アンガー・コーデ
●期間限定
人はそれに弱い。
数に限りがある、ということは希少価値がある、ということに置き換えられるからだ。
そのような理屈を理解するからこそ、人は少ないものに価値を見出す。
金が良い証拠であろう。
その金属の持つ特性もさることながら、限られた数しか存在しない、という事実が人を錬金術に走らせ、数多の贋金が生まれた。
とは言え、その贋金を生み出す過程の全てが偽りであり、無価値であったのかというとそういうわけではない。
まるで己のようだとヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)は思っただろう。
愚者の金と呼ばれる黄鉄鉱。
確かに金によくにているが、しかし、ヌグエンは羨ましくも思う。
これは偽ることもなければ、分かつこともなく、ただそこに存在している。
他者の目によってのみ存在を金にも贋金にもするものであるからだ。
己は己を分かつ。
自信が最も嫌う名と力を封じて、此処に在る。
「まあ、そういうことだ」
ノンプレイヤーキャラクターである妻たちの問いかけにヌグエンは取り立てて取り繕うことなく応えた。
何の変哲もないことだ、と。
例え力を分かち、半減しているのだとしても、己が己であることを証明できる。
「だから初めて会った時に『硬直したか』と尋ねていたのだな」
「確信が持てなかったからな」
「でも、それならそうと言ってくれればよかったのに」
そんなことで自分たちは揺らがない、とヌグエンに伝える妻たちの言葉にヌグエンは微かに笑む。
きっとそう云うだろうな、とは思っていた。
他ならぬ彼女たちのことであるから。
「信頼していないわけじゃあないんだぜ。同じノンプレイヤーキャラクターでも通じるのかどうか、という点においてはわからないこともあったからな。それに」
もう半分捨てたような力である。
執着めいたものはないし、むしろ、それでどうなるということもない。
「あんまり強すぎるのも考えものだと思ったんだよ。ドラゴンプロトコルである俺様はいつかは倒されるべき宿命を持っているんだろうけどな」
そのために魔眼対策のアイテムを作り上げたりもした。
「だから、近接戦闘に、殊の外肉弾戦に拘っていたの?」
「それもある」
「趣味か」
「それもある」
「結局全部なんじゃないの?」
「それもある」
「全部それもある、で済ませようとしてない?」
それもそう、と言いかけてヌグエンは妻たちに黙らされた。
物理的に、という意味である。
「でもまあ、ゲームプレイヤーっていうのは、案外察しが良い時と察しが悪い時の両方があるんだな。これだけわかりやすく対抗策のアイテムを用意してあるっていうのに、連中が理解するまで結構な時間があった」
それはヌグエンが『欲望竜』として『満たされぬ欲望の主』というレイドボスとして君臨する期間限定高難易度レイドクエストにて配布していた『邪視除け』アイテムのことだ。
これがキーアイテムとなって『大厄災の竜デスペラティオ』の魔眼と遠距離攻撃を封じるギミックになっていたのだ。
だが、それをゲームプレイヤーたちが突き止めるまで、とても長い時間が必要だったのだ。
すぐさま察しの良いゲームプレイヤーが理解し、試すだろうと思っていたのにヌグエンはダンジョンの奥で待ちぼうけを食らわされることにもなったのだ。
「いや、あれはタンク役の重戦士たちに悪いことをしたと反省するべきだ」
「なんでだよ。わかりやすかっただろう」
「ただの魔除けにそんな効果があるなんてわかるわけないじゃん!」
「フレーバーテキストも、トイツオック地方のお土産、とかしか書いてないんだもん!」
「そりゃわからないよ! トロフィーアイテムだって思うに決まってるよ!」
妻たちに口々に、あれが駄目これが駄目と駄目出しをされてしまってヌグエンは両手を上げるしかなかった。
「わかった。わかった」
「何がわかったっていうのだ?」
「うぐ」
出た、そのキラーフレーズ。
怒ってる? なんで怒ってるかわかってる? のやり取りである。
流れるようなギミックである。
「相談しなかった俺様が悪い」
「そう、わかってるなら次からはちゃんと相談して」
「本当だよ。知らない仲じゃないんだしさ。確かにデータのやり取りで十分、事足りることもあるけど」
「それでも言葉にしなければ伝わらないのはゲームプレイヤーもノンプレイヤーキャラクターたちも一緒だよ」
その言葉にヌグエンは深く深く、頷く。
仰々しい仕草に更に妻たちの追求は過熱化したが、ヌグエンは笑う。
いつものように笑う彼の顔に妻たちは、己達の心のざわめきが落ち着かぬことを自覚する。
「もうこんな思いはごめんだからね!」
ざわめく心は、どうしたって良いことではない。
だから、と彼女たちは言うのだ。
「わかったよ。今後は」
「報告、連絡、相談ね!」
はいはい、とヌグエンは頷き、そして、はいは一回! とまた妻たちに怒られるのだった――。
成功
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