●夢
夢というのならば、それはきっと午睡に見る夢のようなものであった。
アーティフィシャル・インテリジェンスは夢を見る。
なら、それは願望の塊ではなかった。
記憶という名のデータを寄せ集めてモザイク絵にしたようなものだった。
だから、そこに信憑性というものはない。
何一つ確かなことはない。
けれど、それがデータを元にしているというのならば、AIであるノンプレイヤーキャラクターにとっては、嘗て在った事実であるのだろう。
過去を踏みつけにして時間は前に進むのだという。
過去は己たちの足元にある。
歩む限り、それは踏みつけていかねばならないことだ。
「こんなの見たことがない」
呟く声が反響する。
何処か狭い場所にいるのだろうかと思う。
ヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)の妻たちは一様に同じ夢を見ていた。
示し合わせたものではなかったのかもしれない。
けれど、事実として彼女たちは夢を見る。
真っ暗な闇の中。
そこに彼女たちは立ち竦んでいた。
寒い、と思ったのかもしれない。身が震えるような思いであった。
すると目の前に青白い炎が立ち上る。
篝火のようであったし、そこへ往けば暖かなものが得られるのではないかと歩みを進める。
だが、それは間違いであった。
「――」
声なき声が上がる。
悲鳴を噛み殺したのは、彼女たちにとっては幸いな判断だった。
そこにいたのは青白い炎を纏ったかのような巨竜だったのだ。
もしも、声を、悲鳴を上げていたのならば一呑みにされていただろうと思わせるものであった。
青白い炎は、周囲を凍りつかせていた。
凍っているのに燃えている。燃えているのに凍っている。
そこにある相反する事柄。
理解できない現象に妻たちは息を呑む。
「――……」
「そこで何を、しているの」
此方を認識したのか、青白い炎を纏う巨竜の瞼が開く。
その瞳を見た。
ヌグエンと同じ瞳の色だと思った。
だが、体がこわばる。
まるで凍結したかのように手足、その指の一本すら動かせない。
瞼さえ閉じることを許さぬかのような力に己たちが囚われているのだと理解した時には遅かった。
「もしかして」
「これって」
「これが、『デスペラティオ・ヴァニタス』ということ?」
身を縛るような、凍結させるような力。
これがヌグエンの言っていた凍結の力であるというのならば、そうなのだろう。
この巨竜こそがヌグエンの真の姿なのだと理解する。
瞳の色に吸い込まれそうだった。
けれど、瞼が落ちる。
身を凍結させる力がほどけ、己たちの指先に熱が戻って来る。
「力を閉じた、の?」
「それは、きっと」
「今のヌグエンみたいだよね」
「人の側にいたいから、力を封じたんだ。不自由な自由がそこにあるってわかっていたからそうしたんだね」
「素直にそう言えばいいのに。自分でなんでもかんでも決めてしまうんだね」
力を得ることも、力を失うことも。
その全てが彼のモノであるのだから、決めるのは彼でいいのだ。
けれど、妻たちは思う。
これはデータだ。
過去の堆積したものだ。
自分たちが夢を見る、とここにつながるのだ。
クラウドデータベースのようなものが、己達ノンプレイヤーキャラクターの間で接続されるのかもしれない。
だから、こうして多くのデータがモザイク柄のように合わさって夢という現象を己たちに見せるのかもしれない。
「それはいいけれどさ」
「統一性がないよね」
「結局、これが真実だってことしかわからない」
「でも」
これが彼の懊悩の形なのかもしれない。
彼の望みは『ゲームプレイヤーの背中を押したい、手伝いたい』だ。
けれど、それを阻むのは多くの事柄だ。
ドラゴンプロトコルとしての職務。
そして、強すぎる力。
その多くをどうするか、ということに悩んでいた頃の彼の記憶、データがこうして己たちに夢という形で見せたのだろう。
「口に出せばいいのにね」
「それができないから苦労してるんでしょう」
「ままならないものね」
妻たちはいつのまにか、己たちが夢でつながっていることに驚く。
えっ、これ夢だよね? と皆が目を丸くしている。
これがヌグエンのデータが元になっているというのならば、自分たちの得たデータもまたヌグエンに夢として現れるのではないか。
その事実に妻達は大慌てである。
きっとそれは穏やかな午睡じみた光景だった。
賑やかだった、と思うであろう。
なんでもない日々の一幕であるとも思ったであろう。
けれど、それがかけがえのない夢だと理解する。
夢見るアーティフィシャル・インテリジェンスは静かに瞼を閉じたまま笑む――。
成功
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