ざくり、と男の軍用ブーツの底が地を踏み締める。
冷えた土に置かれた靴底から、うっすら黒く色付いたものがゆらりと立ち上った。サクラミラージュに足を踏み入れた事のある者ならば、それが影朧であるとすぐに分かっただろう。
男が歩を進める度に、影朧はその数を増して行く。十も歩まぬうちに、影朧は男の周囲を覆い尽くさんばかりになった。
どうして私とあの人が、引き裂かれなければならなかったの。
俺が苦痛にのたうつ間にも、あいつはのうのうと生きていた。
私の妻を、あいつは散々嬲りものにして捨てたんだ。
影朧達が口々に言葉を紡ぐ。それは、彼らが生前に味わった、極めて理不尽な悲劇の一端だった。
影朧の怨嗟と悲嘆は重なり合い、一つの呪となる。
それを身にまとうように漂わせる男は、勿論ただのひとではない。
黯党首魁にして、不世出の悪魔召喚士――本田・英和その人だった。
本田は足を止めると、周囲の影朧達の言葉に耳を傾ける。そうして、己もまた口を開いた。
「何故、欺瞞に満ちた世界を守る?」
本田は猟兵達の答えを求めている。
格差や悲劇が横行し、欺きに染まった世界を守る、その理由を。
「黯党の首魁である、本田・英和への道が開かれました」
神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は、グリモアベースに集った猟兵達に一礼するとそう告げた。
本田はスタノヴォイ山脈に陣を構えている。その周囲には無数の影朧が立ち上っているのだと薙人は告げた。
「この影朧達は、生前にあった理不尽な悲劇を口々に語っています」
その結果、影朧達の怨嗟と悲嘆の呻きは、重なり合って一つの呪いと化している。そして、戦いに臨む猟兵達をも、悲劇の幻影の中に取り込んでしまうのだ。
愛する者との仲を、理不尽に裂かれた者。
信ずる相手に裏切られ、怒りと恨みに取り憑かれた者。
大切な人の心身を、残酷な方法で踏みにじられた者。
理不尽かつ覆しようのない悲劇の幻は、猟兵達に世界への絶望と憎しみをもたらす。そして、本田はそんな猟兵達へ問い掛けるのだ。
――何故、欺瞞に満ちた世界を守る? と。
「幻の影響を振り切り、問い掛けに答えを叩き付けない限り、本田に攻撃が届く事はありません」
けれど、世界への憎しみに打ち勝ち、その問いに答えたならば。戦いは猟兵達にとって有利な方向へ進むだろう。
どうか、お気を付けて。
薙人はそう言って、掌にグリモアを浮かべた。
牧瀬花奈女
こんにちは。牧瀬花奈女です。このシナリオは一章のみで完結する戦争シナリオとなります。断章無し・オープニング公開直後からプレイングを受け付けます。
●プレイングボーナス
悲劇の幻がもたらす「世界への憎しみ」に打ち勝つ。
●その他
完結を優先して執筆を行います。そのため、タイミングによってはプレイングに問題が無くとも不採用になってしまう場合があります。ご了承下さい。
第1章 ボス戦
『黯党首魁・本田英和』
|
POW : 汝の業は無力なり
対象のユーベルコードに対し【それらを喰らい破裂する使い捨ての悪魔 】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
SPD : 『何故、欺瞞に満ちた世界を守る?』
対象への質問と共に、【邪悪なる混沌の光 】から【盟約の妖獣】を召喚する。満足な答えを得るまで、盟約の妖獣は対象を【呪術、爪牙】で攻撃する。
WIZ : 世を憎む者共よ
いま戦っている対象に有効な【悪魔化した影朧 】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
イラスト:ひなや
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「国栖ヶ谷・鈴鹿」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
御影・龍彦
幻だと理解していても
心を抉られるような感覚が拭えない
あれもまた、影朧が引き起こしたことなのか
無惨に引きちぎられた人だった何か
其れを抱きしめて嘆き悲しむ者
…おかしいな
記憶には無いのに、昔似たようなことがあった気がする。
いや、僕のことは今はいい
理不尽を目にしてなお
何故、欺瞞に満ちた世界を守るか
決まっている
世界に満ちているのは欺瞞だけではないからだ
歓喜、幸福、平穏
あたたかなものが確かにあるからだ
僕はそれを守りたいんだ
皆に笑っていて欲しいんだ
たとえ、手の届く範囲だけでも
僕は手を伸ばすことを諦めたりはしない
【千変万化】発動
この力もまた、あたたかな人から受け取ったもの
どうか、どうか
怨嗟を鎮め、未来への道を
●
転送された、と御影・龍彦(廻る守護龍・f22607)が認識した時、その身は既に影朧が作り出した幻の中にいた。
周囲を見回しても、金の瞳に映るのは暗闇だけだ。耳に這い寄る怨嗟の囁きが、胸の内に鋭く突き立つ。幻だと確かに理解しているのに、その鋭利さは些かも減じなかった。
ふうっと息を吐いた龍彦の前に、一つの光景が朧げに浮かび上がる。
無惨に引きちぎられた、人だった何か。
其れを抱きしめて嘆き悲しむ者。
あれもまた、影朧が引き起こしたことなのか。
転生者たる龍彦の胸中を、見えないものが掻き乱す。日常を破壊する理不尽。それが龍彦の中に黒い芽を植え付けた。
「……おかしいな」
記憶には無いのに、昔似たようなことがあった気がする。
それは桜の輪廻に乗る前の出来事か。それとも、絶えず世界を呪う影朧が見せた幻か。何も見えない所へ意識が沈みそうになる。
「いや、僕のことは今はいい」
きっぱりと首を振って、龍彦はそこから己を引き上げた。葉を茂らせようとしていた呪詛の芽も、その途端に成長を止める。
理不尽を目にしてなお、何故、欺瞞に満ちた世界を守るか。
本田からの問いに、龍彦の答えは決まっていた。
「世界に満ちているのは、欺瞞だけではないからだ」
歓喜、幸福、平穏。
あたたかなものが確かにあると、龍彦は知っている。
暗がりに亀裂が走り、太陽に似た光が差し込んだ。開いた右手の中に、影の精霊が長杖として具現する。
「僕はそれを守りたいんだ。皆に笑っていて欲しいんだ」
たとえ、手の届く範囲だけでも。
「僕は手を伸ばすことを諦めたりはしない」
暗闇の壁が崩れ落ち、本田の姿が視界に入る。龍彦はその瞳を見返して、杖の先端を突き付けた。
あたたかな人から受け取った力が、体を包む。そのひとの翡翠めいた瞳が胸の内に浮かんだ。
どうか、どうか。
「怨嗟を鎮め、未来への道を」
願う龍彦の声に応じ、幻朧桜を想わせる淡紅のオーラが杖から紡がれる。瞬き一度の後に放たれたそれは、召喚された影朧ごと本田の体を確かに焼いた。
大成功
🔵🔵🔵
フィーナ・シェフィールド
アドリブ連携歓迎です。
苦しく悲しい想いをもった魂たち。
だからと言って、それを他人に向けて良いわけがありません。
世界は理不尽ですが、それでも、きれいなものは必ずあるから。
「この世界の影朧が生まれ変われるかどうか分かりません。
でも、世界が悲しみに満ちていたら、そんな世界に生まれ変わりたいのですか?!」
手に持ったマイクとスピーカードローンから、戦場中に響く声で呼びかけた後、破魔の歌を歌って影朧を浄化していきます。
「悲しみをすべて洗い流して…♪」
歌声に乗せて【悲しみを洗い流す慈しみの雨】を発動、破魔の力をこめた雨を降らせ、戦場の影朧を浄化すると共に戦う味方に力を与え、攻撃と防御の力を上げて支援します。
●
周囲を包む暗がりから、影朧達の声が聞こえる。それはみな一様に嘆きの湿りと恨みの熱を持ち、フィーナ・シェフィールド(天上の演奏家・f22932)の胸を打った。
苦しく悲しい想いをもった魂たち。彼らに対し、フィーナは哀悼を満たした碧眼を向ける。影朧達を生前に襲った悲劇は、なるほど理不尽極まりない。
しかし、だからと言って、その怨嗟を他人に向ける事を、フィーナは是としなかった。目を一度きつく瞑り、ゆっくりと開く。その時、瞳から哀の色は消え去っていた。
世界は理不尽ですが、それでも、きれいなものは必ずあるから。
信じる気持ちが、芽生えかけた世界への憎しみを摘み取った。
伸ばした右手に、菖蒲を思わせる色合いのマイクが握られる。それと同時に、双子の如く対になって動くスピーカードローンがフィーナの周りを舞い始めた。
「この世界の影朧が生まれ変われるかどうか分かりません」
でも。
「世界が悲しみに満ちていたら、そんな世界に生まれ変わりたいのですか?!」
マイクとスピーカードローンを通した声が、戦場全体に響き渡る。音も無く影朧達が怯むのが、フィーナには感じ取れた。
すうと息を吸って、破魔の力を乗せた歌声を響かせる。惑った影朧達は、それだけで解けるように消えて行った。涙と憤怒に彩られた声が遠くなり、やがて聞こえなくなる。
暗がりに光が差し、本田の姿が視界に入ったのは、その直後だった。
白手袋をはめた手が動き、本田の前に悪魔化した影朧が現れる。フィーナは息を継いで、響き渡る自らの声へユーベルコードの力を込めた。
上空に、雨雲が生まれる。一呼吸の間を置いて、そこから慈愛の雨が降り注いだ。
悲しみをすべて洗い流して。
フィーナの願い通りに雨は守りの力を押し上げ、本田と影朧に痛打を与える。
長い髪の隙間から覗く彼岸桜の花が雨水を滴らせた時、本田の傍らに影朧の姿はもう無かった。
成功
🔵🔵🔴
西条・霧華
「何故護るのか…、そんなの決まっています。」
確かに私も理不尽に依って両親と友人を喪いました…
だから、世界を憎む気持ちは解るつもりです
でも|だからこそ《・・・・・》私は世界を護ってみせます
同じ思いをする方が少しでも居なくなる事…
それが私の、守護者の【覚悟】です
行きます!
【斬撃波】で牽制しつつ、纏う【残像】と【フェイント】で眩惑
その勢いのまま【破魔】と【鎧砕き】の力を籠めた[籠釣瓶妙法村正]にて『幻想華』
敵の攻撃は高めた【集中力】と【視力】を以て【見切り】、【残像】と【フェイント】を交え回避
避け切れなければ【オーラ防御】と【覚悟】を以て受け止めます
何れの場合も【居合】による【カウンター】を狙います
●
世の理不尽を嘆く声。平らかにならない格差を恨む声。
心の奥底にべったりと貼り付く影朧達の声を、西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)は目を閉じて聞いていた。
ほんの少しでも気を抜けば、暗がりに満ちた幻に捕われそうになる。腰に佩いた刀の柄に手をかけて、霧華は緩やかな呼吸を繰り返した。
――何故、欺瞞に満ちた世界を守る?
本田の声が耳をくすぐる。霧華は眼鏡の奥の瞳を見開いて、顔を出しかけた憎悪の芽を抑え付けた。
「何故護るのか……、そんなの決まっています」
軽く首を振った拍子に、セミロングの黒髪が揺れる。
「確かに私も、理不尽に依って両親と友人を喪いました……」
だから、世界を憎む気持ちは、霧華も解るつもりだった。何の故も無く大切な人を奪われた痛みは、きっと影朧達が抱くそれとさほど離れてはいない。
でも。
「|だからこそ《・・・・・》私は世界を護ってみせます」
凛と紡がれた言葉に、周囲の暗がりが揺らぐ。
「同じ思いをする方が少しでも居なくなる事……それが私の、守護者の覚悟です」
行きますと、地を蹴った時、霧華の周りから暗闇は消えていた。抜刀と共に放たれた衝撃波が、姿を見せた本田へ迫る。時を同じくして召喚された盟約の妖獣が、それを受け止めた。
牙を剥き出す妖獣の前に仮初めの像を残し、納刀した刀をすぐさま抜刀する事で反撃する。霧華はそうしながらも、確実に本田の元へと近付いていた。
黯の一字を顔の上で揺らめかせ、妖獣は鼻先を霧華に向ける。唸りを重ねて口がばくりと開いた。しかしその牙は、多くの刃傷を負ったコートの裾を捕える事も叶わない。
二種の倶利伽羅の彫刻を施した刀身が、再び鞘から抜け出る。霧華の足がユーベルコードの力を帯びて、視認すら追い付かぬほどの疾走を生み出した。本田の目線が惑う間に、霧華は至近距離まで接近している。
まっすぐに振り抜かれた斬撃が、盟約の獣ごと本田の腹を裂いた。
大成功
🔵🔵🔵
キアラ・ドルチェ
世界は欺瞞にのみ満ちている訳ではありません
困っている人に手を差し伸べる人がいる
恋し敬し愛し合う人たちがいる
ならば、そんな人たちの生きる世界を守りたい
そして大自然から見れば、人の苦しみ悲しみ憎しみ、格差や悲劇すら、些細な事
私は自然を愛し敬し寿ぐ白魔女として、この世界を護る義務がある
この二つが私からのこたえ
…でもね。同時に影朧たちの怨嗟と悲嘆に寄り添いたいという思いもある
貴方達の思いも背負って、私は生きたい
貴方達のような存在を、出来るだけ出さないように、私は行きたい
この三つ目の想いも背負って、私はゆくから
どうか安らかに眠れ…
これが答えです本田秀和! さあ貴方も自然へ還りなさいっ!(森王の槍叩きつけ
●
低く、高く、声が泣いている。歯を軋らせ、怒りを露わにする声がする。
影朧達が見せる悲劇の幻影は、キアラ・ドルチェ(ネミの白魔女・f11090)の胸に小さな棘を刺す。彼らの受けた理不尽は、白をまとうキアラの心をも暗闇に包みかねなかった。
けれど。キアラは白葡萄で飾られた、魔女帽に手を触れた。所々が欠け、ぼろぼろになった鍔は、この帽子の持ち主達が紡いだ歴史の証だ。
「世界は欺瞞にのみ満ちている訳ではありません」
だから、キアラは知っている。
この世界には、困っている人に手を差し伸べる人がいると。恋し敬し、愛し合う人がいるのだと。
「ならば、そんな人たちの生きる世界を守りたい」
背筋を伸ばしたキアラの声に、影朧の見せる幻影が揺らぐ。
「そして大自然から見れば、人の苦しみ悲しみ憎しみ、格差や悲劇すら、些細な事……私は自然を愛し敬し寿ぐ白魔女として、この世界を護る義務がある」
この二つが私からのこたえ。
胸を張ってそう答えたキアラの中に、もう心を刺す棘は無い。嘆く影朧達の声が、少しずつ小さくなって行く。
その影朧達を痛ましく思う気持ちが自分の中にある事に、キアラは気付いていた。影朧たちの怨嗟と悲嘆に寄り添いたい。それも、偽り無いキアラ自身の想いなのだ。
「貴方達の思いも背負って、私は生きたい。貴方達のような存在を、出来るだけ出さないように、私は行きたい」
この三つ目の想いも背負って、私はゆくから。
不安定にうごめき、消えて行く幻影の世界へ、キアラはいっとき目を伏せる。
どうか安らかに眠れ。
キアラがもう一度目を開けた時、そこには本田の姿があった。ぎゅっと唇を引き結ぶと同時に、魔女帽の鍔から手を離す。代わって右手に握るのは、聖木より創られし杖だ。
「これが答えです、本田英和! さあ、貴方も自然へ還りなさいっ!」
杖を飾る金属のリングが揺れ、透徹とした音が鳴る。それに応じて本田は悪魔化した影朧を呼び出したが、空中に植物の槍が現れる方が早い。
自然の慈悲を抱いた無数の槍が、影朧ごと本田を串刺しにした。
大成功
🔵🔵🔵
ヘルガ・リープフラウ
※アドリブ、連携歓迎
「欺瞞に満ちた世界」それは故郷のダークセイヴァーそのものだ
吸血鬼の撒き散らす絶望と悪意が人々を蝕む世界
殺された人、狂わされた人、それらが織り成す数多の悲劇
だけど本当に抗うべきは神気取りでそんな人々の悲劇を見下し
それらを嘲笑う物たちだ
いくら生者を呪ったとて、貴方の無念が晴れることは無い
どれほど苦しんだとしても、どれほどの愚を犯したとしても
わたくしは決して見捨てない
安らかな聖歌を紡ぎながら、その無念を受け止め、悲嘆を慰めて
どれほど踏み躙られ泥に塗れても
差し伸べる手の温もりを知っているなら
人はきっと暖かく幸せな想いを忘れない
わたくしは信じます。人の強さと優しさを
●
渾然となった影朧達の声が、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)の耳を打つ。幻影の世界の中、不条理と絶望を訴える言葉に、ヘルガは故郷のダークセイヴァーを思い出した。
吸血鬼の撒き散らす絶望と悪意が、人々を蝕む世界。殺された人、狂わされた人、それらが織り成す数多の悲劇。欺瞞に満ちた世界と呼ぶに、これほど相応しい場所は無いように思える。
だけど、とヘルガは碧眼でまっすぐに前を見た。光のヴェールが肩を滑り、乳白色の髪の下に流れる。
「本当に抗うべきは、神気取りでそんな人々の悲劇を見下し、それらを嘲笑う者たちです」
いくら生者を呪ったとて、貴方の無念が晴れることは無い。
腹の底に生まれかけた不快な感情を抑え付け、ヘルガは断言する。幻朧達の中に、さざめきのような戸惑いが混じった。
「どれほど苦しんだとしても、どれほどの愚を犯したとしても……わたくしは決して見捨てない」
すっと息を吸い込み、不屈の覚悟を込めた歌を幻影の世界へ響かせる。安らかな歌声は影朧の無念を受け止め、悲嘆を優しく慰めた。
歌が緩やかに暗がりの中を舞い、光めいて潜む影達を抱き締める。
ぱきんと何かが折れるように、幻影の世界が崩れ落ちたのは、息を継ぐために口を大きく開いた時だった。
傍らに悪魔化した影朧を連れた本田が、数歩足を進めた先にいる。
「何故、欺瞞に満ちた世界を守る?」
為された問い掛けに、ヘルガはいっとき歌を止め、本田の目を真っ向から見据えた。
「どれほど踏み躙られ泥に塗れても、差し伸べる手の温もりを知っているなら、人はきっと暖かく幸せな想いを忘れない」
わたくしは信じます。
光り輝く細身の剣を鞘から抜き放ち、ヘルガは切っを本田に向けた。
「人の強さと、優しさを」
伝えるべきを伝えた声は、再び聖歌を紡ぎ始める。翼の意匠を刻まれた剣が、悪意を弾く調べに乗って、本田と悪魔化した影朧とを切り捨てた。
成功
🔵🔵🔴
ニコ・ベルクシュタイン
俺は百年愛されて生まれてきたヤドリガミだ
故に、幸か不幸か人の悪意に晒された経験に乏しい
だが、悲惨な現実は予知の力で嫌という程見てきたつもりだ
……若しも其れが自分の身に降りかかったら、という事も当然考える
我が愛しの伴侶が害されたらと思えば
お前達の怨嗟や悲嘆も我が身を引き裂かんばかりだ
我が伴侶を害する世界など
誰が幸福な世界だと言っても、其れこそ欺瞞としか思えぬよ
其れでも
本田の問いには歯を食いしばりこう答えよう
お前は世界の悲惨な部分しか見ようとしていない
悲しみと同じ位、喜びも世界には満ちている
絶望の中にこそ人は希望を見出だす、何度でもだ
「少なくとも、お前の行動理念では世界を救えはしないからだ!」
●
暗がりの中で、影朧達の声が鼓膜を揺さぶる。それは悲嘆であり、憤怒であり、怨嗟であった。
ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)は、懐中時計のヤドリガミだ。本体である懐中時計は、ルビーで飾られた百合の紋章の美しさと重厚な造りから、多くの人に長く愛され――そうして、百年が経ち、ニコが生まれた。
故に、幸か不幸か、人の悪意に晒された経験に乏しい。
だが。
「悲惨な現実は、予知の力で嫌という程見てきたつもりだ」
若しも其れが自分の身に降りかかったら。そう考えた事も、当然のようにある。
影朧が嘆く。愛する人と理不尽に引き裂かれた悲しみを、その影朧は訴えているように思えた。
ニコの脳裏に、愛する伴侶の姿が浮かぶ。小さく可愛らしい、かの妖精が害されたらと思えば。影朧達の怨嗟や悲嘆も、ニコの身を引き裂かんばかりに突き立って来る。
「我が伴侶を害する世界など……誰が幸福な世界だと言っても、其れこそ欺瞞としか思えぬよ」
其れでも。
ニコの手が、時計の針を模した二振りのルーンソードを握り締める。炎と氷のルーンを宿すそれが、痛いほどに掌へ食い込んだ。
――何故、欺瞞に満ちた世界を守る?
本田の問いに、ニコは歯を食い縛る。
「お前は世界の悲惨な部分しか見ようとしていない」
悲しみと同じ位、喜びも世界には満ちている。ニコはそれを知っていた。そうでなければ、百年愛された懐中時計のヤドリガミなど生まれようがない。
「絶望の中にこそ人は希望を見出す、何度でもだ」
炎を宿す長針が、暗闇の中に朱の直線を描いた。そこから切り裂かれるように、幻影の世界が崩れ落ちる。晴れた視界に映るのは、猟兵達へ問い掛け続ける本田の姿だ。
「少なくとも、お前の行動理念では世界を救えはしないからだ!」
長針の切っ先が本田を指す。ニコは地を蹴って間合いを詰めると、軍服めいた服に包まれた肩へ長針を振り下ろした。立て続けに、氷を宿す短針を抉るように食い込ませる。
鋭い連撃を受けた本田は、悪魔化した影朧を呼び出すいとまも無く、その場へ膝をついた。
大成功
🔵🔵🔵
葛城・時人
相棒の陸井(f35296)と
何を目論んでいるかは関係ない
「ただ撃破を」
倒す事でしか此処も桜世界も護れないから
前へ出ると…あぁ
幻影朧達の怨嗟が慟哭が足元から縋りつく
「惨い事を…」
既に朽ちた者達の想念を志操する事に怒りが満ちる
「君達は影朧ですらない…止めるのは無理だよ」
強い意志で退ける
でも無下にしたくはない
酷い目にあって死んでまで使役され…十分に苦しんでるから
「待ってて…ちゃんと眠れるようにするよ」
彼らが遠ざかる
脱した、いや脱させてくれたんだね
「ありがとう…必ずだよ」
相棒も彼らとの対話を終えたようだ
正面から奴と相対する
俺の答えは最初から決まってる
「理由は無いよ」
激高するのは分かってた
でもないんだ理由なんかない
激烈な攻勢を凌ぎ続けよう
「欺瞞と凡てを斬り捨てる貴様の、我欲を満たす為だけに
蹂躙される無辜の命と死者の眠りを護るのに…理由は必要ない!」
UCで全力で戦いつつ絶叫する
「何度でも言う!理由は要らない!」
寿命が縮もうが傷を負おうが
敵が倒れるまで攻撃は決して止めない
勝てたら振り返り彼らを見送ろう
凶月・陸井
相棒の時人(f35294)と
此処まで戦ってきた敵も
全員何かを隠している様子だった
「あぁ、確認するのは後でいい」
今はまずこの世界を護る為に
相棒と共に、臆さずに前へ
影朧達の怨嗟と悲嘆が絡み付く
だけどこの足を止めるわけにもいかない
彼らの傷を抉り返した目の前の首魁へ
俺の全力の一撃を叩きつける為に
「今度は邪魔も入らないで、眠れるようにする」
だからそこで見ていてくれと
優しく撫でるようにしてから前へ
多分、この溢れる怒りは相棒も同じだ
だからこそ問いかけに対して冷静に
この力を叩きつける為に応える
「それが当たり前だからだ」
欺瞞に満ちていようと
俺は当たり前に世界を、人々を
全てを護ると決めたからだ
「悲劇も、理不尽も、全部を壊して護る為に」
「当たり前にある幸せを護る為に」
「それに…安らかな眠りを妨げさせない為に」
それが俺にとっての当たり前で
進む為にこの背に負うと決めたから
攻撃は見切って紙一重でも回避
その上で、俺にとっての最高の力を
正面から敵の攻撃を割るようにして
影朧達の代わりに一撃を叩き込む
「俺はお前を許さない」
●
ざくりと地を踏んで、凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)は此処まで戦って来た相手の事を思った。全員が、何かを隠している。陸井の感覚はそう訴えていた。
それは相棒たる葛城・時人(光望護花・f35294)も同じだったらしい。何を目論んでいるかは関係ない。深い青の眼差しがそう語っていた。
「ただ撃破を」
倒す事でしか、此処も桜世界も護れないから。そう言う時人に、陸井は緩やかな頷きを返した。
「あぁ、確認するのは後でいい」
今はまずこの世界を護るために。
二人がもう一歩、足を踏み出した時。耳に障るような声が聞こえたかと思うと、周囲が暗がりに包まれた。
足元に奇妙な感触を覚え、時人は視線を落とす。そうして、見えたものに眉を寄せた。
影朧が、足に縋り付いている。この世の不条理と、欺瞞への嘆きを訴えながら。
「惨い事を……」
紡ぐ言葉が掠れて揺れた。既に朽ちた者達の想念を弄ぶ事に、怒りが体の中へ満ちる。冷えた錫杖の柄を握る手すら、熱を帯びた。
影朧達の怨嗟と悲嘆に絡み付かれているのは、陸井もだ。生前の彼らを襲ったであろう理不尽を思えば、心が引き込まれそうになる。
けれど、陸井は足を止める訳には行かないのだ。彼らの傷を抉り返した、黯党の首魁へ、全力の一撃を叩き付ける為に。
時人は奥底へ顔を出しかけた黒い芽を、意志の力で捻じ伏せた。
「君達は影朧ですらない……止めるのは無理だよ」
足にまとい付く影達は、影朧と呼ぶにも儚過ぎる気がする。前へ進む心を強く持てば、嘆きと恨みを訴える影達が力を緩めた。
この影達に捕われていてはいけない。けれど、時人は彼らを無下にも扱いたくはなかった。影達は生ある時に酷い目に遭って、死んでまで使役され、十分に苦しんでいる。
その隣で陸井は、足に縋り付く影朧達へ、柔らかな眼差しを送っていた。
「今度は邪魔も入らないで、眠れるようにする」
だからそこで見ていてくれ。
暖かな声で言って、顔も分からぬ影朧達を慰撫するように撫でる。足取りは、それで軽くなった。
「待ってて……ちゃんと眠れるようにするよ」
時人の呼び掛けに、影達がゆらゆらと踊る。影は一枚一枚、剥がれるようにして足元から離れて行った。
脱した――否、脱させてくれたのだと、時人は悟った。
「ありがとう……必ずだよ」
影達と約束を結び隣を見れば、彼らとの対話を終えた陸井と視線が交わる。もう一歩を踏み出した時、周囲を包む暗がりが砕けるように消え去った。
二人の眼前にいるのは、黯党の首魁たる本田英和その人だ。
陸井は己が身の内に、燃え滾るような熱さを抱いていた。指先から溢れ出てしまいそうなほどのこの怒りは、恐らく相棒も同じだという確信がある。
「何故、欺瞞に満ちた世界を守る?」
だから本田のその問いに、陸井は冷静さを欠く事無く口を開けた。
「それが当たり前だからだ」
風が吹き、護の一文字を背負った羽織が揺れる。
欺瞞に満ちていようと、当たり前に世界を、人々を、全てを護ると陸井は決意しているのだ。
「悲劇も、理不尽も、全部を壊して護る為に」
背に負うものと同じ一字を刻んだガンナイフの撃鉄を起こす。
「当たり前にある幸せを護る為に」
刃を取り付けた銃口が、本田の胸に向けられる。
「それに……安らかな眠りを妨げさせない為に」
それが俺にとっての当たり前で、進む為にこの背に負うと決めたから。
優しく触れた、感触とも呼べないような影朧の手触りが掌に蘇る。銃口が火を噴いて、本田の軍服めいた服の一部が裂けた。
「貴様はどうなのだ」
本田の目が時人を見る。青い瞳がゆっくりと瞬きをして、錫杖の銀鎖が小さく鳴った。
「理由は無いよ」
言い切った言葉は、最初から決まっていたものだ。
「この欺瞞に満ちた世界を、理由も無く守り抜くのか。貴様らには、それが当たり前だとでも言うのか」
本田の瞳にちりと火花が散って、悪魔化した影朧が虚空から現れる。滑るように近付いて来た影朧の一撃を錫杖で凌ぎ、時人は自らの|白燐蟲《ククルカン》と合体を果たした。白く輝く翼が背に生まれる。
「欺瞞と凡てを斬り捨てる貴様の、我欲を満たす為だけに蹂躙される無辜の命と死者の眠りを護るのに……理由は必要ない!」
燐光を散らして飛び立ち、時人は上空から本田に向けて錫杖を振り下ろした。咄嗟に翳された手の甲に、血の色が滲む。
本田の手が滑るように動いて、傍らに混沌の光が現れた。そこから呼び出されたのは、盟約の妖獣だ。黯の一字で顔の半分を覆った妖獣は、牙を剥いて陸井へ襲い掛かる。それを紙一重でかわし、陸井は本田との間合いを計った。
「その答えこそ欺瞞だ! 貴様らの為している事は、もはや偽善に等しいと何故分からない!」
「何度でも言う! 理由は要らない!」
高速で飛翔する時人を、悪魔化した影朧も、本田自身も捉える事が出来ない。瞬きを一度するごとに寿命を削られている事を自覚しながらも、時人は翼を使う事を止めなかった。
錫杖が、盟約の妖獣を殴り飛ばす。陸井は生まれた隙を逃さず、一直線に本田の元へと駆けた。
「俺はお前を許さない」
低くそう告げる陸井の目に、常の穏やかさは無い。本田の動きを割るように突き出した掌から、水流がほとばしって爆ぜる。同時に生まれた水の鎖が、本田と陸井とを繋いだ。
影朧達の代わりに、この一撃を。
動きを封じられた本田の周囲に、刃持つ水の手裏剣が生まれる。短い呼吸を一度するだけの時間を置いて、水流の手裏剣が本田の胸を深く穿った。水の鎖が消え、呻きと共に本田が倒れる。
時人はそれを見届けて、ククルカンとの同化を解除し地上に降り立った。相棒と目線を合わせ、共に後ろを振り返る。
揺らめく小さな影達が、ふつりと消えて行くのが見えた気がした。
大成功
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国栖ヶ谷・鈴鹿
◎SPD
【怨嗟】
きっと零れてしまった人もいる、あきらめがつく終わりじゃなかったかもしれない。
だけど、その中で諦めない人がいる、この戦火の世界でも、闇に支配された世界でも、そうした人がいる限り、ぼくたちが戦うのは欺瞞じゃない、少しでも小さくても、向かいあい続ける意思が必要なんだ。
(UCを展開して、影朧の苦痛を和らげる領域と、ぼくの声を強く心に響かせる空間を創造)
【ダエーワ】
紅路夢の機動力ときこやんの結界術を両立した機動で、問いかけへの同時の答えを出して、妖獣の力を抑えて、銃撃戦で制圧するよ!
さようなら、ぼくのお爺さん、ぼくの両親を踏み躙った罪は払ってもらおうか。
●
怨嗟と嘆きの声を上げる影朧達は、数を減らしつつも国栖ヶ谷・鈴鹿(命短し恋せよ|乙女《ハイカラさん》・f23254)を幻影の中へ捕えていた。
胸中に爪を立てる影朧達の声に、鈴鹿は眉を下げる。
きっと、救いの手から零れてしまった人もいる。その中には、諦めがつく終わりを迎えられなかった者も多いだろう。
それでもと、鈴鹿は両腕を広げた。刹那の後に、ハイカラさんの後光が暗闇を消し潰さんばかりに輝く。世界改変の能力を持つその光が、戦場全体を包むまで瞬き二度程度の時間しか要さない。
「だけど、その中で諦めない人がいる。この戦火の世界でも、闇に支配された世界でも」
鈴鹿の声が強く響き、影朧達の抱く苦しみが光の中で和らいで行く。
「そうした人がいる限り、ぼくたちが戦うのは欺瞞じゃない。少しでも、小さくても、向かいあい続ける意思が必要なんだ」
凛とした声が、後光の力に乗って暗がりを駆けた。言葉そのものが闇を裂いたように、光が差し込む。鈴鹿が両手に機関銃を握る間に、幻影の世界は叩き壊されたかの如く崩れ落ちていた。
これまで幾人もの猟兵との戦いを経て、深手を負った本田の姿が目に入る。鈴鹿はためらい無く、赤銅にきらめくフロヲトバイへ飛び乗った。
きこやん、と身に宿る稲荷狐へ呼び掛ければ、周囲に結界が紡ぎ出される。鈴鹿は本田が召喚した盟約の妖獣を跳ね飛ばして、機関銃の引き金を絞った。無数の弾丸が本田の体に穴を開けて行く。
「さようなら、ぼくのお爺さん」
ぼくの両親を踏み躙った罪は払ってもらおうか。
最後の弾丸が本田を撃ち抜く。
銃撃の音が周囲から消え去った時、鈴鹿の視界にはもう誰の姿も存在しなかった。
成功
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最終結果:成功
完成日:2024年05月13日
宿敵
『黯党首魁・本田英和』
を撃破!
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