獣人世界大戦⑩〜二〇三高地攻防戦
●第一次総攻撃
猟兵達の奮闘によって空の護りを失った旅順要塞を攻略すべく、中国東北部にその拠点を持つ大小の抵抗組織は連合して進撃を開始した。
その多くが軍閥によって占められ、長きにわたって合従連衡を繰り返していた抵抗組織をまとめ上げることそれ自体に大いなる困難を孕んでいたことは言うまでも無い。しかしながら、侵略者である幻朧帝国から祖国の大地を取り戻すという大義と、関係者達の気の遠くなるような努力は、統一戦線の形成という未来に希望を残す成果を残すに至った。
遼東半島を南下し、大連市から旅順市街の北部をその勢力下に収めた統一戦線。彼らは猟兵達が攻略した野戦飛行場を復旧すると、旅順要塞を包囲。大孤山から始まり、盤龍山、赤坂山にまで連なる長大な要塞線に対して総攻撃を開始した。
払暁と共に開始された第一次総攻撃は、抵抗勢力が保有するなけなしの航空戦力と地上戦力を用いて実行され、一定の成果を上げることに成功する。
東鶏冠山側では堡塁間の塹壕戦を突破した部隊が辛うじて後方への浸透を果たし、同地に配置されていた堡塁の一部を切り崩すことに成功し、赤坂山方面では九三高地を制圧するに至る。超大国に対して同地の抵抗組織が上げるものとしては、輝かしいといえる戦果であった。
しかしながら、その戦果の裏で、幻朧帝国が心血を注いで構築した要塞線は統一戦線側に異常ともいえる失血を強要した。
航空優勢が統一戦線側にあるにもかかわらず、数日かけて行われた第一次総攻撃は、五〇〇〇人を超える死者と八〇〇〇人を超える負傷者という尋常ならざる損害を統一戦線側にもたらした。対する幻朧帝国側の損害は三〇〇〇にも満たない。
少なく見積もっても四倍以上の損害比は、統一戦線指導部の心胆を寒からしめるのに十分なものであった。
●第二次総攻撃
「皆様には、統一戦線が実施する第二次総攻撃の援護を実施して頂きます」
手慣れた手つきで旅順周辺の地形図を虚空へと投影した奉仕人形の第一声は、そのようなものであった。
地形図上では、統一戦線の部隊配置の他、現在判明している旅順要塞の堡塁とそれらを繋ぐ塹壕線の位置がプロットされている。
旅順港――正確には旅順港付近に存在する要塞司令部――を中心として複数の半円を描く形で存在する堡塁と塹壕戦の配置は重厚そのもの。どこか一角を突破して突出部を作ったとしても、その維持に著しい困難を伴うであろうことが容易に想像できることだろう。
「第一次総攻撃によって、難攻不落の旅順要塞の一角を削り取ったという事実は、統一戦線側の戦意を大いに向上させました。しかしながら――」
人形が言葉を続けると同時に、統一戦線を構成する抵抗組織のリストとそれぞれの組織が被った損害の一覧が表示される。その損害は尋常なものではない。第一次総攻撃の間でその戦力をほぼ喪失した組織すら存在した。
「統一戦線側に数の利があるとはいえ、その戦力は無限ではありません。現在の所彼らの団結に綻びはありませんが、第一次総攻撃のような損害が再び発生すれば、統一戦線そのものが瓦解する可能性がございます」
要塞戦の最中にそのような事態が発生すれば、その後に発生する事態は悲惨かつ壮絶なものとなるであろう。故に、と言葉をつづけた人形は地形図の一部、統一戦線が制圧した九三高地から旅順港西部を拡大する。
「第一次総攻撃の結果を受けて、統一戦線司令部は比較的防御の薄い要塞西部を第二次総攻撃の主攻として設定いたしました」
人形の言の通り、統一戦線は制圧した九三高地を起点として戦力を集中させていた。まずは比較的防御の浅い西部を攻略し、東部の包囲を完成させることを目標としているようだ。
ここまでの話を聞いて、嫌な予感を抱いた猟兵もいるかもしれない。その様子を知ってか知らずか、人形は微笑を深め、続ける。
「要塞西部を攻略するにあたって、主たる目標となるのは二〇三高地陣地帯及び椅子山陣地帯でごさいます。特に、二〇三高地陣地帯は要塞西部最大規模を誇ります」
前述の通り、旅順要塞に構築された陣地帯は堡塁と塹壕線の集合体であり、特に緊要地である二〇三高地陣地帯は大規模なものである。
「皆様には、当該陣地帯を攻略する統一戦線部隊の援護を実施して頂きます。友軍の損害を抑えながら、敵陣地帯を制圧、突破してください」
複数の堡塁が相互に援護し合う陣地帯では、どこか一角を突破するだけでは容易に奪回を許してしまう。これを防ぐためには、同時に複数個所を突破し、かつ突出部の縦深を一定以上に保たなければならない。速度が要求されるのは当然として、友軍との協調が必要となるだろう。
「幸いにして、友軍の装備は比較的良好です。ゾルダートグラード、或いは合衆国製のパンツァーキャバリアの他、歩兵装備も超大国からのレンドリース品を使用しています」
まったくもって世界大戦らしいお話ですね。そのように所感を述べた人形は、赤黒いグリモアに魔力を流し込んだ。
「それでは皆様、良い戦場を。どうかご無事で帰還なされますよう」
あーるぐれい
●ごあいさつ
ごきげんよう皆さま。あーるぐれいでございます。
旅順要塞と言えば二〇三高地みたいなとこありますよね。
少なくとも山は死にますが、現地の獣人たちの|故郷《ふるさと》までが死んでしまわないように頑張りましょう。
●シナリオについて
本シナリオはオープニング公開後即プレイング募集を開始いたします(断章はありません)。
集団敵は堡塁及び塹壕線内部に存在しており、歩兵と要塞砲からの援護を得ています。
パンツァーキャバリアを排除できたとしても、拠点に籠る歩兵だけでも友軍に大損害を与えることは出来ますので、これらすべてに対処する必要があるでしょう。
●プレイングボーナス……「塹壕を建設し、要塞に接近する」「敵の絶え間ない砲撃に対処する」「友軍の被害を抑えるよう行動する」
これらの要素を含んだプレイングには判定上のボーナスが発生します。
また、これら以外の要素についても、シナリオの目的に合致するものであればボーナスの対象となります。
第1章 集団戦
『パンツァーキャバリア『アイアン・サム』』
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POW : ファイヤフライ
【17ポンド対戦車砲】から【激しい閃光と共に放たれる砲弾】を放ち、レベルm半径内の敵全員を攻撃する。発動前の【装填時間と狙撃】時間に応じて威力アップ。
SPD : イージーエイト
自身が操縦する【パンツァーキャバリア】の【主砲威力】と【装甲】を増強する。
WIZ : スーパーサム
自身の【パンツァーキャバリア】を【多連装ロケット砲モード】に変形する。変形中は攻撃力・射程が3倍、移動力は0になる。
イラスト:V-7
👑11
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
イコル・アダマンティウム
「ん、わかった。」
自陣への攻撃を、減らす
僕は愛機、キャバリアで出撃する、ね
【陽動:VSサム】
「僕が、囮になる。」
その間に、塹壕を進めて
サムにSPD勝負を挑んで、味方に攻撃が行かないよう囮になる、ね
[UC:神機一体]でスピードと反応速度を強化して
サムの近くを駆け回り、サムの砲撃を敵陣に誘導する、よ
「こっち、だよ。」
<ダッシュ><ジャンプ><悪路走破>
【砲撃対処:要塞砲】
「いたたー……」
歩兵からの援護銃撃は装甲で耐えつつ、
要塞砲を確実によけられるように注意する、ね<見切り>
<フェイント>を入れて敵の要塞砲からの攻撃を
サムへ当たるよう誘導、回避したい、な
軌道がずれてたら、蹴って修正
「じゃすとみーと」
ベルト・ラムバルド
アドリブ上等
敵のパンツァーキャバリアがあんなに!
…戦争ってのはほんっとに嫌になるなもう!!だがここでやらねばならぬのだ!
ベルト・ラムバルドが騎士道を見せつける!行くぞ!
キャバリア操縦し出撃!
索敵と情報収集で敵群の居場所を把握し切り込み突撃!
盾を構えUCでバリアーを張りながら敵群の砲撃を鉄壁の如き防御で防ぐ!
そしてカリブルヌスソードで敵の機体を鎧砕きと重量攻撃で粉砕!
ついでにシールドバッシュで吹き飛ばしてやる!
カリブルヌスを投げつけたらすかさずもう一振りのビームセイバーを振るい鎧無視攻撃で切断して退けてゆくぞ!
存在感で敵連中を惹き付ける!
さぁ来い!騎士道の権化たるベルト・ラムバルドが相手だーッ!
ウィリアム・バークリー
獣人側は、統一した組織をぎりぎり保っているような状態でしょうか。あと藁一本の重みで背骨が折れることもあり得ます。それを防ぐためにも制圧戦を成功させましょう。
ダークネスクロークを纏い「目立たない」ように塹壕内を移動して、「闇に紛れる」ことで出来るだけ最前線まで進出します。
パンツァーキャバリアは、さすがに塹壕で姿を隠すことは出来ませんね。
では、その機体を目標として、「全力魔法」氷の「属性攻撃」「凍結攻撃」「範囲攻撃」のIce Blast!
さすがに串刺しまではいきませんが、キャバリアの下半身くらいは粉砕したいところ。
そして、永久凍土化した周辺の環境に、華北の春期装備の歩兵が耐えられますか?
雨飾・樒
厳しい状況だけど無理じゃない、制圧できる
敵の塹壕線に侵入したい
空中跳躍符で速く進めるし、"眠り薬の魔弾"なら大抵の遮蔽は関係なく敵に当てられるけど、それだけじゃ塹壕に到達できないかも
派手な砲撃による陽動を友軍にお願いしたい、使ってくれた弾薬分の成果は挙げるよ
塹壕に入れたら手早く周囲を制圧する、魔弾なら閉所で有利
隠れてる敵は撃つ、突っ込んでくる敵は隠れながら撃つ
敵の戦車、パンツァーキャバリアもいるなら魔弾を撃ち込んで搭乗員を無力化
友軍から信号弾とか貰っておいて、制圧完了したら合図を送る
塹壕内の武器弾薬、無力化した兵器等は友軍が使ってくれれば良い
火砲が鹵獲できたら他の狙える敵陣地に向けて、次の敵陣地制圧に役立てよう
イリス・ホワイトラトリア
難攻不落の要塞なんですね…
ここで時間を掛け過ぎたらもっと被害が広がっちゃう
ベヒーモス様!参りましょう!
ベヒーモス様の大きな機体と重装甲を活かして友軍の盾になりながら前進します!
先に希望される友軍をベヒーモス様の中にご案内します
敵陣までお送りします
聖盾の守護を展開
敵の戦車砲を防ぎつつ、ベヒーモス様の後ろに続く皆さんをお守りします
激しい攻撃を受けると思いますけど、ベヒーモス様自身もアダマンチウム装甲で覆われているので大丈夫です
ミサイルは対空機関砲と対空ミサイルで迎撃します
こちらからは20連装ロケット砲と三連装超大型ロケット砲
それからハイパーレールガン、三連装衝撃砲、メガビーム砲で反撃します
ブリッジの管制機能を活用して各砲で広い範囲に砲撃します
敵のキャバリアの集団はギガンティックバスターで薙ぎ払いましょう
地雷が埋まっていれば踏み潰して進みます
ギガンティックテイルを振って踏み残しも壊しましょう
敵陣地に深く進行出来たら胸部ウェルドッグと背部カタパルトを解放
友軍の皆さん!出撃をどうぞ!
エミーラ・イズマルテ
(猛禽騎士団は、飛行場の襲撃から引き続き――今回は120騎の参戦となる。
内、エミーラ本人を含む6騎が血の滲んだ包帯を身に着けての継続参戦(5名は特に重傷で療養中)だ。)
先の作戦で航空優勢を確保し、兵量と装備の質も整えた上での苦境……というワケですか。
今回も厳しい戦いになりそうですね、しかし我等は全身全霊を以って任に当たるのみ。
我等は要塞西部最大規模たる二〇三高地陣地帯を攻略先と定めます。
大まかな手筈は《先行した友軍では手が回らない敵戦力に対し、強襲をかける》とします。
持ち前の機動力で以て、友軍の脅威となり得るモノを消して回る積りです。
兵卒や軽車両等はプラズマイレイザーの放射で焼き払えればと。あるいは剣でも対応できます。
より装甲が厚い目標についてはプラズマイレイザーの収束射、或いは車載プラズマ破砕砲で対応する事になるかと。
特に、破砕砲であれば堡塁ごと中の歩兵も破砕・焼却できると踏んでいます。
占領こそは歩兵の仕事、であれば騎兵は敵歩兵の占領を粉砕する事こそ責務。
今回も為遂げてみせますとも。
アリス・セカンドカラー
お任せプレ、汝が為したいように為すがよい。
空亡、出陣。|『夜行さん』《幽霊キャバリア》一機につき百機の|『百鬼夜行』《AI制御無人キャバリア》の大軍勢で蹂躙してあげましょう。
|防御術式《多重詠唱鉄壁硬化結界術》でたいがいの攻撃にはびくともせず、損傷も|修復術式《回復力、継戦能力》ですぐに修復して戦線復帰する。それが|高速化術式《高速化早業先制攻撃推力移動》で高機動戦闘を仕掛けてくる、と。悪夢かな?
さらに、その性質を活かして友軍をかばうから被害は軽微に収まることでしょう。こっちはアリス本体からの|リジュネ《多重詠唱医術、回復力、継戦能力》も飛んでくるから、即死でもなきゃ戦線復帰できるわよ♪
ところで、コイツラ幽霊と無人機だから、|自爆《爆破、爆撃》即リポップのゾンビアタック作戦とかもできるけど、いる?
|埋葬《仙術、拠点構築、罠使い、地形の利用》の大魔術で敵方の塹壕線を埋め立てちゃうのもありかしら?
ドーラ・ラングナーゼ
●POW
兵器局発表!
我々は戦局を覆す超兵器の開発に成功した!
戦術歩行戦車「|千覇《チハ》」である!
我がシバイヌ同胞団の技術力を結集したこの千覇の前に、超大国パンツァーキャバリアは屍を晒す運命なのだ!
などと息巻いた大本営発表をしていたが、本格的な量産体制へ入る前に超大国側が動いたか
拡大する一方の戦線と応戦により、割けれる戦力は私の教導機のみ
とは言え、実戦データの収集としてはまたとない機会でもある
…行くぞ
本機は敵塹壕線確保の支援に吶喊する
塹壕建設するにも時間が掛かるのであれば、相手側の塹壕線を奪ってしまうのが早い
千覇砲塔の試製|自動装弾装置《オートローダー》による【砲撃】で友軍歩兵の障害となりうる機銃座を榴弾で【地形破壊】
目標十時から三時の方向、敵塹壕機銃群
六発連射、遅延榴弾弾…射て!
後は絶えずこちら側に定期便を届けているパンツァーキャバリアの破壊か
装甲が薄い代わりに機動性を確保した千覇で砲撃を掻い潜り接敵
RXメイスによる【グラウンドクラッシャー】で足関節部を破壊し、倒れたらば止めの一撃だ
笹竹・暁子
※アドリブ連携歓迎
各地を一巡りして、互助組織の連携を呼びかける親書を持参してきたのだけれど…ええ、そんな場合じゃないわね
タイミング合わせが重要なこの作戦、お手伝いするわ!
方針:退避壕の作成と、各種の情報伝達を重視
私の体格なら、飛び出さない限りそうそう流れ弾も当たらないわ
塹壕内を巡り、要所に【指定UC】の退避壕を作成
救護・休息用も用意するけれど、私たちの「出張所」は人数制限がほとんどない異空間
作戦開始までの無駄な消耗はさせないわ!
通信妨害も異空間内同士なら無関係に通じてるから、作戦指揮者の【情報伝達・集団戦術】もスムーズよ!
〔霊刃羽〕もある程度持ってきたから、突撃の際は盾にして!
皆さん、武運を!
アメリア・バーナード
※アドリブ連携OK
こういう時は名将の鶴の一声が欲しくなるわね……。
私は塹壕建設に専念しようかしら。
他の猟兵や獣人たちと足並みを揃えて、彼等の損害を少しでも抑えるわね。
「私も手伝うわ!」
UCで掘れる塹壕の距離は120メートル……いいわ。やれるだけやりましょう。
ちなみにトーチカ付きよ。流れ弾くらいなら軽く弾き返せると思うわ。
多連装ロケット砲モードは厄介だけど、塹壕を深めに掘ったり頭を引っ込めたりすれば被害は減るかしら。
……うん、多分大丈夫。剥き出しで地上にいるよりはマシよ。
少しずつ要塞に接近していって、機会を窺うわ。突撃する時はいつでも言って頂戴。弾は引き受けてあげるから。
●永久要塞対移動要塞
ベヒーモス、という名のキャバリアがあった。
巨竜を模した、というより、巨竜そのものと言えるその機体――運用国の価値観からすれば、ベヒーモスを指して機体と呼称するのは些か憚られるが――は、全高、全長共に数十メートルを優に超え、数百メートルの単位で表現しなければならない威容を誇る。キャバリアというより水陸両用の戦艦と称するべき存在であった。
転移に成功した現在、ベヒーモスは統一戦線が制圧した九三高地の山頂部分を覆い隠すような形で旅順の地を睥睨している。
その事実は、精々が二〇〇メートル程の小山しかない旅順に、突如として四〇〇メートル近い高さを持つ観測拠点が出現したことを意味している。旅順港が見えるどころではない、旅順要塞全体を見渡すことが出来る観測拠点の出現は、存在それ自体が防衛側にとっての悪夢であった。
「第一八斉射弾着。効果判定急げ」
「前進観測班より報告、敵第〇二六号及び〇三一号堡塁沈黙!」
コクピットと言うより戦艦の戦闘指揮所と表現すべき広さと設備を持つベヒーモスの心臓部では、その操り手と認められたインドラ教の神官、イリス・ホワイトラトリアの他に、多くの男女がひしめいている。その正体は、統一戦線司令部から二〇三高地陣地帯の攻略を命じられた部隊の高級将校たちであった。
大規模な指揮管制能力を持ったベヒーモスの指揮所は、様々な組織からなる大部隊の統制に困難以上のものを感じていた将校たちにとって、喉から手が出るほどに必要な施設であった。彼ら彼女らからの懇願に近い依頼を受け、イリスはベヒーモスの指揮所を臨時の野戦司令部として貸し与えていた。無論、敬虔な神官である彼女がベヒーモスに伺いを立てたのは言うまでも無いが、返ってきたのは鷹揚さを感じる思念波のみであった。
「第十九斉射、測的完了。ベヒーモス様、お願い致します」
イリスの請願に応えるかのように、入力された諸元に従ってベヒーモスのハイパーレールガンがその砲門を指向する。発射を警告するベルがベヒーモスの艦内空間に反響し、衝撃が大地と機体を揺らす。
この時代において鉄筋コンクリート製の堡塁を砲撃によって破壊するには、少なくとも四〇センチ以上の大口径砲が必要であったが、ベヒーモスに装備された長砲身の大型レールガンは、その弾速によって齎される莫大な運動エネルギーによって、強固な堡塁をいともたやすく粉砕して見せた。
第十三斉射の効果判定を確認した将校、星の数からいってこの場における最高位の位を持つ虎人の男は、イリスが鎮座する艦長席へと進み出で、恭しく拝礼した後口を開いた。
「巫女殿、射線上に存在する敵堡塁は全て沈黙いたしました」
イリスの装束や所作から、統一戦線に所属する将校たちは彼女をパイロットではなく何らかの神に仕える巫女であると見做し、事実としてそのように遇していた。如何に将校という身分が合理性を重んじなければならない立場であったとしても、彼ら彼女らは軍事を司る神々――ベヒーモスが実際にはどのような存在であるかは兎も角として、少なくとも統一戦線の将校たちはそのように考えている――を軽んじる習慣を持たなかったし、イリスとベヒーモスが攻撃準備射撃の段階で上げた戦果は畏敬を抱かせるに十分なものであった。
「ベヒーモスの進出路については、既に立案を完了しております。ご確認を」
キャバリアとしては異常な大きさと質量をもつベヒーモスが地上で行動する場合、単に移動するだけでも多大な困難を伴う。今回のように、多数の将兵が関わる大規模な戦場で使用するのであれば猶更である。移動経路の地盤や構造物の有無、友軍との進撃速度の調整その他諸々、ベヒーモスの運用にあたって統一戦線側は専用の参謀団を編成していた。それが必要であるからという理由は無論であるが、指揮所を間借りする返礼としての意味合いもまた大きい。
「ありがとうございます、皆様」
受け取った運用計画に目を通す。これならば問題は無いだろう。ベヒーモス様を前面に押し出せば、敵の塹壕線の目と鼻の先にまで友軍を送り込むことは容易い。
イリスは、続く言葉を発しようと息を吸い込んだその時、座席のひじ掛けを握る自身の手が震えていることを自覚した。丹田に力を籠め、振るえた声を発さぬよう慎重に口を開く。辛うじて震えを抑え込んだ指でコンソールを操り、味方の全指揮系に声を届けるべく無線プリセットを設定した。
怯えている暇などない。時間をかければかける程に、兵士達は死んでいくのだから。
覚悟を決めた彼女は立ち上がった。
「これより、当機は敵陣地帯突破を目的とした前進を開始致します」
指揮所でそれぞれの役割を果たしていた男女が、一斉にイリスへと身体を向ける。神託を待つ信徒のように。
「ベヒーモス様! 参りましょう!」
巫女の請願を受け、機械神は歩み始める。その第一歩が、第二次総攻撃開始を告げる号砲の如く大地を震わせた。
●騎兵突撃
「胸部ウェルドッグ、及び背部カタパルトを解放いたします。発進空域クリア。エミーラさん、ベルトさん、発艦を許可いたします」 イリスの声と共に、ベヒーモスに備え付けられた航空機発艦のための機構が起動する。一機のキャバリアとしては信じがたいが、ベヒーモスに対してキャバリアの常識を説くことほど無為な事は無いだろう。
エミーラ・イズマルテが指揮官として頂く猛禽騎士団の団員たちは、既に完全武装の状態でウェルドッグに整列していた。彼女の号令があれば、聖騎機を操る彼ら彼女らは一斉に戦場へと飛び立つだろう。その後の事は? 考えるまでも無い。信仰の名のもとに、為すべきことを為すのだ。
同志たちに突撃の号令をかけるべく、エミーラはその小さな体躯いっぱいに息を吸い込む。今までに感じたどれよりもひどい香りが鼻腔を刺激する。死んだ獣人たちの血の匂い、大地に晒された肉が腐る匂い、そして、常人であれば耐え切れない程の嘔吐きを催す程に濃い肉が焼ける匂い。嗅覚から齎されるあらゆる感情を精神力によって封じ込めた彼女は、精一杯の力を込めて声を張り上げる。己のうちに存在する、戦闘には不要な感情を追い出すために。
「神意、我らが内に宿らん。無辜の民たちの希望と、主の御稜威にかけて――」
聖別された剣の切っ先を、眼前に広がる敵陣地へと向ける。今までの試練は、すべてこのような戦場を駆けるためにあったのだ。余計な感情を差し挟む余地などない。
「|同志たち《猛禽騎士団》よ、我に後に続けッ!」
開いた傷口からあふれ、血が包帯を赤く染める事すらも意に介さず、エミーラは自らの聖騎機の出力を最大まで引き上げ、再び旅順の空へと進出する。後に続くは一一九機の同志たち。傷が深く後送された五人の騎士たちと入れ替わるように戦場へと導かれた精鋭の猛禽騎士達である。後ろを任せるに些かの不安もない。
ある種の美しさすら感じさせる程に整った隊形で敵二〇三高地陣地帯への突入を開始した猛禽騎士は、指揮官先頭を保ったまま三つの部隊に分離する。
三つのうち二つの分隊は、友軍の歩兵やパンツァーキャバリアに対して脅威となる堡塁に対する対処を実施するために、陣地側方へと回り込む機動を開始する。彼らは主に破砕砲の集中射撃をもって堅牢な堡塁を制圧或いは破壊する事を目的としている。
エミーラが直卒する最後の分隊は敵陣地へと肉薄する歩兵部隊の|近接航空支援《CAS》を実施するため、敵陣地上空を旋回し、重機関銃や頭を出した敵パンツァーキャバリアを破壊する事をその主目的としていた。
その目的の性質上、最も数が多いが決して安全と言うわけではない。その数は激減したものの、要塞後方には未だ高射砲陣地が存在していたし、低空を飛行しなければならない都合上、陣地に備え付けられた重機関砲の銃弾も当たり所が悪ければ致命傷になり得る。そのような危険な状況下で、エミーラと彼女の部下たちは地上からの支援要請に応え、空中突撃を敢行する必要があるのだ。先立っての防空網破壊と同程度に、彼ら彼女らの身は危険に晒されていると言える。
しかし、戦場上空を旋回し、果敢に敵陣へと突撃を繰り返す猛禽騎士達の姿は、その効果的な航空支援による戦果以上の心強さを統一戦線に属する将兵達に与えていた。後方からベヒーモスの準備射撃が轟き、上空は騎士たちが守りを固めている。彼女たちの存在そのものが、陸を進む兵士達にとっての拠り所となっているのだ。
「おおっ、あれが猛禽騎士というものか。轡を並べる騎士として負けてはおられんな!」
これは俺も負けてはおられんな。愛機たるキャバリア、パロメデスの内で発進に備えていたベルト・ラムバルドもまた、先発したエミーラが率いる騎士たちに大いなる感銘を受けた者の一人であった。しかし、彼もまた暗黒騎士を自称する身である。自らもまた彼らに比肩し得る存在であると、槍働きをもって示さんとしていた。
「いざ、我が騎士道を知らしめる時! ベルト・ラムバルド、出陣する!」
背部カタパルトから射出されたパロメデスは、ベヒーモスの周囲を旋回する形で速度を付けると急降下を実施し、敵陣に肉薄戦としていた統一戦線の最前衛部隊の前方にその身を躍らせる。キャバリアを駆るベルトは、上空からの援護ではなく友軍部隊の槍の穂先として敵陣へと突入する事を選択していた。
猛烈な勢いで後ろへと流れていく視界に目を凝らせば、茶色いはずの地面に大量の緑色が転がっている。その正体は想像するまでも無い。第一次総攻撃の際に二〇三高知へと攻撃を仕掛け、叩き返された際に出た犠牲者の亡骸であった。
「……戦争ってのは、戦争ってのは! ほんっとに嫌になるなぁもう!!」
この地に斃れた彼らや彼女らもまた、誰かの子供であり、或いは親であったのかもしれない存在である。故郷と同じく戦争という悪神に魅入られた世界を救うためにも、ベルト・ラムバルドという男は今一度覚悟を固める。
彼の覚悟と呼応するように、独特な形状を持った騎士盾"ガラード"から不可視の力場が発生し、パロメデスとその背後に付き従う部隊を包み込む。
その力場の強度はまさに、今この時ベルトが抱いた覚悟を形而下の世界へと表出させていた。パロメデスを先頭に敵第一線陣地へと突き進む味方部隊に殺到する重機から放たれる大口径弾や対戦車砲弾が斥力によって機動を歪められ、ならぬ方向へと飛翔していく。 ベルトに先導され、かつ彼の姿に勇気づけられた部隊は、強固に構築された陣地に突入を図る部隊では考えられぬことに、ほぼ完全な戦力を保ったまま第一線陣地への突入に成功する。ベルトはパロメデスを操り、その切っ先たるべくカリブルヌスを抜き放つ。息を合わせるように敵陣へと突入を開始した猛禽騎士達の援護もあって、ベルトとエミーラに率いられた統一戦線部隊は、第一線陣地をほとんど無傷で突破するだけではなく、その衝撃力を維持したまま第二線陣地まで到達する事に成功したのだった。
●参謀総長はかく語りき
奇襲無くして偉大なる成果を上げる事は不可能である。とある人物遺した言葉は戦史において一定の普遍性を有する。今回の戦場のように、防御側が発揮可能な火力が攻撃側のそれを大きく上回る戦場においては死活的ともいえる要素であろう。
堡塁や塹壕からあらゆる火力が降り注ぐ敵陣を攻略するために歩兵やキャバリアをいくら投入したところで、大量の失血は避け得ない。しかしながら、強固に構築された陣地線を抜くためには、大規模な兵力を一点に投入せねばならない事もまた事実である。
大量の鉄と肉血を戦争の神に捧げるか、長大な時間をかける以外に、要塞を攻略する道はないのだ。通常の戦力を用いる限りにおいて。
(その常識を覆すのは無理じゃない。そのために、私達はいる)
他の猟兵達が統一戦線の主力と共に陣地帯正面に圧迫をかけている状況を生かすべく、雨飾・樒は行動を開始した。
前縁に設置された地雷原や有刺鉄線は空中跳躍符によって飛び越え、塹壕内で警戒している歩哨の視線をイリスやエミーラによる攻撃によって破壊された堡塁の残骸を利用して遮りながら迂回し、前進する。
静かに、しかし猛烈な速度を持って敵陣地内部へと至った――実際に降り立ったのは通行壕の内部であった――彼女は、塹壕潜望鏡を用いて警戒に当たっていた歩哨を手早く昏倒させ、周囲の兵士達が状況を把握するよりも前に彼ら彼女らの意識を歩哨と同様の場所へと誘う。
通行壕がその役割の都合上ジグザグに折れ曲がった構造であることが幸いして、周囲の兵士達を音もなく無力化した樒の存在に、敵はまだ気が付いていない。敵が半ば崩壊しかかっている陣地帯正面を支えるために兵力を割いていることも彼女の意図と行動を助けた。
雨飾・樒という猟兵は、派手な火力を発揮せずとも、このような状況においては決定的な役割を果たしうる存在である。
彼女は通行壕を慎重に進みながら手近な指揮壕を目指す。最終的な目的地について、おおまかな場所の目星を付けているが、隠密裏に到達するためには陣地の構造を把握する必要があった。
運動強化符の効果によって迅速に指揮壕の手前へと到達し、音もなく突如として現れた樒の姿に反応が一瞬遅れた立哨を魔弾を用いて昏倒させる。意識を手放した立哨の手から歩兵銃が落下し、地面へと接触するよりも早く彼女は指揮壕の入り口をくぐる。指揮壕に詰めていた将校が、外から響く乾いた音を聞いて顔を上げた時、その視界に入ったのは六式拳銃の銃口であった。
「ここまで大規模な陣地なら、キャバリアを待機させておく掩体があるはず……」
樒は動く者のいなくなった指揮壕の中を手早く探索し、陣地全体の構造が記載された地図を見つけ出す。点と線の連続体が描かれた紙をなぞる細い指が、ある一点を指し示して止まった。
「……やっぱり、ここだ」
半ば確信と共にその存在を予想していたキャバリア用の退避壕は、友軍が最も攻めやすい陣地正面の側背を突ける形で配置されていた。戦理に基くならば当然の配置である。戦車には劣ると言えど装甲を持ち、良好な機動力を発揮可能な機甲予備。味方にとっては存在自体が脅威だが、樒はそれらを無力化するだけではなく、味方にとって益のある存在に変え得る手段を有していた。
地図を懐へ納め、樒は再び通行壕へと走り出す。
彼女の後を追う形で塹壕へと肉薄していた特殊任務を請け負う部隊に、鹵獲すべきキャバリアの位置を示す信号弾の光が届いたのは、その僅か数分後の事であった。
●千覇号勇往邁進ス
敵の予備兵力であったパンツァーキャバリア部隊の一部が、樒の手で導かれた特殊部隊によって隠密裏に鹵獲されたことが友軍に伝達されたのは、敵の第二線陣地の制圧が完了しつつあるタイミングであった。
今の所損害を最小限に抑え、第一次総攻撃から見れば信じられぬほどの速度で敵陣を食い破る事に成功している統一戦線であったが、幻朧帝国がその心血を注いで構築した二〇三高地陣地帯には未だ第三、第四と陣地線が残されている。
敵は、イリスによって実施された強力な準備砲撃と、ベルトやエミーラが率いる騎士隊の突撃によって齎された混乱から回復しつつある。このような状況において、ジョーカーとなり得る鹵獲部隊の突入をどのタイミングで実施させるかが二〇三高地陣地帯突破の成否を左右する焦点となりつつあった。
強固に構築され、その内に一定以上の戦力を蓄えた陣地線は、如何に上空から叩かれたとしてもその抵抗を継続し得る。ここ獣人戦線においても、多くの人血を大地に流した末に各国は似たような戦訓を獲得していた。
結局のところ、陣地を完全に無力化するための唯一確実な手段は、歩兵と戦車、或いはパンツァーキャバリアが合同して実施する突撃と白兵戦なのだ。
「さて、新兵器のお披露目をするならば良い頃合いだな」
敵第三線陣地に向けて準備攻撃を始めたベヒーモスから、一機の武骨なキャバリアがその姿を現す。
士魂と画かれた巨大な戦鎚をひっさげ、胴体と頭部には戦車の車体と砲身そのものを乗せた様な武骨な外観は、まさにパンツァーキャバリアという名にふさわしい。その正体は、シバイヌ同胞団が友好勢力との技術協力を経て開発に成功した最新鋭のキャバリア、|千覇《チハ》であった。
「……行くぞ」
ドーラと千覇が目指すべきは、敵第三陣地への突入と制圧である。
敵を壊乱させ、少なくとも短期的な逆襲を抑止するためには、鹵獲したパンツァーキャバリア部隊による敵陣への側面攻撃をより完全な形で成功させなければならない。少なくとも敵第三陣地線の迎撃能力を飽和させることは、奇襲効果を最大限生かすための必要条件であった。
準備攻撃が終了し、友軍に突撃の下命がかかると同時にドーラは千覇を躍進させる。
「うん、良いじゃないか。同型機の量産が間に合わなかったことだけが悔やまれるな」
兵器局の大言壮語もあながち馬鹿にしたものではない。戦闘状態に至った主機関出力が齎す力強い推進力と、それを御しきる機体の強度や反応速度に一定の満足を得た操縦者、ドーラ・ラングナーゼはそのように独白する。
千覇の前に、超大国パンツァーキャバリアは悉くその屍を晒すであろう! 確かにまったくの絵空事ではない。教導機であるこの機体と同等の性能を持った機体の量産体制と、それを支える産業基盤が存在する限りにおいて。
「機体に|実戦経験《combat proof》を与える意味では、これ程適した戦場もあるまい――!」
その武骨さからは想像できぬ程の速度と運動性能を発揮し、千覇は旅順の地を掛ける。第二線陣地で食い止められた敵に対して逆襲をしやすい位置に設けられた第三線陣地との距離は、歩兵や従来型のパンツァーキャバリアならば踏破に苦労を要するが、千覇に取ってはそうではない。豊富な機関出力から齎される速度を生かして一息に肉薄して見せたドーラは、進行方向を基準とした十時から三時方向の範囲に存在する脅威に砲塔を向ける。
「潰すべきは重機と対戦車砲か」
滑らかに旋回する砲塔を敵陣へと指向させ、思考するよりも早く引き金を絞る。機体のハードウェアと同様に最新式の火器管制システムは、全速力で機動している状況下にあってみも砲塔を安定させ、ドーラが意図したとおりの場所に榴弾を放り込んで見せた。
射撃を終えた砲塔が薬室から空になった薬莢を排出し、次弾が自動装填装置によって即座に装填される。教導機だけあって、未だ発展途上と目されていたそれらの機構はカタログスペックが豪語する通りの性能で稼働して見せた。
単機にも関わらず、同時代の下手な戦車小隊以上の速度で敵陣に榴弾の雨を降らせた千覇は、まったく速度を緩めることなく敵陣地へと突入する。機関銃さえ処理してしまえば、残った歩兵の処理は後続に任せてしまえばよい。千覇が相手取るべきは、逆襲のために専用の退避壕で待機しているであろう敵パンツァーキャバリアであった。
敵パンツァーキャバリアの一隊から放たれた徹甲弾を掻い潜り、ドーラは敵部隊の只中へ千覇を躍り込ませんとする。ある程度の装甲を犠牲にした代わりに良好な機動力と運動性能を得た千覇は主の期待に見事応え、有機的ともいえる動きで敵部隊への肉薄を果たして見せた。
「千覇の白兵戦能力は、伊達ではない!」
千覇は手にした戦鎚を振り上げ、最初の犠牲者となる敵機へと叩きつける。鋼鉄が凹み、砕け散る轟音は準備攻撃の砲声とはまた違う迫力をもって味方を鼓舞し、敵を畏怖させるに十分なものであった。
●二〇三高地の攻防
ベヒーモスによる砲撃、エミーラ率いる騎士隊による|近接航空支援《CAS》、ベルトとドーラによる白兵突撃。そして、樒が鹵獲したキャバリア部隊による側面攻撃。
友軍勢力との有機的な連携の元、複数の猟兵がそれぞれの長所を生かした攻撃を実行したことで、統一戦線は四重にも渡る二〇三高地陣地帯に複数個所の突破口を形成する事に成功した。
それぞれの突出部では十分な縦深が確保され、側面を攻撃すべき堡塁はその大半が瓦礫の山と化しつつある。一見すると、第二次総攻撃の成功を左右する二〇三高地陣地帯の突破は成功したかのように見える。
しかしながら、そのような見方は些か以上に楽観的な物であった。旅順要塞を護る防御指揮官は、統一戦線が第一線陣地の突破を突破した段階で主攻が要塞西部であると判断し、逆襲のための機動戦力を西部へと移動させていた。それと同時に、要塞後方に存在していた重砲群に|二〇三高地陣地帯に対する《・・・・・・・・・・・・》射撃計画の実行を命じている。
砲兵という兵科の能力を十全に発揮させるためには、事前に入念な射撃計画を策定しておく必要がある。その点において、構築した陣地帯を奪還するための射撃計画を事前策定させておくのは同時代における防衛側の常道である。それが永久要塞として構築されていた旅順要塞であるならば猶更であった。
一方、猟兵と統一戦線が確保した陣地帯は依然強固ではあるが、防衛側から見て味方が存在する方向に対してはさほどの防御能力を持たない。高所に存在するという優位は依然としてあるものの、その防御力はあくまでも敵が攻めてくる方位に対して発揮するものであって、増援が――あるいは奪還のための逆襲兵力が――やってくるはずの方向に対しては無防備と言って良い。
ここに、二〇三高地を巡る戦いは第二の佳境を迎える。それは即ち、陣地を確保した統一戦線と、奪還のために攻め寄せる幻朧帝国主力との決戦であった。
●陣地戦
友軍が確保した二〇三高地陣地帯の最後方。今や幻朧帝国主力との最前線となった陣地帯に対して、榴弾の暴風が降り注いだのはあくる日の払暁であった。
陣地そのものを吹き飛ばせるのではないかと思えるほどの準備砲撃は、事前に策定された射撃計画の通り、二〇三高地陣地帯の全縦深に対して降り注いだ。
戦艦並みの装甲厚と防御フィールドによって護られたベヒーモスを撃破することは敵わずとも、その動きを一時的に制圧するには十分な程の鉄量である。この一点を以てして、どれ程激烈な射撃が行われたかは推して知ることが出来るだろう。
猟兵の助力があったとしても、大抵の部隊は四重の陣地を攻略すればその衝撃力を喪失する。その上でこれ程の砲撃に晒されれば、組織的な抵抗はまず不可能と言っても良い。
しかし、かくのごとく周到な攻撃準備射撃を経てもなお、幻朧帝国主力は抵抗軍が確保した二〇三高地第四線陣地からの激烈な抵抗に遭遇した。
陣地を奪還すべく前進を開始したパンツァーキャバリア部隊は、次々に対キャバリア地雷へと触雷しすると同時にその前進を大型の電気鉄条網によって阻まれた。本来ならば存在するはずのないこれらの防御設備である。
「剥き出しの陣地に籠っているとでも思った? 猟兵には塹壕掘りの専門家もいるのよ」
逆襲側から見れば無防備な筈の陣地をこれほどまでに強固な物に作り替える事に大きな役割を果たしたのは、アメリア・バーナードであった。彼女は友軍が第四線陣地の制圧を果たしたと同時に、その防備の強化作業を開始していたのである。
夜を徹しての陣地構築作業は、アメリアと友軍工兵とが協同して作業を実施したことで最大の効率の元進捗した。なおも人手が不足していた場所については、戦闘部隊からも人員を抽出した野戦築城が実施されている。
疲労した戦闘部隊をさらに工兵作業に従事させることは一見して愚策にも思える。しかし、その常識を超越させる術もまた猟兵の一人が提供していた。雀のお宿の外仲居こと笹竹・暁子である。
彼女は第三線陣地と第四線陣地の中間に暁廊下を出現させ、臨時の保養所として機能させていた。陣地帯の攻略を終え、疲れ切った将兵に対して、設備の整った休養施設を提供したのである。
前線にあってはとても望みえないほどの施設で、かつ温食までもが提供される雀のお宿は疲労によって萎みつつあった兵士達の戦意を再び充足させるに十分な物であった。
短時間ながらも望外の設備で休養の時間を得た兵士達は、失った体力と気力を回復させる。これによって、統一戦線の前衛部隊は敵の逆襲を耐え忍ぶために必要な戦力を回復させる事に成功していたのである。
「おっつけ他の抵抗組織も駆けつけてくれるわ、それまで耐え抜きましょう」
彼女自身も互助組織を運営する者の一人である。統一戦線の総攻撃開始と並行して各地に送付された彼女の親書は、今この場には間に合わずとも、呼応した抵抗勢力の援軍という結果を結実させつつある。彼女の言の通り、敵主力による反撃を耐え凌ぐことが出来ればこの戦いの勝利は確定する。その意味において、暁子は単純な戦力以上の貢献を統一戦線に対して果たしていた。
暁子が作り上げた休養施設で気力を回復させた兵士達が、アメリアと工兵たちによって形成された陣地に立てこもり、敵主力に対して激烈な反攻を続けている。
如何に後方に対して手薄とは言え、事前に陣地があるのだからアメリアの能力は攻撃側の敵にとってより致命的に作用する。
広い範囲に敷設された地雷は確実にパンツァーキャバリアの数を減らし、電気鉄条網に行く手を阻まれた部隊は交差射撃を実現できるよう配置されたトーチカから対戦車砲の猛射を浴びて次々と潰滅する。
本来であれば統一戦線側を襲うはずであった陣地帯の猛威が、幻朧帝国に対して発揮されたのだ。二〇三高地の早期奪還という要塞指揮官の目論見は潰え、その主力部隊は信じがたいほどの速度で再構築された陣地帯との戦闘に引きずり込まれる。
本来幻朧帝国側に渡るはずであった主導権を、統一戦線の側へ無理やりに引き寄せた二人の猟兵の活躍は、二〇三高地を巡る攻防の中でも特筆すべきものであることは言うまでも無いだろう。
●積極防御
突如として出現した統一戦線側の陣地による猛威にもめげず、むしろそれに釣られるような形で幻朧帝国主力の攻撃はその激しさを増していく。それは猟兵達と統一戦線首脳部の目論見に合致する展開ではあったが、一歩間違えば甚大な損害を被る危険と隣り合わせの物でもあった。
「この攻撃を受け止めきれなければ、そのまま背骨が折れるということもあり得ますか」
間違いなくチャンスではある。しかし、同時に多大なリスクを孕んだ展開でもある。第四線陣地に迫る敵部隊の圧迫はされ程の物であった。
「ですが、攻勢に出ている限りその姿を隠すこともできないでしょう」
だとするならば、やりようはある。今や地の利は統一戦線の側にあるのだ。敵の第二次突撃を援護すべく開始された攻撃準備射撃の中、ジグザグに折れ曲がった交通壕の中をウィリアム・バークリーは駆ける。目指すは、味方の前進観測地点。敵突撃の攻撃軸を早く見極められれば、彼ともう一人の猟兵による限定的な反撃の成算は増す。
空中で炸裂する榴弾からまき散らされる熱と弾殻の間を潜り抜けるようにして、ウィリアムは観測兵たちが身を縮ませる退避壕の中にその身を滑り込ませた。
砲撃の雨が止むと同時に、ウィリアムは退避壕から這い出し視界を周囲へと向ける。砲煙が視界を遮る中に、敵キャバリアが前進してくる音だけが不気味な程はっきりと響いている。極限まで感覚を研ぎ澄ませながら、最も駆動音の多い方向にスプラッシュの剣先を向ける。発動させるべき地点は、敵部隊中央。早すぎても遅すぎても成立しない。
呼吸を整え、迫りくる敵を見据えるべく目を開く。先陣を切る最初の一機が砲煙を割いて現われ、その左右から次々とパンツァーキャバリアが姿を現す。
「心冷たき王妃の吐息よ――!」
周囲に存在するあらゆる水分、戦場に斃れる敵兵の血液までもを利用して、ウィリアムは敵部隊中央から全体を覆うように永久凍土の領域を発現させる。所々に赤黒いものが混じった氷の刃が装甲化されていないあらゆる目標を切り裂き、猛烈な勢いで低下した周囲の気温が寒冷地対策を実施していない敵キャバリアの動きを鈍らせる。
全速で友軍陣地に迫る敵キャバリア部隊の内部では、急激な温度変化によって低下した装甲の強度と増大する剪断応力に対応しきれず、脚部を損傷しその場で擱座する機体が続出していた。敵部隊は突撃において最も重要な衝撃力を陣地直前で喪失したに等しい。
「今です、イコルさん!」
「ん、任せて」
役目を果たしたウィリアムを飛び越える形で、深い蒼で塗装された機影が疾駆する。赤い推進力の痕を陽光が昇り切らぬ残しながら、イコル・アダマンティウムが操るT.A.:L.ONEが動きを止めた敵部隊に躍りかかった。
パイロット保護のために施されている痛覚制御機構をすべて解除し、機体を巡る人造神経と自己の神経を一体化させる。ウィリアムの魔術によって極端に低下した外気温が、決して重厚とは言えない装甲を介して突き刺さる。
しかし、パイロットへの多大な負荷を代償として得たT.A.:L.ONEの反応速度と運動性能は、まさに神機一体の名にふさわしい。温度低下によって動きが鈍った敵機とは比較にならむ程の速度で肉薄したT.A.:L.ONEの拳が、重厚なアイアン・サムの装甲を冗談のように突き破る。正面装甲の内に存在した柔らかい物ごと貫徹した拳は敵機を貫き、パイロットによる制御を失った機体は剣につき刺された人間の如くだらりと腕部と脚部を弛緩させた。
「まずは、一機」
この世界の常識では考えられぬ程鋭く機敏なT.A.:L.ONEの反応を目にしてなお、敵の戦意は旺盛であった。不幸な僚機ごしに砲門を指向させつつある敵機の姿を確認したイコルは、今しがた刺し貫いた敵機を後方の敵機に向けて投げつけると、続けざまに跳躍する。味方機を投げつけられたことで大きく射線を逸らされた敵機が放った徹甲弾があらぬ方向へと飛翔する様を尻目に、イコルはT.A.:L.ONEを敵部隊の奥へと機動させる。
「こっち。こっち、だよ」
敵部隊の立場に立てば、武器らしい武器を持たぬとは言え、機体そのものが凶悪な破壊力を有するT.A.:L.ONEを無視することは、あらゆる意味においてできない決断であった。多少の同士討ちは覚悟の上で、少しでも多くの砲塔を彼女とT.A.:L.ONEに向けなければ、自身を含む部隊そのものが消えてなくなってしまう。たとえ今現在T.A.:L.ONEが発揮している非現実的な能力は、パイロットであるイコルの寿命を薪にして初めて発揮し得る物であるとしても、彼女と相対するという不幸な運命を背負った幻朧帝国軍のパイロット達がその事実を知る術はない。
攻撃の主力となるはずであった敵パンツァーキャバリア部隊の隊形は、ウィリアムの魔術とイコルの操縦技能によって今や千々に乱れつつある。
進むことも引くこともままならなくなった敵主力部隊。その上空を巨大な影が覆いつつあった。
●そして、夜行さん達がとおる
「はぁい、幻朧帝国の皆さん。百鬼夜行をお届けよ♪」
アリス・セカンドカラーが発した幻朧帝国軍への死亡宣告は、そのような物であった。
彼らを照らすべき陽光を遮る形で出現したのは、巨大な、あまりにも巨大な空中艦である。アリス・セカンドカラーという猟兵が多数の敵を相手取る時に用いる切り札の一つ。その正体を、天空決戦都市「空亡」と呼ぶ。
「強固な陣地に籠られると中々難しいんだけどね? ウィリアムとイコルのおかげでいいカンジに棒立ちになってくれてる今なら、"夜行さん"達の格好のマトなのよね」
まぁ、仮に陣地に籠っていたとしても|ヤリよう《生き埋め》が無い訳ではないが、現在がより良い状況であることに変わりはない。アリスは戦場を整えたアメリアと暁子。そして、舞台をより良いものに演出して見せたウィリアムとイコルに感謝の念を表しつつ、空亡から次々と発艦した|夜行さん《幽霊キャバリア》の群れをけしかける。
目には目を、数には数を。多数を多数で圧殺する事に特化した夜行さんは、一機一機がスウォーム戦術を実行する百鬼夜行ドローンの制御ハブとしての機能を持っている。要するに、夜行さんが一機いれば、百機のドローンが襲い掛かってくるのだ。多数を圧殺するための数の暴力とはまさにこれである。
「コレが|自己回復《リジェネ》しながら、高機動戦闘を仕掛けてくる、と。 悪夢かな?」
或いは相手が一定水準以上の電子戦能力を備えていれば、このようなドローンの津波に抗う術もあったかもしれない。しかし、悲しいかな獣人戦線における電子戦の歴史は未だその端緒が開かれたばかりである。
この世界において、自律型AIを搭載した機体が操るドローンの大群を相手取る唯一の手段は、野戦防空陣地が構築する濃密な対空砲火を置いてほかにない。
彼らにとっての最大の不幸は、本来空を閉じるはずであった防空陣地の悉くが、目の前のアリス・セカンドカラーをはじめとする猟兵達によって破壊されていた事だろう。
空を埋め尽くす百鬼夜行は、味方にとってはこれ以上ない程に強力な盾であり、敵にとっては迫りくる死そのものである。
物理的に空を覆った空亡から湧き出でた夜行さん達が、旅順の空をとおる。その傍らに大量の自爆ドローンを従わせながら。
天から降り注ぐドローンの群れに立ち向かう対空砲の弾幕は、あまりにも細く、少なかった。
●落日の要塞
猟兵達による決死の戦闘と、名もなき将兵たちの文字通り血の滲む様な奮闘によって、統一戦線は遂に二〇三高地を完全に掌握し、逆襲を図った幻朧帝国主力すらも壊乱させるに至った。
第二次総攻撃全体を通して、統一戦線側の損害は一〇〇〇にも満たない。これは、統一戦線首脳部が想定していた内最も楽観的な数値すら下回る数である。対して、二〇三高地陣地帯全体と、主力部隊の大半を失った幻朧帝国の損害は未だ算定すら完了していない。少なく見積もっても一万を超えるだろう。
一連の攻撃の結果として、機動戦力の大半を喪失した旅順要塞はその西部を失い、旅順港及び司令部を含む要塞東部は完全に包囲されることとなる。
周囲の緊要地を失い、ほぼ全周を包囲された要塞にできることは殆ど残されていない。
そして、今この時にも旅順には暁子の親書に動かされた抵抗組織が統一戦線に加わるべく歩を進めている。
難攻不落を謳われた要塞の命運は、今まさに潰えつつあった。
大成功
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