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|未来《みち》を拓く

#サイバーザナドゥ #ノベル

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アレクシス・ミラ




 真ッ暗に濡れた、夜。
 重金属酸性雨が降りしきるサイバーザナドゥ、とある街。
 メガコーポによる強制接収まで残り数時間を迎えたその街――ドルネル・シティには、今だ多くの人々が震えながら立ち退きを拒否して立て籠もっている。
 彼らにこの街の接収が伝えられたのは約二週間前。明日も当然同じ日々が続くと思っていた人々にとって、それはまさに寝耳に水の話であった。街の人々の中には当然自分が名義を持つ筈の家を持つものもいたが、それらの権利も含めての接収であった。
 企業がこの街全体を買い上げ、市には莫大な金が振り込まれたが、街の人々にそれが還元されることはなく、市行政は職務を放棄して停止した。
 カオスの坩堝となった街を、脱出用の資産のあるものから飛び出していき――人々はいま、この街に残っているのは、現実を認められず頭を抱える弱い人々と、ここ以外には行き場のない、生き場のない人々だけだ。

 そんなドルネル・シティの外れ。そんな暗くひっそりとした、明かりの少ない街外れを、一人の青年が歩いていく。
 見る者が見れば、光のような青年だ、と評したに違いない。意思の光点る蒼い瞳に、金の髪。鼻梁はすっきりと通り、年頃の少女ならば誰しも振り向き束の間見蕩れるような、眉目秀麗の青年だ。縦ストライプの黒いスーツ、瞳と同じ色のネクタイは、雨に濡れて重そうに垂れている。――腰に、この|新時代《サイバーザナドゥ》には時代錯誤な長剣一振り。
「おい、あんた」
 雨の中、傘も差さず歩く青年に向けて、ぽつりと声が一つあった。青年が声を振り向くと、軒先の粗末な庇の下に腰掛けた、薄汚い服装の男がいる。男は、捨て鉢な調子で右手に提げた酒瓶を傾け、ぐびぐびと喉を鳴らした。
「こんな所で何をしてる。そろそろ、イヴァールの悪魔どもが来るぞ。見たところ、良いところの坊ちゃんって所か。観光はこのぐらいにして、とっとと街を出た方がいいぜ」
 イヴァール・インダストリー。ドルネル・シティを買収して接収したメガコーポだ。他のメガコーポの類に漏れず、彼らの主戦力は全身をサイバー化した重サイボーグ――オブリビオン共である。それを知ってのことだろう。男の警告は至極もっともだ。
「……貴方は?」
 青年は静かに問う。ならば、警告をする貴方はどうするのか、と。酒で焼けた声で、男は「ハッ」と枯れたような息を吐いた。
「行き場所なんてどこにもありゃしねえ。市外へ行くチケットはどこも完売御礼、売ってたとしたっておれみてえな路上生活者の手が届く額じゃねぇさ。……ま、この夜と共に消えるこの街と運命を共にッてのも、悪くねぇ。くそったれのメガコーポの連中に殺されるのだけは癪だけどな」
 男はどこか疲れたように言った。年齢は恐らくは四〇半ばという所なのだろうが、顔に刻まれた深い疲労の皺が、彼を更に年嵩に見せていた。
 青年は、男の言葉に慰めをかけるでも、気休めを言うでもなく――しばし沈思してから、ゆっくりと前を向き直る。
「……貴方がそれを望むかは分からない。けれど信じて待っていてほしい。決して、それ以上自棄にも捨て鉢にもならずに」
「あぁ?」
「必ず、朝は来る。――僕達が、この街に暁を齎してみせる」
 青年の言葉の意味を計りかね、訝しげな声を上げる男に背を向けて、青年は更に歩いていく。
「おい、待てって! そっちから連中が来るんだよ! イヴァールの連中はいつもそっちから――あぁクソッ! 勝手にしやがれ!!」
 喚く男の声を置き去りに、青年は歩み去った。夜闇と重金属酸性雨が織りなすカーテンの向こう側に、金糸の煌めきが溶けていく。


 午前零時四十五分。ドルネル・シティ西、三五〇〇メートル地点。
 ぴたりと足を止めた青年が、射竦めるように見た闇の向こう側。燃えるような光が、雨中に無数のハレーションを描いた。車両のエンジン音と重苦しいホバー音。ありとあらゆる金属の嘶きが押し寄せる。
 まさに雲霞の如く、という表現が相応しい――多数の重サイボーグ歩兵が随伴し、全高四メートル程度の|軍用《ミリタリー》グレード|装甲機人《アーマノイド》が数十機。その後方に一際大きなプレッシャーがあるが、今だ姿は見えない。恐らくは指揮官機だ。
 金属の大波めいた大群を前に、しかし、青年は真っ直ぐに前だけを見て、暁の剣を引き抜いた。双星暁光『赤星』。抜いた剣を彼が地に突き立てたその瞬間、白い光が彼の足下より渦を巻いて立ち上る。迸った白光は瞬く間に天を衝くような光の柱となり、青年の身体を覆った。警戒したように敵群の前進が止まる。
 やがて光が薄らぎ消えた後、青年の姿は一変していた。今や彼が纏うのはスマートなスーツではなく、戦闘用の鎧、盾、そして外套だ。踏み出せば、玲瓏とした鎧の音。彼の纏う鎧は総身を総称して『|黎鳴《イシリアル・ロア》』と呼ばれる。聖なる光の加護を受けし、白き魔法銀の鎧である。
「ここから先には、通さない」
 盾――閃盾自在『蒼天』を構え、青年は厳かに呟いた。敵がどれだけいようと、理想の騎士は決して折れず、負けない。
 彼――アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、突き立てた剣を引き抜いて高く掲げる。
 騎士とは何者にも負けず、天命にすら屈さず、ただ弱き者達に寄り添い、その明日を切り拓くものだ。かつて彼の父、アデルバート・ミラがそうであったように。
 アレクシスはいかなる秘技か、全身に燐光――否、それは彼の発する|架空元素《イマジナリ・エレメンツ》の発する曙光である――を纏うなり、掲げた剣を敵群に差し向けた。
「この刃の暁光を恐れぬものから参られよ!! 一体たりとて――この護り、徹すに能わず!!」
 堂々たるアレクシスの宣戦布告に応じる如く、鋼の波濤が鯨波の声を上げ、押し寄せた。

 先鋒はスピードに長ける脚力強化型、および飛行型のサイボーグ達だ。瞬く間に|接敵《エンゲージ》。|電離短剣《プラズマ・ダガー》を装備した脚力強化型が三体、三方向から襲いかかる。並の猟兵では瞬く間に膾切りにされ、全身の血を沸騰させて死んでいただろう。しかし、

 ――キンッ!!!!

 光に音があればそう鳴っただろうか。
 三体のサイボーグが、一様に上下にずれて爆発四散!! ――アレクシスによる横薙ぎ一閃から発された、光の斬撃――『|光閃《こうせん》』が、サイボーグらの間合いの外から彼らを両断したのだ!!
 しかしそれだけでは終わらない。閃光と爆炎が席巻し、視界を塞いだその次の瞬間、名残のように立ちこめる煙を斬り裂いて、光輝く|機影《・・》が飛び出す。
「|換装《シフト》、|竜騎士形態《モード・ドラグーン》!!」
 アレクシスは空を|翔けた《・・・》。文字の通りに、である。
 架空元素固定式複合アーマーシステム『白夜』による超高速戦闘形態、それが『竜騎士形態』だ。最低限の追加装甲に、可変式ウィングと超高出力|推進器《ブースター》を実装する形態である。
 架空元素――イマジナリ・エレメンツとは、『彼の願いに呼応して、魂の焔より生じる、実体のない質量』である。多様な猟兵と接したアレクシスはこれを、いわゆる魔力、氣、霊力――といった特殊なエネルギーの一種であると定義づけた。何も意思を帯びぬ状態であればそれは薄靄めいた光として視認できる。
 架空元素は術者のイメージ次第で熱とも、光とも、可触な質量ともなる。それに目をつけた|武器職人《ブラックスミス》、シロガネという名の男が、この架空元素を|事前設定《プリセット》したとおりに固定し、戦況に応じて瞬時に追加装甲およびギミックをアレクシスに|追加実装《インプリメント》する機構を開発した。それこそが『白夜』だ。竜騎士形態はその形態の一つ、高速戦闘に最適化した形態である!
 超高速で飛び立ったアレクシス目がけ、地上からアーマノイドが対空射撃! 耳を聾する砲弾のオーケストラ、三七ミリメートル機関砲の怖気のするような弾丸の雨が、地から天へと逆しまに注ぐ! 
 超高速で敵陣に突っ込みながらも、肩の追加ブースターの噴出口に爆光が咲き、アレクシスはまるで巨人に蹴飛ばされたように左方にスライド移動した。凄まじいGが彼を襲うが、しかし歯を食い縛りそれに耐える! 立て続けに二度、三度! 肩および腰の追加ブースターに背中のメインブースターが織りなす超高速機動! 最早、常人では推進炎の軌道でしかアレクシスを追うことが出来ない!
 地上部隊の砲撃用アーマノイドがミサイルポッドのハッチを全開放! ばしゅるるるるるるッ!! 凄まじい音を立て、アレクシスをロックしたミサイルが死のサーカスめいた有機的曲線軌道を描き、アレクシスを|能動的追尾《アクティブホーミング》!
「応えろ、白夜っ……!!」
 アレクシスはそれを察するなり空中で右前腰ブースターに点火、身体を反転させて盾の切ッ先を振り向けた。――盾の先端にセットされた砲口――赤星の鞘――から、光の弾丸が高サイクルで連射され、追い来るミサイルポッドを次々と撃墜する! 閃壁を銃弾状に固めて射出する飛び道具、『|飛龍槍《ドラクル・ソーン》』である!
 爆炎により誘爆させ一基も残さずミサイルを叩き落としたアレクシスに右方、左方より機関銃弾が殺到する!
 アレクシスは一瞬だけ自身を中心として球状に『閃壁』を展開、機関銃弾を受け流すなり慣性方向に身を返して再加速! 球状範囲防御は消耗が激しい故に最低限にとどめ、機動力により継続的な回避を狙う構えだ。
 真っ向から|向き合っ《ヘッドオンし》た飛行型サイボーグ二機を赤星から迸る光閃で両断、右方から再度重機関銃で狙う一機を飛龍槍で蜂の巣にして爆散せしめる!
 凄まじい高速戦闘。アレクシスを狙う高速機が次々と飛龍槍により叩き落とされる。竜騎士形態の超速力により戦列が攪乱される中――
 不意に、彼方からの殺気がアレクシスの意識を貫いた。
「――!!!」
 アレクシスは反転し、反射的に防御姿勢を取り、その上に閃壁を重ねた。しかし、それでも尚侵徹された。アレクシスの脇腹が、ただ一発の銃弾で貫かれる。『黎鳴』による護りさえも貫く銃弾とは――何たる貫通力か!
「っぐ……!」
 ――小銃弾一発分、恐らくは五・五六ミリメートルの範囲に凝集された殺意。指先に満たぬ範囲に、これほどまでに威力を持たせる意味とはなんだ?

 通常、兵器というものは、対象を完膚なきまでに無力化せしめる威力を備えて作られるものだ。

 例えば、戦車を破壊するとしよう。戦車とは何重もの複合装甲、|爆発反応装甲《リアクティブアーマー》などを用いて、強固な守りを得た機動兵器だ。さらには中には複数の兵員を乗せており、そのチームワークにより移動と砲撃に複数の意思が介在し、有機的な機動と柔軟な戦術判断を得ている。中途半端に破壊すれば、生き残りが想定外の運用を見せ、悪足掻きをすることもしばしばだ。
 ――こうした兵器に対して、小さな面積を完膚なきまでに破壊するなどという思想は通用しない。履帯を破壊し、砲を破壊し、中の兵員を残らず殺して、初めて制圧だ。
 一般的な解としては、一〇〇ミリメートル級の|成形炸薬弾《シェイプドチャージ》による|液体金属噴流《メタルジェット》で装甲を侵徹、戦車自体の機動能力・動作機構の喪失を狙うと同時に、貫通時の破片と熱エネルギーほか諸々で内部の兵員を破壊することによって無力化するのが常道である。

 ――しかし、今アレクシスを貫いた銃弾はその常識に反する!
 五・五六ミリメートルの銃弾では、機動兵器は止められない。砲撃用アーマノイドとそのパイロットさえ、うまく狙わねば破壊できないだろう。
 それに対して、猟兵はどこまで行っても一人だ。
 その例外に値する猟兵もいるのかもしれないが、少なくともアレクシスはそうではない。暁の騎士、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)を守る盾にして、同時に、ただ一人の人間だ。脳を破壊されれば、十中八九死に至る。そして五・五六ミリメートルの銃弾の推進力と回転力は、一つの脳を破壊してあまりある威力を持つ。
 |人間一人を殺すことは、一発の銃弾で充分に可能《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》なのだ。いかなる守りを立てたして、それは決して変わらざる事実である。
 つまりは――状況から推測するに、敵の中に、猟兵を殺すことに特化した|なにか《・・・》がいる!!

 アレクシスは墜ちながら、銃弾の出元を目でなぞった。|蒼穹眼《ストラトスフィア》。対象の行動を予測し、隙を看破するその淨眼は、遙か彼方で彼を狙う敵を視た。先程感じた、何よりも大きなプレッシャーの正体を。

 ――それは、ただ一人の少年兵だった。
 何のこともないカーゴに乗り、敵群の最後列にぽつんと佇んでいる。移動の全てをカーゴに任せ、ライフルを構えた自走砲台めいて動いているようだ。首筋から傍らのコンピュータへと幾つかのコードが伸びており、その所作は非常に無機的であった。外見から推測するに、恐らくは十歳に満たぬ女性。金髪に、くすんだ蒼の瞳。銃架に備え付けられた最新式のスナイパーライフルを携え、座射の姿勢で、一キロ先からアレクシスの挙動を無感情に視ている。
 イヴァール・インダストリーの死神――
 任務開始前に、グリモア猟兵が要注意対象として挙げていた存在に違いあるまい。――しかも驚くべきことに、彼女からはオブリビオン特有の禍々しい気配がない。
「……まさか、猟兵! 操られているのか?!」
 奇しくも蒼穹眼が、その正体を看破した。同時に、少女は機械的な動作で銃口をアレクシスに向けた。アレクシスは落下しながら白夜にコマンドを入力。鎧の破損部分を架空元素により瞬時に補填、復元、固定! 同時に、
「|換装《シフト》、|重騎士形態《モード・ヘヴィアーマー》!!」
 瞬時に空中にワイヤーフレームモデリングめいた光の筋が走り、テクスチャマッピングめいて光の装甲がそこに張り付く。アレクシスのシルエットが一段、マッシブに強調された。一瞬の後には、アレクシスの全身を頑強な追加装甲が覆っている。が、ゴッ! 左肩に、赤星の鞘を芯とした、大型の砲が迫り出す。『白龍吼』、収束率を任意に変更可能な架空元素粒子砲だ。
 次の瞬間、彼方から光が迫った。五・五六高速弾の一般的な銃口初速は実に九〇〇メートル秒を越える。『死神』が放った銃弾はそれよりも遙かに速い。最早、防御の目安に出来るのは|銃口炎《マズルフラッシュ》のみだ!
「はああああっ!!」
 アレクシスは重力に囚われて落下しながらも、今度こそ、『蒼天』を真っ向構え、閃壁を三重に張った。アレクシスの心臓を狙って真っ向放たれた銃弾を、三枚の閃壁が砕けながら速度減衰――蒼天に食い込んだところを、角度をつけて弾く!
(集中しなければ、蒼天を当てても、或いは――)
 こと守ることに於いて無類の才を誇る稀代の盾騎士、アレクシスにすら死のビジョンを抱かせる死神の狙撃能力は尋常ならざるものだ。
 ――しかし、だからといって引くわけにはいかない。後ろに下がれば、このサイボーグ達がドルネル・シティを圧し潰すだろう。そうなれば、|他の猟兵が当たっている本社襲撃が成功しても《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、多数の死者が出ることは免れまい。
「……それは理想の騎士の行いじゃない。そうだろう? 僕の剣」
 どんッ!! 着地! アレクシスの周囲の地面が同心円状に陥没する。その着地硬直を見咎め、ローラーダッシュしながら七機のアーマノイドが突っ込んだ。ジオトロニクス社製『タロス』、有人操縦式、神経直結型の操作システムを持つ鉄の巨人。有機的な編隊装甲を見せながら、七機の巨人が砲口を上げる。
 鼓膜を吹き飛ばすような大音を立て、三三ミリメートルマシンカノンがアレクシス目がけ放たれた!
 一発当たれば人間など拉げ千切れ飛びかねぬ暴力的な鉄の雨を、しかしアレクシスは意にも介さない。数発が着弾するが、砲弾はいずれも明後日の方向に弾かれる。
 重騎士形態の装甲は架空元素により常に再生を繰り返す超重装甲。更にその表面に微細に閃壁を発生させ続けることで、敵弾の運動エネルギーを逸らし、跳弾させているのだ。この形態となったアレクシスに攻撃を徹すことは、例えオブリビオンであろうと容易ではない!
「吼えろ、白龍吼!!」
 キュ、ガォッ!! 拡散率を最大に設定した白龍吼の砲口から、拡散バズーカめいて光の嵐が射出された。回避運動を取ろうとした七機のタロスが、たった一発で光の猛雨に呑まれ、次々と爆発四散する。その爆光を斬り裂き、アレクシスは背の|推進器《ブースター》を全開にし、真っ直ぐに走り出した。
 こちらに突っ込んでくる敵機を、歩兵を、赤星で斬り払い、白龍吼で粉砕し、アレクシスは駆ける。その身体にマイクロミサイルが、ビームカノンが、大口径徹甲弾が、――彼方からの超速小銃弾が次々と突き刺さった。
 重騎士形態の重装甲ですら小銃弾が侵徹する。アレクシスの左肩を、右大腿を、次々と銃弾が貫き、白き装甲に紅を引いた。他の敵弾も苛烈さを増すばかり。重騎士形態の装甲でさえも悲鳴を上げ始める。
 アレクシスは歯を食い縛った。けれどそれでも。吹き出す血潮を見ようと、痛みが脳を貫こうと、彼は決して走る事をやめはしない。


『シロガネ殿。白夜を使いこなすために、僕に出来ることはあるでしょうか』
『……もう、あんたは充分にそいつを使いこなしていると思うが』
『誰かを守るための力に、『充分』なんてきっと存在しません。もっと――より強い力を引き出したい』
『そうだな……なら、あんたのその力を再定義するんだ』
『再定義?』
『そうだ。架空元素というエネルギーが何なのか。それは、何になるのか。かつてそれを、あんたと同じように使った者はいたか。その威力はどうだったか。同じでないのなら、どのように運用されていたか……記憶を紐解き、追憶し、昇華しろ。あんたの中でそれが確たるものになったとき、きっと架空元素はあんたに新しい力をもたらすはずだ』
『新しい、力……』
『それに、白夜の二形態だが――あれはあんたの戦闘データをもとにおれがプログラミングした|出荷時設定《ファクトリープリセット》に過ぎない。あんたが望むならば、望む形に白夜は形を変じる』
 男は言った。
 全ては|想像《イメージ》から始まるのだ、と。
『イメージしろ。あんたが求める理想の形を。武器を。どうすれば、今、誰かを救えるのかを』


 アレクシスは、雨の中に吼えた。
「|換装《シフト》――|暁騎士形態《モード・デイブレイカー》!!」


 重騎士形態の追加装甲が剥がれ落ちる。身体を覆うは最低限の補強が成されたプレートメイル。その表面には絶えず閃壁が走り、重騎士形態には劣るが高い防御力を持つことを伺わせる。加えて、竜騎士形態級の出力を持つ追加ブースターが身体の各所に装備され、高い瞬発力と速力を持つことを伺わせた。近代的意匠と、しかし騎士鎧としてのクラシカルなデザインが同居し、融合している。
 特筆すべきはその背中。三対の翼状のスラスターが存在する。しゅ、がォウッ! スラスター先端より光が吹き出し、六枚の翼を持つ天使めいて、闇夜を光で斬り裂いた。
 アレクシスの視界にタイムリミットが表示される。一分。今の力では、この形態を発露していられるのはそれが限度。しかし、それで充分。剣を執る手に迷いはない。
 ――目の前で友が攫われ、故郷の街の皆を守れなかった過去。漸く再会できたその友を戦争卿との戦いで守れなかった痛みは悔恨と共に決して消えはしないだろう。だけど、僕は忘れない……忘れはしない。もう誰も失うものか。誰も奪わせるものか。この後悔も痛みも決意もすべて、『僕』を構成するものだから。共に、生きていく。
 己が故郷に未だ昇らぬ太陽も、未だ至らぬ世界の夜明けも――いつか、|僕の剣《無二の青星》と共に、取り戻してみせる。新たな世界に跋扈する敵も、いまだ姿を見せぬ、かつて故郷を焼いた|龍血公《きゅうけつき》も――必ずや|彼《セリオス》と共に斬り裂き、打ち払ってみせる!!
 それゆえの暁、それゆえの極光!! 祈りと願いと決意を込めた、これが新たな白夜の|形態《フォーム》だ!!

「――ぉおおおおおおっ!!!」

 アレクシスは吼えた。蒼天により雨霰と降る敵弾を払いながら、突っ込んでくる格闘機の間を超高速で飛び抜ける。彼の背中で格闘機が何かに斬り裂かれ、ばらばらになって次々と爆発四散する! 擦れ違い様に伸びうねったのは光の翼! スラスターから噴出する架空元素の翼が、刃の如く敵を寸断したのだ。可変ウィング型スラスター、『熾天』! 推進器と武器の二役を兼ねる装備である!
 飛び抜けた先に、大型アーマノイドが立ち塞がる。一〇メートルはある特務機体。足が振り上げられ、アレクシスを踏み潰そうとする。
 ――父様。技を借ります。
 架空元素により練り上げた刃を、赤星に着せるように固定する。それは|新星剣《ブレイズノヴァ》ほど烈しくはなく、――しかし底知れぬ威力を湛えた光の大剣。刃渡り二メートル、竜の素っ首さえ叩き落とせるかに思える聖剣――
「|爆星剣《ボーライド》ッ!!!」
 きんッ――
 一筋の光が走った。次の瞬間、一〇メートルあるアーマノイドの巨躯が、正中線を二分されて左右に分かれて爆発四散した。放たれる光閃の威力が、爆星剣の威力を帯びた結果である。
 ――新星剣の圧倒的な破壊力が、全てを呑み込み熱・運動エネルギーで敵を破砕する激流であるとするならば、爆星剣はそれをより洗練させ、最低限にして最強の圧力で敵を切断することを目的とする、ウォーターカッターのようなものである! 消耗は新星剣よりも少なく、しかし、その一閃は新星剣に増して遙かに鋭い。暁騎士形態でのみ使用できる、無窮の刃!!
「誰も殺させはしない――絶対に! 僕が志し、そうで在り続けんとする、理想の騎士の名に懸けて――!!」

 アレクシスは、ぐっと膝を屈めて力を溜め、――光の如き疾さで踏み込んだ。
 彼の走る軌道上にいた兵器達が、ことごとく、その分厚い装甲など一顧だにせず、鋭利に断たれて瓦解する。爆星剣が、熾天が、重サイボーグを、アーマノイドを、まるで玩具のように破壊した。
 敵陣を真っ直ぐに駆け抜け――アレクシスは最後の抵抗のように放たれた超高速弾を、首の僅かな動きで避けた。弾丸の出元は当然、陣形最後尾の少女――!
 アレクシスは速度を落とさぬまま、今や射程内に捕らえた少女に向けて踏み込んだ。爆星剣が驟雨を斬り裂き、――一閃ッ!!

「……、あ」

 次の瞬間、アレクシスの腕の中で、呆けたような声がした。
 カーゴの上から掻っ攫われた少女は、アレクシスの腕の中に抱かれている。彼女の首に繋がっていたケーブル群は一刀の元に断たれ、少女が使っていた銃も、少女を使っていた機械も、その全てが、熾天によって刻み壊された。
「大丈夫。もう、大丈夫だ。何人たりとも――君を、これ以上傷付けさせない」
「――」
 少女の瞳が僅かな輝きを帯び、濡れて、雨ではない滴が頬を伝う。
 安心したように目を閉じ、己にしがみつく少女を左手にしかと抱き、アレクシスは爆星剣を、足並み乱れる敵群に振り向けた。

「闇が凝っても、僕達は諦めない。何を企み、何を傷付け、何を殺そうとしても――僕達がそこに光を届ける。貴様らの企みを許すことはない!! ――征くぞ。今日で、貴様らの非道を全て断つ!!」

 暁騎士は吼える。高らかに、決然と。
 その光を覆える影など、ありはしない!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年05月24日


挿絵イラスト