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共に微笑みて、桜舞う

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知花・飛鳥



一ノ瀬・帝





 桜前線は足早に北上してくる。春休みの終わりはすぐそこに迫っている――もうすぐ新学期が始まる。
 足早に季節が過ぎていくことに少し焦りを感じてしまうのは、桜の開花情報を聞いてしまったからだ。
 行っておかないと勿体ない。桜は一年に一度しか、今しか咲かないのだから。長く長く楽しめればいいのだけれど、一気に咲いて未練なく散りゆくさまは、潔くもある――ほお…と嘆息を漏らして、スマホの画面を見ていた一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)は、すぐさまメッセージアプリを起動した。

 花見、行かないか?

 すぐさま返事がくる――そのハイテンションな文面に、帝は小さく笑った。


 花筵を覆うようにレジャーシートを広げたのは、知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)。抜かりない。抜かるわけがない。
(「こ、恋人とのデートやしな!」)
 煌く桜色の空を見上げれば、端正な面立ちの見慣れた顔――それでも、微笑む帝の男前パワー(仮にそう名付けておく)は以前より段違いに強くなっている。
 帝の変化が実に照れくさいのだが、それと気づかない当の本人もまた、恋人の可愛さレベルの上昇に心を締め付けられ、いっぱいいっぱいになっていた。
 飛鳥の手作りの弁当を花見をしながら食べたい――そんな精一杯の|我儘《おねがい》を言って良かった。花見をしようと誘ったあの時、勇気を出して良かった。幸せが過ぎてどうにかなってしまいそうだ。

 そんなんお安い御用やで! 作ってく!

 『OK!』のスタンプは、満面の笑みだったし、そのスタンプの奥に飛鳥の笑顔を見ることができたのは、帝の特殊能力か。
 弁当は飛鳥に任せたのだから、行先の候補は帝がピックアップして、ふたりで選んだ。メッセージのやりとりが早々に面倒になって通話し始めたのは、言うまでもない。
 数日前のやりとりを思い出しながら広げたシートの上に座り込めば、正面に飛鳥も座る。
「ほいっ、リクエストのおべんと!」
 どんっと出されたランチバッグ。その中から出てきたのは、色とりどりの、混ぜご飯のおにぎり弁当だ。
「どや! いろんなおにぎり作ってみたで!」
「おおぉ……たくさん、ある……すごいな。さすが飛鳥、どれも美味そうだ」
「全部美味しいはずやで。ちゃんと味見してきたからな~」
 どれもこれも残さずきれいに食べ切れる量にしたつもりだが、気合を入れすぎて、たくさん作りすぎてしまった感はどうしても拭えない。飛鳥に過ぎる一抹の不安を拭い去るのもまた、帝だった。
 華やかなおにぎり弁当に目を輝かせている。劇的な変化ではないけれど、目に見えて喜んでくれているのが分かった。
「……食べるか?」
「もう食べても良いのか?」
 さっそく食べたいのだ。四角い弁当箱の中にむぎゅっと詰まった丸いおにぎりは、今か今かと食べてもらえる瞬間を待っている。
「ええよ! ほな食べよ」
 そわそわの帝が可愛く見えて仕方がない――おしぼりと割り箸を渡して、「どうぞ、めしあがれー」なんておどけた。
「いただきます」
「俺も! いっただきまーす!」
 ふたりでぱきりと割り箸を割った。
 どれから食べようか迷うくらいの、鮮やかさだ。
 菜の花の漬物の塩気と苦みは舌に新鮮だった。しゃくりとした歯触りも楽しい。
 甘辛いタレを纏う薄切り肉に包まれたおにぎりは、香ばしいゴマと爽やかな大葉が混ぜられていた。
 鮭と枝豆の混ぜご飯は、ほのかにバターの風味がして、豊かに香って鼻を抜けていく。
 もうひとつ、鮭と水菜のおにぎりは、また違った食感で、同じ鮭でも飽きさせない工夫がなされている。
 梅肉のアクセントが効いた鰻と大葉と枝豆の混ぜご飯おにぎりは、見目華やかで梅がさらりと脂を流すように感じられた。
 海苔の腹巻を巻いているのが、炒り玉子と塩昆布の混ぜご飯――いわずもがな、すべてが美味しい飛鳥手製の、おにぎり弁当だ。その事実が、最高のスパイスになって、旨味を何倍にもして帝の味覚を愉しませる。
 ガツガツと掻き込み食べるわけではないが、咀嚼は止まらないし、口に運ぶ手も止まることはない。
「サンドイッチか迷ったけど、こっちにして正解やったみたいやな」
 美味そうに頬を膨らませる帝を見て、飛鳥も上機嫌になる。
「ミカ、和食好きやろ? せやから、おにぎりにしてん」
 帝の好みに合わせてメニューを考えてくれたことがなにより嬉しくて、箸を持つ手が震える。
「こんな……こんな幸せでいいのか……」
「なんやそれ! 大げさやなぁ」
 喜ぶ帝が微笑ましくて、こんなに喜んでくれるとは(一部想像通りではあったが)やはり照れてしまう。これまでに何度も手料理は振舞ったことはあるが――そのときよりももっとずっと幸せだった。甘やかな時間は桜の降る公園にそっと流れる。
 帝の喜びも、飛鳥の喜びも、舞い上がる心ごとすべてが、弁当に詰まっていて、おにぎりを収めた腹の底から幸せが体中を巡っていく。
「あ、そのたまごな、マヨいれて、ふわふわにしようと思ったんやけど、握ったらつぶれたんや」
「おにぎりだもんな……この黒いのは?」
「それは胡椒!」
 平静を装って、おにぎりの解説をしてみたけれど、なにを言っても帝は、美味しいを連発するだけになってしまった。おにぎりと一緒に、えもいえない幸せを噛み締めて、茶を飲む。
 メインはおにぎりたれと詰め込んできたが、別盛りでおかずも持ってきている。
 大きめの唐揚げに、ミニトマト、ゆでブロッコリーに、ちくわの磯部揚げ。くるくると幾重にも巻いた玉子焼きは、鮮やかな黄を輝かせた。
 そのどれもこれもを、ぱくぱくと口に運んで、満足そうに飲み込んだ。
「んっ……、この肉巻きも、最高」
 舌に絡む甘辛いタレも、噛めば滲み出る脂の甘みも、ご飯との相性は抜群で、いくつでも食べてしまえそうだ。
「……はあぁ、……生きてて良かった……」
「いやっ、めっちゃ大げさやな! なんや、急に!」
「こうして、お前とふたりっきりで花見に来れたし、なにより飛鳥の手作り弁当を独り占め出来る日が来るとか、……思ってもみなかったから」
「ほんまに大げさやな……ふふっ、いつでも言うてくれたら作ったのに~」
 そこに、付き合う前や後といった区別はなかった。帝に頼まれたなら、弁当の一つや二つ、準備することは造作もない――精一杯の照れ隠しに、唐揚げを一つ頬張った。冷めていても旨く仕上がっている。
 それでも立場が変わったからこそ、込める想いは甘いものに変わっているかもしれないが。
 ほどよい握り加減で、噛めば口の中でほろりと解けていった。
「……まあ、我ながら上出来やけどな!」
「最高に美味しいよ」
「そっ、そういうとこ!」
「なにがだ?」
 飛鳥を喜ばせる一言が上手――頬に朱が差して、焼き色の綺麗な玉子焼きを一口で食べた彼を見て、帝は紙コップに茶を注いだ。
(「はああ……飛鳥、可愛い……飛鳥の飯が美味いのなんて当然だろ」)
 その美味い飯をふたりきりで、桜の下で、食べる。
 同じものを、特別な時間に、共に食べる――その特別感はなにものにも代えがたい。
 飯の割合が増えたが、そこは男子高校生の胃袋の深さが、どんとこいと言わんばかりに、弁当箱の中身の全部を受け止めた。 
 飛鳥は帝が注いでくれた茶を飲み、満足気に一息ついた。

 ◇

「実はな、飛鳥」
 帝にはこっそり計画していたことがある。それを披露するときがきた。
 中身が崩れてしまわないように、丁寧にここまで運んできた。
 飛鳥と合流する前、仕入れたばかりの|宝石《デザート》だ。バッグから取り出したのは、ケーキ屋の|屋号《ロゴ》が箔押しされた小さな箱――その箱を見た瞬間、飛鳥の目は大きくなった。
 それもそのはず。近所で美味しいことに定評のあるパティスリーの箱だ。
「ま、まさか……!」
「飛鳥が好きそうなものを買ってきたんだが、まだ食えるか?」
「甘いものはベツバラっていうやん! その通りやと思ってる、いま、めっちゃ実感した!」
 大盛り弁当を完食したところだが、不思議なことにまだ食える気になってくる。
 そのはしゃぎっぷりに、様相をやわく崩して、帝は箱を開けた。
 中にいたのは、定番で一番人気のプリンと、季節限定さくらといちごのロールケーキが二つずつ。
 店のサービスの保冷剤のおかげで、箱の中に手を入れれば冷気を感じた。
 飛鳥は興味津々に箱の中を覗き込む。
「美味しそう……! 可愛い! でもなんで、」
「俺が飛鳥と食べたかったから買ってきたんだ」
 本当は、飛鳥が弁当を作ってきてくれるから、そのお礼だ。
「あと、その嬉しそうな顔も見たかった」
「ま゛っ!?」
 ぼひゅっ――なんて音がしそうなほどに真っ赤になって、飛鳥は苺に負けず劣らず真っ赤になった。くるくると変わる彼の表情が可愛くて、愛しくて。
 ロールケーキを紙皿に乗せ、小さなフォークを添えて、(帝の無自覚殺し文句にやられている)飛鳥の前に出した。
 真ん中に苺がごろりといて、周りは純白のクリーム、さくら色のスポンジで巻かれ、天頂にはさくらの花の砂糖漬け。パウダーシュガーでおめかししたケーキが、飛鳥を呼ぶようだった。
「いちご、嫌だったか?」
「そんなことない! めっちゃ嬉しい! ありがとう、ミカ」
 えへへと笑って、もう一度「いただきます」をした。
 俺の心臓、爆発せんよな…そんな思いがよぎるも、爽やかな甘みにほだされていく。あっさり甘くと軽いポイップに、甘い甘いいちごはジューシーで。
「スポンジふかふか~……美味しい……!」
 フォークを銜えて口いっぱいに広がるさくらを満喫。全身で幸せに浸っている彼の様子に、帝もまた幸せにどっぷりと浸かる。
 桜を浴びて、さくらを食らい、眼前のさくらを慈しむ――なんと贅沢な桜尽くしか。
 ロールケーキを食べ終え、続いてプリンの甘みにとろけている二人が、「ご馳走様」と共にとなえるまで、あと少し。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年05月15日


挿絵イラスト