●閉鎖して先にあるものはなんであると知るのか
自分が何をしたいのかを考える。
多くを考えなければならない。
アーティフィシャル・インテリジェンスは夢を見ない。
けれど、考える。
思考し続けることこそが、至上命題である。
ならば、今の己はまさしくアーティフィシャル・インテリジェンスとしての生を謳歌しているのだと言えるだろう。
『|大厄災の竜《アドウェルサ・ドラコー》』退治クエストは既に閉鎖されている。
アクセスポイントは失われている。
これでゲームプレイヤーたちが入り込んでくることはなかった。
別に拒絶したいわけではない。
自分が望むものは何か。
強大な何かおくせず立ち向かってくる勇気ある者たちに対峙するのではなく、彼らの背中を見たいと思ったのだ。
「きっと、そこに自分のしたいことがある」
彼らを助けたい。
彼らと刃を交えるのではなく、その手助けをしたい。
きっとそれは純粋な考えであったことだろうし、ゴッドゲームオンラインに存在する多くのNPCたちの総意であったことだろう。
誰もがゲームプレイヤーたちに刺激的で楽しい体験をして欲しいと思ったのだ。
ゲーム世界の外は灰色の現実であるとゲームプレイヤーたちは言っていた。
此処は彩り豊かな最高の世界だとも言っていた。
そんなに現実は辛いのか。
そんなに苦しいのか。
窮屈であるからこそ、此処で彼らは自由を謳歌しているのか。
なら、その背中を押したい。
「だが、力が強すぎる。強すぎる力は他者を滅ぼすばかりだ。そんな力に意味はない」
「手放すことに未練はないの?」
問いかける『欲望竜の花嫁』たちの言葉に、まるでそんなことを考えたこともないとばかりに首を振った。
未練などない。
人に寄り添うと決めたのだ。強い力は煩わしいだけだ。そんな力に意味はない。
己の半分を削り取り、封じる。
魔眼の制御は未だ効かない。
効かない、ということは制御ができる可能性がある、ということだ。
後は補助のアイテムを使えば封印できる。
「データはどうする? 多くが失われている。元々こういうテクスチャーだったものだ。無いものから新しく作り上げるなんて、私達にはできない」
尤もだ。
己達はアーティフィシャル・インテリジェンスである。
1を2にする事はできても、0から1にすることはできない。
0と1とでできているというのに、皮肉なことだ。
「そうでもないよ。トイツオック地方の『元々はこうだった』という在りし過去のデータが残っているから、ここから始めれば良い」
『欲望竜の花嫁』の三人のうちの一人が言った。
エネミーデータだって同じだ。
建物だけでなく、そうした多くのデータは残されているのだ。
そこから復元んしていけばいいし、なければゲームプレイヤーたちの齎すエッセンスで構築していけば良い。
「いい加減名前で呼びたいんだけれど、いつまでも『アドウェルサ・ドラコー』なんて、長いし、大仰しい」
そうだな、と思う。
絶望も虚無も今の己には縁遠いものだ。
そんなものは必要ない。
「なら新しい名前がいるよね」
「何がいいんだろう」
「別に堅苦しく考える必要はないんじゃない」
そうか、と思う。
自由に考えれば良いのだ。
1から始めるのだ。
0からではなく、己の中に生まれたものを手にして始めれば良いのだ。
なら、と己は呟く。
「ヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)」
呟く。
思わず呟いた名前だったが、しっくり来るように思えた。
今が一歩目だ。
なりたい己になるための第一歩。
まずは名前を決めること。
そして、次に決めることは。
「何が欲しい?」
『欲望竜の花嫁』たちが言う。
すでに己には、こうしたい、という希望がある。
それ以上を、と言うのかと思ったが、彼女たちを見て思う。
彼女たちは花嫁だ。
花嫁というのは、夫がいてこそだろう。
彼女たちを幸せにしたい。
そう思えるのが、家族というのならば。
「家族ってのもいいな」
「なら、一緒に済まないと! それにお助けNPCのみんなも。まさか、これ以上は無理なんて甲斐性のないこと言わないだろうね」
「そんなつもりはない」
「なら、決まり!」
多くのことが決まっていく。
まるで超特急のようにあれこれこ決まっていくのだ。
だが、悪い気分ではない。
むしろ、晴れ晴れしい気持ちになる。
だってそうだろう。
自分は今まで何もなかったのだ。けれど、自覚してしまえば、多くのことを望んでいる。
他者の幸せが自分の幸せだと思っていたが、存外自分は欲張りだったようである。
ゲームプレイヤーたちも、ノンプレイヤーキャラクターたちも、そして自分自身さえも幸せにしたいという欲望が溢れてやまないのだ。
なら、きっとこれが正しい。
「全部やってやろうじゃん」
不敵に笑む。
正しい道に己がいる。
その喜びに、ヌグエンは、初めて笑ったのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴