……」
案内してくれている『ビバ・テルメ』に流れてきた周辺小国家の難民の一人が頷く。
彼は『ヒトエ』と名を名乗った。
静漓は知らないことであったが、彼は滅びた小国家『八咫紙国』の統治者『帝』と呼ばれていた人物である。
亜麻色の髪と黒色の瞳は、どこか彼女の知る少年を幻視させるものであった。
「あなた……」
問いかけようとして、凄まじい熱気と声援に遮られる。
静漓は、はっとして視線を向ける。
その先にあったのは円形状の闘技場であった。
限定的であり、閉鎖されたフィールド。
流れ弾が観客席に飛んでこないようにエネルギーフィールドで覆っているのだ。
その中で二機のキャバリアが激突している。
わかりやすく赤と青のカラーリングで分別しやすいようにしているのだろう。
「見てください。赤色のキャバリアが今のところ闘技場のチャンピオンです。青色のキャバリアが挑戦者です」
「どうしてそんなことをしているの?」
「わかりやすさ、というのもありますが、王者というものはいつだって立ちふさがる者です。無論、これがキャバリア操縦の習熟に関連しているものですから、武装の出力は抑えて安全性には考慮しています」
その言葉に静漓は頷く。
彼女はアスリートアースに良く赴く猟兵である。
故に、この闘技場のあり方はどこかアスリートアースの未公式競技『プラモーション・アクト』、通称『プラクト』に似通っているようにも思えたのだ。
「可能な限りパイロットを護る技術を技術局が、がんばってくれています」
「そうなのね。でも、観客のこの声援はどうしてこんなに……」
静漓が気になっていたのは、そこだった。
声援というには、あまりにも熱狂的過ぎる。
それになんだか闘技場のあちこちに紙切れみたいなものが散らばっている。
「あ、あはは……その、賭けているんです」
「つまり、勝敗をギャンブルにしている、ということ?」
「そうです。その方が娯楽らしくていい、と。やっていることはキャバリア戦闘ですけれど」
「でも、みんな喜んでいるように思えるわ。時折落胆しているような子もいるけれど」
「賭けに負けたのでしょう。でも、安心してください。ここでの生活に本来、金銭は必要ありません。すぐに紙切れになってしまう可能性のほうが余程高いからです」
『ヒトエ』の言葉に静漓は納得する。
戦乱続く世界クロムキャバリア。
そこに貨幣の価値は他の世界と違って重きを置くことはない。
貨幣でのやり取りは、それを担保にするものがあるからこそ成り立つもの。だが、明日をも知れぬ情勢であれば、この担保にするものが存在し得ない。
あるのは小国家内部でのやり取りに限定される。
ならばこそ、貨幣の価値というのはそこまで重要視されない。
「いざとなれば、物々交換というわけなのね」
「はい。落ち込んでいるのは、どちらかと言うと自分の予想が外れたことに対する感情でしょうか。やっぱり、こういう娯楽には自分の贔屓というものがでてきますから」
贔屓、と静漓は闘技場で激突しては離れる赤と青のキャバリアを見やる。
人気商売というものもあるのかもしれない。
となれば、益々持ってこの小国家におけるキャバリア闘技場というのは、娯楽の側面が色濃いのだろうと理解できる。
「今からでも賭けられる?」
「試合が始まってしまっては、締められています。が、予想をしてみます?」
どちらに? と『ヒトエ』は赤と青のキャバリアを示す。
戦いの様子を見やれば、赤のチャンピオンに果敢に青の挑戦者が挑んでいるように見える。
一進一退とも言える。
静漓は即座に青色のキャバリアを示す。
挑戦者。
いつだってそうだ。
果敢にも挑んでいく者にこそ、静漓は興味を示す。
何故、そんな事をするのかを知りたいと思う。無謀とも言える戦いに挑むことは、生命を落とすかもしれない可能性をはらむものだ。
なのに、それでも立ち向かう者たちがいる。
そんな者たちにこそ彼女は強く惹かれるのかもしれない。
「余は、あ、いや、私は……赤、チャンピオンですね。彼の動きは非常に良い。ここ数日でも一番に勘が冴えていると見受けられます」
「そうね。でも、挑戦する者に追い立てられているようにも思えるわ」
「それは、どういう……」
歓声が上がる。
瞬間、青のキャバリアが赤のキャバリアのシールドを弾き飛ばしたのだ。
機体を護る盾を失った赤いチャンピオンが動揺するのが見て取れた。
そう、王者は常に追われる者。
その重圧というのは、想像以上のものである。
故に、果敢なる者の踏み込みを止められなかったのならば、後は言うまでもない。
「青のキャバリアが勝つわ」
静漓の言葉通り、青のキャバリアが刹那の攻防に己が機体を踏み込ませ、手にした実体剣でもって赤のキャバリアのガードを弾き上げ、その切っ先を突きつける。
歓声が再び闘技場を揺るがし、熱狂が渦を巻いていく。
この感覚を静漓は知っている。
スポーツ競技に熱狂する人々の心だ。
何度も見てきた。
生命のやりとりなく、しかし、心を燃やすようなやりとり。
「……本当に」
「言ったでしょう?」
静漓はまた一つ学びを得て、歓声に包まれる闘技場を満足気に見つめるのだった――。
成功
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