メリドル・コーデ
●閑話休題
一つの事柄を知れば、付随して物事を知ることができる。
だが、それは要らぬ傷口を広げるものになりかねないがゆえに、人は無遠慮に触れることはしない……というのが良識というものであったことだろう。
それが人の心をざわめかせる。
踏み込んで良いものであるのか。
夫と妻という間柄に隔てるものが何一つないというのは偽りであろう。
故に、一線。
そこに引かれた先へは踏み込んではならない。
例え、それがゴッドゲームオンラインというゲーム世界の中にあるノンプレイヤーキャラクター同士の間柄にあっても変わらぬ事実であった。
故に妻たちは悩んでいるのだな、とヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)は理解しただろう。
わかっている。
彼女たちに言わせてよいものか、という思いもある。
けれど、ヌグエンは己から踏み出す事ができなかったのかも知れない。
その問いかけは己の柔らかい所であるから。
しかし、ヌグエンは妻たちのことを正しく把握していなかったのかもしれない。
「もしこの先、『デスペラティオ・ヴァニタス』としての力を取り戻すことがあるとしたら、どういう時?」
言葉の端が震えているのをヌグエンは理解する。
それは恐れというよりは、反射じみたものであったのだろう。
どうしようもない反射反応。
彼女たちは、己達の胸のざわめき、その反応が脱ぐ縁を傷つけるかも知れないと心配したのだろう。
また気を遣わせてしまったな、とヌグエンは独りごちる。
少しの沈黙があった。
拒絶の沈黙ではない。
遠ざけたいと思っていのものではないのだ。
「一つだけ断っておくと」
うん、うん、と妻たちが頷く。
「この間は、俺様が珍しく考えているからだ。考えているってことは、それはお前達のことだし、俺様のことでもある。要するに」
この世界、ゲーム世界であるゴッドゲームオンラインにおいてのっぴきならぬ事態が起こったと想定して、とヌグエンは前置きする。
「現状でどうしようもないバグプロトコルが相手であった時、だな。それに限る」
ヌグエンの言葉は理解できるものだった。
オブリビオン、即ちバグプロトコル。
この世界の外の脅威は、それだけではない。
デウスエクスという異星よりの侵略者。
エリクシルという万能存在。
そうした規格外の存在に対しては、とヌグエンは己が厭う力も使うことを辞さぬというのだ。
「使わなければ負ける、そういう時になりふりかまっては護れるものも護れない、そうだろう?」
「まあ、そういうやつだってわかっていたけどさ」
「本当に。でも」
「無理はしないし、報告はするし、連絡もする。相談だってするさ」
「ならよし」
いいのかよ、とヌグエンは思う。
妻たちの胸のざわめきは、どうしようもないことだ。
猟兵だから、そんなときもある、という理由だけでは、彼女たちの胸のざわめきは消えないだろう。
それでも彼女たちは頷く。
「そうか」
そうなのか、とヌグエンは頷く。
それでこそ、だと思う。己の妻たちであると。
ある種の喜びが湧き上がるようでもあったことだろう。
使えるものは全て使う。
己の信条は、その通りだ。だが、それに巻き込まれるものがいる、というのならば、本意ではない。
「付いてきて欲しいなんて言わないで」
「そうよ。あなたが選んだのではなくて、私達が選んだのだから」
彼女たちの言葉にヌグエンは笑う。
「まったく、なんて頼もしい奴らだよ」
この俺様に向かって、とヌグエンは盛大に笑う。
真の姿を晒すこともあるだろう。
けれど、何一つヌグエンの中には恐れる心はなかった。
それが彼女たちの強さだと知ったのだ――。
成功
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